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花倉城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 9日(月)21時24分58秒
返信・引用
  静岡県藤枝市のお城。

今川家の内紛、花倉の乱の際に登場してくる城である。

かなり山奥にあるが、すぐ近くまで車で行くことができる。しかし延々山道を走っていくことになる。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/sizuoka/hujiedasi01.htm
 
 

龍眼城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 9日(月)20時22分28秒
返信・引用
  これも牧之原市のお城。

公園となっていて車で訪れられそうだったので、ちょっと立ち寄ってみた。
しかし、遺構的にはそれほど見るべきものはなかった。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/sizuoka/makinoharasi01.htm#ryuugan
 

Re: 久野城

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 9日(月)20時21分1秒
返信・引用
  > No.4844[元記事へ]

狸屋さんへのお返事です。

こんばんは。あのお近くでしたか。

久野城の周囲はかつては沼沢地であったようですから、城下集落と営むとしたら、沼沢地ではない西側や北側の方向だったということでしょうね。
 

久野城

 投稿者:狸屋  投稿日:2017年 1月 9日(月)18時53分6秒
返信・引用
  仕事場が近いのでよく見ますが、北側から西側にかけて微高地が繋がって
いるので、家臣団の住居があったと思われます。
豊臣政権期の城であることを踏まれれば、町人街もその南側の微高地に
形成したと推測できます。
 

滝境城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 9日(月)18時39分24秒
返信・引用
  これも牧之原市のお城。

海岸沿いの比高70mほどの台地を利用して築かれた戦国期城郭である。

郭は広く、堀も切岸も非常に鋭い。まさに戦国期の境目の城郭といった雰囲気の城であるといえる。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/sizuoka/makinoharasi01.htm#takisakai
 

勝間田城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 9日(月)18時27分36秒
返信・引用
  静岡県牧之原市のお城。

文明年間に滅びた勝間田氏の居城であるが、整備されてよく残っている。文明年間を終期とするお城でも、これだけきちんとした遺構を残しているということが意外である。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/sizuoka/makinoharasi01.htm
 

堀田城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 9日(月)18時25分35秒
返信・引用
  これも菊川市のお城。

正法寺の背後の比高40mの山稜にある。大規模ではないが、多数の堀切で区画された城郭である。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/sizuoka/kikugawasi.htm#hotta
 

横地城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 9日(月)18時23分40秒
返信・引用
  静岡県菊川市のお城。

当地の有力豪族であった横地氏の居城である。国指定の史跡となっており、よく整備指されている。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/sizuoka/kikugawasi.htm#yokoti
 

小笠山砦

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 9日(月)15時57分45秒
返信・引用
  掛川市のお城。

家康が築いた陣城の中でも代表的なものである。

細尾根を利用しながらも、堀切や竪堀を巧妙に組み合わせた技巧的な城郭となっている。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/sizuoka/kakegawasi.htm#ogasa
 

馬伏塚城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 9日(月)15時21分47秒
返信・引用
  これも袋井市のお城。

沼沢地に浮かぶ浮き城のような城郭であった。

高天神城攻めの拠点として使用された城郭である。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/sizuoka/hukuroisi01.htm#mamusi
 

久野城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 9日(月)15時20分34秒
返信・引用
  静岡県袋井市のお城。

平地に浮かぶ低い台地に築かれている。規模は大きく遺構もよく残っている。

戦国期から始まり、近世城郭としても使用された城である。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/sizuoka/hukuroisi01.htm
 

飯田城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 9日(月)14時09分56秒
返信・引用
  これも森町のお城。

国人領主山内氏の居城であり、今川、徳川、武田の攻防戦が展開された城である。

城はよく整備されているのだが、途中に紛らわしい案内表示があって、最初別の山に登ってしまった。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/sizuoka/morimati.htm#iida
 

真田山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 9日(月)14時08分21秒
返信・引用
  静岡県森町のお城。

遠江一之宮小國領域に築かれた城である。それにしても静岡に真田という名前の城があるとは意外であった。

信州の真田と何らかの関連があるのであろうか。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/sizuoka/morimati.htm#sanada
 

社山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 9日(月)13時14分30秒
返信・引用
  静岡県磐田市のお城。

磐田市って初めて来たのだが、大学生の時、磐田市出身のやつがいたなあ。今も元気にしていることであろうか。

社山城はよく整備された山城で、遺構規模が大きく見ごたえがある。きれいに整えられた横堀など、とても素晴らしく感じる。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/sizuoka/iwatasi01.htm
 

大平城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 9日(月)12時23分29秒
返信・引用
  静岡県浜松市のお城。

立派な案内板があって期待が高まるが、規模のわりにはあまり面白くない城郭であった。

神社から上がっていくと、シダに覆われた出曲輪で行きどまってしまい、迷走することになる。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/sizuoka/hamamatusi02.htm#oidaira
 

二連木城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 9日(月)11時13分6秒
返信・引用
  これも豊橋市のお城。

市街地の中にあるが、大口公園となって、一部はよく残されている。田原城の戸田氏がこの地に進出してきて築いた城郭であった。

http://yogokun.my.coocan.jp/aiti/toyohasisi02.htm#nirengi
 

船形山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 9日(月)11時11分32秒
返信・引用
  これも豊橋市のお城。

普門寺の配語の高い山稜上にある。しかし、ハイキングコースとして有名なようで、意外に多くの人がハイキングに訪れていた。

http://yogokun.my.coocan.jp/aiti/toyohasisi02.htm#hunagata
 

赤岩城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 9日(月)11時10分13秒
返信・引用
  これも豊橋市のお城。

赤岩寺の配語の山に築かれており、散策路がいくつも付けられていて訪れやすい。

主郭背後の大堀切の規模にはびっくりする。

http://yogokun.my.coocan.jp/aiti/toyohasisi02.htm#akaiwa
 

萩平山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 9日(月)11時08分18秒
返信・引用
  これも豊橋市のお城。

西郷氏の居城の1つといわれている城である。

山頂には秋葉神社が祭られており、神社の参道を通って簡単にアクセスできると想像していたが、実際には神社は荒れており、参道を探すのも大変であった。

http://yogokun.my.coocan.jp/aiti/toyohasisi02.htm#hagihira
 

月ヶ谷城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 9日(月)11時06分18秒
返信・引用
  愛知県豊橋市のお城。月ヶ谷と書いて「わちがや」と読む。

単純な構造の縄張だが、3か所の虎口はそれぞれしっかりしている。また、深い井戸も残されている。

http://yogokun.my.coocan.jp/aiti/toyohasisi02.htm
 

瀬木城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 9日(月)09時24分24秒
返信・引用
  愛知県豊川市のお城。

平城ながら、大規模な土塁や堀をよく残している。明応年間に築かれた城とは思えないほどの規模のものである。

http://yogokun.my.coocan.jp/aiti/toyokawasi.htm#segi
 

宇利城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 9日(月)08時40分8秒
返信・引用
  愛知県新城市のお城。

コンパクトにまとまった山城である。大河ドラマ「直虎」にそのうち出てくるのであろうか。「井伊家ゆかりの地」の幟が立てられていた。

http://yogokun.my.coocan.jp/aiti/sinsirosi02.htm
 

Re: 山梨の城Ⅱ

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 9日(月)06時51分54秒
返信・引用
  > No.4823[元記事へ]

備前守長政  さんへのお返事です。

活発にご活躍されていますね。

熊城、確かに、意外と難易度が高いという気がします。それに、要害山城から尾根続きに行く際には、うっかりしてしまうと迷ってしまいます。降りるべき尾根に案内がついていないですからね。

側面部も、気を遣いますね。私も昔と違って、足元が弱くなってきているのか、急斜面などの横歩きが以前ほど上手にできなくなってしまいました。

浄古寺城、ああいうお城が埋もれていたとは、まったく意外でした。だいぶ破壊されていますが、それでも、何となくイメージがつかめますね。堀の彼方に富士山が見えていたのが印象的でした。

それではまたです。
 

Re: 井伊谷に関して

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 9日(月)06時48分57秒
返信・引用
  > No.4822[元記事へ]

狸屋さんへのお返事です。

そうでしたか。古い絵図などと地形から、2郭構造の平城が存在していたかと想定していたのですが、まあ古い時代の城だと、そのようなものかもしれませんね。

情報、ありがとうございます。
 

山梨の城Ⅱ

 投稿者:備前守長政    投稿日:2017年 1月 8日(日)19時23分12秒
返信・引用
  今年の城巡りは要害山城・熊城からスタートしました。事前の予報で土曜日だけがまともに晴れそうだったので、早朝車で甲府に向かいました。「廃城ゆく2」の記事もしっかり読んで。

要害山城は二度目で25年ぶりですが、前より草刈や登城路の整備が行き届いてて、楽に登れました。小口周りは織豊系城郭にも匹敵する手の込んだもの。遺構確認がし易く見所満載の要害山城はまさに「廃城ゆく2」のサブタイトル「超初心者のための廃城ガイド」に相応しいですね。

ただ、一転熊城は難度が高いなぁ、と思いました。尾根上を歩くだけならそれほどでもないでしょう(それでも慣れていないと空堀の上り下りは、道は無いし掴める適当な樹木も無いので難儀すると思います。ただ、山肌の畝状阻塞を見ようとすると足場が悪く相当神経を使いました。枯れ木を掴んだ時は一瞬滑落を覚悟したのですが、何とか笹叢を掴みなおし踏みとどまり無事戻ってきました。今回ばかりは、いつも悩まされる笹に感謝です。

それと浄古寺城。こんなところに近世城郭の趣を持つ城があったとは驚きです。遺構自体はだいぶ潰れていますが、それでも頭の中で往時の姿を想像するのは楽しい一時です。

それではまた。
 

井伊谷に関して

 投稿者:狸屋  投稿日:2017年 1月 8日(日)14時06分39秒
返信・引用
  井伊氏居館跡にある図面から考えるに、近世城郭のような本丸縄張りでなく
方形館に家臣団居住地の二の丸が付属する形になるように思われます。
 

Re: 謹賀新年

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 5日(木)22時35分6秒
返信・引用
  > No.4820[元記事へ]

5150(たかし@船橋)さんへのお返事です。

たかしさん、あけましておめでとうございます。

昨年はご一緒できませんでしたが、今年はよろしければ、どこかにまた出かけましょう!

ちょっと遠征していたので、お返事が遅くなりました。さっそく鳥瞰図の作成にかかりたいところなのですが、今週末はお仕事なんですよね(xx)

紅白の件、びっくりしましたね。

NHKに忠告したいのは、「視聴者軽視」って言われるようなことをしないようにする、という意識改革が必要だということです。

それではまたです。
 

謹賀新年

 投稿者:5150(たかし@船橋)  投稿日:2017年 1月 4日(水)11時50分48秒
返信・引用
  やや遅くなりましたが謹賀新年です。恵那攻め、興味深かったですが年末は仕事が入ってしまいました(++)
紅白の結果、私も親とTV眺めてましたが「今年は白やね」と言ってたらまさかの大どんでん返し!個人的に赤白どちらが優勝しようがどうでもいいんですが、あれじゃ視聴者軽視があからさまでしたね、ゲスト審査員がどれほど公正なジャッジなのかとw
まあ個人的にはヒット曲もないのに長年出続けたあのお方が今回いなかったぶん清々してましたが(笑)

ともあれ機会あったらまたご一緒しましょう(^^)/
 

Re: 井伊直虎について

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 3日(火)18時28分54秒
返信・引用 編集済
  > No.4818[元記事へ]

備前守長政  さんへのお返事です。

あけましておめでとうございます。

今年もまたよろしくお願いします。

直虎ですが、おっしゃるように、なぜこのように名乗ったのかどうしても理解できません。

女城主を標榜しているのなら、直虎などという名前を名乗る必要はないと思います。

ネットで調べてみたところ、井伊直親が謀反の疑いで今川義元に殺害された後、今川氏の一族で井伊家に乗り込んでいっている人物がいるようなので、この人物がキーなのかなとも思っています。

直虎は通常の井伊系図には載っていないようですが、それは「正当な井伊家の人物ではなかった」からなのかもしれません。

これらについて、何を調べればいいのかまだ分からないのですが、後でちゃんと調べてみたいです。

それではまたです。
 

Re: 井伊直虎について

 投稿者:備前守長政    投稿日:2017年 1月 3日(火)13時34分5秒
返信・引用
  > No.4817[元記事へ]

謹賀新年
今年も宜しくお願いします。

さて・・・・


余湖さんへのお返事です。

> 戦国時代、女城主といった状況になった女性は何人か存在しているが、みな女で城主になっただけであり、男性名までも名乗ってはいない。


同感です。女なのに男名前を名乗る必然性が全く無いですから。勿論、女なのに素性を隠して男のフリをするというのはあったかも知れませんが。今回はあくまで女を前面に出すので違和感があります。


ただ今回の大河、昇太師匠が義元役で出るので、師匠が今川所縁の城を巡るドキュメントみたいなもの企画してくれないかな、なんて思っています。



 

井伊直虎について

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 2日(月)18時51分17秒
返信・引用 編集済
  本年度の大河ドラマ主人公の井伊直虎についてだが、どうも、違和感を感じていることがある。

この人物、「女城主」というキャッチフレーズなのだが、最近、実は男性だったのでは、という説が出てきているようだ。

しかし、その説は2次史料に基づいているもので、考慮するまでもない、ということを言っている人がいる。

ところが、直虎が女であったという根拠も、2次史料に基づいているのみに過ぎないという話もある。

両方、2次史料に基づいているだけなのなら、どちらも根拠は乏しいということになるのでは?

この辺り、ちゃんと調べていないので何とも言えないのだが、本当に直虎が女性であったという確実な根拠は存在しているのであろうか。

女性の「次郎法師」=「直虎」というのが女性説の根拠となっているようであるが、違和感を感じるのは、女性の法師が「次郎法師」などという名前を名乗るであろうかということである。女性で次郎という名前は不自然に思えてしまうのだがどうなのだろう。

直虎の花押は浜松の神社に1通だけ現存しているという。花押というのも、ある程度の身分の男だけが使用するものではなかったろうか?

戦国時代、女城主といった状況になった女性は何人か存在しているが、みな女で城主になっただけであり、男性名までも名乗ってはいない。

よく分からないことが多いので、少し調べてみたいところである。
 

Re: 井伊谷城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 2日(月)15時44分34秒
返信・引用
  > No.4815[元記事へ]

Tさんへのお返事です。

先日は大変、お世話になりました。おみやげまでいただいてしまい、まことにありがとうございます。

また今度、どこかでご一緒させてください。

それではまたです。
 

Re: 井伊谷城!

 投稿者:T  投稿日:2017年 1月 2日(月)14時25分54秒
返信・引用
  > No.4791[元記事へ]

たいしたことはできませんでしたが、またこの界隈にお寄りくださることが
ございましたら、ご連絡ください。
 

Re: ビックリ紅白

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 2日(月)09時00分55秒
返信・引用
  > No.4813[元記事へ]

上沢光綱さんへのお返事です。

上沢さん、あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。

紅白の採点、審査員の票が極端に高いシステムだったんですね。1票の格差、100万倍ほどで、確実に憲法違反です(^^)/

それはそれでいいのですが、確実に視聴者軽視だと批判されることになるだろうということを、NHKの人が、気づいていないってところに根本的な問題を感じてしまいました。

それではまたです。
 

ビックリ紅白

 投稿者:上沢光綱  投稿日:2017年 1月 1日(日)20時31分3秒
返信・引用
  あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

私も紅白の採点にはビックリしました。
視聴者、会場の方々の票ですでに決定だなと思っていたら、最後になぜか紅組優勝!のアナウンスが。…何を言っているのか分かりませんでした。

審査員の票が一番重要なんですね。知りませんでした。
一票の格差が生じましたね。

http://www.geocities.jp/shimotsuke1000goku/

 

紅白歌合戦の採点方法について

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 1日(日)19時44分8秒
返信・引用 編集済
  大晦日は、日本人の慣習に従って紅白歌合戦を見ていたのだが、最後の審査結果を見て、NHKはまずいことをしているなあ、と思ってしまった。

地デジの普及に伴って、双方向システムで、視聴者の意見がリアルタイムで反映できるようになっている。そこで視聴者による投票システムが取り入れられ、多数の視聴者が紅白の勝ち負けについて投票を行っている。

今回、実際に集計された結果は以下の通り。

視聴者による投票
白組 4,203,679票
紅組 2,527,724票

白組の圧倒的勝利である。それにしても700万もの視聴者が投票しているって、やっぱり紅白はすごい!

続いて会場のお客さんの投票数
白組 1,274票
紅組  870票

こちらも白組の圧倒的勝利である。

最後に、ゲスト審査員の11票を入れた結果・・・・
紅組の勝利ということになった。ゲスト審査員の1票は100万票くらいの価値があるわけね。

それはまあ、そういうシステムを取っているということで、決められたやり方の通りにしたのだろうが、これって、後で視聴者から快く思われなくなるだろうということを、NHKの人は感じなかったのだろうか。

なにしろ、視聴者投票で420万票も投票した票を、ほとんど完全に無視した結果となっているのである。

どう考えても「視聴者軽視」と言われるに違いない。そんなことも分からないのだから、NHKは視聴者の気持ちが分からないとか、視聴者を無視しているとか言われてしまうのである。

「視聴者の皆さんのおかげで」という常套文句が、言葉面だけのものであるということがよく分かろうものである。

こんなあからさまな視聴者軽視を行うくらいなら、視聴者投票などやらない方がよかったのである。自分で自分の首を絞めている・・・。

「NHKは視聴者の受信料に支えられています」ということを公言するのなら、420万もの視聴者を無視したらあきまへん。

420万って、半端じゃなくすごい数字なのだから・・・・・。
 

明けましておめでとうございます!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 1日(日)00時15分38秒
返信・引用
  このページを見てくださっているみなさん、明けましておめでとうございます!

2017年になりました・・・ってことは、このホームページもはや21年目です。

ずいぶん長く続けてきたものだと思うと、感慨深いものがあります。

近年は以前のように活発な活動ができなくなってきていますが、それでも少しずつ内容は増えて行っています。

あともう少しは活動したいと思っていますので、今年もよろしくお願いします!
 

Re: 小里新城!

 投稿者:余湖  投稿日:2016年12月31日(土)19時01分36秒
返信・引用
  > No.4809[元記事へ]

mtsurutaさんへのお返事です。

山城の日、お疲れさまでした。

私も、近年、仕事の関係でなかなかお城に出かけられなかったのですが、先日は思い切って、美濃まで足を延ばしてみてよかったです。

一人ではなかなか躊躇するような山城でも、仲間と一緒なら、わいわい楽しみながら歩いていくことができます。

でもやはり、年齢的なこともあるのでしょうが、体力がなくなってきました。山城を回ることができるのは、あと何年でしょうか。

それではまた、どこかでご一緒いたしましょう!
 

Re: 小里新城!

 投稿者:mtsuruta  投稿日:2016年12月30日(金)18時59分13秒
返信・引用
  山城の日、二日目の後半から参加させていただきました!
緊張しながらも大正村の駐車場で合流したお三方は、まるで有川浩の小説『三匹のおっさん』の三匹のように頼もしく見えました。もちろん年齢にご異存はあることでしょうが、山城を駆け回る皆さんの背中は、小説さながら本当に格好よかったです!
この小里新城を下る頃にはヘトヘトになってた自分は、まだまだ若輩者だなぁと痛感しました(^^;
ぜひぜひ皆さんまた岐阜方面の城をまた巡りにいらしてください。

P.S. 一日市場館、余湖図にもありましたね。記事に書かれている通り、土塁というにはビミョーな高まりでした。

http://momoji-fw.blogspot.jp

 

小里新城!

 投稿者:余湖  投稿日:2016年12月28日(水)21時42分51秒
返信・引用
  小里古城に対する新城である。伝承では鎌倉時代後期の館ということであるが、現状の遺構からすると、もっと新しい時代のものではないかと思われる。

さて、これで山城の日で予定していたターゲットはすべてこなした。ここで解散して、岐路に着いたのであった。

参加した皆さん、お疲れさまでした。またどこかでお目にかかりましょう!

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/gihu/mizunamisi02.htm
 

小里城!

 投稿者:余湖  投稿日:2016年12月28日(水)21時25分19秒
返信・引用
  続いて向かったのは小里城。

ここは整備されており、また山上にある六角形の天守台が見どころである。

ただし、私はすでに訪れたことがあることと、釜屋城でだいぶ体力を使ってしまったので、みんなとここでいったん分かれて、単独で山田砦と小里古城を訪れて戻ってきた。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/gihu/mizunamisi.htm
 

釜屋城!

 投稿者:余湖  投稿日:2016年12月28日(水)21時22分4秒
返信・引用
  恵那市(旧山岡町)のお城。

急峻な山であり、登り口もよく分からなかったことから、当初はあきらめていた山城であったが、思ったよりも時間があったので立ち寄ってみることにした。

とりあえずテキトーに山に入っていったら、屋敷跡と思われる土塁で囲まれた区画を発見! 怪我の功名である。

山上の遺構はかなり鋭く見ごたえのあるもので、こちらも山城の日にふさわしい本格的な山城であった。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/gihu/enasi03.htm#kamaya
 

千畳敷砦!

 投稿者:余湖  投稿日:2016年12月28日(水)21時19分37秒
返信・引用
  谷戸を挟んで明智城の南西側に位置している。見晴らしの良い台地先端部を利用した砦である。

公園化されているために、公園駐車場まで車で上がっていくことができる。公園化によってかなり破壊されていると推測していたのだが、意外にも主郭部はけっこうよく残っていた。

居館跡と思われるところには「明智光秀産湯の井戸」と呼ばれる大きな井戸がある。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/gihu/enasi03.htm#senjoujiki
 

仲深山砦!

 投稿者:余湖  投稿日:2016年12月28日(水)21時17分8秒
返信・引用
  明智城のすぐ南側の尾根にあり、間を通る街道を押さえるための出城であったと思われる。ミニ明智城のような小城郭である。

城内はヤブだが、それでも一応散策ルートは付けられている。

ここで岐阜のTさんと合流した。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/gihu/enasi03.htm#nakamiyama
 

漆原城!

 投稿者:余湖  投稿日:2016年12月28日(水)21時15分20秒
返信・引用
  前田砦から近い位置にあり、前田砦の支城の1つであったと思われる。前田砦と共に元亀元年の上村合戦の舞台となった城郭である。コンパクトながらよくまとまっている。ヤブもなく見通しがよい。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/gihu/enasi03.htm#urusihara
 

前田(ぜんだ)砦!

 投稿者:余湖  投稿日:2016年12月28日(水)21時13分55秒
返信・引用
  恵那市(旧上矢作町のお城)

訪れてびっくり! 遺構鋭く、スケールが半端なく大きな山城であった。山城の日にまさにふさわしいお城である。今回訪れた中ではもっともすごいお城であった。

みなさんも、ぜひ一度訪れてみてください。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/gihu/enasi03.htm#zenda
 

大将陣!

 投稿者:余湖  投稿日:2016年12月28日(水)21時11分50秒
返信・引用
  岩村城と対峙するような位置にあり、織田信忠による岩村城攻防戦の際に、信忠の本陣となったということから、この名称が残されている。

大将陣公園となって整備されている。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/gihu/enasi03.htm#taishou
 

信の城!

 投稿者:余湖  投稿日:2016年12月28日(水)21時10分52秒
返信・引用
  飯羽間城のすぐ近くにあり、出城の1つであったと思われる。

コンパクトな小尾根を、堀切によって区画した簡素な城郭である。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/gihu/enasi03.htm#nobu
 

飯羽間城!

 投稿者:余湖  投稿日:2016年12月28日(水)21時08分45秒
返信・引用
  岐阜県恵那市のお城。

2016年の山城の日は1泊2日の工程だったので、中津川に宿泊して翌24日の朝から回り始めた。
一発目がこの城であった。

それほど高い台地ではないが、周囲は削られたような崖になっており、なかなかの要害である。また、コンパクトによくまとまっている。

大きな看板も立てられているので、遠目にも城址であることがすぐに分かる。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/gihu/enasi03.htm
 

阿木城!

 投稿者:余湖  投稿日:2016年12月28日(水)20時19分56秒
返信・引用
  これも中津川市のお城。

割と単純な構造ながら、登城路は何重にも虎口を設定した技巧的なものである。また、背後の堀切のバカでかさにもびっくり!

地元の人に愛され、よく整備されているので訪れやすい。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/gihu/nakatugawasi02.htm#agi
 

阿寺城!

 投稿者:余湖  投稿日:2016年12月28日(水)20時18分29秒
返信・引用
  岐阜県中津川市のお城。

2016年山城の日で、遠江から一路岐阜までやってきた。ここで横尾さんと落ちあい、いざ攻城!

しかし、ちゃんと下調べをしていなかったので、登城口を間違えてしまったのであった。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/gihu/nakatugawasi02.htm
 

宇津山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2016年12月28日(水)05時37分50秒
返信・引用
  静岡県湖西市のお城。

三河との境目の城であり、今川氏と徳川氏との攻防戦の舞台となった。

城域は山上と、中腹部分とに大きく分かれており、2段階にわたって築かれ成立した城郭だと思われる。

山上の城の、郭の周囲を巡る、石垣を用いた鉄砲陣地のような土塁が特徴的である。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/sizuoka/kosaisi01.htm
 

千頭峯城!

 投稿者:余湖  投稿日:2016年12月28日(水)05時35分42秒
返信・引用
  三河との国境近くにある境目の城の1つであったと思われる。

こちらもけっこう高い山に築かれているが、比高30mほどのところまで車でいけるので、けっこう楽ちんに訪れることのできる城郭である。

こちらも南北朝時代の攻城戦が記録されているが、そのまま、わりと古いイメージのお城である。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/sizuoka/hamamatusi02.htm#sentou
 

野地城!

 投稿者:余湖  投稿日:2016年12月28日(水)05時33分38秒
返信・引用
  佐久城のすぐ北側にある岬に築かれていた。

天正11年に佐久城を廃城にして、本多氏が新たに築いた城であったという。

一面のミカン畑となっているため、破壊が著しいが、それでも堀の痕跡は認められ、3郭構造であったことが想定できる。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/sizuoka/hamamatusi02.htm#nodi
 

佐久城!

 投稿者:余湖  投稿日:2016年12月28日(水)05時32分3秒
返信・引用
  浜名湖北側の猪鼻湖に突き出した岬上に築かれている。3郭は破壊されているが、1郭周辺の巨大な堀切は、それだけで満足できるほどのものであった。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/sizuoka/hamamatusi02.htm#saku
 

三岳城!

 投稿者:余湖  投稿日:2016年12月28日(水)05時30分17秒
返信・引用
  井伊谷城より山中に分け入った高所の山に築かれている。南北朝期に籠城戦が行われた城である。

けっこう上の方まで車で上がっていけるので、思ったほど苦労はしない。

西側の横堀内の石垣や武者溜りが最大の見どころである。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/sizuoka/hamamatusi02.htm#mitake
 

井伊谷城!

 投稿者:余湖  投稿日:2016年12月28日(水)05時28分39秒
返信・引用 編集済
  今年の山城の日は、1泊で東美濃の城館を回ることにしたのだが、来年の大河ドラマで井伊直虎が主人公になるということもあって、井伊谷城を始めとして遠江の城もいくつか立ち寄ることにした。最初に訪れたのがここである。

しかし城としては旧態然としたもので、戦国期には使用されていなかったのではないかと思う。

Tさん,お世話になりました!

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/sizuoka/hamamatusi02.htm
 

Re: 山梨の城

 投稿者:余湖  投稿日:2016年12月27日(火)04時34分23秒
返信・引用
  > No.4789[元記事へ]

備前守長政  さんへのお返事です。

御無沙汰しております。

山梨のお城を回られたんですね。いずれも懐かしい感じがします。
新府城などは夏場にしか行ったことがないので、冬場で整備されていたら、見どころが多いでしょうね。

能見城は、城というよりも、防塁って言った感じですね。山の中腹から下にかけて堀が掘られているので、そのまま神社の方までつながっていたのかなと思いました。

山城の日は、合計20城回ったので、20城分の鳥瞰図を何とか描きあげてアップしました。

記事も作成中ですので、近々、紹介できると思います。

それではまたです。
 

山梨の城

 投稿者:備前守長政    投稿日:2016年12月25日(日)18時59分17秒
返信・引用
  山城の日はいかがでしたか。気温が比較的高く動きやすかったのではないかと拝察します。

さて、余湖さんも今月大月界隈に行かれたようですが、昨日私も韮崎界隈の城に行ってきました。

白山城はやや小型ながら技巧的な城ですね。

能見城ですが、古図に描かれた長堀は、中腹の帯曲輪状の削平地なのか麓に見受けられる切岸や窪地のどちらなのでしょうね?発掘した写真を見ると麓のようですし、御名方神社の堀と続いているなら中腹だし。城跡を示す看板はやたら立派なのですから、発掘の成果なども加えた説明板なども設置いただけると良いと思いました。

新府城、余湖さんが行かれた頃より各小口の辺りは整備され見やすくなっています。東西の出構の樹木も取り払われています。ただ、二の丸の井戸遺構の階段はすっかり埋まっていました。

湯村山城、余湖さんご案内の開発途絶住宅団地からの登るルートを示す黄色い点々は健在でした。しかも登る時だけでなく降りる時も両方分るようにしてある優れもの。でも、岩と落葉でかなり滑りやすく、雨混じり傘持って登るのは相当難儀されたことと拝察します。一寸びっくりしたのは頂上に人が何人もいること。富士を眺めつつ甲府盆地も見下ろせる格好のスポットのようで、運動公園からの車道を散歩がてら歩いてくるようです。新府城ですら1人しか遭遇しなかったのに。

それではまた。山城の日の成果、掲出楽しみにしています。
 

Re: (無題)

 投稿者:余湖  投稿日:2016年12月23日(金)03時37分18秒
返信・引用
  > No.4787[元記事へ]

狸屋さんへのお返事です。

了解しました。天気予報がいまいちですね。

とりあえず出発してみますので、昼過ぎか、夜にでも電話してみてください。
 

(無題)

 投稿者:狸屋  投稿日:2016年12月22日(木)21時41分35秒
返信・引用
  今日の静岡は雨風が強いので、明日は泥まみれになる可能性があります。
気をつけてお越しください。
 

古渡城!

 投稿者:余湖  投稿日:2016年12月19日(月)20時50分1秒
返信・引用
  これも都留市のお城。

城主等の伝承はないが、それなりにまとまった規模を有し、小山田氏の支城の1つであったと思われ、鐘搗堂の別称を持つ。

鹿留川に臨む断崖上に築かれた城である。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/yamanasi/turusi01.htm#kowata
 

勝山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2016年12月19日(月)20時48分35秒
返信・引用
  山梨県都留市のお城。「勝山城」という名称の城は、甲斐にはいくつもあるが、これは、都留市にある城郭で、城址公園として整備されている。

印象的なのは、しっかりとした石垣が一部に見られ、また、城の中腹を取り巻く横堀を配するなど、大規模な工事が施されていることで、織豊期以降の城郭らしい雰囲気を有している。

城の主要部は草刈りもされており、往時のままの雰囲気を見ることができる。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/yamanasi/turusi01.htm
 

花咲城!

 投稿者:余湖  投稿日:2016年12月19日(月)20時34分51秒
返信・引用
  これも大月市のお城。

岩殿山城の西方にあり、ゴルフ場の敷地内にある。たいして比高差はないが、台地先端にあるため眺望は利いている。

これも鐘や狼煙による連携網の中にある出城の1つであったろう。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/yamanasi/ootukisi01.htm#hanasaki
 

駒宮城!

 投稿者:余湖  投稿日:2016年12月19日(月)20時33分18秒
返信・引用
  山梨県大月市のお城。

岩殿山城の北方にあり、狼煙や鐘による連携を意識した出城であったと思われる。

急峻な山上に築かれているが、途中までいい道が付けられているので、登るのは比較的簡単である。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/yamanasi/ootukisi01.htm
 

四方津御前山砦!

 投稿者:余湖  投稿日:2016年12月18日(日)21時21分50秒
返信・引用
  こちらも上野原市のお城。

急峻な山なので登るのは嫌だなと思っていたのだが、地形図を見たら、牧野城から尾根伝いに行けることが分かった。尾根伝いなら、再度登らなくても到達できるから楽ちんじゃない?

と思って尾根伝いに行ったのだが、これが予想以上に大変なルートなのであった。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/yamanasi/uenoharasi01.htm#siotu
 

牧野城!

 投稿者:余湖  投稿日:2016年12月18日(日)21時19分47秒
返信・引用
  これも上野原市のお城。

山稜沿いに築かれた城だが、それほど比高は高くなく、すぐに到達できる。単純な構造ながら、堀切をいくつも入れしっかりとして区画性を保っている。

曲輪間の比高差もあり、けっこう攻めにくいお城だと思う。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/yamanasi/uenoharasi01.htm#makino
 

大倉城!

 投稿者:余湖  投稿日:2016年12月18日(日)21時18分13秒
返信・引用
  山梨県上野原市のお城。

比高350mもある要害山に築かれている。その山容は鋭く登るのは大変そうだが、中腹部分にも集落があり、実際には比高60mほど登れば城域内に到達できる。

出枡形など、先進的な構造も見られる戦国期の山城である。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/yamanasi/uenoharasi01.htm
 

小菅天神山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2016年12月18日(日)19時55分9秒
返信・引用
  山梨県小菅村のお城。

それにしても小菅村って、すごいところにあるなあ。どこの市街地に出るにも車で1時間は山道を走らなければならない。まさに隠れ里のような場所である。

それでいながら小学校や中学校までもあるのだから、けっこう独立性は高い。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/yamanasi/kosugemura.htm

 

Re: 山城の日のターゲット

 投稿者:余湖  投稿日:2016年12月17日(土)20時23分38秒
返信・引用
  > No.4777[元記事へ]

狸屋さんへのお返事です。

> 余湖さんへのお返事です。
>
> 浜松には何時ごろ到着予定ですか?

朝5時に成田を出るので、8時から9時くらいに到着すると思います。よろしければご一緒しましょう!

近くまで来たら連絡を入れ、ご指定の場所にお迎えに上がります。

こちらの携帯番号をお知らせしますので、私に直メールいただけるようお願いします。
 

Re: 山城の日のターゲット

 投稿者:狸屋  投稿日:2016年12月17日(土)16時21分21秒
返信・引用
  > No.4776[元記事へ]

余湖さんへのお返事です。

浜松には何時ごろ到着予定ですか?
 

山城の日のターゲット

 投稿者:余湖  投稿日:2016年12月11日(日)14時16分24秒
返信・引用
  12月23日(金)
浜松市  井伊谷城 佐久城 宇津山城
中津川市 阿山城 阿寺城

12月24日(日)
恵那市 前田砦 仲深山砦 釜屋城 飯羽間城 猪狩山城 中尾砦
 

山城の日!

 投稿者:余湖  投稿日:2016年12月 4日(日)16時34分56秒
返信・引用 編集済
  今年の山城の日は、23・24日の1泊2日で岐阜の恵那地域周辺に行こうと思っています。

中部地方等の方で、ご一緒されたいという方はお知らせください。

ターゲットはまだ絞り込んでいません。もう少し調整してから、ここに提示します。
 

Re: 西虎口門復元

 投稿者:余湖  投稿日:2016年11月30日(水)04時26分37秒
返信・引用
  > No.4773[元記事へ]

横尾さんへのお返事です。

箕輪城がこんな風になっているのですね。知りませんでした。

おもえば、最後に箕輪城に行ってからもう10年以上経っています。機会があればぜひ行ってみたいものです。

メールアドレス、ありがとうございました。私信で送りましたので、お願いします。
 

西虎口門復元

 投稿者:横尾  投稿日:2016年11月29日(火)20時32分56秒
返信・引用
  箕輪城において、郭馬出に西虎口門が復元されました。また郭馬出、木俣、二の丸、三の丸、本丸、稲荷曲輪とみんなきれいに整備され、周囲の空堀も木が伐採されて、当寺の城を思わせるほどです。
写真1 土橋を渡って郭馬出
写真2 西虎口門の復元
写真3 木俣と郭馬出との空堀越しに西虎口門
機械があれば皆さん上州 箕輪城へ出かけてください。 余湖さんメールは届きましたか?

http://blog.goo.ne.jp/tomiokamusasi

 

二人セゾン

 投稿者:余湖  投稿日:2016年11月27日(日)07時40分40秒
返信・引用 編集済
  この曲にはまっている。

サビのところがなんだかとても懐かしい気分になってしまい、聞くたびにしんみりとしてしまう。

昔好きだった何かのメロディににているようで、ノスタルジーを感じてしまうのである。妙に琴線を刺激する。

紅白でもこれを披露してほしいものだ。

https://www.youtube.com/watch?v=mNpPQXMgtmw
 

Re: 京都の城Ⅱ

 投稿者:余湖  投稿日:2016年11月23日(水)06時01分47秒
返信・引用
  > No.4769[元記事へ]

備前守長政  さんへのお返事です。

お久しぶりです。京都は日帰りですか? だとするとかなりの強行軍ですね。

二条城の見学会等、興味深いですね。普段見られない部分が見られるというのは、なかなか貴重なことだと思います。

中尾城のことは知りませんでした。初めて鉄砲戦が行われた城郭なのですね。いずれにせよ、京都のお城はあまり回っていないので、そのうち訪れてみたいものです。

それにしてもこの時期の京都はめちゃ込みだったことでしょう。お疲れさまでした!
 

Re: 江戸城長屋門

 投稿者:余湖  投稿日:2016年11月23日(水)05時59分19秒
返信・引用
  > No.4768[元記事へ]

籾蔵さんへのお返事です。

多聞やぐらでしたか、了解しました。それにしても結構にぎわっていたようですね。できれば行ってみたいものです。
 

京都の城Ⅱ

 投稿者:備前守長政    投稿日:2016年11月22日(火)23時37分54秒
返信・引用 編集済
  日曜日京都に又行って来ました。

今回は、二条城の東大手門修理工事見学会の抽選に当たったことによるものです。意外な事に実際行ってみると定員未満の参加者で無抽選だったようです。応募が殺到し半ば外れると思っていました。

見学会は面白かったです。二条城離宮設置後以後葺き替えられた瓦の菊の御紋が何故か2箇所削られていた(戦前なら不敬罪でブタ箱行きでしょう)ことや、1階の門扉の黒塗装は漆なのに、2階の渡り櫓の連格子は「ちゃん塗り」だったことなどの説明がありました。
又、おまけで東南隅櫓も見せてもらいました。基本的な構造は大坂城の六番櫓と酷似しています。興味深いのは、建物の土台と石垣がずれていたのか、石垣の天端が櫓の南面の石落しの開口部に半分程度架かっていて小石しか落とせない代物だったこと(そのくせ石落しの張出部左右は開き、横矢がかかるようになって防備が強化されている)。
正直これだけ見せてもらえ説明してくれるのに、無抽選だったなんて。ホント驚きです。

それと二条城では今、外車の展示会を二の丸御殿北の中庭でやっており、普段見られない御殿の北面や台所の内部も見ることが出来ました。ただ、展示会の入場料や台所の入室料で合計千円余計にかかります。

その後、前回見損なった中尾城に行きました。今回は慎重を期し色々な方のブログを読み込んで万全を期しました。登城ルートとしては、ちえぞーさんの書込みを選択しました。後で下りてみて分ったのですが、砂防ダムからの登城ルートは分り難くしかも手擦りに妨げられ、このルートの登城はやめたほうが良いでしょう。
城自体は急拵の城らしく、外縁部の堀切や坂小口は結構確り作っているものの、主郭部の普請は余り手を入れていない印象です。でも、鉄砲の使用が一次史料で確認できる初めての城ですから、歴史的価値は高いと思います。

更に、最近京都新城(聚楽第破却後の秀吉の内裏至近の実質城郭)からの移築説が唱えられている、西本願寺飛雲閣について、秋の特別公開が行われていたので見てきました。この他、相国寺の塔頭に西大路藩殿舎が移築されているのをみたり、山科本願寺の寺内町の土塁遺構をみてきました。

それにしても京都は紅葉シーズンで大変混んでいて、正直うんざりする処があり、暫くは寄り付かないつもりです。

 

Re: 江戸城長屋門

 投稿者:籾蔵  投稿日:2016年11月22日(火)16時22分40秒
返信・引用
  余湖さんへのお返事です。

入れるようになったのは富士見多聞で、富士見櫓ではないです。今回の公開で富士見櫓内部の状況が初公開されましたが、内部には関東大震災の折に設置された補強木材(主に斜めに立ってるもの。かつて姫路城にもあった)が多く設置されており、立ち入り禁止部分は屋根が破れていたりと、若干準備不足で公開されたような印象を感じました。おそらく富士見櫓も多聞櫓も同じような感じの気がします。
 

Re: 江戸城長屋門

 投稿者:余湖  投稿日:2016年11月22日(火)05時06分29秒
返信・引用
  > No.4766[元記事へ]

籾蔵さんへのお返事です。

富士見櫓の中に入れるようになったのですね。情報ありがとうございます。

機会があればぜひ行ってみたいです。
 

江戸城長屋門

 投稿者:籾蔵  投稿日:2016年11月20日(日)18時14分29秒
返信・引用
  江戸城富士見多聞の一般公開で、富士見櫓の内部構造などが書かれた新しい案内板が建てられてました。それにより、富士見櫓の観れる位置も若干近くなりました。
富士見多聞の内部にも案内板が置かれていましたが、それによると正月参賀でしか見れないあのでかくて黒い長屋門は、江戸時代のものではなく1889年に建立されたものらしいです。現在は主に倉庫として使ってるらしいです。
 

横尾さんへ

 投稿者:余湖  投稿日:2016年11月19日(土)18時01分34秒
返信・引用
  直接連絡したいことがあるのですが、横尾さんのメールアドレスが分かりません。

よろしかったら、私宛に直接メールをいただけませんでしょうか。

このホームページのトップページから送れるようになっています。

よろしくお願いします。
 

Re: 那須烏山市(旧南那須町) 

 投稿者:余湖  投稿日:2016年11月16日(水)04時30分12秒
返信・引用
  > No.4763[元記事へ]

佐藤誠一さんへのお返事です。

初めまして。那須烏山ですか、なつかしいですね。以前はよく、那須までお城探訪に行ってきました。特に旧南那須町には、中世城館がたくさんあったような気がします。

入江野城なども、現在ではかなり忘れ去られていますが、しっかりとした遺構が残っています。ただし、けっこうなヤブになってしまっていたような気がします。

よろしかったら、那須の中世城館を探索してみてください。
 

那須烏山市(旧南那須町) 

 投稿者:佐藤誠一  投稿日:2016年11月15日(火)06時25分53秒
返信・引用
  那須烏山市(旧南那須町)を拝見いたしました。三箇に住んでいながら知らないことばかりでした。
いつもワンちゃんとの散歩で歩くあたりに館がありビックリです。三箇橋手前でよく一休みしますが、あそこに館があったとは。。。入江野の城は旧道の左かなと思っていましたら右側でしたか。。。
トンネル下の左の竹やぶの上ですか。散歩で西野にも行くのですが堀之内も了解しました。
あらためて見てみようと思います。ありがとうございました。
 

Re: 志賀氏

 投稿者:余湖  投稿日:2016年11月13日(日)20時52分18秒
返信・引用
  > No.4761[元記事へ]

あんこさんへのお返事です。

戸上城について調べてみたのですが、それらしい城館の存在を確認することはできませんでした。

福島県の遺跡データベースにも、戸下城というのは登録されていません。おっしゃるように別名があるのかもしれませんが、これといった手がかりがありません。

どなたか、ご存知の方がいましたら、ご教授ください。
 

志賀氏

 投稿者:あんこ  投稿日:2016年11月12日(土)11時03分49秒
返信・引用
  はじめまして

当家の親戚筋の家に伝わる来歴です。
岩城重隆の御一家とあるので福島のいわき地方だと思うのですが『戸上城』という城を検索してもそれらしい城を見つけることができませんでした。
采地二万石とありますからそこそこの規模かとも思われるのですが別の名称で伝わっているのかもしれません。
どなたかご存知の方がおられましたらご教示下さい。

 

佐竹氏に関する講演会のお知らせ

 投稿者:余湖  投稿日:2016年11月 8日(火)21時13分40秒
返信・引用
  12月10日に表記の講演会がありますのでお知らせします。

詳しくは下記のチラシをどうぞ。
 

Re: 高柳城

 投稿者:余湖  投稿日:2016年11月 3日(木)07時25分11秒
返信・引用 編集済
  > No.4757[元記事へ]

横尾さんへのお返事です。

高柳城、なかなかよさそうなお城ですね。横堀がきれいですね~。そのうち行ってみたいです。今年はクマの出没が多いようですが、大丈夫だったでしょうか?

越後も恵那地方もいいですが、雪は大丈夫でしょうか? また、後で相談したいと思います。

それではまたです。
 

Re: 郷原城

 投稿者:横尾  投稿日:2016年11月 1日(火)09時49分29秒
返信・引用
  > No.4740[元記事へ]

余湖さんへのお返事です。


>
> ところで、まだ先の話なのですが、今年も12月に「ヤブレンジャー山城の日」を開催したいと思っています。どこか行ってみたいところがありましたら教えてください。
>
> 今年は連休なので、できれば泊りで行ってみたいなどと思っております。
>
> それではまたです。

休みが取れれば、越後の飯岡城、菅谷城、浦村城、平林城、揚北衆の山城を見てみたいと思っています。雪が降らなければいいのですが、もし雪が降れば、岐阜の恵那周辺の山城でもいいと思います。
 

高柳城

 投稿者:横尾  投稿日:2016年11月 1日(火)09時34分52秒
返信・引用
  高柳城は加茂市上高柳にあります。畝状阻塞、竪堀、横堀と守りを張り巡らし、縄張りも感動する構えの山城でおすすめです。
写真1 南にある横堀
写真2 第一曲輪に入ったところ
写真3 西側斜面の畝状阻塞

http://blog.goo.ne.jp/tomiokamusasi

 

Re: 尼崎城にいってきて

 投稿者:狸屋  投稿日:2016年11月 1日(火)05時43分7秒
返信・引用
  再度貼りました。

http://fast-uploader.com/file/7033502063464/
 

Re: 尼崎城にいってきて

 投稿者:余湖  投稿日:2016年11月 1日(火)04時40分31秒
返信・引用
  > No.4754[元記事へ]

狸屋さんへのお返事です。

かつては完全湮滅していた尼崎城ですが、近年、わずかながらも復元工事が進んでいるようですね。
篤志家の寄付によって天守も復元されるようで、完成の暁には、私もぜひ訪れてみたいと思っています。少なくとも外観は古写真から分かるわけなので、尼崎のシンボルとなる建造物になるのではないでしょうか。

ところで、添付のリンク先、削除されてしまっているようですね。
 

尼崎城にいってきて

 投稿者:狸屋  投稿日:2016年10月30日(日)21時13分38秒
返信・引用
  木造復元とか、元々も場所でないとだめという人は怒るかもしれませんが
かってこんなものがあって、廃城後は石垣は港湾建設に、敷地は学校に
使われたことを、市民の人に訴えかけるモノとなれば、それはそれで
ありかなという気がします。

神戸の地震の時にも崩れなかった高等女学校の建物を壊してでも
場所に拘るものでもないように思いますし、なによりも阪神のホームから
こんな風に見えるのも悪くはないと思うのです。
http://firestorage.jp/download/fd16df44931755b746a0e2606d1487a3cc70d87c2ce42c

 

『お城EXPO 2016』のお知らせ

 投稿者:余湖  投稿日:2016年10月29日(土)17時49分59秒
返信・引用
  【『お城EXPO 2016』概要】
名称  : お城EXPO 2016
開催日時: 2016年12月23日(金・祝)~12月25日(日) 10:00~18:00
      (入城は17:30まで)
開催会場: パシフィコ横浜 会議センター
      (神奈川県横浜市西区みなとみらい1-1-1)
主催  : お城EXPO実行委員会、公益財団法人日本城郭協会、
      株式会社ムラヤマ、株式会社東北新社、パシフィコ横浜
後援  : 経済産業省、観光庁、神奈川県、横浜市、日本政府観光局(JNTO)、
      朝日新聞社、読売新聞社、神奈川新聞社、tvk、
      ヒストリーチャンネル(TM)、一般社団法人日本旅行業協会、
      日本忍者協議会、北条五代観光推進協議会、
      全国山城サミット連絡協議会
協力  : 日本出版販売株式会社、クラブツーリズム
URL   : http://www.shiroexpo.jp

<テーマ展示>
●浮世絵に見る攻城戦展
日本城郭協会が所蔵するお城や武将を舞台にした実物の浮世絵を展示します。

●厳選城絵図&お城模型展示
全国各地から厳選した城絵図と精巧に復元されたお城の模型を展示します。

●日本100名城写真展
日本城郭協会選定の日本100名城の写真の一斉展示を行います。

●熊本城復興支援コーナー
熊本地震で被災した熊本城の復興支援コーナーとして、熊本城の復興の様子等の展示を行います。

●お城シアター
お城に関する厳選された数々の映像を一挙に上映します。

●お城EXPO検定
ここでしか受験できない、城郭検定の特別版。
検定後は、日本城郭協会講師から直接解説が受けられます。
受験をご希望される方は、『お城EXPO検定』ページよりお申し込みください。

申込URL: https://www.kentei-uketsuke.com/sys/shiro-expo/introduction
料金  : 一般5,500円、中学生以下4,000円(入城料と受験料含む)

●城めぐり観光情報ゾーン
お城めぐりに役立つ、お城のとっておき情報や周辺観光情報などを発信します。
お城のゆるキャラも大集合。

●城下町 特産・名産品即売会
お城にまつわるご当地商品や地域の特産物、お城EXPO限定グッズ等を販売します。

●お城EXPOフォトコンテスト
お城をテーマにしたフォトコンテストを開催し、応募作品の展示と優秀作品の表彰を行います。
2016年10月22日(土)に『お城EXPO 2016』WEBページにて受付を開始予定。
詳しくは、WEBページをご覧ください。

●ワークショップ
写真や模型などお城のさまざまな楽しみ方を、気軽に参加できるワークショップで紹介します。

<厳選プログラム>
お城のスペシャリストたちが登壇するここでしか聞けない貴重な講演会・フォーラム・トークショーなどの厳選プログラム。12月24日(土)に開催するトークショーでは、春風亭昇太さんにご参加いただき、城郭考古学を専門とする考古学者の千田嘉博さん、城郭ライターの萩原さちこさんとともに、お城について熱く語っていただきます。
※これらのプログラムへのご参加をご希望される方は、プレミアム入城券をお買い求めください。

●12月23日(金・祝)
11:00~11:50  講演会「加藤清正の戦いと城」 小和田哲男
13:00~13:50  講演会「天守と櫓について」 三浦正幸
14:10~15:00  講演会「石垣と土塁について」 加藤理文
15:30~17:30  フォーラム「熊本城の過去・現在・未来」
        小和田哲男、三浦正幸、加藤理文、
        鶴嶋俊彦(熊本城調査研究センター)、
        コーディネーター萩原さちこ

●12月24日(土)
11:00~12:30  トークショー「山城の魅力を語る!」
        千田嘉博、春風亭昇太、萩原さちこ
13:30~14:20  講演会「秀吉の小田原攻めの意義と背景」 黒田基樹
15:00~17:00  フォーラム「小田原攻めの実態に迫る」
        小和田哲男、諏訪間順、伊東潤、コーディネーター黒田基樹

●12月25日(日)
11:00~11:50  トークショー「城を極める!城で遊ぶ!I」
        二宮博志、畠中和久、萩原さちこ
13:00~13:50  トークショー「信長が登用した穴太衆とその石垣」
        粟田純徳(穴太衆末裔)、萩原さちこ
14:10~15:00  講演会「江戸城の石垣と石丁場」 萩原さちこ
15:20~16:10  講演会「真田三代の城と真田丸」 平山優
16:30~16:55  トークショー「城を極める!城で遊ぶ!II」
        香川元太郎、萩原さちこ
17:05~17:30  トークショー「城を極める!城で遊ぶ!III」
        坂本昇治、萩原さちこ

・『お城EXPO 2016』実行委員会委員長
公益財団法人日本城郭協会 理事長 小和田哲男
講演会/シンポジウムにて登壇予定
写真: https://www.atpress.ne.jp/releases/114415/img_114415_7.jpg

・城郭ライター
編集者 萩原さちこ
城好きのための講演会/シンポジウムをプロデュース
写真: https://www.atpress.ne.jp/releases/114415/img_114415_8.jpg

<チケット情報>
一般発売日:2016年10月22日(土)
チケット :●入城券 一般    当日1,500円/前売 1,300円
           小・中学生 当日 800円/前売  500円
      ※税込
      ※未就学児は無料
      ※会期中のいずれか1日にテーマ展示の全てをご覧いただけます。
      ●プレミアム入城券 3,000円/前売 2,800円
      ※税込
      ※一般/小・中学生の区分はありません。一律料金です。
      ※テーマ展示に加え、厳選プログラムに参加できます。
      ※未就学児はプログラムへの参加はご遠慮ください。
      ※日付をご指定の上、お買い求めください。
      ※指定日の全てのプログラムを終日[指定席※限定1,000席]で
       ご参加いただけます。
      ※前売り状況などにより予告無く前売り券や当日券の販売を
       終了する可能性がございます。

チケット取扱い:
●チケットぴあ
TEL  : 0570-02-9999(10:00~18:00)
URL  : http://pia.jp/t/
Pコード: 入城券      12月23日~25日【990-655】
     プレミアム入城券 12月23日【633-978】、12月24日【633-979】、
              12月25日【633-980】

●ローソンチケット
TEL  : 0570-000-407(10:00~18:00)
URL  : http://l-tike.com/
Lコード: 入城券12月23日~25日【32012】

●イープラス
URL: http://eplus.jp/

●CNプレイガイド
TEL:0570-08-9999(10:00~18:00)
※都合により変更となる場合があります。


【『お城EXPO 2016』に関する一般の方のお問い合わせ先】
『お城EXPO 2016』事務局(株式会社ムラヤマ 横浜支店内)
TEL :045-663-7227
FAX :045-201-9078
 

Re: 京都の城

 投稿者:余湖  投稿日:2016年10月28日(金)04時41分34秒
返信・引用
  > No.4751[元記事へ]

備前守長政  さんへのお返事です。

お久しぶりです。京都の城ですか。京都のお城は、まだあまり回っていないので、私も機会があれば行ってみたいものです。

京都のお城は、著名な歴史的事件に関連しているものが多いですから、訪れた際に感慨が深そうです。

それにしても、一般の観光客の皆さんから見たら、中世城郭を回っている人なんて、「何を見に来ているのだろう?」とちょっと怪しく思われてしまいそうですね。ま、いつものことでしょうが。

それではまたです。
 

京都の城

 投稿者:備前守長政    投稿日:2016年10月27日(木)23時40分15秒
返信・引用
  急に休みとホテルが取れたので土日と京都に行ってきました。

初日が将軍山城と如意ヶ岳城、二日目が周山城と嵐山城。

将軍山城は余り技巧的とは言えないものの、尾根上のピークにそれぞれ普請をして敵の侵入を阻む広域の城砦群のあり方が良く分る城と言えます。
如意ヶ岳城は、縁辺部の普請に腐心するも中心部は余り手をかけな、これぞTHE陣城といった感じです。ここは大文字山の「大」の字の火床近くですが、薄暮になっても登る人がいて、下山時何度もすれ違いました。多分夜景を見るのでしょうね。眺めは大変良かったです。
残念なのは、将軍山城で時間を取られ日没までの時間が迫っていた中、中尾城への道が見つけられず見損なったこと。方向音痴が嘆かわしいです。こんど千葉の中尾城に行きリベンジしてきます。

周山城は破城、石材抜き取りで往時の姿を大きく損じているものの、概ね石垣造り、取り分け主郭には天守相当の建物の存在を窺がわせる石垣があり、見応えがありました。数年前、数日前に降った雪に阻まれ途中断念したリベンジを果たしました(雪の中だと側面の石垣遺構を見落とすことが多かったので、結果的に良かった思います)。
嵐山城は京都屈指の観光スポットにありながら、説明板も無ければ主郭からの眺望も樹木に遮られ不十分でした。何よりハイキングコースから外されていて、冷遇されているなぁと感じました。2箇所ばかり嵐山城へ誘導してくれる標識(といっても殆ど見落としかねない位小さく、場所も実に目立たない位置にありました)が有ったのがせめてもの救いですが。こちらは如意ヶ岳城(と言うより大文字山)と違い、人と殆どすれ違いませんでした。それに比べ下界の渡月橋から天竜寺辺りまでは、日本語以外が大変飛び交って混んでいました。
 

Re: 馬込城

 投稿者:NT  投稿日:2016年10月27日(木)08時21分25秒
返信・引用
  > No.4749[元記事へ]

余湖さんへのお返事です。

おはようございます。
早速のご連絡ありがとうございました。
もう少し調査、勉強してみます。色々なHPを拝見していると大田区のHPの言う城郭サイズでは大きすぎるという指摘もあるのですが、地形を考えるにかなり大きい城郭だと私は思うのです。

地形から堀切跡を想像するのも楽しいですね。不自然な形の小道も気になります。昔の曲輪の形に沿って発展したんじゃないかと思っています。
まずは模型を作ってみて、それから堀切の場所を考えて攻められにくいお城を考えてみようかと思います。

ありがとうございました。

 

Re: 馬込城

 投稿者:余湖  投稿日:2016年10月27日(木)05時05分46秒
返信・引用 編集済
  > No.4748[元記事へ]

NTさんへのお返事です。

初めまして。都内は早くから開発が進んでいるので、城のかつての面影をたどるというのは、かなり難しい状況ですね。それでもいろいろと考察してみるのは面白いのではないかと思います。

私が鳥瞰図を書く際には、基本的には現地で描いた縄張り図を基にしています。しかし、遺構がなくなってしまっている城の場合は、古い地形図や航空写真を参考にして想像図を描いてみることもあります。その場合は、あくまでも「想像図」になってしまいます。

馬込城については、現地を訪れたことがないので何とも言い難いのですが、添付していただいた地形図を見る限りでは、ご指摘の郵政宿舎の辺りが主郭で、そこを中心として複郭を配置した城郭の姿が浮かび上がってきそうです。台地基部のネックに当たる大田区郷土資料館の辺りに大堀切を入れて、台地との分断を図っていたものではないでしょうか。

大田区のホームページを見ると「東は北野神社(南馬込二丁目)、西は湯殿神社(南馬込五丁目)、南は臼田坂下(中央一丁目、中央四丁目)、北は大田区立馬込図書館(中馬込二丁目)までに及ぶ中世城郭」とあります。添付の地形図からは読み取れませんが、だいたい合っているでしょうか?

かなり古い時代の城館ですと、台地下にある「谷戸式城館」というのもありますが、『小田原所領役帳』にも出てくる梶原氏の居城だとすると、上記のような想定で当たっているものと思われます。

『日本城郭体系』には、遺構として「空堀」と書いてあるのですが、昭和50年代までは、空堀らしきものが残っていたのかもしれません。現在の航空写真からでは、とても空堀が残っている余地はなさそうに見えます。

古い地籍図を見れば、郭や堀の形状を認識できる場合もあります。また国土地理院のページから、古い航空写真を見て、失われた遺構を見ることができる場合もあります。該当の地区には1936年の航空写真があり、地形は何となく理解できるのですが、遺構までは読み取れませんでした。

いずれにしても、これを基にして鳥瞰図を描くとしたら、添付の地図を基にして、立体的な地形を描き起こして想像図とするしかなさそうです。

さらに想像を働かせるとするなら、台地のネックとなっている部分数か所に「推定堀切跡」と記入して、複郭の状況を復元してみるといったところでしょうか。

いずれにしても、いろいろと想像を働かせてみるのは面白いと思います。

現地近くに大田区郷土資料館があるようですから、そこの学芸員さんに尋ねてみれば、往時の詳しい状況が分かるかもしれませんね。
 

馬込城

 投稿者:NT  投稿日:2016年10月27日(木)00時07分32秒
返信・引用
  初めまして。お城に興味があってこちらのHPをたまに拝見させて頂いています。色々な俯瞰図を拝見させて頂いています。俯瞰図というのはどの様な考察に基づいて作成するものなのでしょうか?
というのは、近所に馬込城跡という中世の平山城とされているものがあるのですが、高台の中腹にあり、とてもそこにお城を築くとは思えないのです。また斜面の下は昔は沼地だったはずで、そこから攻め登って来るようにも思えません。現在そこは湯殿公園と湯殿神社となっており、お城の面影は何もありません。館跡を馬込城跡としていると永年自分を納得させてきました。
子供の夏休みの宿題のテーマとしてもいいかと思い、積層模型とお城を書いた俯瞰図を書いてみようと子供に提案しましたが、等高線を見ているだけでもモヤモヤしてきて、子供の宿題どころではなくなってしまいました。
永年お城を見て来た経験や知見が大事かと思いますが、中世のお城の規模や虎口の位置の推測、曲輪の数など推測するポイントをご教授頂ければ幸いです。
画像を添付しました。地図の湯殿神社あたりが馬込城跡とされていますが、馬込郵政宿舎のあたりの方がお城の位置として相応しいように思えます。
初めてなのに不躾な内容、長文ですみません。
 

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