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磐城平城本丸発掘調査

 投稿者:あんけん  投稿日:2020年 9月27日(日)13時54分50秒
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  こんにちは、あんけんです。
昨日の平城の現地説明会に参加してきました。幕末の地表は現在の約40cm程下で焼けた土壁の欠片や砲撃された四斤山砲の不発弾が発見され、御殿建築と思われる礎石やそれ以前の掘立建物の柱穴が多数見つかってます。発掘は一部分ながらその配置から建物は絵図にある様な南向きではなく、斜め45度向いて中門方向の南西を向いていたと想定出来ます。1枚目の画像でもトレンチに対して斜めの礎石列が見えるでしょうか。

築城前の旧地表は更に20cm程下ですが、その間に焼土の層が出てます。また発掘エリア北端では南北を向く幅2.8m、深さ1.2mの堀が見つかってますが詳細はまだ不明です。報道では市は遺構を残すつもりと言われてますが仮藩庁を撤去したこの場所には文化交流ゾーンとして体験学習施設が建つ予定なので、変更なければ遺構は壊されてしまうかもしれません。実現できなかった櫓復元の代替工事という話も耳にして、保存を呼びかける声も出てますがどうなるでしょう・・・?

建物の南側では弧を描く石列が検出されてます。3枚目の画像の手前がそれで、ポンプを突っ込んでる更に深いトレンチでは敷き詰められてる粘土層が見つかった事からこれは池だろうとの事です。その右奥に並ぶコンクリートの柱群は昭和の模擬天守建設時の基礎で、予算が無くとん挫した痕跡です。

遺物としては幕末時の磁器や瓦が多く出てて、磁器は18~19世紀の肥前産のものが多く見つかってます。鯱のウロコ部分も見つかってますが、瓦の出土状況と礎石の大きさなどから全体が瓦葺きではなかった様です。
 
 
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