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徳川家康

 投稿者:余湖  投稿日:2020年 2月 5日(水)03時59分34秒
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  家康もいろんな役者が演じてきているが、やはり私にとっては寺尾聡の家康が最も印象的であった。

寺尾聡といえば一般的には「ルビーの指輪」などで知られているであろうし、現在ではすっかりおじいちゃん俳優になってしまっているが、『国盗り物語』では本能寺の変までしか描かれていないということもあってか、とても若々しく、ひたすら誠実な人物として描かれていた。当時の寺尾聡は20代であったと思うから必然的に若々しいイメージになるのである。

『直虎』でも、なんと半世紀近くぶりに寺尾聡が徳川家康を演じていたのであったが、さすがに年月が経ちすぎていて、同じ人物が演じているとは思われない変貌ぶりであって、逆にがっかりしてしまったりした。

寺尾聡の徳川家康は、信長にいいように利用されていた。越前攻めでは、最前線で戦わされた上に、浅井の裏切りの為に、信長に置き捨てられてしまう。

それでも文句ひとつ言わず、金ヶ崎城で、秀吉や光秀と共に、殿戦に参戦するのである。

後の陰謀好きのイメージはまったくなく、なんていいやつなんだろうというイメージが残った。

家康といえば信長の唯一の同盟者といったように言われているが、当時の信長の意識からすると、ほぼ家臣と同じように捉えていたのではなかっただろうか。

そういう意味では圧政者信長の被害者でもある。だからなのか、光秀に対しては、常に同情的な立場でいたように感じていた。ただし、光秀と違って直接的な被害には遭っていなかったが、信長のプレッシャーは相当に感じていて、誠意を示し続けなければならない立場であったのだろう。

一番印象に残っているのは、三方ヶ原の合戦で敗れた時の家康である。命からがら浜松城に戻ってきた家康は、「ひどい負け戦だが、俺は今日大きなものを得た。それは戦国を生き抜くために、なくてはならぬ信用よ」というセリフ。

人はどんな戦略を立てようが、信用がなければそれを実現することはできない。信用のない武将は、結局は大事を成し遂げられないのである。三方ヶ原の合戦で家康はボロボロに負けてしまったが、その代わり、「家康は、勇気があり、信用できる人物だ」という評価を勝ち取ることになる。

遥かに後になって、「徳川殿は信用できる人物だ」という評価を逆手にとって、彼は天下を取ることになるのである。

当時はそこまで考えてみていたわけではなかったが、子供の私でも家康が後に江戸幕府を開く人物であることは知っていた。

ここで得た信用があったからこそ、この人は天下を取ることができたんだなあ、などと思いながら見ていたものである。
 
 
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