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黒田官兵衛

 投稿者:余湖  投稿日:2020年 2月11日(火)21時48分45秒
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  官兵衛は江守徹が演じていた。江守徹といえば、現在では大役者であるが、『国盗り物語』の時点ではまだ、それほど有名な役者ではなかったような気がする。しかし、ここでの演技が認められ、2年後『元禄太平記』では主人公ともいうべき大石内蔵助を演じて、文字通り第一線の大俳優となっていく。

官兵衛は最初は小寺官兵衛として登場してきた。織田家と結ぶために、主君の小寺藤兵衛を説得し、織田家に乗り込んできたのである。そして、官兵衛との連絡役になったのが、またしても羽柴秀吉であった。

結局、官兵衛は、そのまま竹中半兵衛と共に、秀吉の相談役となって行く。

ショックだったのは、主君の藤兵衛との関係である。藤兵衛は、プライドが高いだけの人物で、一度は織田家と同盟を結んだものの、信長に頭を下げたくないという個人的な理由だけで、官兵衛を煩わしく思い、殺してしまいたいと考える。

そこで、荒木村重が信長に謀反を起こした際に、「村重の説得に伊丹城に行ってくれ」と官兵衛に頼みつつ、「村重に私からの手紙を託すので、これを渡してくれ」といって自ら書いた手紙を官兵衛に託す。

その手紙を官兵衛は伊丹城で、荒木村重に渡すのだが、それを読んだ村重は愕然とする。

そこには「この男は邪魔になったので、あなたの手で殺害してほしい」と書かれていたのである。

「主君が自らの家臣を、他人に殺させようとするとは・・・」それを読んだ村重はあまりにも哀れになってしまう。そこで、官兵衛を殺すことはせずに、地下牢に幽閉してしまうのである。

この辺りのくだりは『国盗り物語』にはないエピソードであり、おそらく『播磨灘物語』から採ったエピソードだったのではないかと思うが、子供心にも「小寺藤兵衛は卑怯で許せない人物だ」と憤っていたのを覚えている。

結局、官兵衛は九死に一生を得たが、不具者になってしまう。毛利に味方しようとした藤兵衛は没落し、追放されてしまうのだが、それでもかつての主君をいとおしむ官兵衛を見て、「この人はなんてお人よしなんだろう」と思ったものである。

ところで、この翌年に『斬り抜ける』という変わった時代劇で、明智光秀(近藤正臣)と羽柴秀吉(火野正平)が共演していたという話を以前に書いたが、実は江守徹も共演している。

ただし、役者としてではなくナレーターであった。このナレーションを聞いていると、今でも私には官兵衛の声に聞こえてしまうのである。

https://www.youtube.com/watch?v=QxKbQJDqAG0&t=19s

ところで、大人になってから、戦国史料叢書というシリーズを買い集めた時期があった。その中の『太閤史料集』には『川角太閤記』や『天正記』が掲載されていた。その中に秀吉のお伽衆の名前が書き連ねられている個所があったのだが、それを見て、唖然とした。

秀吉のお伽衆には、小寺藤兵衛やら荒木村重やら足利義昭やら、かつての敵対した人物が多く含まれていたのである。

こんな人たちが結局、一堂に会して、秀吉の子飼いになっていたのだなあと思うと、いったい秀吉はどういう気持ちでこんなことをしたんだろかと不思議な思いになったものである。

さて、明日から沖縄出張である。それゆえ、しばらく掲示板の書き込みはお休みです。
 
 
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