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羽柴秀吉

 投稿者:余湖  投稿日:2020年 1月28日(火)04時40分28秒
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  秀吉は、火野正平が演じていたのだが、明るく軽妙洒脱で、有能なうえに心配りの出来る人物として描かれており、『国盗り物語』の中で、とにかく、この秀吉が一番好きであった。

信長に接する対応法など、光秀と秀吉を対照的に描いていたように感じていた。

秀吉の対応法が最もうまく描かれていたのは、京都奉行に選任された後の対応であったろう。足利義昭も「織田家には容易ならぬ人物がいる」と感服してしまった。

苗字を「木下」から「羽柴」に改めた時のシーンをよく覚えている。

「秀吉め、新しい苗字を名乗りたいというから、どんな気取った苗字を付けるかと思いきや、羽柴とは笑ってしまうわ」と、いつも秀吉を嫌っている柴田勝家(宍戸錠)も心憎からず笑っていたのを思い出す。信長も笑っていた。

それにしても羽柴とはうまく付けたものだ。織田家の2大宿老ともいうべき、柴田勝家と丹羽長秀(丹羽長秀の方はこのドラマでは影が薄かったが)の1文字ずつを頂戴して「お二人にあやかりたい」という名前が羽柴である。まさに気遣いの名前だ。

しかも柴丹や丹柴ではなく、羽柴としたのがミソであると感じた。

羽を先に持ってきているが、これは丹羽氏の下の字である。

柴は後に持ってきているが、これは柴田氏の上の字である。

つまり両氏の文字を1文字ずつ使用しながらも、両氏の間にまったく序列をつけていないのである。子供ながらに「なるほど」と思ったものである。

信長に対して「私は朝鮮をいただきとうございます」と宣言する場面とか、とにかく印象的な場面が多かった。こういう人物が出世していくんだろうなあと、子供心に思っていたものだ。

秀吉は光秀とは対照的に、常に信長との関係は良好であったが、それでも信長に対してプレッシャーを感じていたであろうことも何となく理解できた。

宇喜多直家の帰服をとがめられたり、山中鹿之助を見殺しにしろと言われたり、信長に叱責されるシーンもけっこうあり、黒田官兵衛の嫡子を殺害せよと命令された時には、かなり苦悩していた。

柴田勝家と北陸で喧嘩して、単独長浜に帰ってきた話は、信長もぶちぎれて「猿を殺す」と言っており濃姫に諫められていた。これには、さすがにかなりやばいんじゃないの、って感じた。運よく松永弾正の謀反が起きたので、秀吉が駆り出されて、織田家を助けることになり、名誉回復した。

中国の陣で信長の死を聞いた時、子供のように泣きじゃくっていた姿が最も印象的であった。


ところで、『国盗り物語』が放送された翌年、2つの時代劇が同じ時間帯に放送されることになった。

1つは『斬り抜ける』で、主演は近藤正臣と火野正平(光秀と秀吉)

もう1つは『ぶらり新兵衛 道場破り」で主演は高橋英樹(信長)

いずれも『国盗り物語』の主要キャストが主演を務めているのでとてもうれしく、両方見たかったというのに、「なんで同じ時間帯にやっているんだよ!」と思ってしまったものだ。どちらもとても面白い時代劇であった。

光秀と秀吉を選ぶか、信長を選ぶか、迷った挙句、私は『斬り抜ける』を見ていた。こちらはとても面白いうえに実に斬新な時代劇であった。あのような妙な部分にだけリアリティな考証をした時代劇は他にはない。(たとえば、どんな優れた日本刀であっても、人を斬ると血と脂が付着するため、2人までしか斬ることができない)とか。松平はずしなんて本当にあったのかなあ。

そんなにしっかりと考証しているのに、なぜか近藤正臣はデニムを履いていて火野正平は毛布をかぶっているという不思議なドラマだった。

それでもとても面白かったのに視聴率的には苦戦して、半年で終わってしまった。「ぶらり新兵衛」の方は1年ほどやっていたと思うから、視聴率的には近藤正臣よりも高橋英樹の方が、強かったんだなあと思った。

それはともかく、このドラマの秀吉を見て、「秀吉って本当に魅力的な人物なんだなあ」といつも感じており、この秀吉を見るのが楽しみであった。
 
 
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