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西林砦!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月 9日(月)03時53分35秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

西牧氏関連城郭群の1つ。

台地上に遺構は認められないが、側面部には2本の竪堀と横堀が残されており、城郭であったことは明らかである。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi05.htm#seirin
 
 

伊藤坂上砦!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月 9日(月)03時52分14秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

やはり西牧氏関連城郭群の1つである。

こちらには台紙先端部を区画する2本の堀切が認められるが、かつては4郭構造であったと言う。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi05.htm#itou
 

城の上砦!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月 9日(月)03時50分54秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

台地縁部に築かれた、西牧氏関連城館群の1つ。

台地縁部に堀切が1本だけ残されている。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi05.htm
 

北条城と亀山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月 9日(月)03時49分11秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

山麓居館と思われる亀山城と、詰の城の北条城がセットになっている。

亀山城は規模は小さいが、きちんと削平された郭を持っている。

そこから尾根を延々登って行ったところが北条城。1郭周囲の堀切は鋭く深く、きちんと構築された山城である。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi04.htm
 

櫛木城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月 8日(日)04時59分11秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

淡路城からは近い位置にあり、やはり台地縁部に築かれている。

この城址にも立派な城址碑が建てられていた。旧波田町は、城址に対する意識が強かったのであろうか。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi03.htm#kusiki
 

淡路城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月 8日(日)04時57分34秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

台地縁部に築かれており、宅地化でその以降のほとんどは失われているが、東西の堀の末端部分はしっかり確認できる。

比較的早い時期に建てられたと思われる立派な城址碑があった。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi03.htm#awaji
 

波田山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月 8日(日)04時56分2秒
返信・引用
  長野県松本市のお城。

波田の集落を見下ろす城山に築かれている。

城内には遊歩道がつけられていて歩きやすく、直前の登り口にも案内がしっかりとあるので分かりやすいのだが、登城口まで到達するのが分かりにくくて、けっこう迷ってしまった。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi03.htm#hatayama
 

Re: 鈴鹿市の高岡城

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月 8日(日)04時54分3秒
返信・引用
  > No.6369[元記事へ]

Qooさんへのお返事です。

> 余湖さんへのお返事です。
>
> 余湖姓については「名字由来net」で調べることが出来ます。恐らく余湖姓の方か縁のある方が投稿されたのでしょう。
> https://myoji-yurai.net/
>
> 鷹の羽紋は武家が好んだ家紋と言うことですが、十大家紋の一つだけにポピュラーであり、家紋からルーツを辿るのは難しいかもしれません。様々な事情から家紋が変更されることもままあります。
>
> 我が父方のルーツについて先に簡単に紹介しましたが、その小亀氏は室町時代には豪族として讃岐の鷹丸山の金丸城に拠っておりました。余湖浩一校長先生の余湖図があるかと期待しましたが、残念ながら見つけることは出来ませんでした。以下は拙著の家の系譜(非公開)の一部です。
>
> 小亀氏は鎌倉時代の讃岐の地頭をルーツとする在地領主、地方豪族であった。築城年代は定かではないが、小亀城太郎が讃岐の長尾天神に金丸城を築いたと伝わる。金丸城はかつて鷹丸山の西南の尾根にあったが、その麓のまんのう町長尾には今も9軒の小亀家がある。
> 小亀氏は南北朝時代、讃岐南部山地帯にあって羽床氏、大谷氏、大平氏とともに南朝方についた。貞治元年・正平17(1362)年、小亀氏は大谷川城主大谷川左近大夫光兼と呼応し、讃岐南朝方の中院源少将を擁して金丸城に籠ったが、北朝方の武将細川頼之の大軍によって攻められ、中院源少将は自刃、小亀氏もこれに殉じた。
>

このようなサイトがあったのですね。なかなか便利な時代になったものです。私の先祖の家系については、私の一族しか知らないのではないかと思うので、きっと誰かが投稿したものなのでしょう。

小亀家の子とは知りませんでしたが、そのような歴史があったのですね。よくそこまでお調べになったものです。

讃岐の金山城については、機会があれば、ぜひ訪れてみたいと思います。そうしたら鳥瞰図も掲載できると思います。
 

Re: 鈴鹿市の高岡城

 投稿者:Qoo  投稿日:2019年12月 7日(土)06時39分44秒
返信・引用
  > No.6367[元記事へ]

余湖さんへのお返事です。

余湖姓については「名字由来net」で調べることが出来ます。恐らく余湖姓の方か縁のある方が投稿されたのでしょう。
https://myoji-yurai.net/

鷹の羽紋は武家が好んだ家紋と言うことですが、十大家紋の一つだけにポピュラーであり、家紋からルーツを辿るのは難しいかもしれません。様々な事情から家紋が変更されることもままあります。

我が父方のルーツについて先に簡単に紹介しましたが、その小亀氏は室町時代には豪族として讃岐の鷹丸山の金丸城に拠っておりました。余湖浩一校長先生の余湖図があるかと期待しましたが、残念ながら見つけることは出来ませんでした。以下は拙著の家の系譜(非公開)の一部です。

小亀氏は鎌倉時代の讃岐の地頭をルーツとする在地領主、地方豪族であった。築城年代は定かではないが、小亀城太郎が讃岐の長尾天神に金丸城を築いたと伝わる。金丸城はかつて鷹丸山の西南の尾根にあったが、その麓のまんのう町長尾には今も9軒の小亀家がある。
小亀氏は南北朝時代、讃岐南部山地帯にあって羽床氏、大谷氏、大平氏とともに南朝方についた。貞治元年・正平17(1362)年、小亀氏は大谷川城主大谷川左近大夫光兼と呼応し、讃岐南朝方の中院源少将を擁して金丸城に籠ったが、北朝方の武将細川頼之の大軍によって攻められ、中院源少将は自刃、小亀氏もこれに殉じた。



> Qooさんへのお返事です。
>
> 余湖姓は全国でも500人くらいしかいないはずなのに、そのネットの情報はすごいですね。うちの家系のことをどうやって調べたんでしょうか。どこかの余湖さんにでも聞いたのだと思いますが・・・。
>
> うちの家紋は鷹の羽違でした。しかし、これが近江源氏と関係のあるものなのかどうかは分かりません。
>
> 鷹の羽紋など、日本では最もポピュラーな家紋ですから、後の時代になって、自分の家の家紋として取り入れただけのものなのかもしれません。
 

パトレイバーthe movie

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月 6日(金)04時39分47秒
返信・引用 編集済
  パトレーバーそのものはアニメ化されて、毎週楽しく見ていたのだが、好評だったらしく劇場版が公開されることになった。

これがまたとてつもなく面白く、感動したものである。

https://www.youtube.com/watch?v=9ZKL1eEtMUY

確か80年代の映画であったと思うが、今見てもまったく色あせて見えない。(舞台は近未来1999年の東京)

素晴らしかったのはストーリーである。

作業用をはじめとして各部門でレイバー(ロボット)が稼働している時代、レーバーを動かしている基本OSに仕組まれたウィルスによって、暴走するレイバーが、東京に大災厄をもたらす・・・というのを何とか阻止しようという内容。

80年代と言えば、windowsが出る前のことであり、このアニメを見て初めてOSというものがあるというのを知った人も多いのではないだろうか。

度重なるレイバーの暴走事故から、実は新しく搭載されたOSにウィルスが仕組まれており、暴走のトリガーが何に設定されているかということを解き明かしていく、ミステリー的展開がとても面白かったのである。

やがて訪れてくるレイバーの爆発的暴走を止めるためにしなければならないこととは・・・・。

このアニメで一番好きだったキャラは、後藤隊長である。いつもぼーっとして昼行燈のような人なのに、実はものすごい切れ者で、誰も思いつかないような作戦を立ててくれるのである。

最大の見どころは何といっても最後の98式VS零式の戦いである。

https://www.youtube.com/watch?v=Adno8sRTono
 

Re: 鈴鹿市の高岡城

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月 5日(木)04時49分33秒
返信・引用
  > No.6366[元記事へ]

Qooさんへのお返事です。

余湖姓は全国でも500人くらいしかいないはずなのに、そのネットの情報はすごいですね。うちの家系のことをどうやって調べたんでしょうか。どこかの余湖さんにでも聞いたのだと思いますが・・・。

うちの家紋は鷹の羽違でした。しかし、これが近江源氏と関係のあるものなのかどうかは分かりません。

鷹の羽紋など、日本では最もポピュラーな家紋ですから、後の時代になって、自分の家の家紋として取り入れただけのものなのかもしれません。
 

Re: 鈴鹿市の高岡城

 投稿者:Qoo  投稿日:2019年12月 4日(水)18時32分55秒
返信・引用
  > No.6363[元記事へ]

余湖さんへのお返事です。

とある姓名に関するサイトに、余湖姓の起源について、「新潟県、北海道に多い。現滋賀県である近江国伊香郡余語庄が起源(ルーツ)である、菅原氏がある。五十戸未満の集落が語源。」と書いてありました。余呉が発祥の地で間違いないようですね。

家のルーツを調べるのに「姓」と並んで有力なツールになるのが家紋です。近江源氏、中でも佐々木氏は目結紋が特徴で、これが手掛かりになります。

佐々木家嫡流の佐々木六角氏は上洛する織田信長軍に敗れました。その一族の佐々木定政は織田信雄の臣となって伊勢に転戦したのですが、病を得て小杉という地で没し、その子孫がそのまま伊勢に土着しました。この系統を調べたことがありますが、家紋は目結紋でした。


>
> ご先祖のこと、たくさんお調べになりましたね。素晴らしいです。ご先祖様がいなければ現在の自分もいないわけで、ご先祖さまが、どのように過ごしてきたのか、少しでも分かると、感銘がありますね。
>
> うちのご先祖は近江源氏ということで、かつては家系図などの古文書や刀剣などもあったようですが、戦時中のどさくさで、紛失してしまったようです。(刀は詐欺に遭って奪われてしまったようですが)
>
> なんでも祖父が出征している間に、祖母が障子紙なんかで使ってしまったようで、戦争から戻ってきた祖父に、祖母は水津ンお来られたものだと言っていました。
>
> まあ、それらはあんまり当てにならないものだったようですが。
>
> それではまたです。
>
 

Re: ダンバイン

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月 4日(水)04時00分43秒
返信・引用
  > No.6364[元記事へ]

Pさんへのお返事です。

ご無沙汰しています。

そうでしたか。ゲームから入る、というのもあるのですね。

ダンバインは、初めて見た時は、そのデザインに違和感を感じまくりましたが、今になって思うとかなり斬新だったように思います。

エルガイムはストーリーはそれほど面白くはなかったのですが、メカデザインは秀逸でしたね。エルガイムはとにかくかっこよかったと思います。プラモデルも、細かいところまでよくできていて、好きでしたね。

ヘビーメタルという言葉も、これで初めて知りました。

サンライズ系のアニメは、一時期、夢中になってみていたものです。
 

Re: ダンバイン

 投稿者:  投稿日:2019年12月 3日(火)21時55分37秒
返信・引用
  > No.6359[元記事へ]

余湖さんへのお返事です。

お世話になっております。

ダンバインもエルガイムも、ゲームから始まり、初めて見たのはOVAのビデオが最初でした。

オタク趣味を経て、現在のお城巡り趣味までの自分の人生そのものが、この「ダンバイン」であり、「エルガイム」だったりします。まあ、それ以前に「SDガンダム」があったりしますが・・・

「鉄巨人」とか黒騎士の「ズワァース」、ル・シャッコの「ベルゼルガ」にル・カインの「ザカール」等々、掲示板に書かれておられますサンライズ作品群は現在進行形で好きですよ。
 

Re: 鈴鹿市の高岡城

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月 2日(月)06時07分28秒
返信・引用
  > No.6362[元記事へ]

Qooさんへのお返事です。

> 余湖さんへのお返事です。
>
> 家の歴史を調べ始めたのはNHKのファミリーヒストリーの番組が始まる以前でしたが、わくわくするものがあります(ファミリーヒストリーの番組も見ていて面白い)。江戸時代に近江日野にやってきた父方の先祖の小亀氏は身分は百姓でした。文化から文久年間に生きた小亀宗兵衛は上野の今市宿の酒造に丁稚奉公の後、日野商人となって安政年間に独立し、伊勢で酒造を始めました。しかし、小亀宗兵衛について日野町村井に住んでいたこと以外は分かりませんでした。
>
> 村井の寺の過去帳から村井の二十四番屋敷に住んでいることが分りましたが、二十四番屋敷がどこにあるかは皆目見当がつきません。そうこうするうちに、偶々村井ですれ違ったご老人から村井の古地図が村井の会所にあることを聞くことができ、その場所を突き止めることができました。その場所の二軒隣も小亀姓でした。江戸時代に建てられたというその家に伺って系図や文書を見せてもらいました。そして、この家が江戸時代に小亀宗兵衛と交流があり、本家筋であることが分りました。努力の結果、先祖のことが分ってくると興奮を覚えるものです。上野の今市宿と近郊の大桑村にあった酒造跡も幸運が重なり突き止めることができました。
>
> 近江の佐々木氏は宇田源氏の血を引く佐々木盛綱の子孫ですが、中でも佐々木六角氏は桃山から戦国時代にかけて大変な目に遭ったようです。
>

ご先祖のこと、たくさんお調べになりましたね。素晴らしいです。ご先祖様がいなければ現在の自分もいないわけで、ご先祖さまが、どのように過ごしてきたのか、少しでも分かると、感銘がありますね。

うちのご先祖は近江源氏ということで、かつては家系図などの古文書や刀剣などもあったようですが、戦時中のどさくさで、紛失してしまったようです。(刀は詐欺に遭って奪われてしまったようですが)

なんでも祖父が出征している間に、祖母が障子紙なんかで使ってしまったようで、戦争から戻ってきた祖父に、祖母は水津ンお来られたものだと言っていました。

まあ、それらはあんまり当てにならないものだったようですが。

それではまたです。
 

Re: 鈴鹿市の高岡城

 投稿者:Qoo  投稿日:2019年11月30日(土)18時39分3秒
返信・引用
  > No.6361[元記事へ]

余湖さんへのお返事です。

家の歴史を調べ始めたのはNHKのファミリーヒストリーの番組が始まる以前でしたが、わくわくするものがあります(ファミリーヒストリーの番組も見ていて面白い)。江戸時代に近江日野にやってきた父方の先祖の小亀氏は身分は百姓でした。文化から文久年間に生きた小亀宗兵衛は上野の今市宿の酒造に丁稚奉公の後、日野商人となって安政年間に独立し、伊勢で酒造を始めました。しかし、小亀宗兵衛について日野町村井に住んでいたこと以外は分かりませんでした。

村井の寺の過去帳から村井の二十四番屋敷に住んでいることが分りましたが、二十四番屋敷がどこにあるかは皆目見当がつきません。そうこうするうちに、偶々村井ですれ違ったご老人から村井の古地図が村井の会所にあることを聞くことができ、その場所を突き止めることができました。その場所の二軒隣も小亀姓でした。江戸時代に建てられたというその家に伺って系図や文書を見せてもらいました。そして、この家が江戸時代に小亀宗兵衛と交流があり、本家筋であることが分りました。努力の結果、先祖のことが分ってくると興奮を覚えるものです。上野の今市宿と近郊の大桑村にあった酒造跡も幸運が重なり突き止めることができました。

近江の佐々木氏は宇田源氏の血を引く佐々木盛綱の子孫ですが、中でも佐々木六角氏は桃山から戦国時代にかけて大変な目に遭ったようです。

 

Re: 鈴鹿市の高岡城

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月29日(金)06時03分42秒
返信・引用
  > No.6360[元記事へ]

Qooさんへのお返事です。

そうです。本来は余呉だったようです。「余湖」と書いて「よご」と読むのですが、知らない人はまず「よご」とは読めません。室町時代の文書を見ると「与五」と書かれていたり、昔はテキトーな当て字を充てるというのが一般的だったようで、それでいつの間にか「余呉湖」が「余湖」となり、読み方は「よご」のままになったものなのでしょう。

我が家に伝わっている言い伝えでは、もともと近江源氏佐々木氏の一族だったものが、戦乱を避けて佐渡にやってきたということになっていたのですが、近年の研究では、近江余呉の木地師一族が、木地を求めて佐渡に渡海して定着したのでは、などと言われています。

Qooさんのご先祖は讃岐の豪族ですか、これまた数奇な転変をされているようですね。

先祖のことを調べてみるというのも面白いものですね。私は若いころ、実際に余呉を訪ねてみて、なんとも言えない感慨を味わった記憶があります。

 

Re: 鈴鹿市の高岡城

 投稿者:Qoo  投稿日:2019年11月29日(金)05時54分53秒
返信・引用
  > No.6358[元記事へ]

余湖さんへのお返事です。

余湖と聞いて当初北近江の余呉湖を連想しましたが、字が違うから無関係かと思いました。余呉湖は母の実家の若狭に向かう途中に近くを通るので馴染みがあります。この辺りは僅かな平地で農業を営む寒村であり、先祖が日本海側の敦賀を経て佐渡に渡ったというのは頷けます。戦乱の影響もあったかもしれませんね。
室町時代は南北朝時代の戦乱や応仁の乱で世の中が乱れた時代です。このような戦乱があったり統治の緩む時代、あるいは時代の変わり目に人の移動が多く発生するようです。戦国時代から江戸時代初期にかけて、あるいは幕末から明治初期にかけて人の移動が多くありました。小生の父方の先祖は讃岐の豪族でしたが、南北朝時代に南朝方についたがために滅ぼされ一族が離散しました。そして備前、大坂、京を経て辿り着いたのが近江でした。

それでは高岡城の鳥観図を出典明記の上使わせて頂きます。載せるSNSは三重県の高校のOB同学年のSNSで、主な読者は中勢または北勢に在住しています。従って高岡城址はお膝元です。有難うございました。


> Qooさんへのお返事です。
>
>
> > 余湖は姓なのかニックネームなのか知りませんが、姓だとしたら佐渡、次いで北海道に多く分布する珍しい姓ですね。千葉県や神奈川県にも若干分布があります。
>
> よくご存じですね。余湖という名前は珍しいので、よくペンネームかと思われているのですが、本名です。
>
> 余湖姓の由来は、先祖が近江の余呉にいたことにちなんでいるのですが、室町時代に佐渡に移住したことから佐渡で広がった一族でした。
>
> 明治時代になって北海道の開拓のため、かなりの数の一族が北海道に移住しているので、北海道にもけっこう余湖姓の方がいます。そういうわけで、余湖は佐渡と北海道に多く点在しているというわけです。
>
> そのうち、東京や神奈川なども関東近郊に転住した人もいるということです。
>
> > ところで、小生、高校の同学年でSNSにより交流しております。高岡山・高岡城址についてSNSで紹介したいと思っております。余湖くんのホームページにある高岡城址の俯瞰図を出典を明記の上載せたいと思います。ご了承のほどお願いします。
> >
>
> 了解しました。私のページの鳥瞰図等は、出典を明記してあればご使用は自由ということにしてあります。よろしかったらお使いください。
>
> それではまたです。
> >
 

ダンバイン

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月29日(金)04時05分45秒
返信・引用 編集済
  ザブングルの後番組がこれであった。

https://www.youtube.com/watch?v=9eNvsn5h4TM

それまで一般に知られていなかった「オーラ」という言葉を一般名詞にしたアニメである。

しかし、ザブングルのような笑える場面がない真面目なストーリーだったので、がっかりしたものだ。

主人公たちの乗るオーラバトラーも、虫みたいな外観で親しめないなあと思っていた。

バイストンウェルという異世界が舞台という凝った設定だったのだが、なんとなくこの世界観にはなじめなかった。

そう思った人はけっこういたのであろう、途中から現世が舞台になるという展開になっていた。

現世でドンパチやらかした挙句に最後は全員討ち死にしてしまうという、めちゃくちゃなラストになってしまっていた。結局、何が言いたかったのかなあ、このアニメ。

ただ1つ、ミ・フェラリオという妖精のような存在は結構好きだった。ロバート・シルヴァーバーグの『夜の翼』の影響を受けているんだろうと思った。

ミ・フェラリオでヒロインのチャム・ファウが出てくるエンディングの映像はとても印象的だった。

https://www.youtube.com/watch?v=r99GBKr6_3c

ダンバインという名前もコンバインみたいでダサいなと思っていたところ、後に、秋田大学のアニメ部が、このアニメをパロディにしたコンバインというアニメを作ったのを見て、これがけっこう大うけした。

https://www.youtube.com/watch?v=oqsKQ6C-KAo&t=201s

 

Re: 鈴鹿市の高岡城

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月29日(金)03時55分58秒
返信・引用
  > No.6357[元記事へ]

Qooさんへのお返事です。


> 余湖は姓なのかニックネームなのか知りませんが、姓だとしたら佐渡、次いで北海道に多く分布する珍しい姓ですね。千葉県や神奈川県にも若干分布があります。

よくご存じですね。余湖という名前は珍しいので、よくペンネームかと思われているのですが、本名です。

余湖姓の由来は、先祖が近江の余呉にいたことにちなんでいるのですが、室町時代に佐渡に移住したことから佐渡で広がった一族でした。

明治時代になって北海道の開拓のため、かなりの数の一族が北海道に移住しているので、北海道にもけっこう余湖姓の方がいます。そういうわけで、余湖は佐渡と北海道に多く点在しているというわけです。

そのうち、東京や神奈川なども関東近郊に転住した人もいるということです。

> ところで、小生、高校の同学年でSNSにより交流しております。高岡山・高岡城址についてSNSで紹介したいと思っております。余湖くんのホームページにある高岡城址の俯瞰図を出典を明記の上載せたいと思います。ご了承のほどお願いします。
>

了解しました。私のページの鳥瞰図等は、出典を明記してあればご使用は自由ということにしてあります。よろしかったらお使いください。

それではまたです。
>
 

Re: 鈴鹿市の高岡城

 投稿者:Qoo  投稿日:2019年11月28日(木)09時15分25秒
返信・引用
  > No.6355[元記事へ]

余湖さんへのお返事です。

余湖さん、初めまして。

早速のレスポンス有難うございました。

余湖は姓なのかニックネームなのか知りませんが、姓だとしたら佐渡、次いで北海道に多く分布する珍しい姓ですね。千葉県や神奈川県にも若干分布があります。

仰るとおり神戸城は確かに石垣がいいですね。三重県北部(北勢)には中世に北勢四十八家という50を超える豪族が割拠していましたが、神戸氏もその一つです。神戸氏はその中でも抜きん出ており、戦国大名格でした。その城址には神戸高等学校がありますが、その前身は旧制神戸中学(大正9年創立)で、祖父の初任校でした。

ところで、小生、高校の同学年でSNSにより交流しております。高岡山・高岡城址についてSNSで紹介したいと思っております。余湖くんのホームページにある高岡城址の俯瞰図を出典を明記の上載せたいと思います。ご了承のほどお願いします。








> Qooさんへのお返事です。
>
> 初めまして。私のページをご覧いただきありがとうございます。
>
> 高岡城は、不思議な城ですね。歴史がはっきりしているのに、城としての形状がよく分からず、本当にこれがお城なのかと感じました。臨時に取り立てられた砦のようなものだったのでしょうか。
>
> 神戸城は天守台の石垣がなんとも素敵でした。
>
> 三重の城はまだあまり訪れていないので、機会があればまた訪れてみたいと思っています。
>
>
 

SPTレイズナー

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月28日(木)04時56分36秒
返信・引用 編集済
  ロボットアニメブームもそろそろ終焉かと思う時期に出た作品。

2部構成であり、第1部と第2部とで、世界観がまるで変ってしまったのが意外であった。視聴率で苦戦したために、話の展開を変えてしまったのであろうか。

でもOPの歌と場面とが好きで、カラオケに行くとよく歌っていたものである。

https://www.youtube.com/watch?v=ufM8QaPomzs

第2部は、宇宙人に支配されてしまった地球が舞台で、地球の文化は宇宙人によって破壊され、焚書坑儒のようなものが行われている中で、宇宙人の勢力を駆逐しようと地下活動を続ける地球人たちの物語となっていた。

しかし、視聴率が振るわず、いきなり話が終わってしまった。まったくの尻切れトンボで。

その結末はOVAに持ち越されるということになった。そういう展開をするアニメはその後、よくあることになるのだが、その嚆矢となったのが、レイズナーであったと思う。

後期EDも好きだった。

https://www.youtube.com/watch?v=dqwrNBGGA-g

テレビ版を探したのだが、残念ながら見つからなかった。テレビのEDでは、主人公の帰りを心配そうに一人で待つヒロインの姿が描かれていた。彼が帰ってきて、その胸に飛び込んで行くのだが、気が付いたら、それは幻だった・・・というような展開。

このアニメを見てから30年もたってからyoutuneで、その後出たOVAのラスト部分を見ることができた。

敵のボスと戦って勝った主人公が、ヒロインの下に帰り、初めて彼女を抱きしめてキスをする場面で終わっていた。

ずっと尻切れトンボのまま記憶に残っていたラストを、ようやく見ることができて、感動したものであった。youtuneってすごいなと思った。
 

Re: 鈴鹿市の高岡城

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月28日(木)04時46分38秒
返信・引用
  > No.6354[元記事へ]

Qooさんへのお返事です。

初めまして。私のページをご覧いただきありがとうございます。

高岡城は、不思議な城ですね。歴史がはっきりしているのに、城としての形状がよく分からず、本当にこれがお城なのかと感じました。臨時に取り立てられた砦のようなものだったのでしょうか。

神戸城は天守台の石垣がなんとも素敵でした。

三重の城はまだあまり訪れていないので、機会があればまた訪れてみたいと思っています。

 

鈴鹿市の高岡城

 投稿者:Qoo  投稿日:2019年11月27日(水)14時00分50秒
返信・引用
  11月23日に鈴鹿市の高岡城址を訪れました。昔は城址公園から鈴鹿川の上流が良く見えたそうですが、今は雑木が茂って見えません。同様に遺構も判然としません。辛うじて空堀と土塁らしきものを目にした程度です。私有地が入り組んでおり、踏み込むこともできません。結局、何だかよくわからないまま帰路につきました。
帰宅してネットで調べてみると余湖さんのホームページに鈴鹿市の神戸城とその支城の高岡城について俯瞰図と写真入りの詳しい解説があるのに気付きました。これほど詳しい解説は今まで見たことがありません。特に俯瞰図はよくできていて感心させられました。この解説を予め頭に入れて訪れていたら、もっとたくさんのことを知ることが出来たと思います。
高岡山の東麓には祖父と父が生まれた大福田寺があります。この寺はかつては平安時代に創建の壮大な寺院でしたが、滝川一益が神戸城、高岡城を攻めた際に全て焼失してしまいました。
郷土史の調査の一環として高岡城址を訪れました(城オタクではありません)。
 

Re: 塩田城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月26日(火)20時29分55秒
返信・引用 編集済
  > No.6352[元記事へ]

らんまるさんへのお返事です。

ご無沙汰しております。山城サミット、御盛況だったようで何よりです。
普段お目にかかれない管理人に会えたみなさんは、さぞお喜びだったことでしょう。

あそこはキノコの止山でしたか。それであんなにも不審がられたのでしょうか。
図面を見せながら説明したのに、それでもキノコ盗人と思われてしまったのかなあ・・・。
あそこにはさらにやばい事情があるのではないかと思ってしまいました。
不審者扱いされることはたまにありますが、あそこまで怪しまれたのは初めてでした。

今週末は久しぶりに休めるので、やっと遠征に行けそうです。
土日は松本市の山城などに出没します。

 

Re: 塩田城!

 投稿者:らんまる  投稿日:2019年11月26日(火)07時37分0秒
返信・引用
  > No.6332[元記事へ]

余湖さんへのお返事です。

そりゃー災難でしたね。あの山は松茸山で止め山なので、この時期はヤバイでしょう。

小生も登る途中で松茸山と気づきましたが、戻るのもアホらしいのでそのまま大急ぎで遺構を確認して何食わぬ顔で下山し事なきを得ました(汗)

あそこが城跡と認識している人は地元でもほとんどいないし、城址に標柱が有る訳でもないし、「城巡り」などと伝えてもちんぷんかんぷんで不審者扱いされます。
「人を見たら泥棒と思え」的な発想でしょうね(笑)
 

ガリアン

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月26日(火)03時43分41秒
返信・引用 編集済
  ボトムズの後番組がこれであった。

これまた特徴的なアニメであり、舞台は地球ではなく、クレッセント銀河系の惑星アースト。

中世のヨーロッパのような王侯貴族が闊歩する時代が舞台である。

剣と騎士道の世界であるが、古い時代のはずなのに、なぜか近代的な戦闘的ロボットが登場してくる。

でも、この独特の世界観がなんとも言えない味わいを出していた。終盤になってくるとストーリーがSF化してしまったのだが、最後まで中世が舞台の話で貫き通してほしかった。

OPも独特の味わいの曲であった。

https://www.youtube.com/watch?v=9hH9u8T8zh4

ボルダー王国の王子ジョジョが誕生した日、征服王マーダルが城に攻め寄せてきて、城は落城、王は殺され、王女は奪い去られてしまう。

家臣によってかろうじて救い出された王子ジョジョは、白い谷で育てられ、やがて王権の復活を目指して戦い始めていく。

というストーリー展開で、まるっきり中世騎士道のお話であった。ジョジョが自分の軍勢を集めて、城に向かって進軍していくシーンが好きだった。

途中からクレセント銀河系の興亡を描く話になってしまい、描いていた世界観が壊されてしまったのが残念。

しかし、こういう中世的世界観が舞台だったロボットアニメというのもこれだけであった。

EDも紹介しておく。

https://www.youtube.com/watch?v=YIS9AnMUMgU
 

銀河漂流バイファム

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月25日(月)04時23分41秒
返信・引用 編集済
  これまたサンライズのアニメ。

15少年漂流記の宇宙版である。

というわけで、主要なキャラは子供ばかりである。最初のうちは、子供ばかりこんなに出していったいどうするつもりなんだよ、と思ったものだが、一人一人の個性がちゃんと描かれていて、見ているうちにけっこうはまってしまったものであった。

あれだけキャラがいながら、嫌な奴が一人もいないというのが意外だった。

バーツとかマキは、その見た目から敵対キャラかと思っていたのだが、最後までいいやつだった。

スコットは、一人だけ老けて見えていたが、16歳くらいの設定だったんだよなあ。

クレアはみんなのお母さん役であったが、彼女も15歳くらいの設定だった。立場が人を育てるってこういうことかなと思った。

ククトニアンのカチュアやケンツとか、個性的なキャラがたくさんであった。一番目立っていないのが主人公だったかもしれない。

マルロとルチーナのような幼児まで、その個性が光っていた。

子供のキャラがよく描かれているのに対して、バイファムはあんまり目立っていなかった。

主人公が初めてバイファムに乗ったのが、確か15話目くらいだったような気がする。

そのせいだろうか、OVAではバイファムそのものが登場してこなかった。タイトルは「バイファム」なのに・・・。

でも何といっても印象的だったのは、オールイングリッシュのOPである。けっこうカッコイイ曲だったんだけど、何と言っているのか分からないところがあちこちにあった。

https://www.youtube.com/watch?v=A4165Uc-j3k&t=286s

WIPE AWAY ALL YOUR TEARS
TOGETHER WE WILL CONQUER FEAR
COME AND GIVE US A HAND
IN SEARCH OF NEW LAND
I WONDER WHERE YOU ARE MY FRIEND
TELL US WHAT IS LEFT IN THE END



 

Re: ダグラム

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月25日(月)04時09分53秒
返信・引用 編集済
  > No.6348[元記事へ]

三等兵さんへのお返事です。

サマリン博士の最期は泣けました。博士は最後まで立派な人でしたね。リーダーというのはあのようにありたいものです。
そういえば宮内幸平といえば、亀仙人でしたっけ。

ドナン・カシムと対峙する場面も印象的でしたね。
「我々が求めているのは平等への真の解放です」
「不幸な結果になってもですか」
「それは民衆が決めればよいことです。まやかしの民主主義などほしくない」

ザルツェフ少佐やザナ中尉など、いいキャラがそろってましたねえ。

ザルツェフ少佐の声はちびまる子ちゃんのひろしでしたか。気が付きませんでした。あまりの違いにびっくりです。

スタンレー高原の戦いとか、雪のカルナック山脈越えとか、戦略的に見ても面白い戦いがありましたね。

> 結果的には裏切り者のデスタンがデロイア独立の父ですね(笑)
>

「この寄生虫め!」(笑)

確かにそうかもしれません。あの銃声一発で、歴史がそう簡単に変わってしまうのか、ちょっと安易な気もしますが・・・。

「主人公たちの戦いが、全体の戦局に大きな影響を与えていない」という批判もあったようですが、それはガンダム以来の伝統ですね。

いずれにせよ、ああいういかついアニメは、今後出てこないでしょうね。
 

Re: ダグラム

 投稿者:三等兵  投稿日:2019年11月24日(日)22時18分13秒
返信・引用
  > No.6345[元記事へ]

この掲示板を見たらまさかのダグラムネタで思わず食いつきました。
次回は城の話題で書き込みます。

サマリン博士は今は亡き宮内幸平氏が声優でしたね。軍事面は招聘したザルツェフ少佐に
全て任せて口出ししない大度量の持ち主でして。その少佐の声も現在のちびまる子ちゃんの
ひろし役の屋良有作氏です。サマリン博士の最後は名場面でしたね。
毎回の予告のナレーションも言葉も凄かったです。
青いソルティックの24部隊の時は興奮しました。
子供の時は連邦、デロイア州政府、解放軍のあの政治関係はよく分からなかったです。
今だと理解できます。
結果的には裏切り者のデスタンがデロイア独立の父ですね(笑)
 

ボトムズ

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月24日(日)07時05分55秒
返信・引用 編集済
  ダグラムの後番組がボトムズであった。こちら、後になってからビデオシリーズが出たりして、けっこうメジャーになった作品というべきであるかもしれない。

リアルロボット路線の第2弾である。といってもダグラムのようにストーリーがリアル戦争だったわけではない。

主人公の乗るArmored Trooper(装甲騎兵)という設定がリアルロボット路線ということだったように思う。これは後に模型として売れたのでウィキペディアにも単独の項目として載せられている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%88%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%91%E3%83%BC

これまでのロボットものアニメには必ず主人公メカというものがあり、主人公は特別なマシンに乗っているのが常識であった。

ボトムズにおいては、出てくるのは汎用メカばかりであり、主人公用の特別なマシンは登場しない。

したがって主人公は、次々とマシンを乗り換えており、その都度マシンを壊してしまったりする。そういう意味でリアルだったのだろうと思う。

マシンの大きさも全高4mと、小さい。歩く戦車のようなイメージであったろうか。

マシンに顔がないというのは、ダグラムから受け継いだものであった。思えばかつてのロボットアニメのマシンにはちゃんと顔が付いていた。

代わって正面にあるのは3つのスコープのみであり、戦闘状況によって操縦者はスコープを使い分ける。それゆえ、このマシンはスコープドックと呼ばれていた。

ちなみに最新のiPHONにはカメラアイが3つ付いている。これをスコープドックを呼ぶ人がいて、なんだか懐かしくなってしまった。

それとボトムズが始めたのは、マシンの足に車輪を付けていて、ローラーダッシュで移動するという手法であった。これは以降のロボットアニメに継承されていく。

主人公も独特である。「アニメ史上最も暗い主人公」と呼ばれたキリコが主人公。なにしろキリコは喜怒哀楽をまったく表さない。ひたすら淡々とした反応しか示さないのである。感情移入しづらい主人公であった。クールと言えばクールなのかもしれないが。

OPとEDの曲を歌っていたのは、まだメジャーになる前の織田哲郎である。
OPは「炎のさだめ」
https://www.youtube.com/watch?v=8OyzNZYBgBM

EDは「いつもあなたが」 この曲も結構好きだった。雨に濡れるスコープドックに乗るフィアナの姿が印象的だったものだ。


https://www.youtube.com/watch?v=bu7PQbWJIyc&list=RDbu7PQbWJIyc&start_radio=1
 

土曜勤務

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月23日(土)05時38分42秒
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  今週も土曜日にお仕事がはいっている。これで3週連続だな・・・。

まあ、土日ともでないだけ、まだましか。
 

ダグラム

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月22日(金)04時28分8秒
返信・引用 編集済
  このアニメも印象的だった。ロボットアニメ全盛期だからこそ登場してきたアニメであり、今ではまず作られることはないであろうアニメである。

当時は「リアルロボット路線」と呼ばれていた。

何がリアルなのかというと、実際の戦争を描こうとしていたからである。

そこには悪人も正義の味方もいない。普通の人間たちが、それぞれ自分たちの幸せをつかみ取ろうとしているだけなのに、その結果が戦争にしかならないという現実を描こうとしたものである。

ということもあって、とにかく女っ気がほとんどなかった。やたらといかつい親父たちが議論し合っている場面が多いアニメであった。

傀儡政権、弁務官といった言葉は、このアニメを見ていて初めて知った言葉であった。子供が見て面白かったのかどうか疑問である。

あと、私が知る限り、「地球を敵として戦った」唯一のアニメでもある。植民惑星デロイアの民衆が、地球から独立を勝ち取るまでの歴史を描いた物語である。

真の主人公ともいえる、独立派のリーダー、デビット・サマリン博士がとても立派な人で、この人のことが好きだった。架空の人物で最も尊敬する人は?と言われたら、迷わず私はサマリン博士を挙げる。

「あなた方は歴史とは過去のことだと思っている。しかし、私の歴史は違う。私の歴史は未来のことです」というセリフが好きだったなあ。

アニメが終了した後に、総集編が劇場版として公開されたのであるが、そのタイトルは「ドキュメント 太陽の牙ダグラム」と、ドキュメント扱いになっていた。

https://www.youtube.com/watch?v=pj3wN4_-5Y0


 

マクロス

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月20日(水)20時55分21秒
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  80年代ロボットアニメのことを書き始めたら、つぎつぎと書きたくなってしまった。
しばらくはロボットアニメを紹介していくことに決~めた。

数あるロボットアニメの中でも、最も好きだったのが、この超時空要塞マクロスであった。

当時、SFアニメの金字塔と言えば、ヤマトとガンダムであった。この両者のいいところを取り入れている上に、メカがかっこよく、キャラクターデザインも当時の水準を超える素晴らしさだったのだから、人気が出るのは当然だ。

中でも素晴らしかったのは変形戦闘機バルキリーである。戦闘機の状態でもかっこよかったのだが、変形してロボット形態になってもかっこいい!

こちらは、ちゃんと変形するおもちゃがよく売れていた。プラモもずいぶん作った。今でも手元にあるが、30年たっても、ちゃんと変形できるのである。

びっくりしたのは、変形途中のガウォークという形態。飛行機に手足が生えたデザインを見て、最初は「なんじゃこりゃ!」と思ったものだが、見慣れてくると、これまたいいのだ。

とにかく動画を見てみてください。(リメークものだけど)

https://www.youtube.com/watch?v=fwpK76CyCag

うっとりするほど絵が美しい。当時のアニメの水準をはるかに超えていた。

ところで、2番の歌詞で「万古に続く戦いを」という部分があるのだが、私の周りの人たちはみな「万古」を「〇んこ」と読み間違えて歌っていた。この動画では、読み間違えないように、ちゃんとひらがなで「ばんこ」と書いてある(^^;。

戦闘シーンが特に秀逸で、動画担当の板野一郎にちなんで、板野サーカスと呼ばれていた。
ちなみに板野氏はその後ハリウッドに招かれ、トップガン等の映画には、板野サーカスが取り入れられているという。

そういう意味では世界の映画界にも影響を与えた作品であったということも言える。

でも、あれほどの壮大な設定を持ったアニメなのに、その究極的なテーマといえば

「年下の小悪魔的なかわいい子よりも、年上の姉さん女房の方がいい」ということだったんだよなあ。ミンメイは確かに可愛かったけど、あんなに振り回されちゃかなわないなあと思ったものだ。俺だって、可愛いミンメイよりも、年上でそれほど美人じゃないけど美紗の方がいいなあと思っていた。

劇場版「愛おぼえていますか」も大ヒットした。

当時としては考えられないレベルの作画技術に驚かされたものである。こちらはネットにもけっこう上がっている。

https://www.youtube.com/watch?v=LJDuLpgotW0

初めて見る人は、「なんで戦闘シーンで女の子が歌っているんだ?」と疑問に思うに違いない。ストーリーを知っている人には周知のことであるが、この敵との戦闘には歌やキスシーンを見せることが必要なのである。

自分の好きなキャラはミリアだった。エースのミリアと呼ばれた戦闘のプロなのに、私生活はまるでダメダメでそのギャップが可愛かった。

敵のスパイのロリコン3人組も面白かった。3人の名前は、ワレラ、ロリー、コンダ。
3人の名前をつなげると・・・そのままロリコンやんけ!

書いているとあれこれ尽きないが、ロボットアニメ全盛期の中でも最高傑作は?と問われたら、間違いなくマクロスを押したいのである。
 

戦闘メカザブングル

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月20日(水)04時49分11秒
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  ポロンの話を書いたら、ザブングルについても触れたくなったので、ちょっと書いておく。

こちらもノーテンキで、ドタバタを楽しめるアニメであった。ポロンと共に、土曜日の夕方の楽しみがこれだった時期があったものだ。

遥かな未来、惑星ゾラと呼ばれている地球が舞台。

度重なる気候変動により、大気汚染が進み、地球は人類が住めない惑星となっていた。

地球の大気に対応できるように生み出された新人類シビリアンが、主人公たちである。

旧人類は、イノセントと呼ばれ、ドームの中でしか生存できなくなっている。

当初、イノセントというのは謎の存在で、話の終盤になって、それが本当の人類だったというのが判明するのである。

という、非常に凝った設定であったのだが、そんなのおかまいなしに毎回主人公たちがドタバタを繰り広げる。

それを見ているだけで、こちらも元気になってしまうのである。

登場人物たちが載っているウォーカーマシンというメカも面白い。
超未来の設定なのに、ガソリンエンジンで、ハンドル回しながら排気ガスまき散らして運転するのである。

主人公の顔が真ん丸なのも、このアニメだけだった。敵からは土饅頭と呼ばれていたなあ。

キャラの味付けも面白いのが多く、特にコトセットとファットマンが好きだった。

基本的にキャラが敵味方共に死なないというのも、このアニメの特徴であった。
そんな馬鹿なという状態に陥っても、主要キャラが死ぬことはない。
敵も死なないので、同じことが繰り返されるのだけど。

そして圧倒的にすごかったのがアイアンギアーである。
主人公たちが載っている巨大戦艦が、いきなりロボットに変形して戦い始めるのである。
その強さは圧倒的で、見ていてスカッとしたものだ。

あの当時、ロボットアニメ全盛期で、私もその手のアニメが好きで、プラモデルを毎日のように作っていた。

ザブングルのプラモデルは、完全に変形できなかったのが残念だったなあ。

https://www.dailymotion.com/video/xhd2qg

ところで、お笑いコンビのザブングルって、このアニメから付けられた名前だということである。このアニメが好きだったんだろうなあ。
とにかく面白く笑えるアニメだったので、お笑い芸人の名前にするのにふさわしいと思われたのかもしれない。
 

吾妻ひでお

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月19日(火)04時49分11秒
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  マンガ家で思い出したのだが、吾妻ひでおも亡くなっていたというニュースを先日やっていた。

吾妻ひでおも子供のころから親しんでいたマンガ家だった。幼いころの「二日酔いダンディ」から始まり「二人と五人」など、何かしら、連載を持っていたような気がする。

アニメでは「ななこSOS」が有名かもしれない。ロリコンという言葉をメジャーにしたのはこのアニメであったのではないだろうか。

吾妻ひでおのマンガと言えば「不条理マンガ」として有名である。
ただ、その不条理の理由と言えば、何も先を考えずに思い付きで書いているからであったように思う。それゆえに、予想外の展開をするために、不条理マンガと呼ばれていたのであろう。

彼の原作のアニメの中で、もっとも好きだったのが「コロコロポロン」であった。

このアニメのストーリーも、行き当たりばったりでまったく先が読めないという実にテキトーなものであった。

このアニメを見るのに、まともなストーリー展開を期待していてはいけない。ただ、ばかばかしいほどドタバタしているのを楽しく見ていればいいのだ。

まともな頭の人なら、ここまでハチャメチャな展開のストーリーを考えるのも大変であったろう。それが彼の自然体である。

それにけっこうはまってしまって面白くて、毎週かかさず見ていたものであった。
学生の頃の一時期、土曜日の夕方5時半から「ザブングル」、6時から「コロコロポロン」を見るのが、とても楽しみであった。あの頃が懐かしいなあ。

吾妻先生、ご冥福を祈ります。

https://www.youtube.com/watch?v=piAO9qB9UGw
 

松本零士

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月18日(月)04時34分11秒
返信・引用 編集済
  松本零士が倒れて重篤な状況であるという。

松本零士と言えば、自分にとっては何といっても宇宙戦艦ヤマトである。なんだがすごく懐かしくなって、昨日、飛ばし飛ばしであるが、全話見てしまった。

今見ても、面白い。というか、初めて見た時の感動がまだ心の奥底に残っているのだろう。昔見た時の感動がそのままよみがえってくる。

ちなみに自分の人生で初めて買ったレコードは宇宙戦艦ヤマトであった。

1年間かけて29万6千光年を旅するという設定も斬新だったが、ワープとか、波動砲とか、初めて聞くテクノロジーにも驚かされた。

ワープの概念はSFの世界では知られていたのであろうが、アニメでは初めてである。どうしたら光速よりも早く航行できるのか、の答えがこれであった。当時、体育の時間でグランドを走らされている時に、ショートカットして「ワープ!」と叫んでいる奴がたくさんいた。
それにしても、ワープの瞬間、なぜ森雪だけ全裸になるのであろう。おそらく作者の趣味だったんだろうなあ。

波動砲の威力にも驚かされた。惑星を丸ごと破壊してしまうような武器というのも、アニメの世界では初めてだった。
木星の浮遊大陸を破壊してしまった後に、真田大輔が
「我々は間違ったことをしてしまったんじゃないだろうか。浮遊大陸そのものを破壊してしまうなんて」と自己批判していたのも印象的だった。手に扱いかねる武器を人類が持つべきではないという警告のようにも感じられた。

波動砲のような究極的な武器を持ちながら、ヤマトの戦い方は常に作戦の勝利であった。
沖田十三ってすごい!っていつも感じていた。

アステロイドベルトを使ったバリアや、手による宇宙機雷除去、行く手を遮るコロナを波動砲で吹き飛ばしていくなど、どんでん返しの作戦にはその都度驚かされたものだ。
その後に続くヤマトのシリーズを見ていて一番不満だったのはその点で、最初のヤマトほどの冷静でち密な作戦というものがほとんど出てこなかったことであった。

キャラクターもいい。
敵の総統デスラーやロメル将軍、イスカンダルのスターシアなど、心に残るキャラクターがたくさんいた。
第1話の冒頭での、古代守の宇宙駆逐艦「ゆきかぜ」の絶望的な特攻シーンも頭に刻まれた。
その後古代守とイスカンダルで再開することになるとはなあ。びっくりであったが、うれしかった。

ちなみに原作では、ヤマトを影ながら援護する宇宙海賊キャプテンハーロックの正体が古代守ということになっていた。ハーロックはその後、まったく別のアニメとして成立していくが・・・・。

そして、最も衝撃的だったのは、イスカンダルを目指して航行していたはずなのに、到着していたのがガミラス本星であったということだった。イスカンダルとガミラスは二重関連惑星だったのである。もっとも、そのことはエンディングをよく見ていれば、想像できたことであったかもしれないのだが。

ガミラスでの戦いで絶望的な状況に追い込まれていくヤマト。そこでも沖田十三の冷静な作戦によって、ヤマトはついにガミラスを滅ぼしてしまう。

破壊されたガミラスを見て森雪が涙を流し、「私、もう神様が信じられない」と叫ぶシーンなど、心に深く刻み付けられた。

憎むべき敵が全滅してしまったのだから、喜べばいいんじゃないかと思ったのだが、ヤマトではそうではない。たとえ敵であっても、全部を殺戮してしまったのはいかがなものか、と投げかけてくるのである。子供心にも考えさせられたものだ。

ついにイスカンダルへ到着。スターシアも印象的だった。
「明日の幸せは自分の手でつかみ取るものなのです」ヤマトに試練を与えた理由がそれだった。
そして「守、愛しているわ」「スターシア! 進、許してくれ!」のあの場面、あれは絶対忘れられない。二人の幸せを願わずにはいられなかった。

最終回も印象的だった。よくあちこちで物まねされていた、沖田十三の最後のセリフ
「地球か、何もかも皆懐かしい・・・」という言葉が有名だが、その前の
「佐渡先生、人間の魂は死ぬと、いったいどこへ行くのだろう」というやり取りも忘れられない。
「人間の魂は、けっきょく巡り巡って元のところに帰って行くんじゃないだろうか・・・」

その言葉の通り、沖田十三の死と共に森雪がよみがえる。あのシーンは感動した。理屈じゃないんだよなあ。沖田十三は最後まで本当に尊敬すべきキャラであった。立派な大人であった。

ラストの空間磁力メッキ。まだこんな隠し技を持っていたとは・・・・心憎いばかりの演出である。

そんな感じで、松本零士はヤマトで一挙に有名になった。それまでの松本零士と言えば「男おいどん」のようなどう解釈していいのか分からないような、少なくとも子供がワクワクする要素のまるでないマンガの作者としてのイメージしかなかったのだが、これでメジャーになった。

そして同じようなスペースもの路線で「銀河鉄道999」「キャプテンハーロック」と人気作を次々と出していくのであった。

松本零士先生、長生きをしてください。
 

橋場城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月17日(日)05時32分22秒
返信・引用
  これも伊那市のお城。

竹松城と至近距離にあり、竹松城の支城であったと思われる。

竹松城ほど明瞭ではないが、それでもしっかりとした城塁が見られる。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/inasi04.htm#hasiba
 

竹松城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月17日(日)05時31分14秒
返信・引用
  これも伊那市のお城。

平城と言ってもいい城郭だが、堀の規模が大きいのと、遺構がよく残されているのにびっくり!

予想外に素晴らしい城郭だった。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/inasi04.htm#takematu
 

町屋城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月17日(日)05時30分10秒
返信・引用
  これも伊那市のお城。

ほとんど破壊されているが、堀の痕跡が1本だけ残っている。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/inasi04.htm#matiya
 

安岡城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月17日(日)05時29分18秒
返信・引用
  これも伊那市のお城。

やはり台地縁の城郭だが、こちらは普通に内部探索できる。

城址碑や案内板も立てられている。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/inasi04.htm#yasuoka
 

下牧古城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月17日(日)05時28分16秒
返信・引用
  これも伊那市のお城。

台地縁に築かれていて民家となっているが、土塁の脇には城址碑が残されている。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/inasi04.htm
 

北林城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月17日(日)05時27分23秒
返信・引用
  これも伊那市のお城。

2つの古城が配置されているが、こちらも民家となっていてよく分からない。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/inasi05.htm#kitabayasi
 

貝沼城館群!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月17日(日)05時26分20秒
返信・引用
  長野県伊那市のお城。

屋敷群ともいうべき、単郭の城館がいくつも配置されている。

ただし、すべて民家となっていて、内部までは立ち入れない。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/inasi05.htm
 

宮田城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月17日(日)05時25分11秒
返信・引用
  長野県宮田村のお城。

塩田城で意気消沈したので、気を取り直してちゃんとした山城へ。

こちらは登城道も整備されており、訪れやすい城址である。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/miyatamura02.htm#miyata
 

塩田城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月17日(日)05時23分58秒
返信・引用
  長野県駒ケ根市のお城。

地元の方に登城口を聞いて、こんなに疑われてしまったのは初めてである。

別にキノコ山というわけでもないのに。何かあったのだろうか。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/komaganesi04.htm#sioda
 

唐沢城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月17日(日)05時22分21秒
返信・引用
  これも飯島町のお城。

やはり崖端に築かれた城で、台地上は一面の高地になっている。

しかし、堀などの形状はなんとなく理解できる。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/iijimamati02.htm#karasawa
 

岩間城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月17日(日)05時21分15秒
返信・引用
  これも飯島町のお城。

平地の城館で、だいぶ失われているが、案内板はしっかりと立てられている。

近くには狼煙台があり、こちらは小規模ながらも遺構をよく残している。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/iijimamati02.htm#iwama
 

トヤゴ城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月17日(日)05時19分46秒
返信・引用
  長野県飯島市のお城。

断崖上に築かれた崖端城。

幅広の堀が残っているようだが、ヤブがひどくて中心部までは到達できなかった。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/iijimamati02.htm#toyago
 

前沢城!「

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月16日(土)04時39分34秒
返信・引用
  長野県中川村のお城。

2郭の堀がしょぼかったので、遺構規模の小さい城下と思っていたが、1郭の堀は非常に大きかったのでびっくり。

2郭と思っていたのは郭ではなく、単郭の城だったようだ。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/nakagawamura.htm#maesawa
 

名子氏館!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月16日(土)04時38分5秒
返信・引用
  これも松川町のお城。

名子城が築かれる以前の名子氏の居城である。

遺構の残存状況はよくないが、城址標柱と案内板とが立てられているので、それであるとすぐに分かる。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matukawamati02.htm#nagosi
 

南方城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月16日(土)04時36分34秒
返信・引用
  長野県松川町のお城。

原城と向かい合う断崖上に、2つの城郭が築かれている。

いずれも郭そのものは小さいが、堀はけっこう大きい。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matukawamati02.htm
 

吉田南城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月16日(土)04時35分12秒
返信・引用
  長野県高森町のお城。

高森町には吉田城、吉田古城があるが、吉田南城というのもあるというので行ってみた。

遺構は土塁だけだが、ちゃんと入口に城址標柱が立っているのがありがたい。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/takamorimati03.htm
 

土曜出勤・・・・

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月16日(土)04時33分6秒
返信・引用 編集済
  この2か月で土曜出勤が6回もある。
ライフワークバランスはどうなってるんだ。
土日が普通に休める人がうらやましい。
 

巻ヶ城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月15日(金)04時58分4秒
返信・引用
  これも豊丘村のお城。

北側の谷戸部からだとかなり比高差があるが、南側の林道から直登すれば、すぐに城内に入ることができる。

工夫された虎口を重ねるなど、かなり技巧的な城郭であり、戦国時代の有力勢力による改修を想定してみたくなる城郭である。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/toyookamura02.htm#maki
 

戸中城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月15日(金)04時56分17秒
返信・引用
  これも豊丘村のお城。

かなり高い急峻な山に築かれているが、北側から登山道が整備されており、この方向からなら比高差もそれほどではなく、意外と訪れやすい。

しかし、城の真下は息が上がる急坂となっている。遺構はよく残っている。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/toyookamura02.htm
 

千駄木城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月15日(金)04時54分31秒
返信・引用
  これも豊丘村のお城。

城址標柱があるはずなのだが、既に失われていた。

どういう城だったのか、よく分からない。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/toyookamura02.htm#sendagi
 

浅間山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月15日(金)04時53分10秒
返信・引用
  長野県豊丘村のお城。

単郭の城で、主郭脇まで車で横付けできる。

だいぶ腐食した城址標柱が立てられていた。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/toyookamura02.htm#sengen
 

茶臼山狼煙台!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月15日(金)04時51分28秒
返信・引用
  茶臼山という名前の山も多いが、これは喬木村のお城。

かなりの山奥にあるので、荒れた林道を走らなければならないのではと覚悟していたのだが、意外にも非常に良い山道であった。

しかも茶臼山公園として整備されていた。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/takaginagano01.htm#tyausu
 

富田城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月15日(金)04時49分33秒
返信・引用
  長野県喬木村のお城。

目立った高い山に築かれているが、城山公園となっており、本丸まで車で訪問できるので楽ちんである。

遺構もよく残っている。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/takaginagano01.htm#tomita
 

川手氏砦!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月14日(木)04時43分0秒
返信・引用
  これも飯田市のお城。

不動の湯の背後にそびえる丘陵が城址。

木が切られており、見事な城塁が見えていて、それだけでもワクワクする。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/iidasi05.htm#kawatesi
 

小林城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月14日(木)04時41分23秒
返信・引用
  これも飯田市のお城。

知久一族の城で、居館と城山とがセットになった城であった。

ただ、現状では明確な城郭遺構には欠けている。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/iidasi05.htm#kobayasi
 

龍江城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月14日(木)04時39分41秒
返信・引用
  これも飯田市のお城。

城山という名称のみで、由来が不明の城址である。

どうしてこういうところに城があったのが、立地的にも不思議な場所にある。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/iidasi05.htm#tatue
 

桜山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月13日(水)03時59分14秒
返信・引用
  これも飯田市のお城。

遺構はまずまずなのだが、キノコの止山になっているうえに、漁師が害獣駆除をやっている。

遊歩道が付けられているというのに、遊歩道をそのまま進んで行くと、別の山に登ってしまう・・・・。

なかなか登城難易度の高い山城である。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/iidasi04.htm#sakura
 

茶臼山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月13日(水)03時57分18秒
返信・引用
  これも飯田市のお城。

茶臼山城という名称の山城もあちこちにあるが、これは山の形状そのものを形容した名詞である。

遠目には高そうに見える山だが、西側の工場の側からだと、すぐに登れる。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/iidasi04.htm#tyausu
 

荒城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月13日(水)03時55分21秒
返信・引用
  これも飯田市のお城。

立石水力発電所の上の山が城址となっている。

伊那地域には荒城という名称の山城がいくつもあるが、これは「簡素な砦」を意味する一般名詞であったという。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/iidasi04.htm#ara
 

米山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月13日(水)03時53分46秒
返信・引用
  これも飯田市のお城。

甲賀氏の城郭群の1つであったと言われている。

立石寺の北側の山稜である。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/iidasi04.htm#komeyama
 

甲賀城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月13日(水)03時52分24秒
返信・引用
  長野県飯田市のお城。

近江から来たその名も甲賀氏の居城。しかし、忍者だったという伝承はちょっと眉唾。

近世には陣屋として使用されていた。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/iidasi04.htm
 

原氏館!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月12日(火)03時59分55秒
返信・引用
  これも下条村のお城。

リンゴ畑となっていて、遺構らしい遺構は認められない。

それでも城址碑があるので、ここが原氏館であることが認識できる。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/simojoumura02.htm#harasi
 

小松原城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月12日(火)03時58分41秒
返信・引用
  これも下条村のお城。

小松原神社そのものが城址であるというが、あまり城郭らしい感じはしない。神社そのまんまである。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/simojoumura02.htm#komatubara
 

塚沢城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月12日(火)03時57分31秒
返信・引用
  これも下条村のお城。

山田河内が居城とした城山と、後に下条氏tに取り立てられた出城との2つの部分からなる。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/simojoumura02.htm#tukazawa
 

足畑山狼煙岳!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月12日(火)03時55分43秒
返信・引用
  これも下条村のお城。

狼煙岳と呼ばれている山で、公園化されている。
地図を見るとゴルフ場の敷地内にあるように見えたので、行けないのではないかとも思っていたのだが、ここまではゴルフ場の敷地を通らないようん道路が付けられていた。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/simojoumura02.htm#asihata
 

仁王関城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月12日(火)03時53分34秒
返信・引用
  長野県下条村のお城。

吉岡城と大沢城との中間点に位置し、いわゆるつなぎの城であったと思われる。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/simojoumura02.htm
 

鳴神山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月11日(月)06時40分19秒
返信・引用
  これも泰阜村のお城。

キノコの止山となっているのだが、地元の方の許可を得て登ることができた。
地元以外の人が勝手に入り込んでキノコを採って行くため止山としているとのことであった。そういう人がいると、城を訪れることもできなくなるのでやめてほしい。

堀切などの遺構は一通り見られるが、規模は小さい。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/yasuokamura01.htm#narukami
 

大峯山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月11日(月)06時38分28秒
返信・引用
  長野県泰阜村のお城。

かなり高所の山にあるが、林道でけっこう上の方まで行けて、道や案内表示もしっかりしている。ハイキングによさそうな山だ。

早朝に訪れたので、眼下には雲海が見えていた。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/yasuokamura01.htm

 

お仕事!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月 9日(土)03時39分7秒
返信・引用 編集済
  今週末は土日ともお仕事である。

ホームページの更新をする時間がなかなか取れないぞ!
 

遠回り

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月 4日(月)07時16分54秒
返信・引用 編集済
  昨夜は、長野から中央道を使って帰ってきたのだが、途中の案内表示を見ると、3時間以上の渋滞が発生しているという。

そりゃそうだ。10月の観光シーズンが台風やらでダメになってしまい、今年最後の3連休なのであるから、行楽はここに集中するはずだ。渋滞するのに決まっている。

3時間も渋滞するのなら、下道を通った方が早い。そう思って、勝沼の手前から迷わず下道に降りた。

ところが、中央道と並行して走っている下道も通行止めになっているのをナビが感知して、オートリルートしてしまった。

新しいルートは、なんと大菩薩峠ラインを通って奥多摩町に抜けるルートであった。ものすごい山道の上に遠回りである。

そのおかげで、まったく渋滞にはまらずに済んだのだが、勝沼から八王子までこのルートで2時間半ほどかかった。

渋滞にはまるより早かったのかどうかがよく分からない。どうだったのだろうか。

少なくとも、ずっと快適に運転できていたので、渋滞による精神的な疲労はなかった。

明るかったら景色がよいルートだったろうになあ。それだけが残念!
 

Re: 福山城、岡山城、鬼ノ城他

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月 4日(月)07時10分12秒
返信・引用 編集済
  > No.6298[元記事へ]

備前守長政さんへのお返事です。

このところ、活発に回っておられますね。

岡山の城もいいですね。まだまだ行ってみたい城がたくさんあります。

福山城、岡山城にもいろいろと思い出があり、また行ってみたいものです。

鬼ノ城の石垣は素晴らしかったですね。それよりも何よりも、その規模の大きさに圧倒されました。確か、一周すると4キロほどあったようで、一回りするだけで1時間以上かかった気がします。

中国地方の城にも行ってみたいです。今、私にとって中国地方が一番行きにくい場所です。中国地方にだけLCCがないんですよね。

定年後に時間ができないと、中国地方までは行けないかなあ。

 

Re: 松本の山城

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月 4日(月)07時06分29秒
返信・引用
  > No.6297[元記事へ]

吉之助(鈴木)さんへのお返事です。

ご無沙汰しております。

松本の小笠原関連の山城はどれもいいですね。記事を読んでいて、また行ってみたくなりました。

私も、この連休は長野に行ってきたのですが、この時期の長野の山は歩いていて気持ちがいいですね。

ただ、キノコの止山が多くて、気になってしまいます。もう少しすれば止山のシーズンも終わってしまうようですが。

それではまたです。

 

福山城、岡山城、鬼ノ城他

 投稿者:備前守長政  投稿日:2019年11月 3日(日)21時23分52秒
返信・引用 編集済
  今、岡山からの帰りです。毎年11月3日は福山城と岡山城の現存櫓や門の中を同じ日に見られるのですが、今年漸く行けました。それに合わせて鬼ノ城、経山城、鴨方陣屋、鴨山城等に行ってきました。

鬼ノ城は石積見事ですね。城門、水門跡も堅固。丁度一周するのに手頃な大きさで、景色も良く、結構人が来ていました。

福山城は伏見櫓と筋鉄門が公開対象。無料です。しかも天守や博物館もタダで、福山市は太っ腹。沢山の人が来ていました。伏見櫓はフリーなのですが、筋鉄門は床が薄いので、15分毎15人づつ入れてくれます。整理券配布開始する9:30には長蛇の列。すぐに午前の部の受付は終了したようです(私は40分前の8:50に着き、配布開始までブラブラしようと思ったら既に30人近く並んでいたので慌てて列に加わり無事見られました)。

岡山城は月見櫓が公開対象。ソコソコ混んでいましたが、3日以外にも公開しているので福山城程では無かったです。
驚いたのは西の手櫓。あの西面を遮っていたビルが駐車場に変わっていて、漸く見ることが出来ました。全く知らなかったので、望外の喜びです。

それではまた。

 

松本の山城

 投稿者:吉之助(鈴木)  投稿日:2019年11月 2日(土)22時26分22秒
返信・引用
  ご無沙汰しております。

先月、松本の山城(平瀬城、林大城、林小城、桐原城、山家城、埴原城)上田の塩田城を巡ってきました。
台風の翌週だったので少々躊躇いもあったのですが思いきって訪問した次第です。
事前に余湖さんのHPで下調べさせていただき攻城に臨んだんですが山家城では台風の影響で先人達が残してくれた「城道」が所々でかき消され道に迷うという大失態を演じてしまい焦りました(恥)
松本城には目もくれず(笑)、山城のみの攻城でしたが「石積み」と遺構の素晴らしさは十分に攻城の疲れを癒やしてくれました。
しかし、獣用のフェンスはさしずめ城の防御用の柵のようでした(笑)

もう一度、機会をつくって他の山城を含めて再度訪れてみたいと思います。

現地の人に台風の影響を尋ねたのですが、幸い松本市辺りは大きな被害もなく大丈夫なようでしたが、城跡には所々小さな土砂崩れの跡がありました。

松本への途中、上田市を通ったのですが状況は報道の通り、所々で大きな被害が出ていました。一刻も早い復興を祈るだけです。

写真1枚目:桐原城石積み
写真2枚目:山家城石積み
 

Re: 首里城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月 1日(金)04時53分57秒
返信・引用
  > No.6294[元記事へ]

ねこあたまさん、あんけんさんへのお返事です。

「あんな火の気のないところで」と思ったものですから、最初は放火なのではないかと思ったのです。

しかし、後で報道を見たら、本殿内部から火が出ているようだとのこと。翌日のイベントのため、遅くまで作業がされていたとのことなので、あるいは、その関係で何か火の出るようなことが発生したのかもしれません。

詳しいことは、調査の結果を見ないと分からないようですね。

いずれにしても、とても残念です。
 

Re: 首里城!

 投稿者:あんけん  投稿日:2019年10月31日(木)21時04分50秒
返信・引用
  > No.6293[元記事へ]

余湖さんへのお返事です。

原因もですが、防犯センサーで温度の異常を感知して警備員が見に行ったら既に火の手が上がっていたので消防に連絡したとか???ですし、その後も設置されてる消防設備が稼働してる様子も無く、消防車が台数入れないから消火が進まないとかちょっと納得いかないお粗末さだと思いました。

風向きのお陰だと思いますが、南側の惨状に対して北側の建物が良くあそこまでほぼ無傷で残ったものだと感じます・・・。
 

Re: 首里城!

 投稿者:ねこあたま  投稿日:2019年10月31日(木)06時16分12秒
返信・引用
  > No.6293[元記事へ]

余湖さんへのお返事です。

> 今、ニュースで、首里城正殿が燃えている様子がライブ映像で流されている。
> あの感じでは、まともに燃えてしまっているように見える。
> いったいどうしたことだろう。こんな時間に出火するなんて。
> 放火だろうか。
>
>
放火なら何が目的なんでしょうね?
 

首里城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年10月31日(木)04時41分12秒
返信・引用 編集済
  今、ニュースで、首里城正殿が燃えている様子がライブ映像で流されている。
あの感じでは、まともに燃えてしまっているように見える。
いったいどうしたことだろう。こんな時間に出火するなんて。
放火だろうか。

 

Re: 洪水は信濃の長沼城跡付近ですか?

 投稿者:余湖  投稿日:2019年10月30日(水)04時51分36秒
返信・引用
  > No.6291[元記事へ]

備前守長政さんへのお返事です。

> 新聞によると今回の一連の暴風雨の文化財への被害は甚大だそうで、城でも白川城、唐沢山城、鉢形城、小田原城、勝沼氏館、八王子城等で、法面崩落や崖崩れ、倒木等があった由。
>
> 倒木だけならまぁ何処の山城でも見かけますが、法面崩落や崖崩れは遺構破壊であり、法面の石垣が崩れたら更なる被害にも繋がりますので、気になる処です。
>
> 何より被災地の復旧が最優先ですが、そのためにも更なる荒天で、被害拡大にならないよう、祈るばかりです。

あれだけの災害ですから、いろいろな城址で、かなりの被害が出ているでしょうね。

しかし、今はそれよりも、被災された人の復旧の方が重要でしょう。

マイナーな山城など、どうなっているのか、想像もつきません。倒木がひどくて訪れられなくなっているようなものもたくさんありそうな気がします。

 
 

Re: 洪水は信濃の長沼城跡付近ですか?

 投稿者:備前守長政  投稿日:2019年10月29日(火)07時08分6秒
返信・引用
  新聞によると今回の一連の暴風雨の文化財への被害は甚大だそうで、城でも白川城、唐沢山城、鉢形城、小田原城、勝沼氏館、八王子城等で、法面崩落や崖崩れ、倒木等があった由。

倒木だけならまぁ何処の山城でも見かけますが、法面崩落や崖崩れは遺構破壊であり、法面の石垣が崩れたら更なる被害にも繋がりますので、気になる処です。

何より被災地の復旧が最優先ですが、そのためにも更なる荒天で、被害拡大にならないよう、祈るばかりです。 
 

ビートルズ

 投稿者:余湖  投稿日:2019年10月27日(日)05時01分33秒
返信・引用 編集済
  先の記事のような理由で、yesterdayは私にとって忘れられない名曲になっていた。しかし、当時は、それがビートルズの曲であるということすら知らなかった。

ところが、私が折に触れてyesterdayを口ずさんでいたものだから、友人が「ビートルズ、そんなに好きなの?」と聞いてきた。
「いや、別に興味ないけど」
「だって、いつもyesterday唄っているじゃん」
「えっ、これってビートルズの歌だったの?」
「何言っているの? 有名な曲じゃん、ビートルズの曲だって知らないなんて信じられない」
といったやり取りがあって、初めてこれがビートルズの曲であるということを知ったのである。

それからは意識してビートルズの曲を聴くようになっていた。たまたま当時購入していた「中三時代」という雑誌にビートルズ特集があって、そこに「ビートルズ名曲ベスト10」というランキングがあった。

そのランキングは今でも覚えている。

1 YESTERDAY
2 LET IT BE
3 HEY JUDE
4 I WANTO TO HOLD YOUR HAND
5 AND I LOVE HER
6 MICHELLE
7 EREANOR RIGBY
8 SOMETHING
9 IN MY LIFE
10 DAY TRIPPER

これが、私にとってのビートルズの原点である。これらの曲を探し求めて聞くことから、私のビートルズ遍歴が始まった。

ただ、今思うと、けっこう偏ったランキングのように思われる。EREANOR RIGBYのような特殊な歌を、普通、ベスト10に入れるだろうか。映画yeserdayでも、主人公がEREANOR RIGBYの歌詞を思い出そうとして苦労している場面が描かれていた。

まあ、そんなこともあり、映画yesterdayには、ビートルズ好きな人にとってはたまらなくなるような場面が各所にちりばめられている。

有名なテレビ番組に初めて出演した主人公が、司会に(日本でいえばタモリのような人のようだ)「今、即興で、何か(somothing)作って(女優の)彼女に唄ってみてくれないか」
と言われて、そのままsomethingを歌うところなど、なんとも微笑んでしまいたくなる場面である。

こんなことを書きながら、実はこの映画、まだ見ていない。ところがyoutubeであれこれ検索していたら、この映画の名場面のほとんどを断片的にながら、見ることができてしまった。時間があれば、映画そのものも見に行きたいと思ってはいるのだが。

映画の終盤で、主人公が、ある人物に会いに行く場面があるのだが、以下のやり取りを聞いていて、思わずウルウルとしてしまった。

この後書いていることは重大なネタバレになってしまうので、この映画をこれから見るという人は、絶対に見ないでください。










                                         -










「あなたは、他の人生を生きてみたいと思ったことはありませんか?」
「ない。私は幸せな人生を送ってきた」
「あなたはいま、いくつなんですか」
「78歳」
「78歳! なんて素晴らしい! 78歳のあなたに会うことができるなんて!」
ビートルズファンのほとんどが、この場面で目頭を熱くするのではないかと思うのであった。


さあて、今日はこれからお仕事だ。がんばらなくっちゃ!
 

yesterday

 投稿者:余湖  投稿日:2019年10月27日(日)04時38分9秒
返信・引用 編集済
  という名前の映画が話題になっている。この曲は私には思い出があるので、とても懐かしい気分になってしまい、これをきっかけに、最近、またビートルズをよく聞いている。

この曲は世界的な名曲であると思っているので、この曲に思い出のある人は世界中にたくさんいるであろう。しかし、私と同じ理由でこの曲を好きになった人がいたら、話してみたいものだと思っている。

私がまだ少年で、非常に多感であった頃、NHKの銀河テレビ小説で「早春の光」というドラマをやっていた。

当時のNHKは、放送したドラマなどを保存しておらず、大河ドラマですらほとんど残されていない。そんなわけで、このドラマも今となっては見ることはかなわないわけであるが、少年時代に、最も私の魂を揺さぶったドラマであった。

「昭和の青春シリーズ」の一環として放送されたドラマであった。別にそうしたシリーズに興味があったわけではないのだが、たまたま見ていてはまってしまったのである。

主人公の基次は、家族のほとんどが東大出身でエリートという家庭に生まれながら、三流大学にしか入れなかった落ちこぼれ大学生である。自暴自棄な生き方をしていた基次は、ある日、目の見えない少女と出会う。

その少女を愛することで、自分が生きているという実感を初めて手にした基次は、自分がどういう生き方をすべきか、初めて自分の意志で選択する。基次は周囲の反対を押し切って、少女と結婚する。周囲は理解してくれないが、二人は本当に幸せを手にするのである。やがて、子供も誕生する。

こう書いてくると、いかにもありきたりなストーリーに思えてしまうのだが、主人公とヒロインとがとても幸せそうな生活をしており、どうにも感情移入してしまったのである。

主人公たちが一喜一憂しているのを、そのまま自分の感情のように見てしまっていた。

半世紀近くたってしまった今でも、主人公やヒロインのいろいろな場面が脳裏に刻まれていて、思い出すことができる。
赤ちゃんを抱きながら指先を目で追うわが子を見て「この子は目が見えるよ!」と主人公が叫ぶ場面など、とても印象に残っている。


ところが、ある日彼女が・・・・・とんでもない悲劇に巻き込まれてしまうことになる。このドラマの最後を見た後、とても辛い気持ちになってしまい、いつまでも私の魂に刻み付けられてしまった。

このドラマのOPの曲がyesterdayであった。大学紛争を描いたモノクロのニュース映像をバックに流れていて、毎回聞いているうちに、ついつい覚えてしまったのである。もちろん、それまでビートルズは名前を知っているだけで、その曲を意識して聞いていたことはなかった。

このドラマがあまりにも深く心に刻み付けられてしまったがゆえに、yesterdayも私の心の中で永遠の名曲になってしまったというわけである。

だれか「早春の光」のこと、覚えている人、いないかなあ? いたら語り合ってみたいものである。でも、それはほとんど期待できない。だって、リアルタイムで見ていた当時ですら、周囲の友達に「早春の光って泣けたよね」と話を振り向けても「何? そんなのやっていたの?」と言われてしまうばかりで、周囲で見ていた人はほとんどいなかったからである。

できれば、もう一度見てみたいものである。ネット検索していたら、一枚だけ当時の画像を発見することができた。

基次とヒロインである。ヒロインの名前は・・・うーん、思い出せない。
 

Re: 鹿児島に行ってきました。

 投稿者:余湖  投稿日:2019年10月24日(木)04時15分59秒
返信・引用 編集済
  > No.6287[元記事へ]

備前守長政さんへのお返事です。

お久しぶりです。

鹿児島のお城を回ってこられましたか。おっしゃる通り、志布志城、知覧城、伊作城等、規模が大きく、落ちたら即死系の深い堀切があったりして、まさに戦慄の遺構だと感じました。

ジブリの映画に出そう、とは言い得て妙ですね。異世界に続いていそうな感じが確かにしました。

岩剣城は、上まで登っていないのですが、今度機会があれば登ってみたいものだと思っています。

九州は、LCCのおかげで、かなり回りやすくなっているので、私もまた行ってみたいと思っています。
>
> 次回は備前備中を予定しています。
>

いいですねえ。気を付けて行ってきてください。

それではまたです。
 

鹿児島に行ってきました。

 投稿者:備前守長政  投稿日:2019年10月23日(水)07時27分38秒
返信・引用
  暫くです。まだまだ残暑の続きみたいな感じですが、城廻秋のシーズンスタートしました。

今回は鹿児島。志布志城、知覧城、伊作城等、有名所に加え、栗原城、岩剣城、帖佐館、別府加世田城等に行きました。余湖図にもお世話になりました、ありがとうございます。

南九州系の城は切岸、空堀が圧巻ですね。戦慄と言っても良いでしょう。モスラやキングコングが出そうな秘境感が漂っています。光が差し込むとジブリの映画にでそうな景色になります。

そんな中、岩剣城はいつも見慣れた山城で、一見ギニア台地を思わせる峻険さは、長野の丸岩城を彷彿しています。ただ、奇妙なのは主郭から外郭にかけて登り坂なこと。主郭を守るどころか寧ろ攻めるような感じでなんとも不思議な縄張です(こういうときは、大篠塚城の様に外郭側に土塁を盛る等するのにそれも無し)。

それと別府加世田城。50年前子供向けの城の本で読んだままの姿でした。50年以上前に破壊されそれから殆ど姿を変えなかったと言うのもある種驚きです。

次回は備前備中を予定しています。

それではまた。
 

Re: 騎西城の件

 投稿者:余湖  投稿日:2019年10月21日(月)03時55分31秒
返信・引用 編集済
  > No.6285[元記事へ]

如月比叡さんへのお返事です。

ご無沙汰しています。

騎西城の鳥瞰図の件、了解しました。出典が私のページであることを明記してありますので、まったく問題ありません。今後とも、同様にしていただければ、他の城の鳥瞰図等についても、よろしければご使用ください。

栃木の方でもあちこちで被害が出ているようですが、大丈夫のようで何よりです。
今年は台風の当たり年なのか、続けて大きな被害をもたらす台風が関東地方に襲来しています。
今週末にも又来るようですし、今週末がどうなってしまうのか、とても心配です。また大雨が来たら、被災地はたまったものではないでしょう。

今後ともよろしくお願いいたします。

 

騎西城の件

 投稿者:如月比叡  投稿日:2019年10月20日(日)20時17分4秒
返信・引用
  ご無沙汰してております。
台風の方は、大丈夫てしたか? 私の方も何事もなく過ごしております。
さて、今回久しぶりにお訪ねさせていただきましたのは。
今回、騎西城址等を訪れました事ブログにあげました。その際、騎西城の鳥瞰図をお借りさせていただきました。
事後になってしまいましたが、ご了解くださいます様お願いします。

これを、初めにまた城跡巡りをちょこちょこと再会していきますので今後ともよろしくお願いいたします。

http://blog.livedoor.jp/f100hancock/

 

Re: お久しぶりです

 投稿者:余湖  投稿日:2019年10月20日(日)07時48分54秒
返信・引用 編集済
  > No.6283[元記事へ]

みよさんさんへのお返事です。

お久しぶりです。

今回の台風、未曽有の被害でしたね。長野や茨城、福島、宮城など、かつてよく城めぐりをしていた地域が洪水にのみ込まれている様子を見ると、とても痛ましい気持ちになります。これほどの大規模災害になるとは、予想していませんでした。
19号も15号も、こちらには大きな被害はありませんでしたが、たまたま台風の直撃を避けられたゆえのことであり、運が良かっただけだと思っています。

励ましのお言葉、ありがとうございます。こういう活動をしていて、何か意味があるのかなあと時々思ってしまうことがあります。バカみたいなことをやっているんじゃないかと・・・・。たまに励ましてくださる人がいて、何とかテンションを維持しているという状態です。

これから週休日にも仕事が入ることが増えてくる時期なのですが、お城巡りによい時期が近付いているので、少しずつでも活動を続けていけたらと思っています。

それではまたです。
 

お久しぶりです

 投稿者:みよさん  投稿日:2019年10月19日(土)19時52分49秒
返信・引用
  この秋の台風被害、被災された地域の皆さんには、日常生活を取り戻されるようお祈りするばかりです。余湖さんにも、お住まいの千葉県、このところ精力的に回られている長野県と身近な地域に大きな被害、ご心痛も大きかったのではと推察しております。

確か、6000城達成、木舟城のきれいな虹を見せてくださったのは昨年の今頃かと記憶しております。その後も、青鬼集落、二十端城、琵琶島城と印象的な報告が続きました。お仕事と並行して、一年余りで750城余りも鳥瞰図を描かれたこと、頭が下がります。

私もやりくりしつつ、縁が切れないよう細々とでも続けたいと思っております。
以前、このHP運営について少し弱気なことばもありましたが、私はこのHPに助けられています。大変と思いますが、どうぞ自信をもって存続させてください。

残された秋、ヤブから解放され、紅葉の中、思う存分お城めぐりを楽しまれますように。お気をつけて。


 

やはりそうですか

 投稿者:ama  投稿日:2019年10月15日(火)22時58分11秒
返信・引用
  余湖様、早速のお返事ありがとうございます。

やはり長沼城ですか。武田にとって、越後攻略の重要拠点の城だったとは聞いていました。

城跡の宝庫である長野県であのような水害被害が出てしまい、とても残念です。私には募金

するくらいしかできませんが、被災された方々のご安全・ご健康と1日も早い復旧を祈るばか

りです。



 

Re: 洪水は信濃の長沼城跡付近ですか?

 投稿者:余湖  投稿日:2019年10月15日(火)06時50分45秒
返信・引用
  > No.6280[元記事へ]

amaさんへのお返事です。

おっしゃる通り、長沼城の辺りではないかと想像されます。それに加えて、あの地域には平城もいくつかあったと思われます。

しかし、被害に遭われた方のことを思うと、城跡どころではないと思います。少しでも早く復旧されることをお祈りいたします。

 

洪水は信濃の長沼城跡付近ですか?

 投稿者:ama  投稿日:2019年10月14日(月)14時20分44秒
返信・引用
  余湖様、時々HPを参照させていただき、城攻めをしている者です。

ところで、千曲川氾濫箇所は長沼城跡ではありませんか?確かこの城は

武田24将の馬場美濃守が甲州流に改修した城らしいですが、後に洪水

がもとで消滅してしまったとも聞いたことがあります。その洪水のこと

など詳しいことをご存じでしたらご教授下さい。
 

石動山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年10月 6日(日)05時37分17秒
返信・引用
  これも中能登町のお城。

上杉謙信が七尾城を攻める際に陣城としてしようした山城である。

城の遺構もよく残っているのだが、山岳寺院の遺構もとても素晴らしい。いわゆる城郭寺院である。

周辺には多数の出城もあったようで、時間があれば、それらも見てみたいものだ。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/isikawa/nakanotomati01.htm#sekidou
 

荒山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年10月 6日(日)05時35分21秒
返信・引用
  これも中能登町のお城。

駐車場やトイレが設置され、遊歩道もきちんと付けられており、探索しやすい山城となっている。

ところが、ここの遊歩道、かなり広範囲にわたって破壊されているのだ。

これは何かの天然災害によるものなのであろうか。人為的なものにしては範囲が広大すぎるし・・・。

いったいどうしてこのようになってしまったのか、とても気になる。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/isikawa/nakanotomati01.htm#arayama
 

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