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スペクトルマン

 投稿者:余湖  投稿日:2020年 1月 3日(金)07時25分12秒
返信・引用 編集済
  この年末年始は、かなり自由な時間があったため、昔懐かしい特撮ものなんかを久しぶりに見返してしまっていた。

スペクトルマンも久しぶりに見てみたのだが、今見るとなんともしょうがないストーリーであった。しかし、かつてスペクトルマンに子供たちは夢中になっていた。それというのも以下の理由からである。

ウルトラマン、キャプテンウルトラ、ウルトラセブンと怪獣ヒーローものが続き、自分を含め子供たちは夢中になっていた。

ところが昭和43年にウルトラセブンが終了した後、円谷プロは「怪奇大作戦」や「妖術武芸帳」などと怪獣ヒーローものから離れるといった路線をとるようになる。

子供たちの要望に応えて「帰ってきたウルトラマン」が放送されるのは昭和46年である。

つまり昭和43年から46年の3年間は、円谷プロの怪獣ヒーローものの空白地帯となっていた。

その期間に放送されたのがピープロのスペクトルマンだったのである。あまりかっこよくないあの風貌にも関わらず、「怪獣ヒーローものが見たい」という子供たちの要望と需要に応えていたのだから、人気が出るのも当然である。

というか、スペクトルマンの人気があったからこそ、円谷プロの後期ウルトラシリーズが製作されたと言っても過言ではないと思う。

テレビのみならず、冒険王や少年チャンピオンに連載していたマンガもよく読んでいたし、コミックスも全巻持っていた。プラモデルも作った。

しかし、スペクトルマン、円谷プロのウルトラシリーズを見慣れた目から見ると、違和感がありまくりである。今回見てみて(エピソードによっては本当に半世紀近くぶりにみたものもある)あらためてそれを感じた。



1 敵が主人公?

 この番組、最初のタイトルが「宇宙猿人ゴリ」であった。つまり、敵の名前がタイトルになっていたのである。こんなヒーローもの、後にも先にもこれだけだろう。確かに敵のゴリが個性的な存在であったことは間違いない。

EDも宇宙の帝王ゴリの歌であった。この歌、あまり知られていないが3番の歌詞がとっても面白い。

「自分の理想と目的持って、強く生きてるそのはずなのに、宇宙の敵と呼ばれると身震いするほど腹が立つ!」って、そんなナイーブな独裁者だったのである。まあ独裁者ってそんなものなのかもしれないが。

スポンサーの意向もあって、物語中盤でタイトルは「宇宙猿人ゴリ対スペクトルマン」に変更され、さらに後に「スペクトルマン」というタイトルに2度も変更されてしまうのだが、本来は「宇宙猿人ゴリ」がタイトルであった。


2 スペクトルマンが弱い。

スペクトルマンがけっこう弱くて、一回では敵を倒せないことがほとんどなので、だいたいが前後編で構成されている。

ウルトラシリーズを見慣れた人からすれば、怪獣を倒した後、ヒーローは空に飛び去って行くというのが常識的なパターンだと刷り込まれていると思う。

ところがスペクトルマンは、そうではない。怪獣を倒した後、自分も力尽きてそのまま倒れ込んで消えていくというのが通常のパターンである。


3 スペクトルマンの意思が尊重されない。

スペクトルマンはネビュラ74が地球の平和を守るために派遣したサイボーグである。このネビュラ74の意思が絶対なのである。

ネビュラ74の指示がなければスペクトルマンに変身することはできない。常に「ネビュラ74変身願います」と許可をもらわなければならないのである。

このネビュラ74、時に「あの親子を殺害せよ」とか「その女は見殺しにせよ」とか、非人道的なことも平気で命令したりする。それにスペクトルマンが従わない場合、解任されて、力を剥奪されてしまうこともある。なんかサラリーマン的である。


4 主人公が所属しているのが怪獣対策チームではない。

ウルトラシリーズであれば、主人公が所属しているのは、科学特捜隊であったり、ウルトラ警備隊であったり、怪獣と戦う専門のチームであるというのが常識である。

主人公の蒲生譲二が所属しているのは、東京都の公害対策室、通称「公害Gメン」である。つまり主人公は東京都の公務員なのである。

当時公害はかなり社会問題となっていたのだが、これを子供向けの番組のテーマとするのはかなり斬新であったと思う。ただし、これにはスポンサーからの苦情が相次ぎ、結局公害路線は途中から変更されてしまう。その代わりに、アンチヒーローを描いた「流星仮面の話」や、「アルジャーノンへ花束を」をモチーフにした「ノーマン」の話、超能力を持った少年の悲劇や、魔女に生まれた女性とそれを愛した男の悲劇など、さまざまな名作が生み出されることとなる。

公害Gメンは、途中からいきなり怪獣Gメンという怪獣対策チームに突然変更してしまう。当時としては自然に受け入れられたのだが、今思うと明らかに不自然である。

ちなみに、この番組で蒲生譲二をヒーローとして刷り込まれたがゆえに、後に歴史に興味を持って「蒲生氏郷」という存在を知った時に「こちらもヒーローに違いない」と勝手に思い込んでしまうことになる。


5 再放送できないEDがある

後期のEDは放送コードに引っかかっていて地上波では再放送できない、という話を聞いたことがある。

「スペクトルマンよ怪獣を殺せ」というネビュラの声で始まり、途中でも子供たちが「憎い怪獣、ぶっ殺せ!」と歌っている。それほど過激かなあと思っていたのだが、今の時代では問題ある歌になってしまっているらしい。


6 フジテレビから怒られる

製作側にいろいろと問題があったようで、たとえば第7・8話の敵はゴキノザウルスというゴキブリの怪獣である。

このデザインがコキブリそのものであるというのも、人にとっては見るに堪えないものであるが、これを放送するにあたって製作側は「番組で使用するゴキブリを募集」と流してしまった。そのため生きたままのゴキブリの入った封筒がフジテレビに大量に送り付けられて、フジテレビが激怒した、というエピソードがある。

と、こう書いていると、問題ありまくりの作品だし、低予算のためにチャチなところも多いが、当時は夢中になってみていたものだ。なんだかとっても懐かしく見てしまった。


OP&ED なつかしい! 好きだった!
https://www.youtube.com/watch?v=9eUYJI6RRDg


48話 名作であるが、問題作すぎて、今の時代では放送は絶対に無理である。昔はおおらかだったよなあ。

https://www.nicovideo.jp/watch/sm996274
 
 

Re: 謹賀新年!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年 1月 3日(金)06時50分58秒
返信・引用
  > No.6447[元記事へ]

Pさんへのお返事です。

あけましておめでとうございます。こちらこそ、今年もよろしくお願いします。

ブログのリンク先、変更しておきました。

YAHOOブログは終了してしまったのですね。このところYAHOOは本当にやる気がありません。

geocityの廃止に続き、ブログもなくしてしまったのですね。これらの廃止で、リンク先のページがなくなってしまったものがいくつもあります。

以前はyahooといえば、もっともインターネット上のコンテンツが充実していたものでしたが、そのうち本体も亡くなってしまうんじゃないかと思います。

いずれにしても個人のHPやブログは、継続していくのがだんだん難しい時代になってきてしまっていますね。
 

Re: 謹賀新年!

 投稿者:  投稿日:2020年 1月 2日(木)16時25分13秒
返信・引用
  > No.6444[元記事へ]

明けましておめでとうございます。

昨年はいろいろとお世話になりました。
本年もよろしくお願いします。

なお、先月半ばに、どこぞの半島よろしくサービス終了当日に当ブログを移行いたしましたので、引き続きよろしくお願いします。

「Pの、遺跡侵攻記」=https://ameblo.jp/dollsd1500


余湖さんへのお返事です。

> あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
>
> このホームページを立ち上げて24年になりました。もうすぐ四半世紀です。よく続けているよなあ。
>
> ホームページを立ち上げた頃には、城のホームページというものはまだ数も少なく、そして、現在でも更新を続けているページはとても少なくなってしまいました。
>
> 個人のホームページを運営していく環境はだんだん厳しくなっていっていますが、それでもまだしばらくは頑張って続けていきたいと思っています。
>
> ところで、記念すべき余湖図7000城めにふさわしい城ってありますか?
 

Re: 頌春

 投稿者:余湖  投稿日:2020年 1月 1日(水)10時13分12秒
返信・引用
  > No.6445[元記事へ]

ひづめさんへのお返事です。

あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

 

頌春

 投稿者:ひづめ  投稿日:2020年 1月 1日(水)07時43分15秒
返信・引用
  あけましておめでとうございます。
今年もよろしく。
 

謹賀新年!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年 1月 1日(水)05時10分51秒
返信・引用 編集済
  あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

このホームページを立ち上げて24年になりました。もうすぐ四半世紀です。よく続けているよなあ。

ホームページを立ち上げた頃には、城のホームページというものはまだ数も少なく、そして、現在でも更新を続けているページはとても少なくなってしまいました。

個人のホームページを運営していく環境はだんだん厳しくなっていっていますが、それでもまだしばらくは頑張って続けていきたいと思っています。

ところで、記念すべき余湖図7000城めにふさわしい城ってありますか?
 

Re: 江戸城!ただし・・・

 投稿者:ひづめ  投稿日:2019年12月31日(火)11時21分38秒
返信・引用
  > No.6441[元記事へ]

小田氏時代(菅谷氏時代)の土浦城の姿、やはり情報が無さすぎて、想像の糸口もつかみにくいですね。
『図説 茨城の城郭』の土浦城の項目に3箇所の候補地(近世の本丸、中城、近世の立田郭)を書きましたが、本丸の一部発掘からは戦国期も同じ場所だった可能性が高い様です。
土浦城は、若泉氏→菅谷氏と城主が変わりますが、桜川の三角州を利用した水城なので、洪水による流路の変遷も度々だったのではないかとか、戦国期の城郭イメージが掴めませんね。
 

今年も描いたなあ

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月31日(火)06時29分27秒
返信・引用 編集済
  余湖図のことである。何のかんのといいながら7000城は目前になってきた。来年中に7000城になるのは間違いないであろう。

そこで、皆さんに質問なのですが、7000城目にふさわしいおすすめの城郭ってありますか?

めぼしい城はほとんど描いてしまっているので、どこにすべきか迷ってしまっています。

日本全国、場所は問いません。まだ私のページで描かれていない城、ということだけが条件です。

ちなみに余湖図の数が一番多いのは茨城で、920城あります。

2位は地元の千葉県で、909城となっています。

この2県は地元&隣接県で悉皆調査をしたので当然なのですが、意外なのは第3位。

3位は長野県で766城あります。これはひとえに宮坂さんの本のおかげです。しかし長野は766城でもまだ半分ほどであり、とてつもない山城も多いので、悉皆などまったくする気になりません。

宮坂さんの本にはまだまだ紹介されているので、最終的には茨城を越えて、掲載数1位になる可能性があります。

4位は僅差の763城で群馬県。群馬は比較的行きやすかったので、気が付いたら悉皆しかけていました。しかし、悉皆調査は二度とやる気はありません。

5位は栃木の398城。

隣県にしては少ないように感じますが、栃木の場合、すべての城址の位置を知ることのできる遺跡地図等が出ていないので、位置情報を把握できた数が少ないということが原因です。千葉や茨城、群馬のように、位置情報をすべて把握できていたら、悉皆とまでは言えないまでももっと数が増えていたはずだと思います。

実際、すべての城館の位置が資料によって把握できていた那須地域や鹿沼市などは城館の掲載数が多く悉皆に近くなっています。

6位は福島で370城。これは高速道路どこまで行っても1000円の時代に、何度も日帰りで福島に足を延ばしていたからです。今では福島に行くことはほとんどありません。

そういえば大熊町や富岡町など福島第一原発近くの城址など、もはや再訪できなくなってしまったような城をいくつも紹介しているのは、今となっては貴重なものだと思います。

7位は出身地の新潟で173城。出身地のわりに、帰省することがなくなってしまったので意外に少ないです。

ただし、佐渡の城館については、いずれは悉皆調査をやりたいと思っているので、最終的には数はかなり増えていくことでしょう。

逆に最も掲載数が少ないのは、山口の21城。これは私にとって最も行きにくい場所なので、仕方がないところです。

関東近県だったら、車でひょいと行けますし、九州と四国は成田空港からLCCで簡単に行けます。

鹿児島空港まで往復7980円で行けたのがこれまでの最安値です。そうでなくとも、片道1万円以内で九州四国には行けるので、長野や福島に行くよりも交通費がかからないくらいコスパがよいのです。

しかし中国地方には成田からのLCCがないので、なかなか行けるチャンスがありません。中国地方が私にとっては鬼門ですね。

まあ、城巡りに関しては体力的にも気力的にも、だいぶ衰えつつあるので、これ以降、爆発的に増えていくということは、考えられません。

自分としてはそろそろ限界かな、と思っているところです。
 

Re: 江戸城!ただし・・・

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月31日(火)05時44分8秒
返信・引用 編集済
  > No.6440[元記事へ]

ひづめさんへのお返事です。

お褒めの言葉、ありがとうございます。とはいえ、わずかな根拠を基にした、あくまでも想像城の産物です。

小田氏時代の小田城についてですが、なんとも、根拠となる史料が少なすぎて、想像ができません。

小田城は方形居館から発展した城館だと思うので、戦国期の小田氏の時代には、主郭を中心とした環郭式の城郭になっていたとは思うのですが、どの程度までか、と言われると、どうしても根拠を見つけられません。

現在見られるような最終的な形態を完成させたのは、梶原氏だと思います。その少し前まで小田氏が城主となって攻防戦が展開されていたので、それなりに改修はされているとは思います。戦国期に単郭の城館ではあまりにも心もとないので、次第に拡張されて行っていたはずです。

その点は土浦城と同様であったと思います。

というか小田氏の時代に、方形居館から複数郭を有した城館へと変貌していったと思うので、単純に「小田氏時代の小田城」といっても様々な様相があったと思われます。

小田氏初期の時代には単郭方形の居館であり、小田氏末期では最終的な形態に近い巨大な城郭となっていたのではないかと考えています。
 

Re: 江戸城!ただし・・・

 投稿者:ひづめ  投稿日:2019年12月30日(月)13時53分24秒
返信・引用
  > No.6439[元記事へ]

余湖さん

道灌時代の江戸城、考えたこともなかったですが、つい最近『太田道灌と長尾景春』を読みながら、道灌(だけではないらしいですが)による江戸城築城、江戸城における歌会、江戸城下の発展などなどに思いを巡らしていたところでした。そして、余湖図を横に置きながらもう一度読み直してみたくなりました。
 

江戸城!ただし・・・

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月30日(月)05時01分24秒
返信・引用 編集済
  みなさんは、江戸城をもちろんよく知っているでしょう。

でも太田道灌時代の江戸城がどのような城であったか考えてみたことがありますか。

道灌時代の江戸城を想像してみました。

http://yogokun.my.coocan.jp/tokyo/chiyodaku.htm#doukan

 

ゴッドマジンガー

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月29日(日)05時58分38秒
返信・引用
  これもモスピーダと同時期にやっていた。

何で今更マジンガー? それも古代が舞台なの? と疑問尽くしの内容でしたが、あのOPだけは大好きで、それだけを毎週聞いていたような気がします。

心安らげる曲で、日曜の午前のひとときを、さわやかな気分にしてくれたものです。

ちなみにEDもなかなかよい曲でした。

https://www.youtube.com/watch?v=A_5A_02qCCc
 

Re: 桐原城

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月29日(日)05時56分2秒
返信・引用
  > No.6436[元記事へ]

横尾さんへのお返事です。

桐原城ですか、やはりいい城はいいですねえ。というか、小笠原氏関連の城郭はどこも見ごたえがあります。

たまにはこういういいお城をのんびりと回ってみたいものです。

そういえば、かつて12月23日はヤブレンジャー山城の日でしたね。令和に代わって、12月23日は休日ではなくなってしまいました。

山城の日も、やらなくなって久しくなってしまいましたね。
 

桐原城

 投稿者:横尾  投稿日:2019年12月28日(土)18時25分43秒
返信・引用
  久々に桐原城に登ってきました。草木がきれいに払われて整備され、主要曲輪の石垣がすべて見ることができています。
1枚目 本丸東城壁
2枚目 本丸東の石垣
3枚目 二の丸虎口の石垣と三の丸の石垣

http://yamasiro749.blog.fc2.com/

 

モスピーダ

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月28日(土)06時07分43秒
返信・引用 編集済
  OPが好きと言えば、このアニメもそうだった。

曲を作っているのがタケカワユキヒデだけあって、曲のゴダイゴ感が何ともたまらない。

ストーリーはいまいちだったが、メカは好きで、レギオスやモスピーダなど、ちゃんと変形するプラモを作りまくっていた。

モスピーダのプラモは変形させるのに手間がかかり、アニメのようにサーッとはいかなかったな。

日曜日の朝に、キン肉マン、モスピーダ、ペットントンと3本続けてみていたものだ。

https://www.youtube.com/watch?v=8_xhAxuUvGE

ペットントンのEDは小林綾子が歌っていた。ちょうど「おしん」をやっていた時期で、小林綾子が歌手としても活躍していたことを知っている人は少ない。

https://www.youtube.com/watch?v=G29CAr1xezc
 

ドルバック

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月28日(土)05時55分43秒
返信・引用 編集済
  このアニメは、ほとんど見ていなかったし、ストーリーもよく覚えていないのだが、OPの曲が好きだった。

ロボットもので、OPがラブソングになっているのは当時は珍しかった。ただし、愛の対象は地球である。

主人公の乗っているメカ「キャリバー」のプラモは、ちゃんと変形できるようになっていて、これはけっこうお気に入りだった。

https://www.youtube.com/watch?v=1_APGNCF_S0
 

ひろみちゃんねる

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月27日(金)05時17分25秒
返信・引用 編集済
  youtubeを見ていて見つけた。

いろんな曲を歌っているのだが、とても上手で、何曲もついつい見てしまった。

この人は自分が可愛く見える角度をよく知っているなあ。

https://www.youtube.com/watch?v=OQrJ7raKxXs&list=RDMMOQrJ7raKxXs&start_radio=1
 

パステルユーミ

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月27日(金)05時11分21秒
返信・引用
  第2期魔法少女シリーズ最後の作品。

しかし、人気は出ず途中打ち切りとなってしまった。

なぜかやたらと裸とパンチラのシーンが多かったので、現代では、再放送もままならないであろう。

でも志賀真理子の歌うOPは好きだった。19歳で夭折した志賀真理子のことを思うと、今でも切なくなるのであった。

https://www.youtube.com/watch?v=1-FA-NM13ag
 

猿島砲台!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月27日(金)05時07分50秒
返信・引用
  神奈川県横須賀市のお城。

猿島は無人島だが、幕末から近代にかけて砲台が設置され、要塞化していた。

ついでに三笠も訪れてきた。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/kanagawa/yokosukasi02.htm
 

ペルシャ

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月26日(木)05時23分4秒
返信・引用 編集済
  クリーミィマミの後番組がこれであった。

しかし、マミほどの人気は出ず、これ以降も魔法少女シリーズは続いて行くが、視聴率は落ち込んで行く一方だったと思う。

この作品については、ほとんど見ていないし、ストーリーも覚えていない。

ただ、OPを歌う岡本舞子の歌声だけが耳について残っていた。

岡本舞子の歌声は、やたらとビブラートが利いていて、胸に響いてくる。声を聴いているだけで好きになってしまったのは岡本舞子だけだった。

https://www.youtube.com/watch?v=bwEq7goU6a4
 

クリーミィマミ

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月25日(水)04時35分40秒
返信・引用 編集済
  ミンキーモモのことを書いたので、クリーミィマミについてもふれねばならないだろう。

第2期魔法少女ものシリーズの最高傑作で金字塔ともいうべき作品である。魔法少女もので、これほど子供たちの人気を引き付けた作品もなかったであろう。

その理由はいくつかあると思うが、最大の魅力は、当時としては非常にクオリティの高い作画にあったのではないかと考えている。何といってもマミの容姿が優れている。この作品で、スタジオピエロは一気に、メジャーな製作会社に登りつめた、と思う。

https://www.youtube.com/watch?v=e22WMXehCu4&list=RDe22WMXehCu4&start_radio=1

もう1つは、魔法を使ってアイドルになる、という展開が受けていたのかなあと思う。この作品の最終回は、非常に盛り上がり、当時はかなり話題になったものである。

主人公の声優に、ベテラン声優ではなく、新人アイドルを使ったのも功を奏している。太田貴子の声は、妙に抑揚があって、聞いてて心地よいのである。

私が好きなのは、第46話の「私のすてきなピアニスト」というエピソード。この作品のみ、群を抜いてクオリティが高くなっている。

原画の綺麗さ、画面展開の手法、登場人物の描き方など、どれをとっても、当時としては異常なほどの斬新な仕上がりとなっている。

ストーリーもよくできている。少女と大人を行ったり来たりする女の子の揺れ動く思いがよく描かれている。最後の空港でのシーンなど、胸を打たれてしまうほどである。

後半で「ラブさりげなく」を歌いながら、二人の思い出の場所が曲の中に溶け込んで行くシーンがとてもしみじみとして好きである。

この46話だけは本当に名作だと思う。

https://www.youtube.com/watch?v=qrtXB8NOY-I
 

Re: ようこそ埼玉県へ!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月25日(水)04時24分56秒
返信・引用 編集済
  > No.6427[元記事へ]

軍曹さんへのお返事です。

お久しぶりです。埼玉の城を巡るにあたっては、城郭図鑑がとても参考になりました。ありがとうございます。

吹上館は土塁の大きさに驚きました。


> 最近は関東地方の城跡も行き尽くした感があり、

これは私も同様です。もう、日帰りで行けそうな城は、ほとんど行きつくしてしまったかなと思います。新規の城を訪れるには遠征しないとダメかなあという感じです。


> 先日、碓氷の坂本城へ登りましたが、
> 降雨と滑りやすい斜面でギブアップしました。

雨であの斜面は無理でしょう。私も同様ですが、若いころに比べて足腰はかなり衰えてしまっていると感じます。

あまり、無理はしないように心がけています。

お互いケガをしないように気を付けましょう。

それではまたです。
 

ようこそ埼玉県へ!

 投稿者:軍曹  投稿日:2019年12月24日(火)19時17分9秒
返信・引用
  お久しぶりです。
埼玉県の城跡探訪、懐かしい気持ちで拝見しました。
中でも吹上館の紹介は見ていて嬉しくなりました。

最近は関東地方の城跡も行き尽くした感があり、
多摩地方の再訪に取り組んでいます。
先日、碓氷の坂本城へ登りましたが、
降雨と滑りやすい斜面でギブアップしました。
少しずつ衰えが来ている感じですかね。
ケガをしないようにお互い長く続けていけたらいいですね。
機会があればぜひご一緒したいものですね。
それではまたです。
 

野火止陣屋!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月24日(火)04時39分14秒
返信・引用
  埼玉県新座市のお城。

高崎藩の飛び地管理のための陣屋であったが、遺構はまったくない。

しかし、近くに陣屋堀と呼ばれる用水の土塁が残っており、こちらには案内板も立てられている。

http://yogokun.my.coocan.jp/saitama/niizasi01.htm
 

吹上館!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月24日(火)04時37分37秒
返信・引用
  埼玉県和光市のお城。

東明寺の境内となっているが、いかにも要害地形であり、館というよりは城といった方がふさわしい。

本堂の裏には巨大な土塁もある。

「参拝者以外の入山を禁ず」と書いてあるので、ちゃんと参拝をしよう。

http://yogokun.my.coocan.jp/saitama/wakousi01.htm
 

福岡城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月24日(火)04時35分32秒
返信・引用
  埼玉県ふじみ野市のお城。

目立った遺構はないが、城山公園となっている。こちらは駐車場も完備されているのでありがたい。

ちなみにふじみ野市は、富士見市の隣にある。隣接する市なのに、似たような名前を付けてしまったものである。

http://yogokun.my.coocan.jp/saitama/hujiminosi01.htm
 

原市陣屋

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月24日(火)04時31分44秒
返信・引用
  埼玉県上尾市のお城

陣屋公園となっており、陣屋公民館が建っている。

ところが、公民館の入口には「無断駐車禁止 無断駐車したら1万円徴収します」と書いてある。

公民館なのに、こんなことを書いてあるのは初めてである。

おかげで、車を停められる場所がまったくないので、苦労してしまう。

ちなみにお笑い芸人のハライチは、ここの出身である。

http://yogokun.my.coocan.jp/saitama/ageosi01.htm#haraiti
 

内藤氏陣屋!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月23日(月)05時59分53秒
返信・引用
  埼玉県久喜市のお城。

徳川家康に従って関東に入部した内藤氏の陣屋の跡である。

小学校の敷地となっているが、その形状は何たなく理解できる。

http://yogokun.my.coocan.jp/saitama/shoubu.htm#naitou
 

城沼

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月23日(月)05時55分12秒
返信・引用
  埼玉県蓮田市のお城?

地名や立などから城があったことは町がないと思われるのだが、遺構には欠けている。

ただし、雰囲気の良い公園となっている。

http://yogokun.my.coocan.jp/saitama/hasudasi.htm#jounuma
 

宇田氏屋敷

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月23日(月)05時41分31秒
返信・引用 編集済
  これも越谷市のお城。

小学校の敷地内部に、土塁が1本のみ残されている。

グランドにはかつて客殿と庭園があったというので、現在こちら側に見られる土壇は、築山だったものと推測される。

http://yogokun.my.coocan.jp/saitama/kosigayasi01.htm#uda
 

大相模氏館

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月23日(月)05時40分22秒
返信・引用
  埼玉県越谷市のお城。

土塁が残ると言われているが、実際には取り払われてしまい、わずかな段差のみ残されている。

土塁跡に「従是東忍領」と刻まれた石碑が建てられている。

http://yogokun.my.coocan.jp/saitama/kosigayasi01.htm
 

後谷会田氏屋敷!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月23日(月)05時12分10秒
返信・引用
  これも八潮市のお城。

遺構はほぼ湮滅状態であるが、北と東側にかつて水堀として利用されていたであろう水路が残されていた、形状は何となく理解できる。

http://yogokun.my.coocan.jp/saitama/yasiosi01.htm#aida
 

藤波家屋敷!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月23日(月)05時11分1秒
返信・引用
  これも八潮市のお城。

八潮資料館となっているのだが、遺構そのものは失われている。

資料館の敷地内には、明治に建てられた屋敷がそのまま保存されている。

http://yogokun.my.coocan.jp/saitama/yasiosi01.htm#hujinami
 

小沢氏屋敷!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月23日(月)05時09分23秒
返信・引用
  これも八潮市のお城。

近世の庄屋、小沢氏の屋敷跡で、現在もご子孫の方がお住まいである。

南側には現在も水堀が残されている。

http://yogokun.my.coocan.jp/saitama/yasiosi01.htm#ozawa
 

西袋陣屋!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月23日(月)05時08分8秒
返信・引用
  これも八潮市のお城。

こちらも遺構など残りようがなさそうな市街地の真ん中にあるが、西袋陣屋公園となって、敷地はほとんどそのまま残されている。

土塁や堀跡も一部ははっきり分かる。

http://yogokun.my.coocan.jp/saitama/yasiosi01.htm#jinya
 

阿川氏屋敷!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月23日(月)05時06分26秒
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  こちらも八潮市のお城。

和井田家屋敷のすぐ近くにある。遺構の残存状況はよくないが、かつて東西の堀として利用されていたと思われる小川がそのまま水路となって残っている。

屋敷内部に古墳があり、古墳には案内板が立てられている。

http://yogokun.my.coocan.jp/saitama/yasiosi01.htm#agawa
 

和井田家屋敷!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月23日(月)05時04分49秒
返信・引用
  埼玉県八潮市のお城。

東京に近い都市部に城館遺構など残っていないだろうと思っていたのだが、ここは水堀がよく残されていて、案内板も立てられていた。

国指定の重要文化財となっている建造物も残されているのだが、公開日が年に10日ほどしかないようで、よほど運がよく鳴ければ内部には入れない。

http://yogokun.my.coocan.jp/saitama/yasiosi01.htm
 

Re: 荒井館現地説明会

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月23日(月)05時02分40秒
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  > No.6411[元記事へ]

あんけんさんへのお返事です。

情報、ありがとうございます。荒井館の発掘調査の件は知っていたのですが、それだけのために大田原まで足を延ばす気がしなくて、行きませんでした。

荒井館は、耕地整理のために土塁1本だけが残っている状態だったのですが、それでもなくなってしまうというのは寂しいものですね。

もともとはこのような形状だったのですね。残存している土塁が直角というよりは、大きく開いているように見えていたのですが、台形だったということがよく分かりました。

私のページで描いている想定図はちょっとずれているようですね。

それではまたです。
 

荒井館現地説明会

 投稿者:あんけん  投稿日:2019年12月22日(日)07時13分25秒
返信・引用 編集済
  大田原市の荒井館周辺が圃場整備で残り少ない遺構も失われるそうなので、年末のこの時期に、発掘途中状況を紹介する説明会が催されました。調査自体は来月いっぱいまで継続されます事もあって現場での撮影素材は公開禁止になってます。

明応3年阿保康清が堀之内に築いた遺構が今回調査中のものと推定され、郭は北側で幅約91m、南では52mの台形であったことが判明しました。

1枚目は公民館前の車道から見た残存土塁です。断ち切られてますが、基部下に砂利敷きらしきものが見つかり、その上に砂利を多く含む土砂で途中まで築き、最終的に約3m土を盛る構造が見られました。

2枚目は公示されてる事業掲示板に貼られてる西側上空から見た写真に、自分が当日見られた遺構を土塁跡=赤・堀=青・建物と想定される柱跡列=緑でざっくり書き足してます。手前側西側で、上部幅約10m、底部幅5~6m、深さ約2mの堀が検出されてます。一昨日にもその底部の泥中からお椀が出て展示されてました。堀の中央に張り出しが見られますが、内側で曲輪内を区画した址が有り堀の向かい側も溝になってるとの事で虎口と判断するのは早い模様です。

3枚目も掲示板の事業予定図に書き足してます。建物は近過ぎて並んでる場所もあって、当然ですが同時期に建てられてたとは限りません。堀は単郭構造と思われる南北方向に延びており古寺跡~荒井館~水口館と続く流路だった可能性も有ります。
 

ミンキーモモ

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月20日(金)04時41分55秒
返信・引用 編集済
  衝撃のラスト(正確には最終回ではないが)といえば、これも忘れられません。

可愛い少女が主人公の魔法少女物のアニメなのに、「魔法では本当に人の心を救うことができない」と絶望した後、魔法の力を失ってしまい(これだけでも衝撃的なのだが)、主人公が突然、トラックにはねられて死んでしまいます。

その次の場面は灰色のトーンで描かれた墓地のシーンで、悲しむ両親と、墓石の前に映し出された主人公の遺影が描かれています。

これは当時、トラウマになった子供が多かったのではないでしょうか。主人公のあまりにも突然な死、そのためミンキーモモは、「可愛いアニメ」というよりは「子供たちをトラウマに陥れたアニメ」として心に残る作品になってしまいました。

https://www.youtube.com/watch?v=8tBdSirpcVk&t=37s

この作品には、あるいわくが付きまとっています。

問題の46話が放送された際に、地震が発生し、そのテロップが本編に流れています。

その後も各地で46話が放送されるたびに、大小の地震が発生しています。

象徴的なのは、関西地方で46話が再放送されたその日に阪神淡路大震災が起こったことです。

もちろん、これらは偶然の産物なのでしょうが、ここまで偶然が続くと、都市伝説になってしまうのも当然といったところでしょうか。

ところで、子供がトラウマになってしまうアニメで、震災との関係と言えば、魔法少女まどかマギカも忘れられません。

第10話で、町が破壊され水没してしまった場面が放送されたその日、東日本大震災が発生し、実際に津波によって町が水没してしまう場面をリアルな映像としてみることになってしまいました。

そのためラストの2話が放送延期となったのが象徴的でした。

しかし、このアニメ、いろんな意味で名作だと思っています。
 

Re: イデオン

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月20日(金)04時23分45秒
返信・引用 編集済
  > No.6408[元記事へ]

Pさんへのお返事です。

イデオンをご存じでしたか。まだ生まれる前ですよね。

>いろいろな意味で、何もかもがぶっ飛んでいる素晴らしい作品だと思います。

本当にぶっ飛んでいました。ただし、最後に宇宙そのものをぶっ飛ばしてしまうというラストは、私はいただけませんでした。もっとも、あのラスト故に印象に残っているという側面もありますが。

>このイデオンに、キリスト教テイストをプラスして造られたのがエヴァンゲリオンだというような記事を、当時見たことがあります。

これは私もそう感じます。庵野秀明はイデオンをリアルタイムで見ていた世代であり、イデオンの影響を受けていたのでしょう。


ガンダムと比べて、あまりにも知名度が低い作品ですが、内容的にはいろいろと考えさせられる話でした。

異星人も同じような人間であり、また地球人も異星人であるバフクランからは「ロゴダウの異星人」と呼ばれていましたね。

ちゃんと話し合えば理解し合えるはずなのに(そのことをギジェやカララが地球人と愛し合えることで証明していました)、コミュニケーション不足のために、互いに憎しみ合う戦争をやめることができない・・・・。

そしてバフクランの追跡から逃げる主人公たちも、行く先々で、厄介者扱いしかされない・・・・同じ地球人同士でさえも、分かりあうことができないのか、っていう絶望的展開でした。

象徴的なエピソードとして次のようなものもありました。

あまりにも執拗な敵の攻撃に、「もう戦いをやめよう」と考えて、ソロシップの外面に白い旗をたくさん掲げて敵意のないことを示した時。

バフクランでは「白い布を掲げる」ことは「敵に対する憎しみ」を象徴する許せない行為だったのです。白旗を見たバフクランは、ますます攻撃を激しくしてしまう・・・。

OPの曲も盛り上がりますね。私も昔はよくカラオケで歌っていました。

「雄たけびが電光石火の一撃を呼ぶ♪」のところが一番好きです。

https://www.youtube.com/watch?v=IEpp_ccqcnU

でも、どちらかというと私はEDを歌う方が好きでした。
 

Re: イデオン

 投稿者:  投稿日:2019年12月19日(木)21時44分16秒
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  > No.6407[元記事へ]

余湖さんへのお返事です。

こんばんは。お世話になっております。

これだけアニメの話題が上がっているのに、イデオンは未見?と思ってましたが、やはりアップされましたね。
いろいろな意味で、何もかもがぶっ飛んでいる素晴らしい作品だと思います。

このイデオンに、キリスト教テイストをプラスして造られたのがエヴァンゲリオンだというような記事を、当時見たことがあります。

OP曲が自分としては好きで、カラオケでも定番です。
 

イデオン

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月19日(木)04時51分56秒
返信・引用 編集済
  ラストが衝撃的と言えば、イデオンもまたそうであった。
最後に宇宙が消滅してしまうのである。もうめちゃくちゃとしか言いようがない。
数あるロボットアニメの中でも、イデオンは最大かつ最強のロボットであった。

1979年、日本サンライズは、後にロボットアニメの歴史を変える2つのアニメを世に送り出した。

1つはガンダムであり、もう1つがイデオンであった。

いずれも、「敵が悪であり、それを倒せば解決する」という単純な勧善懲悪ストーリーを離れ、「人間同士の争い」をテーマにしていた。

しかし、当時は2つとも受け入れられず、視聴率が降るわなかったために放送予定の途中で打ち切りとなってしまった。

ところが、その後、総集編が劇場版となって公開されたことがきっかけで大ブレイクことになる。ヤマトと同じパターンである。

イデオンは「接触編」と「発動編」の2本立てになっており、テレビでは唐突に終わってしまったラストがやや丁寧に描かれていたのだが、自分としてはなんとも受け入れがたいものであった。

テレビ版では、イデの力が発動し、惑星を真っ二つにしてしまう場面が一番印象に残っている。

キッチキチンが「あんたがたも私たちにとっては異星人と同じなのよ」というセリフも忘れ難い。その直後、爆発に巻き込まれたキチンの首が吹っ飛んでしまう・・・・。

https://www.youtube.com/watch?v=RMjEFPYR4hc&list=PLhWFYrGONKg0p1z4KtYcFZ5RMRK_DuDMw

どうしても理解しがたいことがもう1つあった。なぜ主人公がアフロヘアなのか。そのセンスがどうしても理解できなかった。ちなみに声優はトリトンの塩谷翼であった。

https://www.youtube.com/watch?v=uZNcDbfkmiY

エンディングの曲がとても好きだったなあ。

https://www.youtube.com/watch?v=VtckLzSR7yo
 

バルディオス

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月18日(水)04時45分59秒
返信・引用 編集済
  久々にロボットアニメネタである。

この作品、低予算で作られ、メカそのものも古臭いデザインだったせいか、それほど知られてはいないと思う。OPの歌を「ですます調」で歌っていることしか印象に残っていない人もいるかもしれない。

しかし、このアニメ、2つの点で、とても衝撃的だった。

その1
主人公と敵の冷徹な女司令官が恋に落ちてしまう。

最初から、冷徹で残酷なキャラとして描かれていた敵の女司令官アフロディアが、主人公と恋に落ちて、最後には手に手を取って脱出してきてしまうのだ。これにはびっくりした。
憎しみ会ってたはずなのに・・・・。

たとえていえば、ヤマトのデスラー総統が森雪と恋に落ちて、地球に亡命してくるような展開である。ね、びっくりするでしょ。

後で分かったのだが、EDには、初回から手をつないでる2人の姿が描かれていた。髪型が変わっていたので、最後までこれが敵の女司令官であるとは気が付かなかった。

このED、アニメに似つかわしくなく演歌調の歌であったが、結構好きだった。

憎しみの砂漠を乗り越えて、愛のオアシス探すのさ♪

https://www.youtube.com/watch?v=hAfMtGHzWHc

手をつないでいる二人の後ろ姿を見てあきれ顔の登場人物たち。
黙って行くのさマリン♪ 黙って行くなよ!

ちなみにマリンの声優は塩沢兼人。この人の声って、とっても好きだった。



その2
衝撃の展開。いやもう、結末が衝撃的であった。

ちょっと長くなるかもしれないが、あらすじを書いてみよう。

宇宙のどこかにあるS1星は、長年の地殻変動と大気汚染とによって滅亡の危機にあった。S1星にこれ以上住めないと知ったS1人は、巨大宇宙要塞を建造して、第2の故郷となる星を探して旅に出る。

その旅の途中、宇宙嵐に巻き込まれてしまい、時空間を飛ばされて、どこだか分からないところに到着する。そこで発見したのが地球である。

その後、地球を第2の故郷としたいS1人と地球人との生存をかけた戦いが果てしなく続いていく。

そして、最終回、S1人は、人類を滅亡させるために人口太陽を作成して宇宙空間で大決戦が行われる。

その結果、水星と金星が消滅し、地球の気候が変動して、大陸のほとんどが津波にのみ込まれ、人類のほとんどが滅亡してしまう。

そうして、その結果、できあがった地球の姿を見たS1人は、驚愕の思いでつぶやく。

「これはS1星ではないか!」

そう、宇宙嵐で時空間を飛ばされたS1人は、何万年前かのS1星に到着した。つまりそれが地球だったのである。びっくり!

「S1星を、滅亡の危機に追い込む原因をつくったのは、我々自身だったのか・・・」
敵の司令官がつぶやき、地球の大半が津波にのみ込まれてめちゃくちゃになっているところで、物語は突然終わってしまう。

画面が真っ赤になり、そこに浮かび上がる「完」の文字。

最後の方はびっくりの連続である。あまりにもストーリーが突然死してしまったので、その後劇場版が作成されることになったのであった。

最後に、めずらしいですます調のOPも紹介しておこう。けっこういい歌だと思うんだよなあ。

https://www.youtube.com/watch?v=2YtV2IE4f5I


「明日を救えバルディオス~♪」って、救ってないんだよなあ、これが。
 

Re: 玉縄城の周辺遺構は残存しています

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月17日(火)03時59分56秒
返信・引用
  > No.6404[元記事へ]

ユアンさんへのお返事です。

ありがとうございます。せっかくの貴重な情報なので、ホームページの方に転載させていただきます。

 

Re: 玉縄城の周辺遺構は残存しています

 投稿者:ユアン  投稿日:2019年12月16日(月)21時03分2秒
返信・引用
  ホームページへの転載は問題ありません。

ご紹介した場所はいずれも立ち入り禁止ではありません。

補足しますと、玉縄台の外周道路は土塁のすぐ内側に沿って通っており簡単に堀とセットで見学できます。教育委員会の看板もあります。西側が良く残存しています。北側は3m以上の深さのv字堀で、長尾砦に行く場所だけ土橋状に高くなっており横断できます。こちらは最近宅地になり、堀の南側が盛り土されてしまいました。藪漕ぎで北側に回れば残存部が見られます。
北東側の堀は民家の裏庭になっていて、横からのぞくと真っ直ぐ続いているのがみうけられます。

他には、聖心女学院の裏門(大手門)に続く七曲坂が整備されており、大船側から登れます。現地に看板あり。古風な道ですが、昔通っていた七曲坂と若干位置が違うのだと古老から聞いております。

女学院内部の雛壇は、学校に申請するか不定期の観察日で見られます。いつやっているのかいまいち分からず、ガイド協会のほうが詳しいかもしれません。

マンション裏の堀切は崖上で終わっていますが、崖下に行くつづら折れの道があります。ただし私有地にて立入禁止です。柵あり。

北方の関谷側果が入っていない山林のためまだなにか残ってそうですが私有地のため未開拓です。
 

Re: 玉縄城の周辺遺構は残存しています

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月16日(月)04時10分18秒
返信・引用
  > No.6402[元記事へ]

ユアンさんへのお返事です。

初めまして。情報、ありがとうございます。

そうでしたか。玉縄城に関しては、遺構がほぼ湮滅してしまっているという印象が強かったので、詳しいことは分かっていませんでした。

また、女子大の敷地となっているということで、なんとも近寄りがたいという印象も持っています。

近くまで行く機会がありましたら、ぜひ、遺構を探してみたいと思います。

ところで、今回ご指摘いただいた内容を、私のホームページに転載したいのですが、よろしいでしょうか?

それではまたです。
 

玉縄城の周辺遺構は残存しています

 投稿者:ユアン  投稿日:2019年12月15日(日)16時51分2秒
返信・引用
  いつもの楽しく拝見しています。
玉縄城の地元住まいなのですが、ほとんど知られていませんが周辺に遺構がかなり残存しています。

ネットや郷土情報でもほぼ情報に上がっていませんが、玉縄城=清泉女学院高という印象が強すぎて周辺に目がいっていないせいかもしれません。

例を挙げると、
・玉縄台自治会館(Google Mapでは清泉女学院高の右上の玉縄台信号の右上部分)のある新興住宅地は三方を堀で囲まれており、北側はV字堀だったのですが最近改変されました。それ以外はほぼ全周に渡って堀や土塁が見られます。どうやら廓全体を住宅地化したようです。

・玉縄台左上から谷底の関谷へは縦に大きな堀上の畑となっており、縦堀ではないかと想像しています。開発前の米軍航空地図でもよく見えているくらいで規模は大きいです。
この畑は下部がなぜか格子上の段々になっており、格子の規模が丁度山中城の格子と同じくらいなので格子堀の遺構だったらいいなと想像が膨らまされるものです。

・玉縄台から長尾砦に抜ける山道(けものみちのような細い入口だが、森に入るとしっかとりした道になっている)は、堀の上を通る武者走りとなっており地図には載っていませんが、今でも地元の者は散歩で使用しています。尾根沿いに長尾砦に抜ける最短コースです。
明治時代は堀の底から尾根へ直登する道がありましたので、多少改変されているかもしれません。

・「コスモ鎌倉玉縄」の崖上にも地図にない道があり、堀が残っています。隣の谷の上部まで続いているため堀切と思われます。
 

稲倉城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月14日(土)05時18分50秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

伊深城の近くにある。山頂部にある2つのピークをそれぞれ南北の守りとし、間の平坦部を郭として取り込むという珍しい構造をしている。

ここは登城道は急峻であり、登るのには精神力が必要だ。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi11.htm#inakura
 

伊深城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月14日(土)05時16分12秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

歩きやすい遊歩道が付けられており、とても登りやすい山城であった。

『高白齋記』に記載されている岡田の城というのが、ここのことであると言われている。

小笠原氏関連城郭らしく、素晴らしい遺構を見ることができる。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi11.htm
 

早落城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月13日(金)04時13分17秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

早落ちとは、いかにも不名誉な名前を付けられたものだ。

南側からアクセスすると、比高差もあまりなく、いきなり主郭に到達する。たしかにこちら側から攻め込まれてしまったら、簡単に落城してしまいそうだ。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi10.htm#hayaotosi
 

宮原城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月13日(金)04時11分45秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

山家城と向かい合うような位置にあり、やはり小笠原氏関連の支城であったと考えられる。

山家城と比べると規模は小さいが、連続堀切や石積みなど、小笠原氏関連城郭らしい遺構が展開する。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi10.htm#miyahara
 

水番城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月13日(金)04時10分0秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

林大城とすぐ東側に向かい合う山に築かれている。文字通り水の手を守るための出城であったという。

「入山禁止」の看板があったので、地元の方の許可を得て入って行く。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi10.htm
 

井川城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月12日(木)05時01分57秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

その名も「井川城一丁目」という地名のところにある。

案内板なども設置されているのだが、遺構は明瞭ではない。

小笠原氏の最初の居館だったと言われている場所である。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi09.htm#ikawa
 

神林館!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月12日(木)05時00分33秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

福王寺の境内に土塁が残り、館跡であったかと想定される。

ただし、伝承ではその隣の水田地帯に館があったと言われる。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi09.htm#kanbayasi
 

神戸の館!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月12日(木)04時59分22秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

その名も「館そば」というお店のあるところが館跡である。

城塁には折れも見られるが、遺構は明瞭ではない。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi09.htm#goudo
 

村井小屋城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月12日(木)04時58分11秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

基は村井氏の居城であったが、後に武田氏に奪取され、深志城攻撃のための拠点となった。

市街地化によって遺構のほとんどは失われているが、わずかに土塁と堀跡らしき部分が残っている。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi09.htm#murai
 

百瀬陣屋!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月11日(水)04時41分52秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

近世の代官所の跡である。入り口の枡形門が残り、現在も代官所の建物にご子孫がお住まいのようである。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi08.htm#momose
 

小池砦!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月11日(水)04時40分36秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

武田氏が関与したと思われる砦の跡である。

平城でありながら、三日月城の水堀が残っているのが珍しい。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi08.htm#koike
 

横山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月11日(水)04時39分27秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

遺構が明瞭でなく、由来もよく分からない城であるが、ちゃんと城址標柱が立てられていた。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi08.htm#yokoyama
 

八間長者城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月11日(水)04時38分25秒
返信・引用
  これも松本市のお城。塩尻市との境界近くに位置している。

山頂から延びる長大な竪堀と横堀との組み合わせ、鉄砲陣地と思われる塹壕の設定など、戦国期の技巧的な城郭である。

状の歴史も詳しいことは不明だが、武田氏の関与が考えられる城である。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi08.htm
 

鷹巣根城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月10日(火)04時29分13秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

刈谷原トンネルの上にあり、『高白齋記』に刈谷原城とあるのがここである。

ここには「共有林に付き入山禁止」の看板があるが、地元の人に尋ねたら、笑顔で「入っていいよ!」と言われた。

ありがとうございます!

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi07.htm#takasune

 

岩渕城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月10日(火)04時27分4秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

虚空蔵山の山麓近くにあり、数本の堀切が残されている。

虚空蔵山城の間氏の家臣の居城である。こちらにも標柱があるが、文字が完全に読めなくなっている。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi07.htm#iwabuti
 

取手砦!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月10日(火)04時25分28秒
返信・引用 編集済
  これも松本市のお城。

河岸段丘上に築かれた砦、標柱が立てられている。

それにしても、取手砦という名称はおかしい。千葉にある城城みたいなものである。

確かに取手という字名のところにある砦なので、せおりの名称の付け方なのだが・・・・。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi07.htm#toride
 

唐鳥屋城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月10日(火)04時23分19秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

虚空蔵山と北側に向かい合う山に築かれている。

こちらもだいぶ高所にある花川原峠からアクセスできるのだが、途中からは急斜面の直登となる。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi07.htm#karatoriya
 

会田城館群!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月10日(火)04時21分20秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

見るからに高く険しそうにそびえている虚空蔵山。あんな山には城はないよなあ、と思っていたが、この山、全山、要塞化しているのであった。

高い山とはいえ、中腹まで林道が付けられており、意外とアクセスも良い。お勧めの山城である。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi07.htm
 

馬場屋敷!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月 9日(月)04時02分21秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

馬場氏の屋敷と言われる場所で、母屋などの建造物が残り、国の重要文化財となっている。

周囲には土塁も見られる。

こちらの馬場氏とは、もちろん、馬場信房の一族であったという。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi06.htm#baba
 

中村館!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月 9日(月)04時00分14秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

西牧氏の最初の居館があったところであるというが、明確な遺構には欠けている。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi06.htm#nakamura
 

長坂上砦!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月 9日(月)03時59分15秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

こちらも西牧氏関連城郭群の1つで、荒海渡城と向かい合る台地上にある。

こちらも一面の果樹園となっているのだが、台地側面部の竪堀から城の形状が推測される。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi06.htm#nagasaka
 

荒海渡砦!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月 9日(月)03時57分45秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

西牧氏関連城郭群の1つである。

台地上は果樹園となり、遺構らしきものは見受けられないが、かつては連郭式の2郭があったらしい。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi06.htm
 

桜坂上砦!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月 9日(月)03時56分15秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

西牧氏城館群の1つである。こちらは台地兵部近くに、3本の堀切に区画された郭が明瞭に残されているのだが、民家の奥にあるために、探索しづらい。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi05.htm#sakura
 

於田屋館!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月 9日(月)03時55分7秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

西牧氏の室町時代の居館であったと言われるところである。

遺構らしきものは残存していないが、かつての城塁のラインを示していると思われる段差は見られる。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi05.htm#otaya
 

西林砦!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月 9日(月)03時53分35秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

西牧氏関連城郭群の1つ。

台地上に遺構は認められないが、側面部には2本の竪堀と横堀が残されており、城郭であったことは明らかである。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi05.htm#seirin
 

伊藤坂上砦!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月 9日(月)03時52分14秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

やはり西牧氏関連城郭群の1つである。

こちらには台紙先端部を区画する2本の堀切が認められるが、かつては4郭構造であったと言う。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi05.htm#itou
 

城の上砦!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月 9日(月)03時50分54秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

台地縁部に築かれた、西牧氏関連城館群の1つ。

台地縁部に堀切が1本だけ残されている。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi05.htm
 

北条城と亀山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月 9日(月)03時49分11秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

山麓居館と思われる亀山城と、詰の城の北条城がセットになっている。

亀山城は規模は小さいが、きちんと削平された郭を持っている。

そこから尾根を延々登って行ったところが北条城。1郭周囲の堀切は鋭く深く、きちんと構築された山城である。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi04.htm
 

櫛木城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月 8日(日)04時59分11秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

淡路城からは近い位置にあり、やはり台地縁部に築かれている。

この城址にも立派な城址碑が建てられていた。旧波田町は、城址に対する意識が強かったのであろうか。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi03.htm#kusiki
 

淡路城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月 8日(日)04時57分34秒
返信・引用
  これも松本市のお城。

台地縁部に築かれており、宅地化でその以降のほとんどは失われているが、東西の堀の末端部分はしっかり確認できる。

比較的早い時期に建てられたと思われる立派な城址碑があった。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi03.htm#awaji
 

波田山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月 8日(日)04時56分2秒
返信・引用
  長野県松本市のお城。

波田の集落を見下ろす城山に築かれている。

城内には遊歩道がつけられていて歩きやすく、直前の登り口にも案内がしっかりとあるので分かりやすいのだが、登城口まで到達するのが分かりにくくて、けっこう迷ってしまった。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matumotosi03.htm#hatayama
 

Re: 鈴鹿市の高岡城

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月 8日(日)04時54分3秒
返信・引用
  > No.6369[元記事へ]

Qooさんへのお返事です。

> 余湖さんへのお返事です。
>
> 余湖姓については「名字由来net」で調べることが出来ます。恐らく余湖姓の方か縁のある方が投稿されたのでしょう。
> https://myoji-yurai.net/
>
> 鷹の羽紋は武家が好んだ家紋と言うことですが、十大家紋の一つだけにポピュラーであり、家紋からルーツを辿るのは難しいかもしれません。様々な事情から家紋が変更されることもままあります。
>
> 我が父方のルーツについて先に簡単に紹介しましたが、その小亀氏は室町時代には豪族として讃岐の鷹丸山の金丸城に拠っておりました。余湖浩一校長先生の余湖図があるかと期待しましたが、残念ながら見つけることは出来ませんでした。以下は拙著の家の系譜(非公開)の一部です。
>
> 小亀氏は鎌倉時代の讃岐の地頭をルーツとする在地領主、地方豪族であった。築城年代は定かではないが、小亀城太郎が讃岐の長尾天神に金丸城を築いたと伝わる。金丸城はかつて鷹丸山の西南の尾根にあったが、その麓のまんのう町長尾には今も9軒の小亀家がある。
> 小亀氏は南北朝時代、讃岐南部山地帯にあって羽床氏、大谷氏、大平氏とともに南朝方についた。貞治元年・正平17(1362)年、小亀氏は大谷川城主大谷川左近大夫光兼と呼応し、讃岐南朝方の中院源少将を擁して金丸城に籠ったが、北朝方の武将細川頼之の大軍によって攻められ、中院源少将は自刃、小亀氏もこれに殉じた。
>

このようなサイトがあったのですね。なかなか便利な時代になったものです。私の先祖の家系については、私の一族しか知らないのではないかと思うので、きっと誰かが投稿したものなのでしょう。

小亀家の子とは知りませんでしたが、そのような歴史があったのですね。よくそこまでお調べになったものです。

讃岐の金山城については、機会があれば、ぜひ訪れてみたいと思います。そうしたら鳥瞰図も掲載できると思います。
 

Re: 鈴鹿市の高岡城

 投稿者:Qoo  投稿日:2019年12月 7日(土)06時39分44秒
返信・引用
  > No.6367[元記事へ]

余湖さんへのお返事です。

余湖姓については「名字由来net」で調べることが出来ます。恐らく余湖姓の方か縁のある方が投稿されたのでしょう。
https://myoji-yurai.net/

鷹の羽紋は武家が好んだ家紋と言うことですが、十大家紋の一つだけにポピュラーであり、家紋からルーツを辿るのは難しいかもしれません。様々な事情から家紋が変更されることもままあります。

我が父方のルーツについて先に簡単に紹介しましたが、その小亀氏は室町時代には豪族として讃岐の鷹丸山の金丸城に拠っておりました。余湖浩一校長先生の余湖図があるかと期待しましたが、残念ながら見つけることは出来ませんでした。以下は拙著の家の系譜(非公開)の一部です。

小亀氏は鎌倉時代の讃岐の地頭をルーツとする在地領主、地方豪族であった。築城年代は定かではないが、小亀城太郎が讃岐の長尾天神に金丸城を築いたと伝わる。金丸城はかつて鷹丸山の西南の尾根にあったが、その麓のまんのう町長尾には今も9軒の小亀家がある。
小亀氏は南北朝時代、讃岐南部山地帯にあって羽床氏、大谷氏、大平氏とともに南朝方についた。貞治元年・正平17(1362)年、小亀氏は大谷川城主大谷川左近大夫光兼と呼応し、讃岐南朝方の中院源少将を擁して金丸城に籠ったが、北朝方の武将細川頼之の大軍によって攻められ、中院源少将は自刃、小亀氏もこれに殉じた。



> Qooさんへのお返事です。
>
> 余湖姓は全国でも500人くらいしかいないはずなのに、そのネットの情報はすごいですね。うちの家系のことをどうやって調べたんでしょうか。どこかの余湖さんにでも聞いたのだと思いますが・・・。
>
> うちの家紋は鷹の羽違でした。しかし、これが近江源氏と関係のあるものなのかどうかは分かりません。
>
> 鷹の羽紋など、日本では最もポピュラーな家紋ですから、後の時代になって、自分の家の家紋として取り入れただけのものなのかもしれません。
 

パトレイバーthe movie

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月 6日(金)04時39分47秒
返信・引用 編集済
  パトレーバーそのものはアニメ化されて、毎週楽しく見ていたのだが、好評だったらしく劇場版が公開されることになった。

これがまたとてつもなく面白く、感動したものである。

https://www.youtube.com/watch?v=9ZKL1eEtMUY

確か80年代の映画であったと思うが、今見てもまったく色あせて見えない。(舞台は近未来1999年の東京)

素晴らしかったのはストーリーである。

作業用をはじめとして各部門でレイバー(ロボット)が稼働している時代、レーバーを動かしている基本OSに仕組まれたウィルスによって、暴走するレイバーが、東京に大災厄をもたらす・・・というのを何とか阻止しようという内容。

80年代と言えば、windowsが出る前のことであり、このアニメを見て初めてOSというものがあるというのを知った人も多いのではないだろうか。

度重なるレイバーの暴走事故から、実は新しく搭載されたOSにウィルスが仕組まれており、暴走のトリガーが何に設定されているかということを解き明かしていく、ミステリー的展開がとても面白かったのである。

やがて訪れてくるレイバーの爆発的暴走を止めるためにしなければならないこととは・・・・。

このアニメで一番好きだったキャラは、後藤隊長である。いつもぼーっとして昼行燈のような人なのに、実はものすごい切れ者で、誰も思いつかないような作戦を立ててくれるのである。

最大の見どころは何といっても最後の98式VS零式の戦いである。

https://www.youtube.com/watch?v=Adno8sRTono
 

Re: 鈴鹿市の高岡城

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月 5日(木)04時49分33秒
返信・引用
  > No.6366[元記事へ]

Qooさんへのお返事です。

余湖姓は全国でも500人くらいしかいないはずなのに、そのネットの情報はすごいですね。うちの家系のことをどうやって調べたんでしょうか。どこかの余湖さんにでも聞いたのだと思いますが・・・。

うちの家紋は鷹の羽違でした。しかし、これが近江源氏と関係のあるものなのかどうかは分かりません。

鷹の羽紋など、日本では最もポピュラーな家紋ですから、後の時代になって、自分の家の家紋として取り入れただけのものなのかもしれません。
 

Re: 鈴鹿市の高岡城

 投稿者:Qoo  投稿日:2019年12月 4日(水)18時32分55秒
返信・引用
  > No.6363[元記事へ]

余湖さんへのお返事です。

とある姓名に関するサイトに、余湖姓の起源について、「新潟県、北海道に多い。現滋賀県である近江国伊香郡余語庄が起源(ルーツ)である、菅原氏がある。五十戸未満の集落が語源。」と書いてありました。余呉が発祥の地で間違いないようですね。

家のルーツを調べるのに「姓」と並んで有力なツールになるのが家紋です。近江源氏、中でも佐々木氏は目結紋が特徴で、これが手掛かりになります。

佐々木家嫡流の佐々木六角氏は上洛する織田信長軍に敗れました。その一族の佐々木定政は織田信雄の臣となって伊勢に転戦したのですが、病を得て小杉という地で没し、その子孫がそのまま伊勢に土着しました。この系統を調べたことがありますが、家紋は目結紋でした。


>
> ご先祖のこと、たくさんお調べになりましたね。素晴らしいです。ご先祖様がいなければ現在の自分もいないわけで、ご先祖さまが、どのように過ごしてきたのか、少しでも分かると、感銘がありますね。
>
> うちのご先祖は近江源氏ということで、かつては家系図などの古文書や刀剣などもあったようですが、戦時中のどさくさで、紛失してしまったようです。(刀は詐欺に遭って奪われてしまったようですが)
>
> なんでも祖父が出征している間に、祖母が障子紙なんかで使ってしまったようで、戦争から戻ってきた祖父に、祖母は水津ンお来られたものだと言っていました。
>
> まあ、それらはあんまり当てにならないものだったようですが。
>
> それではまたです。
>
 

Re: ダンバイン

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月 4日(水)04時00分43秒
返信・引用
  > No.6364[元記事へ]

Pさんへのお返事です。

ご無沙汰しています。

そうでしたか。ゲームから入る、というのもあるのですね。

ダンバインは、初めて見た時は、そのデザインに違和感を感じまくりましたが、今になって思うとかなり斬新だったように思います。

エルガイムはストーリーはそれほど面白くはなかったのですが、メカデザインは秀逸でしたね。エルガイムはとにかくかっこよかったと思います。プラモデルも、細かいところまでよくできていて、好きでしたね。

ヘビーメタルという言葉も、これで初めて知りました。

サンライズ系のアニメは、一時期、夢中になってみていたものです。
 

Re: ダンバイン

 投稿者:  投稿日:2019年12月 3日(火)21時55分37秒
返信・引用
  > No.6359[元記事へ]

余湖さんへのお返事です。

お世話になっております。

ダンバインもエルガイムも、ゲームから始まり、初めて見たのはOVAのビデオが最初でした。

オタク趣味を経て、現在のお城巡り趣味までの自分の人生そのものが、この「ダンバイン」であり、「エルガイム」だったりします。まあ、それ以前に「SDガンダム」があったりしますが・・・

「鉄巨人」とか黒騎士の「ズワァース」、ル・シャッコの「ベルゼルガ」にル・カインの「ザカール」等々、掲示板に書かれておられますサンライズ作品群は現在進行形で好きですよ。
 

Re: 鈴鹿市の高岡城

 投稿者:余湖  投稿日:2019年12月 2日(月)06時07分28秒
返信・引用
  > No.6362[元記事へ]

Qooさんへのお返事です。

> 余湖さんへのお返事です。
>
> 家の歴史を調べ始めたのはNHKのファミリーヒストリーの番組が始まる以前でしたが、わくわくするものがあります(ファミリーヒストリーの番組も見ていて面白い)。江戸時代に近江日野にやってきた父方の先祖の小亀氏は身分は百姓でした。文化から文久年間に生きた小亀宗兵衛は上野の今市宿の酒造に丁稚奉公の後、日野商人となって安政年間に独立し、伊勢で酒造を始めました。しかし、小亀宗兵衛について日野町村井に住んでいたこと以外は分かりませんでした。
>
> 村井の寺の過去帳から村井の二十四番屋敷に住んでいることが分りましたが、二十四番屋敷がどこにあるかは皆目見当がつきません。そうこうするうちに、偶々村井ですれ違ったご老人から村井の古地図が村井の会所にあることを聞くことができ、その場所を突き止めることができました。その場所の二軒隣も小亀姓でした。江戸時代に建てられたというその家に伺って系図や文書を見せてもらいました。そして、この家が江戸時代に小亀宗兵衛と交流があり、本家筋であることが分りました。努力の結果、先祖のことが分ってくると興奮を覚えるものです。上野の今市宿と近郊の大桑村にあった酒造跡も幸運が重なり突き止めることができました。
>
> 近江の佐々木氏は宇田源氏の血を引く佐々木盛綱の子孫ですが、中でも佐々木六角氏は桃山から戦国時代にかけて大変な目に遭ったようです。
>

ご先祖のこと、たくさんお調べになりましたね。素晴らしいです。ご先祖様がいなければ現在の自分もいないわけで、ご先祖さまが、どのように過ごしてきたのか、少しでも分かると、感銘がありますね。

うちのご先祖は近江源氏ということで、かつては家系図などの古文書や刀剣などもあったようですが、戦時中のどさくさで、紛失してしまったようです。(刀は詐欺に遭って奪われてしまったようですが)

なんでも祖父が出征している間に、祖母が障子紙なんかで使ってしまったようで、戦争から戻ってきた祖父に、祖母は水津ンお来られたものだと言っていました。

まあ、それらはあんまり当てにならないものだったようですが。

それではまたです。
 

Re: 鈴鹿市の高岡城

 投稿者:Qoo  投稿日:2019年11月30日(土)18時39分3秒
返信・引用
  > No.6361[元記事へ]

余湖さんへのお返事です。

家の歴史を調べ始めたのはNHKのファミリーヒストリーの番組が始まる以前でしたが、わくわくするものがあります(ファミリーヒストリーの番組も見ていて面白い)。江戸時代に近江日野にやってきた父方の先祖の小亀氏は身分は百姓でした。文化から文久年間に生きた小亀宗兵衛は上野の今市宿の酒造に丁稚奉公の後、日野商人となって安政年間に独立し、伊勢で酒造を始めました。しかし、小亀宗兵衛について日野町村井に住んでいたこと以外は分かりませんでした。

村井の寺の過去帳から村井の二十四番屋敷に住んでいることが分りましたが、二十四番屋敷がどこにあるかは皆目見当がつきません。そうこうするうちに、偶々村井ですれ違ったご老人から村井の古地図が村井の会所にあることを聞くことができ、その場所を突き止めることができました。その場所の二軒隣も小亀姓でした。江戸時代に建てられたというその家に伺って系図や文書を見せてもらいました。そして、この家が江戸時代に小亀宗兵衛と交流があり、本家筋であることが分りました。努力の結果、先祖のことが分ってくると興奮を覚えるものです。上野の今市宿と近郊の大桑村にあった酒造跡も幸運が重なり突き止めることができました。

近江の佐々木氏は宇田源氏の血を引く佐々木盛綱の子孫ですが、中でも佐々木六角氏は桃山から戦国時代にかけて大変な目に遭ったようです。

 

Re: 鈴鹿市の高岡城

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月29日(金)06時03分42秒
返信・引用
  > No.6360[元記事へ]

Qooさんへのお返事です。

そうです。本来は余呉だったようです。「余湖」と書いて「よご」と読むのですが、知らない人はまず「よご」とは読めません。室町時代の文書を見ると「与五」と書かれていたり、昔はテキトーな当て字を充てるというのが一般的だったようで、それでいつの間にか「余呉湖」が「余湖」となり、読み方は「よご」のままになったものなのでしょう。

我が家に伝わっている言い伝えでは、もともと近江源氏佐々木氏の一族だったものが、戦乱を避けて佐渡にやってきたということになっていたのですが、近年の研究では、近江余呉の木地師一族が、木地を求めて佐渡に渡海して定着したのでは、などと言われています。

Qooさんのご先祖は讃岐の豪族ですか、これまた数奇な転変をされているようですね。

先祖のことを調べてみるというのも面白いものですね。私は若いころ、実際に余呉を訪ねてみて、なんとも言えない感慨を味わった記憶があります。

 

Re: 鈴鹿市の高岡城

 投稿者:Qoo  投稿日:2019年11月29日(金)05時54分53秒
返信・引用
  > No.6358[元記事へ]

余湖さんへのお返事です。

余湖と聞いて当初北近江の余呉湖を連想しましたが、字が違うから無関係かと思いました。余呉湖は母の実家の若狭に向かう途中に近くを通るので馴染みがあります。この辺りは僅かな平地で農業を営む寒村であり、先祖が日本海側の敦賀を経て佐渡に渡ったというのは頷けます。戦乱の影響もあったかもしれませんね。
室町時代は南北朝時代の戦乱や応仁の乱で世の中が乱れた時代です。このような戦乱があったり統治の緩む時代、あるいは時代の変わり目に人の移動が多く発生するようです。戦国時代から江戸時代初期にかけて、あるいは幕末から明治初期にかけて人の移動が多くありました。小生の父方の先祖は讃岐の豪族でしたが、南北朝時代に南朝方についたがために滅ぼされ一族が離散しました。そして備前、大坂、京を経て辿り着いたのが近江でした。

それでは高岡城の鳥観図を出典明記の上使わせて頂きます。載せるSNSは三重県の高校のOB同学年のSNSで、主な読者は中勢または北勢に在住しています。従って高岡城址はお膝元です。有難うございました。


> Qooさんへのお返事です。
>
>
> > 余湖は姓なのかニックネームなのか知りませんが、姓だとしたら佐渡、次いで北海道に多く分布する珍しい姓ですね。千葉県や神奈川県にも若干分布があります。
>
> よくご存じですね。余湖という名前は珍しいので、よくペンネームかと思われているのですが、本名です。
>
> 余湖姓の由来は、先祖が近江の余呉にいたことにちなんでいるのですが、室町時代に佐渡に移住したことから佐渡で広がった一族でした。
>
> 明治時代になって北海道の開拓のため、かなりの数の一族が北海道に移住しているので、北海道にもけっこう余湖姓の方がいます。そういうわけで、余湖は佐渡と北海道に多く点在しているというわけです。
>
> そのうち、東京や神奈川なども関東近郊に転住した人もいるということです。
>
> > ところで、小生、高校の同学年でSNSにより交流しております。高岡山・高岡城址についてSNSで紹介したいと思っております。余湖くんのホームページにある高岡城址の俯瞰図を出典を明記の上載せたいと思います。ご了承のほどお願いします。
> >
>
> 了解しました。私のページの鳥瞰図等は、出典を明記してあればご使用は自由ということにしてあります。よろしかったらお使いください。
>
> それではまたです。
> >
 

ダンバイン

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月29日(金)04時05分45秒
返信・引用 編集済
  ザブングルの後番組がこれであった。

https://www.youtube.com/watch?v=9eNvsn5h4TM

それまで一般に知られていなかった「オーラ」という言葉を一般名詞にしたアニメである。

しかし、ザブングルのような笑える場面がない真面目なストーリーだったので、がっかりしたものだ。

主人公たちの乗るオーラバトラーも、虫みたいな外観で親しめないなあと思っていた。

バイストンウェルという異世界が舞台という凝った設定だったのだが、なんとなくこの世界観にはなじめなかった。

そう思った人はけっこういたのであろう、途中から現世が舞台になるという展開になっていた。

現世でドンパチやらかした挙句に最後は全員討ち死にしてしまうという、めちゃくちゃなラストになってしまっていた。結局、何が言いたかったのかなあ、このアニメ。

ただ1つ、ミ・フェラリオという妖精のような存在は結構好きだった。ロバート・シルヴァーバーグの『夜の翼』の影響を受けているんだろうと思った。

ミ・フェラリオでヒロインのチャム・ファウが出てくるエンディングの映像はとても印象的だった。

https://www.youtube.com/watch?v=r99GBKr6_3c

ダンバインという名前もコンバインみたいでダサいなと思っていたところ、後に、秋田大学のアニメ部が、このアニメをパロディにしたコンバインというアニメを作ったのを見て、これがけっこう大うけした。

https://www.youtube.com/watch?v=oqsKQ6C-KAo&t=201s

 

Re: 鈴鹿市の高岡城

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月29日(金)03時55分58秒
返信・引用
  > No.6357[元記事へ]

Qooさんへのお返事です。


> 余湖は姓なのかニックネームなのか知りませんが、姓だとしたら佐渡、次いで北海道に多く分布する珍しい姓ですね。千葉県や神奈川県にも若干分布があります。

よくご存じですね。余湖という名前は珍しいので、よくペンネームかと思われているのですが、本名です。

余湖姓の由来は、先祖が近江の余呉にいたことにちなんでいるのですが、室町時代に佐渡に移住したことから佐渡で広がった一族でした。

明治時代になって北海道の開拓のため、かなりの数の一族が北海道に移住しているので、北海道にもけっこう余湖姓の方がいます。そういうわけで、余湖は佐渡と北海道に多く点在しているというわけです。

そのうち、東京や神奈川なども関東近郊に転住した人もいるということです。

> ところで、小生、高校の同学年でSNSにより交流しております。高岡山・高岡城址についてSNSで紹介したいと思っております。余湖くんのホームページにある高岡城址の俯瞰図を出典を明記の上載せたいと思います。ご了承のほどお願いします。
>

了解しました。私のページの鳥瞰図等は、出典を明記してあればご使用は自由ということにしてあります。よろしかったらお使いください。

それではまたです。
>
 

Re: 鈴鹿市の高岡城

 投稿者:Qoo  投稿日:2019年11月28日(木)09時15分25秒
返信・引用
  > No.6355[元記事へ]

余湖さんへのお返事です。

余湖さん、初めまして。

早速のレスポンス有難うございました。

余湖は姓なのかニックネームなのか知りませんが、姓だとしたら佐渡、次いで北海道に多く分布する珍しい姓ですね。千葉県や神奈川県にも若干分布があります。

仰るとおり神戸城は確かに石垣がいいですね。三重県北部(北勢)には中世に北勢四十八家という50を超える豪族が割拠していましたが、神戸氏もその一つです。神戸氏はその中でも抜きん出ており、戦国大名格でした。その城址には神戸高等学校がありますが、その前身は旧制神戸中学(大正9年創立)で、祖父の初任校でした。

ところで、小生、高校の同学年でSNSにより交流しております。高岡山・高岡城址についてSNSで紹介したいと思っております。余湖くんのホームページにある高岡城址の俯瞰図を出典を明記の上載せたいと思います。ご了承のほどお願いします。








> Qooさんへのお返事です。
>
> 初めまして。私のページをご覧いただきありがとうございます。
>
> 高岡城は、不思議な城ですね。歴史がはっきりしているのに、城としての形状がよく分からず、本当にこれがお城なのかと感じました。臨時に取り立てられた砦のようなものだったのでしょうか。
>
> 神戸城は天守台の石垣がなんとも素敵でした。
>
> 三重の城はまだあまり訪れていないので、機会があればまた訪れてみたいと思っています。
>
>
 

SPTレイズナー

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月28日(木)04時56分36秒
返信・引用 編集済
  ロボットアニメブームもそろそろ終焉かと思う時期に出た作品。

2部構成であり、第1部と第2部とで、世界観がまるで変ってしまったのが意外であった。視聴率で苦戦したために、話の展開を変えてしまったのであろうか。

でもOPの歌と場面とが好きで、カラオケに行くとよく歌っていたものである。

https://www.youtube.com/watch?v=ufM8QaPomzs

第2部は、宇宙人に支配されてしまった地球が舞台で、地球の文化は宇宙人によって破壊され、焚書坑儒のようなものが行われている中で、宇宙人の勢力を駆逐しようと地下活動を続ける地球人たちの物語となっていた。

しかし、視聴率が振るわず、いきなり話が終わってしまった。まったくの尻切れトンボで。

その結末はOVAに持ち越されるということになった。そういう展開をするアニメはその後、よくあることになるのだが、その嚆矢となったのが、レイズナーであったと思う。

後期EDも好きだった。

https://www.youtube.com/watch?v=dqwrNBGGA-g

テレビ版を探したのだが、残念ながら見つからなかった。テレビのEDでは、主人公の帰りを心配そうに一人で待つヒロインの姿が描かれていた。彼が帰ってきて、その胸に飛び込んで行くのだが、気が付いたら、それは幻だった・・・というような展開。

このアニメを見てから30年もたってからyoutuneで、その後出たOVAのラスト部分を見ることができた。

敵のボスと戦って勝った主人公が、ヒロインの下に帰り、初めて彼女を抱きしめてキスをする場面で終わっていた。

ずっと尻切れトンボのまま記憶に残っていたラストを、ようやく見ることができて、感動したものであった。youtuneってすごいなと思った。
 

Re: 鈴鹿市の高岡城

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月28日(木)04時46分38秒
返信・引用
  > No.6354[元記事へ]

Qooさんへのお返事です。

初めまして。私のページをご覧いただきありがとうございます。

高岡城は、不思議な城ですね。歴史がはっきりしているのに、城としての形状がよく分からず、本当にこれがお城なのかと感じました。臨時に取り立てられた砦のようなものだったのでしょうか。

神戸城は天守台の石垣がなんとも素敵でした。

三重の城はまだあまり訪れていないので、機会があればまた訪れてみたいと思っています。

 

鈴鹿市の高岡城

 投稿者:Qoo  投稿日:2019年11月27日(水)14時00分50秒
返信・引用
  11月23日に鈴鹿市の高岡城址を訪れました。昔は城址公園から鈴鹿川の上流が良く見えたそうですが、今は雑木が茂って見えません。同様に遺構も判然としません。辛うじて空堀と土塁らしきものを目にした程度です。私有地が入り組んでおり、踏み込むこともできません。結局、何だかよくわからないまま帰路につきました。
帰宅してネットで調べてみると余湖さんのホームページに鈴鹿市の神戸城とその支城の高岡城について俯瞰図と写真入りの詳しい解説があるのに気付きました。これほど詳しい解説は今まで見たことがありません。特に俯瞰図はよくできていて感心させられました。この解説を予め頭に入れて訪れていたら、もっとたくさんのことを知ることが出来たと思います。
高岡山の東麓には祖父と父が生まれた大福田寺があります。この寺はかつては平安時代に創建の壮大な寺院でしたが、滝川一益が神戸城、高岡城を攻めた際に全て焼失してしまいました。
郷土史の調査の一環として高岡城址を訪れました(城オタクではありません)。
 

Re: 塩田城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月26日(火)20時29分55秒
返信・引用 編集済
  > No.6352[元記事へ]

らんまるさんへのお返事です。

ご無沙汰しております。山城サミット、御盛況だったようで何よりです。
普段お目にかかれない管理人に会えたみなさんは、さぞお喜びだったことでしょう。

あそこはキノコの止山でしたか。それであんなにも不審がられたのでしょうか。
図面を見せながら説明したのに、それでもキノコ盗人と思われてしまったのかなあ・・・。
あそこにはさらにやばい事情があるのではないかと思ってしまいました。
不審者扱いされることはたまにありますが、あそこまで怪しまれたのは初めてでした。

今週末は久しぶりに休めるので、やっと遠征に行けそうです。
土日は松本市の山城などに出没します。

 

Re: 塩田城!

 投稿者:らんまる  投稿日:2019年11月26日(火)07時37分0秒
返信・引用
  > No.6332[元記事へ]

余湖さんへのお返事です。

そりゃー災難でしたね。あの山は松茸山で止め山なので、この時期はヤバイでしょう。

小生も登る途中で松茸山と気づきましたが、戻るのもアホらしいのでそのまま大急ぎで遺構を確認して何食わぬ顔で下山し事なきを得ました(汗)

あそこが城跡と認識している人は地元でもほとんどいないし、城址に標柱が有る訳でもないし、「城巡り」などと伝えてもちんぷんかんぷんで不審者扱いされます。
「人を見たら泥棒と思え」的な発想でしょうね(笑)
 

ガリアン

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月26日(火)03時43分41秒
返信・引用 編集済
  ボトムズの後番組がこれであった。

これまた特徴的なアニメであり、舞台は地球ではなく、クレッセント銀河系の惑星アースト。

中世のヨーロッパのような王侯貴族が闊歩する時代が舞台である。

剣と騎士道の世界であるが、古い時代のはずなのに、なぜか近代的な戦闘的ロボットが登場してくる。

でも、この独特の世界観がなんとも言えない味わいを出していた。終盤になってくるとストーリーがSF化してしまったのだが、最後まで中世が舞台の話で貫き通してほしかった。

OPも独特の味わいの曲であった。

https://www.youtube.com/watch?v=9hH9u8T8zh4

ボルダー王国の王子ジョジョが誕生した日、征服王マーダルが城に攻め寄せてきて、城は落城、王は殺され、王女は奪い去られてしまう。

家臣によってかろうじて救い出された王子ジョジョは、白い谷で育てられ、やがて王権の復活を目指して戦い始めていく。

というストーリー展開で、まるっきり中世騎士道のお話であった。ジョジョが自分の軍勢を集めて、城に向かって進軍していくシーンが好きだった。

途中からクレセント銀河系の興亡を描く話になってしまい、描いていた世界観が壊されてしまったのが残念。

しかし、こういう中世的世界観が舞台だったロボットアニメというのもこれだけであった。

EDも紹介しておく。

https://www.youtube.com/watch?v=YIS9AnMUMgU
 

銀河漂流バイファム

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月25日(月)04時23分41秒
返信・引用 編集済
  これまたサンライズのアニメ。

15少年漂流記の宇宙版である。

というわけで、主要なキャラは子供ばかりである。最初のうちは、子供ばかりこんなに出していったいどうするつもりなんだよ、と思ったものだが、一人一人の個性がちゃんと描かれていて、見ているうちにけっこうはまってしまったものであった。

あれだけキャラがいながら、嫌な奴が一人もいないというのが意外だった。

バーツとかマキは、その見た目から敵対キャラかと思っていたのだが、最後までいいやつだった。

スコットは、一人だけ老けて見えていたが、16歳くらいの設定だったんだよなあ。

クレアはみんなのお母さん役であったが、彼女も15歳くらいの設定だった。立場が人を育てるってこういうことかなと思った。

ククトニアンのカチュアやケンツとか、個性的なキャラがたくさんであった。一番目立っていないのが主人公だったかもしれない。

マルロとルチーナのような幼児まで、その個性が光っていた。

子供のキャラがよく描かれているのに対して、バイファムはあんまり目立っていなかった。

主人公が初めてバイファムに乗ったのが、確か15話目くらいだったような気がする。

そのせいだろうか、OVAではバイファムそのものが登場してこなかった。タイトルは「バイファム」なのに・・・。

でも何といっても印象的だったのは、オールイングリッシュのOPである。けっこうカッコイイ曲だったんだけど、何と言っているのか分からないところがあちこちにあった。

https://www.youtube.com/watch?v=A4165Uc-j3k&t=286s

WIPE AWAY ALL YOUR TEARS
TOGETHER WE WILL CONQUER FEAR
COME AND GIVE US A HAND
IN SEARCH OF NEW LAND
I WONDER WHERE YOU ARE MY FRIEND
TELL US WHAT IS LEFT IN THE END



 

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