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泉ヶ城!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年 1月13日(月)20時55分53秒
返信・引用
  これも飯能市のお城。

遺構はほとんど残っていないが、かつての主郭跡に建てられている長屋門がやたらと目立っている。

http://yogokun.my.coocan.jp/saitama/hannousi02.htm#izumi
 
 

中山家範館

 投稿者:余湖  投稿日:2020年 1月13日(月)20時53分33秒
返信・引用
  埼玉県飯能市のお城。

住宅街の只中にありながら、かろうじて堀がわずかに残されている。

案内板や城址碑もあり、地元ではけっこう認識されているようだ。しかし、場所が分かりにくい。

八王子にある中山勘解由屋敷の中山氏と同族であろう。

http://yogokun.my.coocan.jp/saitama/hannousi02.htm#nakayama
 

神田屋敷

 投稿者:余湖  投稿日:2020年 1月13日(月)20時51分35秒
返信・引用
  これも日高市のお城。

遺構らしきものといえば、土塁1本だけであり、なんだかよく分からない。

しかし、近くに模擬天守風のお宅があり、私にとってこれは必見の物件!

しかも外観5層で内部3階という、非常に珍しい物件である。

http://yogokun.my.coocan.jp/saitama/hidakasi01.htm#kanda
 

栗坪陣屋

 投稿者:余湖  投稿日:2020年 1月13日(月)20時49分26秒
返信・引用 編集済
  これも日高市のお城。

高麗本郷陣屋が火災で焼失した後に、大久保長安が築いた陣屋だというが、遺構らしきものはほとんど見られない。

http://yogokun.my.coocan.jp/saitama/hidakasi01.htm#kuritubo
 

岡城

 投稿者:余湖  投稿日:2020年 1月13日(月)20時48分7秒
返信・引用
  これも日高市のお城。

御嶽神社が城址ということらしいのだが、目立った遺構はなく、城の構造もよく分からない。

しかし、この神社、非常に訪れにくい。

本当に城館なのであろうか。

http://yogokun.my.coocan.jp/saitama/hidakasi01.htm#oka
 

高麗本郷陣屋・新井屋敷

 投稿者:余湖  投稿日:2020年 1月13日(月)20時46分37秒
返信・引用
  埼玉県日高市のお城。

観光名所の巾着田はよく知られているが、そのすぐ北側に高麗本郷陣屋があることを知っている人はいない。

しかし、ここは大久保長安の陣屋であったという。

そのすぐ南側にある新井家屋敷は、完全石垣造りであり、屋敷というよりは城郭である。こんな見事な屋敷は見たことがない。

http://yogokun.my.coocan.jp/saitama/hidakasi01.htm
 

大類氏館

 投稿者:余湖  投稿日:2020年 1月13日(月)20時44分44秒
返信・引用
  埼玉県毛呂山町のお城。

武蔵児玉党の一族大類氏の居館があったところである。

しかし、遺構はあまりよく分からない。畑の溝が堀跡なのであろうか。

ちなみに大類氏の居城大類城は群馬県の高崎市にもある。

http://yogokun.my.coocan.jp/saitama/moroyamamati.htm#oorui
 

奈良梨陣屋!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年 1月13日(月)20時42分31秒
返信・引用 編集済
  これも小川町のお城。

諏訪氏の陣屋である。

諏訪氏といえば、武田信玄によって没落させられた後、有為転変を経て、最終的に諏訪領に復活するという不死鳥のような一族であった。

その諏訪氏が、ほんの2年ほど居城としていたのが、この奈良梨陣屋である。

なんてことのない陣屋跡なのだが、そう考えてみると、含蓄深いよなあ・・・。

http://yogokun.my.coocan.jp/saitama/ogawasai.htm#naranasi
 

武田信俊館

 投稿者:余湖  投稿日:2020年 1月13日(月)20時39分13秒
返信・引用 編集済
  埼玉県小川町のお城。

その名称の通り、武田氏の一族であった武田信俊の館跡である。

しかし、武田信俊が、武田本家とどのような関係であったのかよく分からない。武田氏滅亡の後に徳川家康に仕えていることからすると、武田本家との血筋はそれほど濃くはなかったのではないだろうか。

武田家歴代の墓所の宝篋印塔はなかなか見事である。

http://yogokun.my.coocan.jp/saitama/ogawasai02.htm#takeda
 

大河原氏館!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年 1月13日(月)20時36分46秒
返信・引用
  これも東秩父村のお城。

当地の豪族であった大河原氏の居館の跡である。

周囲を石垣で囲み、由緒のありそうな建造物が立ち並ぶ古刹である。

なおここには上杉朝興や北条氏康の文書が残され、墓所には北条家家臣上田氏の墓所もある。

http://yogokun.my.coocan.jp/saitama/higasititibumura01.htm#oogawara
 

安戸城!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年 1月13日(月)20時34分5秒
返信・引用
  埼玉県東秩父村のお城。

腰越城の近くにあり、腰越城の支城であったと考えられる。

城そのものは素朴なものだが、登山道が整備されており、ハイキング気分で楽しく登れる。

http://yogokun.my.coocan.jp/saitama/higasititibumura01.htm
 

高谷砦!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年 1月13日(月)20時32分34秒
返信・引用
  埼玉県小川町のお城。

山城とは言っても比高40mほどであり、道もあってすぐに登れる。

「太田道灌状」から、文明年間に太田道灌が関与して築かれた陣城であったと想定される砦である。

急造されてはいるが、部分的には技巧的で、道灌の城が、旧状のまま残されている貴重な遺構である。

http://yogokun.my.coocan.jp/saitama/ogawasai02.htm
 

月輪館!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年 1月13日(月)20時30分26秒
返信・引用
  埼玉県滑川町のお城。

「館」といっているが、「大堀」の地名が残す通り、館ではなく堀遺構というべきものである。

何らかの戦時に築かれた陣城あるいは陣堀のようなものだったのであろう。

http://yogokun.my.coocan.jp/saitama/namekawamati.htm#tukinowa
 

7000城目は?

 投稿者:余湖  投稿日:2020年 1月11日(土)05時24分39秒
返信・引用 編集済
  記念すべき7000城目にふさわしいお城って、どこかにありますかね?

特におすすめ情報がなかったら、昔描きかけて挫折した、あれにしようかな・・・。
 

Re: キャプテンウルトラ

 投稿者:余湖  投稿日:2020年 1月10日(金)03時38分18秒
返信・引用 編集済
  > No.6462[元記事へ]

ひづめさんへのお返事です。

>ウルトラQ、ウルトラマンと来て、キャプテンウルトラは衝撃的でした。

リアルな特撮もの、巨大ヒーローものと来て、宇宙を舞台としたヒーローものでしたからね。びっくりしました。日本初の宇宙ドラマでした。

キャプテンウルトラは、あの時代としては、相当凝った設定で、斬新な特撮ドラマであったと思いますが、やはり何としても、時代を先取りしすぎていたのではないかと思っています。

とはいっても、スターウォーズが製作されるよりも10年前に、このようなドラマが製作されていたというのは、ある意味先見の明であったのではないでしょうか。

先の記事にも書きましたが、シュピーゲル号のデザインは、当時の宇宙船としては考えられないくらい斬新であったと思います。(その当時は変なデザインとしか思っていませんでしたが)

しかし、おっしゃるように、特撮がちゃちだったのは確かです。低予算で一生懸命にやっていたのでしょうが、宇宙が舞台なのにすべてスタジオセットで撮影していましたから、どうにもならなかったのかもしれません。

ストーリー的には、本放送で見ていた時には、とにかく怖かったです。大人になって見直した際には、それなりに考えたストーリーだったのではないかとも思いましたが、やはり巨大ヒーローに変身しないという設定のためか、あまり人気も出ず、再放送される機会も少なかったのだと感じています。

余談になりますが、主人公を演じた中田博久は、その後のドラマでは、ギャングとか悪代官とか、とにかく悪役ばかりを演じていましたね。同じTBSで放送されたキーハンターの一場面で、中田博久演じるギャングが、テレビでキャプテンウルトラを見ているシーンがあったのを今でもよく覚えています。

それにしても、最終回のお花畑は今見ても謎です。あれはいったい何を言いたかったんだろか。

それとキケロ星人のジョーは途中降板してほしくなかったです。
 

Re: キャプテンウルトラ

 投稿者:ひづめ  投稿日:2020年 1月 9日(木)12時24分31秒
返信・引用
  > No.6461[元記事へ]

余湖さん

ウルトラQ、ウルトラマンと来て、キャプテンウルトラは衝撃的でした。
怪獣の着ぐるみや舞台や特撮がちゃっちかった記憶があります。

余湖さんの様に詳細を覚えてはいませんが、子どもの自分には理解できなかった何か深いメッセージを持った作品だったのかもしれません。
 

キャプテンウルトラ

 投稿者:余湖  投稿日:2020年 1月 8日(水)03時59分40秒
返信・引用 編集済
  ウルトラマンの後番組がウルトラセブンだと思っている人は多い。

しかし、実際にはその間にもう1つのウルトラシリーズが放送されていた。それがキャプテンウルトラである。

といっても、キャプテンウルトラのことを知っている人は少ない。主人公が生身の人間であり、変身も巨大化もしないといったところが印象的でなくなっている要因の1つであろう。

後はこの作品だけが円谷プロではなく、東映によって製作されたので、疎外されているといった要因もあるかもしれない。

キャプテンウルトラ、あの当時としては実に先進的なドラマであった。宇宙が舞台になっていることや、キャプテンフューチャーをオマージュとした、ハックとジョーのコンビ。愛機シュピーゲル号のあまりにも斬新なデザインなど、いまだかつてない設定のドラマであった。

私はこのドラマにはさまざまなトラウマがある。今でも心に残っているのは、そのトラウマ故であるかもしれない。

まずバンデル星人がとても怖かった。見た目が怖いうえにうじゃうじゃと現れてきて、思わず目をそむけたくなってしまった。幼い子供の目には非常に恐ろしい存在として映っていた。

中盤でバンデル星人は壊滅してしまうのだが、その後のストーリーでも、怖くて怖くて親の背中に隠れながら見ていた怪獣がいくつもある。

最も怖かったのはメタリノーム。もともと善良なロボットだったのに、流星群の放射能を受けて凶悪ロボットに変貌した上にどこまでも追いかけてくる。等身大で迫ってくる怪獣というのが、巨大な怪獣よりも怖かったような気がする。

それと同じくらいに怖かったのがキュドラー。こちらは、壁を通り抜けてどこからともなく人間を襲ってきて、血を吸ってしまう。見えないうえに、いつの間にか背中に迫っているという敵というのも怖かった。

そして、どうしても納得いかなかったのが、最終回である。最終回で主人公たちは宇宙の果てを探索すべく旅に出る。そしてとうとう宇宙の果てに到着する。

宇宙の果ては一面のお花畑であった。宇宙の果てがお花畑・・・・。そこで主人公たちは「自分たちは新しい世界のアダムとイブになったのだ」と語り合う。

そのまま、みんなでお花畑を笑いながら走り回って終わるのである。

大人になって改めて見た時には、これって要するに「死を暗示したラスト」なのかなと思ったものである。

でも前期のOPはとても好きだった。
https://www.youtube.com/watch?v=8i1Kjx17lpA

ちなみにキケロ星人のジョーを演じていたのは、今や大俳優となった小林念侍である。
https://www.youtube.com/watch?v=eJObUse_EOc



 

サンダーマスク

 投稿者:余湖  投稿日:2020年 1月 7日(火)10時40分31秒
返信・引用 編集済
  特撮ものの話をしていたら懐かしくなったので、もう少しだけ続けてみよう。

サンダーマスクは東洋エージェンシーというめずらしいプロダクションが製作したものである。

この当時、怪獣ブームと言われていたのだが、「怪獣」という言葉が飽きられつつあったのだろうか、怪獣以外の名称が使われるケースが増えていた。

ウルトラマンAの「超獣」、マジンガーZの「機械獣」、デビルマンの「妖獣」などである。

サンダーマスクに出てくる怪獣は「魔獣」と呼ばれていた。だからサンダーマスクは魔獣と戦うヒーローであった。

怪獣と魔獣の違いは・・・デザインがちょっと違っているとのことであるが、初期のタイヤーマなどはともかくとして、中盤以降は普通の怪獣だったと思う。

私にとって思い出深いのは、この作品によってE=MC×2による浦島効果を初めて知ったということである。

宇宙のどこかの星にいたサンダーマスクは、地球に宇宙の魔王デガンダの魔の手が迫っているということを知って、遥か彼方の地球にやってきた。

ところが光速を超えるスピードで来たために、時間をさかのぼってしまい1万年前の地球に着いてしまったのである。早すぎる・・・・。そのためサンダーマスクは冬眠状態となり、1万年たつのを待っていた。なんというか、気が長い・・・・。

ネットで「サンダーマスク発狂」の回を見ることができるのだが、この回はタイトルからしてもう現在では放送できないだろうなあ。

https://www.youtube.com/watch?v=8bg3ig5ZOnU&t=773s
 

Re: 明けましておめでとうございます。

 投稿者:余湖  投稿日:2020年 1月 6日(月)05時19分54秒
返信・引用
  > No.6458[元記事へ]

吉之助(鈴木)さんへのお返事です。

明けましておめでとうございます。ご無沙汰しています。

二条城、西方城ともにいいお城ですよね。お城はじめとしてはなかなか充実したものだったのではないかと思います。

いずれの城も、訪れたのはずいぶん昔のことになってしまうのですが、ヤブがものすごい状態でした。

今では、けっこうきれいに整備されているという話も聞いているので、また行ってみたいものだと思いました。

それではまたです。



 

明けましておめでとうございます。

 投稿者:吉之助(鈴木)  投稿日:2020年 1月 5日(日)19時16分8秒
返信・引用
  新年、明けましておめでとうございます。
毎度、余湖さんのHPを便利に活用させていただいております。

本年最初の城巡りで栃木の「二条城」に行ってきました。
と言っても、西方城に行くつもりが入り口の「長徳寺」で登り口を間違えて二条城に行ってしまったと言うのが本当なんですが(苦笑)
今回初めて「二条城」訪れたのですが、地元の方々が整備してくれたおかげと冬ということもあり、主郭の土塁が明確になり、石積み跡も明確に判る状態になっています。
まだ、主郭以外では矢竹群生部分もありますがそれでも鋭く高い切岸を堪能することができました。

今年初めての城巡りで登城口を間違えて別の城へ行ってしまうという大失態を演じてしまいなんとも恥ずかしい限りですが、今年も余湖さんのHPを参考にさせていただき城巡りをしていきたいと思います。

本年もよろしくお願いいたします<(_ _)>
 

実相寺監督作品

 投稿者:余湖  投稿日:2020年 1月 5日(日)04時50分5秒
返信・引用 編集済
  シルバー仮面のところで、実相寺昭雄監督のことに触れたので、ここで少し解説をしておきたい。

実相寺氏は、ウルトラシリーズの監督として知る人ぞ知る人物である。

ウルトラシリーズの中で、さまざまな問題作を製作しており、ウルトラマンでは、実相寺作品だけを集めた映画が公開されたこともあるほどである。

ウルトラマンで最も有名なのはジャミラを描いた「故郷は地球」である。テーマは「科学が人間を簡単に犠牲にしてよいのか」ということであり、重いテーマもさることながら、実相寺氏らしい光と影とを使い分けた映像が心に残る作品であった。

ウルトラセブンの最大の傑作と言える「狙われた町」も実相寺作品である。

ストーリー展開や映像の撮影の仕方など、非常によくできた作品であった。

特に最後の「人間同士の信頼感に目を付けるとは実に恐ろしい宇宙人です。でも、ご安心ください。これは遠い未来のお話。我々人類は、今、宇宙人に狙われるほど、お互いを信頼し合ってはいませんから」というナレーションによって、現代の寓話となっていく演出は秀逸であったと思う。

ウルトラシリーズの作品は、2話を同時に撮影していくのだが、「狙われた街」と同時撮影されていたのが、後に放送禁止作品となってしまった第12話「遊星より愛をこめて」である。

この作品にはとても思い入れがある。ウルトラセブンは本当に幼いころに見ていた作品だったのだが、子供なりによく内容を覚えていた。

特に「遊星より愛をこめて」は、スペル星人の姿も含めて、印象に残っていたのである。(自分の記憶ではペペル星人だったのだが)

ところが、後に再放送を見るたびに、なぜかスペル星人の出てくる話が放送されないことに気が付いた。「なんでペペル星人の話をやらなかったのだろう?」

親に頼んで買ったもらった「怪獣ウルトラ図鑑」にもスペル星人が掲載されていなかった。実はこの図巻、昭和43年に雑誌「ぼくら」の付録に付いていた怪獣図鑑を焼き直したものだったのである。基になった図鑑を自分は持っていて、そこにはスペル星人が載っていたことを記憶していた。(ただし、この付録は母親に捨てられてしまったため、その当時は所持していなかったが)「なぜペペル星人がカットされているのだろう?」と疑問に思った。

今のようにインターネットで情報を得られる時代ではなかったから、いろんな本などを探し求めて、それについて一生懸命に知ろうと努めたものである。

そうして何年も過ぎた後に、12話が欠番となっていることを知った。そして、あちこちで情報を集めて、何故それが欠番にされてしまったのかという事実に、ようやくたどり着いたのである。

そこにたどり着くまでには10年かかったものである。今だったらネットで探せばすぐに検索できるし、映像そのものも見ることができる。

ところが、インターネットの存在しない当時、私が12話の映像を手に入れるためには、さまざまな紆余曲折があったものである。ちなみに私に12話の映像を送ってくれたのは、あの宮崎勤であった。(自分の人生の中で、後に死刑囚となるような人物とかかわりを持ったのは、この1回だけである)

12話は、「狙われた街」と同様、人類にとってありきたりのものを小道具として用いている。「狙われた街」ではタバコ、12話では腕時計である。そうした小道具を用いたミステリー仕立てになっていた。

そして、ラスト。「私忘れない、決して。地球人も宇宙人も同じように信じあえる日が来るまで」とつぶやく早苗に対して、モロボシダンの心の声は、「そう、そんな日はもう遠くない。だってM78星雲人の僕が、君たちとこうして一緒に戦っているじゃないか」と語りかけていく。その姿はシルエットとなっている。

この最後のセリフは、「狙われた街」の「我々人類はまだ宇宙人に狙われるほどお互いを信頼し合っていない」と対になっているのである。

そして、今思うと、最終回のアンヌとの別れのシーンでのセリフ、「人間だろうと、宇宙人だろうと、ダンはダンに変わりないじゃないの」につながっていた!

この2作品以外にも第43話「第四惑星の悪夢」、第44話「円盤が来た」も実相寺作品であるが、いずれも名作であったと思う。

そんなわけで、シルバー仮面で実相寺氏作品を久しぶりに見られたのはとてもうれしかったのである。

ところで、この記事を書いていて、学生時代にスペル星人の姿を残しておこうと思って、自分で模型を作ったことを思い出した。探したらまだあったので紹介しておきます。

全身ケロイドの独特のデザインで、子供向け番組に出てくる宇宙人としては違和感があるデザインである。欠番になってしまったのには、このデザインも関係していると思う。
 

シルバー仮面

 投稿者:余湖  投稿日:2020年 1月 5日(日)04時15分19秒
返信・引用 編集済
  アイアンキングの前番組がこれであった。アイアンキングのところでも述べているが、宣弘社のヒーローはデザインが秀逸で、シルバー仮面も見た目はとってもカッコイイ。

役者も主演の柴俊夫(変身後も本人)、篠田三郎(ウルトラマンタロウになる前)、夏純子など、なかなかいい役者がそろっていた。

ストーリーは10話までの等身大編と11話からのジャイアント編に分けられる。

仮面ライダーが流行っていたこともあって、当初は等身大のヒーローとして始まったのだが、視聴率で苦戦したために、途中から巨大化できるようになったのである。これは視聴者の需要に応える結果となった。

ただ、ストーリー的に見ると、等身大編の方がよくできており面白かったと思う。

特に第1話と第2話とは、あの実相寺昭雄監督作品となっており、特に第2話は実相寺作品らしい仕上がりとなっている。タイトルも「地球人は宇宙の敵」であり、問題作そのものである。

第1話のタイトルは「ふるさとは地球」 これも、ウルトラマンの実相寺作品、あのジャミラの出てくる問題作「故郷は地球」に通じるものである。

タイトルバックは毎週変わっていたのだが、一番すごいのは第9話のタイトルバックである。

こんな暗いOPがあるだろうか。視聴者はいきなり、誰のだか分からない葬列のシーンを延々と見続けることになるのである。心が冷えてしまう。

https://www.youtube.com/watch?v=n_HVpfjKf0U

このOPの直後に主人公の春日兄弟がマシンガンを持って現れ、葬列の人々を全員ハチの巣にしてしまうという、ショッキングな内容であった。鬱ドラマそのものである。

第9話は戦闘シーンでも問題となった。墓地での戦いで、シルバー仮面が、卒塔婆を引っこ抜いて、ドミノ星人をめった打ちにするのである。最も罰当たりなヒーローと呼ばれる所以である。敵の宇宙人がやるならともかく、ヒーローがこれをやっちゃいかんよなあ。

https://www.youtube.com/watch?v=1gjeKTXjR88

それにしても、子供心に見ていて、首をかしげることもあった。

あれだけ探し求めていても光子力エンジンの秘密が分からなかったのに、第10話でいきなり光子力ロケットが完成した状態で出てきたこと。今までやってきたことは何だったのかと思った。

また「光子力ロケットがあれば宇宙制服すら可能だ」と散々あおってきたわりには、第11話でいきなり宇宙人に光子力ロケットが破壊されてしまう。たいしたもんじゃなかった。

そして光子力エネルギーを浴びただけで、シルバー仮面が巨大化できるようになったうえに、身体のあちこちから武器を出せるようになったことなどなど。とても納得できるようなものではなかった。

子供をなめるなよ、と思ったものである。

それでもシルバー仮面は好きだったなあ。
 

志摩みずえ3

 投稿者:余湖  投稿日:2020年 1月 4日(土)18時11分30秒
返信・引用 編集済
  さらに続き。

1枚目は、結局、不知火一族に撃たれて倒れ込むみずえちゃん。こんな可憐な子を、あっさり死なせてしまうとは、ひどすぎる!

2枚目は、みずえちゃんの遺体を抱きしめる弦太郎。

3枚目は、この回のタイトルにもなっている「死者へのくちづけ」である。思えば、タイトルが結末をそのままばらしていた。繰り返すが、子供向け番組ですよ。

みずえちゃんの犠牲もあって、不知火一族はこの回で弦太郎に滅ぼされてしまうのだが、そのとたんに、次の敵である独立幻野党が姿を現すのであった。

平和な日本の社会に革命を起こし、家族も恋人も犠牲にするというとんでもない集団なのであった。

ちなみに、こんなに可憐だったみずえちゃんは、数年後の「傷だらけの天使」第9話では、悪女になりヌードシーンを演じていたのであった。ショック!
 

志摩みずえ2

 投稿者:余湖  投稿日:2020年 1月 4日(土)18時06分28秒
返信・引用 編集済
  下の投稿の続き。

1枚目は、いきなりみずえちゃんを押し倒す弦太郎。いきなり何するんじゃあ。

2枚目は、みずえちゃんを抱きしめて「俺は明日死ぬかもしれない男さ」とささやく弦太郎。ニヒルすぎる・・・。

3枚目は、結局、弦太郎を捕らえるための人質にされてしまったみずえちゃん。これを見て弦太郎が言うセリフ。「敵につかまりやがって。馬鹿な女だ」

弦太郎は常に冷たい男であった。
 

志摩みずえ

 投稿者:余湖  投稿日:2020年 1月 4日(土)18時02分58秒
返信・引用 編集済
  アイアンキングの第10話「死者へのくちづけ」でゲストの志摩みずえのことを書いたら懐かしくなって、じっくりと見返してしまった。

アイアンキングでは毎週女性ゲストが出演していたのだが、この回の志摩みずえが、一番可憐で心に残っているのである。

写真をいくつか掲載してみよう。

1枚目は、出会ってすぐにみずえちゃんとキスをする弦太郎。子供番組ですよ!

2枚目は、さっそく自宅に弦太郎を泊めて、すっかり好きになってしまったみずえちゃん。

3枚目は、みずえちゃんの背後にいきなり迫ってくる弦太郎。
 

アイアンキング

 投稿者:余湖  投稿日:2020年 1月 4日(土)04時59分20秒
返信・引用 編集済
  円谷プロ以外の特撮もので、最高の傑作は?と言われたら、私はアイアンキングを挙げる。

何しろアイアンキングには、他の特撮にはない独特の展開が見られるし、今見てもけっこう面白いのである。

アイアンキングについて、一般によく言われることは「アイアンキングが弱すぎる」「人間の方が主人公」といった指摘だと思う。それはまったくその通りである。

普通の特撮ヒーローものでは、人間が倒すことのできない敵を、巨大ヒーローが倒す、という展開が定番である。というか、例外はまずない。唯一の例外がアイアンキングである。

毎回の物語の終盤にアイアンキングは登場してくるが、敵を倒すことはできず、敵を倒すのは常に静弦太郎(石橋正次)なのである。

アイアンキングのエネルギーは水であり、その活動限界は1分間だけである。これでは敵を倒すことができないのも当然であろう。

アイアンキングが初めて敵を倒したのは、確か20話辺りになってのことで、「いったいどうなっちゃったの?」と思ったものである。全編を通じてもアイアンキングが敵を倒したのは数回だけだったと思う。

アイアンキングの主人公はあくまでも静弦太郎なのである。

設定はちょっとやばい。最初の敵不知火一族は、現在の日本人を大和政権と呼ぶ、本来の先住日本人という設定である。

次の敵の独立幻野党も、現日本人をヤマト政権と呼び、革命のためには人の命の犠牲をなんとも思わない過激集団となっている。

しかし、人間ドラマの部分がなんとも面白い。静弦太郎と霧島五郎(浜田光夫)のコンビの掛け合いがとても面白いし、静弦太郎のクールな性格設定も(たとえば、相手が女でも平気でぶんなぐる)当時はとても斬新であった。というか、現在ではとうてい設定できないであろう。

毎回の女性ゲストも素敵な人が多かった。特に志摩みずえは可愛かった。典型的なストーリー展開は、
静弦太郎と女性が出会う → 女性は最初は静弦太郎に反発するが、やがて静弦太郎に惚れてしまう(これが死亡フラグ) → 最後は女性が敵に殺されてしまう といった展開。

もっともこれは中盤以降の話であり、不知火一族編では、静弦太郎と霧島五郎とゆき子の3人の旅が描かれている。(もちろんゆき子も最後は殺されてしまう)

静弦太郎はとても非情な人物として描かれている。
1人と100人のどちらを犠牲にするかといったような場面では、迷うことなく1人を見捨てる。

目の前で助けを求めている人がいても、敵を攻撃して被害を拡大させないことを優先し、助けを求めている人を見捨てる。

しかし、それはそれで当然のような気がする。通常のヒーローだったら、1人の犠牲にもためらって100人をも危険な目にあわせたり、1人を助けるために被害を拡大させてしまったりするのが当たり前である。それは子供心に、どうなのかなって思っていた。静弦太郎の行動はとにかく合理的なのである。

しかし、何話だか忘れたが、シスターに無理やりキスしてしまったのは、今だったらセクハラとして非難されるだろうなあ。

とにかく静弦太郎を描くのがアイアンキングの主眼であり、彼をヒーローとしたドラマであったのだが、その独特の展開が、心に残る作品であったと言えるだろう。

もう1つ、アイアンキングは、デザインが秀逸で、かっこよかった。宣弘社の特撮は、前番組のシルバー仮面も含めて、デザインがとてもかっこいいと思う。

やはりヒーローはかっこよくなきゃね。

静弦太郎が馬に乗って走って行くED「一人旅」がとても好きだった。第6話のラスト部分+ED
https://www.youtube.com/watch?v=dRRr8s8POZQ

OPはこちら。懐かしいなあ。
https://www.youtube.com/watch?v=2ftVx32nUzg

第10話の志摩みずえ。弦太郎に関わったために殺されてしまう・・・・。
 

Re: 明けましておめでとうございます

 投稿者:余湖  投稿日:2020年 1月 4日(土)04時37分59秒
返信・引用 編集済
  > No.6450[元記事へ]

みよさんさんへのお返事です。

今年もよろしくお願いします。

今年は7000城は間違いなく達成する年になるでしょう。記念すべき7000城をどこにしたらよいのか、今、考えているところです。

山陰地方も行ければよいのですが、よほど時間がない限り難しいでしょう。

7000城は間違いなく達成すると思いますが、8000城はもはや難しいと思います。何しろ描けるような城が、近隣地区にはなくなってしまっていますので、かなり遠征をしなければ、新たに描くことは難しい状態です。

精神的・体力的にも、限界に近づいてきているのではと思っています。

それではまたです。
 

明けましておめでとうございます

 投稿者:みよさん  投稿日:2020年 1月 4日(土)01時24分57秒
返信・引用
  昨年もお世話になり、ありがとうございました。
本年も、よろしくお願いいたします。

この正月、なんとかWindowsの更新を行いました。PCの問題から、画面等限界があるようですが、こちらのHPを拝見することはかないました。

いよいよ7000城が現実となりそうですね。どこになさるのでしょうか。
私もどこか紹介できるとよいのですが、地元の山陰地方でさえ、中国地方は行きにくいとおっしゃりながら、すでに私より余湖さんの方がたくさん回られておられるような状態で(;^_^A
皆さんがすてきなお城を紹介してくださるのを楽しみにしております。

 

スペクトルマン

 投稿者:余湖  投稿日:2020年 1月 3日(金)07時25分12秒
返信・引用 編集済
  この年末年始は、かなり自由な時間があったため、昔懐かしい特撮ものなんかを久しぶりに見返してしまっていた。

スペクトルマンも久しぶりに見てみたのだが、今見るとなんともしょうがないストーリーであった。しかし、かつてスペクトルマンに子供たちは夢中になっていた。それというのも以下の理由からである。

ウルトラマン、キャプテンウルトラ、ウルトラセブンと怪獣ヒーローものが続き、自分を含め子供たちは夢中になっていた。

ところが昭和43年にウルトラセブンが終了した後、円谷プロは「怪奇大作戦」や「妖術武芸帳」などと怪獣ヒーローものから離れるといった路線をとるようになる。

子供たちの要望に応えて「帰ってきたウルトラマン」が放送されるのは昭和46年である。

つまり昭和43年から46年の3年間は、円谷プロの怪獣ヒーローものの空白地帯となっていた。

その期間に放送されたのがピープロのスペクトルマンだったのである。あまりかっこよくないあの風貌にも関わらず、「怪獣ヒーローものが見たい」という子供たちの要望と需要に応えていたのだから、人気が出るのも当然である。

というか、スペクトルマンの人気があったからこそ、円谷プロの後期ウルトラシリーズが製作されたと言っても過言ではないと思う。

テレビのみならず、冒険王や少年チャンピオンに連載していたマンガもよく読んでいたし、コミックスも全巻持っていた。プラモデルも作った。

しかし、スペクトルマン、円谷プロのウルトラシリーズを見慣れた目から見ると、違和感がありまくりである。今回見てみて(エピソードによっては本当に半世紀近くぶりにみたものもある)あらためてそれを感じた。



1 敵が主人公?

 この番組、最初のタイトルが「宇宙猿人ゴリ」であった。つまり、敵の名前がタイトルになっていたのである。こんなヒーローもの、後にも先にもこれだけだろう。確かに敵のゴリが個性的な存在であったことは間違いない。

EDも宇宙の帝王ゴリの歌であった。この歌、あまり知られていないが3番の歌詞がとっても面白い。

「自分の理想と目的持って、強く生きてるそのはずなのに、宇宙の敵と呼ばれると身震いするほど腹が立つ!」って、そんなナイーブな独裁者だったのである。まあ独裁者ってそんなものなのかもしれないが。

スポンサーの意向もあって、物語中盤でタイトルは「宇宙猿人ゴリ対スペクトルマン」に変更され、さらに後に「スペクトルマン」というタイトルに2度も変更されてしまうのだが、本来は「宇宙猿人ゴリ」がタイトルであった。


2 スペクトルマンが弱い。

スペクトルマンがけっこう弱くて、一回では敵を倒せないことがほとんどなので、だいたいが前後編で構成されている。

ウルトラシリーズを見慣れた人からすれば、怪獣を倒した後、ヒーローは空に飛び去って行くというのが常識的なパターンだと刷り込まれていると思う。

ところがスペクトルマンは、そうではない。怪獣を倒した後、自分も力尽きてそのまま倒れ込んで消えていくというのが通常のパターンである。


3 スペクトルマンの意思が尊重されない。

スペクトルマンはネビュラ74が地球の平和を守るために派遣したサイボーグである。このネビュラ74の意思が絶対なのである。

ネビュラ74の指示がなければスペクトルマンに変身することはできない。常に「ネビュラ74変身願います」と許可をもらわなければならないのである。

このネビュラ74、時に「あの親子を殺害せよ」とか「その女は見殺しにせよ」とか、非人道的なことも平気で命令したりする。それにスペクトルマンが従わない場合、解任されて、力を剥奪されてしまうこともある。なんかサラリーマン的である。


4 主人公が所属しているのが怪獣対策チームではない。

ウルトラシリーズであれば、主人公が所属しているのは、科学特捜隊であったり、ウルトラ警備隊であったり、怪獣と戦う専門のチームであるというのが常識である。

主人公の蒲生譲二が所属しているのは、東京都の公害対策室、通称「公害Gメン」である。つまり主人公は東京都の公務員なのである。

当時公害はかなり社会問題となっていたのだが、これを子供向けの番組のテーマとするのはかなり斬新であったと思う。ただし、これにはスポンサーからの苦情が相次ぎ、結局公害路線は途中から変更されてしまう。その代わりに、アンチヒーローを描いた「流星仮面の話」や、「アルジャーノンへ花束を」をモチーフにした「ノーマン」の話、超能力を持った少年の悲劇や、魔女に生まれた女性とそれを愛した男の悲劇など、さまざまな名作が生み出されることとなる。

公害Gメンは、途中からいきなり怪獣Gメンという怪獣対策チームに突然変更してしまう。当時としては自然に受け入れられたのだが、今思うと明らかに不自然である。

ちなみに、この番組で蒲生譲二をヒーローとして刷り込まれたがゆえに、後に歴史に興味を持って「蒲生氏郷」という存在を知った時に「こちらもヒーローに違いない」と勝手に思い込んでしまうことになる。


5 再放送できないEDがある

後期のEDは放送コードに引っかかっていて地上波では再放送できない、という話を聞いたことがある。

「スペクトルマンよ怪獣を殺せ」というネビュラの声で始まり、途中でも子供たちが「憎い怪獣、ぶっ殺せ!」と歌っている。それほど過激かなあと思っていたのだが、今の時代では問題ある歌になってしまっているらしい。


6 フジテレビから怒られる

製作側にいろいろと問題があったようで、たとえば第7・8話の敵はゴキノザウルスというゴキブリの怪獣である。

このデザインがコキブリそのものであるというのも、人にとっては見るに堪えないものであるが、これを放送するにあたって製作側は「番組で使用するゴキブリを募集」と流してしまった。そのため生きたままのゴキブリの入った封筒がフジテレビに大量に送り付けられて、フジテレビが激怒した、というエピソードがある。

と、こう書いていると、問題ありまくりの作品だし、低予算のためにチャチなところも多いが、当時は夢中になってみていたものだ。なんだかとっても懐かしく見てしまった。


OP&ED なつかしい! 好きだった!
https://www.youtube.com/watch?v=9eUYJI6RRDg


48話 名作であるが、問題作すぎて、今の時代では放送は絶対に無理である。昔はおおらかだったよなあ。

https://www.nicovideo.jp/watch/sm996274
 

Re: 謹賀新年!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年 1月 3日(金)06時50分58秒
返信・引用
  > No.6447[元記事へ]

Pさんへのお返事です。

あけましておめでとうございます。こちらこそ、今年もよろしくお願いします。

ブログのリンク先、変更しておきました。

YAHOOブログは終了してしまったのですね。このところYAHOOは本当にやる気がありません。

geocityの廃止に続き、ブログもなくしてしまったのですね。これらの廃止で、リンク先のページがなくなってしまったものがいくつもあります。

以前はyahooといえば、もっともインターネット上のコンテンツが充実していたものでしたが、そのうち本体も亡くなってしまうんじゃないかと思います。

いずれにしても個人のHPやブログは、継続していくのがだんだん難しい時代になってきてしまっていますね。
 

Re: 謹賀新年!

 投稿者:  投稿日:2020年 1月 2日(木)16時25分13秒
返信・引用
  > No.6444[元記事へ]

明けましておめでとうございます。

昨年はいろいろとお世話になりました。
本年もよろしくお願いします。

なお、先月半ばに、どこぞの半島よろしくサービス終了当日に当ブログを移行いたしましたので、引き続きよろしくお願いします。

「Pの、遺跡侵攻記」=https://ameblo.jp/dollsd1500


余湖さんへのお返事です。

> あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
>
> このホームページを立ち上げて24年になりました。もうすぐ四半世紀です。よく続けているよなあ。
>
> ホームページを立ち上げた頃には、城のホームページというものはまだ数も少なく、そして、現在でも更新を続けているページはとても少なくなってしまいました。
>
> 個人のホームページを運営していく環境はだんだん厳しくなっていっていますが、それでもまだしばらくは頑張って続けていきたいと思っています。
>
> ところで、記念すべき余湖図7000城めにふさわしい城ってありますか?
 

Re: 頌春

 投稿者:余湖  投稿日:2020年 1月 1日(水)10時13分12秒
返信・引用
  > No.6445[元記事へ]

ひづめさんへのお返事です。

あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

 

頌春

 投稿者:ひづめ  投稿日:2020年 1月 1日(水)07時43分15秒
返信・引用
  あけましておめでとうございます。
今年もよろしく。
 

謹賀新年!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年 1月 1日(水)05時10分51秒
返信・引用 編集済
  あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

このホームページを立ち上げて24年になりました。もうすぐ四半世紀です。よく続けているよなあ。

ホームページを立ち上げた頃には、城のホームページというものはまだ数も少なく、そして、現在でも更新を続けているページはとても少なくなってしまいました。

個人のホームページを運営していく環境はだんだん厳しくなっていっていますが、それでもまだしばらくは頑張って続けていきたいと思っています。

ところで、記念すべき余湖図7000城めにふさわしい城ってありますか?
 

Re: 江戸城!ただし・・・

 投稿者:ひづめ  投稿日:2019年12月31日(火)11時21分38秒
返信・引用
  > No.6441[元記事へ]

小田氏時代(菅谷氏時代)の土浦城の姿、やはり情報が無さすぎて、想像の糸口もつかみにくいですね。
『図説 茨城の城郭』の土浦城の項目に3箇所の候補地(近世の本丸、中城、近世の立田郭)を書きましたが、本丸の一部発掘からは戦国期も同じ場所だった可能性が高い様です。
土浦城は、若泉氏→菅谷氏と城主が変わりますが、桜川の三角州を利用した水城なので、洪水による流路の変遷も度々だったのではないかとか、戦国期の城郭イメージが掴めませんね。
 

今年も描いたなあ

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月31日(火)06時29分27秒
返信・引用 編集済
  余湖図のことである。何のかんのといいながら7000城は目前になってきた。来年中に7000城になるのは間違いないであろう。

そこで、皆さんに質問なのですが、7000城目にふさわしいおすすめの城郭ってありますか?

めぼしい城はほとんど描いてしまっているので、どこにすべきか迷ってしまっています。

日本全国、場所は問いません。まだ私のページで描かれていない城、ということだけが条件です。

ちなみに余湖図の数が一番多いのは茨城で、920城あります。

2位は地元の千葉県で、909城となっています。

この2県は地元&隣接県で悉皆調査をしたので当然なのですが、意外なのは第3位。

3位は長野県で766城あります。これはひとえに宮坂さんの本のおかげです。しかし長野は766城でもまだ半分ほどであり、とてつもない山城も多いので、悉皆などまったくする気になりません。

宮坂さんの本にはまだまだ紹介されているので、最終的には茨城を越えて、掲載数1位になる可能性があります。

4位は僅差の763城で群馬県。群馬は比較的行きやすかったので、気が付いたら悉皆しかけていました。しかし、悉皆調査は二度とやる気はありません。

5位は栃木の398城。

隣県にしては少ないように感じますが、栃木の場合、すべての城址の位置を知ることのできる遺跡地図等が出ていないので、位置情報を把握できた数が少ないということが原因です。千葉や茨城、群馬のように、位置情報をすべて把握できていたら、悉皆とまでは言えないまでももっと数が増えていたはずだと思います。

実際、すべての城館の位置が資料によって把握できていた那須地域や鹿沼市などは城館の掲載数が多く悉皆に近くなっています。

6位は福島で370城。これは高速道路どこまで行っても1000円の時代に、何度も日帰りで福島に足を延ばしていたからです。今では福島に行くことはほとんどありません。

そういえば大熊町や富岡町など福島第一原発近くの城址など、もはや再訪できなくなってしまったような城をいくつも紹介しているのは、今となっては貴重なものだと思います。

7位は出身地の新潟で173城。出身地のわりに、帰省することがなくなってしまったので意外に少ないです。

ただし、佐渡の城館については、いずれは悉皆調査をやりたいと思っているので、最終的には数はかなり増えていくことでしょう。

逆に最も掲載数が少ないのは、山口の21城。これは私にとって最も行きにくい場所なので、仕方がないところです。

関東近県だったら、車でひょいと行けますし、九州と四国は成田空港からLCCで簡単に行けます。

鹿児島空港まで往復7980円で行けたのがこれまでの最安値です。そうでなくとも、片道1万円以内で九州四国には行けるので、長野や福島に行くよりも交通費がかからないくらいコスパがよいのです。

しかし中国地方には成田からのLCCがないので、なかなか行けるチャンスがありません。中国地方が私にとっては鬼門ですね。

まあ、城巡りに関しては体力的にも気力的にも、だいぶ衰えつつあるので、これ以降、爆発的に増えていくということは、考えられません。

自分としてはそろそろ限界かな、と思っているところです。
 

Re: 江戸城!ただし・・・

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月31日(火)05時44分8秒
返信・引用 編集済
  > No.6440[元記事へ]

ひづめさんへのお返事です。

お褒めの言葉、ありがとうございます。とはいえ、わずかな根拠を基にした、あくまでも想像城の産物です。

小田氏時代の小田城についてですが、なんとも、根拠となる史料が少なすぎて、想像ができません。

小田城は方形居館から発展した城館だと思うので、戦国期の小田氏の時代には、主郭を中心とした環郭式の城郭になっていたとは思うのですが、どの程度までか、と言われると、どうしても根拠を見つけられません。

現在見られるような最終的な形態を完成させたのは、梶原氏だと思います。その少し前まで小田氏が城主となって攻防戦が展開されていたので、それなりに改修はされているとは思います。戦国期に単郭の城館ではあまりにも心もとないので、次第に拡張されて行っていたはずです。

その点は土浦城と同様であったと思います。

というか小田氏の時代に、方形居館から複数郭を有した城館へと変貌していったと思うので、単純に「小田氏時代の小田城」といっても様々な様相があったと思われます。

小田氏初期の時代には単郭方形の居館であり、小田氏末期では最終的な形態に近い巨大な城郭となっていたのではないかと考えています。
 

Re: 江戸城!ただし・・・

 投稿者:ひづめ  投稿日:2019年12月30日(月)13時53分24秒
返信・引用
  > No.6439[元記事へ]

余湖さん

道灌時代の江戸城、考えたこともなかったですが、つい最近『太田道灌と長尾景春』を読みながら、道灌(だけではないらしいですが)による江戸城築城、江戸城における歌会、江戸城下の発展などなどに思いを巡らしていたところでした。そして、余湖図を横に置きながらもう一度読み直してみたくなりました。
 

江戸城!ただし・・・

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月30日(月)05時01分24秒
返信・引用 編集済
  みなさんは、江戸城をもちろんよく知っているでしょう。

でも太田道灌時代の江戸城がどのような城であったか考えてみたことがありますか。

道灌時代の江戸城を想像してみました。

http://yogokun.my.coocan.jp/tokyo/chiyodaku.htm#doukan

 

ゴッドマジンガー

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月29日(日)05時58分38秒
返信・引用
  これもモスピーダと同時期にやっていた。

何で今更マジンガー? それも古代が舞台なの? と疑問尽くしの内容でしたが、あのOPだけは大好きで、それだけを毎週聞いていたような気がします。

心安らげる曲で、日曜の午前のひとときを、さわやかな気分にしてくれたものです。

ちなみにEDもなかなかよい曲でした。

https://www.youtube.com/watch?v=A_5A_02qCCc
 

Re: 桐原城

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月29日(日)05時56分2秒
返信・引用
  > No.6436[元記事へ]

横尾さんへのお返事です。

桐原城ですか、やはりいい城はいいですねえ。というか、小笠原氏関連の城郭はどこも見ごたえがあります。

たまにはこういういいお城をのんびりと回ってみたいものです。

そういえば、かつて12月23日はヤブレンジャー山城の日でしたね。令和に代わって、12月23日は休日ではなくなってしまいました。

山城の日も、やらなくなって久しくなってしまいましたね。
 

桐原城

 投稿者:横尾  投稿日:2019年12月28日(土)18時25分43秒
返信・引用
  久々に桐原城に登ってきました。草木がきれいに払われて整備され、主要曲輪の石垣がすべて見ることができています。
1枚目 本丸東城壁
2枚目 本丸東の石垣
3枚目 二の丸虎口の石垣と三の丸の石垣

http://yamasiro749.blog.fc2.com/

 

モスピーダ

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月28日(土)06時07分43秒
返信・引用 編集済
  OPが好きと言えば、このアニメもそうだった。

曲を作っているのがタケカワユキヒデだけあって、曲のゴダイゴ感が何ともたまらない。

ストーリーはいまいちだったが、メカは好きで、レギオスやモスピーダなど、ちゃんと変形するプラモを作りまくっていた。

モスピーダのプラモは変形させるのに手間がかかり、アニメのようにサーッとはいかなかったな。

日曜日の朝に、キン肉マン、モスピーダ、ペットントンと3本続けてみていたものだ。

https://www.youtube.com/watch?v=8_xhAxuUvGE

ペットントンのEDは小林綾子が歌っていた。ちょうど「おしん」をやっていた時期で、小林綾子が歌手としても活躍していたことを知っている人は少ない。

https://www.youtube.com/watch?v=G29CAr1xezc
 

ドルバック

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月28日(土)05時55分43秒
返信・引用 編集済
  このアニメは、ほとんど見ていなかったし、ストーリーもよく覚えていないのだが、OPの曲が好きだった。

ロボットもので、OPがラブソングになっているのは当時は珍しかった。ただし、愛の対象は地球である。

主人公の乗っているメカ「キャリバー」のプラモは、ちゃんと変形できるようになっていて、これはけっこうお気に入りだった。

https://www.youtube.com/watch?v=1_APGNCF_S0
 

ひろみちゃんねる

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月27日(金)05時17分25秒
返信・引用 編集済
  youtubeを見ていて見つけた。

いろんな曲を歌っているのだが、とても上手で、何曲もついつい見てしまった。

この人は自分が可愛く見える角度をよく知っているなあ。

https://www.youtube.com/watch?v=OQrJ7raKxXs&list=RDMMOQrJ7raKxXs&start_radio=1
 

パステルユーミ

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月27日(金)05時11分21秒
返信・引用
  第2期魔法少女シリーズ最後の作品。

しかし、人気は出ず途中打ち切りとなってしまった。

なぜかやたらと裸とパンチラのシーンが多かったので、現代では、再放送もままならないであろう。

でも志賀真理子の歌うOPは好きだった。19歳で夭折した志賀真理子のことを思うと、今でも切なくなるのであった。

https://www.youtube.com/watch?v=1-FA-NM13ag
 

猿島砲台!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月27日(金)05時07分50秒
返信・引用
  神奈川県横須賀市のお城。

猿島は無人島だが、幕末から近代にかけて砲台が設置され、要塞化していた。

ついでに三笠も訪れてきた。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/kanagawa/yokosukasi02.htm
 

ペルシャ

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月26日(木)05時23分4秒
返信・引用 編集済
  クリーミィマミの後番組がこれであった。

しかし、マミほどの人気は出ず、これ以降も魔法少女シリーズは続いて行くが、視聴率は落ち込んで行く一方だったと思う。

この作品については、ほとんど見ていないし、ストーリーも覚えていない。

ただ、OPを歌う岡本舞子の歌声だけが耳について残っていた。

岡本舞子の歌声は、やたらとビブラートが利いていて、胸に響いてくる。声を聴いているだけで好きになってしまったのは岡本舞子だけだった。

https://www.youtube.com/watch?v=bwEq7goU6a4
 

クリーミィマミ

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月25日(水)04時35分40秒
返信・引用 編集済
  ミンキーモモのことを書いたので、クリーミィマミについてもふれねばならないだろう。

第2期魔法少女ものシリーズの最高傑作で金字塔ともいうべき作品である。魔法少女もので、これほど子供たちの人気を引き付けた作品もなかったであろう。

その理由はいくつかあると思うが、最大の魅力は、当時としては非常にクオリティの高い作画にあったのではないかと考えている。何といってもマミの容姿が優れている。この作品で、スタジオピエロは一気に、メジャーな製作会社に登りつめた、と思う。

https://www.youtube.com/watch?v=e22WMXehCu4&list=RDe22WMXehCu4&start_radio=1

もう1つは、魔法を使ってアイドルになる、という展開が受けていたのかなあと思う。この作品の最終回は、非常に盛り上がり、当時はかなり話題になったものである。

主人公の声優に、ベテラン声優ではなく、新人アイドルを使ったのも功を奏している。太田貴子の声は、妙に抑揚があって、聞いてて心地よいのである。

私が好きなのは、第46話の「私のすてきなピアニスト」というエピソード。この作品のみ、群を抜いてクオリティが高くなっている。

原画の綺麗さ、画面展開の手法、登場人物の描き方など、どれをとっても、当時としては異常なほどの斬新な仕上がりとなっている。

ストーリーもよくできている。少女と大人を行ったり来たりする女の子の揺れ動く思いがよく描かれている。最後の空港でのシーンなど、胸を打たれてしまうほどである。

後半で「ラブさりげなく」を歌いながら、二人の思い出の場所が曲の中に溶け込んで行くシーンがとてもしみじみとして好きである。

この46話だけは本当に名作だと思う。

https://www.youtube.com/watch?v=qrtXB8NOY-I
 

Re: ようこそ埼玉県へ!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月25日(水)04時24分56秒
返信・引用 編集済
  > No.6427[元記事へ]

軍曹さんへのお返事です。

お久しぶりです。埼玉の城を巡るにあたっては、城郭図鑑がとても参考になりました。ありがとうございます。

吹上館は土塁の大きさに驚きました。


> 最近は関東地方の城跡も行き尽くした感があり、

これは私も同様です。もう、日帰りで行けそうな城は、ほとんど行きつくしてしまったかなと思います。新規の城を訪れるには遠征しないとダメかなあという感じです。


> 先日、碓氷の坂本城へ登りましたが、
> 降雨と滑りやすい斜面でギブアップしました。

雨であの斜面は無理でしょう。私も同様ですが、若いころに比べて足腰はかなり衰えてしまっていると感じます。

あまり、無理はしないように心がけています。

お互いケガをしないように気を付けましょう。

それではまたです。
 

ようこそ埼玉県へ!

 投稿者:軍曹  投稿日:2019年12月24日(火)19時17分9秒
返信・引用
  お久しぶりです。
埼玉県の城跡探訪、懐かしい気持ちで拝見しました。
中でも吹上館の紹介は見ていて嬉しくなりました。

最近は関東地方の城跡も行き尽くした感があり、
多摩地方の再訪に取り組んでいます。
先日、碓氷の坂本城へ登りましたが、
降雨と滑りやすい斜面でギブアップしました。
少しずつ衰えが来ている感じですかね。
ケガをしないようにお互い長く続けていけたらいいですね。
機会があればぜひご一緒したいものですね。
それではまたです。
 

野火止陣屋!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月24日(火)04時39分14秒
返信・引用
  埼玉県新座市のお城。

高崎藩の飛び地管理のための陣屋であったが、遺構はまったくない。

しかし、近くに陣屋堀と呼ばれる用水の土塁が残っており、こちらには案内板も立てられている。

http://yogokun.my.coocan.jp/saitama/niizasi01.htm
 

吹上館!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月24日(火)04時37分37秒
返信・引用
  埼玉県和光市のお城。

東明寺の境内となっているが、いかにも要害地形であり、館というよりは城といった方がふさわしい。

本堂の裏には巨大な土塁もある。

「参拝者以外の入山を禁ず」と書いてあるので、ちゃんと参拝をしよう。

http://yogokun.my.coocan.jp/saitama/wakousi01.htm
 

福岡城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月24日(火)04時35分32秒
返信・引用
  埼玉県ふじみ野市のお城。

目立った遺構はないが、城山公園となっている。こちらは駐車場も完備されているのでありがたい。

ちなみにふじみ野市は、富士見市の隣にある。隣接する市なのに、似たような名前を付けてしまったものである。

http://yogokun.my.coocan.jp/saitama/hujiminosi01.htm
 

原市陣屋

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月24日(火)04時31分44秒
返信・引用
  埼玉県上尾市のお城

陣屋公園となっており、陣屋公民館が建っている。

ところが、公民館の入口には「無断駐車禁止 無断駐車したら1万円徴収します」と書いてある。

公民館なのに、こんなことを書いてあるのは初めてである。

おかげで、車を停められる場所がまったくないので、苦労してしまう。

ちなみにお笑い芸人のハライチは、ここの出身である。

http://yogokun.my.coocan.jp/saitama/ageosi01.htm#haraiti
 

内藤氏陣屋!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月23日(月)05時59分53秒
返信・引用
  埼玉県久喜市のお城。

徳川家康に従って関東に入部した内藤氏の陣屋の跡である。

小学校の敷地となっているが、その形状は何たなく理解できる。

http://yogokun.my.coocan.jp/saitama/shoubu.htm#naitou
 

城沼

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月23日(月)05時55分12秒
返信・引用
  埼玉県蓮田市のお城?

地名や立などから城があったことは町がないと思われるのだが、遺構には欠けている。

ただし、雰囲気の良い公園となっている。

http://yogokun.my.coocan.jp/saitama/hasudasi.htm#jounuma
 

宇田氏屋敷

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月23日(月)05時41分31秒
返信・引用 編集済
  これも越谷市のお城。

小学校の敷地内部に、土塁が1本のみ残されている。

グランドにはかつて客殿と庭園があったというので、現在こちら側に見られる土壇は、築山だったものと推測される。

http://yogokun.my.coocan.jp/saitama/kosigayasi01.htm#uda
 

大相模氏館

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月23日(月)05時40分22秒
返信・引用
  埼玉県越谷市のお城。

土塁が残ると言われているが、実際には取り払われてしまい、わずかな段差のみ残されている。

土塁跡に「従是東忍領」と刻まれた石碑が建てられている。

http://yogokun.my.coocan.jp/saitama/kosigayasi01.htm
 

後谷会田氏屋敷!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月23日(月)05時12分10秒
返信・引用
  これも八潮市のお城。

遺構はほぼ湮滅状態であるが、北と東側にかつて水堀として利用されていたであろう水路が残されていた、形状は何となく理解できる。

http://yogokun.my.coocan.jp/saitama/yasiosi01.htm#aida
 

藤波家屋敷!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月23日(月)05時11分1秒
返信・引用
  これも八潮市のお城。

八潮資料館となっているのだが、遺構そのものは失われている。

資料館の敷地内には、明治に建てられた屋敷がそのまま保存されている。

http://yogokun.my.coocan.jp/saitama/yasiosi01.htm#hujinami
 

小沢氏屋敷!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月23日(月)05時09分23秒
返信・引用
  これも八潮市のお城。

近世の庄屋、小沢氏の屋敷跡で、現在もご子孫の方がお住まいである。

南側には現在も水堀が残されている。

http://yogokun.my.coocan.jp/saitama/yasiosi01.htm#ozawa
 

西袋陣屋!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月23日(月)05時08分8秒
返信・引用
  これも八潮市のお城。

こちらも遺構など残りようがなさそうな市街地の真ん中にあるが、西袋陣屋公園となって、敷地はほとんどそのまま残されている。

土塁や堀跡も一部ははっきり分かる。

http://yogokun.my.coocan.jp/saitama/yasiosi01.htm#jinya
 

阿川氏屋敷!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月23日(月)05時06分26秒
返信・引用
  こちらも八潮市のお城。

和井田家屋敷のすぐ近くにある。遺構の残存状況はよくないが、かつて東西の堀として利用されていたと思われる小川がそのまま水路となって残っている。

屋敷内部に古墳があり、古墳には案内板が立てられている。

http://yogokun.my.coocan.jp/saitama/yasiosi01.htm#agawa
 

和井田家屋敷!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月23日(月)05時04分49秒
返信・引用
  埼玉県八潮市のお城。

東京に近い都市部に城館遺構など残っていないだろうと思っていたのだが、ここは水堀がよく残されていて、案内板も立てられていた。

国指定の重要文化財となっている建造物も残されているのだが、公開日が年に10日ほどしかないようで、よほど運がよく鳴ければ内部には入れない。

http://yogokun.my.coocan.jp/saitama/yasiosi01.htm
 

Re: 荒井館現地説明会

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月23日(月)05時02分40秒
返信・引用
  > No.6411[元記事へ]

あんけんさんへのお返事です。

情報、ありがとうございます。荒井館の発掘調査の件は知っていたのですが、それだけのために大田原まで足を延ばす気がしなくて、行きませんでした。

荒井館は、耕地整理のために土塁1本だけが残っている状態だったのですが、それでもなくなってしまうというのは寂しいものですね。

もともとはこのような形状だったのですね。残存している土塁が直角というよりは、大きく開いているように見えていたのですが、台形だったということがよく分かりました。

私のページで描いている想定図はちょっとずれているようですね。

それではまたです。
 

荒井館現地説明会

 投稿者:あんけん  投稿日:2019年12月22日(日)07時13分25秒
返信・引用 編集済
  大田原市の荒井館周辺が圃場整備で残り少ない遺構も失われるそうなので、年末のこの時期に、発掘途中状況を紹介する説明会が催されました。調査自体は来月いっぱいまで継続されます事もあって現場での撮影素材は公開禁止になってます。

明応3年阿保康清が堀之内に築いた遺構が今回調査中のものと推定され、郭は北側で幅約91m、南では52mの台形であったことが判明しました。

1枚目は公民館前の車道から見た残存土塁です。断ち切られてますが、基部下に砂利敷きらしきものが見つかり、その上に砂利を多く含む土砂で途中まで築き、最終的に約3m土を盛る構造が見られました。

2枚目は公示されてる事業掲示板に貼られてる西側上空から見た写真に、自分が当日見られた遺構を土塁跡=赤・堀=青・建物と想定される柱跡列=緑でざっくり書き足してます。手前側西側で、上部幅約10m、底部幅5~6m、深さ約2mの堀が検出されてます。一昨日にもその底部の泥中からお椀が出て展示されてました。堀の中央に張り出しが見られますが、内側で曲輪内を区画した址が有り堀の向かい側も溝になってるとの事で虎口と判断するのは早い模様です。

3枚目も掲示板の事業予定図に書き足してます。建物は近過ぎて並んでる場所もあって、当然ですが同時期に建てられてたとは限りません。堀は単郭構造と思われる南北方向に延びており古寺跡~荒井館~水口館と続く流路だった可能性も有ります。
 

ミンキーモモ

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月20日(金)04時41分55秒
返信・引用 編集済
  衝撃のラスト(正確には最終回ではないが)といえば、これも忘れられません。

可愛い少女が主人公の魔法少女物のアニメなのに、「魔法では本当に人の心を救うことができない」と絶望した後、魔法の力を失ってしまい(これだけでも衝撃的なのだが)、主人公が突然、トラックにはねられて死んでしまいます。

その次の場面は灰色のトーンで描かれた墓地のシーンで、悲しむ両親と、墓石の前に映し出された主人公の遺影が描かれています。

これは当時、トラウマになった子供が多かったのではないでしょうか。主人公のあまりにも突然な死、そのためミンキーモモは、「可愛いアニメ」というよりは「子供たちをトラウマに陥れたアニメ」として心に残る作品になってしまいました。

https://www.youtube.com/watch?v=8tBdSirpcVk&t=37s

この作品には、あるいわくが付きまとっています。

問題の46話が放送された際に、地震が発生し、そのテロップが本編に流れています。

その後も各地で46話が放送されるたびに、大小の地震が発生しています。

象徴的なのは、関西地方で46話が再放送されたその日に阪神淡路大震災が起こったことです。

もちろん、これらは偶然の産物なのでしょうが、ここまで偶然が続くと、都市伝説になってしまうのも当然といったところでしょうか。

ところで、子供がトラウマになってしまうアニメで、震災との関係と言えば、魔法少女まどかマギカも忘れられません。

第10話で、町が破壊され水没してしまった場面が放送されたその日、東日本大震災が発生し、実際に津波によって町が水没してしまう場面をリアルな映像としてみることになってしまいました。

そのためラストの2話が放送延期となったのが象徴的でした。

しかし、このアニメ、いろんな意味で名作だと思っています。
 

Re: イデオン

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月20日(金)04時23分45秒
返信・引用 編集済
  > No.6408[元記事へ]

Pさんへのお返事です。

イデオンをご存じでしたか。まだ生まれる前ですよね。

>いろいろな意味で、何もかもがぶっ飛んでいる素晴らしい作品だと思います。

本当にぶっ飛んでいました。ただし、最後に宇宙そのものをぶっ飛ばしてしまうというラストは、私はいただけませんでした。もっとも、あのラスト故に印象に残っているという側面もありますが。

>このイデオンに、キリスト教テイストをプラスして造られたのがエヴァンゲリオンだというような記事を、当時見たことがあります。

これは私もそう感じます。庵野秀明はイデオンをリアルタイムで見ていた世代であり、イデオンの影響を受けていたのでしょう。


ガンダムと比べて、あまりにも知名度が低い作品ですが、内容的にはいろいろと考えさせられる話でした。

異星人も同じような人間であり、また地球人も異星人であるバフクランからは「ロゴダウの異星人」と呼ばれていましたね。

ちゃんと話し合えば理解し合えるはずなのに(そのことをギジェやカララが地球人と愛し合えることで証明していました)、コミュニケーション不足のために、互いに憎しみ合う戦争をやめることができない・・・・。

そしてバフクランの追跡から逃げる主人公たちも、行く先々で、厄介者扱いしかされない・・・・同じ地球人同士でさえも、分かりあうことができないのか、っていう絶望的展開でした。

象徴的なエピソードとして次のようなものもありました。

あまりにも執拗な敵の攻撃に、「もう戦いをやめよう」と考えて、ソロシップの外面に白い旗をたくさん掲げて敵意のないことを示した時。

バフクランでは「白い布を掲げる」ことは「敵に対する憎しみ」を象徴する許せない行為だったのです。白旗を見たバフクランは、ますます攻撃を激しくしてしまう・・・。

OPの曲も盛り上がりますね。私も昔はよくカラオケで歌っていました。

「雄たけびが電光石火の一撃を呼ぶ♪」のところが一番好きです。

https://www.youtube.com/watch?v=IEpp_ccqcnU

でも、どちらかというと私はEDを歌う方が好きでした。
 

Re: イデオン

 投稿者:  投稿日:2019年12月19日(木)21時44分16秒
返信・引用
  > No.6407[元記事へ]

余湖さんへのお返事です。

こんばんは。お世話になっております。

これだけアニメの話題が上がっているのに、イデオンは未見?と思ってましたが、やはりアップされましたね。
いろいろな意味で、何もかもがぶっ飛んでいる素晴らしい作品だと思います。

このイデオンに、キリスト教テイストをプラスして造られたのがエヴァンゲリオンだというような記事を、当時見たことがあります。

OP曲が自分としては好きで、カラオケでも定番です。
 

イデオン

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月19日(木)04時51分56秒
返信・引用 編集済
  ラストが衝撃的と言えば、イデオンもまたそうであった。
最後に宇宙が消滅してしまうのである。もうめちゃくちゃとしか言いようがない。
数あるロボットアニメの中でも、イデオンは最大かつ最強のロボットであった。

1979年、日本サンライズは、後にロボットアニメの歴史を変える2つのアニメを世に送り出した。

1つはガンダムであり、もう1つがイデオンであった。

いずれも、「敵が悪であり、それを倒せば解決する」という単純な勧善懲悪ストーリーを離れ、「人間同士の争い」をテーマにしていた。

しかし、当時は2つとも受け入れられず、視聴率が降るわなかったために放送予定の途中で打ち切りとなってしまった。

ところが、その後、総集編が劇場版となって公開されたことがきっかけで大ブレイクことになる。ヤマトと同じパターンである。

イデオンは「接触編」と「発動編」の2本立てになっており、テレビでは唐突に終わってしまったラストがやや丁寧に描かれていたのだが、自分としてはなんとも受け入れがたいものであった。

テレビ版では、イデの力が発動し、惑星を真っ二つにしてしまう場面が一番印象に残っている。

キッチキチンが「あんたがたも私たちにとっては異星人と同じなのよ」というセリフも忘れ難い。その直後、爆発に巻き込まれたキチンの首が吹っ飛んでしまう・・・・。

https://www.youtube.com/watch?v=RMjEFPYR4hc&list=PLhWFYrGONKg0p1z4KtYcFZ5RMRK_DuDMw

どうしても理解しがたいことがもう1つあった。なぜ主人公がアフロヘアなのか。そのセンスがどうしても理解できなかった。ちなみに声優はトリトンの塩谷翼であった。

https://www.youtube.com/watch?v=uZNcDbfkmiY

エンディングの曲がとても好きだったなあ。

https://www.youtube.com/watch?v=VtckLzSR7yo
 

バルディオス

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月18日(水)04時45分59秒
返信・引用 編集済
  久々にロボットアニメネタである。

この作品、低予算で作られ、メカそのものも古臭いデザインだったせいか、それほど知られてはいないと思う。OPの歌を「ですます調」で歌っていることしか印象に残っていない人もいるかもしれない。

しかし、このアニメ、2つの点で、とても衝撃的だった。

その1
主人公と敵の冷徹な女司令官が恋に落ちてしまう。

最初から、冷徹で残酷なキャラとして描かれていた敵の女司令官アフロディアが、主人公と恋に落ちて、最後には手に手を取って脱出してきてしまうのだ。これにはびっくりした。
憎しみ会ってたはずなのに・・・・。

たとえていえば、ヤマトのデスラー総統が森雪と恋に落ちて、地球に亡命してくるような展開である。ね、びっくりするでしょ。

後で分かったのだが、EDには、初回から手をつないでる2人の姿が描かれていた。髪型が変わっていたので、最後までこれが敵の女司令官であるとは気が付かなかった。

このED、アニメに似つかわしくなく演歌調の歌であったが、結構好きだった。

憎しみの砂漠を乗り越えて、愛のオアシス探すのさ♪

https://www.youtube.com/watch?v=hAfMtGHzWHc

手をつないでいる二人の後ろ姿を見てあきれ顔の登場人物たち。
黙って行くのさマリン♪ 黙って行くなよ!

ちなみにマリンの声優は塩沢兼人。この人の声って、とっても好きだった。



その2
衝撃の展開。いやもう、結末が衝撃的であった。

ちょっと長くなるかもしれないが、あらすじを書いてみよう。

宇宙のどこかにあるS1星は、長年の地殻変動と大気汚染とによって滅亡の危機にあった。S1星にこれ以上住めないと知ったS1人は、巨大宇宙要塞を建造して、第2の故郷となる星を探して旅に出る。

その旅の途中、宇宙嵐に巻き込まれてしまい、時空間を飛ばされて、どこだか分からないところに到着する。そこで発見したのが地球である。

その後、地球を第2の故郷としたいS1人と地球人との生存をかけた戦いが果てしなく続いていく。

そして、最終回、S1人は、人類を滅亡させるために人口太陽を作成して宇宙空間で大決戦が行われる。

その結果、水星と金星が消滅し、地球の気候が変動して、大陸のほとんどが津波にのみ込まれ、人類のほとんどが滅亡してしまう。

そうして、その結果、できあがった地球の姿を見たS1人は、驚愕の思いでつぶやく。

「これはS1星ではないか!」

そう、宇宙嵐で時空間を飛ばされたS1人は、何万年前かのS1星に到着した。つまりそれが地球だったのである。びっくり!

「S1星を、滅亡の危機に追い込む原因をつくったのは、我々自身だったのか・・・」
敵の司令官がつぶやき、地球の大半が津波にのみ込まれてめちゃくちゃになっているところで、物語は突然終わってしまう。

画面が真っ赤になり、そこに浮かび上がる「完」の文字。

最後の方はびっくりの連続である。あまりにもストーリーが突然死してしまったので、その後劇場版が作成されることになったのであった。

最後に、めずらしいですます調のOPも紹介しておこう。けっこういい歌だと思うんだよなあ。

https://www.youtube.com/watch?v=2YtV2IE4f5I


「明日を救えバルディオス~♪」って、救ってないんだよなあ、これが。
 

Re: 玉縄城の周辺遺構は残存しています

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月17日(火)03時59分56秒
返信・引用
  > No.6404[元記事へ]

ユアンさんへのお返事です。

ありがとうございます。せっかくの貴重な情報なので、ホームページの方に転載させていただきます。

 

Re: 玉縄城の周辺遺構は残存しています

 投稿者:ユアン  投稿日:2019年12月16日(月)21時03分2秒
返信・引用
  ホームページへの転載は問題ありません。

ご紹介した場所はいずれも立ち入り禁止ではありません。

補足しますと、玉縄台の外周道路は土塁のすぐ内側に沿って通っており簡単に堀とセットで見学できます。教育委員会の看板もあります。西側が良く残存しています。北側は3m以上の深さのv字堀で、長尾砦に行く場所だけ土橋状に高くなっており横断できます。こちらは最近宅地になり、堀の南側が盛り土されてしまいました。藪漕ぎで北側に回れば残存部が見られます。
北東側の堀は民家の裏庭になっていて、横からのぞくと真っ直ぐ続いているのがみうけられます。

他には、聖心女学院の裏門(大手門)に続く七曲坂が整備されており、大船側から登れます。現地に看板あり。古風な道ですが、昔通っていた七曲坂と若干位置が違うのだと古老から聞いております。

女学院内部の雛壇は、学校に申請するか不定期の観察日で見られます。いつやっているのかいまいち分からず、ガイド協会のほうが詳しいかもしれません。

マンション裏の堀切は崖上で終わっていますが、崖下に行くつづら折れの道があります。ただし私有地にて立入禁止です。柵あり。

北方の関谷側果が入っていない山林のためまだなにか残ってそうですが私有地のため未開拓です。
 

Re: 玉縄城の周辺遺構は残存しています

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月16日(月)04時10分18秒
返信・引用
  > No.6402[元記事へ]

ユアンさんへのお返事です。

初めまして。情報、ありがとうございます。

そうでしたか。玉縄城に関しては、遺構がほぼ湮滅してしまっているという印象が強かったので、詳しいことは分かっていませんでした。

また、女子大の敷地となっているということで、なんとも近寄りがたいという印象も持っています。

近くまで行く機会がありましたら、ぜひ、遺構を探してみたいと思います。

ところで、今回ご指摘いただいた内容を、私のホームページに転載したいのですが、よろしいでしょうか?

それではまたです。
 

玉縄城の周辺遺構は残存しています

 投稿者:ユアン  投稿日:2019年12月15日(日)16時51分2秒
返信・引用
  いつもの楽しく拝見しています。
玉縄城の地元住まいなのですが、ほとんど知られていませんが周辺に遺構がかなり残存しています。

ネットや郷土情報でもほぼ情報に上がっていませんが、玉縄城=清泉女学院高という印象が強すぎて周辺に目がいっていないせいかもしれません。

例を挙げると、
・玉縄台自治会館(Google Mapでは清泉女学院高の右上の玉縄台信号の右上部分)のある新興住宅地は三方を堀で囲まれており、北側はV字堀だったのですが最近改変されました。それ以外はほぼ全周に渡って堀や土塁が見られます。どうやら廓全体を住宅地化したようです。

・玉縄台左上から谷底の関谷へは縦に大きな堀上の畑となっており、縦堀ではないかと想像しています。開発前の米軍航空地図でもよく見えているくらいで規模は大きいです。
この畑は下部がなぜか格子上の段々になっており、格子の規模が丁度山中城の格子と同じくらいなので格子堀の遺構だったらいいなと想像が膨らまされるものです。

・玉縄台から長尾砦に抜ける山道(けものみちのような細い入口だが、森に入るとしっかとりした道になっている)は、堀の上を通る武者走りとなっており地図には載っていませんが、今でも地元の者は散歩で使用しています。尾根沿いに長尾砦に抜ける最短コースです。
明治時代は堀の底から尾根へ直登する道がありましたので、多少改変されているかもしれません。

・「コスモ鎌倉玉縄」の崖上にも地図にない道があり、堀が残っています。隣の谷の上部まで続いているため堀切と思われます。
 

稲倉城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月14日(土)05時18分50秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

伊深城の近くにある。山頂部にある2つのピークをそれぞれ南北の守りとし、間の平坦部を郭として取り込むという珍しい構造をしている。

ここは登城道は急峻であり、登るのには精神力が必要だ。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi11.htm#inakura
 

伊深城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月14日(土)05時16分12秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

歩きやすい遊歩道が付けられており、とても登りやすい山城であった。

『高白齋記』に記載されている岡田の城というのが、ここのことであると言われている。

小笠原氏関連城郭らしく、素晴らしい遺構を見ることができる。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi11.htm
 

早落城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月13日(金)04時13分17秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

早落ちとは、いかにも不名誉な名前を付けられたものだ。

南側からアクセスすると、比高差もあまりなく、いきなり主郭に到達する。たしかにこちら側から攻め込まれてしまったら、簡単に落城してしまいそうだ。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi10.htm#hayaotosi
 

宮原城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月13日(金)04時11分45秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

山家城と向かい合うような位置にあり、やはり小笠原氏関連の支城であったと考えられる。

山家城と比べると規模は小さいが、連続堀切や石積みなど、小笠原氏関連城郭らしい遺構が展開する。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi10.htm#miyahara
 

水番城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月13日(金)04時10分0秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

林大城とすぐ東側に向かい合う山に築かれている。文字通り水の手を守るための出城であったという。

「入山禁止」の看板があったので、地元の方の許可を得て入って行く。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi10.htm
 

井川城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月12日(木)05時01分57秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

その名も「井川城一丁目」という地名のところにある。

案内板なども設置されているのだが、遺構は明瞭ではない。

小笠原氏の最初の居館だったと言われている場所である。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi09.htm#ikawa
 

神林館!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月12日(木)05時00分33秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

福王寺の境内に土塁が残り、館跡であったかと想定される。

ただし、伝承ではその隣の水田地帯に館があったと言われる。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi09.htm#kanbayasi
 

神戸の館!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月12日(木)04時59分22秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

その名も「館そば」というお店のあるところが館跡である。

城塁には折れも見られるが、遺構は明瞭ではない。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi09.htm#goudo
 

村井小屋城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月12日(木)04時58分11秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

基は村井氏の居城であったが、後に武田氏に奪取され、深志城攻撃のための拠点となった。

市街地化によって遺構のほとんどは失われているが、わずかに土塁と堀跡らしき部分が残っている。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi09.htm#murai
 

百瀬陣屋!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月11日(水)04時41分52秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

近世の代官所の跡である。入り口の枡形門が残り、現在も代官所の建物にご子孫がお住まいのようである。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi08.htm#momose
 

小池砦!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月11日(水)04時40分36秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

武田氏が関与したと思われる砦の跡である。

平城でありながら、三日月城の水堀が残っているのが珍しい。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi08.htm#koike
 

横山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月11日(水)04時39分27秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

遺構が明瞭でなく、由来もよく分からない城であるが、ちゃんと城址標柱が立てられていた。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi08.htm#yokoyama
 

八間長者城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月11日(水)04時38分25秒
返信・引用
  これも松本市のお城。塩尻市との境界近くに位置している。

山頂から延びる長大な竪堀と横堀との組み合わせ、鉄砲陣地と思われる塹壕の設定など、戦国期の技巧的な城郭である。

状の歴史も詳しいことは不明だが、武田氏の関与が考えられる城である。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi08.htm
 

鷹巣根城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月10日(火)04時29分13秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

刈谷原トンネルの上にあり、『高白齋記』に刈谷原城とあるのがここである。

ここには「共有林に付き入山禁止」の看板があるが、地元の人に尋ねたら、笑顔で「入っていいよ!」と言われた。

ありがとうございます!

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi07.htm#takasune

 

岩渕城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月10日(火)04時27分4秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

虚空蔵山の山麓近くにあり、数本の堀切が残されている。

虚空蔵山城の間氏の家臣の居城である。こちらにも標柱があるが、文字が完全に読めなくなっている。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi07.htm#iwabuti
 

取手砦!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月10日(火)04時25分28秒
返信・引用 編集済
  これも松本市のお城。

河岸段丘上に築かれた砦、標柱が立てられている。

それにしても、取手砦という名称はおかしい。千葉にある城城みたいなものである。

確かに取手という字名のところにある砦なので、せおりの名称の付け方なのだが・・・・。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi07.htm#toride
 

唐鳥屋城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月10日(火)04時23分19秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

虚空蔵山と北側に向かい合う山に築かれている。

こちらもだいぶ高所にある花川原峠からアクセスできるのだが、途中からは急斜面の直登となる。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi07.htm#karatoriya
 

会田城館群!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月10日(火)04時21分20秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

見るからに高く険しそうにそびえている虚空蔵山。あんな山には城はないよなあ、と思っていたが、この山、全山、要塞化しているのであった。

高い山とはいえ、中腹まで林道が付けられており、意外とアクセスも良い。お勧めの山城である。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi07.htm
 

馬場屋敷!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月 9日(月)04時02分21秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

馬場氏の屋敷と言われる場所で、母屋などの建造物が残り、国の重要文化財となっている。

周囲には土塁も見られる。

こちらの馬場氏とは、もちろん、馬場信房の一族であったという。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi06.htm#baba
 

中村館!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月 9日(月)04時00分14秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

西牧氏の最初の居館があったところであるというが、明確な遺構には欠けている。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi06.htm#nakamura
 

長坂上砦!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月 9日(月)03時59分15秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

こちらも西牧氏関連城郭群の1つで、荒海渡城と向かい合る台地上にある。

こちらも一面の果樹園となっているのだが、台地側面部の竪堀から城の形状が推測される。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi06.htm#nagasaka
 

荒海渡砦!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月 9日(月)03時57分45秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

西牧氏関連城郭群の1つである。

台地上は果樹園となり、遺構らしきものは見受けられないが、かつては連郭式の2郭があったらしい。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi06.htm
 

桜坂上砦!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月 9日(月)03時56分15秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

西牧氏城館群の1つである。こちらは台地兵部近くに、3本の堀切に区画された郭が明瞭に残されているのだが、民家の奥にあるために、探索しづらい。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi05.htm#sakura
 

於田屋館!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月 9日(月)03時55分7秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

西牧氏の室町時代の居館であったと言われるところである。

遺構らしきものは残存していないが、かつての城塁のラインを示していると思われる段差は見られる。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi05.htm#otaya
 

レンタル掲示板
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