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Re: おはようございます。

 投稿者:余湖  投稿日:2018年12月28日(金)05時00分2秒
返信・引用
  > No.5808[元記事へ]

るな&旦さんへのお返事です。

お久しぶりです。長野に行かれたのですね。やはり、山城は長野が一番だと思います♪
大峰城始め、川中島合戦合戦関係のお城を巡ってみるのも楽しいです。
大峰城は、昔は蝶の博物館として開館していたのですが、現状ではそちらも廃城になってしまったのが残念です。

鳥瞰図の使用、了解しました。出典さえ示してあればご利用は自由なので、よろしかったらどんどん使ってくださいね。
ただ、改めて大峰城の鳥瞰図を見てみたら、ずいぶん昔に描いたものなので、漏れがだいぶありました。そのためざっと描き直しておきました。

それではまたです。
 
 

すいません

 投稿者:安房国  投稿日:2018年12月27日(木)21時46分57秒
返信・引用
  「余湖さん」へのお返事で「さん」が抜けてました。  

Re: 十村の城について

 投稿者:安房国  投稿日:2018年12月27日(木)21時45分42秒
返信・引用
  > No.5799[元記事へ]

右兵衛佐さん、余湖へのお返事です。

「十村」=「曾呂村」の件についてです。
残念ながら、今のところ「十村」=「曾呂村」の証拠は見つかっていません。
平凡社の日本歴史地名体系12巻「千葉県の地名」1181ページに「曾呂村」があり、
里見義康知行宛行状(岡崎家文書)に「曾呂之郷」と書かれてあるのが天正19年(1591)
で、慶長2年(1597)にも安房国検地高目録に「曾呂村」とあります。

鴨川市の古文書サークルのメンバー5名(私以外すべて鴨川市生まれの60代後半から
70代)に聞いてみたろ、聞いたことがないとのこと。指導の先生(郷土資料館で地域の
古文書解読をされている)も、見たことがないとのことでした。証言者の磯貝氏は
既に亡くなられているそうで確かめようもないのですが、恐らく「十露盤」(そろばん)
の「十露」が当て字で使われたものを見たのではないかと推測されてました。

個人的には「十村の城」=「山之城」であって欲しいので、これかららも引き続き注目
していきたいと思います。
では!


> 余湖さん、お久しぶりです。
> 急に話に割って入ってしまってすいませんが、「十村の城」とは鴨川市の山之城のことだそうです。府馬清の「久留里城物語」によれば、
> 「十村」は「ソロムラ」と読み、むかしの「曽呂村」のことで、明治の頃までは十村と書かれていたそうです。つまり、旧曽呂村内にあった山之城が「十村の城」だということです。府馬清氏は鴨川市金束の食品販売業者磯貝幹一氏から聞いたといいます。その後正木氏に与えられたという訳なのでしょう。
> 古本なので今は新説が出されているかもしれませんが、紹介してみました。
> 長文申し訳ありません。
> 少しでも参考になれば幸いです。
 

(無題)

 投稿者:かず@川崎  投稿日:2018年12月27日(木)07時45分2秒
返信・引用
  先日はシンポのご案内ありがとうございました。
子供関連で時間が掛かってしまい結局行けませんでしたが、常陸太田については格別な想いがありますのでまたありましたら改めて行きたく思います。m(_ _)m
 

おはようございます。

 投稿者:るな&旦  投稿日:2018年12月27日(木)07時03分17秒
返信・引用
  10月に長野市大峰城に行ってきました。模擬天守は噂通りの廃城感。
でも小規模ながら良い山城ですね。
ブログ更新のため余湖さんの鳥瞰図をお借り致しますm(__)m
宜しくお願い致します。

https://blogs.yahoo.co.jp/lunatic_rosier/65621769.html

 

Re: お疲れ様でした。

 投稿者:余湖  投稿日:2018年12月24日(月)06時17分27秒
返信・引用
  > No.5806[元記事へ]

吉之助(鈴木)さんへのお返事です。

シンポジウム、お疲れさまでした。また、お声がけいただき、ありがとうございました。
翌日に久米城と山入城に行かれたのですか? 活動的ですね。

久米城の本丸は、以前は足の踏み入れようもないドヤブだったのですが、地元の皆さんの努力で、今は歩きやすい状態になっています。地元の皆さんには頭が下がります。あのV字渓谷は、すごいですよね。城内にあんな崖がある城も珍しいです。

山入城は、東側の尾根続きにも延々と遺構がありますので、よろしかったら歩いてみるとよろしかろうと思います。

ところで、私の発表用の資料が小さく印刷されていたので、見づらかったのではないかと思います。もし、私にメールをいただければ、パワポの資料をそのまま送信いたします。容量が8mbほどあるので、ちょっと重たいですが・・・・。

それではまた、機会がありましたら、どこかのお城でご一緒しましょう。
 

お疲れ様でした。

 投稿者:吉之助(鈴木)  投稿日:2018年12月23日(日)19時50分17秒
返信・引用
  余湖さん、早朝から常陸太田城シンポジウム大変お疲れ様でした。

太田城の見学会は不覚にも体調不良でリタイヤという情けない状況になってしまいましたが、その後は体調も持ち直し、午後の基調講演は楽しく拝聴させていただきました。


常陸太田城は戦国期の遺構はほとんどは土中という状況ですが、そこは城好き、頭の中で形を描きながら興味深く説明を聞いておりました。
その上で城下から台地を見上げたときに改めて太田城の規模が理解できました。

今日は朝から基調講演の資料にありました久米城、山入城に攻め登りました。
久米城は地元の方々の整備が行き届き雄大な姿を余すことなく堪能することができました。(V字渓谷はさすがにビビりました。)
両城とも初めてのところで大変感動した次第です。
また、何かの機会にお会いできればと思います。
 

常陸太田城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年12月23日(日)13時13分20秒
返信・引用
  昨日の太田城シンポジウムを受けて、常陸太田城のページを更新しました。昨日話した内容の概要をまとめてあります。

昨日はたくさんの方にお会いできてうれしかったです。また何かありましたらよろしくお願いいたします。

http://otakeya.in.coocan.jp/info02/hitatiootaj.htm
 

有りました

 投稿者:トド  投稿日:2018年12月19日(水)17時13分21秒
返信・引用
  小峰譲がありました。失礼いたしました。  

何処?

 投稿者:トド  投稿日:2018年12月19日(水)17時08分56秒
返信・引用
  小峰譲は何処に出ているのでしょうか?  

十村の城について

 投稿者:右兵衛佐  投稿日:2018年12月17日(月)23時59分37秒
返信・引用
  余湖さん、安房国さん、返信ありがとうございます。お役に立てて良かったです。山之城の今後の研究に期待ですね!この城は正木氏の居城であったという伝承だけでなく、里見氏の埋蔵金伝説もありますし、遺構は古風ながらも、かなり魅力的な城だと思います。  

Re: 十村の城について

 投稿者:安房国  投稿日:2018年12月17日(月)21時19分3秒
返信・引用
  > No.5799[元記事へ]

右兵衛佐さんへのお返事です。

十村=曽呂村という情報は私も知りませんでした。
明治くらいまで十村と書かれていたのならば、簡単に調べられると
思うので早速、地元の利を生かして確認してみます。
情報ありがとうございました。

 

Re: 十村の城について

 投稿者:余湖  投稿日:2018年12月17日(月)04時10分51秒
返信・引用
  > No.5799[元記事へ]

右兵衛佐さんへのお返事です。

情報、ありがとうございます。
十村という名称の村が実際に存在していたとは知りませんでした。府馬清さんの本は愛読していたのですが、うっかりです。
実際に十村という村があったとすれば、『鎌倉大草子』に登場する十村の城というのも、そこである可能性が高くなりますね。これは研究者の皆さんにも知られていないことなのではないでしょうか。
となると、山之城というのは、これまで認識されていた以上に重要な城郭であったということになるかもしれませんね。

それではまたです。

 

十村の城について

 投稿者:右兵衛佐  投稿日:2018年12月16日(日)21時36分46秒
返信・引用
  余湖さん、お久しぶりです。
急に話に割って入ってしまってすいませんが、「十村の城」とは鴨川市の山之城のことだそうです。府馬清の「久留里城物語」によれば、
「十村」は「ソロムラ」と読み、むかしの「曽呂村」のことで、明治の頃までは十村と書かれていたそうです。つまり、旧曽呂村内にあった山之城が「十村の城」だということです。府馬清氏は鴨川市金束の食品販売業者磯貝幹一氏から聞いたといいます。その後正木氏に与えられたという訳なのでしょう。
古本なので今は新説が出されているかもしれませんが、紹介してみました。
長文申し訳ありません。
少しでも参考になれば幸いです。
 

Re: 稲村城現地学習

 投稿者:余湖  投稿日:2018年12月13日(木)04時37分56秒
返信・引用
  > No.5797[元記事へ]

安房国さんへのお返事です。

お久しぶりです。
稲村城の報告会に行って来られたのですね。稲村城については、主郭からはほとんど生活感のある遺物や柱穴が出ておらず、その規模からも里見氏の本拠とするには、なんとも判じがたいお城のように思えてしまいます。
稲村を「とうそん」と実際に呼んでいる例があることは知りませんでした。となると「十村」はやはり稲村城でよいということなのでしょうか。
里見義実の安房入部についても、今一つよく分かりません。当時の状況からすると、関東公方の権力を持って入部したと見るのが最もありそうなことかもしれませんが、その状況を知る根拠としている『鎌倉大草子』には、「結城合戦後に安房に逃れてきた」というように明記してあるのですから、その部分を無視してしまうのはどうかなとも思っています。
その辺りはまだまだ確定しているとは言い難いところなので、いろいろと想像を巡らせてみるのも面白いかと思います。

それではまたです。
 

稲村城現地学習

 投稿者:安房国  投稿日:2018年12月12日(水)18時43分2秒
返信・引用
  お久ぶりです。安房前期里見氏の稲村城現地学習会に参加してきました。天候不良のため残念ながら午後からの現地見学はなく午前の座学だけでした。
講師の岡田先生に発掘調査で主郭に建築物の痕跡はなかったのか質問しました。礎石がひとつ見つかっただけで、それ以外に建築物の痕跡はなかったそうです。しかし、主郭の一部しか発掘調査していないので明確に建築物があったか、なかったかは断言できないそうです。あと、岩盤掘削の登城路、東西の水往来ですが、余湖さんの見立て通り、築城時代のものではない可能性が大きいそうです。理由はここから攻めてきた敵に対する防御施設がないこととが一つ。もう一つは、東水往来を登城する時、右側に広がる段々畑のような腰曲輪の一部が、この登城路の左側に同じ面で続いていることが確認されたからだそうです。個人的には余湖さんの言われているように石垣城になっていることが同時代ではない一番わかりやすい証拠と思いますが。ただ、この東西の水往来の入り口部分にそれぞれ井戸があり、そこの井戸から主郭に水を運んでいたという伝承があり、水往来の由来になったとか。
初代里見義実の安房入部についても、結城合戦に敗れての落ち武者伝説は否定していました。足利成氏の命により安房の上杉勢を駆逐するため計画的なものであったとのこと。入部時期や場所についても、独自に考えがあるようでしたが、まだ確信がもてないということで明確にはおっしゃりませんでした。
最後に鎌倉大草紙にでてくる「十村の城」ですが、「稲村院」とかいて「とうそんいん」と読むお寺が過去にこの地域にあったようです。ですから、「十村」は「稲村」を音読みしたようです。個人的にはこの「稲」と言われるこの地域は「とう」里見氏以前にはと呼ばれていたのではないかと考えています。里見氏が来てから「いな」「いなむら」と呼ばれることが多くなったのではないかと。理由は鎌倉執権北条氏を滅ぼした里見氏の祖である新田義貞に関係してくるのではないでしょうか。新田と言えば稲村ケ崎・・・その稲村(いなむら)の読みが関わっているのかなと思いました。
長くなり失礼しました。12月22日、是非行きたかったのですが勤務の都合で残念ながらいけません。これからもHP参考にさせていただきます。では!
 

Re: 常陸太田城シンポジウム

 投稿者:余湖  投稿日:2018年12月12日(水)04時08分47秒
返信・引用 編集済
  > No.5794[元記事へ]

吉之助(鈴木)さんへのお返事です。

太田城の見学会の申し込みをしていただいて、ありがとうございます。当日は、私やヤブレンジャーのお仲間で、ご案内をする予定です。

太田城については、遺構はほとんど失われてしまっているのですが、地元にお住いの仲間と散策して、あちこちに痕跡が残っているということを確認しました。といっても、やはり街歩きが中心となり、充実した遺構というのもほとんどないのですが、何といっても戦国大名佐竹氏の本拠地ですから、そうとうな規模の城郭だったようです。

それでは、22日、お目にかかることを楽しみにしています。

 

Re: 参考にさせてもらっています。

 投稿者:余湖  投稿日:2018年12月12日(水)04時06分1秒
返信・引用
  > No.5793[元記事へ]

佐々木宏さんへのお返事です。

初めまして。いつも参考にしてくださり、ありがとうございます。地元のお城や歴史を外国の方に伝えていくというのは、実に有意義な試みですね。那須氏の歴史はなかなか面白いですから、外国の方にも興味を持ってもらえるのではないでしょうか。

那須氏関連のお城も、烏山城をはじめとして、充実した遺構が残っていて面白いお城が多いですね。近年、那須の方に出かけることはほとんどなくなってしまったのですが、時間があれば、また行ってみたいものです。

それではまたです。
 

常陸太田城シンポジウム

 投稿者:吉之助(鈴木)  投稿日:2018年12月11日(火)20時38分48秒
返信・引用
  余湖様

いつも楽しみにHPを拝見させてもらってます。
実は来る12月22日の「常陸太田城シンポジウム」の太田城見学会参加申し込みをさせていただきました。
自宅が栃木ということもありちょいちょいと茨城の城跡にも出没してます。
当日お目にかかれることを楽しみにしております。
よろしくお願いいたします。


 

参考にさせてもらっています。

 投稿者:佐々木宏  投稿日:2018年12月11日(火)19時27分57秒
返信・引用
  すっごくいいサイトです。気に入ってます。私は今、那須烏山市に住んでいて、比較的歴史には興味がある方です。そして今同時に地域振興的意味合いで外国人を当地に迎えおもてなしをしようという発想で英会話レッスンがさかんにおこなわれていましてその課題として当地烏山の歴史、城郭などに言及する部分もあり、私としては基本歴史が好きなのであれこれ調べているとこちらのサイト、100%参考になりました。正直、発表に際しほとんどこちらの記事を使わせてもらいました。皆初めて聞くような感じでそうなのか??って感じでしたが、多くの人はそうそう地元のことに詳しいわけではということ、ひしと感じ歴史の大切さを又痛感させられる、ある意味本当にいいサイトであると私は思います。歴史ファンに限らず多くの人達にこちらのサイトが愛されることを願うものです。  

Re: 常陸太田城シンポジウム

 投稿者:余湖  投稿日:2018年12月 1日(土)05時22分28秒
返信・引用 編集済
  > No.5787[元記事へ]

ちなみに常陸佐竹研究会のホームページでもこの企画のチラシが掲載されております。

http://satake-study-gr.sakura.ne.jp/

私の肩書が「茨城城郭研究会会長」となっておりますが、私は会長ではありませぬ。この会はみんな対等の関係なので、会長などは設置していないのです。

さらにいうならば、この「茨城城郭研究会」の本当の名称は「常総戦隊ヤブレンジャー」です(^^)/

 

Re: リンク貼らせてもらいました

 投稿者:余湖  投稿日:2018年11月30日(金)04時19分53秒
返信・引用
  > No.5790[元記事へ]

OSATOさんへのお返事です。

初めまして。わざわざご連絡いただき、ありがとうございます。
このページはリンクフリーですので、よろしければご自由にリンクしてください。
また、画像等も、出典がこのページあることを明記してあれば使用できますので、よろしければご活用ください。

小手森城は、歴史的には非常に著名ですが、城としてはそれほどの規模のものではなく「あれっ」と思ってしまう城ですよね。でもやはり、歴史的事件のあった城を訪れるのにはいろいろと思い入れのあるものです。
最近は福島の城に行く機会がなかったのですが、とても懐かしくなりました。
それではまたです。
 

リンク貼らせてもらいました

 投稿者:OSATO  投稿日:2018年11月29日(木)21時59分41秒
返信・引用
  始めまして、OSATOと申します。
先月山城巡りをしてきまして昨日その模様をブログに挙げたのですが、その際こちらのページを参考サイトとしてリンクを貼らせてもらいました。
山城への詳細な考察等、現地を訪ねる際にも参考にさせていただきました。
続きもありますので、その際はまたリンクさせていただきますので宜しくお願い致します。

https://blog.goo.ne.jp/osato512/e/5c32b4c098d2ebf1fd3f704dac375f45

 

Re: 常陸太田城シンポジウム

 投稿者:余湖  投稿日:2018年11月28日(水)18時54分52秒
返信・引用 編集済
  > No.5788[元記事へ]

かず@川崎さんへのお返事です。

おお! かず殿、お久しぶりです。お元気でしたか?

シンポジウムの方は申し込みは必要ありません。

見学会については、要項は以下の通りです。

◇開催日時
 12月22日(土)9時30分―11時
◇集合場所
常陸太田市民交流センター(パルティホール裏駐車場(常陸太田市中城町)
◇見学先
 太田城碑、太田小学校周辺、帰願寺
◇案内人
 茨城城郭研究会会員(おそらく余湖、五十嵐、青木)
◇募集人員
 30人
◇参加費
 100円(保険代・資料代)
◇参加申し込み先
 常陸佐竹研究会ホームページから申し込み

申し込みは以下のページからできるようです。

http://satake-study-gr.sakura.ne.jp/index.html

 

Re: 常陸太田城シンポジウム

 投稿者:かず@川崎  投稿日:2018年11月28日(水)14時50分21秒
返信・引用
  お久しぶりです。
このシンポの申し込みってあるんでしょうか?
見学会の集合場所は、、、
まだこれからでしたらすみません~
よろしくお願いします。
 

常陸太田城シンポジウム

 投稿者:余湖  投稿日:2018年11月26日(月)04時39分53秒
返信・引用 編集済
  常陸太田城についてのシンポジウムが開かれます。よろしかったら、いらっしゃってください。

◇開催日時
 12月22日(土)12時30分―16時40分

◇開催場所
 常陸太田市民交流センター(パルティホール)大ホール
 常陸太田市中城町、電話0294-73-1234

◇講演者
 高橋修氏(茨城大学人文社会科学部教授)
 テーマ「佐竹郷から太田へ ―中世前期佐竹氏の本領についてー

 佐々木倫朗氏(大正大学文学部教授)
 テーマ「佐竹の乱と太田城」

 余湖浩一氏(茨城城郭研究会)
 テーマ「太田城のすがた」

◇パネルディスカッション
 テーマ「佐竹遺産を活かす取り組みについて」

◇コーデネーター
 冨山章一氏(常陸佐竹研究会会長)
◇パネリスト
 和田忠彦氏(若宮八幡宮宮司)
 土田惣一氏(さたけの郷プロジェクト委員会委員長)
 片野勝利氏(ふるさとの祖歴を学ぶ会会長)
 岩間正典氏(国安げんき会会長)
 岩間昭氏(未来へつなぐ久米城跡保存会会長)

なお、午前中には太田城の見学会も行われます。
 

吾野リュウガイ城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年11月25日(日)14時38分52秒
返信・引用
  これも飯能市のお城。

山頂のリュウガイ城、中腹の岡部屋敷ともに、そこそこ見どころはあるのであるが、登山道はなく、斜面はけっこうきつい。

なかなか上るのが大変な山である。

http://yogokun.my.coocan.jp/saitama/hannousi01.htm#agano
 

本陣山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年11月25日(日)14時37分44秒
返信・引用
  これも飯能市のお城。

老人ホーム吾野園の東側の山稜が城址である。ところが、すぐ東側ではなく、さらにその東側が城址となっている。

そのため尾根を大きく回り込まないと行けず、それがけっこう面倒くさいのであった。

http://yogokun.my.coocan.jp/saitama/hannousi01.htm#honjin
 

名栗根古屋城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年11月25日(日)14時35分14秒
返信・引用
  これも飯能市のお城。

諏訪神社の隣にそびえているいかにも急峻な山が城址である。

道はなく直登するしかないが、山の斜面には小さな石が多くて滑りやすい。

遺構もたいしたことはなく、労多くして・・・という城であった。

http://yogokun.my.coocan.jp/saitama/hannousi01.htm#naguri
 

妻沢リュウガイ城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年11月25日(日)14時33分36秒
返信・引用
  これも飯能市のお城。

原市場の妻沢地区の南側にそびえている急峻な山上に築かれている。

遺構はなかなかよく残されているのだが、登城道の途中が倒木だらけになっていて、どうにも歩きづらい山であった。

http://yogokun.my.coocan.jp/saitama/hannousi01.htm#tumasawa
 

小瀬戸城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年11月25日(日)14時32分1秒
返信・引用
  これも飯能市のお城。

小学校の背後の山稜に築かれた城である。小規模ながらしっかりとした堀切が掘られている。

先端部には金毘羅社が祭られていた。

http://yogokun.my.coocan.jp/saitama/hannousi01.htm#kosedo
 

大河原城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年11月25日(日)14時29分45秒
返信・引用
  埼玉県飯能市のお城。

山上の要害と中腹の屋敷とがセットになった城郭である。

ハイキングコースとなっているため道が整備されており、何人もの人が訪れていた。

http://yogokun.my.coocan.jp/saitama/hannousi01.htm
 

Re: 美作の城巡り

 投稿者:余湖  投稿日:2018年11月25日(日)14時28分40秒
返信・引用
  備前守長政さんへのお返事です。

美作の城ですか、いいですね。中国地方はそれほど行っていないので、うらやましい限りです。

矢筈城は、私もいつかは行きたいと思っているのですが、大変そうなうえに時間もかかりそうなので、まだ未訪問です。それほど感動できる城ならば、ぜひ行ってみたいところですね。

神楽尾城、医王寺城も面白そうですね。機会がありましたら行ってみたいものです。

長野も平野部はまだ雪が降っていないようですから、12月も前半でしたら、二十端城はなんとか行けるのではないでしょうか。

この三連休は山城歩きに一番いい季節なので、年度当初から遠征の予定を入れていたのですが、1日目に用事を入れられてしまったので、遠征に行けなくなってしまいました。仕方がないので、昨日日帰りで行ける山城を歩いてきたので、この後、紹介したいと思います。

 

美作の城巡り

 投稿者:備前守長政  投稿日:2018年11月25日(日)08時55分25秒
返信・引用 編集済
  美作の城を見に行き、今朝帰って来ました。

行ったのは、津山城(再訪)、矢筈城、神楽尾城、医王山城、荒神山城等です。

津山城はもみじ祭期間中で夜も入れましたので、朝と夜、二度行きました。券売所で再入場希望を告げると、再入場券をくれます(桜祭期間中も夜入れますが、同じ仕組みだと思います)。

矢筈城は比高400米越えの峻険な山城ですが、ひたすら感動しました。余湖さんお勧めの二十端城もきっとこんな感じなのでしょう。
知和駅下りて徒歩5分の神社から登り、美作河井駅に下りるルートで行ったのですが、これがベストだと思います。丁度津山駅から知和駅に着く始発(といっても正午過ぎですが)で行くと、一回りし下りると、美作河井駅から津山方面に戻りの便があります。車だと山の上を往復し元の場所に戻るとなると、けっこう東西の郭群にアップダウンがあるので、時間と体力消耗すると思います。
それと落ち葉に難儀しました。一応登山路は整備されていますが、だいぶ埋まっていて滑りやすいです。登山口の杖を借りておけば良かったと後悔しましたが後の祭り。それでも落ちていた木を杖がわりに、慎重に下りました。峻険な坂なのでけっこう怖かったです。

神楽尾城は手軽に登れますが、二の郭下から上がり三の郭から下りると、けっこう離れた所に下り、車をとめた神楽尾公園迄の道案内も途中から無くなり、道も分かりにくいので、元のルートから下りる方が良いかも知れません。

医王山城は主郭の石積や南の郭の畝状阻塞、北尾根の堀切群など見処満載です。主郭からの眺めもサイコーでした。
荒神山城も横矢の効いた土塁や井戸遺構など見ごたえ有りました。最後、日が暮れてかなり慌てて下りましたが、登山路がしっかり整備されていますので大丈夫でした。

美作はまだ沢山おもしろそうな城があるので、また行きたいと思います。

処で例の二十端城、長野の雪便りが遅れているので、12月に行けないだろうか思案中です。矢筈城行けたので、二十端城も十分行けそうに思います。高い城は眺望が素晴らしいので、期待しています。

それでは、また。
 

Re: 長野で最も歩きがいのある山城!

 投稿者:備前守長政  投稿日:2018年11月12日(月)07時12分30秒
返信・引用
  >余湖さんへのお返事です。

ありがとうございます。

登りは尾根上を目指すだ
けですから直登する限りは迷いませんね。確かに、道に迷う時は大概下りでした。

最近、比高差のある山城に惹かれるものがあり、飛び付いてしまいたくなりました。

行かないという選択肢は無いのですが、寄る年波、用心にこしたことはないと、お訊ねしました。

それではまた。
 

Re: 長野で最も歩きがいのある山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年11月11日(日)20時31分28秒
返信・引用
  > No.5776[元記事へ]

備前守長政さんへのお返事です。

これ、お勧めです。想像していたよりも歩きやすくて、比高500mあるといっても、途中で城の遺構を見ながらの登りであったので、精神的に疲れることもなく登りきりました。

二十端城の登りには基本的に道はありませんが、尾根筋をひたすら登って行くだけなので、先ず迷うことはないと思います。

ヤブになっているのも、登り口の最初のうちと、途中の数カ所のみなのでそれほどひどくはないです。

三の城の手前の斜面が一番きつかったですが、木や草に掴まって行けば、何とか登れます。

危険個所は、滝之入城のすぐ直前の岩場くらいでした。これは左側に回り込めば普通に登って行けました。

登りでこちらのコースを通って行ったというのもよかったと思います。山稜を登る際には、ただ高い方を目指すだけなので、先ず迷うことはないですからね。
逆に降りでこのルートを通ったら、あるいは違う尾根の方に降りていく可能性もあったかもしれません。

私は近年、山の中で迷いそうになってしまった時には、地図ロイドで自分の位置を確認したりするのですが、この城では地図ロイドのお世話になることもありませんでした。磁石のお世話にならずとも行けるかと思います。

半日ほどあれば充実した城歩きができるコースですので、よろしかったらぜひチャレンジしてみてください。

それではまたです。
 

Re: 長野で最も歩きがいのある山城!

 投稿者:備前守長政  投稿日:2018年11月11日(日)16時33分59秒
返信・引用
  余湖さんへのお返事です。


すごくそそられますね。是非行きたいです。そこで教えて頂きたいのですが、二十端城、一の城の手前と三の城にかけては道がなく、藪を行ったり岩登りが必要だそうですが、道に迷うようなことは無かったですか?稜線を磁石頼りに登れますか?稀代の方向音痴なので少し気になります。

宜しくお願いします。

 

草間城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年11月11日(日)09時08分1秒
返信・引用
  これも中野市のお城。

平地上の微高地に築かれた城で、宅地となってしまっており、遺構はよく分からない。

それでも入口に標柱が立てられているので、城址であることは確認できる。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/nakanosi02.htm#kusama
 

立ヶ花城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年11月11日(日)09時06分44秒
返信・引用
  これも中野市のお城。

千曲川に臨む断崖上に築かれている。鉄塔が建てられているので場所は分かったのだが、そこまでどうしてもアクセスできない。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/nakanosi02.htm#tategahana
 

牛出館!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年11月11日(日)09時05分38秒
返信・引用
  これも中野市のお城。

台地縁部に築かれた城館であるが、宅地造成のために、北側の土塁が一部残っているだけである。これも非常に分かりにくい場所にあるのであるが、地元の方の案内で残存遺構を見ることができた。ありがとうございました!

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/nakanosi02.htm#usiide
 

安源寺館!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年11月11日(日)09時04分25秒
返信・引用
  これも中野市のお城。

安源寺城と関連した城館であったと思われる。一面がリンゴ畑となっているが、わずかな土手と土塁の一部が残る。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/nakanosi02.htm#yakata
 

安源寺城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年11月11日(日)09時03分21秒
返信・引用
  長野県中野市のお城。

山稜上に築かれた壮大な山城であるが、築城途中で放棄された城であるらしい。山の上まで車で行けるのでその点では楽チンである。

ところがその先のヤブがひどい。耕作が放棄された畑の跡というのは、とても足を踏み入れられるものではない。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/nozawaonsenmura01.htm#hirabayasi
 

平林館!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年11月11日(日)09時01分28秒
返信・引用
  これも野沢温泉村のお城。

西浦城を築く前の平林氏の居館である。国中平神社の境内となっているが、土塁は現在も明瞭に残されている。
http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/nozawaonsenmura01.htm#hirabayasi
 

西浦城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年11月11日(日)09時00分32秒
返信・引用
  長野県野沢温泉村のお城。

平林氏が戦国期に築城した城郭である。千曲川に臨む側は断崖で要害地形となっている。

1郭には城址標柱が立てられているのだが、全体にヤブである。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/nozawaonsenmura01.htm
 

犬飼館!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年11月11日(日)08時54分38秒
返信・引用
  これも飯山市のお城。

平地上に浮かぶ島のような土手の上が城館である。城内には八幡神社が祭られている。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/iiyamasi04.htm#inukai
 

柏尾館!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年11月11日(日)08時53分52秒
返信・引用
  これも飯山市のお城。

単郭の居館であるが、現在でもしっかりとした土塁が残されている。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/iiyamasi04.htm#kasio
 

上境城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年11月11日(日)08時53分12秒
返信・引用
  これも飯山市のお城。

台地先端部にあり、大規模な堀切と切岸で守られた城郭であり、それなりに見どころがある。

北側からなら車でアクセスできるのであるが、この道が地図に載っておらず、西側からアクセスしてしまった。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/iiyamasi04.htm#
 

今井館!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年11月11日(日)08時41分56秒
返信・引用
  これも飯山市のお城。

単郭の居館であり、学校が建てられていたということもあって、かなり破壊されている。

それでも堀の跡はそれなりに残されている。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/iiyamasi03.htm#imai
 

顔戸館!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年11月11日(日)08時40分45秒
返信・引用
  これも飯山市のお城。

現状ではただの水田であまりぱっとしないが、本来は、かなりきちんとした城郭であったらしい。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/iiyamasi03.htm#goudo
 

中条城・累城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年11月11日(日)08時39分54秒
返信・引用
  これも飯山市のお城。

この人尾ずれた城郭の中では最も見どころのあるものであった。

中条城と塁状との間を区画する四重堀切は、堀切好きな人にはたまらないものである。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/iiyamasi03.htm#tyujou
 

小佐原城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年11月11日(日)08時38分35秒
返信・引用
  これも飯山市のお城。

台地縁にかろうじて堀や土塁を残している。現状では小規模なものである。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/iiyamasi03.htm
 

大川日蔭城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年11月11日(日)08時19分2秒
返信・引用
  これも飯山市のお城。

長野には隠里のような集落があるのだが、大川地区もその1つである。この集落を守るための城であった。

ここでは地元の方に大根をいただいてしまった。遠慮したのだが、「とにかく持ってけ」とおっしゃる。どうもありがとうございました。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/iiyamasi02.htm#hikage
 

静間館!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年11月11日(日)08時16分34秒
返信・引用
  これも飯山市のお城。

『保元物語』や『平家物語』に登場する志津間氏の居館と言われている場所。古い時代の館である。

土塁が一部残されている。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/iiyamasi02.htm#sizuma
 

蓮城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年11月11日(日)08時13分53秒
返信・引用
  長野県飯山市のお城。

千曲川に臨む断崖の上に築かれた山城であり、1郭周囲の切岸など現在でも往時の貞享を保っている。

しかし、全山ヤブの中である・・・・。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/iiyamasi02.htm
 

戸草城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年11月11日(日)07時28分5秒
返信・引用
  これも信濃町のお城。

木曽義仲の陣城と伝えられているところである。

そんな古い城館が残っているものか、と突っ込みたくなってしまうところであるが、実際に義仲がここを通って行った可能性が高く、ありうる話なのかなとも思われる。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/sinanomati02.htm#tokusa
 

古海城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年11月11日(日)07時26分48秒
返信・引用
  これも信濃町のお城。

チャシのような独特な形状をしているので、実際に訪れてみたかった。

山頂まで誰かが道を付けてくれていた。ヤブを切り払って人ひとりがやっと通れるような道であるが、1年もすればまたヤブに埋もれてしまうに違いない。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/sinanomati02.htm#hurumi
 

土橋城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年11月11日(日)07時25分21秒
返信・引用
  これも信濃町のお城。

あまりしっかりとした普請はされておらず、上杉氏の陣城であったと思湧得る場所である。

一面のヤブとなっている。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/sinanomati02.htm#dobasi
 

琵琶島城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年11月11日(日)07時24分26秒
返信・引用
  長野県信濃町のお城。

野尻湖に浮かぶ島そのものが城郭である。ここには前から言ってみたかったのだが果たせないでいた。だって、湖を渡らなければらないんだもの。

今回は思い切ってボートを借りて渡ってみた。しかし、これがなかなか大変なのであった。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/sinanomati02.htm
 

毛野城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年11月11日(日)06時26分39秒
返信・引用
  これも飯綱町のお城。

歴史等は不明であるが、城の腰の地名が残った微高地が見られる。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/izunamati02.htm#keno
 

芋川氏館!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年11月11日(日)06時25分46秒
返信・引用
  これも飯綱町のお城。

この地域の有力者で後に若宮城を築くことになる芋川氏の居館の跡である。

北西の民家の背後に土塁と堀跡が残されている。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/izunamati02.htm#imokawa
 

矢筒山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年11月11日(日)06時22分58秒
返信・引用
  長野県飯綱町のお城。

あまり高くない山に多数の削平地を造成している。城内には遊歩道が付けられているのだが、実際にはヤブらけである。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/izunamati02.htm
 

長野で最も歩きがいのある山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年11月 9日(金)04時14分37秒
返信・引用
  というように感じた城である。6000城目をこちらにしようかとも思っていた城。

比高500mほどの間に5つの城を配置し、山頂部に石垣造りの城をこしらえている。

さらに降って行く際にも別の山城を見ることができる。一回りの散策でたくさんの城郭群を見ることができる場所である。

とはいえ、やはり比高500mは、なかなかきついのであった。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/obusemura01.htm
 

福井城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年11月 9日(金)04時12分14秒
返信・引用
  これも高山村のお城。

台地縁に連郭式に郭を並べた城郭である。豪族の居館というよりは、陣城のような雰囲気を感じさせる城である。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/takayamamura01.htm#hukui
 

福島正則居館!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年11月 9日(金)04時10分54秒
返信・引用
  長野県高山村の城館。

阿野福島正則が減封されて、藩庁としていた場所である。遺構はほとんどないが、正則の気持ちが偲ばれる場所である。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/takayamamura01.htm
 

Re: 秋田の城

 投稿者:余湖  投稿日:2018年11月 9日(金)04時09分30秒
返信・引用
  > No.5746[元記事へ]

備前守長政さんへのお返事です。

秋田の熊は怖いですね。通常は熊ベルを鳴らしていれば、熊が寄ってこないということになっていますが、逆に熊ベルを聞いて、「獲物がいる」と思うかもしれないので気を付けた方がよい、と書かれた記事を読みました。

人の味を覚えた熊は早めに対峙してほしいものです。

 

Re: 秋田の城

 投稿者:備前守長政  投稿日:2018年11月 8日(木)20時36分53秒
返信・引用 編集済
  余湖さんへのお返事です。

> 秋田には人食い熊がまだ残っているというような話を聞くのですが、熊は大丈夫だったでしょうか?


数年前タケノコ取りの人を襲った話ですね。まだ、あの時の熊達の一部は生きているそうです。事件のあった鹿角市は、今回巡った所とは少し離れていますが。
ただ、夜行バスを降りてレンタカー屋が開くまでの時間を使って、訪れた横手城で、「熊目撃、注意」の看板が出ていました。城の直下は町中ですので、こんな人里近く迄出るということは、秋田の熊密度は相当高いということでしょう。

下旬は美作です。此処も山が多いので注意は怠らず、余り過激な藪漕ぎはしないつもりです。










 

Re: 秋田の城

 投稿者:余湖  投稿日:2018年11月 7日(水)04時46分59秒
返信・引用
  > No.5744[元記事へ]

備前守長政さんへのお返事です。

秋田の城ですか、お疲れさまでした。秋田は私もまだあまり訪れていないので、興味津々です。西馬音内城などは、ぜひ行ってみたいと思っています。

秋田には人食い熊がまだ残っているというような話を聞くのですが、熊は大丈夫だったでしょうか?

来年あたり、どこかで時間が取れれば、この記事を参考にして秋田に訪れてみたいと思っています。

それではまたです。

 

秋田の城

 投稿者:備前守長政  投稿日:2018年11月 6日(火)20時16分48秒
返信・引用 編集済
  一昨日、秋田の城に行ってきました。平安時代の横堀がある大鳥井柵と、余湖さんの解説読んで行ってみたくなった浦城を軸にその周辺と男鹿半島をドライブしてきました。

主な所では、大鳥井柵、金沢城、吉田館、西馬音内城、戸島館、浦城です。

浦城は、余湖さんが気にかけていた三基の物見櫓、いずれも健在でした。でも、二基は梯子が壊れ登れません。残りの一基、一番大きいのは階段はしっかりしていたのですが、床がベニヤで私の体重では踏み抜きそうなので、登りませんでした。
でも、シンプル故に却って雰囲気出ていたと思います。それと主郭と下の郭の井戸(貯水槽?)遺構も見事ですね。

また、吉田館、金沢城、西馬音内城、戸島館も見応えありました。

男鹿半島は北東部のひらかた館から染川城、双六館と巡った所で日没、終了となりました。ひらかた館では道がなくうろうろしていたら、不審者と思われたのでしょう、地主の方に誰何され、目的を説明したら、道はずっと前に廃れたと言われ断念しました。
因みに染川城は国道脇に細やかな標柱があります。双六館は落石避けのネットが終わった辺りから登れました。でも、遺構的には目ぼしいものはなく、男鹿半島は結局脇本城に尽きると思います。

それではまた。
 

Re: 平尾城

 投稿者:余湖  投稿日:2018年11月 5日(月)05時08分11秒
返信・引用
  > No.5742[元記事へ]

横尾さんへのお返事です。

平尾城ですか、懐かしいですね。何年か前にウモ殿と共に訪れた記憶があります。

尾根基部まで車道が付けられているのに、延々と歩いて行くのが遠かったです。当時もヤブは少なく、見通しの良い状態でした。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/nagano/sakusi01.htm#hirao
 

平尾城

 投稿者:横尾  投稿日:2018年11月 1日(木)23時29分46秒
返信・引用
  かつて佐久市の平尾城は二度ほど登りましたが、本丸周辺は笹薮が酷くて見ることができませんでしたが、三度目に登ったところ、笹薮がきれいに払われて全貌を見ることができました。
写真1は本丸
写真2は二の丸
写真3は大空堀を隔てて三の丸

http://blog.goo.ne.jp/tomiokamusasi

 

鼠穴館!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月27日(土)20時54分48秒
返信・引用
  長野県松川村のお城。

背後にある山城とセットになった城館である。館と言っても、屋敷群の複合体であったようで、周囲には堀や土塁が残されている。ただし、全体形状は分かりにくい。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matukawamura01.htm
 

平出城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月27日(土)20時53分24秒
返信・引用
  これも池田町のお城。

山奥にある成就院という寺院が城址であるという。一種の武装寺院であったものであろうか。

それにしても、このような山奥にこうした立派な寺院があるとは意外なことであった。駐車場もめちゃくちゃ広い。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/ikedamati01.htm#hiraide
 

白駒城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月27日(土)20時52分13秒
返信・引用
  長野県池田町のお城。

池田町から桜仙峡に向かう道の途中にある。集落とは隔絶されたところにある山城である。

遺構はそこそこ残っているが、かなり古い時代の山城であったと思う。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/ikedamati01.htm
 

立屋の城峯砦!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月27日(土)20時44分38秒
返信・引用
  これも小谷村のお城。

大規模ではないが、堀切によって区画された連郭式の遺構がそのまま残っている。

こちらも参道がしっかり付けられていたので、雨でも登城可能であった。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/otarimura01.htm#tateya
 

黒川館!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月27日(土)20時43分28秒
返信・引用
  これも小谷村のお城。

武田氏の侵攻後にこの地の領主となった千国氏の居館である。

姫川に断崖に臨む要害地形に築かれているが、かなり崩壊が進んでいる。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/otarimura01.htm#kurokawa
 

稲葉城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月27日(土)20時42分1秒
返信・引用
  長野県小谷村のお城。

小規模ではあるが、それなりに遺構は分かる。秋葉社が祭られている関係で、道もしっかりしていたので、雨の中でも登城することができた。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/otarimura01.htm
 

青鬼城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月27日(土)04時22分7秒
返信・引用 編集済
  これも白馬村のお城。

伝統的古民家保存地区として知られている青鬼地区の上にある。ただし、城山は「入山禁止」となっており、入っていくことができない。

宮坂氏の「桃源郷を見た!」というコラムで紹介されているのが、この青鬼の集落なのである。このコラムを読んだら、絶対に行ってみたくなるに違いない。

実際に、なかなか良い場所であった。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/hakubamura01.htm#aoni

さて、今週末は土日ともにお仕事なので、更新作業が思うように進まないなあ。
 

塩島城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月27日(土)04時20分6秒
返信・引用
  長野県白馬村のお城。

自然地形の残る山であるが、地元ではよく知られているようで、城内の散策のための案内や、各所での案内板が充実している。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/hakubamura01.htm
 

等々力城!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月27日(土)04時11分4秒
返信・引用
  これも安曇野市の城館。

等々力氏の居城。この辺りはワサビが名物のようで、ワサビ田となっている沼沢地を天然の堀としていた。

虎口付近の土塁や櫓台が雰囲気を残している。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/azuminosi03.htm#todoroki
 

細萱氏館!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月27日(土)04時08分31秒
返信・引用
  これも安曇野市の城館。文字通り、細萱氏の居館である。

規模は小さいが、堀の残存状態がとても良い。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/azuminosi03.htm#hosokaya
 

多田氏堀屋敷!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月27日(土)04時07分38秒
返信・引用
  これも安曇野市の城館・・というよりは近世の堀屋敷である。

貞享騒動の首謀者である多田加助の屋敷跡。義民として地元では慕われているようで、近くには義民堂や義民資料館などがある。

子供の頃読んだ本に、領主に騙されて松本城の前で磔にかけられて処刑された農民が、「この恨みを晴らしてやる」と叫んだところ、松本城の天守が傾いた、という話が出ていた。実際、古写真で見る松本城の天守は傾いていたのだが、その時の農民というのがこの多田加助であったということを、今回、改めて知った。

権力者のいやらしさを感じさせる話である。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/azuminosi03.htm#tada
 

堀金氏館!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月27日(土)04時03分53秒
返信・引用
  長野県安曇野市の城館。

中世にこの地域の権力者であった堀金氏の居館である。

岩原城を築く前にはここに居住していたのであろう。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/azuminosi03.htm#horigane
 

Re: 本当にきれいな虹

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月26日(金)04時31分48秒
返信・引用 編集済
  > No.5728[元記事へ]

みよさんさんへのお返事です。

書き込みありがとうございます。本当にあの虹は胸に響きました。6000城記念だと思いましたねえ~。

木舟城はいろんな意味で、関心を抱いていた山城だったのですが、実際に訪れてみてさらに謎が深まった気がします。雨さえ降ってこなければ、もう少し隅々まで歩けたところなのですが、ちょっと残念です。

今回訪れた中では、青鬼の集落も印象深かったので、後で紹介してみたいと思っています。

これからもちまちまと城めぐりは続けていきたいと思いますが、これまでよりは気持ちのんびりと回って行きたいと思っています。・・・実際にどうなるかはわかりませんが・・・。

それではまたです。

 

本当にきれいな虹

 投稿者:みよさん  投稿日:2018年10月25日(木)22時11分37秒
返信・引用 編集済
  余湖さん、6000城達成おめでとうございます。
振り返ると虹、なんて、すごくドラマチック!特別な瞬間になったことと思います。
6000もの鳥瞰図を描き続けてこられた精神力に頭が下がります。お疲れさまでした。

木舟城を選ばれたお気持ちも鳥瞰図や文章から伝わってくるようでした。

これからも、また新たな気持ちで、ますますお城巡りを楽しまれますように。
 

Re: 寝ぼけ事

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月25日(木)04時19分18秒
返信・引用
  > No.5725[元記事へ]

狸屋さんへのお返事です。

> 10000回記念は100大がっかり城をやりませんか?
> 古写真で見るとえらく立派な城なのに、そんな痕跡はまったくないとか
> 逆にこんな立派な城だけっとかいうようなものは、出来ませんかね。
>

1万城を目指す気持ちはまったくありません。それに遺構のない城には食指が動きません。
 

Re: 6,000城到達おめでとうございます

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月25日(木)04時18分43秒
返信・引用
  > No.5724[元記事へ]

さん介さんへのお返事です。

ありがとうございます。

木舟城については、いろいろと考えてみるべきことが多いと思っており、問題提起の1つだと思っています。今はあまり資料を探している時間がないのですが、あれだけの城郭なので、どこかしら、記録が残っているのではないかと想像しています。

それにしても、木舟城に架かった虹はきれいだったなあ。

これからもよろしくお願いします。

>
 

寝ぼけ事

 投稿者:狸屋  投稿日:2018年10月24日(水)19時19分13秒
返信・引用
  10000回記念は100大がっかり城をやりませんか?
古写真で見るとえらく立派な城なのに、そんな痕跡はまったくないとか
逆にこんな立派な城だけっとかいうようなものは、出来ませんかね。
 

6,000城到達おめでとうございます

 投稿者:さん介  投稿日:2018年10月24日(水)13時09分39秒
返信・引用
  いつもこちらを使わせて頂いている者です。
大変お世話になっています。

自分などど比べると文字通り桁違いの6,000城という数の凄さはさておき、
その記念すべき節目の城に、果たしてどのようなところを選ばれるのか
楽しみにしていましたが、完全にその期待を越える選択、流石だなと
感服した次第です。

恥ずかしながらこの木舟城についてはまったく認識しておらず、
大町に続く横の道を何度か素通りしていました。勿体ない。。。

我々が追い求めているものは、奥が深く尽きることのないものだ
というメッセージと捉え、これからも訪城していきたい(この
ページにもお世話になりたい)と決意をあらたにしたところです。

ホームページ受難の時代ですが、くれぐれもお体にお気を付けて
これからもご活躍下さい。それでは。










 

Re: おめでとうございます。

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月24日(水)04時04分34秒
返信・引用
  > No.5720[元記事へ]

狸屋さんへのお返事です。

> 6000城おめでとうございます。
>
> 道楽があると、退職後も健康にも気を使いながらやれるという話なので
> あと何年か解りませんが、更なる登場記録を期待しております。

ありがとうございます。これからもちまちまと更新はしていきたいと思います。

 

Re: はじめて投稿します【一乗谷城イベントについて】

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月24日(水)04時04分3秒
返信・引用
  > No.5719[元記事へ]

いしかわさんへのお返事です。


> コメントをありがとうございました。
> そうですね、先日も一般向けの山城見学会(これは登るだけ)があったのですが、
> 何人かご高齢の方は途中でリタイアされました・・・。
> お言葉を励みに頑張ります!

こういうイベントを企画するのは何かと大変ですね。うまくいくことを期待しております。ぜひ、頑張ってください。

 

Re: ついに6000城め!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月24日(水)04時02分43秒
返信・引用
  > No.5718[元記事へ]

備前守長政さんへのお返事です。

> 6,000城おめでとうございます。10,000城迄後4,000城。大台は直ぐそこです。
>
> 私は余湖さんほど根性無いので、余湖図や100廃城投票一覧を頼りに城巡りします。次は秋田と美作に行きます。
>
> それではまた。くれぐれもご
> 自愛のほど、願い上げます。
>

ありがとうございます。

しかし、1万城なんて、とても無理です。あと20年以上はかかります。ノルマを設定するのは、本当に、これっきりにしたいところです。

秋田と美作ですか? その辺りは私もそれほど回っていないので、ぜひ行ってみたいところです。

それではまたです。

 

おめでとうございます。

 投稿者:狸屋  投稿日:2018年10月23日(火)18時54分43秒
返信・引用
  6000城おめでとうございます。

道楽があると、退職後も健康にも気を使いながらやれるという話なので
あと何年か解りませんが、更なる登場記録を期待しております。
 

Re: はじめて投稿します【一乗谷城イベントについて】

 投稿者:いしかわ  投稿日:2018年10月23日(火)13時42分35秒
返信・引用
  > No.5701[元記事へ]

余湖さんへのお返事です。

> いしかわさんへのお返事です。
>
> これはすごい企画ですね! 居館部ではなく、山城の方ですよね。あの大規模な山城で初心者が縄張り図を描くというイベントとはすごすぎです。あの山に登るだけでも大変なことだというのに、初心者があそこで縄張り図を描くとは、頼もしい限りです。
>
> 私が訪れた時には、雪がちらちらと舞うような季節だったのですが、肌を指す風の冷たさに打たれながら、遺構のすばらしさに感銘を受けたことを記憶しております。
>
> ただ、ヤブになっているところや、急斜面などもありますので、お子さんが怪我などしないよう、十分に注意していただきたいものです。
>
> それではまたです。
>
>

コメントをありがとうございました。
そうですね、先日も一般向けの山城見学会(これは登るだけ)があったのですが、
何人かご高齢の方は途中でリタイアされました・・・。
お言葉を励みに頑張ります!

http://asakura-museum.pref.fukui.lg.jp/030_event/detail.php?id=255

 

Re: ついに6000城め!

 投稿者:備前守長政  投稿日:2018年10月23日(火)07時08分43秒
返信・引用 編集済
  6,000城おめでとうございます。10,000城迄後4,000城。大台は直ぐそこです。

私は余湖さんほど根性無いので、余湖図や100廃城投票一覧を頼りに城巡りします。次は秋田と美作に行きます。

それではまた。くれぐれもご
自愛のほど、願い上げます。
 

Re: 湯原城

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月23日(火)04時33分47秒
返信・引用
  > No.5715[元記事へ]

横尾さんへのお返事です。

ご無沙汰しています。佐久市の城館は、宮坂氏の本の1巻が出た時に訪れて以来なので、懐かしいです。

湯原城も、それほど藪ではなかったように記憶しています。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/nagano/sakusi03.htm#yuhara
 

Re: ついに6000城め!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月23日(火)04時32分6秒
返信・引用
  > No.5714[元記事へ]

ひづめさんへのお返事です。

ありがとうございます。こうして励ましてくださる方がいらっしゃるので、なんとかここまで続けてこられたという気持ちです。

どこまで続けていけるのかわかりませんが、これからも頑張ってみたいものです。

 

湯原城

 投稿者:横尾  投稿日:2018年10月22日(月)22時54分42秒
返信・引用
  最近は佐久市を主に廻っております。湯原城は以前訪れたとき、薮だらけで写真になりませんでしたが、今回、登って見てきれいに整備されています。
写真1は本丸
写真2は北西の二段の腰曲輪
写真3は北東曲輪から本丸城壁を見ています。

http://blog.goo.ne.jp/tomiokamusasi

 

Re: ついに6000城め!

 投稿者:ひづめ  投稿日:2018年10月22日(月)07時56分10秒
返信・引用
  > No.5713[元記事へ]

余湖さん

余湖図、6000城達成、おめでとうございます。
お城ファンの宝物が増えていきます。

ひづめ
 

ついに6000城め!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月21日(日)20時57分9秒
返信・引用 編集済
  記念すべき余湖図6000城目は、大町市の木舟城である。

実はこの城は以前、宮坂氏の図面を見て以来、余湖図6000城目にふさわしい城郭であると思い、ひそかに狙っていた。

詳しくは木舟城のページを見てみれば一目瞭然であるが、歴史もよく分からないほとんど無名の城郭であるにも関わらず、信州の山城で最大の郭面積を有し、他では見られない着目すべき構造も各所に見られる。すごい山城である。

歴史的に無名、と書いたが、どうみても巨大な軍事拠点である。歴史の闇の中に埋もれてしまってはいるが、かなりの軍事的緊張感のさなかに、大規模勢力によって築かれた城であると思う。伝承等が残っていないのは、一時的にしか使用されなかった陣城であった可能性が高い、と言える。

あまり知られていないこの山城には、実は大きな歴史的意義が隠されているのではないだろうか。まだよく知られていない軍事的緊張感がいつのことと見るべきなのか、そういう意味では城の構造のみならず、いろいろと想像を掻き立ててくれる謎の巨大城郭である。

ねっ、6000城目にふさわしい城郭だって思うでしょ!

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/oomatisi02.htm

ところで・・・やっと目標としていた6000城を達成して、ほっとしている。これまではひたすらノルマを達成するために城巡りをしていたようなものであった。

これでノルマからは解放された。これからもちまちまと城めぐりは続けていくと思うが、数をこなすためにあくせくするような日々とはこれでおさらばである・・・はずである。
 

5999城め!

 投稿者:余湖  投稿日:2018年10月21日(日)19時44分59秒
返信・引用 編集済
  5999城めは、安曇野市の塔ノ原城である。こちらも急峻な山に築かれた山城であるが、こちらは、城と同じ高さまで車でアクセスできるので、簡単に訪問できるお手軽城郭である。

ヤブの所もあるが、1郭周辺は草刈りがされていてよく分かる。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/azuminosi03.htm#tounohara

さあ、いよいよ次が6000城目である。6000城目はどの城であろうか。

 

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