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原ノ城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 6月16日(日)18時28分8秒
返信・引用
  これも飯田市のお城。

飯沼城の近くにあり、飯沼氏に関連した城郭であったかと想定されている。

規模は非常に大きいものであるが、1郭を除いて遺構らしきものは市街地化によって失われている。

それでも道路がかつての堀跡ではなかったかと想像できる。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/iidasi03.htm#hara
 
 

飯沼城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 6月16日(日)18時26分46秒
返信・引用
  これも飯田市のお城。

飯沼氏の居城と想定されている城郭であり、諏訪神社が主郭となっている。

かつては大規模な複数郭城郭であったようだが、諏訪神社の境内を除いて市街地化によって遺構は失われてしまっている。しかし、神社背後の土塁や周囲の堀は大規模である。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/iidasi03.htm#iinuma
 

上郷の古城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 6月16日(日)18時25分19秒
返信・引用
  長野県飯田市のお城。

台地縁部を利用したもので、市街地のために遺構はほとんど残されていない。

それでも城郭らしい雰囲気を感じ取ることはできる。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/iidasi03.htm
 

氏乗城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 6月16日(日)17時23分29秒
返信・引用
  長野県喬木村のお城。

遠山氏との最前線に位置する知久家臣の羽生市の居城である。

1郭には神社が祭られているので、ここまでは参道を通って登って行くことができる。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/takaginagano01.htm#ujinori
 

程野城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 6月16日(日)17時01分11秒
返信・引用
  長野県飯田市のお城。

遠山領と知久領との境界の程野地区にあり、遠山氏がこの地に進出してきた際の拠点となった城郭ではないかと想像されている。

城山の比高はそれほど高いものではないが、斜面が実に急峻である。直登する場合は注意を要する。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/iidasi03.htm#hodono
 

中根城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 6月16日(日)16時32分39秒
返信・引用
  これも飯田市(旧南信濃村)のお城。

比高100mの山上に築かれているが、山上近くまで林道が通っているので、すぐに到達することができる。

木沢地区の支配を任されていた遠山景道の居城と言われているが、けっこうなヤブの中に埋もれてしまっている。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/iidasiminamisinano.htm
 

高平館!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 6月16日(日)16時28分52秒
返信・引用
  これも飯田市(旧南信濃村)のお城。

遠山氏の本拠地であった和田城のすぐ近くにあり、背後に山稜を抱いた城館出るという立地は和田城と共通する。

中心部にある約私道は。集会所として利用されている。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/iidasiminamisinano.htm#takadaira
 

十原館!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 6月16日(日)16時27分43秒
返信・引用
  これも飯田市(旧南信濃村)のお城。

遠山川を挟んで長山城と向かい合う位置にある。

館は集落よりも低い位置にあり、一種の穴城と呼ばれる構造である。

中心部にはその名も「城神社」が鎮座している。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/iidasiminamisinano.htm#tohara
 

長山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 6月16日(日)16時26分25秒
返信・引用
  長野県飯田市(旧南信濃村)のお城。

遠山川に臨む急峻な山稜上に築かれており、川の側からの要害性は高い。

やがて和田城に移って行くことになる遠山景広の初期の居城であったと言われている。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/iidasiminamisinano.htm#nagayama
 

満島城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 6月16日(日)14時31分59秒
返信・引用
  長野県天龍村のお城。

和田城の遠山氏の領域の南端の抑えの城であった。

山稜の先端部が主郭であったと思われるのだが、民家の敷地となっていて、探索はできない。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/tenryuumura01.htm
 

新野の城山!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 6月16日(日)13時09分49秒
返信・引用
  これも阿南町のお城。

新野にある城山であるが、あまり城郭らしい感じのものではない。

それでも城山というのだから関氏関連の城郭であったものだろう。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/ananmati02.htm#niinohatiman
 

新野八幡城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 6月16日(日)13時08分49秒
返信・引用
  これも阿南町のお城。

関春仲の叔父にあたる春光の居城。

といっても寺院になっているので、城郭遺構は特にみられない。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/ananmati02.htm#niinohatiman
 

権現城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 6月16日(日)13時07分10秒
返信・引用
  これも阿南町のお城。

関氏の最終的な古城である。

関氏の家老であった熊谷氏のご子孫が現在もこの城を守っている。そういうわけで、ここを訪れる際には熊谷の許可を得てください。

背後の山稜には関氏の墓石と八幡神社がある。

またその後ろにある堀切は非常に大きく掘られている。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/ananmati02.htm#gongen
 

上田城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 6月16日(日)13時05分23秒
返信・引用
  これも阿南町のお城。

矢草城から新たに居城として築かれた関氏の城郭であったという。

しかし、居城とするには手狭な城郭であるにすぎない。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/ananmati02.htm#ueda
 

八幡城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 6月16日(日)13時04分9秒
返信・引用
  これも阿南町のお城。

かなり山中に引っ込んだところにあり、緊急時の避難所として築かれた城であったと思われる。

全体に加工度は低いが、1郭の堀切には石積みが見られる。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/ananmati02.htm#hatiman
 

矢草城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 6月16日(日)13時03分0秒
返信・引用
  長野県阿南町のお城。

この地域に勢力を延ばしていた関氏の居城の1つである。
関氏の城郭の中では最も規模が大きく、堀切には石垣も見られる。

かつて用いられていた井戸というのも残されている。

こうした城館群を築くのに民衆を酷使したために、関氏は民衆から離反されたと言われている。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/ananmati02.htm
 

月瀬城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 6月16日(日)08時03分4秒
返信・引用
  これも根羽村のお城。

一心寺が城址ということになっている。寺院は古くから存在していたようなので、武装寺院の一種なのかもしれない。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/nebamura01.htm#tukise
 

根羽女城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 6月16日(日)07時56分48秒
返信・引用
  これも根羽村のお城。

根羽の中心部を見下ろす比高150mの山稜に築かれている。

雨が降ってきたのでどうしようかと迷ったのだが、山上まで神社の参道があるようなので登ってみることにした。

しかし、帰りは道を間違え、山中を彷徨することになってしまった。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/nebamura01.htm#me
 

根羽砦!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 6月16日(日)07時50分14秒
返信・引用
  長野県根羽村のお城。

武田信玄によって築かれたのではないかと言われている。小規模ながらきちんと造成されているが、武田氏にしては技巧的なところがない。

近くに、信玄塚があるので、信玄と何らかの関係があったのかは間違いないのかもしれない。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/nebamura01.htm
 

滝之澤城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 6月16日(日)06時15分57秒
返信・引用
  長野県平谷村のお城。

天正10年、織田軍の侵攻に際して、下条氏信が迎え撃った激戦地であるという。

現地には大きな案内板が立てられている。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/hirayamura01.htm
 

麦種城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 6月16日(日)05時33分7秒
返信・引用
  長野県飯田市のお城。

南北に細長い台地に築かれた城郭である。遺構はほとんど残っていないが、土塁らしきものが残存する。

久米ヶ城の出城の1つと想定されているものである。

この近くに模擬天守風の民家を見つけたのがうれしかったりする。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/iidasi03.htm#mugitane
 

観音寺山城

 投稿者:霄漢  投稿日:2019年 6月 9日(日)08時41分0秒
返信・引用
  竹田駅で看板があるとすれば、竹田城の北千畳の鞍部を経て東のピークが観音寺山城です。
「国史跡「竹田城跡 公式ホームページ 史跡竹田城跡保存活用計画  第3章 竹田城跡の概要」
「和田山町教育委員会 史跡竹田城」等
土田観音寺山城は、北6kmの土田にある城で竹田駅からは遠いと思います駅であれば和田山駅の方が最寄です。
現状の竹田城は中を自由に歩く事が出来ないので20年近く行っていないので、観音寺山城の看板の現物を見ていませんが。
 

Re: 竹田城付近の城?

 投稿者:タフオ  投稿日:2019年 6月 6日(木)07時03分26秒
返信・引用
  余湖さんへのお返事です。
土田観音山城ですか
わざわざありがとうございます
 

Re: 竹田城付近の城?

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 6月 6日(木)04時16分53秒
返信・引用
  > No.6063[元記事へ]

タフオさんへのお返事です。

観音寺城という名称の城は全国各地に存在します。観音山といった名称の山が各地に所在するので、そこに城が築かれれば似たような名称になるのでしょう。

朝来市では土田観音山城というのがヒットします。これのことではないでしょうか。

https://ameblo.jp/inaba-houki-castle/entry-12301996110.html
https://ameblo.jp/inaba-houki-castle/entry-12301996110.html
 

竹田城付近の城?

 投稿者:タフオ  投稿日:2019年 6月 5日(水)23時29分57秒
返信・引用
  数年前の話ですが、竹田城から竹田駅に歩いて向かう途中、城の看板が見えました。
調べてみると、その城は観音寺城と出てきましたが、滋賀県の方の観音寺城の方が有名すぎて、詳しい情報がほとんどの出てきません。
どなたか詳しくお知りでしたら教えてもらってもよろしいですか?
 

Re: 佐賀の城

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 5月27日(月)04時35分55秒
返信・引用
  > No.6061[元記事へ]

備前守長政さんへのお返事です。

今日は本当に暑かったですね。今週はこれからも暑い日が続きそうです。

佐賀の城ですか。勝尾城も岸嶽城も見どころの多い城ですよね。岸嶽城は、あれほどの高所の城ですが、けっこう上の方まで車で行けたので、思ったよりはアクセスしやすい城でした。

あと、佐賀の城だと、名護屋城関連の陣城群や、佐賀独特のクリークを利用した平城群などが見どころですよね。

LCCのおかげで九州の城は訪れやすくなってきているので、私も時間が取れれば、また九州の城を訪れたいところです。連休の跡なので、けっこう経済的な料金で行けたのではないでしょうか。

ホームページについては、個人で運営する環境が次第に厳しくなっているとはいえ、何とか継続できています。まだまだ当分は運営していくことになるんだろなあ・・・。

それではまたです。
 

佐賀の城

 投稿者:備前守長政  投稿日:2019年 5月26日(日)18時23分43秒
返信・引用
  季節を先取りしたような酷暑。如何お過ごしですか?

今、佐賀から福岡空港に向かう途中です。行ってきたのは、勝尾城、岸嶽城など。かなりへばりました。特に岸嶽城は遺構が広範囲にわたり、最後は朦朧としながら下りて来ました。でもどちらも見応えありました。

SNSは確かに日進月歩。ホームページについて、批判的な意見があることは承知しています。でも、やはり余湖さんのホームページ、参考になります。大変でしょうが、続けて頂けると助かります。

それではまた。取り敢えず暑くなり湿度も上がるので、秋まで泊まりがけの城廻は中断です。
 

リンク先の整理

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 5月26日(日)05時56分46秒
返信・引用 編集済
  リンクのページを確認してみて、リンク先が消滅してしまったページを整理することにした。
久しぶりに見てみると、いつの間にかアクセスできなくなってしまったページがけっこうあった。
特にgeocityの廃止に従って消滅してしまったページがいくつもある。google検索してみても発見できなくなったページについては削除することにした。移転もしなかったのかなあ。

昔からリンクしていたページが、知らないうちになくなってしまっているのを発見した時には、ちょっと寂しい気分になる。

ネット上での付き合いは、日常の生活で交わることがないので、消滅してしまったページの管理人たちがどういった状況なのかは全く分からない。

もしかすると、お亡くなりになっている方がいるのかもしれず、プロバイダとの契約が打ち切られて消滅したページもあるのかもしれない。

なんてことを考えると、自分のページも、いつか自分がいなくなったら、突然消滅してしまうこともあるんだろうなあ、と考えたりする。本とちがって、データベースのあるサーバーとの契約が打ち切られてしまったら、そこにあったものは消滅してしまう。geocityにあったたくさんのページも、そんな風にして消滅してしまっている。管理人が新たにデータを移転しなければ、それっきりである。

よく「ネット上に出回ったデータは完全に消すことができない」ということ言われる。確かに一面そうなのだが、紙媒体と違って、ネット上のデータは一瞬で消滅してしまうこともある、ともいえるのではないだろうか。

geocityについては、私も5つのアカウントをフルに活用していたため移転には手間がかかったが、それでも頑張ってすべて移行した。しかし、それだけの手間暇をかける気力がなくなった人も相当数いたのではないだろうか。

思えば、これまで何度も、サーバーの終了に伴って、ホームページのデータを移転してきた。特に@niftyのホームページサービスが終了になった際には「もうやめるしかない」と思ったこともあった。

これからずっと先も、このようなホームページを維持していくことができるのかどうか、なんとも言えない。未来を見通すことはできないよなあ。

ふと思ったのだが、個人ホームページサービスが衰退しつつあるのは、スマホの普及と関係があるのではないだろうか。スマホではSNSの使用は勝手がよさそうだが、普通のホームページを作成するのはかなり難しい。

ホームページを作成するためには普通のPCを用いてデータをつくり、FTP転送を行う必要がある。プロバイダとの契約も必要になるだろう。昔は当たり前のことだったのだが、スマホだけを使っている人にとってはけっこうハードルが高いことなのかもしれない。

そうなると、ホームページのあり方そのものも、検討していかざるを得ないのだろうか。よく分からないのだが。



 

Re: 自分は時代遅れか

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 5月22日(水)04時30分52秒
返信・引用 編集済
  > No.6058[元記事へ]

ひづめさんへのお返事です。

23年間も続けているので、かなりの量になっています。特に余湖図に関しては、すでに6400城以上掲載していますから、これからこの量を越える図を持つページを個人で作成するのは、かなり難しいでしょうね。

継続することそのものが困難なようで、昔からやっている城のホームページで、現在でも定期的に更新されているものは、数えるほどしかありません。

特にgeocityがなくなったのは痛かったようで、リンク先のホームページのうちかなりの数のものが消滅しています。

今、悩みなのが、新たに余湖図を描くためには、泊りがけで遠征せざるを得ないことで、日帰りで行けるような城は、ほとんど描いてしまっていることです。まとまった休みがないと新規の城に訪れることができないんですよね。でも、その時間を作ることがけっこう難しかったりします。


 

Re: 自分は時代遅れか

 投稿者:ひづめ  投稿日:2019年 5月21日(火)07時38分36秒
返信・引用
  > No.6055[元記事へ]

> この世から、個人のホームページがなくなってしまったら、城の情報を的確に得るのに苦労してしまうのではないかと思う。

 『続・図説 茨城の城郭』の推薦文で高橋修先生からは、まさにそういう評価と励ましをいただきましたね。

> そういう意味で、「自分は世の中のお城好きの役に立つことをやっている」というのがモチーフとなっており、それで23年以上もホームページを運営しているのである。
> ちなみに、私にとって使えるお城のページの1番の要素は「位置情報がしっかりとしている」ということである。

 シンプルなパターンで続けてくれているので使い勝手がいいですし、変わらないことが価値あることです。

> そうした意味も含めて、自分は相も変わらずホームページを更新し続けているのである。自分が生きている限りは、これを続けていくことになるんだろうなあ。でも、時代遅れだと言われてしまうと、テンションがさがってしまうのであった・・・・。

 余湖さんのページが歴史の中に埋もれてしまって過去の人になっているならば、「時代遅れ」を甘んじて受けても良いでしょうけど、いまだにどこにも代わりがないデータベースです。余湖さんを超えるページが現れてくれたら、私も乗り換えてしまうかもしれませんけどね。
 

Re: 自分は時代遅れか

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 5月21日(火)04時36分34秒
返信・引用
  > No.6056[元記事へ]

ねこあたまさんへのお返事です。

自分がどこかの地域の城を訪問する際に、SNSを参考にすることはありません。有効な情報はやはりそれなりのホームページを参考にしています。

自分の意見の発信と、有用な情報の蓄積とは、やはり異なっているものなのでしょう。

米子城に限らず、明確な証拠がない場合は、いろいろな説が出るものだと思います。特に米子城の場合は、天守が2つあったので、いろいろと想像を巡らせると面白いのではないでしょうか。

 

Re: 自分は時代遅れか

 投稿者:ねこあたま  投稿日:2019年 5月20日(月)18時14分46秒
返信・引用
  > No.6055[元記事へ]

余湖さんへのお返事です。

単発的に情報を発信するというのであれば、SNSで十分でしょう。
ただデータベース的に知りたい私にとって、貴HPは極めて有意に感じるんですね。
未だに学校でHPの作り方とかをやっているとか、検定があるぐらいですから
階層的に、情報を入手したい人は必ずいるんだと思います。

更新するのは相当ご苦労があると思うんです。色々とおありでしょうが
無理のない範囲で。



それはそうとして、「伯耆米子城」(中井均編 ハーベスト出版)、歴史群像の2018年8月号で
各先生方が多様な見解を出されているのは、吉川氏・中村氏のおのおのの基本計画が、大きく
異なるにも拘わらず、次の城主に継承した継ぎ接ぎだらけの様相だからでしょうか。
それが、米子城の一つの面白さなんでしょう。
 

自分は時代遅れか

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 5月20日(月)04時51分37秒
返信・引用 編集済
  私は相変わらずホームページを更新し続けている。
しかし、このことに関して「まだホームページなんかやっているんだ? もう時代遅れだよ。今はTwitter、facebook、インスタの時代だよ」と言われることがある。

確かに、個人作成のホームページは衰退する一方のようで、天下のyahooまでもがgoecityを廃止してしまったのは、大きな転換点であったと思う。これによってかなりの数のホームページが失われてしまったのではないだろうか。個人でホームページを運営すること自体が、かなりの負担な時代になりつつある。

実は、Twitter、facebook、インスタのいずれも、だいぶ前からアカウントは持っている。しかし、ほとんど使っていない。

というのも「ホームページは時代遅れだよ」ということが私には理解できないのである。

なぜなら、ネット上で城のことを調べようとすると、依然として、それなりに作られているホームページの情報が一番役に立つからである。

この世から、個人のホームページがなくなってしまったら、城の情報を的確に得るのに苦労してしまうのではないかと思う。

そういう意味で、「自分は世の中のお城好きの役に立つことをやっている」というのがモチーフとなっており、それで23年以上もホームページを運営しているのである。

ちなみに、私にとって使えるお城のページの1番の要素は「位置情報がしっかりとしている」ということである。

どんなに内容が優れていたり、素晴らしい図面が掲載されていたとしても、どこにあるのか分からないような内容では、まったく役に立たない。遺構は自分の目で確かめられるし、図面も自分で書けばいい。だけど、場所が分からなくてはどうしようもないのである。

その次に重要なのはアクセス方法が掲載されているかどうかである。有名なお城ならともかく、ほとんどの中世城郭はろくに道もついていなかったり、むやみに歩き回れない私有地であったりする。車をどこに停められるかについても、重要なポイントである。ほとんどの城を車で回っているので、停められるところがなかったらどうしようもない。

苦労してヤブ漕ぎ直登して城址に到達したら、きちんとしたいい道が付けられていた、なんてことはざらにある。

一番悔しいのは、かなり時間をかけて直登して登ったところで、きれいな車道と遭遇した時である。こういう時は「ちゃんと調べておけばよかった」と切ない気持ちになってしまうのだが、意外とネットでそういう情報が得られない場合があったりする。

地図を見て「車で行けるいい道がある!」と期待していったら、輪留めがしてあって一般車両が通行できないケースもある。そういう事情も事前にわかっていたら、現場でがっかりせずに済むのである。

そうした意味も含めて、自分は相も変わらずホームページを更新し続けているのである。自分が生きている限りは、これを続けていくことになるんだろうなあ。でも、時代遅れだと言われてしまうと、テンションがさがってしまうのであった・・・・。
 

Re: 比企郡小川町の城

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 5月19日(日)21時40分23秒
返信・引用
  > No.6052[元記事へ]

myzardさんへのお返事です。

初めまして。埼玉のなかなか見どころのある城郭を回ったのですね。いずれもけっこう遺構が残されていて、訪れる価値のある城郭であると思います。

私の図は、出典さえ明記してあれば、ホームページ等で使用してもかまわないことにしてあるので、よろしかったら、myzardさんのページに掲載されてもかまいません。

それではまたです。

 

Re: この連休中にやったこと

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 5月19日(日)21時38分8秒
返信・引用
  > No.6051[元記事へ]

ねこあたまさんへのお返事です。

> SSDにすると、ときどき一瞬動かない状況がありますね(プチフリーズと言うらしいですが)
>

そうですか。私は今のところ、そのような現象は出ていないようです。

1台のパソコンが、windowsを読み込むまでに2分ほどかかり、かなり起動が遅くなってしまっていたのですが、起動OSをネットワーク上から探す設定になぜか変更されてしまっており、biosを設定し直すことで解決しました。今では電源を入れて15秒でデスクトップ画面が立ち上がります。

SSDはまだ新しいものですから、実際に何年間の耐久性があるのか、どんなトラブルが出るのかについては、これからぼちぼちわかってくるのではないかと思います。

 

比企郡小川町の城

 投稿者:myzard  投稿日:2019年 5月19日(日)18時15分4秒
返信・引用
  昨日、埼玉県小川町の四つの城(青山城、中城、腰越城、高見城)を制覇してきました。登城するにあたり、余湖さんのHPがとても参考になりました。私のHPを作るにあたり、余湖さんの縄張り図を引用してはいませんが、一応礼儀として参考にさせていただいたことを報告させていただきます。

http://csn.tokyo/index%20oshiro13-02.html

 

Re: この連休中にやったこと

 投稿者:ねこあたま  投稿日:2019年 5月19日(日)11時53分47秒
返信・引用
  > No.6043[元記事へ]

SSDにすると、ときどき一瞬動かない状況がありますね(プチフリーズと言うらしいですが)
 

windows10のアップデートがうまくいかないときの対処法

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 5月18日(土)06時25分54秒
返信・引用 編集済
  windowsには自動アップデート機能が付いている。放っておけば勝手にアップデートしてくれるので、特に自分で何かやる必要はない。

ところが、まれにアップデートに失敗してしまうことがある。それも何度もである。何度も何度もエラーメッセージが表示されてくると、なんとも鬱陶しい。

5月の修正集積プログラムも自動的にアップデートされたのだが、1台のパソコンでのみ、何度やっても失敗してしまっていた(ほかのパソコンではうまくいっていたんだけど)。自動アップデートなので、勝手にインストールし、失敗するというのを延々繰り返すのである。

windowsには、エラーを修復するツールが用意されているのだが、それをやっても状況は変わらない。・・・っていうか、windowsの修復ツールって、修復に成功したためしがないのだが、これって本当に役に立つことがあるのだろうか。

「こうなったら手動でやってみるか」と思い、ネットで該当のアップデートファイルを自分でダウンロードして、手動でインストールしてみた。

すると、普通にインストールが完了した。自動では何度やっても駄目だったのに、手動でやれば、何のことはない、普通にできたのである。

というわけで、自動アップデートに何度も失敗する方は、手動でやってみるという方法が有効な場合もあるようだ。

自動になるのは便利なのは間違いないのだが、やはり最後は人の手の方が確実なのでは、と思った次第。

AIが普及して、自動運転だとか、自動制御装置などといったものがどんどん普及しつつあるが、技術なんてしょせんは人が作り出したもの、最後は人間の手でやる方が確実なのではないのかなあ、なんて思ってしまう。

自動運転は確かに便利なのだが、自分で運転しなかったら、車の運転も楽しくないような気がするのである。


 

百舌古墳群の世界遺産登録について思うこと

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 5月15日(水)05時24分59秒
返信・引用 編集済
  先日来、このニュースをやっている。
こうして日本の遺跡が世界遺産に登録されていくのは、喜ばしいことと思うが、それを喜ぶ世間の人の思惑を聞いていると、ちょっと違和感を感じてしまう。

インタビューを見ていると「町おこしになる」「関連グッズが売れる」といったように、観光資源としてたくさんの来客が来て地元が潤うことを期待している人が多いように思う。

しかし、観光資源として、それだけの恩恵を地元にもたらすことができるものかどうか、疑問に感じるのである。理由は2つ。

1つは、見学できないことである。天皇陵墓はすべて立入禁止なので、外側から堀を眺めることしかできない。ピラミッドなどと違い、高さはあまりないので、外側から見たら、池と森にしか見えないだろう。果たして観光客が満足できるような見方ができるのであろうか。

以前、世界遺産登録された軍艦島を訪れたことがあったのだが、せっかく上陸しても見学できる箇所はほとんどなく、欲求不満な気持ちになったことがあったし、また行きたいとはとても思えなかった。

仲哀天皇陵や仁徳天皇陵は戦国期には三好氏の城郭として利用されており、仲哀天皇陵には二重の横堀や竪堀、枡形、櫓台なども残されているらしく、城郭マニアの私としてはぜひ見たくなってしまうところであるのだが、全く立ち入ることができないので、本当にそんなものが存在しているのか確かめるすべもない。

2つは、周囲に住宅地が密集しすぎていることである。これは先日、現地の古墳利用城館を見学しようとして思ったことなのであるが、堀のすぐ脇まで住宅が密集しており、周辺の道路は狭く、車を停めて置けるところもない。土地勘のない人は、どこをどう歩いて行けばたどり着けるのかもよく分からないだろう。世界遺産を見学したいという人は、おそらく歴史を感じる雄大な遺構を見たいと思っているのではないか。しかし、実際に見られるのはほとんど込み入った都会の住宅と私有地ばかりである。
テレビでは「現在の民家と古代の遺跡が共存している姿が素晴らしい」とか言っていたが、要するに遺跡の周辺部まで都市化が進んでしまっただけのことであり、それが果たして見どころなのであろうか。私には二律背反している要素にしか思われない。

百舌古墳群は、遺跡としては貴重なものであり、素晴らしいものであるが、見学するには向いていない。
だから、これによって町おこしをしたり、観光資源として利用するのは、ちょっと難しいのではないかと思うのである。

話は変わるが、日本のこうした遺跡をユネスコが積極的に世界遺産登録しようとしている背景には、中国や韓国の戦争関連資料の登録に反発してユネスコ脱退を匂わせている日本に対する、おもねりがあるように感じてしまうのはうがちすぎであろうか。日本の分担金がなくなればユネスコの運営が難しくなることは間違いないからである。

そうした政治的な背景なども考えてしまうと、「世界遺産といってもなあ」などと感じてしまうのである。

 

Re: 立木山土塁

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 5月15日(水)04時39分1秒
返信・引用
  > No.6047[元記事へ]

あんけんさんへのお返事です。

情報ありがとうございます。

神社周囲の土塁などもそうなのですが、土塁があるからと言って城郭関連ではない例の1つかと思われます。

城郭類似遺構といったもののようですね。

 

立木山土塁

 投稿者:あんけん  投稿日:2019年 5月14日(火)23時16分13秒
返信・引用 編集済
  こんばんは、あんけんです。
かすみがうら市に在る立木山土塁ですが、写真に撮られた南円寺山門前の道を北上し、谷津を過ぎて約300m進むと、上り坂の左手に地図には載ってない(?)立木観音堂が建ってます。ここと西側斜面下の池を囲うように高さの低い土塁が巡ってます。
ただ内から登り難く、外から越えるのは容易な造りで、防御施設というよりも信仰上の聖域を区切るためのモノの様に見えます。県の遺跡分布図でも古墳に付設された中世の土塁と書かれてるだけで、台地上にも特に他の城館施設的なものは見当たりませんでした。
 

Re: 余剰PCの使いかた

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 5月12日(日)22時16分42秒
返信・引用
  > No.6045[元記事へ]

ねこあたまさんへのお返事です。

> あまったPCの利用方法なんですが、
> 1)どこの職場でも個人用PCを貸与されているのが普通でしょうが
>   なんでもかんでもの業務に使用しているので職場内(学校なんかだと授業用)
>   プレゼンにも使っていると思うんですね。これってセキュリティの問題が
>   起こると思うんですよ。
>  (大学だと教授がちょっと席を話した隙に個人用パソコンからいろいろ
>   引っこ抜いた話があるらしい)
>   ですからプレゼン専用機にして、必要なデータを入れない教養PCに
>   寄贈す方法があります。
> 2)最近の若い人だと、10年前以上にPCを買わない、買ってくれないのも
>   いるそうなので、業務能力向上(学校だったら生徒向け)にレンタルは
>   どうですかね。

セキュリティ上の課題があるので、家にあるパソコンは転売もリースもする気はありません。
 

余剰PCの使いかた

 投稿者:ねこあたま  投稿日:2019年 5月12日(日)17時57分4秒
返信・引用
  あまったPCの利用方法なんですが、
1)どこの職場でも個人用PCを貸与されているのが普通でしょうが
  なんでもかんでもの業務に使用しているので職場内(学校なんかだと授業用)
  プレゼンにも使っていると思うんですね。これってセキュリティの問題が
  起こると思うんですよ。
 (大学だと教授がちょっと席を話した隙に個人用パソコンからいろいろ
  引っこ抜いた話があるらしい)
  ですからプレゼン専用機にして、必要なデータを入れない教養PCに
  寄贈す方法があります。
2)最近の若い人だと、10年前以上にPCを買わない、買ってくれないのも
  いるそうなので、業務能力向上(学校だったら生徒向け)にレンタルは
  どうですかね。
 

Re: 広瀬

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 5月12日(日)06時15分20秒
返信・引用
  > No.6041[元記事へ]

ねこあたまさんへのお返事です。

> 実家の近くのこともあり、新たに模型ができたというので行ってきました。
> 山上の三の丸付近に三重四階の天守のような構造物があるには違和感を感じましたが
> よくできた模型だと思います。また広瀬陣屋の説明板があたらしくなっていましたので
> ご報告までに。
>
> http://whitecats.dip.jp/up/download/1557581126/attach/1557581126.JPG
> http://whitecats.dip.jp/up/download/1557581268/attach/1557581268.JPG
>
>
>
>

なかなかいい感じの模型ですね。
 

Re: この連休中にやったこと

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 5月12日(日)06時14分54秒
返信・引用 編集済
  > No.6040[元記事へ]

ねこあたまさんへのお返事です。

> 全部SSDにしたんですか?

10台全部です。一番使っているデスクトップは、電源を入れてからわずか15秒でwindowsが起動するようになりました。最初はこの速さにびっくりしますね。

クローン化にはけっこうな時間がかかりました。連休中でなければ、ちょっと手を付けられなかったですね。

ノートパソコンもすべて分解したわけですが、メーカーによって、中を普通に開けられるものと、開けるのにかなり手間がかかるものとの差がありましたね。

取り外したHDDはすべてバックアップ用に保存しています。
 

Re: 広瀬

 投稿者:ねこあたま  投稿日:2019年 5月11日(土)22時31分45秒
返信・引用
  > No.6041[元記事へ]

ダウンロードパスワードは、どちらも半角で「12」です。
 

広瀬

 投稿者:ねこあたま  投稿日:2019年 5月11日(土)22時29分44秒
返信・引用
  実家の近くのこともあり、新たに模型ができたというので行ってきました。
山上の三の丸付近に三重四階の天守のような構造物があるには違和感を感じましたが
よくできた模型だと思います。また広瀬陣屋の説明板があたらしくなっていましたので
ご報告までに。

http://whitecats.dip.jp/up/download/1557581126/attach/1557581126.JPG
http://whitecats.dip.jp/up/download/1557581268/attach/1557581268.JPG



 

Re: この連休中にやったこと

 投稿者:ねこあたま  投稿日:2019年 5月11日(土)21時59分3秒
返信・引用
  > No.6039[元記事へ]

全部SSDにしたんですか?

普段使用しなくなったパソコンで、ノートは如何ともしがたいところがありますが、
デスクトップで複数HDDが詰めるなら、常時起動しておきデータサーバに
するって方法がありますね。
 

この連休中にやったこと

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 5月11日(土)07時24分25秒
返信・引用 編集済
  私は物がなかなか捨てられないタイプなので、うちにはデスクトップパソコンが2台とノートパソコンが8台もある。

これをもっと使いやすくしたいと思ってHDDをSDDに交換してみた。
10台全部である!
フリーのクローンソフト(easeus to do)を利用したので、交換後も前と同じ環境をそのまま維持できる。
(もっともwindows10をクリーンインストールしたパソコンが一番快適になったが)

すると動作の早いこと早いこと。
電源を押してからアプリが使えるようになるまで30秒もかからない。以前は3分以上かかっていたので、10倍近い速さになったようだ。
ブラウザの動きも早い。
これは楽しい!

しかも、windows7初期のパソコンだと、もう10年くらい経過していてHDDが寿命に近づいているのだが、SDDに換装したことで、パソコン自体の寿命も延びたと思う。

最近、パソコンの動作が遅いと感じるようになった方、HDDの寿命が近づいていると思っている方、お勧めです!

ちなみにvistaの1台を除いて、後はすべてwindows10にアップデート済みである。

しかし、家にちゃんと使えるパソコンが10台もあってもなあ・・・・。
多すぎである。どのパソコンを使うのか迷ってしまう。

10連休もあったので、本当にいろいろなことができた。
しかし、今日はまたお仕事である・・・・。
 

Re: 尻高城

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 5月 7日(火)04時14分1秒
返信・引用
  > No.6037[元記事へ]

横尾さんへのお返事です。

尻高城の登城口の情報、ありがとうございます。
機会があれば行ってみたいと思います。


 

尻高城

 投稿者:横尾  投稿日:2019年 5月 5日(日)21時25分19秒
返信・引用
  尻高城への登り道が分からなかったため、登られてないそうですね。現在、尻高城の記事を書いておりますので、参考にしてください。
一枚目 国道145号線で尻高地区に入り、バス停入沢口に案内が出ています。
二枚目 泉龍寺を案内のとうり目指します。
三枚目 泉龍寺から東の道を進み、三叉路を左に進むと公民館があります。そこから100mくらいに登り口の案内が出ています。

http://yamasiro749.blog.fc2.com/

 

貝吹山古墳!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 5月 5日(日)15時17分25秒
返信・引用
  これも岸和田市のお城。

大阪によく見られる古墳利用城郭の1つである。もとは橘諸兄の古墳として伝承されていたものだが、三好実休が陣取ったことで、貝吹山と呼ばれるようになったものである。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/osaka/kisiwadasi02.htm#kaibuki
 

稲葉塁!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 5月 5日(日)15時15分59秒
返信・引用
  大阪市岸和田市のお城。

小規模であるが、プリン型の主郭の周囲に横堀が巡らされていて、いい形状を見せている。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/osaka/kisiwadasi02.htm
 

陶器城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 5月 5日(日)14時59分1秒
返信・引用
  これも堺市のお城。

南北朝時代に攻防戦が行われた城である。陶器公園となっているが、遺構の残っている部分は私有地でフェンス越しに遠望するしかない。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/osaka/sakaisi02.htm#touki
 

境南台場!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 5月 5日(日)14時56分58秒
返信・引用
  大阪府堺市にある台場。

北浜公園となっており、石垣や堀の一部が現在も残されている。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/osaka/sakaisi02.htm
 

烏帽子形城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 5月 5日(日)14時37分59秒
返信・引用
  大阪府河内長野市のお城。

公園化されていて訪れやすい。主郭の東方に広がる二段の横堀は規模雄大で、ヤブが少ないので見通しもよい。

歴史的に見ても重要な城郭であり、国指定の史跡となっている。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/osaka/kawatinaganosi.htm
 

二上山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 5月 5日(日)13時45分25秒
返信・引用
  大阪府太子町のお城。

大和との国境にそびえる比高200mあまりの二上山に築かれている。二上山には雄岳と雌岳の2つの峰があるが、そのそれぞれに城郭構造が見られる。

二上山はハイキングコースとしてよく整備されており、散策している人がたくさんいた。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/osaka/taisimati01.htm
 

岡ミサンザイ古墳・津堂城山古墳!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 5月 5日(日)09時57分37秒
返信・引用
  大阪府藤井寺市のお城。

お城というよりも古墳そのものである。ところが大阪府には古墳をそのまま城郭として利用した例がたくさんある。古代の墓だからというよりも、そこにあるものをそのまま城郭として利用しようという効率主義が大阪的なもののように感じてしまうのは私だけであろうか。

岡ミサンザイ古墳は二重の横堀を巡らせ、枡形や櫓台なども廃した技巧的なものであったようだ。ただし天皇陵なので内部への対地入りはできない。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/osaka/hujiiderasi.htm
 

高屋城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 5月 5日(日)09時41分40秒
返信・引用
  大阪府羽曳野市のお城。

畠山氏の守護所として築かれた巨大城郭であった。
安閑天皇陵を主郭とし、方200mほどもある大きな郭を連郭式に配置したものである。

現在は市街地化でほぼ隠滅してしまっているが、1947年の航空写真を見てみると、その形状がよく理解できる。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/osaka/habikinosi01.htm
 

北田原城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 5月 5日(日)08時51分43秒
返信・引用
  奈良県生駒市のお城。

大阪ではないが、田原城と隣接した地区にあるので、ついでに立ち寄ってみた。比高40mほどの山稜で、鉄塔が主郭に建てられているのが目印になる。

http://yogokun.my.coocan.jp/nara/ikomasi01.htm
 

田原城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 5月 5日(日)08時21分5秒
返信・引用
  大阪府四条畷市のお城。

山麓からでも見えるように大きな標柱が立てられているので、城であることはすぐに認識できる。

あちこちに登城口の案内が出ているのだが、城の構造は分かりにくくなっている。家臣団屋敷と複合し台地全体を取り入れた城館であったと考えられる。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/osaka/sijounawatesi02.htm
 

私部城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 5月 5日(日)08時19分28秒
返信・引用
  大阪府交野市のお城。

永禄年間に構築された巨大平城である。
市街地化によってだいぶ破壊は進んでいるが、現在でも一部の城塁や堀が残されている。かなり大規模なものであり圧倒される。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/osaka/katanosi01.htm
 

楠葉台場!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 5月 5日(日)07時54分44秒
返信・引用
  大阪府枚方市にある台場。

幕末に淀川をさかのぼってくる外国船に対抗するために築かれた。そのため淀川下流に面する部分だけが稜保式で五稜郭のような形状となっている。現在は国指定史跡として整備されている。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/osaka/hirakatasi01.htm
 

下音羽城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 5月 5日(日)07時43分30秒
返信・引用
  大阪府茨木市のお城。

ごく小規模な単郭の城郭で、堀切と横堀のみによって区画されている。

街道を抑えるための砦であったようである。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/osaka/ibarakisi03.htm
 

野間城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 5月 5日(日)07時33分54秒
返信・引用
  これも能勢町のお城。

能勢三惣領野間氏の居城で、館とセットになった城館である。鋭い堀切や切岸によって構成されている。

近くには野間屋敷、野間中城などもあり、いくつかの城館をまとめて訪れることができる。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/osaka/nosemati03.htm
 

地黄陣屋!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 5月 5日(日)07時13分25秒
返信・引用
  これも能勢町のお城。

関ケ原合戦で功績をあげた能勢氏が数十年ぶりの故地を回復し築いた陣屋である。

小規模ながら立派な石垣が巡らされ枡形もある。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/osaka/nosemati02.htm#jiou
 

丸山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 5月 5日(日)07時12分11秒
返信・引用
  これも能勢町のお城。

平安末期から続く名族能勢氏の居城であった。

小規模ながらよく形成された山城であり、散策もしやすい。すぐそばには地黄陣屋もある。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/osaka/nosemati02.htm#maruyama

 

杉原城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 5月 5日(日)07時10分56秒
返信・引用
  これも能勢町のお城。

丹波との国境近くに築かれた城館。簡素な造りであり陣城の一種であったと思われる。能勢町井野お城には珍しく案内板が設置されていた。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/osaka/nosemati02.htm#sugihara
 

上杉城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 5月 5日(日)07時09分47秒
返信・引用
  これも能勢町のお城。

単郭ではあるが、堀切や枡形などを備えている。北側の斜面には横堀も設置されている。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/osaka/nosemati02.htm
 

宿野城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 5月 5日(日)06時28分41秒
返信・引用
  これも能勢町のお城。

宝林寺の尾根続きに築かれた単郭の城館である。車を降りて1分で城内に入ることができる。

内部に石列が見られたので、礎石建造物が存在していた可能性がある。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/osaka/nosemati01.htm#shukuno
 

山田城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 5月 5日(日)06時25分59秒
返信・引用
  これも能勢町のお城。

2郭構造ではあるが、土塁や虎口のしっかりとした山城である。この山には真新しい獣の糞が落ちていたので、散策には注意した方がよい。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/osaka/nosemati01.htm#yamada
 

森上城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 5月 5日(日)06時23分19秒
返信・引用
  これも能勢町のお城。

土塁をきちんと巡らせた複郭構造の山城である。尾根続きの西側に今西城、山麓に森上館、向かい合う東側の山稜には吉村城と、多くの城館が密集している。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/osaka/nosemati01.htm#morigami
 

山辺城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 5月 5日(日)06時20分36秒
返信・引用
  大阪府能勢町のお城。

能勢町には数多くの城館が残されているが、その中でも最大のものが山辺城であり、能勢富士と呼ばれる目立った山に築かれている。

高所の山城なのであるが、かなり上の方まで車道が付けられているので、山登り嫌いの私でも簡単にアクセスできた。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/osaka/nosemati01.htm
 

高山向城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 5月 5日(日)05時23分22秒
返信・引用
  これも豊能町のお城。

高山集落の南側を守備する城。堀切や横堀などを備えているが、簡素な砦である。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/osaka/toyonomati01.htm#mukai
 

高山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 5月 5日(日)05時22分24秒
返信・引用
  これも豊能町のお城。

遺構はほとんどないのだが、高山右近の父の出身地であるということもあってか、この城にだけは案内が設置されていた。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/osaka/toyonomati01.htm#takayama
 

余野本城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 5月 5日(日)05時20分9秒
返信・引用
  大阪府豊能町のお城。

2郭構造でありながら、周囲に大規模な横堀を配し、畝城竪堀、枡形構造物など、以外に技巧的な城郭である。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/osaka/toyonomati01.htm
 

千石堀城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 5月 5日(日)05時01分58秒
返信・引用
  これも貝塚市のお城。

築城途中の陣城というありようを見せている城郭である。

二重の横堀による防御構造を見ることができる。比高も少なく、すぐに訪れることができる。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/osaka/kaidukasi01.htm#sengokubori
 

根福寺城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 5月 5日(日)04時58分36秒
返信・引用
  大阪府貝塚市のお城。

あまり整備されていないが、鋭い城塁、畝状竪堀、産卵する瓦、一部に石垣を残すなど、見どころの多い山城である。特に畝状阻塁の大きさにはひたすら驚かされる。

西城と東城とに区画され、それぞれは異なった様相を見せている。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/osaka/kaidukasi01.htm
 

雨山・土丸城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 5月 5日(日)04時31分53秒
返信・引用
  大阪府熊取町のお城。

急峻な2つの城が複合化した山城である。国指定史跡となっているため登山道はよく整備されえている。

驚くのは山頂近くに現在も現役の井戸があるということである。水源がなくては籠城はかなわない。

南北朝時代から使用され、戦国期には村人の避難所としても使用されていたという長い歴史を持つ。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/osaka/kumatorimati01.htm
 

Re: 初めまして

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 5月 1日(水)06時09分13秒
返信・引用
  > No.6007[元記事へ]

どんちゃんじさんへのお返事です。

私のページをご覧になり、ありがとうございます。
初めまして。犬を連れてのお城巡りと言うのもなかなか楽しそうですね。
埼玉の城はまだまだ行っていないところも多いのですが、これから少しずつ増やしていきたいと思ってます。
それではまたです。

 

初めまして

 投稿者:どんちゃんじ  投稿日:2019年 4月30日(火)21時46分40秒
返信・引用
  埼玉在住の 犬と一緒に山歩き が趣味の50代初級者です。偶然登った里山に城跡があったことから山城の跡地を散策するようになり参考資料を探してたのですが余湖さんのページは他にない史跡が多数あり参考になりました。 近場は一通り行った と思ってたのですが知らない古城がまだまだたくさんあったので今後活用させていただきます。よろしくお願いします。  

Re: 初めまして

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 4月22日(月)04時16分5秒
返信・引用
  > No.6005[元記事へ]

糸賀さんへのお返事です。

初めまして。いつも私のページを参考にしていただき、ありがとうございます。
ちまちまと続けているページですが、長年続けているもので、かなり内容量は増えてきています。

茨城のページを作成していたのは、主にもう20年近く前のことになるので、だいぶ記事が古くなっているかと思います。また、誤りなどもけっこうあると思うので、ご指摘いただければすぐに訂正したいと思っています。

これからもよろしくお願いします。


 

初めまして

 投稿者:糸賀  投稿日:2019年 4月21日(日)15時43分35秒
返信・引用
  余湖さんのページには日頃よりお世話になっておりましたが、1度もご挨拶していなかったものでカキコミさせて頂きました
鳥瞰図の見易さ、考察等も興味深く、探索のお供として重宝しております
ありがとう御座います♪
m(_ _)m

水戸在住のまだまだ初心者ではありますが、仕事先の現場のついでにチョイチョイと時間があれば立ち寄ったりしています
先日も久米城一式歩いてきましたが、下刈りされて見学し易くなっていたのですね☆
主城主郭周囲の堀切や枡形的な空間等、気付けなかったところまで拝見出来ました♪
各主郭に佐竹の旗まで立っていたのも粋な計らい
城趾保存に向けての皆様の想い、シッカリ感じ取ることが出来ました☆

余湖さんのページ、これからもお世話になるかと思います ‥どーぞご無理のない程度に頑張って下さいませ

 

Re: お久しぶりです。

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 4月18日(木)04時26分36秒
返信・引用 編集済
  > No.6003[元記事へ]

よっちゃんさんへのお返事です。

ご無沙汰しています。まだまだホームページ、やっております。
このページももう23年も続けていますので、内容量はかなり膨大なものになっています。
よくもまあ続けてきたものだとも思います。城関係のホームページの中ではかなり老舗になっていると思いますし、始めた頃に存在していたホームページで、現在も更新されているものの数は、だいぶ減ってしまったなあとも感じています。

昨今、個人でホームページを運営するのはだんだん難しくなっており、このページもいつまで続けられるものなのか分かりませんが、もう少しは続けてみたいと思っております。

よっちゃんさんも、身体を大事にしながら、お城巡りを続けてください。


 

お久しぶりです。

 投稿者:よっちゃん  投稿日:2019年 4月17日(水)13時53分0秒
返信・引用
  大昔(^^;;
頻繁に余湖殿の当HPに訪問していた、お城大好きなよっちゃんです。
まだ、余湖殿が元気にHPを運営している事にビックリです。
当方は、腰の手術をして歩けるのですが!
昔の様に、古城の藪を行軍する自信が無くなりもっぱら、車のみの移動です。
これからも、頑張ってください。
 

Re: 『歴史人5月号』戦国の山城大全発売中!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 4月16日(火)04時43分54秒
返信・引用 編集済
  > No.6001[元記事へ]

ワタナベさんへのお返事です。

ご無沙汰しております。村上城に関しては、ワタナベさんのものの方がはるかに素晴らしいものだと思うのですが、なぜか私の描いたものを使ってくれました。

私の図も、今一歩のものが多いので、時間が取れれば、少しずつ描き直してみたいと思っています。

それではまたです。



 

Re: 『歴史人5月号』戦国の山城大全発売中!

 投稿者:ワタナベ  投稿日:2019年 4月15日(月)23時32分58秒
返信・引用
  何気なく書店で手に取ったところ、見覚えのあるイラストが!! やはり余湖さんでしたね♪ 

https://vr-murakamicastle.jp

 

Re: 道灌堀

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 4月14日(日)06時12分2秒
返信・引用
  > No.5999[元記事へ]

今村紀伊守さんへのお返事です。

太田道灌時代の江戸城の正確な形は分かっていないのですが、地形や規模から想像するに、おっしゃるように現在の本丸程度が城域であったのではなかったかと想定するのが自然だと思います。道灌堀の辺りまでが城域だとすると、当時の城としては規模が大きすぎると考えます。

おそらく道灌堀は徳川家によって掘られたものなのではないでしょうか。太田道灌の名前は当時すでにビッグネームですから、後から造られたものにその名前を冠することもあったと思います。

道灌堀は、徳川家が江戸城を拡張していく過程でできたもの、と言うように考えています。石垣を用いていないことから、徳川家の工事の中では比較的初期の段階のものなのではないでしょうか。もっとも、あくまでも想像にすぎませんが・・・・。
 

道灌堀

 投稿者:今村紀伊守  投稿日:2019年 4月13日(土)11時07分39秒
返信・引用
  先日、皇居乾通り一般公開に行ってきました。坂下門から乾門までほぼ真っ直ぐ北上するルートです。右手に蓮池堀(南下する川の跡のようです)越しに東御苑を見上げて歩くことになります。途中左手に道灌堀の一部が見えてきます。そこでふと不思議におもったことがあります。太田道灌時代の江戸城は、比高が高い東御苑(田安台地の南端)のみだと思うのですが、より比高の低い紅葉山(麹町台地の東端)を囲むように「道灌堀」があるのでしょうか?  

『歴史人5月号』戦国の山城大全発売中!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 4月 9日(火)04時33分19秒
返信・引用 編集済
  だいぶ奥の方に埋もれてしまったので再掲させていただきます。

歴史人5月号「戦国の山城大全」が発売されました。
私も鳥瞰図を20城ほど提供しています。

KKベストセラーズより、800円で出ています。
よろしかったら書店でお手に取ってみてください。


鳥瞰図もストックがだいぶ溜まってきているので(なにしろ6000城もあるから)、この本で取り上げている158城くらいなら、すべて提供出来ちゃいます。
 

津辺城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 4月 9日(火)04時09分22秒
返信・引用
  千葉県山武市のお城。
遺構はすばらしいが歴史の分からない謎の城郭と呼ばれていた。
先日、遠山さんから、この城の歴史について、新たに分かったことを教えていただいたので、その情報を追加しておいた。

元亀3年に、この地域に侵攻してきた里見勢に対して、井田氏が築いた城郭であったようだ。

http://mizuki.my.coocan.jp/yogokun/tubenr.htm
 

Re: 田野辺城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 4月 9日(火)04時07分13秒
返信・引用 編集済
  > No.5995[元記事へ]

Pさんへのお返事です。

見学会、お疲れさまでした。たくさんの人が参加してくださり、林城が地元で愛されている様子がよく分かりました。Pさんや5stormさんの案内や解説もすばらしく、みなさん、充実した時間を過ごせたことと思います。

> 田野辺城について、小さいながらも立派な土塁を持つ良い城だと感じます。南の深い谷津を囲むように対岸にも土塁が続くので(田野辺新堀堀切(仮称)のことです)、実際は塚原城と同程度のかなり大きい城だったかもしれません。
> 林氏家臣として、同族の沼尾氏・塚原氏・田野辺氏(田辺氏)がいたらしいです。

なるほど、対岸にも遺構が続くとなると、かなり大規模かつ特徴的な構造の城館であったようですね。

沼尾氏・塚尾氏・田野辺氏らがいたという伝承も知りませんでした。本文に追加させていただきたいと思います。

それではまたです。
 

Re: 田野辺城!

 投稿者:  投稿日:2019年 4月 8日(月)23時31分42秒
返信・引用
  > No.5994[元記事へ]

余湖さんへのお返事です。

お世話になっております。

先日はお疲れさまでした。
他のみなさんと共にサポートいただき、おかげさまで無事に終了することができました。
この場を借りて、改めてお礼申し上げます。

ありがとうございました。


田野辺城について、小さいながらも立派な土塁を持つ良い城だと感じます。南の深い谷津を囲むように対岸にも土塁が続くので(田野辺新堀堀切(仮称)のことです)、実際は塚原城と同程度のかなり大きい城だったかもしれません。
林氏家臣として、同族の沼尾氏・塚原氏・田野辺氏(田辺氏)がいたらしいです。
 

田野辺城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 4月 8日(月)04時37分52秒
返信・引用
  茨城県鹿嶋市のお城。

高橋さんが発見したものである。林外城のある台地の縁部分にある。林城の見学会の最中、ちょっと抜け出して確認してきた。

高橋さんも言うように、林外城の一部と言うよりは、独立した城館であったと思われるものである。林外城が築かれる以前から存在した在地系の城館であったのではないだろうか。

遺構はそれなりにしっかりとしているのだが、ここに到達するまでの倒竹地獄がひどかった。これじゃ、人に知られない埋もれた城になってしまうはずだ。

http://otakeya.in.coocan.jp/info02/hayasituga.htm#tanobe
 

Re: 林城見学会!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 4月 8日(月)04時34分55秒
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  > No.5992[元記事へ]

備前守長政さんへのお返事です。

ご無沙汰しております。私もお目にかかりかったです。

笑路城は、織豊期の石垣を期待して登ってみたのですが、肝心の石垣部分はほとんど崩れてしまっているので、あまりよく分かりませんでした。

同じ京都では須知城の方がよほど見どころがあったという記憶があります。

それではまた、どこかでお目にかかりましょう。

 

Re: 林城見学会!

 投稿者:備前守長政  投稿日:2019年 4月 7日(日)19時53分20秒
返信・引用
  林城中々見易くなっていたみたいですね。行けなくて残念でした。余湖さんにもお目にかかりたかった。

私は、丹波(笑路城、法貴山城、神尾山城)と南近江(鳥居平城、布施山城、星が崎城)の城を見に行き、今戻る所です。決算で明日出社しないと行けないので、名古屋の実家には寄らず、普段は使わない新幹線、久しぶりに乗りました。

笑路城は、城郭大系の記事からいつかは見たいと思っており、漸く念願叶った次第。
鳥居平城はあの界隈、何度も行ったのですが、いつも時間切れで、今回は朝一番に見に行きました。中々見応えある城でした。

 

林城見学会!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 4月 7日(日)19時03分14秒
返信・引用 編集済
  本日、鹿嶋市の林城シンポジウム及び見学会に参加してきました。
見学会の様子を林城のページに追加しましたので紹介します。

http://otakeya.in.coocan.jp/info02/hayasituga.htm

それにしても、外城も中城もきれいに整備されており、見違えるようであった。林城保存協力隊のみなさん、ありがとうございます!

天気も良く、あちこちに桜も満開で、城址見学には最高の一日でした。

 

Re: 篠の城

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 4月 7日(日)18時59分48秒
返信・引用 編集済
  > No.5989[元記事へ]

横尾さんへのお返事です。

> 篠の城は長野県長野市篠ノ井岡田にあります。数年ぶりに登ってきましたが、またまた西城(私が勝手に名づけました。)を見つけました。一応長野市教育委員会に連絡しておりますが、まったく音沙汰なしです。
> 1枚目、宮坂氏の縄張り図にある西南の大堀切です。
> 2枚目 宮坂氏は畑が連なる丘に見えて、城と考えておらないようですが、私は中城とし、西には土橋の虎口があります。
> 3枚目 西山の中腹に土塁があり、この先に大きな曲輪や土塁で囲んだ曲輪があります。

また遺構発見ですか。御苦労様でした。
 

篠の城

 投稿者:横尾  投稿日:2019年 4月 6日(土)20時34分0秒
返信・引用
  篠の城は長野県長野市篠ノ井岡田にあります。数年ぶりに登ってきましたが、またまた西城(私が勝手に名づけました。)を見つけました。一応長野市教育委員会に連絡しておりますが、まったく音沙汰なしです。
1枚目、宮坂氏の縄張り図にある西南の大堀切です。
2枚目 宮坂氏は畑が連なる丘に見えて、城と考えておらないようですが、私は中城とし、西には土橋の虎口があります。
3枚目 西山の中腹に土塁があり、この先に大きな曲輪や土塁で囲んだ曲輪があります。

http://yamasiro749.blog.fc2.com/

 

歴史人5月号発売!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 4月 6日(土)12時30分39秒
返信・引用 編集済
  歴史人5月号「戦国の山城大全」が発売されました。
私も鳥瞰図を20城ほど提供しています。

KKベストセラーズより、800円で出ています。
よろしかったら書店でお手に取ってみてください。


鳥瞰図もストックがだいぶ溜まってきているので(なにしろ6000城もあるから)、この本で取り上げている158城くらいなら、すぐに提供出来ちゃいます。
 

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