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城ヶ峰城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月28日(木)09時14分42秒
返信・引用
  長野県箕輪町のお城。

歴史的にはよく分からないが、主郭背後に巨大な三重堀切を有している。
山麓近くからおびただしい数の帯曲輪が造成されており、規模のわりには工事に多大な時間をかけて築城された山城である。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/minowamati02.htm
 
 

王城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月28日(木)06時30分36秒
返信・引用
  長野県辰野町のお城。

比高280mもの高所にあるが、車で上まで行けるので楽ちんである。
駐車場に着くと、すぐ目の前に城郭らしい城塁が見えてくる。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/tatunomati02.htm
 

花房陣屋について

 投稿者:右兵衛佐  投稿日:2019年 3月28日(木)00時49分2秒
返信・引用
  話に割って入ってしまいすいません。先日、花房城に行ってきたので、現状について紹介させて頂きたいと思います。
花房城とされる場所は、鴨川富士の東側山麓、待崎川に突き出た台地上にあります。川を天然の堀にしようとしたようです。それなりの要害地に立地しています。
そして肝心の遺構ですが、私が見た限りでは特に何もありませんでした。あたり一帯は耕作地となっており、かなり改変されているようです。といっても、築城途中ということらしいので、元々何もなかったかもしれません。
田んぼの土手が城塁に見える程度でした。
以上が現状報告です。あまり参考にならないかもしれませんが、少しでもお役に立てれば幸いです。
 

Re: 花房陣屋について

 投稿者:安房国  投稿日:2019年 3月27日(水)00時03分22秒
返信・引用
  > No.5944[元記事へ]

香音さんへのお返事です。

お久しぶりです。2月に学芸員の高橋さんに聞く機会があってグーグルマップの
ことを聞いてみました。グーグルマップの「花房藩陣屋跡」の位置が間違いだそうです。
京葉銀行裏あたりの「前原陣屋跡」が維新後、遠江横須賀藩(静岡県掛川市)から
移封された西尾家の花房藩借陣屋跡のようです。
前原陣屋というのは、西尾家がくる以前に埼玉の岩槻藩がもっていた安房国内の
領地を取り締まるための出張所だった場所のようです。幕末期、長狭郡には9村の領地が
あり、そのうち8村を維新後、花房藩に編入しています。花房藩も廃藩置県により明治4年には
花房県、木更津県を経て千葉県に編入されてしまいます。
しかし、廃藩になる約2年の間に、花房城を作ろうとした記録があるそうです。その場所は
八色の方みたいです。詳しくはこちらを参照してください。
http://www.echiba.org/pdf/kiyo/kiyo_028.pdf#page=100
地元の事なのに調べるといろいろ知らないことばかりです。
 

長岩城 補足

 投稿者:備前守長政  投稿日:2019年 3月26日(火)07時25分35秒
返信・引用 編集済
  これから行かれる方のため、もう少しだけ長岩城陣屋背後の石造物について補足させて下さい。

石積櫓へ行く梯子は二つとも、2019年3月22日現在、健在です(途中相撲取りでも登ったのでしょうか、凹んだところがありますが、登り降りに支障ありませんでした)。
長い方は降りるとき若干恐いですが、梯子脇にポールがあるので、それを掴みながら体を反転させれば、スムーズに降りられました。

弓形砲座は、他の方のブログ等にもある通り、石積櫓方面からは「キケン」とハッキリ標示されています。一見、慎重に行けば行けそうなのです。でも後で別ルートから現地に行ってわかったのですが、最後弓形砲座に降りる所が急崖で、ロッククライミングの経験者か、それなりの装備がないと降りられそうにありません。あの武蔵野の戸吹城同様、こちらからはアプローチしないことです。

他の方のブログや現地案内図でも、別ルートが推奨されていて、一旦下山し山裾を回り込むかたちで、弓形砲座への登り口に至ります。少し上に駐車スペースもあります。
ここの難所は、最後の岩肌登りです。左右急崖、特に右側は目も眩む千尋の谷。四つん這いで行きました。途中ロープがほつれたり、切れていたりしますので、当てに出来ません。
恐いのは降りる時で、この岩肌は殆ど尻餅をついた状態で降りました。

余湖さんなら、慣れているので問題ないと思いますが、雨天時やその直後は相当滑りそうなので止めた方が無難です。
それにしても、石積櫓は番所だと分かるのですが、弓形砲座はスペースがかなり狭く、一体なんのために作ったのでしょうね?不思議です。

尚、一応念のためロープを持っていったのですが、そこまで危なくはなかったように思います。 
 

Re: 九州北部の城

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月26日(火)04時01分29秒
返信・引用
  > No.5950[元記事へ]

備前守長政さんへのお返事です。

ついにLCCをお使いになられましたか。時期によっては九州や四国まで片道5000円程度でいけるので、なかなか重宝します。
第3ターミナルのフードコートは、いつも早便のお客さんで人があふれています。

日出城の隅櫓、いつ倒壊してもおかしくないほどの状態だったのですが、城内に復元されたようで、本当に良かったです。

長岩城もついに行かれたのですね。あそこの遺構はいろんな意味で圧倒されます。しかし、石積み櫓方面の尾根上は非常に危険なので、怖くなってしまいます。
私は弓型砲座まで到達できなかったのですが、最近のネット上の記事を見ると、下の方からわりと安全に行けるルートもありそうですね。機会があれば再チャレンジしてみたいです。

立花山城の城域の広大さには圧倒されます。私も全域はとても歩ききれませんでした。

先日、長野に出かけたのですが、交通費はLCCで九州に行く方が安く上がるんですよね。成田空港そばという地の利を生かして、私もまた九州に行ってみたいです。

それではまたです。
 

Re: 新城の可能性

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月26日(火)03時55分6秒
返信・引用
  > No.5949[元記事へ]

D山岳会 Mさんへのお返事です。

またまた、情報、ありがとうございます。
大子にまだまだ城館遺構が埋もれているのですね。
時間がとれれば確認しに行ってみたいと思います。

 

九州北部の城

 投稿者:備前守長政  投稿日:2019年 3月25日(月)19時02分46秒
返信・引用 編集済
  以前、余湖さんに教えてもらったLCCで大分県、福岡県に先週後半行ってきました。

行ったのは主に、日出城、角牟礼城、久留島陣屋、長岩城、城井谷城、立花城です。

日出城は昔、朽廃した鬼門櫓が修復、城内に再移築されたので、再訪しました。よくぞ倒壊廃材にされずに済んだものよ、と思いました。

角牟礼城は、本丸の普請が二の丸三の丸と差がありすぎ、まだ改修途上なのなでしょう。久留島陣屋は、偶々栖鳳楼が掃除か何かで開いていたので、中を見せていただきました。幸運でした。

長岩城は積年の望みが叶い感無量でした。谷と山の地形を活かした石塁の数々。感動しました。
例の反対の峰の石造物も、風雨がなく実見出来ました。登る時はそうでもなかったのですが、梯子を降りるとき、弓形砲座から岩肌を降りるときは流石に緊張しました。正直怖かったです。

立花山城は広い上に各峰の高低差が結構あるのでへばりました。三日目というのもあったと思います。結局飛行機の時間もあったので、一部見損ないました。これは次の機会に再訪します。

それにしても成田空港の第三ターミナル、場所的には、駅も駐車場もなく冷遇されていますが、飲食店も4時から開いていて、利便性は高いと思いました。これから九州地区の城、色々見に行けそうです。ただ、ホント狭かったぁ。2時間のフライトなので我慢出来ましたが、安いから仕方無いですね。

それではまた。


 

新城の可能性

 投稿者:D山岳会 M  投稿日:2019年 3月25日(月)14時16分58秒
返信・引用
  余湖さん、こんにちは。

大子町町付 or上郷に於いて、新たな遺構に気がつきましたので報告いたします。

http://www7b.biglobe.ne.jp/~daigosangakukai/GPSmap/gsimap2.htm?lat=36.837065&lon=140.356602&zoom=16&url=yamizo/sirasaka_i.kml

http://www7b.biglobe.ne.jp/~daigosangakukai/index.html

 

林城の見学会について

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月25日(月)04時05分10秒
返信・引用 編集済
  4月に茨城県鹿嶋市の林城の見学会が催されます。よろしかったらお出かけになってみてください。

タイトル 林城整備事業7年 記念講演会&遺跡見学会
日  時 4月7日(日) 午前9時から午後4時まで
     午前中・・・講演会
     午後・・・・林城見学会
場  所 鹿島ハイツ(鹿島市田野辺659)

テーマ  林氏の歴史と林中城・林外城・林宿の構造

講演会
① 「中世城郭と宿」       遠山成一
② 「資料にみる林氏と南方33館」中根正人
③ 講評・質疑応答 高橋修(茨城大学人文社会科学部教授)ほか

見学会 解説・案内 茨城城郭研究会 高橋宏和ほか
    費用(保険代・昼食代) 1000円・・・昼食持参の方は必要ありません。

申し込み先  林城保存協力隊(午前中の講演会のみ参加の方は申し込み不要です)
    丸山さん ?090-7180-1457(昼食を申し込む方)

 

Re: 花房陣屋について

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月25日(月)04時03分42秒
返信・引用
  > No.5944[元記事へ]

香音さんへのお返事です。

花房陣屋の情報、ありがとうございます。近世の陣屋は、おそらく諸藩の城以上の数が存在していたのではないかと思われますが、遺構がまったく分からなくなってしまっているものが多くて残念ですね。

やはり前原陣屋の情報は得られませんでしたか。前原陣屋についてはgooglemapの誤記載ではないかと想像しています。googlemapには意外とミスが多かったりするものと思っているのです。

それではまたです。

 

Re: 諏訪の城

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月25日(月)04時01分17秒
返信・引用
  > No.5943[元記事へ]

軍曹さんへのお返事です。

ご無沙汰しております。

諏訪の城はなかなか良かったです。特に干沢城と山吹城とは、城マニアにぜひ訪れてほしい山城でした。シーズン的なこともあるのでしょうが、どちらもヤブが少なく、遺構全体を見渡せることができたので気持ちがよかったです。

房総の方は近年ではあまり行くことがなくなっているのですが、なんとも懐かしいです。久留里城はもちろん、古久留里城も遺構がよく残されていますね。

房総の方にもまだまだ見どころのある城館があると思いますので、よろしければお出かけになってみてください。

 

Re: 尼崎城

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月25日(月)03時58分35秒
返信・引用
  > No.5942[元記事へ]

狸屋さんへのお返事です。

尼崎城天守の復元については、いろいろと意見があるようですが、これだけのものを建造するという決断そのものに意義があると思っています。

しかも個人の篤志でできあがるとは、まったくすごいことですね。

 

Re: 花房陣屋について

 投稿者:香音  投稿日:2019年 3月24日(日)14時31分26秒
返信・引用
  > No.5868[元記事へ]

余湖さんへのお返事です。


本日、鴨川郷土資料館の近くに買い物がありまして、ついでにと、花房陣屋について簡単に質問をしてきました。
歴史担当学芸員さんは不在でしたが、代わりの学芸員さん?の聞いている範囲では、
現在の「米倉稲荷神社」の建物がある(Google mapの記載でいう前原陣屋)
辺りが、埋蔵遺構として有力指定されている範囲ということを教えていただきました。

前原陣屋というのは聞いたことがないとのことでした。
市内には、埋蔵遺構とされている範囲が数多く存在するそうです。

また、詳しいお話が聞ける機会がありましたら、ご報告いたしますね!

> 香音さんへのお返事です。
>
> 千葉県内にも陣屋はかなりの数あったのですが、そのほとんどが埋もれてしまっており、地元でも認知されていない場合もけっこうあります。このように関心を抱いてくださる人がいるのは、とても喜ばしいことだと思います。
>
> おっしゃるように、地元の学芸員さんに聞くのが一番よく分かるかもしれません。餅は餅屋ってことですね。
>
> もし花房陣屋の旧態等、何かわかったことがありましたら、教えていただけるとありがたいです。基本的に形態が分かったものは鳥瞰図にすることにしていますので。
>
> 前原陣屋についてはまったく分かりませんね。私はgooglemapの誤記の可能性もあるのではないかと思っています。他地域でそういうケースもありますので。
>
> それではまたです。
>
 

諏訪の城

 投稿者:軍曹  投稿日:2019年 3月23日(土)20時47分14秒
返信・引用
  お久しぶりです。城郭図鑑の軍曹です。
諏訪の城が更新されたのを見て懐かしさを感じながら拝見しました。
ちょうど東日本震災前日から一泊で訪れましたが積雪のため計画倒れでした。
山吹小城は根性で訪れましたが大城は標柱だけ撮影して諦めています。
探訪記を拝見して干沢城も含めて久しぶりに行きたくなりました。

今年に入ってからは突如として南房総へ繰り返し訪れております。
館山まで行ってしまえばあとはそれより遠いところもないので。
稲村城、館山城、能満城なども良かったですが、
久留里城と久留里古城は訪れて本当に良かったと思いました。
余湖さんの図面を参考にしつつ廻りましたが見事な堀切の連続で興奮しましたね。
特に休日なのに訪れる人もいない久留里古城は久しぶりに感動を覚えました。
この趣味のおかげで同年代の人より足腰はあまり衰えがきていないようです。
それではまた。
 

尼崎城

 投稿者:狸屋  投稿日:2019年 3月22日(金)18時31分32秒
返信・引用
  40年ぐらい前尼崎港線が廃止になるという事で、ついでに見に行った時には
高校や小学校の敷地になっていて、二度と再建されることは無いと思ってました。
ここの多くの方はこの手の再建、まして本来あった場所とは異なるところに
出来るので違和感を持っておられると思います。

とはいえ阪神尼崎駅から見るとなかなか良い風景ですし、今月末の公開にあわせて
本拠地を兵庫城から尼崎城にしたのかを思いを馳せるのも良いのではないかと。
 

高木城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月21日(木)21時31分42秒
返信・引用 編集済
  これも下諏訪町のお城。

鉄塔の建てられている急峻な山稜に築かれている。
始め登り口が分からずに右往左往してしまったのだが、分かってみれば、これも車でけっこう上まで行けたのであった。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/simosuwamati01.htm#takagi
 

桜城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月21日(木)21時30分42秒
返信・引用
  これも下諏訪町のお城。

急峻な山稜上に築かれ、4重堀切や鋭い切岸が見られる。ここから諏訪湖方面の眺望もとても良い。
こちらもかなり上の方まで車で来ることができるのがうれしい!

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/simosuwamati01.htm#sakura
 

山吹小城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月21日(木)21時29分33秒
返信・引用
  これも下諏訪町のお城。

大城のかなり下方にある。清掃センターの脇から上がって行けばすぐに城内である。
一通りの遺構がそろっており、案内板も各所に立てられている。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/simosuwamati01.htm#kosiro
 

山吹大城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月21日(木)21時28分4秒
返信・引用 編集済
  これも下諏訪町のお城。

城郭加工度が素晴らしく、ヤブがなくて見通しもよい。どこから見ても見事な遺構を見ることのできるお勧め山城である。
しかも主郭背後まで車で行くことができ、車を降りて1分で城内に入れるというお気軽城郭である。
お勧めです!

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/simosuwamati01.htm#yamabuki
 

下の城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月21日(木)21時26分38秒
返信・引用
  これも下諏訪町のお城。

上の城に向かう途中にある。尾根を利用して築かれた城だが、土塁や堀切など一通りの意匠を備えている。
城塁の側面部を登城道が通るのみならず、城内の中央にも通路を通しているという珍しい構造も見られる。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/simosuwamati01.htm#simo
 

上の城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月21日(木)21時25分7秒
返信・引用
  長野県下諏訪町のお城。

下の城から上がって行った比高240mの高所にある。
山麓からいい山道が付けられているので、割合楽に登って行くことができる。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/simosuwamati01.htm
 

花岡城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月21日(木)21時23分49秒
返信・引用
  長野県岡谷市のお城。

諏訪湖に臨む独立台地に築かれており、全山公園となっていて訪れやすい。
ここから見る諏訪湖の景色はなかなか素晴らしい。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/okayasi01.htm
 

井森城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月21日(木)21時22分36秒
返信・引用 編集済
  これも諏訪市のお城。

井森城は主郭の周囲に何段もの帯曲輪を配置した城で、すぐ下に御天上と呼ばれる居館部を敷設している。

またすぐ南側に向かい合う餓鬼山には狼煙台があった。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/suwasi02.htm#imori
 

大熊城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月21日(木)21時21分8秒
返信・引用
  これも諏訪市のお城。
中央自動車道に一部削られてしまっているが、主郭周囲はそれなりによく残っている。
脇の斜面には福寿草がたくさん咲き乱れていた。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/suwasi02.htm#ookuma
 

武居城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月21日(木)21時17分35秒
返信・引用 編集済
  長野県諏訪市のお城。

諏訪大社のすぐ背後にあり、諏訪氏勢力の城郭の1つであった。
城内は森林公園となっており、延々切通しの通路を通って主郭に到達する。
1郭周囲は網で囲われていて案内板の所からしか入れないのに注意!

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/suwasi02.htm
 

干沢城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月21日(木)21時16分8秒
返信・引用
  これも茅野市のお城。

諏訪地域では最大の山城と言っていいだろう。
曲輪の規模も大きいが、それぞれの遺構も見ごたえがある。
主郭のすぐ背後まで車で来られるというのもうれしいポイント。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/tinosi03.htm#hizawa
 

齢松山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月21日(木)21時15分0秒
返信・引用
  これも茅野市のお城。
城山と呼ばれる山に築かれている。
さほど大規模ではないが、1郭周囲の堀切や切岸などはしっかりとしている。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/tinosi03.htm#reishouzan
 

鬼場城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月21日(木)21時14分2秒
返信・引用
  これも茅野市のお城。

山稜先端部に築かれているが、尾根基部まで車で来ることができ、ほとんど平行移動で城内に到達できるのがうれしい。
三重堀切がかなりの見ごたえである。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/tinosi03.htm
 

埴原田城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月21日(木)21時12分39秒
返信・引用
  これも茅野市のお城。
観音堂の上の山が城址である。
単純な構造ではあるが、段郭を何段にも配置した山城である。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/tinosi02.htm#haibara
 

朝倉山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月21日(木)21時11分23秒
返信・引用
  これも千野氏のお城。
あちこちに案内が出ており、登城口がしっかりしている。
遺構規模はそれほど大きなものではないのだが、城内にはヤブがなく遠くまで見通せるので、とても気持ちがいい。
散策していて楽しい山城であった。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/tinosi02.htm#asakura
 

湯川城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月21日(木)21時10分3秒
返信・引用 編集済
  長野県茅野市のお城。
武田信玄が築いた城で、丸馬出しを配した城。図面を見たら絶対行ってみたくなる。
しかし、肝心の丸馬出しは完全に消滅してしまっていた。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/tinosi02.htm
 

丸山狼煙台!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月21日(木)21時08分41秒
返信・引用
  これも富士見町のお城。
甲斐との国境にあるつつじが丘公園が城址である。
単純ではあるが、城址らしい雰囲気を残している。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/hujimimati01.htm#maruyama
 

先達城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月21日(木)21時07分38秒
返信・引用
  長野県富士見町のお城。
常昌寺が城址であり、一見、城址らしく見えないのだが、案内板や城址碑がしっかりと立てられている。
武田信虎が築いた陣城というから、かなり古いものである。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/hujimimati01.htm
 

Re: 五本松西城の北尾根

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月20日(水)03時56分43秒
返信・引用
  > No.5922[元記事へ]

横尾さんへのお返事です。

横尾さん、こんにちは。相変わらず活発なお城巡りをされていますね。
五本松城ですか、訪れてから時間が経っているので、細かいところは覚えていません。
私の鳥瞰図を見てみると、西側に西城というのを描いているのですが、これとは別のものなのでしょうか?
1枚目の写真を見ると、明らかに土塁のようなものが見えていますね。

 

五本松西城の北尾根

 投稿者:横尾  投稿日:2019年 3月18日(月)21時13分2秒
返信・引用
  五本松城の宮坂氏の縄張り図では、西城からの北尾根は描かれておりませんが、志賀城の麓にある雲興寺の付近(50m西の民家の間)から志賀川に架かる橋を渡り、農道を進むと土塁を設けたと思わせる平地があり、そこから北尾根を登って行くと、門跡があったり、腰曲輪があり、未発見の尾根かもしれません。
1枚目 農道の秋にある平地
2枚目 北尾根にある岩
3枚目 9合目にある曲輪

http://yamasiro749.blog.fc2.com/

 

Re: 二本松、岩代

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月13日(水)03時51分15秒
返信・引用 編集済
  > No.5920[元記事へ]

はなこさんへのお返事です。

宮森城ですか、懐かしいですねえ。3.11の前の数年間は、毎週のように福島の城を回っていたものです。宮森城もそれなりに整備されていて訪れやすいですね。

女性一人の城めぐりは何かと大変だと思いますので、お気を付けください。小浜城ならば、お勧めですね。

相馬の城も、もっと回ってみたかったのですが、3.11以後は、かなり厳しくなってしまいましたね。震災の少し前に、大熊町、浪江町、楢葉町といった原発周辺の城館を回っていたのですが、これらの地域の城を再び回れるようになる日は、いつになるのでしょうか・・・・。

それではまたです。


 

二本松、岩代

 投稿者:はなこ  投稿日:2019年 3月12日(火)21時41分31秒
返信・引用
  宮森城に興味があり、詳しく書かれていたので、びっくりしました。
でも、女性一人とわんこじゃ、ちょっと怖いですね。小浜城にしておこうかな。

by 福島県民より
相馬の城もいいですよ。。整備されてますが。。
 

Re: 新規開設について

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月 9日(土)03時52分24秒
返信・引用
  > No.5918[元記事へ]

横尾さんへのお返事です。

引っ越しですか、大変ですね。
このところ、個人向けのインターネットサービスが終了することが多く、私も何度も移転を余儀なくされています。
そのうち個人のホームページそのものが持てなくなるのではないかと感じているところです。
このページも、いつまで維持できるものかどうか・・・・。
いったいどうなってしまうんでしょうかねえ。

 

新規開設について

 投稿者:横尾  投稿日:2019年 3月 8日(金)23時03分8秒
返信・引用
  YAHOOブログが今年12月15日にサービス終了となり、またもや引っ越しせざるを得なくなりました。そこで下記のFC2での開設となりました。よろしくお願いします。

http://yamasiro749.blog.fc2.com/

 

Re: 有難うございました

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月 3日(日)07時43分3秒
返信・引用
  > No.5916[元記事へ]

引田克治さんへのお返事です。

昨日は歓迎していただき、ありがとうございました。みなさん、本当に熱心に聞いてくださってうれしかったです。
また、何かご協力できることがありましたら、お力になりたいと思っております。今後ともよろしくお願いいたします。


 

有難うございました

 投稿者:引田克治  投稿日:2019年 3月 3日(日)05時54分31秒
返信・引用
  昨日は忙しいなか常陸太田までおいでいただきありがとうございました。とても分かりやすい講演でした。機会があればまたぜひよろしくお願いします。  

Re: 駿府城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 3月 2日(土)05時35分6秒
返信・引用 編集済
  > No.5914[元記事へ]

狸屋さんへのお返事です。

今川館の遺構が出てきたら、それはそれで保存整備していく価値があるかなと思っています。

天正期の天守台をどうするかは悩ましい問題ですが、徳川時代の天守を復元しようという話が持ち上がらない限りは、現状維持といったところでしょうね。

 

Re: 駿府城!

 投稿者:狸屋  投稿日:2019年 2月28日(木)19時15分23秒
返信・引用
  > No.5913[元記事へ]

余湖さんへのお返事です。

さらにこののち今川居館の捜索・発掘を行うらしいです。

地元でも、天正期の天守台を残すのか(残すと後期家康期の天守台ができない)とか
今川氏居館が出てきたら、どうしましょうかという話が出ています。
 

Re: 駿府城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 2月25日(月)04時07分9秒
返信・引用
  > No.5912[元記事へ]

あんけんさんへのお返事です。

本丸の堀の中に入れたのですね。それはすごい! 上から見ても、かなり大きな石を配置していたので、間近で見たら、かなりの迫力だったでしょう。

今後整備がどのように進められていくのか分かりませんが、できれば天守台と堀を復元してほしいものだ、などと思っています。

八幡山城の上の土壇はやはり古墳でしたか。確かにいかにも円墳という印象でした。横穴には気が付きませんでした。

それではまたです。

 

Re: 駿府城!

 投稿者:あんけん  投稿日:2019年 2月24日(日)21時21分45秒
返信・引用 編集済
  > No.5900[元記事へ]

余湖さんへのお返事です。

書き込みと本編の記事を読み、昨年10月の見学会に行けませんでしたので昨日一年ぶりにと調べたら、なんと年度末の見学会の日で本丸堀の中に入れるとの事で行って参りました。

この一年は雨も少なく天守台北辺の根石よりも下部の調査が出来て、胴木の代わりに大きい石を配してて石垣面よりも張り出してる事(一枚目右奥)や、天守下門の絵図に合致する様に三重折れの枡形遺構が検出され石垣はもっと地下に続く事、昨年発見の天正天守跡から金箔瓦が330点も出た事などが説明されました。天守下門の木橋の遺構は見つかってないので、今後昨日公開した堀の底を掘り下げるそうです。

公開エリアの東端は枡形の多聞櫓が廻ってますがその下の算木積み下部に柱穴が見つかったり(二枚目調査員さんの左側)、そのすぐ内側に深さの無い井戸状の石組があったりしてましたが、現時点では詳細不明だそうです。

その後八幡山城も登りましたが、1曲輪の土壇は東向きの帆立貝形前方後円墳だそうです。余湖様の描かれた図の中央の神社本殿のある小さな平場(と言うか本殿の塀の内側)には横穴式石室も開口しています。

ついでに小島陣屋も行ってみたのですが、書院はお休みで閉まってました(三枚目)。驚いたのが余湖様の図のAの四角い段は大手枡形で、高石垣東側の段々が正規の登城路で、上がった所に薬医門と思われる建築が南向きに建っていた事が確認されてます。という事は表門の枡形は入口が有る事を隠す為に曲げていて、高石垣は内側の通路を隠すために積まれてたのかと思いました。
 

字名について(訂正)

 投稿者:大子山岳会 益子  投稿日:2019年 2月24日(日)09時04分37秒
返信・引用
  50storm様。
件の山の北側及び南側を歩いてみました。
北側にはお墓しかありませんでしたが、
南側には平場に「愛宕神社」が建っていました。
ここが1郭または2郭でしょうか?
北側は「川西」及び「中津原」ですが、
堀切の南側からこの神社付近にかけての字名は、
「大塩」小字は「小磯」です。

http://www7b.biglobe.ne.jp/~daigosangakukai/index.html

 

Re: 字名について(続報)

 投稿者:50storm  投稿日:2019年 2月23日(土)09時57分51秒
返信・引用
  益子さんへありがとうございます。
山根とは、城山下の根小屋の意味でしょう。
あの城は西側にテリトリーが広がるのかなと思いました。



大子山岳会 益子さんへのお返事です。

> 龍泰院の住職からの情報です。
> 大子町大字袋田字川西地区に小字名があります。
> 件の山と国道118号線に挟まれた細長い集落は
> 「山根」という小字名があるそうです。
>
> 茨城県は大字と番地のみで住所を表しているので、
> 小字まで調べるのは大変です。
> 隣の矢祭町では大字字小字と番地で住所が書いてあるので
> うらやましいです。
 

一関

 投稿者:肴の賢  投稿日:2019年 2月23日(土)08時05分33秒
返信・引用
  城とは呼ばれてないのですが、「唐梅館」も見に来て欲しいです。子供の頃、よく登りました。とても眺めが良くて、歴史の授業で秀吉軍がここ(お寺側)から火を着けたと説明されたの覚えてます。葛西氏、取り潰しの際の戦いだと聞いてます。  

字名について(続報)

 投稿者:大子山岳会 益子  投稿日:2019年 2月22日(金)09時05分9秒
返信・引用
  龍泰院の住職からの情報です。
大子町大字袋田字川西地区に小字名があります。
件の山と国道118号線に挟まれた細長い集落は
「山根」という小字名があるそうです。

茨城県は大字と番地のみで住所を表しているので、
小字まで調べるのは大変です。
隣の矢祭町では大字字小字と番地で住所が書いてあるので
うらやましいです。

http://www7b.biglobe.ne.jp/~daigosangakukai/index.html

 

字名について

 投稿者:大子山岳会 益子  投稿日:2019年 2月21日(木)13時36分51秒
返信・引用
  余湖さん、五十嵐さんこんにちは。
早速の調査ありがとうございました。
「城」だと聞いて、安心しました。

あの付近の大字は「袋田」です。
袋田三角点がある山を境に東側は「川西」西側は「中津原」の字名があります。
城名を楽しみにしています。

http://www7b.biglobe.ne.jp/~daigosangakukai/index.html

 

Re: 新城かも?

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 2月21日(木)04時04分12秒
返信・引用
  > No.5905[元記事へ]

50stormさんへのお返事です。

もう行ってきましたか。しかも城だったのですね。
あんな駅からすぐ近いところに未知の城があったとは実に意外です。
時間が取れたら、私も行ってみたいところです。


 

Re: 新城かも?

 投稿者:50storm  投稿日:2019年 2月20日(水)14時17分11秒
返信・引用
  余湖さんへのお返事です。
益子さん余湖さん。情報提供の場所行ってきました。

城で間違いないと思います。

字名を教えてください。

> 大子山岳会 益子さんへのお返事です。
>
> 情報、ありがとうございます。遺構があるとなれば、城郭の可能性があるので、行ってみたいところです。
> 袋田駅の真ん前の山なんですね。
> なかなか茨城の方に調査に行ける時間が取れないのですが、時間があったら、現地に訪れてみたいと思います。
>
> それではまたです。
>
>
 

Re: 新城かも?

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 2月19日(火)04時29分49秒
返信・引用 編集済
  > No.5903[元記事へ]

大子山岳会 益子さんへのお返事です。

情報、ありがとうございます。遺構があるとなれば、城郭の可能性があるので、行ってみたいところです。
袋田駅の真ん前の山なんですね。
なかなか茨城の方に調査に行ける時間が取れないのですが、時間があったら、現地に訪れてみたいと思います。

それではまたです。

 

新城かも?

 投稿者:大子山岳会 益子  投稿日:2019年 2月18日(月)09時24分42秒
返信・引用
  余湖さん、おはようございます。
大子町、月居山から見下ろす袋田の正面の山です。
遺構らしきものが見られましたので報告いたします。

http://www7b.biglobe.ne.jp/~daigosangakukai/GPSmap/gsimap2.htm?lat=36.753753&lon=140.382478&zoom=16&url=kuji/fuku_i.kml

http://www7b.biglobe.ne.jp/~daigosangakukai/index.html

 

Re: 益子城

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 2月17日(日)17時55分24秒
返信・引用
  > No.5901[元記事へ]

Yamada Taroさんへのお返事です。

情報、ありがとうございます。
益子城を訪れたのはもうずいぶん前のことで、夏場でちゃんと図面を描ける状態ではなかったことと、小学校の敷地になって改変が進んでいたのとで、あまりまともな記事が書けていなくて恐縮です。

さっきgooglemapを見てみたら、おっしゃる通り、校舎が新しくなり配置も変わっていました。これでますます破壊が進んでしまったのではないかと思います。

現在はgoolemapでも「益子城」という表示がなされていますね。益子城のことがだいぶ世間でも認識されるようになってきたということなのでしょうか。遺構はあまりよく分かりませんが・・・・。

それではまたです。

 

益子城

 投稿者:Yamada Taro  投稿日:2019年 2月17日(日)15時02分59秒
返信・引用
  いつも参考にさせてもらってありがとうございます。
本日、当サイトを参考に益子城に行ってきました。
益子小学校が新設されていて、プールと校舎が逆転していました。
フェアレディーZに乗って出かけたので、駐車場が無く帰りましたが、
次回はバイクで登城しようと思います。
 

駿府城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 2月16日(土)04時38分29秒
返信・引用
  言わずと知れた駿府城であるが、本丸天守台が発掘中であるということで、再訪してきた。

http://yogokun.my.coocan.jp/sizuoka/sizuokasi.htm
 

二つ山南砦!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 2月16日(土)04時25分17秒
返信・引用
  これも藤枝市のお城。

北砦のすぐ南側にあり、「二ツ山」のもう一つの方の砦であったと考えられている。
熊野権現の祭られている山稜である。

http://yogokun.my.coocan.jp/sizuoka/hujiedasi02.htm#kita
 

二ツ山北砦!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 2月16日(土)04時24分19秒
返信・引用
  これも藤枝市のお城。

天正9年、徳川家康が田中城を攻撃した際に「二山に陣取る」という記述が『家忠日記』に見られ、その際の陣城であったと考えられている。

http://yogokun.my.coocan.jp/sizuoka/hujiedasi02.htm#kita
 

八幡山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 2月16日(土)04時22分56秒
返信・引用
  静岡県藤枝市のお城。

独立丘陵にある青山八幡宮が城址である。

小規模ながら堀切や土塁、虎口など、城郭のセットが確認できる。

http://yogokun.my.coocan.jp/sizuoka/hujiedasi02.htm
 

石脇城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 2月16日(土)04時21分35秒
返信・引用
  静岡県焼津市のお城。

小規模な山城であるが、周囲の土手は急峻である。

今川義忠死後の家督相続争いの際に、伊勢新九郎が居城としていた城ということで、由緒正しき山城である。

http://yogokun.my.coocan.jp/sizuoka/yaidusi01.htm#isiwaki
 

徳願寺!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 2月16日(土)04時20分24秒
返信・引用
  これも静岡市のお城。

徳願寺そのものが地勢の高い「平城」という地名の所にあり、城郭であった。

山上には山城もあるが、そちらは時間の関係で訪れることはできなかった。

ここのアヒルが人になついていて可愛いのであった。

http://yogokun.my.coocan.jp/sizuoka/sizuokasurugaku.htm#tokuganji
 

有東砦!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 2月16日(土)04時17分26秒
返信・引用 編集済
  これも静岡市のお城。

八幡山城のすぐ南側にある。

1郭は城郭らしい雰囲気を残している。やたらと「花火禁止」の立て札が置いてあるのが目立っている。

http://yogokun.my.coocan.jp/sizuoka/sizuokasurugaku.htm#utou
 

八幡山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 2月16日(土)04時16分33秒
返信・引用
  これも静岡市のお城。

静岡駅近くの独立山稜に築かれている。

たいした遺構はないが、太田道灌や伊勢新九郎が陣を置いた場所ということで、歴史的には由緒のある城址である。

http://yogokun.my.coocan.jp/sizuoka/sizuokasurugaku.htm
 

尾沢渡城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 2月16日(土)04時14分43秒
返信・引用
  これも静岡市のお城。

黒俣川に臨む急峻な山上に築かれている。

二重堀切や馬出状の郭を配置するなど、武田氏による陣城と考えられている。

http://yogokun.my.coocan.jp/sizuoka/sizuokaaoiku02.htm
 

Re: 講演会の件

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 2月16日(土)04時13分23秒
返信・引用
  > No.5890[元記事へ]

引田克治さんへのお返事です。

了解しました。
 

講演会の件

 投稿者:引田克治  投稿日:2019年 2月15日(金)14時09分17秒
返信・引用
  常陸佐竹研究会の引田です。3月2日(土)の講演会の件ですが,パソコンとプロジェクター スクリーンは用意しますが,講演用のUSBメモリーは持参していただくようお願いします。
 

萩多和城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 2月15日(金)04時29分3秒
返信・引用
  これも静岡市のお城。といっても本川根町の近くであり、かなりの山中にある。
藁科川がヘアピンカーブを描いている地形に築かれた城である。
1郭まで車道があるのだが、途中どうしても民家の庭先を通らねばならず、気が引けてしまう。

http://yogokun.my.coocan.jp/sizuoka/sizuokaaoiku.htm#hagitawa
 

安倍本城・久住砦!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 2月15日(金)04時27分21秒
返信・引用
  これも静岡市のお城。

南北朝時代に築かれた狩野氏の拠点である。
ハイキングコースとなっているということだったが、比高350mほどもあり、片道1時間半もかかるという。
最も短時間で回れる増善寺からのコースを使用したが、これがなかなか大変であった。

http://yogokun.my.coocan.jp/sizuoka/sizuokaaoiku.htm#abe
 

愛宕山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 2月15日(金)04時25分47秒
返信・引用
  これも静岡市のお城。

市街地の真ん中の独立山稜に築かれている。
神社となっているということであまり期待していなかったのだが、立派な山城であった。それも公園として整備されている。
近くの雲龍寺には寿桂尼の墓所があった。

http://yogokun.my.coocan.jp/sizuoka/sizuokaaoiku.htm#atago
 

賤機山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 2月15日(金)04時24分19秒
返信・引用
  これも静岡市のお城。

今川氏館の詰の城であったと思われる山城である。
ネットの情報では、徒歩1時間かかるとあったが、15分で登れるルートを発見して登ってみた。
今川氏の詰の城としては、思ったほどの城ではなかった。

http://yogokun.my.coocan.jp/sizuoka/sizuokaaoiku.htm
 

庵原城・・・

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 2月14日(木)04時47分28秒
返信・引用
  これも静岡市のお城。

今川家臣庵原氏の居城であるが、高速道路が城内を分断しており、遺構はほぼ隠滅状態である。

http://yogokun.my.coocan.jp/sizuoka/sizuokasimizuku.htm#ihara
 

常円寺城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 2月14日(木)04時46分10秒
返信・引用
  静岡県静岡市のお城。

今川家臣由比氏の居城である。城円寺という寺院になっているが、台地そのものの要害性が高い。

http://yogokun.my.coocan.jp/sizuoka/sizuokasimizuku.htm
 

一色城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 2月14日(木)03時57分23秒
返信・引用
  静岡県長泉町のお城。

長久保城のすぐ東側にあり、長久保城の出城であったと推測される。
後には徳川家康家臣牧野氏の支城となった。
2郭構造ながら重厚な土塁や堀が残されている。

http://yogokun.my.coocan.jp/sizuoka/nagaizumimati02.htm
 

柏木屋敷!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 2月14日(木)03時55分49秒
返信・引用
  これも裾野市のお城。

中世柏木氏の居館である。
公園として整備され、単郭の平城ながら、土塁や堀がよく残されている。
場所がちょっと分かりにくい。

http://yogokun.my.coocan.jp/sizuoka/susonosi02.htm#kasiwagi
 

深良の陣山!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 2月14日(木)03時54分25秒
返信・引用
  これも裾野市のお城。

寺院の背後に陣山と呼ばれる低い山がそびえている。
上がってみると、それなりに陣城らしい雰囲気の遺構が残されている。

http://yogokun.my.coocan.jp/sizuoka/susonosi02.htm#jinyama
 

大畑城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 2月14日(木)03時53分10秒
返信・引用
  静岡県裾野市のお城。

大日堂の上の山に、小規模ながら、そこそこ技巧的な城郭が残されている。

しかしヤブである。

http://yogokun.my.coocan.jp/sizuoka/susonosi02.htm
 

Re: 講演会の件

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 2月 5日(火)03時46分18秒
返信・引用
  > No.5878[元記事へ]

引田克治さんへのお返事です。

了解しました。よろしくお願いいたします。
なお懇親会は5時くらいまででしたら参加可能です。
 

講演会の件

 投稿者:引田克治  投稿日:2019年 2月 4日(月)23時32分46秒
返信・引用
  引田です。パソコンとプロジェクターは用意します。なおスクリーンは会場の白壁を利用することで打ち合わせしてきました。  

Re: 講演会の件

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 2月 4日(月)03時49分27秒
返信・引用 編集済
  > No.5876[元記事へ]

引田克治さんへのお返事です。

了解しました。当日は車で、一人で行きます。
パソコンとプロジェクターの用意、お願いいたします。
資料は昨年の発表の前に送信してあったと思いますが、同じものを使用しますので、それをそのままご用意していただければと思っていますので、よろしくお願いいたします。

 

講演会の件

 投稿者:引田克治  投稿日:2019年 2月 4日(月)02時40分20秒
返信・引用
  常陸佐竹研究会の引田です。3月2日の講演会よろしくお願いします。当日は午後1時から総会を行ない,その後に先生の記念講演を行なっていただきます。開始時間は午後1時40分ぐらいからです。持ち時間は1時間10分ぐらいでお願いできればと思います。
ところで先生は当日常陸太田への交通機関は何を利用されるのでしょうか? 列車でしょうか?自家用車でしょうか? 同行されてくる方はいるのでしょうか?
それから,先生の記念講演の後に当会の会員達と一緒に懇親会を同会場で予定していますので,是非とも参加願います。
 

Re: 菅原城

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 2月 3日(日)18時07分30秒
返信・引用
  > No.5874[元記事へ]

むぎさんへのお返事です。

我々は南側から登ったので、北側の登城路は気が付かなかったのですが、居館が北側にあるのですから、大手口が北側であっても不思議はないですね。

地形図を見ると、確かに西側に尾根が長く延びているので、横尾さんの言っている曲輪群というのは、西側の尾根続きを抑えるためのものだったのではないかと推測されます。

 

菅原城

 投稿者:むぎ  投稿日:2019年 2月 3日(日)06時11分7秒
返信・引用
  私が大手道だと思って登っていた場所は横尾さんのおっしゃっている西尾根の郭だったのでしょうか?
大堀切までであれば大手(北側)側から登ると這うように登らず行くことが出来ます。
もし、お時間があったら「むぎの城さんぽ・菅原城」でご覧いただけたらと思います。

http://blog.goo.ne.jp/mugiide

 

Re: 菅原城

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 2月 3日(日)05時48分47秒
返信・引用
  > No.5871[元記事へ]

横尾さんへのお返事です。

ご無沙汰しています。

菅原城ですか、何年前だったか、ご一緒しましたよね。懐かしいです。

近くに立ち寄る機会があれば、また訪れてみたいです。

 

Re: 烏山リュウガイ城

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 2月 3日(日)05時47分45秒
返信・引用
  > No.5870[元記事へ]

大子山岳会 益子さんへのお返事です。

烏山リュウガイ城ですか? 行ったことがあるかどうか記憶にないのですが、まだであったなら、そのうち行ってみたいです。

難題山城は半日かけてのんびりと登城した記憶があります。茨城では屈指の山城でしたね。

 

菅原城

 投稿者:横尾  投稿日:2019年 2月 2日(土)19時53分21秒
返信・引用
  本日、菅原城へ久しぶりに登ってきました。宮坂氏の縄張り図にない西尾根を発見してきました。余湖さんの俯瞰図では、曲輪9から大堀切を(かなり深く、誰もが戻ってしまうようです。)曲輪9からすかして見ると、曲輪らしきものが見えたため、越えて見ますと、驚くほどの西尾根の遺構が縄張りされていました。機会があれば出かけて見てください。
1枚目 曲輪9
2枚目 大堀切
3枚目 大堀切の上にある西曲輪を下ると、大きな曲輪があります。この先の西尾根にも遺構があり、縄張り図を大幅に書き加える必要があります。

https://blogs.yahoo.co.jp/yokoo_3158

 

烏山リュウガイ城

 投稿者:大子山岳会 益子  投稿日:2019年 2月 1日(金)14時04分54秒
返信・引用
  余湖さんこんにちは。

「栃木の中世城郭」の記事を見て那須烏山に行ってきました。
http://www7b.biglobe.ne.jp/~daigosangakukai/GPSmap/gsimap2.htm?lat=36.663809&lon=140.185383&zoom=17&url=totigi/karasu_i.kml

それから、難台山城と観音平遺構群です。
http://www7b.biglobe.ne.jp/~daigosangakukai/GPSmap/gsimap2.htm?lat=36.301700&lon=140.223695&zoom=17&url=ibaraki/nandai_i.kml

http://www7b.biglobe.ne.jp/~daigosangakukai/index.html

 

Re: 追加情報とお願い

 投稿者:50storm  投稿日:2019年 2月 1日(金)08時01分10秒
返信・引用
  余湖さんへ。実は、南東へいく道が正規ルートで、我々が降りてきた道は、サブルートでした。
どちらも途中で合流するので、間違いではないとのことです。
野口城の件、よろしくお願いします。
>
>
 

Re: 花房陣屋について

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 2月 1日(金)04時07分46秒
返信・引用
  > No.5866[元記事へ]

香音さんへのお返事です。

千葉県内にも陣屋はかなりの数あったのですが、そのほとんどが埋もれてしまっており、地元でも認知されていない場合もけっこうあります。このように関心を抱いてくださる人がいるのは、とても喜ばしいことだと思います。

おっしゃるように、地元の学芸員さんに聞くのが一番よく分かるかもしれません。餅は餅屋ってことですね。

もし花房陣屋の旧態等、何かわかったことがありましたら、教えていただけるとありがたいです。基本的に形態が分かったものは鳥瞰図にすることにしていますので。

前原陣屋についてはまったく分かりませんね。私はgooglemapの誤記の可能性もあるのではないかと思っています。他地域でそういうケースもありますので。

それではまたです。
 

Re: 追加情報とお願い

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 2月 1日(金)04時03分14秒
返信・引用
  > No.5863[元記事へ]

50stormさんへのお返事です。

そうでしたか。それなりの遺構を残しており、山麓からもそんなに遠くないのですから、なんらかの伝承があってしかるべきかと思いました。

われわれが降りてきた道がかつての尾根道だったのですね。ちょっと気になっているのは、われわれが降りてきた道と並行して南東側にもう1本、城へと続く道があったのですが、そちらではないということですよね。

野口城の件、了解しました。今度の日曜日には少し時間が取れそうなので描いてみます。

それではまたです。

 

Re: 花房陣屋について

 投稿者:香音  投稿日:2019年 1月31日(木)23時00分1秒
返信・引用
  余湖さんへのお返事です。
早々にお返事をいただいたようで、ありがとうございました(*^^*)
謎が多く、調べる価値はありそうです!
家の裏の神社には、教育勅語も飾られているので、何か歴史がわかるかもしれません。
郷土資料館の学芸員さんにも訪ねに行ってみたいと思っています。
貴重なご意見、ありがとうございました!
> 香音さんへのお返事です。
>
> 花房陣屋は、明治になってからの陣屋ということもあって、あまり知られてはおらず、遺構も湮滅してしまっているので、認知されづらい陣屋であると思います。
>
> 城郭のことを知るために私が利用しているのは、主に『日本城郭体系』と『千葉県所在中近世城館跡詳細分布調査報告書』の2冊です。
>
> その他には小高春雄さんの地域ごとの城郭シリーズがとても詳しいです。こちらは図書館にあるかどうかはわかりません。
>
> 陣屋に関しては、かつて報告書が作成されており、ネットでも見ることができます。花房陣屋の記述についてもこれが一番詳しいのではないでしょうか。
>
> http://www.echiba.org/pdf/kiyo/kiyo_028.pdf
>
> 前原陣屋のことは知りませんでした。花房陣屋の項目を見ても、その別名であるとは書いてないようです。googlemapの誤記の可能性もあると思われます。
>
>
 

Re: 花房陣屋について

 投稿者:香音  投稿日:2019年 1月31日(木)22時57分56秒
返信・引用
  余湖さんへのお返事です。
早々にお返事をいただいたようで、ありがとうございました?
謎が多く、調べる価値はありそうです??
家の裏の神社には、教育勅語も飾られているので、何か歴史がわかるかもしれません。
郷土資料館の学芸員さんにも訪ねに行ってみたいと思っています。
貴重なご意見、ありがとうございました??
> 香音さんへのお返事です。
>
> 花房陣屋は、明治になってからの陣屋ということもあって、あまり知られてはおらず、遺構も湮滅してしまっているので、認知されづらい陣屋であると思います。
>
> 城郭のことを知るために私が利用しているのは、主に『日本城郭体系』と『千葉県所在中近世城館跡詳細分布調査報告書』の2冊です。
>
> その他には小高春雄さんの地域ごとの城郭シリーズがとても詳しいです。こちらは図書館にあるかどうかはわかりません。
>
> 陣屋に関しては、かつて報告書が作成されており、ネットでも見ることができます。花房陣屋の記述についてもこれが一番詳しいのではないでしょうか。
>
> http://www.echiba.org/pdf/kiyo/kiyo_028.pdf
>
> 前原陣屋のことは知りませんでした。花房陣屋の項目を見ても、その別名であるとは書いてないようです。googlemapの誤記の可能性もあると思われます。
>
>
 

Re: 花房陣屋について

 投稿者:香音  投稿日:2019年 1月31日(木)22時50分58秒
返信・引用
  安房国さんへのお返事です。

ご丁寧な返信をありがとうございました。

1月29日の房日新聞に安房の国の偉人について記事が載っていました。タイムリーなことに、花房藩のことと西尾氏についてでした。花房陣屋とGoogleマップにある前原陣屋についてはありませんでしたが、研究会の方にきけそうなので、聞いてみたいと思います。
続きの安房の偉人の記事も楽しみです?
> 香音さんへのお返事です。
>
> 初めまして香音さん。私も今は鴨川市民ですが、知らないことだらけです。前原陣屋も
> 知りませんでした。wikiに「元岩槻藩取締出張所」と書いてあって今日、知りました。
>
> 私は余湖さんのHPを始めとするネットで調べてから根拠になる文献などを国立国会
> 図書館などの公開デジタルアーカイブなどで確認することが多いです。まぁ これもネット
> ですが、図書館内でしか見られないものも多いので実際に東京まで行くこともあります。
>
> 鴨川市に関することなら鴨川市史が一番詳しいかもしれませんね。市立図書館にも
> ありますし。あと郷土資料館は市民は無料ですし、気軽に質問に答えてくれますよ。
> その他、歴史講座なども時間が合えば参加してます。29日にも鴨川の歴史を学ぼう
> の第3回があります。
>
> 安房地域は城跡も含め、まだまだ認知されてない埋蔵文化財が多いと思うので
> これからもお互い地元同士よろしくお願いします!
>
 

追加情報とお願い

 投稿者:50storm  投稿日:2019年 1月31日(木)18時16分44秒
返信・引用
  余湖さん。お世話になっております。
先日の秋田南館、市の教育委員会と登りました。
現地の人から、聞き取りができ、城跡の認識がありました。我々が帰ってきた道は、昔からの街道だそうです。昔は秋田から千田へ抜ける唯一の道だったとのことです。そうなると、この城は、街道を城内に入れる関所城のようです。

お願いは、野口城の鳥瞰図(北側もふくめたもの)をつくってもらいたいなとおもっています。市史研究で使うからです。何卒よろしくお願いします。
 

Re: 尼崎城の天守

 投稿者:狸屋  投稿日:2019年 1月31日(木)06時11分22秒
返信・引用
  > No.5860[元記事へ]

追記です

そこの資料館にある本丸部の模型、城下町模型も一見の価値があるように
思うので、多少距離はありますがお勧めします。
 

Re: 尼崎城の天守

 投稿者:狸屋  投稿日:2019年 1月31日(木)06時05分9秒
返信・引用
  > No.5860[元記事へ]

いわゆる「三の丸」に相当する場所に作られますね。
本丸には小学校と旧制の高等女学校の建物を活用した文化財の収蔵館が
あるので、本丸に天守を作るのは難しかったのでしょう。


忍城の御三階と逆バージョンでしょうか。

通称尼崎港線の跡地とかあるので、どの時代にも重要な位置だったのでしょう
 

Re: 尼崎城の天守

 投稿者:TAFUO5  投稿日:2019年 1月29日(火)16時41分36秒
返信・引用
  > No.5859[元記事へ]

余湖さんへのお返事です

やっぱり外見復元ですか    公開されるのが楽しみです

ありがとうございました
 

Re: 尼崎城の天守

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 1月29日(火)04時05分59秒
返信・引用 編集済
  > No.5858[元記事へ]

TAFUO5さんへのお返事です。

尼崎城の天守については、少なくとも外観は古写真に基づいて正確に再現されているので、外観復元天守と呼んでもよいものではないかと思っています。

ただ、模擬天守の定義というのは決定したものがあるわけでもなく、人によってさまざまなので、「本来の場所に建っていない」「内部がコンクリートになっている」という点を挙げて模擬天守とする人もいるかもしれません。私はその定義はちょっと厳しいかなと思います。

人によっては、外観が本来のものと微妙に異なっていることから、名古屋城・熊本城・福山城の天守なども模擬天守ではないかという人もいますが、そこまで正確ではなくても、おおむね合っていれば復元天守でよいのかな、と。

天守・模擬天守等の定義について、私のページは1996年から取り組んでいるので、ネット上においてはかなりパイオニアであると思っています。

私自身の模擬天守の定義は
「本来天守がなかった城、あるいは城址以外の場所に建てた天守」
「本来の天守とは外観がかなり異なっている天守」
「本来天守は存在したが、その形状が不明で、まったくの想像に基づいて建てられた天守」
のいずれかに該当するものです。

ですから、大阪城の天守などは、人によっては復興天守とする人もいますが、私は「江戸期の天守台に豊臣期の天守を建て」「本来の天守とはかなり外観が異なっている」ことから模擬天守と呼んでいます。

復興・復元の度合いをどの程度認めるかによって、判断は変わってくるものなのでしょうね。
 

尼崎城の天守

 投稿者:TAFUO5  投稿日:2019年 1月28日(月)18時39分1秒
返信・引用
  尼崎城の天守が新しくできるみたいなんですが、あれって模擬天守に当たるんですか?
天守は有ったみたいなんですが...
もしかして場所が違うとかですかね
尼崎城は現存している遺構が全然無いので
 

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