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初めまして

 投稿者:糸賀  投稿日:2019年 4月21日(日)15時43分35秒
返信・引用
  余湖さんのページには日頃よりお世話になっておりましたが、1度もご挨拶していなかったものでカキコミさせて頂きました
鳥瞰図の見易さ、考察等も興味深く、探索のお供として重宝しております
ありがとう御座います♪
m(_ _)m

水戸在住のまだまだ初心者ではありますが、仕事先の現場のついでにチョイチョイと時間があれば立ち寄ったりしています
先日も久米城一式歩いてきましたが、下刈りされて見学し易くなっていたのですね☆
主城主郭周囲の堀切や枡形的な空間等、気付けなかったところまで拝見出来ました♪
各主郭に佐竹の旗まで立っていたのも粋な計らい
城趾保存に向けての皆様の想い、シッカリ感じ取ることが出来ました☆

余湖さんのページ、これからもお世話になるかと思います ‥どーぞご無理のない程度に頑張って下さいませ

 
 

Re: お久しぶりです。

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 4月18日(木)04時26分36秒
返信・引用 編集済
  > No.6003[元記事へ]

よっちゃんさんへのお返事です。

ご無沙汰しています。まだまだホームページ、やっております。
このページももう23年も続けていますので、内容量はかなり膨大なものになっています。
よくもまあ続けてきたものだとも思います。城関係のホームページの中ではかなり老舗になっていると思いますし、始めた頃に存在していたホームページで、現在も更新されているものの数は、だいぶ減ってしまったなあとも感じています。

昨今、個人でホームページを運営するのはだんだん難しくなっており、このページもいつまで続けられるものなのか分かりませんが、もう少しは続けてみたいと思っております。

よっちゃんさんも、身体を大事にしながら、お城巡りを続けてください。


 

お久しぶりです。

 投稿者:よっちゃん  投稿日:2019年 4月17日(水)13時53分0秒
返信・引用
  大昔(^^;;
頻繁に余湖殿の当HPに訪問していた、お城大好きなよっちゃんです。
まだ、余湖殿が元気にHPを運営している事にビックリです。
当方は、腰の手術をして歩けるのですが!
昔の様に、古城の藪を行軍する自信が無くなりもっぱら、車のみの移動です。
これからも、頑張ってください。
 

Re: 『歴史人5月号』戦国の山城大全発売中!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 4月16日(火)04時43分54秒
返信・引用 編集済
  > No.6001[元記事へ]

ワタナベさんへのお返事です。

ご無沙汰しております。村上城に関しては、ワタナベさんのものの方がはるかに素晴らしいものだと思うのですが、なぜか私の描いたものを使ってくれました。

私の図も、今一歩のものが多いので、時間が取れれば、少しずつ描き直してみたいと思っています。

それではまたです。



 

Re: 『歴史人5月号』戦国の山城大全発売中!

 投稿者:ワタナベ  投稿日:2019年 4月15日(月)23時32分58秒
返信・引用
  何気なく書店で手に取ったところ、見覚えのあるイラストが!! やはり余湖さんでしたね♪ 

https://vr-murakamicastle.jp

 

Re: 道灌堀

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 4月14日(日)06時12分2秒
返信・引用
  > No.5999[元記事へ]

今村紀伊守さんへのお返事です。

太田道灌時代の江戸城の正確な形は分かっていないのですが、地形や規模から想像するに、おっしゃるように現在の本丸程度が城域であったのではなかったかと想定するのが自然だと思います。道灌堀の辺りまでが城域だとすると、当時の城としては規模が大きすぎると考えます。

おそらく道灌堀は徳川家によって掘られたものなのではないでしょうか。太田道灌の名前は当時すでにビッグネームですから、後から造られたものにその名前を冠することもあったと思います。

道灌堀は、徳川家が江戸城を拡張していく過程でできたもの、と言うように考えています。石垣を用いていないことから、徳川家の工事の中では比較的初期の段階のものなのではないでしょうか。もっとも、あくまでも想像にすぎませんが・・・・。
 

道灌堀

 投稿者:今村紀伊守  投稿日:2019年 4月13日(土)11時07分39秒
返信・引用
  先日、皇居乾通り一般公開に行ってきました。坂下門から乾門までほぼ真っ直ぐ北上するルートです。右手に蓮池堀(南下する川の跡のようです)越しに東御苑を見上げて歩くことになります。途中左手に道灌堀の一部が見えてきます。そこでふと不思議におもったことがあります。太田道灌時代の江戸城は、比高が高い東御苑(田安台地の南端)のみだと思うのですが、より比高の低い紅葉山(麹町台地の東端)を囲むように「道灌堀」があるのでしょうか?  

『歴史人5月号』戦国の山城大全発売中!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 4月 9日(火)04時33分19秒
返信・引用 編集済
  だいぶ奥の方に埋もれてしまったので再掲させていただきます。

歴史人5月号「戦国の山城大全」が発売されました。
私も鳥瞰図を20城ほど提供しています。

KKベストセラーズより、800円で出ています。
よろしかったら書店でお手に取ってみてください。


鳥瞰図もストックがだいぶ溜まってきているので(なにしろ6000城もあるから)、この本で取り上げている158城くらいなら、すべて提供出来ちゃいます。
 

津辺城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 4月 9日(火)04時09分22秒
返信・引用
  千葉県山武市のお城。
遺構はすばらしいが歴史の分からない謎の城郭と呼ばれていた。
先日、遠山さんから、この城の歴史について、新たに分かったことを教えていただいたので、その情報を追加しておいた。

元亀3年に、この地域に侵攻してきた里見勢に対して、井田氏が築いた城郭であったようだ。

http://mizuki.my.coocan.jp/yogokun/tubenr.htm
 

Re: 田野辺城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 4月 9日(火)04時07分13秒
返信・引用 編集済
  > No.5995[元記事へ]

Pさんへのお返事です。

見学会、お疲れさまでした。たくさんの人が参加してくださり、林城が地元で愛されている様子がよく分かりました。Pさんや5stormさんの案内や解説もすばらしく、みなさん、充実した時間を過ごせたことと思います。

> 田野辺城について、小さいながらも立派な土塁を持つ良い城だと感じます。南の深い谷津を囲むように対岸にも土塁が続くので(田野辺新堀堀切(仮称)のことです)、実際は塚原城と同程度のかなり大きい城だったかもしれません。
> 林氏家臣として、同族の沼尾氏・塚原氏・田野辺氏(田辺氏)がいたらしいです。

なるほど、対岸にも遺構が続くとなると、かなり大規模かつ特徴的な構造の城館であったようですね。

沼尾氏・塚尾氏・田野辺氏らがいたという伝承も知りませんでした。本文に追加させていただきたいと思います。

それではまたです。
 

Re: 田野辺城!

 投稿者:  投稿日:2019年 4月 8日(月)23時31分42秒
返信・引用
  > No.5994[元記事へ]

余湖さんへのお返事です。

お世話になっております。

先日はお疲れさまでした。
他のみなさんと共にサポートいただき、おかげさまで無事に終了することができました。
この場を借りて、改めてお礼申し上げます。

ありがとうございました。


田野辺城について、小さいながらも立派な土塁を持つ良い城だと感じます。南の深い谷津を囲むように対岸にも土塁が続くので(田野辺新堀堀切(仮称)のことです)、実際は塚原城と同程度のかなり大きい城だったかもしれません。
林氏家臣として、同族の沼尾氏・塚原氏・田野辺氏(田辺氏)がいたらしいです。
 

田野辺城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 4月 8日(月)04時37分52秒
返信・引用
  茨城県鹿嶋市のお城。

高橋さんが発見したものである。林外城のある台地の縁部分にある。林城の見学会の最中、ちょっと抜け出して確認してきた。

高橋さんも言うように、林外城の一部と言うよりは、独立した城館であったと思われるものである。林外城が築かれる以前から存在した在地系の城館であったのではないだろうか。

遺構はそれなりにしっかりとしているのだが、ここに到達するまでの倒竹地獄がひどかった。これじゃ、人に知られない埋もれた城になってしまうはずだ。

http://otakeya.in.coocan.jp/info02/hayasituga.htm#tanobe
 

Re: 林城見学会!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 4月 8日(月)04時34分55秒
返信・引用
  > No.5992[元記事へ]

備前守長政さんへのお返事です。

ご無沙汰しております。私もお目にかかりかったです。

笑路城は、織豊期の石垣を期待して登ってみたのですが、肝心の石垣部分はほとんど崩れてしまっているので、あまりよく分かりませんでした。

同じ京都では須知城の方がよほど見どころがあったという記憶があります。

それではまた、どこかでお目にかかりましょう。

 

Re: 林城見学会!

 投稿者:備前守長政  投稿日:2019年 4月 7日(日)19時53分20秒
返信・引用
  林城中々見易くなっていたみたいですね。行けなくて残念でした。余湖さんにもお目にかかりたかった。

私は、丹波(笑路城、法貴山城、神尾山城)と南近江(鳥居平城、布施山城、星が崎城)の城を見に行き、今戻る所です。決算で明日出社しないと行けないので、名古屋の実家には寄らず、普段は使わない新幹線、久しぶりに乗りました。

笑路城は、城郭大系の記事からいつかは見たいと思っており、漸く念願叶った次第。
鳥居平城はあの界隈、何度も行ったのですが、いつも時間切れで、今回は朝一番に見に行きました。中々見応えある城でした。

 

林城見学会!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 4月 7日(日)19時03分14秒
返信・引用 編集済
  本日、鹿嶋市の林城シンポジウム及び見学会に参加してきました。
見学会の様子を林城のページに追加しましたので紹介します。

http://otakeya.in.coocan.jp/info02/hayasituga.htm

それにしても、外城も中城もきれいに整備されており、見違えるようであった。林城保存協力隊のみなさん、ありがとうございます!

天気も良く、あちこちに桜も満開で、城址見学には最高の一日でした。

 

Re: 篠の城

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 4月 7日(日)18時59分48秒
返信・引用 編集済
  > No.5989[元記事へ]

横尾さんへのお返事です。

> 篠の城は長野県長野市篠ノ井岡田にあります。数年ぶりに登ってきましたが、またまた西城(私が勝手に名づけました。)を見つけました。一応長野市教育委員会に連絡しておりますが、まったく音沙汰なしです。
> 1枚目、宮坂氏の縄張り図にある西南の大堀切です。
> 2枚目 宮坂氏は畑が連なる丘に見えて、城と考えておらないようですが、私は中城とし、西には土橋の虎口があります。
> 3枚目 西山の中腹に土塁があり、この先に大きな曲輪や土塁で囲んだ曲輪があります。

また遺構発見ですか。御苦労様でした。
 

篠の城

 投稿者:横尾  投稿日:2019年 4月 6日(土)20時34分0秒
返信・引用
  篠の城は長野県長野市篠ノ井岡田にあります。数年ぶりに登ってきましたが、またまた西城(私が勝手に名づけました。)を見つけました。一応長野市教育委員会に連絡しておりますが、まったく音沙汰なしです。
1枚目、宮坂氏の縄張り図にある西南の大堀切です。
2枚目 宮坂氏は畑が連なる丘に見えて、城と考えておらないようですが、私は中城とし、西には土橋の虎口があります。
3枚目 西山の中腹に土塁があり、この先に大きな曲輪や土塁で囲んだ曲輪があります。

http://yamasiro749.blog.fc2.com/

 

歴史人5月号発売!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 4月 6日(土)12時30分39秒
返信・引用 編集済
  歴史人5月号「戦国の山城大全」が発売されました。
私も鳥瞰図を20城ほど提供しています。

KKベストセラーズより、800円で出ています。
よろしかったら書店でお手に取ってみてください。


鳥瞰図もストックがだいぶ溜まってきているので(なにしろ6000城もあるから)、この本で取り上げている158城くらいなら、すぐに提供出来ちゃいます。
 

Re: イワウチワの絨毯

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 4月 5日(金)04時26分54秒
返信・引用
  > No.5986[元記事へ]

D山岳会 Mさんへのお返事です。

なるほど、こんな感じでしたか。
これが堀切の斜面に咲いていたら、かなりの見ごたえがありそうですね。
 

イワウチワの絨毯

 投稿者:D山岳会 M  投稿日:2019年 4月 4日(木)16時28分38秒
返信・引用
  余湖さん、こんにちは。
紛らわしいことをいって申し訳ありません。

ここは小舟城ではありませんがこんな感じです。
http://blog-imgs-15.fc2.com/n/a/s/nasu240/DSC01640s.jpg
 

Re: 小舟城のイワウチワ

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 4月 4日(木)04時40分53秒
返信・引用
  > No.5984[元記事へ]

D山岳会 Mさんへのお返事です。

> 余湖さん、おはようございます。
>
> ヤブと格闘している皆様に朗報です。
> 二重堀切を埋め尽くすイワウチワの絨毯などいかがでしょうか?。
> http://www7b.biglobe.ne.jp/~daigosangakukai/GPSmap/gsimap2.htm?
lat=36.626490&lon=140.290643&zoom=16&url=ibaraki/kofunejo_i.kml


二重堀切を埋め尽くすイワウチワの絨毯の画像を探してみたのですが、分かりませんでした。

 

小舟城のイワウチワ

 投稿者:D山岳会 M  投稿日:2019年 4月 2日(火)10時02分41秒
返信・引用
  余湖さん、おはようございます。

ヤブと格闘している皆様に朗報です。
二重堀切を埋め尽くすイワウチワの絨毯などいかがでしょうか?。
http://www7b.biglobe.ne.jp/~daigosangakukai/GPSmap/gsimap2.htm?lat=36.626490&lon=140.290643&zoom=16&url=ibaraki/kofunejo_i.kml

http://www7b.biglobe.ne.jp/~daigosangakukai/index.html

 

林城見学会

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月29日(金)17時08分26秒
返信・引用 編集済
  だいぶ後の記事に埋もれてしまったので、再掲します。私もこれに参加しようと思っています。


タイトル 林城整備事業7年 記念講演会&遺跡見学会
日  時 4月7日(日) 午前9時から午後4時まで(9時開場)
     午前中・・・講演会
     午後・・・・林城見学会
     *午前中、あるいは午後のみの参加も可能です。

場  所 鹿島ハイツ(鹿島市田野辺659)

テーマ  林氏の歴史と林中城・林外城・林宿の構造

講演会
① 「中世城郭と宿」       遠山成一
② 「資料にみる林氏と南方33館」中根正人
③ 講評・質疑応答 高橋修(茨城大学人文社会科学部教授)ほか

見学会 解説・案内 茨城城郭研究会 高橋宏和ほか
    費用(保険代・昼食代) 1000円・・・昼食持参の方は必要ありません。

申し込み先  林城保存協力隊(午前中の講演会のみ参加の方は申し込み不要です)
    丸山さん ?090-7180-1457(昼食を申し込む方)
 

山田城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月29日(金)06時03分42秒
返信・引用
  これも伊那市(旧高遠町)のお城。

山田城という名称の城は全国各地にあるが、これは高遠城の南側にあり、高遠城の出城として機能していた山城であったと思われる。

西側からしっかりとした登山道があるらしいが、それを知らずに、北側から登って行った。
途中に獣除けの柵があるため、入口を探すのにちょっと苦労した。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/takatoomati02.htm#yamada
 

栗木田城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月29日(金)05時50分17秒
返信・引用
  これも伊那市(高遠町)のお城。

藤沢城に続く杖突街道沿いにある。

無名の城であまり期待もしていなかったのだが、意外にしっかりとした城郭であった。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/takatoomati02.htm#kurikida
 

藤沢城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月29日(金)05時39分30秒
返信・引用
  伊那市(旧高遠町)のお城。

ここには訪れる予定ではなかったが、帰路に木かにも山城らしい山容が見え、道路脇に「←藤沢城跡」というしっかりとした案内板が設置されていたので、ついでに立ち寄ってみた。

小規模ながらもきちんと造作された山城である。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/takatoomati02.htm
 

大北城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月29日(金)05時22分13秒
返信・引用
  これも駒ケ根市のお城。

ねずみ川に臨む微高地上に築かれた城館で、周囲にはしっかりとした土塁が巡らされており、遺構はほぼ完存状態である。

上穂氏の初期の居館であったと推定されているところである。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/komaganesi03.htm#ookita
 

中村城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月28日(木)21時57分43秒
返信・引用
  これも駒ケ根市のお城。

中沢地区のあまり民家のない辺りだが、城址の周囲だけに民家が密集している。

かつての城下集住性がそのまま現在にも維持されているという点で、珍しい城郭である。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/komaganesi02.htm#nakamura
 

菅沼城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月28日(木)21時56分18秒
返信・引用
  これも駒ケ根市のお城。

かなり高い台地の縁部という要害地形に位置しているために、場所を探すのに苦労した。

1郭の東側には巨大な二重堀切が形成されているのが見どころである。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/komaganesi02.htm#suganuma
 

高見城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月28日(木)21時55分14秒
返信・引用
  これも駒ケ根市のお城。

高見氏の本拠地で結構規模の大きな城であったようだが、宅地化で旧状はかなり破壊されてしまっている。

それでもところどころにそれらしい遺構を見ることができる。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/komaganesi02.htm#takami
 

原城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月28日(木)20時36分54秒
返信・引用
  これも駒ケ根市のお城。

単純な構造ながら、城としては明瞭な遺構である。
気になっているのは、城址の木がすべて切り払われているということである。
おそらくこれから破壊されてしまうのではないだろうか。
綺麗な状態の城址をみるならば、今がチャンスである。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/komaganesi01.htm#hara
 

高田城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月28日(木)20時35分32秒
返信・引用
  これも駒ケ根市のお城。

高田郷にある高田城なので、有力豪族であった高田氏の居城かと思ったのだが、それは確実ではないらしい。

城内の城址碑にはただ「古城址」とのみ刻まれている。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/komaganesi01.htm#takada
 

城村古城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月28日(木)20時34分7秒
返信・引用
  これも駒ケ根市のお城。

古城という名称から、城村城が築かれる以前の古い城館であったと目される。
単郭で単純な構造ながら、周囲の土手はいかにも城塁らしい。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/komaganesi01.htm#kojou
 

城村城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月28日(木)20時32分50秒
返信・引用
  長野県駒ケ根市のお城。

2郭構造の単純な形態の城ながら、天王川に臨む断崖は要害地形であり、いかにも城郭らしい雰囲気を残している。

2郭が削られてしまっているのが残念!

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/komaganesi01.htm#joumura
 

表木城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月28日(木)19時15分42秒
返信・引用
  これも伊那市のお城。

遺構は非常に見どころのある規模のものなのだが、ヤブがひどい。この時期でもヤブなのだから、夏場だったら、全く入って行くことができないであろう。

城の一部を線路が削っており、ちょうど電車が通過していた。

ところで、道路脇の空き地に車を停める際に、バンパー下部の保護材に当たってちぎれてしまった。
いまさら、傷ついても気にしないのであるが、ここで車を停める人は気を付けた方がよい。

城めぐりに使っているため、私の車は満身創痍である。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/inasi03.htm#omotegi
 

フブキ垣外城・薬師堂城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月28日(木)19時13分4秒
返信・引用
  これも伊那市のお城。

村岡城・荒城のある台地のすぐ南側に隣接する台地上にある。やはり小出城ネットワークに所属する城郭であったと思われる。
この周辺にはかなりの数の城郭がある密集地帯で、小出氏が城郭ネットワークを重視していた様子がうかがえる。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/inasi03.htm#hubuki
 

村岡城・荒城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月28日(木)19時11分22秒
返信・引用
  安房国さんへのお返事です。

信州の城をけっこう回ってきたので、現在更新中です。城を回った後に鳥瞰図を描いたりホームページの記事を作成するのがなかなか大変です。

さて、これは長野県伊那市のお城。
台地縁部に2つの城が配置されている。いずれも小出城から近く、小出城ネットワークに位置づけられる城郭である。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/inasi03.htm#muraoka
 

Re: 花房陣屋について

 投稿者:安房国  投稿日:2019年 3月28日(木)18時21分11秒
返信・引用
  > No.5955[元記事へ]

右兵衛佐さんへのお返事です。

情報ありがとうございます。何もないとはいえ近くなので見に行ってみます。

グーグルマップの陣屋跡の件ですが、郷土資料館に昭和38年に撮影した鴨川市の
大きな航空写真があるんです。そこに100以上に及ぶ鴨川市埋蔵文化財のエリアが
赤く表示されていました。
花房陣屋跡もそこに表示されていたのですが、米倉稲荷神社あたりから おどや
にかけてのかなり大きいエリアでした。とすると、グーグルマップの花房陣屋跡
の範囲に入ってしまい、あながち間違いではないかもしれません。

考えてみれば、維新後1000人以上の藩士が移り住んだのだから
点で示せるような範囲に住めるわけはないですね。

余湖さん、相変わらず精力的に活動されてますね。(笑)
凄いの一言です。
 

守屋山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月28日(木)16時04分4秒
返信・引用
  これも伊那市のお城。

蟻塚城の背後の山稜に築かれており、詰の城として期待されていた山城であったろう。
登城道には案内がしっかりと出ている。

遺構規模はそれほど大きくはないが、しっかりと普請されていて歩きやすい。
こちらもおすすめの山城である。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/inasi02.htm#moriya
 

野口城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月28日(木)16時02分28秒
返信・引用
  長野県伊那市のお城。

あまり知られてないが、遺構はしっかりとしており、あちこちの案内表示もしっかりとしていて、ヤブも少ない。お勧めの山城である。

上の方まで車で行くことも可能なようである。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/inasi02.htm
 

下の城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月28日(木)13時55分13秒
返信・引用
  長野県宮田村のお城。

北の城は、城址公園となっているためよく知られているのだが、すぐ近くに下の城というのがあるなんてことは知らなかった。

やはり土塁で囲まれた陣城的な雰囲気のある城郭である。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/miyatamura02.htm
 

倉田城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月28日(木)12時57分28秒
返信・引用
  これも南箕輪村のお城。

なんとも不思議な城である。台地縁部には大規模な堀がいくつも残されているというのに、台地上には遺構らしきものは何もない。
いったいどのような城であったものか? 幻の城と言いたくなるような城である。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/minamiminowamura01.htm#kurata
 

棚木城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月28日(木)12時52分56秒
返信・引用
  長野県南箕輪村のお城。

台地上を堀切によって数郭に区画した連郭式の城郭である。
堀切などだいぶ改変が進んでいるが、南端部分に城址標柱が立てられている。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/minamiminowamura01.htm
 

大出城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月28日(木)10時23分59秒
返信・引用
  これも箕輪町のお城。

城址標柱や案内板などもしっかりしているが、規模は小さく、砦程度のものである。
伊那衆の一人であった大出氏の居城であったとはとても思われない。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/minowamati03.htm
 

松島城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月28日(木)09時21分30秒
返信・引用
  これも箕輪町のお城。

蓑輪町役場になっているので場所は分かりやすい。そのため遺構もだいぶ破壊されているが、一部に堀跡が見られる。

城址には案内板や松島氏の墓所などもあり、地元では城として認識されている。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/minowamati02.htm#matusima
 

荒城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月28日(木)09時17分29秒
返信・引用
  これも箕輪町のお城。

台地内部に堀が一本残されているだけだが、台地は鋭い土手になっており、城址らしい雰囲気はある。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/minowamati02.htm#arajou
 

上の平城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月28日(木)09時16分12秒
返信・引用
  これも箕輪町のお城。

この街にこんなに見事な城郭があるとは知らなかった!
歴史については不明なことが多いが、実に大規模で遺構も見ごたえがある。戦国期の拠点城郭である。

よく整備されていて、ヤブがまったくないのもうれしいポイントである。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/minowamati02.htm#uenotaira
 

城ヶ峰城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月28日(木)09時14分42秒
返信・引用
  長野県箕輪町のお城。

歴史的にはよく分からないが、主郭背後に巨大な三重堀切を有している。
山麓近くからおびただしい数の帯曲輪が造成されており、規模のわりには工事に多大な時間をかけて築城された山城である。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/minowamati02.htm
 

王城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月28日(木)06時30分36秒
返信・引用
  長野県辰野町のお城。

比高280mもの高所にあるが、車で上まで行けるので楽ちんである。
駐車場に着くと、すぐ目の前に城郭らしい城塁が見えてくる。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/tatunomati02.htm
 

花房陣屋について

 投稿者:右兵衛佐  投稿日:2019年 3月28日(木)00時49分2秒
返信・引用
  話に割って入ってしまいすいません。先日、花房城に行ってきたので、現状について紹介させて頂きたいと思います。
花房城とされる場所は、鴨川富士の東側山麓、待崎川に突き出た台地上にあります。川を天然の堀にしようとしたようです。それなりの要害地に立地しています。
そして肝心の遺構ですが、私が見た限りでは特に何もありませんでした。あたり一帯は耕作地となっており、かなり改変されているようです。といっても、築城途中ということらしいので、元々何もなかったかもしれません。
田んぼの土手が城塁に見える程度でした。
以上が現状報告です。あまり参考にならないかもしれませんが、少しでもお役に立てれば幸いです。
 

Re: 花房陣屋について

 投稿者:安房国  投稿日:2019年 3月27日(水)00時03分22秒
返信・引用
  > No.5944[元記事へ]

香音さんへのお返事です。

お久しぶりです。2月に学芸員の高橋さんに聞く機会があってグーグルマップの
ことを聞いてみました。グーグルマップの「花房藩陣屋跡」の位置が間違いだそうです。
京葉銀行裏あたりの「前原陣屋跡」が維新後、遠江横須賀藩(静岡県掛川市)から
移封された西尾家の花房藩借陣屋跡のようです。
前原陣屋というのは、西尾家がくる以前に埼玉の岩槻藩がもっていた安房国内の
領地を取り締まるための出張所だった場所のようです。幕末期、長狭郡には9村の領地が
あり、そのうち8村を維新後、花房藩に編入しています。花房藩も廃藩置県により明治4年には
花房県、木更津県を経て千葉県に編入されてしまいます。
しかし、廃藩になる約2年の間に、花房城を作ろうとした記録があるそうです。その場所は
八色の方みたいです。詳しくはこちらを参照してください。
http://www.echiba.org/pdf/kiyo/kiyo_028.pdf#page=100
地元の事なのに調べるといろいろ知らないことばかりです。
 

長岩城 補足

 投稿者:備前守長政  投稿日:2019年 3月26日(火)07時25分35秒
返信・引用 編集済
  これから行かれる方のため、もう少しだけ長岩城陣屋背後の石造物について補足させて下さい。

石積櫓へ行く梯子は二つとも、2019年3月22日現在、健在です(途中相撲取りでも登ったのでしょうか、凹んだところがありますが、登り降りに支障ありませんでした)。
長い方は降りるとき若干恐いですが、梯子脇にポールがあるので、それを掴みながら体を反転させれば、スムーズに降りられました。

弓形砲座は、他の方のブログ等にもある通り、石積櫓方面からは「キケン」とハッキリ標示されています。一見、慎重に行けば行けそうなのです。でも後で別ルートから現地に行ってわかったのですが、最後弓形砲座に降りる所が急崖で、ロッククライミングの経験者か、それなりの装備がないと降りられそうにありません。あの武蔵野の戸吹城同様、こちらからはアプローチしないことです。

他の方のブログや現地案内図でも、別ルートが推奨されていて、一旦下山し山裾を回り込むかたちで、弓形砲座への登り口に至ります。少し上に駐車スペースもあります。
ここの難所は、最後の岩肌登りです。左右急崖、特に右側は目も眩む千尋の谷。四つん這いで行きました。途中ロープがほつれたり、切れていたりしますので、当てに出来ません。
恐いのは降りる時で、この岩肌は殆ど尻餅をついた状態で降りました。

余湖さんなら、慣れているので問題ないと思いますが、雨天時やその直後は相当滑りそうなので止めた方が無難です。
それにしても、石積櫓は番所だと分かるのですが、弓形砲座はスペースがかなり狭く、一体なんのために作ったのでしょうね?不思議です。

尚、一応念のためロープを持っていったのですが、そこまで危なくはなかったように思います。 
 

Re: 九州北部の城

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月26日(火)04時01分29秒
返信・引用
  > No.5950[元記事へ]

備前守長政さんへのお返事です。

ついにLCCをお使いになられましたか。時期によっては九州や四国まで片道5000円程度でいけるので、なかなか重宝します。
第3ターミナルのフードコートは、いつも早便のお客さんで人があふれています。

日出城の隅櫓、いつ倒壊してもおかしくないほどの状態だったのですが、城内に復元されたようで、本当に良かったです。

長岩城もついに行かれたのですね。あそこの遺構はいろんな意味で圧倒されます。しかし、石積み櫓方面の尾根上は非常に危険なので、怖くなってしまいます。
私は弓型砲座まで到達できなかったのですが、最近のネット上の記事を見ると、下の方からわりと安全に行けるルートもありそうですね。機会があれば再チャレンジしてみたいです。

立花山城の城域の広大さには圧倒されます。私も全域はとても歩ききれませんでした。

先日、長野に出かけたのですが、交通費はLCCで九州に行く方が安く上がるんですよね。成田空港そばという地の利を生かして、私もまた九州に行ってみたいです。

それではまたです。
 

Re: 新城の可能性

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月26日(火)03時55分6秒
返信・引用
  > No.5949[元記事へ]

D山岳会 Mさんへのお返事です。

またまた、情報、ありがとうございます。
大子にまだまだ城館遺構が埋もれているのですね。
時間がとれれば確認しに行ってみたいと思います。

 

九州北部の城

 投稿者:備前守長政  投稿日:2019年 3月25日(月)19時02分46秒
返信・引用 編集済
  以前、余湖さんに教えてもらったLCCで大分県、福岡県に先週後半行ってきました。

行ったのは主に、日出城、角牟礼城、久留島陣屋、長岩城、城井谷城、立花城です。

日出城は昔、朽廃した鬼門櫓が修復、城内に再移築されたので、再訪しました。よくぞ倒壊廃材にされずに済んだものよ、と思いました。

角牟礼城は、本丸の普請が二の丸三の丸と差がありすぎ、まだ改修途上なのなでしょう。久留島陣屋は、偶々栖鳳楼が掃除か何かで開いていたので、中を見せていただきました。幸運でした。

長岩城は積年の望みが叶い感無量でした。谷と山の地形を活かした石塁の数々。感動しました。
例の反対の峰の石造物も、風雨がなく実見出来ました。登る時はそうでもなかったのですが、梯子を降りるとき、弓形砲座から岩肌を降りるときは流石に緊張しました。正直怖かったです。

立花山城は広い上に各峰の高低差が結構あるのでへばりました。三日目というのもあったと思います。結局飛行機の時間もあったので、一部見損ないました。これは次の機会に再訪します。

それにしても成田空港の第三ターミナル、場所的には、駅も駐車場もなく冷遇されていますが、飲食店も4時から開いていて、利便性は高いと思いました。これから九州地区の城、色々見に行けそうです。ただ、ホント狭かったぁ。2時間のフライトなので我慢出来ましたが、安いから仕方無いですね。

それではまた。


 

新城の可能性

 投稿者:D山岳会 M  投稿日:2019年 3月25日(月)14時16分58秒
返信・引用
  余湖さん、こんにちは。

大子町町付 or上郷に於いて、新たな遺構に気がつきましたので報告いたします。

http://www7b.biglobe.ne.jp/~daigosangakukai/GPSmap/gsimap2.htm?lat=36.837065&lon=140.356602&zoom=16&url=yamizo/sirasaka_i.kml

http://www7b.biglobe.ne.jp/~daigosangakukai/index.html

 

林城の見学会について

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月25日(月)04時05分10秒
返信・引用 編集済
  4月に茨城県鹿嶋市の林城の見学会が催されます。よろしかったらお出かけになってみてください。

タイトル 林城整備事業7年 記念講演会&遺跡見学会
日  時 4月7日(日) 午前9時から午後4時まで
     午前中・・・講演会
     午後・・・・林城見学会
場  所 鹿島ハイツ(鹿島市田野辺659)

テーマ  林氏の歴史と林中城・林外城・林宿の構造

講演会
① 「中世城郭と宿」       遠山成一
② 「資料にみる林氏と南方33館」中根正人
③ 講評・質疑応答 高橋修(茨城大学人文社会科学部教授)ほか

見学会 解説・案内 茨城城郭研究会 高橋宏和ほか
    費用(保険代・昼食代) 1000円・・・昼食持参の方は必要ありません。

申し込み先  林城保存協力隊(午前中の講演会のみ参加の方は申し込み不要です)
    丸山さん ?090-7180-1457(昼食を申し込む方)

 

Re: 花房陣屋について

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月25日(月)04時03分42秒
返信・引用
  > No.5944[元記事へ]

香音さんへのお返事です。

花房陣屋の情報、ありがとうございます。近世の陣屋は、おそらく諸藩の城以上の数が存在していたのではないかと思われますが、遺構がまったく分からなくなってしまっているものが多くて残念ですね。

やはり前原陣屋の情報は得られませんでしたか。前原陣屋についてはgooglemapの誤記載ではないかと想像しています。googlemapには意外とミスが多かったりするものと思っているのです。

それではまたです。

 

Re: 諏訪の城

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月25日(月)04時01分17秒
返信・引用
  > No.5943[元記事へ]

軍曹さんへのお返事です。

ご無沙汰しております。

諏訪の城はなかなか良かったです。特に干沢城と山吹城とは、城マニアにぜひ訪れてほしい山城でした。シーズン的なこともあるのでしょうが、どちらもヤブが少なく、遺構全体を見渡せることができたので気持ちがよかったです。

房総の方は近年ではあまり行くことがなくなっているのですが、なんとも懐かしいです。久留里城はもちろん、古久留里城も遺構がよく残されていますね。

房総の方にもまだまだ見どころのある城館があると思いますので、よろしければお出かけになってみてください。

 

Re: 尼崎城

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月25日(月)03時58分35秒
返信・引用
  > No.5942[元記事へ]

狸屋さんへのお返事です。

尼崎城天守の復元については、いろいろと意見があるようですが、これだけのものを建造するという決断そのものに意義があると思っています。

しかも個人の篤志でできあがるとは、まったくすごいことですね。

 

Re: 花房陣屋について

 投稿者:香音  投稿日:2019年 3月24日(日)14時31分26秒
返信・引用
  > No.5868[元記事へ]

余湖さんへのお返事です。


本日、鴨川郷土資料館の近くに買い物がありまして、ついでにと、花房陣屋について簡単に質問をしてきました。
歴史担当学芸員さんは不在でしたが、代わりの学芸員さん?の聞いている範囲では、
現在の「米倉稲荷神社」の建物がある(Google mapの記載でいう前原陣屋)
辺りが、埋蔵遺構として有力指定されている範囲ということを教えていただきました。

前原陣屋というのは聞いたことがないとのことでした。
市内には、埋蔵遺構とされている範囲が数多く存在するそうです。

また、詳しいお話が聞ける機会がありましたら、ご報告いたしますね!

> 香音さんへのお返事です。
>
> 千葉県内にも陣屋はかなりの数あったのですが、そのほとんどが埋もれてしまっており、地元でも認知されていない場合もけっこうあります。このように関心を抱いてくださる人がいるのは、とても喜ばしいことだと思います。
>
> おっしゃるように、地元の学芸員さんに聞くのが一番よく分かるかもしれません。餅は餅屋ってことですね。
>
> もし花房陣屋の旧態等、何かわかったことがありましたら、教えていただけるとありがたいです。基本的に形態が分かったものは鳥瞰図にすることにしていますので。
>
> 前原陣屋についてはまったく分かりませんね。私はgooglemapの誤記の可能性もあるのではないかと思っています。他地域でそういうケースもありますので。
>
> それではまたです。
>
 

諏訪の城

 投稿者:軍曹  投稿日:2019年 3月23日(土)20時47分14秒
返信・引用
  お久しぶりです。城郭図鑑の軍曹です。
諏訪の城が更新されたのを見て懐かしさを感じながら拝見しました。
ちょうど東日本震災前日から一泊で訪れましたが積雪のため計画倒れでした。
山吹小城は根性で訪れましたが大城は標柱だけ撮影して諦めています。
探訪記を拝見して干沢城も含めて久しぶりに行きたくなりました。

今年に入ってからは突如として南房総へ繰り返し訪れております。
館山まで行ってしまえばあとはそれより遠いところもないので。
稲村城、館山城、能満城なども良かったですが、
久留里城と久留里古城は訪れて本当に良かったと思いました。
余湖さんの図面を参考にしつつ廻りましたが見事な堀切の連続で興奮しましたね。
特に休日なのに訪れる人もいない久留里古城は久しぶりに感動を覚えました。
この趣味のおかげで同年代の人より足腰はあまり衰えがきていないようです。
それではまた。
 

尼崎城

 投稿者:狸屋  投稿日:2019年 3月22日(金)18時31分32秒
返信・引用
  40年ぐらい前尼崎港線が廃止になるという事で、ついでに見に行った時には
高校や小学校の敷地になっていて、二度と再建されることは無いと思ってました。
ここの多くの方はこの手の再建、まして本来あった場所とは異なるところに
出来るので違和感を持っておられると思います。

とはいえ阪神尼崎駅から見るとなかなか良い風景ですし、今月末の公開にあわせて
本拠地を兵庫城から尼崎城にしたのかを思いを馳せるのも良いのではないかと。
 

高木城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月21日(木)21時31分42秒
返信・引用 編集済
  これも下諏訪町のお城。

鉄塔の建てられている急峻な山稜に築かれている。
始め登り口が分からずに右往左往してしまったのだが、分かってみれば、これも車でけっこう上まで行けたのであった。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/simosuwamati01.htm#takagi
 

桜城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月21日(木)21時30分42秒
返信・引用
  これも下諏訪町のお城。

急峻な山稜上に築かれ、4重堀切や鋭い切岸が見られる。ここから諏訪湖方面の眺望もとても良い。
こちらもかなり上の方まで車で来ることができるのがうれしい!

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/simosuwamati01.htm#sakura
 

山吹小城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月21日(木)21時29分33秒
返信・引用
  これも下諏訪町のお城。

大城のかなり下方にある。清掃センターの脇から上がって行けばすぐに城内である。
一通りの遺構がそろっており、案内板も各所に立てられている。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/simosuwamati01.htm#kosiro
 

山吹大城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月21日(木)21時28分4秒
返信・引用 編集済
  これも下諏訪町のお城。

城郭加工度が素晴らしく、ヤブがなくて見通しもよい。どこから見ても見事な遺構を見ることのできるお勧め山城である。
しかも主郭背後まで車で行くことができ、車を降りて1分で城内に入れるというお気軽城郭である。
お勧めです!

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/simosuwamati01.htm#yamabuki
 

下の城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月21日(木)21時26分38秒
返信・引用
  これも下諏訪町のお城。

上の城に向かう途中にある。尾根を利用して築かれた城だが、土塁や堀切など一通りの意匠を備えている。
城塁の側面部を登城道が通るのみならず、城内の中央にも通路を通しているという珍しい構造も見られる。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/simosuwamati01.htm#simo
 

上の城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月21日(木)21時25分7秒
返信・引用
  長野県下諏訪町のお城。

下の城から上がって行った比高240mの高所にある。
山麓からいい山道が付けられているので、割合楽に登って行くことができる。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/simosuwamati01.htm
 

花岡城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月21日(木)21時23分49秒
返信・引用
  長野県岡谷市のお城。

諏訪湖に臨む独立台地に築かれており、全山公園となっていて訪れやすい。
ここから見る諏訪湖の景色はなかなか素晴らしい。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/okayasi01.htm
 

井森城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月21日(木)21時22分36秒
返信・引用 編集済
  これも諏訪市のお城。

井森城は主郭の周囲に何段もの帯曲輪を配置した城で、すぐ下に御天上と呼ばれる居館部を敷設している。

またすぐ南側に向かい合う餓鬼山には狼煙台があった。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/suwasi02.htm#imori
 

大熊城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月21日(木)21時21分8秒
返信・引用
  これも諏訪市のお城。
中央自動車道に一部削られてしまっているが、主郭周囲はそれなりによく残っている。
脇の斜面には福寿草がたくさん咲き乱れていた。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/suwasi02.htm#ookuma
 

武居城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月21日(木)21時17分35秒
返信・引用 編集済
  長野県諏訪市のお城。

諏訪大社のすぐ背後にあり、諏訪氏勢力の城郭の1つであった。
城内は森林公園となっており、延々切通しの通路を通って主郭に到達する。
1郭周囲は網で囲われていて案内板の所からしか入れないのに注意!

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/suwasi02.htm
 

干沢城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月21日(木)21時16分8秒
返信・引用
  これも茅野市のお城。

諏訪地域では最大の山城と言っていいだろう。
曲輪の規模も大きいが、それぞれの遺構も見ごたえがある。
主郭のすぐ背後まで車で来られるというのもうれしいポイント。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/tinosi03.htm#hizawa
 

齢松山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月21日(木)21時15分0秒
返信・引用
  これも茅野市のお城。
城山と呼ばれる山に築かれている。
さほど大規模ではないが、1郭周囲の堀切や切岸などはしっかりとしている。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/tinosi03.htm#reishouzan
 

鬼場城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月21日(木)21時14分2秒
返信・引用
  これも茅野市のお城。

山稜先端部に築かれているが、尾根基部まで車で来ることができ、ほとんど平行移動で城内に到達できるのがうれしい。
三重堀切がかなりの見ごたえである。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/tinosi03.htm
 

埴原田城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月21日(木)21時12分39秒
返信・引用
  これも茅野市のお城。
観音堂の上の山が城址である。
単純な構造ではあるが、段郭を何段にも配置した山城である。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/tinosi02.htm#haibara
 

朝倉山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月21日(木)21時11分23秒
返信・引用
  これも千野氏のお城。
あちこちに案内が出ており、登城口がしっかりしている。
遺構規模はそれほど大きなものではないのだが、城内にはヤブがなく遠くまで見通せるので、とても気持ちがいい。
散策していて楽しい山城であった。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/tinosi02.htm#asakura
 

湯川城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月21日(木)21時10分3秒
返信・引用 編集済
  長野県茅野市のお城。
武田信玄が築いた城で、丸馬出しを配した城。図面を見たら絶対行ってみたくなる。
しかし、肝心の丸馬出しは完全に消滅してしまっていた。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/tinosi02.htm
 

丸山狼煙台!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月21日(木)21時08分41秒
返信・引用
  これも富士見町のお城。
甲斐との国境にあるつつじが丘公園が城址である。
単純ではあるが、城址らしい雰囲気を残している。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/hujimimati01.htm#maruyama
 

先達城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月21日(木)21時07分38秒
返信・引用
  長野県富士見町のお城。
常昌寺が城址であり、一見、城址らしく見えないのだが、案内板や城址碑がしっかりと立てられている。
武田信虎が築いた陣城というから、かなり古いものである。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/hujimimati01.htm
 

Re: 五本松西城の北尾根

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月20日(水)03時56分43秒
返信・引用
  > No.5922[元記事へ]

横尾さんへのお返事です。

横尾さん、こんにちは。相変わらず活発なお城巡りをされていますね。
五本松城ですか、訪れてから時間が経っているので、細かいところは覚えていません。
私の鳥瞰図を見てみると、西側に西城というのを描いているのですが、これとは別のものなのでしょうか?
1枚目の写真を見ると、明らかに土塁のようなものが見えていますね。

 

五本松西城の北尾根

 投稿者:横尾  投稿日:2019年 3月18日(月)21時13分2秒
返信・引用
  五本松城の宮坂氏の縄張り図では、西城からの北尾根は描かれておりませんが、志賀城の麓にある雲興寺の付近(50m西の民家の間)から志賀川に架かる橋を渡り、農道を進むと土塁を設けたと思わせる平地があり、そこから北尾根を登って行くと、門跡があったり、腰曲輪があり、未発見の尾根かもしれません。
1枚目 農道の秋にある平地
2枚目 北尾根にある岩
3枚目 9合目にある曲輪

http://yamasiro749.blog.fc2.com/

 

Re: 二本松、岩代

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月13日(水)03時51分15秒
返信・引用 編集済
  > No.5920[元記事へ]

はなこさんへのお返事です。

宮森城ですか、懐かしいですねえ。3.11の前の数年間は、毎週のように福島の城を回っていたものです。宮森城もそれなりに整備されていて訪れやすいですね。

女性一人の城めぐりは何かと大変だと思いますので、お気を付けください。小浜城ならば、お勧めですね。

相馬の城も、もっと回ってみたかったのですが、3.11以後は、かなり厳しくなってしまいましたね。震災の少し前に、大熊町、浪江町、楢葉町といった原発周辺の城館を回っていたのですが、これらの地域の城を再び回れるようになる日は、いつになるのでしょうか・・・・。

それではまたです。


 

二本松、岩代

 投稿者:はなこ  投稿日:2019年 3月12日(火)21時41分31秒
返信・引用
  宮森城に興味があり、詳しく書かれていたので、びっくりしました。
でも、女性一人とわんこじゃ、ちょっと怖いですね。小浜城にしておこうかな。

by 福島県民より
相馬の城もいいですよ。。整備されてますが。。
 

Re: 新規開設について

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月 9日(土)03時52分24秒
返信・引用
  > No.5918[元記事へ]

横尾さんへのお返事です。

引っ越しですか、大変ですね。
このところ、個人向けのインターネットサービスが終了することが多く、私も何度も移転を余儀なくされています。
そのうち個人のホームページそのものが持てなくなるのではないかと感じているところです。
このページも、いつまで維持できるものかどうか・・・・。
いったいどうなってしまうんでしょうかねえ。

 

新規開設について

 投稿者:横尾  投稿日:2019年 3月 8日(金)23時03分8秒
返信・引用
  YAHOOブログが今年12月15日にサービス終了となり、またもや引っ越しせざるを得なくなりました。そこで下記のFC2での開設となりました。よろしくお願いします。

http://yamasiro749.blog.fc2.com/

 

Re: 有難うございました

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月 3日(日)07時43分3秒
返信・引用
  > No.5916[元記事へ]

引田克治さんへのお返事です。

昨日は歓迎していただき、ありがとうございました。みなさん、本当に熱心に聞いてくださってうれしかったです。
また、何かご協力できることがありましたら、お力になりたいと思っております。今後ともよろしくお願いいたします。


 

有難うございました

 投稿者:引田克治  投稿日:2019年 3月 3日(日)05時54分31秒
返信・引用
  昨日は忙しいなか常陸太田までおいでいただきありがとうございました。とても分かりやすい講演でした。機会があればまたぜひよろしくお願いします。  

Re: 駿府城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月 2日(土)05時35分6秒
返信・引用 編集済
  > No.5914[元記事へ]

狸屋さんへのお返事です。

今川館の遺構が出てきたら、それはそれで保存整備していく価値があるかなと思っています。

天正期の天守台をどうするかは悩ましい問題ですが、徳川時代の天守を復元しようという話が持ち上がらない限りは、現状維持といったところでしょうね。

 

Re: 駿府城!

 投稿者:狸屋  投稿日:2019年 2月28日(木)19時15分23秒
返信・引用
  > No.5913[元記事へ]

余湖さんへのお返事です。

さらにこののち今川居館の捜索・発掘を行うらしいです。

地元でも、天正期の天守台を残すのか(残すと後期家康期の天守台ができない)とか
今川氏居館が出てきたら、どうしましょうかという話が出ています。
 

Re: 駿府城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 2月25日(月)04時07分9秒
返信・引用
  > No.5912[元記事へ]

あんけんさんへのお返事です。

本丸の堀の中に入れたのですね。それはすごい! 上から見ても、かなり大きな石を配置していたので、間近で見たら、かなりの迫力だったでしょう。

今後整備がどのように進められていくのか分かりませんが、できれば天守台と堀を復元してほしいものだ、などと思っています。

八幡山城の上の土壇はやはり古墳でしたか。確かにいかにも円墳という印象でした。横穴には気が付きませんでした。

それではまたです。

 

Re: 駿府城!

 投稿者:あんけん  投稿日:2019年 2月24日(日)21時21分45秒
返信・引用 編集済
  > No.5900[元記事へ]

余湖さんへのお返事です。

書き込みと本編の記事を読み、昨年10月の見学会に行けませんでしたので昨日一年ぶりにと調べたら、なんと年度末の見学会の日で本丸堀の中に入れるとの事で行って参りました。

この一年は雨も少なく天守台北辺の根石よりも下部の調査が出来て、胴木の代わりに大きい石を配してて石垣面よりも張り出してる事(一枚目右奥)や、天守下門の絵図に合致する様に三重折れの枡形遺構が検出され石垣はもっと地下に続く事、昨年発見の天正天守跡から金箔瓦が330点も出た事などが説明されました。天守下門の木橋の遺構は見つかってないので、今後昨日公開した堀の底を掘り下げるそうです。

公開エリアの東端は枡形の多聞櫓が廻ってますがその下の算木積み下部に柱穴が見つかったり(二枚目調査員さんの左側)、そのすぐ内側に深さの無い井戸状の石組があったりしてましたが、現時点では詳細不明だそうです。

その後八幡山城も登りましたが、1曲輪の土壇は東向きの帆立貝形前方後円墳だそうです。余湖様の描かれた図の中央の神社本殿のある小さな平場(と言うか本殿の塀の内側)には横穴式石室も開口しています。

ついでに小島陣屋も行ってみたのですが、書院はお休みで閉まってました(三枚目)。驚いたのが余湖様の図のAの四角い段は大手枡形で、高石垣東側の段々が正規の登城路で、上がった所に薬医門と思われる建築が南向きに建っていた事が確認されてます。という事は表門の枡形は入口が有る事を隠す為に曲げていて、高石垣は内側の通路を隠すために積まれてたのかと思いました。
 

字名について(訂正)

 投稿者:大子山岳会 益子  投稿日:2019年 2月24日(日)09時04分37秒
返信・引用
  50storm様。
件の山の北側及び南側を歩いてみました。
北側にはお墓しかありませんでしたが、
南側には平場に「愛宕神社」が建っていました。
ここが1郭または2郭でしょうか?
北側は「川西」及び「中津原」ですが、
堀切の南側からこの神社付近にかけての字名は、
「大塩」小字は「小磯」です。

http://www7b.biglobe.ne.jp/~daigosangakukai/index.html

 

Re: 字名について(続報)

 投稿者:50storm  投稿日:2019年 2月23日(土)09時57分51秒
返信・引用
  益子さんへありがとうございます。
山根とは、城山下の根小屋の意味でしょう。
あの城は西側にテリトリーが広がるのかなと思いました。



大子山岳会 益子さんへのお返事です。

> 龍泰院の住職からの情報です。
> 大子町大字袋田字川西地区に小字名があります。
> 件の山と国道118号線に挟まれた細長い集落は
> 「山根」という小字名があるそうです。
>
> 茨城県は大字と番地のみで住所を表しているので、
> 小字まで調べるのは大変です。
> 隣の矢祭町では大字字小字と番地で住所が書いてあるので
> うらやましいです。
 

一関

 投稿者:肴の賢  投稿日:2019年 2月23日(土)08時05分33秒
返信・引用
  城とは呼ばれてないのですが、「唐梅館」も見に来て欲しいです。子供の頃、よく登りました。とても眺めが良くて、歴史の授業で秀吉軍がここ(お寺側)から火を着けたと説明されたの覚えてます。葛西氏、取り潰しの際の戦いだと聞いてます。  

字名について(続報)

 投稿者:大子山岳会 益子  投稿日:2019年 2月22日(金)09時05分9秒
返信・引用
  龍泰院の住職からの情報です。
大子町大字袋田字川西地区に小字名があります。
件の山と国道118号線に挟まれた細長い集落は
「山根」という小字名があるそうです。

茨城県は大字と番地のみで住所を表しているので、
小字まで調べるのは大変です。
隣の矢祭町では大字字小字と番地で住所が書いてあるので
うらやましいです。

http://www7b.biglobe.ne.jp/~daigosangakukai/index.html

 

字名について

 投稿者:大子山岳会 益子  投稿日:2019年 2月21日(木)13時36分51秒
返信・引用
  余湖さん、五十嵐さんこんにちは。
早速の調査ありがとうございました。
「城」だと聞いて、安心しました。

あの付近の大字は「袋田」です。
袋田三角点がある山を境に東側は「川西」西側は「中津原」の字名があります。
城名を楽しみにしています。

http://www7b.biglobe.ne.jp/~daigosangakukai/index.html

 

Re: 新城かも?

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 2月21日(木)04時04分12秒
返信・引用
  > No.5905[元記事へ]

50stormさんへのお返事です。

もう行ってきましたか。しかも城だったのですね。
あんな駅からすぐ近いところに未知の城があったとは実に意外です。
時間が取れたら、私も行ってみたいところです。


 

Re: 新城かも?

 投稿者:50storm  投稿日:2019年 2月20日(水)14時17分11秒
返信・引用
  余湖さんへのお返事です。
益子さん余湖さん。情報提供の場所行ってきました。

城で間違いないと思います。

字名を教えてください。

> 大子山岳会 益子さんへのお返事です。
>
> 情報、ありがとうございます。遺構があるとなれば、城郭の可能性があるので、行ってみたいところです。
> 袋田駅の真ん前の山なんですね。
> なかなか茨城の方に調査に行ける時間が取れないのですが、時間があったら、現地に訪れてみたいと思います。
>
> それではまたです。
>
>
 

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