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土橋城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年11月11日(日)07時25分21秒
返信・引用
  これも信濃町のお城。

あまりしっかりとした普請はされておらず、上杉氏の陣城であったと思湧得る場所である。

一面のヤブとなっている。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/sinanomati02.htm#dobasi
 
 

琵琶島城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年11月11日(日)07時24分26秒
返信・引用
  長野県信濃町のお城。

野尻湖に浮かぶ島そのものが城郭である。ここには前から言ってみたかったのだが果たせないでいた。だって、湖を渡らなければらないんだもの。

今回は思い切ってボートを借りて渡ってみた。しかし、これがなかなか大変なのであった。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/sinanomati02.htm
 

毛野城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年11月11日(日)06時26分39秒
返信・引用
  これも飯綱町のお城。

歴史等は不明であるが、城の腰の地名が残った微高地が見られる。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/izunamati02.htm#keno
 

芋川氏館!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年11月11日(日)06時25分46秒
返信・引用
  これも飯綱町のお城。

この地域の有力者で後に若宮城を築くことになる芋川氏の居館の跡である。

北西の民家の背後に土塁と堀跡が残されている。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/izunamati02.htm#imokawa
 

矢筒山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年11月11日(日)06時22分58秒
返信・引用
  長野県飯綱町のお城。

あまり高くない山に多数の削平地を造成している。城内には遊歩道が付けられているのだが、実際にはヤブらけである。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/izunamati02.htm
 

長野で最も歩きがいのある山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年11月 9日(金)04時14分37秒
返信・引用
  というように感じた城である。6000城目をこちらにしようかとも思っていた城。

比高500mほどの間に5つの城を配置し、山頂部に石垣造りの城をこしらえている。

さらに降って行く際にも別の山城を見ることができる。一回りの散策でたくさんの城郭群を見ることができる場所である。

とはいえ、やはり比高500mは、なかなかきついのであった。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/obusemura01.htm
 

福井城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年11月 9日(金)04時12分14秒
返信・引用
  これも高山村のお城。

台地縁に連郭式に郭を並べた城郭である。豪族の居館というよりは、陣城のような雰囲気を感じさせる城である。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/takayamamura01.htm#hukui
 

福島正則居館!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年11月 9日(金)04時10分54秒
返信・引用
  長野県高山村の城館。

阿野福島正則が減封されて、藩庁としていた場所である。遺構はほとんどないが、正則の気持ちが偲ばれる場所である。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/takayamamura01.htm
 

Re: 秋田の城

 投稿者:余湖  投稿日:2018年11月 9日(金)04時09分30秒
返信・引用
  > No.5746[元記事へ]

備前守長政さんへのお返事です。

秋田の熊は怖いですね。通常は熊ベルを鳴らしていれば、熊が寄ってこないということになっていますが、逆に熊ベルを聞いて、「獲物がいる」と思うかもしれないので気を付けた方がよい、と書かれた記事を読みました。

人の味を覚えた熊は早めに対峙してほしいものです。

 

Re: 秋田の城

 投稿者:備前守長政  投稿日:2018年11月 8日(木)20時36分53秒
返信・引用 編集済
  余湖さんへのお返事です。

> 秋田には人食い熊がまだ残っているというような話を聞くのですが、熊は大丈夫だったでしょうか?


数年前タケノコ取りの人を襲った話ですね。まだ、あの時の熊達の一部は生きているそうです。事件のあった鹿角市は、今回巡った所とは少し離れていますが。
ただ、夜行バスを降りてレンタカー屋が開くまでの時間を使って、訪れた横手城で、「熊目撃、注意」の看板が出ていました。城の直下は町中ですので、こんな人里近く迄出るということは、秋田の熊密度は相当高いということでしょう。

下旬は美作です。此処も山が多いので注意は怠らず、余り過激な藪漕ぎはしないつもりです。










 

Re: 秋田の城

 投稿者:余湖  投稿日:2018年11月 7日(水)04時46分59秒
返信・引用
  > No.5744[元記事へ]

備前守長政さんへのお返事です。

秋田の城ですか、お疲れさまでした。秋田は私もまだあまり訪れていないので、興味津々です。西馬音内城などは、ぜひ行ってみたいと思っています。

秋田には人食い熊がまだ残っているというような話を聞くのですが、熊は大丈夫だったでしょうか?

来年あたり、どこかで時間が取れれば、この記事を参考にして秋田に訪れてみたいと思っています。

それではまたです。

 

秋田の城

 投稿者:備前守長政  投稿日:2018年11月 6日(火)20時16分48秒
返信・引用 編集済
  一昨日、秋田の城に行ってきました。平安時代の横堀がある大鳥井柵と、余湖さんの解説読んで行ってみたくなった浦城を軸にその周辺と男鹿半島をドライブしてきました。

主な所では、大鳥井柵、金沢城、吉田館、西馬音内城、戸島館、浦城です。

浦城は、余湖さんが気にかけていた三基の物見櫓、いずれも健在でした。でも、二基は梯子が壊れ登れません。残りの一基、一番大きいのは階段はしっかりしていたのですが、床がベニヤで私の体重では踏み抜きそうなので、登りませんでした。
でも、シンプル故に却って雰囲気出ていたと思います。それと主郭と下の郭の井戸(貯水槽?)遺構も見事ですね。

また、吉田館、金沢城、西馬音内城、戸島館も見応えありました。

男鹿半島は北東部のひらかた館から染川城、双六館と巡った所で日没、終了となりました。ひらかた館では道がなくうろうろしていたら、不審者と思われたのでしょう、地主の方に誰何され、目的を説明したら、道はずっと前に廃れたと言われ断念しました。
因みに染川城は国道脇に細やかな標柱があります。双六館は落石避けのネットが終わった辺りから登れました。でも、遺構的には目ぼしいものはなく、男鹿半島は結局脇本城に尽きると思います。

それではまた。
 

Re: 平尾城

 投稿者:余湖  投稿日:2018年11月 5日(月)05時08分11秒
返信・引用
  > No.5742[元記事へ]

横尾さんへのお返事です。

平尾城ですか、懐かしいですね。何年か前にウモ殿と共に訪れた記憶があります。

尾根基部まで車道が付けられているのに、延々と歩いて行くのが遠かったです。当時もヤブは少なく、見通しの良い状態でした。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/nagano/sakusi01.htm#hirao
 

平尾城

 投稿者:横尾  投稿日:2018年11月 1日(木)23時29分46秒
返信・引用
  かつて佐久市の平尾城は二度ほど登りましたが、本丸周辺は笹薮が酷くて見ることができませんでしたが、三度目に登ったところ、笹薮がきれいに払われて全貌を見ることができました。
写真1は本丸
写真2は二の丸
写真3は大空堀を隔てて三の丸

http://blog.goo.ne.jp/tomiokamusasi

 

鼠穴館!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月27日(土)20時54分48秒
返信・引用
  長野県松川村のお城。

背後にある山城とセットになった城館である。館と言っても、屋敷群の複合体であったようで、周囲には堀や土塁が残されている。ただし、全体形状は分かりにくい。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matukawamura01.htm
 

平出城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月27日(土)20時53分24秒
返信・引用
  これも池田町のお城。

山奥にある成就院という寺院が城址であるという。一種の武装寺院であったものであろうか。

それにしても、このような山奥にこうした立派な寺院があるとは意外なことであった。駐車場もめちゃくちゃ広い。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/ikedamati01.htm#hiraide
 

白駒城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月27日(土)20時52分13秒
返信・引用
  長野県池田町のお城。

池田町から桜仙峡に向かう道の途中にある。集落とは隔絶されたところにある山城である。

遺構はそこそこ残っているが、かなり古い時代の山城であったと思う。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/ikedamati01.htm
 

立屋の城峯砦!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月27日(土)20時44分38秒
返信・引用
  これも小谷村のお城。

大規模ではないが、堀切によって区画された連郭式の遺構がそのまま残っている。

こちらも参道がしっかり付けられていたので、雨でも登城可能であった。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/otarimura01.htm#tateya
 

黒川館!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月27日(土)20時43分28秒
返信・引用
  これも小谷村のお城。

武田氏の侵攻後にこの地の領主となった千国氏の居館である。

姫川に断崖に臨む要害地形に築かれているが、かなり崩壊が進んでいる。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/otarimura01.htm#kurokawa
 

稲葉城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月27日(土)20時42分1秒
返信・引用
  長野県小谷村のお城。

小規模ではあるが、それなりに遺構は分かる。秋葉社が祭られている関係で、道もしっかりしていたので、雨の中でも登城することができた。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/otarimura01.htm
 

青鬼城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月27日(土)04時22分7秒
返信・引用 編集済
  これも白馬村のお城。

伝統的古民家保存地区として知られている青鬼地区の上にある。ただし、城山は「入山禁止」となっており、入っていくことができない。

宮坂氏の「桃源郷を見た!」というコラムで紹介されているのが、この青鬼の集落なのである。このコラムを読んだら、絶対に行ってみたくなるに違いない。

実際に、なかなか良い場所であった。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/hakubamura01.htm#aoni

さて、今週末は土日ともにお仕事なので、更新作業が思うように進まないなあ。
 

塩島城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月27日(土)04時20分6秒
返信・引用
  長野県白馬村のお城。

自然地形の残る山であるが、地元ではよく知られているようで、城内の散策のための案内や、各所での案内板が充実している。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/hakubamura01.htm
 

等々力城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月27日(土)04時11分4秒
返信・引用
  これも安曇野市の城館。

等々力氏の居城。この辺りはワサビが名物のようで、ワサビ田となっている沼沢地を天然の堀としていた。

虎口付近の土塁や櫓台が雰囲気を残している。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/azuminosi03.htm#todoroki
 

細萱氏館!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月27日(土)04時08分31秒
返信・引用
  これも安曇野市の城館。文字通り、細萱氏の居館である。

規模は小さいが、堀の残存状態がとても良い。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/azuminosi03.htm#hosokaya
 

多田氏堀屋敷!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月27日(土)04時07分38秒
返信・引用
  これも安曇野市の城館・・というよりは近世の堀屋敷である。

貞享騒動の首謀者である多田加助の屋敷跡。義民として地元では慕われているようで、近くには義民堂や義民資料館などがある。

子供の頃読んだ本に、領主に騙されて松本城の前で磔にかけられて処刑された農民が、「この恨みを晴らしてやる」と叫んだところ、松本城の天守が傾いた、という話が出ていた。実際、古写真で見る松本城の天守は傾いていたのだが、その時の農民というのがこの多田加助であったということを、今回、改めて知った。

権力者のいやらしさを感じさせる話である。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/azuminosi03.htm#tada
 

堀金氏館!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月27日(土)04時03分53秒
返信・引用
  長野県安曇野市の城館。

中世にこの地域の権力者であった堀金氏の居館である。

岩原城を築く前にはここに居住していたのであろう。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/azuminosi03.htm#horigane
 

Re: 本当にきれいな虹

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月26日(金)04時31分48秒
返信・引用 編集済
  > No.5728[元記事へ]

みよさんさんへのお返事です。

書き込みありがとうございます。本当にあの虹は胸に響きました。6000城記念だと思いましたねえ~。

木舟城はいろんな意味で、関心を抱いていた山城だったのですが、実際に訪れてみてさらに謎が深まった気がします。雨さえ降ってこなければ、もう少し隅々まで歩けたところなのですが、ちょっと残念です。

今回訪れた中では、青鬼の集落も印象深かったので、後で紹介してみたいと思っています。

これからもちまちまと城めぐりは続けていきたいと思いますが、これまでよりは気持ちのんびりと回って行きたいと思っています。・・・実際にどうなるかはわかりませんが・・・。

それではまたです。

 

本当にきれいな虹

 投稿者:みよさん  投稿日:2018年10月25日(木)22時11分37秒
返信・引用 編集済
  余湖さん、6000城達成おめでとうございます。
振り返ると虹、なんて、すごくドラマチック!特別な瞬間になったことと思います。
6000もの鳥瞰図を描き続けてこられた精神力に頭が下がります。お疲れさまでした。

木舟城を選ばれたお気持ちも鳥瞰図や文章から伝わってくるようでした。

これからも、また新たな気持ちで、ますますお城巡りを楽しまれますように。
 

Re: 寝ぼけ事

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月25日(木)04時19分18秒
返信・引用
  > No.5725[元記事へ]

狸屋さんへのお返事です。

> 10000回記念は100大がっかり城をやりませんか?
> 古写真で見るとえらく立派な城なのに、そんな痕跡はまったくないとか
> 逆にこんな立派な城だけっとかいうようなものは、出来ませんかね。
>

1万城を目指す気持ちはまったくありません。それに遺構のない城には食指が動きません。
 

Re: 6,000城到達おめでとうございます

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月25日(木)04時18分43秒
返信・引用
  > No.5724[元記事へ]

さん介さんへのお返事です。

ありがとうございます。

木舟城については、いろいろと考えてみるべきことが多いと思っており、問題提起の1つだと思っています。今はあまり資料を探している時間がないのですが、あれだけの城郭なので、どこかしら、記録が残っているのではないかと想像しています。

それにしても、木舟城に架かった虹はきれいだったなあ。

これからもよろしくお願いします。

>
 

寝ぼけ事

 投稿者:狸屋  投稿日:2018年10月24日(水)19時19分13秒
返信・引用
  10000回記念は100大がっかり城をやりませんか?
古写真で見るとえらく立派な城なのに、そんな痕跡はまったくないとか
逆にこんな立派な城だけっとかいうようなものは、出来ませんかね。
 

6,000城到達おめでとうございます

 投稿者:さん介  投稿日:2018年10月24日(水)13時09分39秒
返信・引用
  いつもこちらを使わせて頂いている者です。
大変お世話になっています。

自分などど比べると文字通り桁違いの6,000城という数の凄さはさておき、
その記念すべき節目の城に、果たしてどのようなところを選ばれるのか
楽しみにしていましたが、完全にその期待を越える選択、流石だなと
感服した次第です。

恥ずかしながらこの木舟城についてはまったく認識しておらず、
大町に続く横の道を何度か素通りしていました。勿体ない。。。

我々が追い求めているものは、奥が深く尽きることのないものだ
というメッセージと捉え、これからも訪城していきたい(この
ページにもお世話になりたい)と決意をあらたにしたところです。

ホームページ受難の時代ですが、くれぐれもお体にお気を付けて
これからもご活躍下さい。それでは。










 

Re: おめでとうございます。

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月24日(水)04時04分34秒
返信・引用
  > No.5720[元記事へ]

狸屋さんへのお返事です。

> 6000城おめでとうございます。
>
> 道楽があると、退職後も健康にも気を使いながらやれるという話なので
> あと何年か解りませんが、更なる登場記録を期待しております。

ありがとうございます。これからもちまちまと更新はしていきたいと思います。

 

Re: はじめて投稿します【一乗谷城イベントについて】

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月24日(水)04時04分3秒
返信・引用
  > No.5719[元記事へ]

いしかわさんへのお返事です。


> コメントをありがとうございました。
> そうですね、先日も一般向けの山城見学会(これは登るだけ)があったのですが、
> 何人かご高齢の方は途中でリタイアされました・・・。
> お言葉を励みに頑張ります!

こういうイベントを企画するのは何かと大変ですね。うまくいくことを期待しております。ぜひ、頑張ってください。

 

Re: ついに6000城め!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月24日(水)04時02分43秒
返信・引用
  > No.5718[元記事へ]

備前守長政さんへのお返事です。

> 6,000城おめでとうございます。10,000城迄後4,000城。大台は直ぐそこです。
>
> 私は余湖さんほど根性無いので、余湖図や100廃城投票一覧を頼りに城巡りします。次は秋田と美作に行きます。
>
> それではまた。くれぐれもご
> 自愛のほど、願い上げます。
>

ありがとうございます。

しかし、1万城なんて、とても無理です。あと20年以上はかかります。ノルマを設定するのは、本当に、これっきりにしたいところです。

秋田と美作ですか? その辺りは私もそれほど回っていないので、ぜひ行ってみたいところです。

それではまたです。

 

おめでとうございます。

 投稿者:狸屋  投稿日:2018年10月23日(火)18時54分43秒
返信・引用
  6000城おめでとうございます。

道楽があると、退職後も健康にも気を使いながらやれるという話なので
あと何年か解りませんが、更なる登場記録を期待しております。
 

Re: はじめて投稿します【一乗谷城イベントについて】

 投稿者:いしかわ  投稿日:2018年10月23日(火)13時42分35秒
返信・引用
  > No.5701[元記事へ]

余湖さんへのお返事です。

> いしかわさんへのお返事です。
>
> これはすごい企画ですね! 居館部ではなく、山城の方ですよね。あの大規模な山城で初心者が縄張り図を描くというイベントとはすごすぎです。あの山に登るだけでも大変なことだというのに、初心者があそこで縄張り図を描くとは、頼もしい限りです。
>
> 私が訪れた時には、雪がちらちらと舞うような季節だったのですが、肌を指す風の冷たさに打たれながら、遺構のすばらしさに感銘を受けたことを記憶しております。
>
> ただ、ヤブになっているところや、急斜面などもありますので、お子さんが怪我などしないよう、十分に注意していただきたいものです。
>
> それではまたです。
>
>

コメントをありがとうございました。
そうですね、先日も一般向けの山城見学会(これは登るだけ)があったのですが、
何人かご高齢の方は途中でリタイアされました・・・。
お言葉を励みに頑張ります!

http://asakura-museum.pref.fukui.lg.jp/030_event/detail.php?id=255

 

Re: ついに6000城め!

 投稿者:備前守長政  投稿日:2018年10月23日(火)07時08分43秒
返信・引用 編集済
  6,000城おめでとうございます。10,000城迄後4,000城。大台は直ぐそこです。

私は余湖さんほど根性無いので、余湖図や100廃城投票一覧を頼りに城巡りします。次は秋田と美作に行きます。

それではまた。くれぐれもご
自愛のほど、願い上げます。
 

Re: 湯原城

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月23日(火)04時33分47秒
返信・引用
  > No.5715[元記事へ]

横尾さんへのお返事です。

ご無沙汰しています。佐久市の城館は、宮坂氏の本の1巻が出た時に訪れて以来なので、懐かしいです。

湯原城も、それほど藪ではなかったように記憶しています。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/nagano/sakusi03.htm#yuhara
 

Re: ついに6000城め!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月23日(火)04時32分6秒
返信・引用
  > No.5714[元記事へ]

ひづめさんへのお返事です。

ありがとうございます。こうして励ましてくださる方がいらっしゃるので、なんとかここまで続けてこられたという気持ちです。

どこまで続けていけるのかわかりませんが、これからも頑張ってみたいものです。

 

湯原城

 投稿者:横尾  投稿日:2018年10月22日(月)22時54分42秒
返信・引用
  最近は佐久市を主に廻っております。湯原城は以前訪れたとき、薮だらけで写真になりませんでしたが、今回、登って見てきれいに整備されています。
写真1は本丸
写真2は北西の二段の腰曲輪
写真3は北東曲輪から本丸城壁を見ています。

http://blog.goo.ne.jp/tomiokamusasi

 

Re: ついに6000城め!

 投稿者:ひづめ  投稿日:2018年10月22日(月)07時56分10秒
返信・引用
  > No.5713[元記事へ]

余湖さん

余湖図、6000城達成、おめでとうございます。
お城ファンの宝物が増えていきます。

ひづめ
 

ついに6000城め!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月21日(日)20時57分9秒
返信・引用 編集済
  記念すべき余湖図6000城目は、大町市の木舟城である。

実はこの城は以前、宮坂氏の図面を見て以来、余湖図6000城目にふさわしい城郭であると思い、ひそかに狙っていた。

詳しくは木舟城のページを見てみれば一目瞭然であるが、歴史もよく分からないほとんど無名の城郭であるにも関わらず、信州の山城で最大の郭面積を有し、他では見られない着目すべき構造も各所に見られる。すごい山城である。

歴史的に無名、と書いたが、どうみても巨大な軍事拠点である。歴史の闇の中に埋もれてしまってはいるが、かなりの軍事的緊張感のさなかに、大規模勢力によって築かれた城であると思う。伝承等が残っていないのは、一時的にしか使用されなかった陣城であった可能性が高い、と言える。

あまり知られていないこの山城には、実は大きな歴史的意義が隠されているのではないだろうか。まだよく知られていない軍事的緊張感がいつのことと見るべきなのか、そういう意味では城の構造のみならず、いろいろと想像を掻き立ててくれる謎の巨大城郭である。

ねっ、6000城目にふさわしい城郭だって思うでしょ!

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/oomatisi02.htm

ところで・・・やっと目標としていた6000城を達成して、ほっとしている。これまではひたすらノルマを達成するために城巡りをしていたようなものであった。

これでノルマからは解放された。これからもちまちまと城めぐりは続けていくと思うが、数をこなすためにあくせくするような日々とはこれでおさらばである・・・はずである。
 

5999城め!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月21日(日)19時44分59秒
返信・引用 編集済
  5999城めは、安曇野市の塔ノ原城である。こちらも急峻な山に築かれた山城であるが、こちらは、城と同じ高さまで車でアクセスできるので、簡単に訪問できるお手軽城郭である。

ヤブの所もあるが、1郭周辺は草刈りがされていてよく分かる。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/azuminosi03.htm#tounohara

さあ、いよいよ次が6000城目である。6000城目はどの城であろうか。

 

5998城め!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月21日(日)19時01分50秒
返信・引用
  いよいよ6000城へのカウントダウンである。5998城目は安曇野市の岩原城。急峻な山に築かれたダイナミックな山城である。

遺構は素晴らしいのだが、肝心の見どころの1郭先の三重堀切の所が立入禁止となっている。残念!

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/azuminosi03.htm#
 

長尾城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月21日(日)17時58分49秒
返信・引用
  これも安曇野市の城館。

リンゴ畑となっているため、遺構のほとんどは失われてしまったようだ。場所もわかりにくい。

しかし、リンゴ畑で作業をなさっている皆さんとの会話は楽しかった。「フジ」というリンゴの成り方が、まさに藤の花のようであることも初めて知ったのであった。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/azuminosi02.htm#nagao
 

吉野の堀屋敷!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月21日(日)17時57分30秒
返信・引用
  これも安曇野市の城館。

小規模ながら西側の土塁と堀がよく残っている。とはいえ規模は小さく、城館というよりも近世の屋敷跡というべきなのかもしれない。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/azuminosi02.htm#yosinobori
 

鳥羽館!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月21日(日)17時56分37秒
返信・引用
  これも安曇野市の城館。

残存状況はよくないが、北西側には土塁や水堀がしっかりと残っている。小笠原氏に仕えた丸山氏の居館である。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/azuminosi02.htm#toba
 

飯田砦!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月21日(日)17時55分33秒
返信・引用
  これも安曇野市の城館。

飯田砦という名称で地図にも掲載されているのだが、実際には居館のような遺構である。

周囲の土塁はよく残っているのだが、内部はヤブがひどい。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/azuminosi02.htm#iida
 

真々部氏館!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月21日(日)17時54分29秒
返信・引用
  長野県安曇野市の城館。

金龍寺の背後にわずかに土塁が残っている。というわけでほとんど遺構はないのだが、安曇野市はそのような城館にもしっかりと標柱を立てておいてくれている。ありがたいことである。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/azuminosi02.htm
 

Re: 駿府城中村期天守台

 投稿者:狸屋  投稿日:2018年10月21日(日)07時54分3秒
返信・引用
  > No.5703[元記事へ]

余湖さんへのお返事です。

家康期(2回目)の天守台の発掘作業中、さらに深く掘ったら出てきたそうです。
>
 

Re: 駿府城中村期天守台

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月21日(日)06時56分20秒
返信・引用
  > No.5702[元記事へ]

狸屋さんへのお返事です。

現在発掘復元中の天守台は、家康によって築かれたものとずっと思っていたのですが、中村一氏によるものであったとは意外でした。

 

駿府城中村期天守台

 投稿者:狸屋  投稿日:2018年10月20日(土)18時23分24秒
返信・引用
  説明会があったので行ってきました。33m×37mだそうで、右端の人の大きさに比べて写真の
緑線に囲まれた範囲の大きさがご理解できると思います。
天守台一面に天守が立っていたニュアンスで新聞等に書かれているようですが、如何に
徳川氏との最前線とはいえ、豊臣氏との親族でもなく、大老でもない中村氏にそこまでの
天守を立てさせたとは思えず、大和郡山のように天守台というより天守郭のような構造で
さらに一回り小さい天守台・天守を立てたのではないかと思われます。
 

Re: はじめて投稿します【一乗谷城イベントについて】

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月18日(木)04時22分19秒
返信・引用 編集済
  > No.5700[元記事へ]

いしかわさんへのお返事です。

これはすごい企画ですね! 居館部ではなく、山城の方ですよね。あの大規模な山城で初心者が縄張り図を描くというイベントとはすごすぎです。あの山に登るだけでも大変なことだというのに、初心者があそこで縄張り図を描くとは、頼もしい限りです。

私が訪れた時には、雪がちらちらと舞うような季節だったのですが、肌を指す風の冷たさに打たれながら、遺構のすばらしさに感銘を受けたことを記憶しております。

ただ、ヤブになっているところや、急斜面などもありますので、お子さんが怪我などしないよう、十分に注意していただきたいものです。

それではまたです。

 

はじめて投稿します【一乗谷城イベントについて】

 投稿者:いしかわ  投稿日:2018年10月17日(水)09時05分0秒
返信・引用
  いつも楽しく拝見させていただいております。
この度、下記のとおり一乗谷城の縄張り図を描くイベントを開催いたしますので、
この場を借りて告知させていただきます。
初心者向けですが、縄張り図について一般の方々に知っていただく機会になればいいなと思い企画しました。

★キッズミュージアム 「縄張り図を描こう!」★彡 【要申込】

朝倉氏が築いた一乗谷城の縄張り図を描く講座です。
縄張り図とは、山城の仕組みや成り立ちを示した見取り図のことです。縄張り図を実際に描いてみると、戦国時代に生きた人々がどのように山城を作ったのか、その苦労と工夫が見えてきます。
初めての形でも、学芸員が丁寧に教えます。

【日 時】 平成30年11月4日(日)9:30~15:30

【集合場所】
一乗谷朝倉氏遺跡資料館
(資料館に集合後、徒歩で一乗谷城跡へ移動します)

【対 象】
小・中学生 定員20名(保護者を含む)
※小学生は保護者同伴でお願いします。

【服装・持ち物】
山歩きの服装で来てください。(リュックサック、水筒、昼食、タオルなど)

【参加費】
無料

【申込方法】
電話、FAX、窓口またはメールにて、以下の事項をお伝えいただき、お申込みください。
(1)参加者氏名(よみがな)・年齢・学年
(2)保護者氏名(よみがな)・年齢
(3)住所
(4)連絡先(自宅電話番号と携帯電話番号)

http://asakura-museum.pref.fukui.lg.jp/030_event/detail.php?id=255

 

Re: 安房入部

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月16日(火)05時11分48秒
返信・引用
  > No.5698[元記事へ]

安房国さんへのお返事です。

里見義実に関しては、諸説ありますが、決定的なものは史料不足のために出ていないという感じがします。

もっとも真実が分からないからこそ、いろいろな想像を加える余地があり、それが1つのロマンとなっているとも言えそうですが・・・。

 

安房入部

 投稿者:安房国  投稿日:2018年10月15日(月)23時22分6秒
返信・引用
  早速のお返事ありがとうございます。

安房に入部したのは嘉吉元年(1441年)とばかり思っていたのですが、現在の説では否定されているんですか? 勉強不足で知りませんでした。まだまだ、謎が多そうなので調べ甲斐がありそうですね。
今年12月に稲村城の見学会があるので、岡田晃司先生にいろいろ聞いてみようかと思います。
また、ご報告します。
 

Re: 稲村城

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月15日(月)04時15分42秒
返信・引用 編集済
  > No.5696[元記事へ]

安房国さんへのお返事です。

お久しぶりです。十村=稲村というのは、千葉城郭研究会の方からご示唆をいただいたのですが、実は私もあまりしっくりしてはいません。十村は普通に読んだら「とむら」ですし、稲村はあくまでも「いなむら」であると思うのです。なんとなくこじつけのようにも思われてしまうのです。

『鎌倉大草紙』の諸本に「中村」というものがあるとのことですが、これについては、諸本の新旧がどうなっているのかがポイントだと思います。この辺りは私は詳しいことはよく分からないのですが、写本なので写していく過程において、ある時点で「十村」あるいは「中村」と書き替えられた可能性があると思います。新旧が分かるのであれば、古い写本にある方が正しいものということになります。

それよりも『鎌倉大草紙』には、里見義実が安房に入部したのは結城合戦の直後、という旧来の説の通りになっています。現在の説ではこれは否定されていると思いますが、これも実際の所はどうであったのか、悩ましいところです。

それではまたです。
 

稲村城

 投稿者:安房国  投稿日:2018年10月14日(日)23時44分23秒
返信・引用
  お久しぶりです。余湖さんの膨大なデータがネットで見られなくなる可能性もあるとのこと。
万が一のことを考え、今、必死に学ばせていただいています。

余湖さんにとっては今更と思われるかもしれませんが「論考らしきもののお部屋」の
「鎌倉大草紙について」の中で「十村の城」についてちょっとご意見を伺いたくて書き込み
しました。

私も当初「十村(とむらorとうむら)=稲村(とうむら)で問題ないのではと考えていました。
しかし、この「十村の城」が出てくる年は康正2年(1456年)であり、稲村城が築城された
と伝わる1486年~1491年(ウィキ)より30年以上も前です。
もう一つの問題は鎌倉大草紙の写本の中に「十村」ではなく「中村」と書かれているもの
があることです。私がネットで調べた限りでは早稲田大学、国学院大学、東京教育大学が
所蔵し公開している写本では確かに「十村」と書かれています。しかし国立国会図書館の
写本では「中村の城」と書かれています。そして、安房郡には南北朝時代から江戸時代
にかけて「中村」という場所が確かに存在していました。しかも、安房に散在する
鎌倉府の御料所のひとつで、それらの所領は足利氏の直臣・被官らに預けられたり
給付されたりして経営を委ねられていたとのことです。(千野原靖方著「戦国大名里見氏」
より)
しかし、また問題があり、この「中村」に隣接するのは稲村城ではなく平安末期の
安西氏の平松城です。そして、余湖さんも言われるように遺構というようなものが
ほとんど見られない城です。なにより平松城だったらわざわざ「中村の城」と書かず
に「平松城」と書くはずです。
というわけで、結局わからないのですがまずは「中村」なのか「十村」なのかを
引き続き確認していきたいと思います。

余湖さんは、その後どのように考えていますか?
 

Re: 人災天災のなか近江の城巡り

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月 9日(火)04時04分24秒
返信・引用 編集済
  > No.5694[元記事へ]

備前守長政さんへのお返事です。

近江に行かれたのですね。塩害で電車がめちゃくちゃになっている中、大変でしたね。近江の城は、私もまだまだ未訪問の所が多いので、興味深く拝見しました。今度訪れる際に参考にしたいと思います。

私のホームページのうち、アドレス変更を余儀なくされているのは、ジオシティを使用している7つのサーバーで、正確な数は分かりませんが数千城分です。今のところ再構築する気分にはなっていないのですが、そのうちやる気が出てきたらぼちぼちやろうとは思っています。そういう作業に対して、昔ほど意欲的な気分にはなれず、ただひたすら面倒くさい気分です。

将来的に個人のホームページはどうなってしまうんでしょうか? 消滅していかざるをえないのでしょうか。そうしたことを考えると、気が重くなってしまいます。

それではまたです。
 

人災天災のなか近江の城巡り

 投稿者:備前守長政  投稿日:2018年10月 8日(月)18時42分40秒
返信・引用 編集済
  土日と近江に行きました。例の通り夜行バスでしたが、金曜日総武快速が止まり、京成も駄目。総武緩行線が辛うじて動いている状況で、バスの時間気にしながら行きました。一旦家に戻り仕度をし、バスの出る西船橋を目指したら、今度は緩行線が大久保での人身事故とやらでダイヤ乱れ。いつ止まるかヒヤヒヤものでした。あの日は武蔵野線や東武も乱れ、千葉鉄道受難の日でした。

土曜日は高島市界隈を目指したのですが、終日曇天との天気予報が外れ雨模様。しかも朽木の西山城を登っていたら、土砂降り!先週の台風24号の影響なのでしょう、夥しい倒木にも阻まれ断念しました。
それでも、3時過ぎに晴れたので、清水山城だけは見られました。礎石建物跡、畝状阻塞等、中々見応えのある城でした。

日曜日は日野市界隈、メインは鎌掛城。こちらも石積井戸、峻険な切岸、土塁囲みの池?遺構、麓の館遺構等、見処一杯の城でした。
それにしても不思議なのは、これだけ凄い遺構があるのに、山屋敷に簡単な表示があるだけ(しかも河川改修工事で古い道先案内表示はあてにならない)で、鎌掛城については何も出ていないこと。音羽城、佐久良城には立派な説明板やパンフが備え付けられているのに。史跡指定もなく、所有者の了解が得られないのでしょうか。
登城路も未整備です。しかも知られている3ルートの内、一番安全らしい北東側のルートは、侵入路が松茸が取れる山の入口にもなっていて、立入禁止。
私は山屋敷から、伝大手道の案内板のある所から取り付き、若干岩登りがありますが、尾根を上がりました。
帰りは途中で行きに来たルートを見失い、少し南側を川の流れの音を頼りに下り、滝谷川の上流に出て反対側の滝谷林道に渡り、屏風岩を右手に見ながら下りました。結果的に3ルートの内、2つを使い最適なルートで行き帰り出来たようです。

それにしても、色々なサービスの中止。事業者にも言い分はあるのでしょうが、何か振り回されているようで嫌ですね。余湖さんのHPが見続けられると良いのですが。

それではまた。
 

Re: 土屋山城守高久伝説

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月 8日(月)08時26分37秒
返信・引用
  > No.5692[元記事へ]

横尾さんへのお返事です。

> 番外編です。下仁田町史」に掲載されていますが、田野で武田勝頼の嫡男信勝は自害することなく土屋山城守が南牧村へ連れて隠れ住んだという伝説が残っています。下仁田町史に書かれている、史跡を回って見ました。https://blog.goo.ne.jp/tomiokamusasi/e/ec3ec19216922609b8792a6b6455f878
>
> 記事は①から⑤まであります。

ご無沙汰しております。相変わらず活発なお城巡りをされているようで何よりです。
 

土屋山城守高久伝説

 投稿者:横尾  投稿日:2018年10月 7日(日)20時59分17秒
返信・引用
  番外編です。下仁田町史」に掲載されていますが、田野で武田勝頼の嫡男信勝は自害することなく土屋山城守が南牧村へ連れて隠れ住んだという伝説が残っています。下仁田町史に書かれている、史跡を回って見ました。https://blog.goo.ne.jp/tomiokamusasi/e/ec3ec19216922609b8792a6b6455f878

記事は①から⑤まであります。

http://blog.goo.ne.jp/tomiokamusasi

 

Re: (無題)

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月 7日(日)06時27分58秒
返信・引用 編集済
  > No.5690[元記事へ]

狸屋さんへのお返事です。

> うちの界隈も停電が2日以上続きました。
> どうも、コンピュータ管理になったからかもしれませんが、インフラの復旧力は
> この10年で確実に落ちている気がします。

インフラもそうですが、いろんな面で、技術力が落ちているような気がします。
大手企業の品質偽装などもありますし、日本企業そのものの力が落ちているのでしょう。



 

(無題)

 投稿者:狸屋  投稿日:2018年10月 6日(土)11時56分19秒
返信・引用
  うちの界隈も停電が2日以上続きました。
どうも、コンピュータ管理になったからかもしれませんが、インフラの復旧力は
この10年で確実に落ちている気がします。
 

京成電鉄

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月 6日(土)04時51分22秒
返信・引用 編集済
  京成電鉄が、ほぼ丸一日、運休状態だった。こんなの前代未聞である。そのため、家にたどり着くまで、かなり大変だった。

台風による塩害のため・・・ってことだが、どうにも腑に落ちない。なぜ、京成だけ? 台風はこれまでにも何度も来たのに、今回はどうしてこんな悲惨なことになったのか?

ニュースでもやっていたが、成田空港までたどり着けなくなり、飛行機で帰国できなくなった外国人がたくさんいたようだ。毎日使っている日本人にとっても状況がよく分からないのだから、外国人が不審な気分になってしまうのは致し方ないところであろう。

台風による関西空港の閉鎖、北海道の地震による千歳空港の閉鎖、成田空港と東京を結ぶ主要路線の不通・・・・・
こんなニュースを見ていたら「日本の空港は危ない」「日本に旅行するのは非常に危険」と、海外の人々は思うことになると思う。しかも、どのケースにしても、単純に天災のため、というよりも、災害に対する備えの甘さという要素が加わった結果だと思う。

技術大国日本の威信はどこへいってしまったのか。

そして、今日も仕事であるが、今日はちゃんと動いてくれるのであろうか。


 

Re: HPに関して

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月 6日(土)04時42分51秒
返信・引用
  > No.5687[元記事へ]

狸屋さんへのお返事です。

> 仕事の関係上、HPの作り方を教えることがあります。
> 個人の調べごとや企業の案内をデータベース的に展観していくのはHPが有効ですが、
> 今のように、散発的・断片的に個々人の情報発信においては、即時性という視点からも
> SNSにシフトした感があります。
>
> ただ、HPを作成している企業は、RubyやJavascript・SQLを扱う必要があり
> webの外注や技量のある社員に任せることで対応しているようですが、個人で
> ドメインを取得し、セキュリティ管理までとなると難しいでしょうね。
>
>

その通りです。だから、全くやる気が出ないのです。

 

HPに関して

 投稿者:狸屋  投稿日:2018年10月 5日(金)19時52分58秒
返信・引用
  仕事の関係上、HPの作り方を教えることがあります。
個人の調べごとや企業の案内をデータベース的に展観していくのはHPが有効ですが、
今のように、散発的・断片的に個々人の情報発信においては、即時性という視点からも
SNSにシフトした感があります。

ただ、HPを作成している企業は、RubyやJavascript・SQLを扱う必要があり
webの外注や技量のある社員に任せることで対応しているようですが、個人で
ドメインを取得し、セキュリティ管理までとなると難しいでしょうね。

 

Re: サイトを移転致しました

 投稿者:ワタナベ  投稿日:2018年10月 5日(金)18時38分11秒
返信・引用
  余湖さんへのお返事です。

早速ご対応頂きありがとうございました。ウチのサイトはせいぜい数百ファイル程度なのでなんとかなりましたが、余湖さんのところはコンテンツ数が膨大なので大変そうですね(汗

これだけの情報量が失われるのは、まさにネット界の損失(!)だと思いますので、何かうまい方法が見つかることをお祈りしております。
 

Re: サイトを移転致しました

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月 5日(金)04時16分33秒
返信・引用
  > No.5684[元記事へ]

ワタナベさんへのお返事です。

ご無沙汰しております。連絡ありがとうございます。早速リンクを張り直しておきました。

おっしゃる通りですね。村上城に関して、貴サイトほど充実したコンテンツを持っているものは、世の中に存在しませんし、ジオシティの廃止のまま失われていたら、世間は貴重なサイトを失ってしまうところであったでしょう。

それにしても対応が早いですね。私の方はまだ何にも手を付けていません。・・・というか、なんか、作業をする気が起きてきません。だんだん面倒くさくなってきてしまいました。

それではまたです。

 

サイトを移転致しました

 投稿者:ワタナベ  投稿日:2018年10月 5日(金)00時06分58秒
返信・引用
  余湖さんこんばんは。相互リンクさせていただいております「ビジュアル再現 村上城」のワタナベです。

話題の「geocities」の終了に伴いまして(!)、弊サイトを新URLに移転致しました。つきましては大変お手数をおかけしますが、「リンク集」と「村上城」のページから貼っていただいていたリンクを、以下URLにご変更願えれば幸いです。

https://vr-murakamicastle.jp


体系的に情報を伝えるには、やはり伝統的なウェブサイトが一番だとワタシも思います。時代の流れとは思うのですが、ネット全般で情報の断片化がかえって進んでしまっているような印象を受けます。個人運営への負荷は今後も高まっていきそうですが、気力の続く限りなんとか続けていきたいと思っています。。。

https://vr-murakamicastle.jp

 

Re: 残念ですね

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月 3日(水)04時08分32秒
返信・引用
  > No.5682[元記事へ]

軍曹さんへのお返事です。

おっしゃる通り、個人ホームページはそのうちなくなってしまうんじゃないかと思ってしまいますね。

ツイッターやインスタがいくらはやっても、体系的な情報を得ようと思った時、そうしたSNSでは、情報を得にくいと思います。

「渋谷で宴会なう」とかいった個人的情報がネットであふれていますが、ゴミみたいなものが増えているだけのような気がしています。ただし、電車が事故で止まった時など、検索すると、現場の情報がアップされていたりして、功罪両方あるとは思いますが・・・・。

個人ホームページが、こんなに虐げられていいのだろうかと思っている昨今です。

私のページで掲載されている城館のうち、おそらく3000城ほどはジオシティを利用して作られています。それらのページを構築しなおすのにはいったいどのくらいの手間がかかることやら・・・・。

考えれば考えるほど、テンションは落ちて行ってしまいますね。



 

残念ですね

 投稿者:軍曹  投稿日:2018年10月 2日(火)12時11分31秒
返信・引用
  ジオシティーズの閉鎖、残念です。
僕はニフティですが、そのうち同じ道となるかも。

旅先で調べ事をするときにホームページは欠かせないですがね。
少数切り捨ての昨今の風潮には怒りすら感じます。
 

Re: 「Yahoo!ジオシティーズ」が2019年3月末でサービス終了

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月 2日(火)04時18分43秒
返信・引用
  > No.5680[元記事へ]

城と古戦場さんへのお返事です。

ご無沙汰しております。

ついに来たか、という感じですね。この手の無料サービスは次々と停止されつつあったので、いつかはこういう日が来るとは思っていましたが、とうとう来てしまいました。

私もジオシティで、7つほどのサーバーを使っているので、どうしようかなあ、と考えています。

おっしゃる通り、ホームページを運営している人間にとって「もはやこういうことをやっているのは時代遅れなのか」と思ってしまうことが多いですね。

しかし、情報を得ようと思ったら、ホームページを見るのが一番、便利だと思うのですが・・・・。

今後のホームページの運営をどうしようかなあ、と思ってしまう次第ですね。

 

「Yahoo!ジオシティーズ」が2019年3月末でサービス終了

 投稿者:城と古戦場  投稿日:2018年10月 1日(月)21時19分34秒
返信・引用
  ご無沙汰しています。

「Yahoo!ジオシティーズ」が2019年3月末でサービス終了とのことです。

うちのサイトも初期からヤフーさんのサーバーを使わせて貰っていました。
もう、他のサーバーに移行して、リンクを貼りなおして、、、という気力はありません。

ホームページというコンテンツは、もう時代遅れなのかな?
 

森城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年 9月24日(月)10時15分1秒
返信・引用 編集済
  これも舞鶴市のお城。

小規模な山城であるが、斜面に掘られた20本もの畝状竪堀が特徴的である。舞鶴の城には畝状竪堀が定番なのであろうか。

http://yogochan.my.coocan.jp/kyoto/maidurusi02.htm#mori


これで余湖図は5990城を越えた。次の遠征で目標の6000城を達成することはもはや間違いないところである。
 

宇谷城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年 9月24日(月)10時13分12秒
返信・引用 編集済
  京都府舞鶴市のお城。

3連郭の山城であり、これだけではどうっていうことのない城であるが、なんといっても必見なのは、斜面上に掘られた畝状竪堀!

京都の城郭の中では最大級の畝状竪堀である。

http://yogochan.my.coocan.jp/kyoto/maidurusi02.htm
 

入谷城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年 9月24日(月)09時39分44秒
返信・引用
  これも京丹後市のお城。

4重堀切があり、城塁も鋭いなど、見どころはあるのだが、何しろヤブがひどい。

ちゃんとした登城道はないが、東側の清水谷公園から登って行ける。

http://yogochan.my.coocan.jp/kyoto/kyoutangosi01.htm#iritani
 

今井城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年 9月24日(月)09時37分26秒
返信・引用
  これも京丹後市のお城。

国指定の史跡である。といっても国指定の史跡となっているのは古墳であり、古墳の発掘調査の際に堀切や櫓・柵の柱穴が検出されて、戦国期に城として使用されていたことが分かったらしい。

http://yogochan.my.coocan.jp/kyoto/kyoutangosi01.htm#imai
 

京極陣屋!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年 9月24日(月)09時36分13秒
返信・引用
  これも京丹後市のお城。

京極氏1万3千石の陣屋である。吉原山城の山麓にあるが、山城を廃して平地の居館として築いたものである。

http://yogochan.my.coocan.jp/kyoto/kyoutangosi01.htm#jinya
 

吉原山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年 9月24日(月)09時30分44秒
返信・引用
  これも京丹後市のお城。

丹後最大の山城というだけあって、規模も大きく遺構の鋭さも一級品である。

車で城内まで登って行けるというのもありがたいところである。

http://yogochan.my.coocan.jp/kyoto/kyoutangosi01.htm#yosiwara
 

大森城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年 9月24日(月)09時29分33秒
返信・引用
  京都府京丹後市のお城。

コンパクトながら現在でも非常に鋭い遺構が残されている。

二重堀切の規模も大きい。

http://yogochan.my.coocan.jp/kyoto/kyoutangosi01.htm
 

新庄城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年 9月24日(月)07時29分40秒
返信・引用
  これも福知山市のお城。

粟島神社の背後が城址である。

遺構規模が大きく、単なる豪族の居城ではなく、大きな軍事的緊張感の中で成立した城なのではないかと想像する。

http://yogochan.my.coocan.jp/kyoto/hukutiyamasi02.htm#sinjo
 

笹尾向段城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年 9月24日(月)07時28分29秒
返信・引用
  これも福知山市のお城。

円応寺の背後の山稜が城址である。

ヤブ化しているが、それなりに充実した遺構が見られる。特に2郭3郭の構造が特徴的である。

http://yogochan.my.coocan.jp/kyoto/hukutiyamasi02.htm#sasao

 

中村城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年 9月24日(月)07時26分55秒
返信・引用
  京都府福知山市のお城。

塩見氏の居城で、小規模ながら、堀切・横堀といった構造がしっかりとまとまっている。

神社があるので、簡単に登城できる。

http://yogochan.my.coocan.jp/kyoto/hukutiyamasi02.htm
 

嶋間城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年 9月24日(月)06時30分53秒
返信・引用
  これも綾部市のお城。

比高15mほどの、あまり要害性の高くない台地に築かれている。

地元の豪族であった大槻氏の居城であったと伝えられる。

http://yogochan.my.coocan.jp/kyoto/ayabesi01.htm#simama
 

有岡若宮城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年 9月24日(月)06時29分56秒
返信・引用
  京都府綾部市のお城。

前方後円墳の上に立てられた秋葉社を中心に展開する城郭で、いかにも陣城といった体のものである。規模は小さい。

北側斜面に畝城竪堀があるのが見どころと言える。

http://yogochan.my.coocan.jp/kyoto/ayabesi01.htm
 

井尻城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年 9月23日(日)22時40分22秒
返信・引用
  これも京丹波町のお城。

井尻地区には南北に3つの城が並行して存在している。

いずれも谷垣氏の城であったと思湧得るのだが、それぞれ異なった設計の城郭となっている。

http://yogochan.my.coocan.jp/kyoto/kyoutanbamati01.htm#ijiri
 

上野山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年 9月23日(日)22時39分10秒
返信・引用
  これも京丹波町のお城。

大円寺墓地の背後の山稜が城址である。

規模はそれほど大きくはないが、よく残っている。

http://yogochan.my.coocan.jp/kyoto/kyoutanbamati01.htm#ueno
 

須知城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年 9月23日(日)22時38分5秒
返信・引用
  京都府京丹波町のお城。

比高180mの山に築かれているが、登山道が整備されており、意外ときつくない。

この城の1郭の高石垣は見事である。とにかくこれを見るだけでも訪れる価値がある城である。

http://yogochan.my.coocan.jp/kyoto/kyoutanbamati01.htm
 

宍人城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年 9月23日(日)21時29分31秒
返信・引用
  これも南丹市のお城。

明智光秀の丹波侵攻の先導を務めた小畠氏の居城。そのため小畠氏は近世まで城を維持していたと考えられる。遺構的に見事な城郭である。

谷戸部を挟んで北側には独立性の高い出城が存在しているが、その正体は、明智勢、あるいは元和年間に園部城を築城している間、ここに入城していた小出氏のいずれかによるものだと思われる。

http://yogochan.my.coocan.jp/kyoto/nantansi.htm#sisiudo
 

大戸城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年 9月23日(日)21時27分24秒
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  これも南丹市のお城。

地元の豪族塩貝氏の居城であった。

それほど大規模ではないが、山稜は鋭く、攻めにくい城である。山麓の居館とセットになった山城である。

http://yogochan.my.coocan.jp/kyoto/nantansi.htm#ooto
 

八木城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年 9月23日(日)21時25分40秒
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  京都府南丹市のお城。

同名の城郭は兵庫にもあるが、こちらは丹波内藤氏の居城であった拠点城郭である。

拠点城郭だけに古い時代から史料によく表れてくる。もっとも有名な城主は、キリシタン大名であった内藤如安である。

http://yogochan.my.coocan.jp/kyoto/nantansi.htm
 

猪倉城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年 9月23日(日)19時24分12秒
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  これも亀岡市のお城。

比高30mほどだが、周囲に獣除けの柵が巡らされており、進入できる場所が限られている。

地元豪族の居城にしては、けっこう技巧的な城郭である。

http://yogochan.my.coocan.jp/kyoto/kameokasi02.htm#inokura
 

神尾山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年 9月23日(日)19時22分56秒
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  これも亀岡市のお城。

比高240mの高い山に築かれているのだが、かなり上の方まで車で行けるのがうれしい。

大規模な山城で、その時代時代で有力者によって使用されてきた城郭である。

http://yogochan.my.coocan.jp/kyoto/kameokasi02.htm#kamio
 

笑路城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年 9月23日(日)19時21分19秒
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  京都府亀岡市のお城。

3期にわたって改修され、石垣造りの櫓台を備えた織豊期の城郭と言われる。

しかし、現状では櫓台はほとんど崩壊してしまっており、原形をとどめていない。

http://yogochan.my.coocan.jp/kyoto/kameokasi02.htm
 

物集女城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年 9月23日(日)11時28分9秒
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  京都府向日市のお城。

宅地開発が進む地域になりながら、奇跡的に現在も水堀を残している。

物集女氏の居城であった。

http://yogochan.my.coocan.jp/kyoto/mukousi01.htm
 

船岡山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年 9月23日(日)11時00分8秒
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  京都市北区のお城。

応仁の乱の際の西軍の本陣となったことでよく知られているが、現在は公園化のため、遺構的には分かりにくい城である。

西軍の陣地が置かれたため、この辺り一帯を現在でも西陣と呼んでいる。

http://yogochan.my.coocan.jp/kyoto/kyotokitaku.htm
 

御土居!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年 9月23日(日)10時38分54秒
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  京都市の城郭遺構。

かつて秀吉が、洛中全体を土塁で囲むという大工事を行ったが、その名残が何カ所か残っている。

今回8カ所の残存遺構を見ることができた。

http://yogochan.my.coocan.jp/kyoto/kyotoodoi.htm
 

勝軍山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年 9月23日(日)09時47分51秒
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  京都市のお城。

歴史にも何度も登場し、大規模な遺構を残している山城である。一度は訪れるべき山城!

中腹に狸谷山不動尊があるため、けっこう上の方まで車で行けるのもうれしい。

http://yogochan.my.coocan.jp/kyoto/kyotosisakyouku.htm
 

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