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松鶴城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)21時05分7秒
返信・引用
  これも阿南市のお城。

土佐泊城主であった森氏が、蜂須賀領内の配置替えで当地に赴いて築いた城。

海と山に囲まれた天然要害地形である。

http://mizuki.my.coocan.jp/tokusima/anansi.htm#shoukaku
 
 

上大野城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)21時02分6秒
返信・引用
  これも阿南市のお城。

遠目にもとんがった形状が特徴的な山城である。長宗我部勢によって攻め落とされた城。

山頂の城山神社まで車で行けるが、道が細くてけっこう危険!

http://mizuki.my.coocan.jp/tokusima/anansi02.htm#kamioono
 

畑山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)21時00分42秒
返信・引用
  これも阿南市のお城。

鳥坂城と同様の同心円状の山城である。

比高20mほどなので、すぐに登れる。

http://mizuki.my.coocan.jp/tokusima/anansi02.htm#hatayama
 

高源寺城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)20時59分6秒
返信・引用
  徳島県阿南市のお城。

徳島の山城では珍しく4重の堀切を有している山城である。

比高50mほどであるが、尾根基部まで林道が付けられており、アクセスも簡単!

http://mizuki.my.coocan.jp/tokusima/anansi02.htm
 

茨ヶ岡城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)20時56分11秒
返信・引用
  これも那賀町のお城。

阿波守護であった細川真之が隠棲していたという城。

それにしては規模が小さすぎる。

単郭で二重堀切が残されている。

http://mizuki.my.coocan.jp/tokusima/nakatyou01.htm#ibara
 

和食城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)20時54分42秒
返信・引用
  徳島県那賀町のお城。

蜂須賀氏の9端城の1つと言われているが、遺構の残存状況はよくない。

それでも蛭子神社の端に堀が残されている。

http://mizuki.my.coocan.jp/tokusima/nakatyou01.htm
 

加島城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)20時53分9秒
返信・引用
  これも海陽町のお城。

かつては島であったというが、現在は陸続きとなっている。

山頂まで登ってみたが、遺構らしきものはない。それより尾根下は断崖絶壁になっており、けっこう怖い。

http://mizuki.my.coocan.jp/tokusima/kaiyoumati02.htm#kasima
 

吉野城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)20時50分36秒
返信・引用
  これも海陽町のお城。

山城と居館とがセットになっている。

海部城に移る前の藤原氏の居城である。

http://mizuki.my.coocan.jp/tokusima/kaiyoumati02.htm
 

愛宕城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)20時49分3秒
返信・引用
  再び徳島県に戻って海陽町のお城。

単純な城郭で、神社になっているのですぐに訪れられる。

http://mizuki.my.coocan.jp/tokusima/kaiyoumati02.htm#atago
 

内田城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)20時47分54秒
返信・引用
  高知県東洋町のお城。

ここはとにかくすごい城であった。城マニアにはぜひ訪れてみてほしい城だ。

ただ、東洋町って遠くて、よほど思い切らないと、ここまで足を延ばすのは難しいだろう。

http://yogochan.my.coocan.jp/kouti/touyoumati01.htm
 

木岐城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)20時45分33秒
返信・引用
  これも美波町のお城。

やはり地元豪族の城である。

こちらは比高も少し高く、主郭分は土塁を巡らせている。

山麓近くの石積み群は畑の跡だろうか。

http://mizuki.my.coocan.jp/tokusima/minamimati.htm#kiki
 

由岐城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)20時43分55秒
返信・引用
  徳島県美波町のお城。

地元豪族の居城である、単郭で小規模な城。

それにしても美波町って、いい名前の町だよなあ。

http://mizuki.my.coocan.jp/tokusima/minamimati.htm#yuki
 

渋野城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)20時32分12秒
返信・引用
  これも徳島市のお城。

単郭の簡素な城である。見どころは堀切1本だけだろうか。

山麓の八坂神社からすぐに登って行ける。

http://mizuki.my.coocan.jp/tokusima/tokusimasi01.htm#sibuno
 

夷山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)20時30分49秒
返信・引用
  これも徳島市のお城。

比高差はあまりなく、堅固な城だとは思われないが、何度も三好勢と長宗我部勢との攻防戦が展開された枢要な城である。

http://mizuki.my.coocan.jp/tokusima/tokusimasi01.htm#ebisu
 

津田城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)20時29分22秒
返信・引用
  徳島市のお城。

津田の港を監視するための城である。

現在では山がだいぶ削られてしまい、遺構は分かりにくくなってしまっている。

http://mizuki.my.coocan.jp/tokusima/tokusimasi01.htm#tuda
 

土佐泊城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)20時28分5秒
返信・引用
  徳島県鳴門市のお城。

長宗我部氏の猛攻に耐えた堅固な山城であるが、現在は立入禁止になっている。

多分見ごたえのある遺構があるはずなので、機会があれば何とか登ってみたい。

http://mizuki.my.coocan.jp/tokusima/narutosi02.htm
 

犬伏城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)20時26分37秒
返信・引用
  徳島県板野町のお城。

徳島県立文化財センター「レキシル徳島」の敷地内にあるので場所は分かりやすい。

しかし、そういう施設の脇にありながら未整備で一部は削られてしまっている。

http://mizuki.my.coocan.jp/tokusima/itanomati01.htm
 

鳥坂城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)20時24分51秒
返信・引用
  徳島県石井町のお城。

伝承では鎌倉時代の城ということだが、堂々たる戦国の城郭だと思う。

徳島でよく見られる同心円状の形状を成した山城である。

http://mizuki.my.coocan.jp/tokusima/isiimati01.htm
 

城ヶ丸城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)20時21分45秒
返信・引用
  徳島県吉野川市のお城。

無名の城であるが、堀切などの遺構は残っている。

歴史等は未詳。

http://mizuki.my.coocan.jp/tokusima/yosinogawasi02.htm
 

山野上城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)20時20分30秒
返信・引用
  これも阿波市のお城。

細川頼之が隠居していた城である。

こちらも遺構は乏しいが、それでも城塁の名残は認められる。

http://mizuki.my.coocan.jp/tokusima/awasi02.htm#yamanoue
 

切幡城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)20時18分48秒
返信・引用
  徳島県阿波市のお城。

2つの川に囲まれた三角州に築かれている。

遺構は失われてしまったようだが、城址碑が建てられている。

http://mizuki.my.coocan.jp/tokusima/awasi02.htm
 

謹賀新年!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 1日(金)05時14分45秒
返信・引用
  あけましておめでとうございます。
2021年になりましたね。今年はどんな年になるでしょうか。

色々なことが順調に進んで行くことを祈っています。

このホームページを立ち上げてから早24年。

ずいぶん長くやってきたものだと思いますが、今年も地道にお城巡りは続けていきたいと思っています。

それではまた、今年もよろしくお願いします!
 

「地形」と「戦術」で見る日本の城!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年12月29日(火)11時25分37秒
返信・引用
  標記の本が来月、イースト新書から発売されます。
920円(税抜き)です。
この本に57城の城の鳥瞰図を提供しました。
鳥瞰図を基に城の構造を、攻城という視点から解説していく本です。
これを片手に城攻めをすると、とっても楽しいと思います。
よろしかったらお手に取ってみてください!
 

Re: 市原市 真ヶ谷城

 投稿者:余湖  投稿日:2020年12月29日(火)11時21分53秒
返信・引用
  > No.6939[元記事へ]

うみすきさんへのお返事です。

初めまして! また、ご丁寧に連絡ありがとうございます。

地元のお城がこんな風に紹介されていると、とてもワクワクしてきますね。ページを拝見して、また訪れてみたくなりました。

ただ、真ヶ谷城の鳥瞰図はかなり初期の頃のものなので、今見ると、描き直してみたくなる箇所があります。
再訪する機会があったら、修正してみたいと思います。

それではまたです!
 

市原市 真ヶ谷城

 投稿者:うみすき  投稿日:2020年12月29日(火)09時53分19秒
返信・引用
  余湖さん、こんにちは!はじめまして。
低山を中心に山歩きをしております、うみすきと申します。
去年の大型台風で荒れた千葉の山の復興、整備を今年は主な活動としておりました。
家から近い市原市の里山の「米沢の森」の整備がだいぶ進んできて、少しずつですが、ハイカーが戻ってきております。
続いて、連なる「内田の森」の整備も開始して、ここにある、真ヶ谷城要害を説明する時に余湖さんの絵図を出展元のURLと共に使わせていただきました。
ありがとうございます。m(__)m
この絵図と余湖さんの解説を印刷したものを持って、現地を歩くと、この城のことが良く分かりました。
それから、米沢の森には中野台城址がありますが、こちらの方にも、もし、機会があれば整備が進んでおりますので、再度ご来訪いただけましたら、幸いです。
では御礼迄。

https://yamap.com/activities/9220393

 

Re: 鉾田城!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年12月15日(火)04時33分52秒
返信・引用
  > No.6937[元記事へ]

あんけんさんへのお返事です。

ありがとうございます。早速拝見しました。

現地説明会には行けなかったので、こうして自宅で動画を見られるというのはとてもいいですね!

これから、こういう動画が増えてくれると嬉しいです!
 

Re: 鉾田城!

 投稿者:あんけん  投稿日:2020年12月14日(月)19時20分24秒
返信・引用 編集済
  > No.6936[元記事へ]

余湖さんへのお返事です。

こんばんは、あんけんです。当日雨天の悪条件であったと、オフィシャルで今年度の真壁城現説内容を解説する動画がアップされました(現説の模様ではなく晴れた別の日の撮影です)!

https://www.youtube.com/watch?v=-C47piY5SiI

 

Re: 鉾田城!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年12月 7日(月)03時11分58秒
返信・引用
  > No.6935[元記事へ]

あんけんさんへのお返事です。

ご無沙汰しております。
真壁城の発掘の様子、お知らせいただきありがとうございます。
そういえば、毎年恒例の発掘報告の時期でしたね。すっかり忘れていました。

> 二つの曲輪っぽい地形の北側にも水田が回り込んでますが、もう二重に曲輪が有って大手口は北西側であった様にも見えませんでしょうか?しかも出た先の道を辿ると現在の東関道沿いの県道から県道110号線を経て涸沼の東側に出てます。常磐道や水戸もその先ですが古代から(いつの時代までの話かは不明ですが)大洗より南の海は荒れて東北へ海から向かう移動・物流の経路としても大事なルートだった場所だそうです。

おっしゃる通り、さらに北西側にも堀が回り込んでいたようにも見えますね。ただ、それだと規模が大きすぎるのかなと思って、あの図のようにしてみました。
城があったという伝承の場所が、鉾神社の地と、その南側の耕作地であったということなので、そこに限定してみたのですが、実際にはその北側にも展開していた可能性もあるので、そこは全く想像上の世界です。
発掘でもやってみれば、正確なところが分かるのだと思いますが、現状ではなかなか難しいところですね。

あそこが古来の物流の重要なルートであったことは間違いないと思います。
 

Re: 鉾田城!

 投稿者:あんけん  投稿日:2020年12月 6日(日)17時34分50秒
返信・引用
  > No.6929[元記事へ]

余湖さんへのお返事です。

二つの曲輪っぽい地形の北側にも水田が回り込んでますが、もう二重に曲輪が有って大手口は北西側であった様にも見えませんでしょうか?しかも出た先の道を辿ると現在の東関道沿いの県道から県道110号線を経て涸沼の東側に出てます。常磐道や水戸もその先ですが古代から(いつの時代までの話かは不明ですが)大洗より南の海は荒れて東北へ海から向かう移動・物流の経路としても大事なルートだった場所だそうです。
 

真壁城中城庭園発掘現場

 投稿者:あんけん  投稿日:2020年12月 6日(日)17時03分37秒
返信・引用
  こんにちは、あんけんです。
今年も真壁城の現地説明会に昨日行って来ました。

庭園に入る園路の続きでは二の丸から渡って来た場所に小土塁の基部が見つかり、堀状溝・垣根と併せてクランクさせた園路が枡形みたいな造りになってる遺構が出始めてます。(平面図当該箇所)

また中城南端の池遺構も発掘され半島状に突き出る部分や茶室横の滝的遺構が有り、一度深い池を造ってから浅く造り直した事が判明しました。しかも北側の庭園遺構に集約され早々に廃されて土塁を築かれたそうです。昨年度の南面に続き東面の土塁の復元も進んでますが、遺構地表面と保護の砂の層、その上の土の層とで内面の高さは約半分程になってます。

中城東門土橋も中を刳り貫かれていた南東隅櫓台も復元され、上を歩ける様になってます。整備にあたって櫓跡には東屋を建てるみたいです。

遺物的には中国製青磁がまた出たほか、甕など土器も庭園外で出土した個体よりもより上質なモノが出土してます。また県内の調査が行われた城郭の遺物や案内・現説資料などが並べられ、水戸城・土浦城・笠間城・大宝城などの遺物を拝見したほか常陸太田城現地説明会配布資料などを頂きました。

水戸城の櫓は来年2月竣工だそうです。
 

小貫城!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年12月 6日(日)06時05分55秒
返信・引用 編集済
  これも常陸大宮市のお城。

これまた新規発見城郭である。

雨がまったく止まないので、「登り口だけ教えます」と言われて登り口まで来たのだが、結局上まで登ってしまった。

山そのものが削られているのでかなり改変されてしまっているようだ。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/ibaraki/hitatioomiyasi06.htm#onuki

結局、雨のために2城しか回れなかった。茨城まで来て2城しか回らなかったのは初めてである。
 

大岩古内館!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年12月 6日(日)06時03分49秒
返信・引用
  常陸大宮市のお城。

昨日は久々のヤブレンジャーツアーで、新規発見された城郭を回る予定でした。

ところがあいにくの雨、雨の中でのヤブ城直登はやりたくない。

しかし、この城は遺構が充実しているというので、雨の中登って行ったのであった。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/ibaraki/hitatioomiyasi06.htm
 

山崎古館!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月29日(日)20時32分25秒
返信・引用
  これも石岡市(旧八郷町)のお城。

やはり『遺跡地図』には掲載されておらず、これまた「古館」の地名を頼りにP殿が発見したものではないかと思う。

単郭ながら横堀や堀切が残されている。特に北側の堀切には土橋と土塁を長く接続させる登城ルートが設定されており、珍しい構造となっている。

一部は作業所によって削られている。城内をガサガサ歩いていると、作業所の方に不審に思われるので、一声かけておいた方がよいと思う。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/ibaraki/isiokasi02.htm#yamazaki
 

成井館!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月29日(日)20時29分43秒
返信・引用
  石岡市(旧八郷町)のお城。

これまた『遺跡地図』には掲載されておらず、、「古館」の地名を基にP殿が発見した城であろう。

訪れてみると見るからに城館であり、いかにも古館といった遺構がよく残されている。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/ibaraki/isiokasi02.htm
 

鉾田城!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月29日(日)20時27分59秒
返信・引用
  鉾田市の鉾田城は遺構が完全消滅してしまっており、古図なども残されておらず、その形状は幻の城とも呼ばれていた。

しかし、港を抑えるための水城であったという機能と『城郭体系』の記述を念頭に置きながら、明治の迅速地図を見てみると、その形状を復元することができる。

もっとも、想像の産物ではあるが、けっこう合っているんじゃないかな・・・・。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/ibaraki/hokota.htm#hokota
 

外城!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月29日(日)20時25分42秒
返信・引用
  これも茨城町のお城。

やはり『遺跡地図』には掲載されておらず、アオ殿とP殿のページで紹介されていて知った。

現状では遺構に乏しいが、涸沼に臨む台地先端部は、城館を築くのにいかにもふさわしい場所である。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/ibaraki/ibarakimati02.htm#tojou
 

三條館!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月29日(日)20時24分5秒
返信・引用
  これも茨城町。涸沼の北岸の台地にある城館。

館の前面の土塁がとてもよく残っている。単郭の居館だったものだろうか。

これも『遺跡地図』には掲載されておらず、北緯36度付近の中世城郭にのみ紹介されている。アオ殿が発見した城館なのであろうか。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/ibaraki/ibarakimati02.htm
 

野曽館!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月29日(日)20時22分15秒
返信・引用
  これも茨城町のお城。

これまた『茨城県遺跡地図』に掲載されてない。P殿が発見したのであろうか。

大高城とも言われ、かつてはそれなりの規模があった模様だが、現在では土塁の一部のみ残る。

同じ台地の南端部には宝塚古墳がある。前方後方墳で、周囲に堀を巡らせており、いかにも城館的な雰囲気。城と同じ台地の南端にあり、下の街道や河川を望む位置にあることから、往時は出城として活用されていた可能性がある・・・と思うのは中世城郭シンドローム?

http://yogoazusa.my.coocan.jp/ibaraki/ibarakimati02.htm#noso
 

雨ヶ谷城!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月29日(日)20時18分49秒
返信・引用
  茨城県茨城町のお城。

『茨城県遺跡地図』に掲載されていなかったため、かつての悉皆調査では未訪問の城である。P殿が場所を発見したのであろうか。

訪れてみて、規模の大きさにびっくり! これだけの城がこれまで知られていなかったとはまったく意外なことである。

江戸氏支配領域にあることと、、河和田城との類似性を感じることから、江戸氏が軍事拠点として築いた城だったと思う。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/ibaraki/ibarakimati02.htm#amagai
 

金弓館!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月29日(日)20時16分24秒
返信・引用
  鉾田市(旧旭村)のお城。

存在そのものは知っていたのだが、位置が分からずに未訪問だった。今回は位置情報があったので、簡単に到達できた。

小規模な城館だが、俺を伴った城塁や、枡形虎口など、意外と技巧的な城館なのであった。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/ibaraki/asahimura.htm
 

関戸館!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月29日(日)20時14分51秒
返信・引用
  これも鉾田市のお城。

台地内部にあるのだが、台地上が一面の笹薮となっている。前回は台地下から登って笹薮の中を歩いたのだが、遺構までは到達できなかった。

今回は北側の作業小屋の方に断って、北側の敷地内から入ってみた。
するとすぐに土塁を発見、今回は到達できた。

烟田八館と同様、土塁だけの小規模な館であったようだ。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/ibaraki/hokota.htm#sekido

この後、近くの田山館を描こうと思って笹薮に入り込んだ。かつて3回挫折しており、今回は4度目の挑戦である。しかし、あえなくギブアップしてしまった。この城の図を描ける人はいるのか・・・・。

さらに近くの稲子沢館も訪問。ここも笹薮内部を歩き回ったのだが、今回も遺構は発見できなかった・・・・。

山は登ってないのだが、とても疲れる・・・。
 

龍ヶ谷館!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月29日(日)20時09分58秒
返信・引用
  茨城県鉾田市のお城。

久しぶりに茨城の城を回ってきた。これまでに遺構に到達できなかった城と新発見の城を一気に回ってみようと思ったのである。

龍ヶ谷館は烟田八館の1つであるが、現存する館のうち、ここだけが未達であった。というのもかつてはナビも地図ロイドもない時代、手持ちの地図だけでは分かりにくい場所にあったのと、遺構の北半分が消滅してしまっているため、城内に入っても「遺構がない?」となってしまったからだった。

金色館等他の館群と同様、土塁のみの小規模館だったようだ。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/ibaraki/hokota.htm#ryuugai
 

松丸館!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月21日(土)04時03分28秒
返信・引用
  これも大野市のお城。

小規模な城館ながら、遺構はちゃんと分かる。

かつては民家の敷地であったが、現在では空き地となっているので、自由に探索できる。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/hukui/oonosi02.htm#matumaru
 

小山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月21日(土)04時01分54秒
返信・引用
  福井県大野市のお城。

斯波氏の有力城郭の1つ。低い丘陵の上ながらよく加工された城郭である。

遊歩道が整備されており、前端を散策することができる。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/hukui/oonosi02.htm
 

平泉寺!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月21日(土)03時59分30秒
返信・引用
  これも勝山市のお城。

戦国時代には朝倉氏と同様の兵力を有していたとも言われる平泉寺。いわゆる武装寺院である。

かつては数千の僧房を有し数万の僧兵を擁していたという。その後焼き討ちされて廃墟となったが石垣がよく残っている。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/hukui/katuyamasi01.htm#heisenji
 

三室山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月21日(土)03時57分39秒
返信・引用
  福井t県勝山市のお城。

一向一揆衆が築いたという臨時の砦である。

小規模な山城だが、公園として整備されているので、とても歩きやすい!

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/hukui/katuyamasi01.htm#mimuro
 

鳥瞰図使用について

 投稿者:snowman  投稿日:2020年11月19日(木)22時21分13秒
返信・引用
  余湖さんありがとうございます。
ありがたく使わせていただきます!
 

Re: 縄張り図について

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月19日(木)19時34分39秒
返信・引用
  > No.6915[元記事へ]

snowmanさんへのお返事です。

こんにちは、余湖です。
連絡ありがとうございます。

私のページの図は(縄張図というよりは鳥瞰図ですが)、出典が「余湖くんのホームページ」であることさえ表記してあれば、ご使用は自由ということにしてあります。

もちろん動画にも使用可能です。よろしければご活用ください。

それではまたです。
 

縄張り図について

 投稿者:snowman  投稿日:2020年11月19日(木)13時24分56秒
返信・引用
  こんにちは。いつもTwitterでは余湖さんの記事拝見しております。
私は現在、お城の動画を制作中なのですが、余湖さんの縄張り図を使わせていただいてもよろしいでしょうか。
ご自身の足で回られ描かれた大変貴重な縄張り図なので、是非動画に使用したいと思っております。
もちろん出典明記は致します。
どうぞよろしくお願い致します。
 

河上城!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月19日(木)04時27分7秒
返信・引用
  これも坂井市のお城。

由来不明だが、長く見事な横堀が残されている。

山頂まで林道が付けられていたので車で城内まで入って行ったのだが、こちらは運転に注意が必要な林道だった。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/hukui/sakaisi02.htm#kawakami
 

雨乞山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月19日(木)04時25分31秒
返信・引用
  福井県堺市のお城。

比高180mの雨乞山という目立った山が城址となっている。

山頂まで遊歩道がつけられているので、それを歩いて行けばよいのだが、城の主郭部を削るように新しい林道が付けられていた。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/hukui/sakaisi02.htm
 

波多野城!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月18日(水)04時13分51秒
返信・引用
  福井県永平寺町のお城。

かなりの高所にある山城だが、真下まで林道を通っていあ癖酢することが可能である。

遺構はとてもよく残っており、ヤブ1つない畝状竪堀には感動する!

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/hukui/eiheijimati01.htm
 

上野山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月17日(火)04時22分47秒
返信・引用
  これもあわら市のお城。

単郭ながら二重の横堀が巡らされている。

城のすぐ脇の平場を取り込んでいないことから、臨時の城郭だったと推定される。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/hukui/awarasi02.htm#ueno
 

瓜生城!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月17日(火)04時21分40秒
返信・引用
  これもあわら市のお城。

急峻な山稜上に築かれている。

福井にありがちな、山稜古墳群を利用した山城である。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/hukui/awarasi02.htm#uryuu
 

神宮寺城!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月17日(火)04時20分24秒
返信・引用
  これもあわら市のお城。

神宮寺跡の背後に畝状竪堀や馬出を備えた城郭が埋もれている。

神宮寺は一種の武装寺院だったのだと思われる。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/hukui/awarasi02.htm#jinguuji
 

細呂木城!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月17日(火)04時19分11秒
返信・引用
  福井県あわら市のお城。

神社の背後の山稜が城址となっている。

それほど高い山稜ではないが、城郭はコンパクトにまとまっている。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/hukui/awarasi02.htm
 

伊自良館!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月16日(月)04時12分12秒
返信・引用
  これも福井市のお城。

といっても、隠れ里のようなものすごい山の中にある。

遺構もよく残り、復元された立派な御殿まであるが、御殿も資料館も今は閉鎖されてしまっているみたいだ。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/hukui/hukuisi04.htm#ijira
 

黒丸城!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月16日(月)04時10分45秒
返信・引用
  これも福井市のお城。

一乗谷に移る前の朝倉氏の本拠地だったと言われるが、遺構はほとんど残っていない。

案内板の前の道路で、マムシが車に轢かれて死んでいた。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/hukui/hukuisi04.htm#kuromaru
 

朝倉山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月16日(月)04時09分23秒
返信・引用
  これも福井市のお城。

その名の示す通り戦国期の朝倉氏の山城だったという。その割には古そうな城である。

遊歩道が整備されており、意外と楽に登れた。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/hukui/hukuisi04.htm
 

安居城!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月15日(日)05時33分12秒
返信・引用
  これも福井市のお城。

山稜の中腹部分を城郭として取り立てた珍しい構造の城。

南北朝時代の城とのことで、案内板が設置されている。櫓台を伴った虎口が見どころである。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/hukui/hukuisi03.htm#ago
 

天目山城

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月15日(日)05時31分42秒
返信・引用
  これも福井市のお城。

神社のすぐ背後に築かれ、二重の横堀を巡らせている。

脇に林道が通っているので、とてもアクセスしやすいのだが、全体がヤブで歩きにくい。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/hukui/hukuisi03.htm#tenmoku
 

鎗噛山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月15日(日)05時30分10秒
返信・引用
  これも福井市のお城。

南北朝時代の山城だったという。山頂には明治4年に立てられたという明治天皇即位記念碑が建てられている。

しかし今では訪れる人もないようで、城内はヤブだらけである。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/hukui/hukuisi03.htm#yarikami
 

北茶臼山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月15日(日)05時28分37秒
返信・引用
  福井県福井市のお城。

比高20mほどだが、周囲を削られていて登るのに骨が折れる。

主郭周辺の堀や土塁がよく残っている。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/hukui/hukuisi03.htm
 

大窪鎌太館!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月13日(金)04時03分47秒
返信・引用
  これも越前町のお城。

川端の国道沿いに、土塁を巡らせた城館跡がよく残っている。

それにしても福井県、越前町と越前市があるので、どうにもややこしい。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/hukui/etizenmati01.htm#ookubo
 

栗屋城!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月13日(金)04時02分18秒
返信・引用
  福井県越前町のお城。

比高500mもある城山に築かれているが、舗装された車道が上の方まで付けられているので、意外とアクセスは簡単。

遺構はそれなりに残っているが、主郭は神社によって破壊され、後はヤブである。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/hukui/etizenmati01.htm
 

四方谷城!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月12日(木)04時08分5秒
返信・引用
  これも鯖江市のお城。

四方谷地区には城郭が多く存在しており、周辺の目立った山には三な城が築かれている。

四方谷城は、比高20mほどの低い丘陵上に築かれている。明確な遺構は少なく、かなり簡素な城郭である。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/hukui/sabaesi01.htm#sihoutani
 

天神山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月12日(木)04時06分13秒
返信・引用
  これも鯖江市のお城。

天満神社の祭られているその名も天神山が城址となっている。

主郭の下の三重横堀や、2郭下の廿横堀など、大規模ではないものの技巧的な構造が見られる。

郭の削平がきちんとしておらず、いかにも急造された陣城といった趣の城である。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/hukui/sabaesi01.htm#tenjin
 

御床ヶ嵩城!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月12日(木)04時04分25秒
返信・引用
  これも鯖江市のお城。

ハイキングコースとしてメジャーな三床山に築かれている。

山城で人に会うことはめったにないが、この城では何十人という登山者と遭遇した。山城でこんなに人に会ったのは初めてである。

遺構はそれほどすごくはないが、景色はとってもいい!

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/hukui/sabaesi01.htm#mitoko
 

三峰山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月12日(木)04時02分31秒
返信・引用
  福井県鯖江市のお城。

一乗谷も見下ろせる高い山稜上に築かれている。南北朝時代に脇屋義助の籠城した城であり、主郭に脇屋義助を讃える大きな石碑が建てられている。

かつて存在した三峰村から登るルートが一般的だが、南側の舗装された林道からだとアクセスも加担である。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/hukui/sabaesi01.htm
 

金剛院城!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月11日(水)03時42分13秒
返信・引用
  これも越前市のお城。

羽柴秀吉の家臣であった青木氏の一族の居館。

本堂の背後に土塁だけが残っている。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/hukui/etizennsi02.htm#kongouin
 

新善光寺城!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月11日(水)03時40分50秒
返信・引用
  これも越前市のお城。

南北朝時代に、斯波氏と瓜生氏とが取合った激戦地。

現在は北側と西側にわずかに土塁を残している。

山門はかつての府中城の表門の移築建造物である。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/hukui/etizennsi02.htm#sinzenkouji
 

龍門寺城!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月11日(水)03時38分53秒
返信・引用
  福井県越前市のお城。

織田信長が越前一向一揆討伐のために本陣を置いた場所である。

市街地に埋もれてしまっているが、南側の堀跡がかろうじて墓地となって残っている。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/hukui/etizennsi02.htm#ryuumonji
 

湯尾城!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月10日(火)04時01分23秒
返信・引用
  これも南越前町のお城。

湯尾峠のすぐ脇にあり、峠を抑えるための城であった。

南北朝時代の激戦地である。

木ノ芽峠もそうだが、峠の周辺は石垣造りの堅固な虎口が形成されている。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/hukui/minamietizenmati01.htm#yunoo
 

木ノ芽峠城館群!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月10日(火)03時59分58秒
返信・引用
  福井県南越前町のお城。

今庄スキー場の上の山稜の木ノ芽峠を中心に4つの城郭が築かれている。

大規模ではないものの、それぞれよく加工された城館が今も残されている。

スキー場があるおかげで上の方まで車で行けるので楽ちんである。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/hukui/minamietizenmati01.htm
 

Re: 「余湖図」使用許可願い

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月10日(火)03時58分12秒
返信・引用
  > No.6888[元記事へ]

吉之助(鈴木)さんへのお返事です。

ご無沙汰しております。長野の城を回って来られましたか。長野にはいいお城が多いですよね。今回回られたお城も、名城ぞろいですね。何度も行きたくなってしまいます。

私の図等は、出典を明記してあればご使用は自由です。よろしければご活用ください。

それではまたです。
 

「余湖図」使用許可願い

 投稿者:吉之助(鈴木)  投稿日:2020年11月10日(火)01時43分45秒
返信・引用
  ご無沙汰しております。
徐々に城巡りの方も再開されているようで何よりです。

自分の方は11月初めの連休を利用して信州の山城を廻ってきました。
信州新町の「牧野島城」、麻績村の「麻績古城」、長野市の「旭山城」と「葛山城」、長和町の「長窪城」、佐久の「田口城」、「内山城」、「志賀城」等々。
特に麻績古城、佐久の三城は?風状の岩が天然の石垣となっており、下から見上げるとその迫力に圧倒されてしまいました。
3日間の攻城戦でしたが、老体には結構ハードな城攻めとなりました(苦笑)

さて、話は変わりますが、自分のSNSで城の紹介をする際に余湖さんの「余湖図」を使用させていただいてよろしいでしょうか?もちろん出典も明記させていただきます。
厚かましいお願いで申し訳ないのですがご承認いただけますと幸いです。
よろしくお願いいたします。
 

疋壇城!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月 9日(月)04時13分17秒
返信・引用
  福井県敦賀市のお城。

主郭がよく残り、多聞櫓を建てられそうな土塁、石垣で囲まれた櫓台などが残る。

近世城郭の萌芽を感じさせる城館である。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/hukui/turugasi02.htm
 

Re: 東海地区の城

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月 7日(土)05時41分20秒
返信・引用
  > No.6885[元記事へ]

備前守長政さんへのお返事です。

山中でお巡りさんと遭遇するとは、びっくりですね。大桑城は、行方不明になりそうなくらいに危険な個所もあるのでしょうか。注意した方がよさそうですね。

私はクマには遭遇したことがありませんが(こっちが遺構探索に夢中で気が付かなかっただけかも)、鹿、イノシシ、スズメバチ、野犬、野猿、マムシ、ハンターなどには遭遇したことがあります。

中でも最も危険だったのがハンターで、「俺の猟場に来やがって」と銃口を向けられたことがありました。もっとも危ないのは人間なのかもしれません。

それではまたです。
 

Re: 東海地区の城

 投稿者:備前守長政  投稿日:2020年11月 6日(金)20時33分28秒
返信・引用
  余湖さんへのお返事です。

北陸ですか。そう言えば数年前、加賀鳥越城に登っている途中、熊の親子に遭遇しました。こっちは車だったので向こうがさっさと茂みに隠れてしまいましたが。

大桑城のある古城山は、現在中腹を林道が走り、登城口には駐車場が整備されています。比高で百数十メートルと、かなり負担が軽くなります。
入口には熊に注意の看板。幸い熊にも鹿にも遭遇しませんでしたが、ハイキングコースから外れた支尾根でお巡りさんのグループに遭いました。
山狩りかと思ったら行方不明者の捜索だそうで、麓から道無き道を上がって来た由(麓から流れてきた市の防災無線でも行方不明者を探す呼び掛けが聞こえてきました)。
過去、熊、鹿、カモシカ、兎、猿、猪、狸には出くわしましたが、捜索中のお巡りさんは初めてで、正直驚きました。

  
 

Re: 東海地区の城

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月 5日(木)04時51分31秒
返信・引用
  > No.6883[元記事へ]

備前守長政さんへのお返事です。

ご無沙汰しております。『廃城をゆく7』、本屋に行ってみても置いてあるのを見たことがありません。売れているのかどうか、ちょっと心配です。

いよいよお城巡りにいいシーズンになってきましたね。東海地方のお城を回って来られましたか。東海地方はまだまだ未訪問のお城が多いので、そのうちまた出かけてみたいです。

大桑城は、昔、『国盗り物語』を読んで以来、いつか行ってみようと思いつつ、高い山城なので、ずっと二の足を踏んでいました。

近年では林道を通って、けっこう上の方まで行けるらしいので、近いうちに行ってみたいと思います。

先日は福井の山城を回ってきました。今、鳥瞰図を30城ほど同時に描いている最中です。北陸地方はクマの被害が続いていたので、ちょっと心配していたのですが、市価には遭いましたが、クマには遭わずにすみました。

それではまた、気を付けてお城巡りをしましょう!
 

東海地区の城

 投稿者:備前守長政  投稿日:2020年11月 3日(火)17時39分50秒
返信・引用
  ご無沙汰してます。
「廃城を行く7」面白そうな視点ですね。

いよいよ秋も深まり本格的な城めぐりのシーズン到来です。

先月に続き岐阜と、帰りに浜名湖界隈の城見てきました。余湖図にもお世話になりました。ありがとうございます。

岐阜は東濃の苗木城、阿寺城、霧が城と中濃の大桑城など。浜名湖界隈は宇津山城、佐久城などです。

苗木城は昨今の山城ブームのせいか結構人が多く、駐車場は満車に近い状態でした。阿寺城は余湖図でも紹介されている主郭南の三重堀切が魅力的でした。霧が城は余り紹介されていませんが穴城で堀や土橋が良く残っています。別荘なのか宅地なのか団地の奥で分かりにくいですが。

大桑城は大河の影響と元々軽登山向きに登山道も整備されており、加えて行楽日和だったので多数の登山者が居ました。其処ら中の支尾根に遺構があり堪能しました。ただ疲れました。

宇津山城は面白い縄張です。ただ、薮化が凄く散策ルートは消滅寸前。一方、佐久城は見易くなっていて楽しめました。でも別荘地の中で分かりにくいですね(霧が城みたい)。

次は未定ですが、近場を回ろうかと思います。それでは。

 

Re: 城郭情報部

 投稿者:余湖  投稿日:2020年10月30日(金)03時31分37秒
返信・引用
  > No.6881[元記事へ]

城郭情報部さんへのお返事です。

> 情報部のホームページは下記に移転しました。
>
>
> https://m1untzblc9km.blog.fc2.com/
>
>

了解しました。
 

城郭情報部

 投稿者:城郭情報部  投稿日:2020年10月30日(金)00時21分8秒
返信・引用
  情報部のホームページは下記に移転しました。


https://m1untzblc9km.blog.fc2.com/

 

『廃城をゆく』7!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年10月26日(月)20時05分1秒
返信・引用
  『廃城をゆく』7「再発見!街中の名城」が発売されました。よろしかったらお手に取ってご覧ください。
山城や中世城郭を中心に紹介してきた廃城シリーズですが、今回はちょっと趣を変えて、町の中に埋もれている名城などを紹介しています。
 

Re: 香取市府馬の実川城跡

 投稿者:余湖  投稿日:2020年10月22日(木)03時35分22秒
返信・引用 編集済
  > No.6878[元記事へ]

むかいさんへのお返事です。

初めまして。実川城は小さいながらも、ちゃんと城としての形状を残していますね。府馬氏の家臣の実川氏の居城であったと言われています。

竜の石像があったというのは初耳でした。城跡に竜があるなんてロマンがありますね。池の跡などからすると、庭園があったのかもしれませんね。

とても興味深いお話です。次に訪れる機会がありましたら、私も探してみたいです。

実川氏は府馬氏の家臣であったと言われていますから、おっしゃるように正木氏と共に戦った可能性も考えられます。

情報ありがとうございました。
 

香取市府馬の実川城跡

 投稿者:むかい  投稿日:2020年10月21日(水)10時21分48秒
返信・引用 編集済
  初めて書き込みいたします。
どうぞよろしくお願いいたします。

子供のころに、友達に「山の中に竜かいる」と言われ、半信半疑で行ってみたことがありました。すると、本当に山の斜面のがさ藪の中に石造りの竜の像がありました。それがちょうど香取市府馬の実川城跡のあたりです。
斜面の途中に小さな池のあとが二つあり(もしくは細くつながっていた?)、その一つに竜の像がありました。城跡のどの部分かは、なにぶん子供のころであったので斜面を下った途中だったとしか覚えていません。
なぜこんなところにと不思議でしかたなく、昔お屋敷があったのかなと子供心に思いました。しかし、そこに城があったと判り得心いたしました。
数十年の疑問が解けて嬉しかったので書き込みさせていただきます。

府馬氏の家臣ということは正木氏と共に戦ったのでしょうか? 身近にも城跡があったと知り驚いています。
 

大阪のトリセツ

 投稿者:余湖  投稿日:2020年10月14日(水)20時41分52秒
返信・引用 編集済
  昭文社から出版されているトリセツシリーズの1冊です。
献本いただいたので宣伝させていただきます。
私も鳥瞰図を提供したのですが、作者名が違っていました。
そうだよなあ、パソコンで「ヨゴ」って変換したら、絶対余呉になるよなあ。
先祖の出身地ではあるんだけどなあ。
余湖では、ふつう「よご」って読めないですもんね(^^;
 

燕城!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年10月10日(土)06時33分19秒
返信・引用
  これも佐久市のお城。

平地にある小山が城址なので、場所はすぐに分かるが、古くから安山石の採掘がおこなわれており、周囲は削られてしまっている。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/sakusi08.htm#tubame
 

池端城!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年10月10日(土)06時31分39秒
返信・引用
  これも佐久市のお城。

周囲に堀を巡らせた単郭の城だったようだが、宅地化と耕作化で、一部の城塁を残すのみである。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/sakusi08.htm#ikenohata
 

深堀城!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年10月10日(土)06時30分38秒
返信・引用
  これも佐久市のお城。

神社が主郭なのだが、この神社、なんとも訪れにくかった。

市街地化で堀の一部が残るだけである。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/sakusi08.htm#hukabori
 

荒城!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年10月10日(土)06時29分35秒
返信・引用
  これも佐久市のお城。

荒山城の近くにある荒山に築かれているので、こちらも本来なら荒山城と呼ばれていたのではないかと思うが、近くに同じ名前の城があるのはややこしい。

場所は分かりにくいが、すぐ近くまで車で行くことができた。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/sakusi08.htm#ara
 

荒山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年10月10日(土)06時27分59秒
返信・引用
  長野県佐久市のお城。

高い土塁に深い堀切と、かなりの有力者の城であったと感じられる城である。

3郭に市の文化財となっている小学校校舎があるが、これが味わい深い建物であった。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/sakusi08.htm#
 

Re: 岡城のページ使用について

 投稿者:余湖  投稿日:2020年10月 9日(金)05時11分35秒
返信・引用 編集済
  > No.6860[元記事へ]

松木 充さんへのお返事です。

お久しぶりです。書き込みに気が付きませんでして、お返事が遅くなりまして申し訳ありません。

委細承知いたしました。お役立てできるようであればご活用ください。

今後ともご活躍をお祈りしております。
 

平井愛宕山砦!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年10月 9日(金)04時27分36秒
返信・引用
  これも佐久市のお城。

山稜先端部を利用した小規模な砦である。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/sakusi07.htm#hirai
 

藤ヶ城!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年10月 9日(金)04時26分23秒
返信・引用
  これも佐久市のお城。

内藤氏1万6千石の近世城郭。

幕末に築き始められ、完成直後に廃城となってしまった悲劇の城である。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/sakusi07.htm#huji
 

曽根城!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年10月 9日(金)04時22分20秒
返信・引用
  長野県佐久市のお城。

天然の断崖地形を利用した城郭で、主郭周囲の堀が残っている。

依田氏が一揆鎮圧のために築いた陣城であったという。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/sakusi07.htm
 

頭槌城!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年10月 8日(木)04時16分14秒
返信・引用
  これも御代田町のお城。

梨沢城館群の西側に位置する城館である。

狭い道を進んで行くと、山稜上に堀が残されている。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/miyotamati02.htm#dututi
 

久能の物見!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年10月 8日(木)04時14分22秒
返信・引用
  これも御代田町のお城。

梨沢城館の位置口に当たり、街道を監視するための物見の砦であったと思われる。

規模は小さい。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/miyotamati02.htm#kunou
 

向城・天神山砦!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年10月 8日(木)04時13分14秒
返信・引用
  これも御代田町のお城。

梨沢城館と東に向かい合う山稜に築かれている。

これまた、前面は登攀不可能な断崖絶壁となっている。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/miyotamati02.htm#mukai
 

梨沢城館!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年10月 8日(木)04時10分7秒
返信・引用
  これも御代田町のお城。

この地域を支配した大井氏の居城で、この城を中心としていくつもの城郭が配置されている。

周囲は切り立った断崖となっているが、城そのものは宅地化されていて遺構らしきものは見られない。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/miyotamati02.htm#nasizawa
 

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