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お久しぶりです

 投稿者:松木 充  投稿日:2017年 3月10日(金)00時52分42秒
返信・引用
  新年の御挨拶もせず、失礼いたしました。

ストレスから鬱状態になり、1年半ぐらい過ごしてきました。その間、余湖さんのページをあちこち見ながら、どれほど癒されたことか…。ありがとうございます。

3月末に愛媛に帰省しますが、40年ぶりぐらいで松山城を見てこようと思っています。前に訪れた時は、かろうじて小天守が復元されていた程度だったので、今回は二の丸をよく見てみたいと思います。

ところで、松山城主だった久松松平家の子孫、久松定武氏(多分だいぶ前に他界されたと思いますが)は、愛媛県知事を務めました。久松家は、維新後「萬翠荘」(ばんすいそう)という洋館を建てて住みました。松山城の山麓、愛媛県庁の近くにあります。十数年前は一般公開されていたので、今もそうだと思います。明治維新を機に、城主が普段住んでいた二の丸御殿を取り壊して、洋館に移り住んだのではないかと思います。十分調べたわけではないのですが、多分そんなところかと…。

とりとめもないことですみませんが、今日も楽しませていただきました。ありがとうございます。
 
 

Re: 鳥瞰図、お借りしています

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 3月 5日(日)08時08分5秒
返信・引用
  > No.4888[元記事へ]

しろめぐらーさんへのお返事です。

初めまして。

私のページはリンクフリーですので、リンクはOKです。

また、鳥瞰図等も、引用元がここであることを明記してあれば使用は自由なので、使っていただいて構いません。というか、お役に立てるようでしたら、どんどんお使いください。

私が禁止しているのは、鳥瞰図等を自分の著作であるかのように掲載しているケースだけですので、そこをちゃんとしてくだされば、ご活用くださってかまわないのです。

でも時々、人の作品を自分の著作であるかのように使用しているのを見ると、「この人はどんな神経をしているのだろう」とかなり不愉快な気持ちになってしまいます。

しろめぐらーさんは、山形を中心に回っておられるのですね。私は山形はまだあまり訪れていないので、そのうち山形のお城も回ってみたいと思っています。

もしお勧めのお城がありましたら、教えてくださるとありがたいです。

それではまたです。
 

鳥瞰図、お借りしています

 投稿者:しろめぐらー  投稿日:2017年 3月 4日(土)21時45分56秒
返信・引用
  以前から勝手にリンクを貼り、あまつさえ最近、余湖さんの鳥瞰図をお借りしないと説明できないことが多くてお借りしています。
事後で申し訳ありませんが、一言ご挨拶と、感謝を申し上げます。

http://jcrsrchr.blog136.fc2.com/

 

Re: 益子 西明寺城

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 3月 4日(土)04時53分7秒
返信・引用
  > No.4886[元記事へ]

上沢光綱さんへのお返事です。

本を出すというのは、本当に大変な作業ですね。

『続 図説茨城の城郭』 『改訂版 茨城の城郭』はともに、8月上旬発売の予定で作業が進んでいます。

続編の方は、マイナーな城郭が多くなっているのですが、150城以上の城郭が図面付きで紹介されており、なかなかのボリュームの本となる予定です。

『改訂版』の方も図面の描き直しや、本文の修正が行われています。

それではまたです。
 

Re: 益子 西明寺城

 投稿者:上沢光綱  投稿日:2017年 3月 3日(金)18時44分37秒
返信・引用
  > No.4885[元記事へ]

余湖さんへのお返事です。



『続 図説茨城の城郭』が出るんですね。続編を出せるなんてすごい!
私は本一冊の出版でもう限界です。
校正が大変で…。


> 桜川市の門毛城も取り上げているのですが、参考資料として、上沢さんのサイトを挙げさせてもらっています。
>
> よろしくお願いします。
>

門毛城が取り上げられているのはとっても良いですね。参考資料に挙げられているのは大変光栄でございます。
本が出るのを楽しみにしております。

http://www.geocities.jp/shimotsuke1000goku/

 

Re: 益子 西明寺城

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 3月 2日(木)04時48分3秒
返信・引用
  > No.4884[元記事へ]

上沢光綱さんへのお返事です。

私も、遊歩道の範囲くらいしか歩いていないような気がします。それほど大きな城郭だったのですね。

話は変わりますが、現在、ヤブレンジャーで、『続 図説茨城の城郭』という本を作成中で、この夏刊行予定です。

桜川市の門毛城も取り上げているのですが、参考資料として、上沢さんのサイトを挙げさせてもらっています。

よろしくお願いします。

 

Re: 益子 西明寺城

 投稿者:上沢光綱  投稿日:2017年 3月 1日(水)22時58分22秒
返信・引用
  > No.4883[元記事へ]

余湖さまへのお返事です。

余湖様、こんにちは。上沢光綱です。

さっそくサイトを訪問していただきありがとうございます。
私も10年くらい前に西明寺城に行った時は遊歩道くらいしか歩きませんでした。そのときは全体像なんて把握できず。
あれから10年くらい経過。今回、縄張り図を描いてみて、西明寺城の大きさに驚きました。

時に土曜日も休みになるので、そのときは城に行っております。
帰りに益子焼を見て帰ってきます。そんな感じでストレス発散しておりました。


尾根の末端は、「これは遺構だ!」と思う所もあり、林道や、デコボコや段々の入口…?、自然地形かという所もあって様々です。ただ、不鮮明な箇所が多いです。おっしゃる通り、判断に難しいです。

なんとか全体図を貼り合わせて、あとで気が向いたときに清書いたします。
冬の間はなるべくほかのお城にも行きたいと思います。
ではまた。

http://www.geocities.jp/shimotsuke1000goku/saimyoujijou.htm

 

Re: 益子 西明寺城

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 3月 1日(水)04時26分20秒
返信・引用
  > No.4882[元記事へ]

上沢光綱さんへのお返事です。

上沢さん、こんにちは。お城に行けるのは日曜日だけですか? なかなか世間のように休めなくて大変ですね。

西明寺城の図面、拝見しました。実に素晴らしいですね! 西明寺城には10年以上前に一度訪れて以来、それっきりなので、懐かしいと同時に、また行ってみてくなりました。

末端の方の堀切状の遺構は解釈が難しいですね。単なる切通の通路の場合もありますし、もともとの堀切が、後世になって通路として改変されている場合もありますから、遺構かどうかの判断は主観的なものになってしまうことが多いようです。

でも、あれだけの規模のお城ですから、未知の遺構もまだまだあるのかもしれませんね。

全体図、楽しみにしています!
 

益子 西明寺城

 投稿者:上沢光綱  投稿日:2017年 2月28日(火)19時56分2秒
返信・引用
  余湖様、お世話になっております。上沢光綱です。

プレミアムフライデーが話題になってますね。私の職場は土曜日まで仕事で、ヒマな時は土曜日も休める。そんな感じなので、城に行くには日曜しかありません。プレミアムサンデーです。土曜日も休みになるとよいですね。


最近、栃木県益子町の西明寺城に行って図面を描いておりました。
11月から始めて、先週にほとんど完了しました。広大な城域で、藪の中に遺構が眠っているので苦労しました。本に掲載されていない遺構もあったので図面にしましたが、違っていないか心配です。

ズレている所もありますが、お知り合いのところにうかがって、答え合わせをするつもりです。
このまま続けて、もっと良く描けるようにしたいと思います。

大体はサイトにアップしていますので、お時間のある時にご覧ください。
清書はまだまだ先になりそうです。

http://www.geocities.jp/shimotsuke1000goku/

 

プレミアムフライデー

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 2月24日(金)21時52分58秒
返信・引用 編集済
  テレビを見ていたら、本日からプレミアムフライデーというのが始まったというニュースをやっていた。なんでも、金曜日に早く帰って遊べるのだという。

う~む、これは夢のまた夢である。私の場合、金曜どころか、土曜すら休めない。私にとっては、土曜が休めないとお城にも行けないのである。

そんなわけで、ここのところ、まったくお城にはいくことができていない。

土曜日に自由に休める日が来ることを夢見ている・・・・。ちなみに明日もお仕事です!
 

Re: 木原城

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 2月23日(木)04時25分27秒
返信・引用
  > No.4879[元記事へ]

市川さんへのお返事です。

情報ありがとうございます。

整備されるのならいいのですが、何かの開発で破壊されてしまうのだとしたら心配です。あそこの二重堀は規模も大きく、貴重な遺構ですから。

それはともかく、ということは、今が見ごろ、ということですね。

 

木原城

 投稿者:市川  投稿日:2017年 2月21日(火)19時20分39秒
返信・引用
  永厳寺まわりの樹木を伐採してますが
何か出来るんでしょうか?
 

Re: 桃井城が公園化されます。

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 2月12日(日)09時06分27秒
返信・引用
  > No.4877[元記事へ]

ジャンさんへのお返事です。

情報ありがとうございます。桃井城は、あまり整備されていませんでしたから、公園化されるというのはうれしい限りです。完成した頃に行ってみたいと思いますので、またお知らせしていただけるとありがたいです。

それではまたです。
 

桃井城が公園化されます。

 投稿者:ジャン  投稿日:2017年 2月12日(日)08時19分18秒
返信・引用
  群馬県吉岡町の桃井城が防災公園化されます。南下城山防災公園(仮称)
農地でなくなり、重機が入ってました。
 

延岡城

 投稿者:SHIOSABA  投稿日:2017年 2月10日(金)16時35分15秒
返信・引用 編集済
  余湖さん いろいろとお手数をおかけして申し訳ありませんでした。
今後もいろいろな城の3Dを手掛けていきたいと思っていますが、余湖さんのお言葉は大変励みになりました。
どうもありがとうございました。
 

Re: 延岡城3階櫓

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 2月 8日(水)20時38分34秒
返信・引用
  > No.4874[元記事へ]

SHIOSABAさんへのお返事です。

三階櫓について、私もちょっと調べてみたのですが、よく分かりませんでした。けっこう正確に描かれている『正保城絵図』はどうかなあと思って、うちにある『正保城絵図』を見てみたのですが、それには延岡城は収録されていませんでした。また、屏風絵というのも見つけられませんでした。

私も参考にした現地案内板の古図には三階櫓が描かれていますが、それとはよくマッチしており、専門家が考証したとしても、同じようなものになるのではないでしょうか。

素晴らしい出来栄えだと思います。

それではまたです。
 

延岡城3階櫓

 投稿者:SHIOSABA  投稿日:2017年 2月 6日(月)23時45分52秒
返信・引用
  余湖さんお返事ありがとうございました。
延岡城の縄張り図や、屏風絵などを参考にして3D化してみました。
延岡城3階櫓については資料がほとんどなく当時の時代背景を自分なりに考慮しながら描いてみました。素人判断ですのでご意見を頂ければ幸いです。
突然申し訳ありませんでした。
 

Re: 延岡城3階櫓

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 2月 6日(月)20時03分36秒
返信・引用
  > No.4871[元記事へ]

SHIOSABAさんへのお返事です。

失礼しました。三階櫓はちゃんと描かれていたのですね。小さい画像の時はうっかり気が付きませんでした。
 

Re: 秩父の城Ⅰ

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 2月 6日(月)20時02分56秒
返信・引用
  > No.4870[元記事へ]

備前守長政  さんへのお返事です。

こんにちは。秩父の城ですか、懐かしいですねえ。私が訪れたのはかれこれ10年以上も前のことです。ですから、記事そのものが古くなってしまっているかもしれません。

虎ヶ岡城、長政殿も、北側の尾根に登ってしまいましたか? あの曲がり口、何も印がないので、うっかり見過ごしてしまいますよね。あそこに案内が欲しいところです。

猪俣城は、けっこう歩いた記憶があります。こちらも案内がないので、本当にたどり着けるのかどうか、ドキドキしながら歩いた記憶があります。幸い桜の頃で、山桜が1つ目立つように咲いていたのが、目印になってくれました。

花園城は、遺構はとても素晴らしいのですが、ヤブがなんともひどかったですね。少し整備すればとてもきれいな遺構が見えるのでしょうが、なかなかそうもいかないのでしょうか。

それではまたです。
 

延岡城3階櫓

 投稿者:SHIOSABA  投稿日:2017年 2月 6日(月)00時06分55秒
返信・引用
 
ちょっと大きくしてみました。
 

秩父の城Ⅰ

 投稿者:備前守長政    投稿日:2017年 2月 5日(日)16時53分11秒
返信・引用
  昨日秩父地方の城に行ってきました。

花園城、花園御岳城、猪俣城、虎が岡城

余湖さんはだいぶ前に行かれたようですね。

それにしても4城とも麓辺りに案内はなく、先人の紹介記事(本やブログ)がないと中々行きづらいですね。花園城は25年ぶりでしたが、前回は道が全然分らず行けそうな所から山肌に取り付き直登したものです(今回は諏訪神社から登りましたけど途中から道がはっきりしなくなりました)。

猪俣城は小ぶりですが面白い縄張ですね。同じ高さで郭を分割し土橋で繋げたり、余湖さんが狼煙と推定された大穴、二重堀切、原初的な馬出状の小口など見所多い城です。

虎が岡城は余湖さんの道案内に則り登って行ったものの、見事に北の山に行ってしまいました。二股の分岐点、右に行くことを心がけたのですが、戻って見て分ったのは、右(とうか右斜め前方)に行く道が枯れ草にまぎれて分り難くなっていました。当たりをつけて少し進むときれいな道が出てきて城に辿り着けましたが。
城自体は東屋あり階段やロープありと登る者に便宜を図ってくれたのに、肝腎な所で冷たいなぁと思いました。勿論方向音痴な自分がいけないのですが、日没際だったのでかなり焦りました。

それではまた。
 

Re: 田中城の古写真

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 2月 5日(日)07時46分38秒
返信・引用
  > No.4866[元記事へ]

狸屋さんへのお返事です。

情報ありがとうございます。絵図や古写真もあるのですね。今度近くまで行った時に立ち寄ってみたいです。

それではまたです。
 

Re: 延岡城

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 2月 5日(日)07時44分54秒
返信・引用
  > No.4865[元記事へ]

SHIOSABAさんへのお返事です。

> 有馬時代 わずか28年間だけ存在した3階櫓
> その時期の絵図面をもとに作成しました。

すばらしい鳥瞰図ですね。びっくりです。これってCGなのでしょうか。

しかし、三階櫓は描かれていませんね。
 

Re: 国峰城

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 2月 5日(日)07時43分48秒
返信・引用
  > No.4864[元記事へ]

横尾さんへのお返事です。

こんにちは。

国峰城ですか、私が訪れたのはもうずいぶん前になります。その時は車で上の方まで行け、ヤブもあまりなくてきれいな状態でした。

山麓には遠堀もありましたよね。近くの小幡陣屋ともども、また訪れてみたいお城です。

上野村あたりの雪の状況はどんな感じなのかなあ・・・・・。
 

Re: 田中城の古写真

 投稿者:狸屋  投稿日:2017年 2月 4日(土)17時06分21秒
返信・引用
  > No.4863[元記事へ]

余湖さんへのお返事です。

藤枝市の蓮華寺公園にある藤枝市郷土資料館に、田中城の写真を見たような記憶があります。
それはそれとしても絵図も売ってますので、西益津小学校(旧本丸)や移築櫓のある
下屋敷跡だけでなく、こちらの方にもお寄り頂ければと思います。

 

延岡城

 投稿者:SHIOSABA  投稿日:2017年 2月 4日(土)16時29分53秒
返信・引用
  有馬時代 わずか28年間だけ存在した3階櫓
その時期の絵図面をもとに作成しました。
 

国峰城

 投稿者:横尾  投稿日:2017年 2月 4日(土)13時50分19秒
返信・引用
  久しぶりに、国峰城に登ってきました。以前登った時は、本丸から出丸まで、ひどい薮で遺構などひどい薮でほとんどわからない状態でしたが、今回登って驚きました。すべて薮が切り払われて、遺構が生まれ変わっています。
写真1 西尾根大堀切
写真2 西尾根第一曲輪
写真3 土橋と虎口
西尾根はまだまだ多くの遺構が見ることができます。もちろん他の尾根も整備され、感動ものです。今私のブログで報告中です。

http://blog.goo.ne.jp/tomiokamusasi

 

Re: 田中城の古写真

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月31日(火)04時26分10秒
返信・引用
  > No.4862[元記事へ]

籾蔵さんへのお返事です。

情報ありがとうございます。田中城の古写真が残っていたのですね。田中城の建造物は、現存する櫓からして、瀟洒なイメージだったのですが、古写真のものはみな白壁造りで、いかにも城郭風なものばかりですね。こうしてみると、やはりちゃんとした城郭だったのだなあと感じます。
 

田中城の古写真

 投稿者:籾蔵  投稿日:2017年 1月30日(月)19時45分4秒
返信・引用
  田中城(藤枝市)の古写真は存在しないと思っていましたが、どうも知られていない古写真が大量に存在するみたいです。
同じ藤枝市の大慶寺という日蓮宗の寺の宝物殿には、田中城の展示スペースがあるようで、そこに古写真が展示されているらしいです
みた限りでは最低でも7枚はあるかんじです。このお寺さんが自前で撮影したものでしょうか。
http://enmyozan.org/?page_id=16
 

Re: 山城新発見!!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月29日(日)08時36分30秒
返信・引用
  > No.4860[元記事へ]

夕湖さんへのお返事です。

お久しぶりです。3年間で500城ですか!すごいですね。もう完全にマニアの域にはまり込んでいますね。

少しでもお役に立てているようで幸いです。もし、詳しいことや登り口などを知りたかったら、メールでも掲示板でもかまいませんので、お知らせください。できる限り、お知らせしたいと思います。ただ、道のない山の場合は、結局、テキトーなところから直登するしかない場合もありますが・・・・。


> そして、今日のNHKニュースを見てびっくり!何と、甲州市の恵林寺山が山城だったと分かったんです。ということは、他にもあるんでしょうね。ここはハイキングコースらしいんですが、ハイカーには、山城には見えなかったんですね。


これだけ、たくさんの城が知られているのに、今でも「新発見の城」という話をよく聞きます。本当に城の数って多いんですね。一般的なハイカーの場合、けっこうな遺構が残っていても、城だと分からない場合が多いみたいです。「何かやたらと凸凹しているなあ」くらいには認識されるようですが・・・・。

それではまたです。
 

山城新発見!!

 投稿者:夕湖  投稿日:2017年 1月28日(土)08時28分11秒
返信・引用
  ご無沙汰しています。あれからずっと夫と城巡りしています。丸3年で、中、近世城郭合わせて、もうすぐ500城になります。それも、余湖さんのブログがなくては出来ないことでした。感謝いたします。
この間の城巡りの帰り、「普通の山に見えても、一歩入るとお城なんだね。今までに発見されない城なんてあるのかな」と話していたんです。文献や、伝承がなければ、埋もれてしまっているだろう、と。
そして、今日のNHKニュースを見てびっくり!何と、甲州市の恵林寺山が山城だったと分かったんです。ということは、他にもあるんでしょうね。ここはハイキングコースらしいんですが、ハイカーには、山城には見えなかったんですね。
城巡りの際、いつも入り口が分からなくて困っています。なんとか行けましたが、今度、どうししても分からなかったら、メールさせてもらっていいですか?
 

Re: 塩沢城

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月27日(金)04時17分1秒
返信・引用
  > No.4858[元記事へ]

横尾さんへのお返事です。

塩沢城の情報、ありがとうございます。塩沢城は麓までは行ったのですが、結局まだ、登城はできていませんでした。

群馬県の城郭も、おおよその部分は回ったのですが、実を言うと、まだ回り切れていない地域があって、それが鬼石や上野、神流など、埼玉との境界近い部分です。何しろ、交通不便な地域ですから・・・。

できればこの冬に行ってみたいと思っていたりするのですが、路面凍結などを心配しています。

この地域って、冬でも回ることができるのでしょうか? ちなみに私の車はノーマルタイヤしか履いていません。
 

塩沢城

 投稿者:横尾  投稿日:2017年 1月26日(木)12時04分37秒
返信・引用
  群馬県藤岡市(旧鬼石町)の塩沢にある、塩沢城にまだ登られてないようですが、先日登ってきましたので紹介します。
 写真1枚目は尾根との境、深堀
   2枚目 城祉の南側全貌
   3枚目 本丸
 登り方は私のブログに案内しています。

http://blog.goo.ne.jp/tomiokamusasi

 

Re: リンク切れのご連絡

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月25日(水)05時14分55秒
返信・引用 編集済
  > No.4856[元記事へ]

供養絵額さんへのお返事です。

連絡ありがとうございました。修正しておきました。

昨年、メインのサーバーが廃止されたことによって、リンクを貼り直したのですが、何しろ掲載している城の数が多すぎて、完全には直し切れていません。このように指摘していただけると助かります。

また、何かお気づきのことがあれば、よろしくお願いします。
 

リンク切れのご連絡

 投稿者:供養絵額  投稿日:2017年 1月25日(水)02時11分13秒
返信・引用
  余湖様

いつも楽しく拝見させていただいています。
自分では到底調べることができない情報の数々を提供してくださり、ありがとうございます。

この度、リンクが切れている箇所をお見かけしたのでご連絡いたします。

墨俣城
http://homepage3.nifty.com/yogokun/sunomata.htm

今後ともよろしくお願いいたします。
 

Re: 江尻城

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月22日(日)10時53分21秒
返信・引用
  > No.4854[元記事へ]

狸屋さんへのお返事です。

三好氏の一族でしたか。駿河という地域柄、武田氏の進出にともなって横田備中の一族もいたのかと思ったのですが、そちらとは関係がなかったようですね。
 

Re: 江尻城

 投稿者:狸屋  投稿日:2017年 1月21日(土)09時05分15秒
返信・引用
  > No.4853[元記事へ]

余湖さんへのお返事です。

阿波三好氏の一族という説があります。
中村氏が岸和田時代に使え、家老職として
米子の町の発展、大山寺領との抗争等ができた
優秀な方らしいですが、君側の奸に
そそのかされ、城主に殺害されます。

横田氏の遺臣が起こした米子城騒動には
柳生宗矩の弟が横田氏側に参戦し、戦死しています。
 

Re: 江尻城

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月17日(火)04時13分44秒
返信・引用
  > No.4852[元記事へ]

狸屋さんへのお返事です。

> 江尻城に関してですが、中村氏時代には横田内膳が城代になっていたという話があります。

情報、ありがとうございます。

横田氏といえば、戸石崩れで討死した、武田家臣の横田備中という人物がいましたが、近親者なのでしょうか?

 

江尻城

 投稿者:狸屋  投稿日:2017年 1月16日(月)20時18分21秒
返信・引用
  江尻城に関してですが、中村氏時代には横田内膳が城代になっていたという話があります。  

久能城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月15日(日)23時24分38秒
返信・引用
  これも静岡市のお城。

家康が葬られたことで有名な久能山は、実は中世城郭としても機能した場所であった。

それにしても入場料500円はともかくとして、山麓の駐車場はどこも1回1000円と、金のかかる城である。

日本平からロープウェイで来る方法もあるが、こちらはロープウェイ料金がかかる。

訪れている人はたくさんいたが、ここが城址でもあったと認識している人は少ないだろうなあ。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/sizuoka/sizuokasi.htm#kunou
 

用宗城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月15日(日)23時21分58秒
返信・引用
  静岡市のお城。

海に臨む独立山にあり、水軍を束ねるための城でもあった。

それなりに大きな城であったようだが、大半がミカン畑となっているため、旧状は把握しづらい状況にある。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/sizuoka/sizuokasi.htm#motimune
 

方ノ上城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月15日(日)22時34分16秒
返信・引用 編集済
  静岡県焼津市のお城。

城そのものは小規模だが、狼煙台として有名なようで、あちこちに案内表示が出ていた。

花倉の乱の際の史料にも名前が出てくるが、そちらはちょっと怪しい。


先週はずっと出張中だったため、更新が中断していましたが、あと少し静岡の城を紹介します。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/sizuoka/yaidusi01.htm
 

朝日山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 9日(月)21時26分23秒
返信・引用
  これも藤枝市のお城。岡部氏の居城だったといわれる。

現在は、朝日山稲荷が祭られており、車で上がっていくこともできるが、けっこうな悪路であった。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/sizuoka/hujiedasi01.htm#asahi
 

花倉城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 9日(月)21時24分58秒
返信・引用
  静岡県藤枝市のお城。

今川家の内紛、花倉の乱の際に登場してくる城である。

かなり山奥にあるが、すぐ近くまで車で行くことができる。しかし延々山道を走っていくことになる。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/sizuoka/hujiedasi01.htm
 

龍眼城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 9日(月)20時22分28秒
返信・引用
  これも牧之原市のお城。

公園となっていて車で訪れられそうだったので、ちょっと立ち寄ってみた。
しかし、遺構的にはそれほど見るべきものはなかった。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/sizuoka/makinoharasi01.htm#ryuugan
 

Re: 久野城

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 9日(月)20時21分1秒
返信・引用
  > No.4844[元記事へ]

狸屋さんへのお返事です。

こんばんは。あのお近くでしたか。

久野城の周囲はかつては沼沢地であったようですから、城下集落と営むとしたら、沼沢地ではない西側や北側の方向だったということでしょうね。
 

久野城

 投稿者:狸屋  投稿日:2017年 1月 9日(月)18時53分6秒
返信・引用
  仕事場が近いのでよく見ますが、北側から西側にかけて微高地が繋がって
いるので、家臣団の住居があったと思われます。
豊臣政権期の城であることを踏まれれば、町人街もその南側の微高地に
形成したと推測できます。
 

滝境城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 9日(月)18時39分24秒
返信・引用
  これも牧之原市のお城。

海岸沿いの比高70mほどの台地を利用して築かれた戦国期城郭である。

郭は広く、堀も切岸も非常に鋭い。まさに戦国期の境目の城郭といった雰囲気の城であるといえる。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/sizuoka/makinoharasi01.htm#takisakai
 

勝間田城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 9日(月)18時27分36秒
返信・引用
  静岡県牧之原市のお城。

文明年間に滅びた勝間田氏の居城であるが、整備されてよく残っている。文明年間を終期とするお城でも、これだけきちんとした遺構を残しているということが意外である。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/sizuoka/makinoharasi01.htm
 

堀田城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 9日(月)18時25分35秒
返信・引用
  これも菊川市のお城。

正法寺の背後の比高40mの山稜にある。大規模ではないが、多数の堀切で区画された城郭である。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/sizuoka/kikugawasi.htm#hotta
 

横地城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 9日(月)18時23分40秒
返信・引用
  静岡県菊川市のお城。

当地の有力豪族であった横地氏の居城である。国指定の史跡となっており、よく整備指されている。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/sizuoka/kikugawasi.htm#yokoti
 

小笠山砦

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 9日(月)15時57分45秒
返信・引用
  掛川市のお城。

家康が築いた陣城の中でも代表的なものである。

細尾根を利用しながらも、堀切や竪堀を巧妙に組み合わせた技巧的な城郭となっている。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/sizuoka/kakegawasi.htm#ogasa
 

馬伏塚城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 9日(月)15時21分47秒
返信・引用
  これも袋井市のお城。

沼沢地に浮かぶ浮き城のような城郭であった。

高天神城攻めの拠点として使用された城郭である。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/sizuoka/hukuroisi01.htm#mamusi
 

久野城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 9日(月)15時20分34秒
返信・引用
  静岡県袋井市のお城。

平地に浮かぶ低い台地に築かれている。規模は大きく遺構もよく残っている。

戦国期から始まり、近世城郭としても使用された城である。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/sizuoka/hukuroisi01.htm
 

飯田城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 9日(月)14時09分56秒
返信・引用
  これも森町のお城。

国人領主山内氏の居城であり、今川、徳川、武田の攻防戦が展開された城である。

城はよく整備されているのだが、途中に紛らわしい案内表示があって、最初別の山に登ってしまった。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/sizuoka/morimati.htm#iida
 

真田山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 9日(月)14時08分21秒
返信・引用
  静岡県森町のお城。

遠江一之宮小國領域に築かれた城である。それにしても静岡に真田という名前の城があるとは意外であった。

信州の真田と何らかの関連があるのであろうか。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/sizuoka/morimati.htm#sanada
 

社山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 9日(月)13時14分30秒
返信・引用
  静岡県磐田市のお城。

磐田市って初めて来たのだが、大学生の時、磐田市出身のやつがいたなあ。今も元気にしていることであろうか。

社山城はよく整備された山城で、遺構規模が大きく見ごたえがある。きれいに整えられた横堀など、とても素晴らしく感じる。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/sizuoka/iwatasi01.htm
 

大平城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 9日(月)12時23分29秒
返信・引用
  静岡県浜松市のお城。

立派な案内板があって期待が高まるが、規模のわりにはあまり面白くない城郭であった。

神社から上がっていくと、シダに覆われた出曲輪で行きどまってしまい、迷走することになる。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/sizuoka/hamamatusi02.htm#oidaira
 

二連木城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 9日(月)11時13分6秒
返信・引用
  これも豊橋市のお城。

市街地の中にあるが、大口公園となって、一部はよく残されている。田原城の戸田氏がこの地に進出してきて築いた城郭であった。

http://yogokun.my.coocan.jp/aiti/toyohasisi02.htm#nirengi
 

船形山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 9日(月)11時11分32秒
返信・引用
  これも豊橋市のお城。

普門寺の配語の高い山稜上にある。しかし、ハイキングコースとして有名なようで、意外に多くの人がハイキングに訪れていた。

http://yogokun.my.coocan.jp/aiti/toyohasisi02.htm#hunagata
 

赤岩城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 9日(月)11時10分13秒
返信・引用
  これも豊橋市のお城。

赤岩寺の配語の山に築かれており、散策路がいくつも付けられていて訪れやすい。

主郭背後の大堀切の規模にはびっくりする。

http://yogokun.my.coocan.jp/aiti/toyohasisi02.htm#akaiwa
 

萩平山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 9日(月)11時08分18秒
返信・引用
  これも豊橋市のお城。

西郷氏の居城の1つといわれている城である。

山頂には秋葉神社が祭られており、神社の参道を通って簡単にアクセスできると想像していたが、実際には神社は荒れており、参道を探すのも大変であった。

http://yogokun.my.coocan.jp/aiti/toyohasisi02.htm#hagihira
 

月ヶ谷城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 9日(月)11時06分18秒
返信・引用
  愛知県豊橋市のお城。月ヶ谷と書いて「わちがや」と読む。

単純な構造の縄張だが、3か所の虎口はそれぞれしっかりしている。また、深い井戸も残されている。

http://yogokun.my.coocan.jp/aiti/toyohasisi02.htm
 

瀬木城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 9日(月)09時24分24秒
返信・引用
  愛知県豊川市のお城。

平城ながら、大規模な土塁や堀をよく残している。明応年間に築かれた城とは思えないほどの規模のものである。

http://yogokun.my.coocan.jp/aiti/toyokawasi.htm#segi
 

宇利城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 9日(月)08時40分8秒
返信・引用
  愛知県新城市のお城。

コンパクトにまとまった山城である。大河ドラマ「直虎」にそのうち出てくるのであろうか。「井伊家ゆかりの地」の幟が立てられていた。

http://yogokun.my.coocan.jp/aiti/sinsirosi02.htm
 

Re: 山梨の城Ⅱ

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 9日(月)06時51分54秒
返信・引用
  > No.4823[元記事へ]

備前守長政  さんへのお返事です。

活発にご活躍されていますね。

熊城、確かに、意外と難易度が高いという気がします。それに、要害山城から尾根続きに行く際には、うっかりしてしまうと迷ってしまいます。降りるべき尾根に案内がついていないですからね。

側面部も、気を遣いますね。私も昔と違って、足元が弱くなってきているのか、急斜面などの横歩きが以前ほど上手にできなくなってしまいました。

浄古寺城、ああいうお城が埋もれていたとは、まったく意外でした。だいぶ破壊されていますが、それでも、何となくイメージがつかめますね。堀の彼方に富士山が見えていたのが印象的でした。

それではまたです。
 

Re: 井伊谷に関して

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 9日(月)06時48分57秒
返信・引用
  > No.4822[元記事へ]

狸屋さんへのお返事です。

そうでしたか。古い絵図などと地形から、2郭構造の平城が存在していたかと想定していたのですが、まあ古い時代の城だと、そのようなものかもしれませんね。

情報、ありがとうございます。
 

山梨の城Ⅱ

 投稿者:備前守長政    投稿日:2017年 1月 8日(日)19時23分12秒
返信・引用
  今年の城巡りは要害山城・熊城からスタートしました。事前の予報で土曜日だけがまともに晴れそうだったので、早朝車で甲府に向かいました。「廃城ゆく2」の記事もしっかり読んで。

要害山城は二度目で25年ぶりですが、前より草刈や登城路の整備が行き届いてて、楽に登れました。小口周りは織豊系城郭にも匹敵する手の込んだもの。遺構確認がし易く見所満載の要害山城はまさに「廃城ゆく2」のサブタイトル「超初心者のための廃城ガイド」に相応しいですね。

ただ、一転熊城は難度が高いなぁ、と思いました。尾根上を歩くだけならそれほどでもないでしょう(それでも慣れていないと空堀の上り下りは、道は無いし掴める適当な樹木も無いので難儀すると思います。ただ、山肌の畝状阻塞を見ようとすると足場が悪く相当神経を使いました。枯れ木を掴んだ時は一瞬滑落を覚悟したのですが、何とか笹叢を掴みなおし踏みとどまり無事戻ってきました。今回ばかりは、いつも悩まされる笹に感謝です。

それと浄古寺城。こんなところに近世城郭の趣を持つ城があったとは驚きです。遺構自体はだいぶ潰れていますが、それでも頭の中で往時の姿を想像するのは楽しい一時です。

それではまた。
 

井伊谷に関して

 投稿者:狸屋  投稿日:2017年 1月 8日(日)14時06分39秒
返信・引用
  井伊氏居館跡にある図面から考えるに、近世城郭のような本丸縄張りでなく
方形館に家臣団居住地の二の丸が付属する形になるように思われます。
 

Re: 謹賀新年

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 5日(木)22時35分6秒
返信・引用
  > No.4820[元記事へ]

5150(たかし@船橋)さんへのお返事です。

たかしさん、あけましておめでとうございます。

昨年はご一緒できませんでしたが、今年はよろしければ、どこかにまた出かけましょう!

ちょっと遠征していたので、お返事が遅くなりました。さっそく鳥瞰図の作成にかかりたいところなのですが、今週末はお仕事なんですよね(xx)

紅白の件、びっくりしましたね。

NHKに忠告したいのは、「視聴者軽視」って言われるようなことをしないようにする、という意識改革が必要だということです。

それではまたです。
 

謹賀新年

 投稿者:5150(たかし@船橋)  投稿日:2017年 1月 4日(水)11時50分48秒
返信・引用
  やや遅くなりましたが謹賀新年です。恵那攻め、興味深かったですが年末は仕事が入ってしまいました(++)
紅白の結果、私も親とTV眺めてましたが「今年は白やね」と言ってたらまさかの大どんでん返し!個人的に赤白どちらが優勝しようがどうでもいいんですが、あれじゃ視聴者軽視があからさまでしたね、ゲスト審査員がどれほど公正なジャッジなのかとw
まあ個人的にはヒット曲もないのに長年出続けたあのお方が今回いなかったぶん清々してましたが(笑)

ともあれ機会あったらまたご一緒しましょう(^^)/
 

Re: 井伊直虎について

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 3日(火)18時28分54秒
返信・引用 編集済
  > No.4818[元記事へ]

備前守長政  さんへのお返事です。

あけましておめでとうございます。

今年もまたよろしくお願いします。

直虎ですが、おっしゃるように、なぜこのように名乗ったのかどうしても理解できません。

女城主を標榜しているのなら、直虎などという名前を名乗る必要はないと思います。

ネットで調べてみたところ、井伊直親が謀反の疑いで今川義元に殺害された後、今川氏の一族で井伊家に乗り込んでいっている人物がいるようなので、この人物がキーなのかなとも思っています。

直虎は通常の井伊系図には載っていないようですが、それは「正当な井伊家の人物ではなかった」からなのかもしれません。

これらについて、何を調べればいいのかまだ分からないのですが、後でちゃんと調べてみたいです。

それではまたです。
 

Re: 井伊直虎について

 投稿者:備前守長政    投稿日:2017年 1月 3日(火)13時34分5秒
返信・引用
  > No.4817[元記事へ]

謹賀新年
今年も宜しくお願いします。

さて・・・・


余湖さんへのお返事です。

> 戦国時代、女城主といった状況になった女性は何人か存在しているが、みな女で城主になっただけであり、男性名までも名乗ってはいない。


同感です。女なのに男名前を名乗る必然性が全く無いですから。勿論、女なのに素性を隠して男のフリをするというのはあったかも知れませんが。今回はあくまで女を前面に出すので違和感があります。


ただ今回の大河、昇太師匠が義元役で出るので、師匠が今川所縁の城を巡るドキュメントみたいなもの企画してくれないかな、なんて思っています。



 

井伊直虎について

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 2日(月)18時51分17秒
返信・引用 編集済
  本年度の大河ドラマ主人公の井伊直虎についてだが、どうも、違和感を感じていることがある。

この人物、「女城主」というキャッチフレーズなのだが、最近、実は男性だったのでは、という説が出てきているようだ。

しかし、その説は2次史料に基づいているもので、考慮するまでもない、ということを言っている人がいる。

ところが、直虎が女であったという根拠も、2次史料に基づいているのみに過ぎないという話もある。

両方、2次史料に基づいているだけなのなら、どちらも根拠は乏しいということになるのでは?

この辺り、ちゃんと調べていないので何とも言えないのだが、本当に直虎が女性であったという確実な根拠は存在しているのであろうか。

女性の「次郎法師」=「直虎」というのが女性説の根拠となっているようであるが、違和感を感じるのは、女性の法師が「次郎法師」などという名前を名乗るであろうかということである。女性で次郎という名前は不自然に思えてしまうのだがどうなのだろう。

直虎の花押は浜松の神社に1通だけ現存しているという。花押というのも、ある程度の身分の男だけが使用するものではなかったろうか?

戦国時代、女城主といった状況になった女性は何人か存在しているが、みな女で城主になっただけであり、男性名までも名乗ってはいない。

よく分からないことが多いので、少し調べてみたいところである。
 

Re: 井伊谷城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 2日(月)15時44分34秒
返信・引用
  > No.4815[元記事へ]

Tさんへのお返事です。

先日は大変、お世話になりました。おみやげまでいただいてしまい、まことにありがとうございます。

また今度、どこかでご一緒させてください。

それではまたです。
 

Re: 井伊谷城!

 投稿者:T  投稿日:2017年 1月 2日(月)14時25分54秒
返信・引用
  > No.4791[元記事へ]

たいしたことはできませんでしたが、またこの界隈にお寄りくださることが
ございましたら、ご連絡ください。
 

Re: ビックリ紅白

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 2日(月)09時00分55秒
返信・引用
  > No.4813[元記事へ]

上沢光綱さんへのお返事です。

上沢さん、あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。

紅白の採点、審査員の票が極端に高いシステムだったんですね。1票の格差、100万倍ほどで、確実に憲法違反です(^^)/

それはそれでいいのですが、確実に視聴者軽視だと批判されることになるだろうということを、NHKの人が、気づいていないってところに根本的な問題を感じてしまいました。

それではまたです。
 

ビックリ紅白

 投稿者:上沢光綱  投稿日:2017年 1月 1日(日)20時31分3秒
返信・引用
  あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

私も紅白の採点にはビックリしました。
視聴者、会場の方々の票ですでに決定だなと思っていたら、最後になぜか紅組優勝!のアナウンスが。…何を言っているのか分かりませんでした。

審査員の票が一番重要なんですね。知りませんでした。
一票の格差が生じましたね。

http://www.geocities.jp/shimotsuke1000goku/

 

紅白歌合戦の採点方法について

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 1日(日)19時44分8秒
返信・引用 編集済
  大晦日は、日本人の慣習に従って紅白歌合戦を見ていたのだが、最後の審査結果を見て、NHKはまずいことをしているなあ、と思ってしまった。

地デジの普及に伴って、双方向システムで、視聴者の意見がリアルタイムで反映できるようになっている。そこで視聴者による投票システムが取り入れられ、多数の視聴者が紅白の勝ち負けについて投票を行っている。

今回、実際に集計された結果は以下の通り。

視聴者による投票
白組 4,203,679票
紅組 2,527,724票

白組の圧倒的勝利である。それにしても700万もの視聴者が投票しているって、やっぱり紅白はすごい!

続いて会場のお客さんの投票数
白組 1,274票
紅組  870票

こちらも白組の圧倒的勝利である。

最後に、ゲスト審査員の11票を入れた結果・・・・
紅組の勝利ということになった。ゲスト審査員の1票は100万票くらいの価値があるわけね。

それはまあ、そういうシステムを取っているということで、決められたやり方の通りにしたのだろうが、これって、後で視聴者から快く思われなくなるだろうということを、NHKの人は感じなかったのだろうか。

なにしろ、視聴者投票で420万票も投票した票を、ほとんど完全に無視した結果となっているのである。

どう考えても「視聴者軽視」と言われるに違いない。そんなことも分からないのだから、NHKは視聴者の気持ちが分からないとか、視聴者を無視しているとか言われてしまうのである。

「視聴者の皆さんのおかげで」という常套文句が、言葉面だけのものであるということがよく分かろうものである。

こんなあからさまな視聴者軽視を行うくらいなら、視聴者投票などやらない方がよかったのである。自分で自分の首を絞めている・・・。

「NHKは視聴者の受信料に支えられています」ということを公言するのなら、420万もの視聴者を無視したらあきまへん。

420万って、半端じゃなくすごい数字なのだから・・・・・。
 

明けましておめでとうございます!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 1月 1日(日)00時15分38秒
返信・引用
  このページを見てくださっているみなさん、明けましておめでとうございます!

2017年になりました・・・ってことは、このホームページもはや21年目です。

ずいぶん長く続けてきたものだと思うと、感慨深いものがあります。

近年は以前のように活発な活動ができなくなってきていますが、それでも少しずつ内容は増えて行っています。

あともう少しは活動したいと思っていますので、今年もよろしくお願いします!
 

Re: 小里新城!

 投稿者:余湖  投稿日:2016年12月31日(土)19時01分36秒
返信・引用
  > No.4809[元記事へ]

mtsurutaさんへのお返事です。

山城の日、お疲れさまでした。

私も、近年、仕事の関係でなかなかお城に出かけられなかったのですが、先日は思い切って、美濃まで足を延ばしてみてよかったです。

一人ではなかなか躊躇するような山城でも、仲間と一緒なら、わいわい楽しみながら歩いていくことができます。

でもやはり、年齢的なこともあるのでしょうが、体力がなくなってきました。山城を回ることができるのは、あと何年でしょうか。

それではまた、どこかでご一緒いたしましょう!
 

Re: 小里新城!

 投稿者:mtsuruta  投稿日:2016年12月30日(金)18時59分13秒
返信・引用
  山城の日、二日目の後半から参加させていただきました!
緊張しながらも大正村の駐車場で合流したお三方は、まるで有川浩の小説『三匹のおっさん』の三匹のように頼もしく見えました。もちろん年齢にご異存はあることでしょうが、山城を駆け回る皆さんの背中は、小説さながら本当に格好よかったです!
この小里新城を下る頃にはヘトヘトになってた自分は、まだまだ若輩者だなぁと痛感しました(^^;
ぜひぜひ皆さんまた岐阜方面の城をまた巡りにいらしてください。

P.S. 一日市場館、余湖図にもありましたね。記事に書かれている通り、土塁というにはビミョーな高まりでした。

http://momoji-fw.blogspot.jp

 

小里新城!

 投稿者:余湖  投稿日:2016年12月28日(水)21時42分51秒
返信・引用
  小里古城に対する新城である。伝承では鎌倉時代後期の館ということであるが、現状の遺構からすると、もっと新しい時代のものではないかと思われる。

さて、これで山城の日で予定していたターゲットはすべてこなした。ここで解散して、岐路に着いたのであった。

参加した皆さん、お疲れさまでした。またどこかでお目にかかりましょう!

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/gihu/mizunamisi02.htm
 

小里城!

 投稿者:余湖  投稿日:2016年12月28日(水)21時25分19秒
返信・引用
  続いて向かったのは小里城。

ここは整備されており、また山上にある六角形の天守台が見どころである。

ただし、私はすでに訪れたことがあることと、釜屋城でだいぶ体力を使ってしまったので、みんなとここでいったん分かれて、単独で山田砦と小里古城を訪れて戻ってきた。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/gihu/mizunamisi.htm
 

釜屋城!

 投稿者:余湖  投稿日:2016年12月28日(水)21時22分4秒
返信・引用
  恵那市(旧山岡町)のお城。

急峻な山であり、登り口もよく分からなかったことから、当初はあきらめていた山城であったが、思ったよりも時間があったので立ち寄ってみることにした。

とりあえずテキトーに山に入っていったら、屋敷跡と思われる土塁で囲まれた区画を発見! 怪我の功名である。

山上の遺構はかなり鋭く見ごたえのあるもので、こちらも山城の日にふさわしい本格的な山城であった。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/gihu/enasi03.htm#kamaya
 

千畳敷砦!

 投稿者:余湖  投稿日:2016年12月28日(水)21時19分37秒
返信・引用
  谷戸を挟んで明智城の南西側に位置している。見晴らしの良い台地先端部を利用した砦である。

公園化されているために、公園駐車場まで車で上がっていくことができる。公園化によってかなり破壊されていると推測していたのだが、意外にも主郭部はけっこうよく残っていた。

居館跡と思われるところには「明智光秀産湯の井戸」と呼ばれる大きな井戸がある。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/gihu/enasi03.htm#senjoujiki
 

仲深山砦!

 投稿者:余湖  投稿日:2016年12月28日(水)21時17分8秒
返信・引用
  明智城のすぐ南側の尾根にあり、間を通る街道を押さえるための出城であったと思われる。ミニ明智城のような小城郭である。

城内はヤブだが、それでも一応散策ルートは付けられている。

ここで岐阜のTさんと合流した。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/gihu/enasi03.htm#nakamiyama
 

漆原城!

 投稿者:余湖  投稿日:2016年12月28日(水)21時15分20秒
返信・引用
  前田砦から近い位置にあり、前田砦の支城の1つであったと思われる。前田砦と共に元亀元年の上村合戦の舞台となった城郭である。コンパクトながらよくまとまっている。ヤブもなく見通しがよい。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/gihu/enasi03.htm#urusihara
 

前田(ぜんだ)砦!

 投稿者:余湖  投稿日:2016年12月28日(水)21時13分55秒
返信・引用
  恵那市(旧上矢作町のお城)

訪れてびっくり! 遺構鋭く、スケールが半端なく大きな山城であった。山城の日にまさにふさわしいお城である。今回訪れた中ではもっともすごいお城であった。

みなさんも、ぜひ一度訪れてみてください。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/gihu/enasi03.htm#zenda
 

大将陣!

 投稿者:余湖  投稿日:2016年12月28日(水)21時11分50秒
返信・引用
  岩村城と対峙するような位置にあり、織田信忠による岩村城攻防戦の際に、信忠の本陣となったということから、この名称が残されている。

大将陣公園となって整備されている。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/gihu/enasi03.htm#taishou
 

信の城!

 投稿者:余湖  投稿日:2016年12月28日(水)21時10分52秒
返信・引用
  飯羽間城のすぐ近くにあり、出城の1つであったと思われる。

コンパクトな小尾根を、堀切によって区画した簡素な城郭である。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/gihu/enasi03.htm#nobu
 

飯羽間城!

 投稿者:余湖  投稿日:2016年12月28日(水)21時08分45秒
返信・引用
  岐阜県恵那市のお城。

2016年の山城の日は1泊2日の工程だったので、中津川に宿泊して翌24日の朝から回り始めた。
一発目がこの城であった。

それほど高い台地ではないが、周囲は削られたような崖になっており、なかなかの要害である。また、コンパクトによくまとまっている。

大きな看板も立てられているので、遠目にも城址であることがすぐに分かる。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/gihu/enasi03.htm
 

阿木城!

 投稿者:余湖  投稿日:2016年12月28日(水)20時19分56秒
返信・引用
  これも中津川市のお城。

割と単純な構造ながら、登城路は何重にも虎口を設定した技巧的なものである。また、背後の堀切のバカでかさにもびっくり!

地元の人に愛され、よく整備されているので訪れやすい。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/gihu/nakatugawasi02.htm#agi
 

阿寺城!

 投稿者:余湖  投稿日:2016年12月28日(水)20時18分29秒
返信・引用
  岐阜県中津川市のお城。

2016年山城の日で、遠江から一路岐阜までやってきた。ここで横尾さんと落ちあい、いざ攻城!

しかし、ちゃんと下調べをしていなかったので、登城口を間違えてしまったのであった。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/gihu/nakatugawasi02.htm
 

宇津山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2016年12月28日(水)05時37分50秒
返信・引用
  静岡県湖西市のお城。

三河との境目の城であり、今川氏と徳川氏との攻防戦の舞台となった。

城域は山上と、中腹部分とに大きく分かれており、2段階にわたって築かれ成立した城郭だと思われる。

山上の城の、郭の周囲を巡る、石垣を用いた鉄砲陣地のような土塁が特徴的である。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/sizuoka/kosaisi01.htm
 

千頭峯城!

 投稿者:余湖  投稿日:2016年12月28日(水)05時35分42秒
返信・引用
  三河との国境近くにある境目の城の1つであったと思われる。

こちらもけっこう高い山に築かれているが、比高30mほどのところまで車でいけるので、けっこう楽ちんに訪れることのできる城郭である。

こちらも南北朝時代の攻城戦が記録されているが、そのまま、わりと古いイメージのお城である。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/sizuoka/hamamatusi02.htm#sentou
 

野地城!

 投稿者:余湖  投稿日:2016年12月28日(水)05時33分38秒
返信・引用
  佐久城のすぐ北側にある岬に築かれていた。

天正11年に佐久城を廃城にして、本多氏が新たに築いた城であったという。

一面のミカン畑となっているため、破壊が著しいが、それでも堀の痕跡は認められ、3郭構造であったことが想定できる。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/sizuoka/hamamatusi02.htm#nodi
 

佐久城!

 投稿者:余湖  投稿日:2016年12月28日(水)05時32分3秒
返信・引用
  浜名湖北側の猪鼻湖に突き出した岬上に築かれている。3郭は破壊されているが、1郭周辺の巨大な堀切は、それだけで満足できるほどのものであった。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/sizuoka/hamamatusi02.htm#saku
 

三岳城!

 投稿者:余湖  投稿日:2016年12月28日(水)05時30分17秒
返信・引用
  井伊谷城より山中に分け入った高所の山に築かれている。南北朝期に籠城戦が行われた城である。

けっこう上の方まで車で上がっていけるので、思ったほど苦労はしない。

西側の横堀内の石垣や武者溜りが最大の見どころである。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/sizuoka/hamamatusi02.htm#mitake
 

井伊谷城!

 投稿者:余湖  投稿日:2016年12月28日(水)05時28分39秒
返信・引用 編集済
  今年の山城の日は、1泊で東美濃の城館を回ることにしたのだが、来年の大河ドラマで井伊直虎が主人公になるということもあって、井伊谷城を始めとして遠江の城もいくつか立ち寄ることにした。最初に訪れたのがここである。

しかし城としては旧態然としたもので、戦国期には使用されていなかったのではないかと思う。

Tさん,お世話になりました!

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4393/sizuoka/hamamatusi02.htm
 

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