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本能寺2

 投稿者:余湖  投稿日:2020年 1月19日(日)06時40分31秒
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  人が人を殺害する理由は、多くはシンプルなものである。

1つは、怨恨。恨みの内容はさまざまであるが、自分の上司である場合は、パワハラなどもありうることであると思う。従来から最も言われてきているものが怨恨説である。

2つ目は、営利的なもの。その人物を殺害して、何らかの利益を得たり、自分の立場を向上させたりといったところである。

ミステリー小説やドラマを見てみても、人が人を殺害する理由の多くは、この2つに収斂される。

光秀の場合も、そのような心理的要因があって、謀反を起こしたのだと思う。それをけしかけた黒幕がいたとしても、それはあくまでも副次的な要素に過ぎない。それに乗っかろうと思ってしまうほど、光秀は信長を殺害したいという思いになっていたからこその謀反である。

2つ目の営利的な説として古くから言われているものは主に2つある。1つは、戦国武将らしく、光秀も天下を取りたかったのではないかというもの、もう1つは、光秀がかねて申し継ぎを行ってきて、婚姻関係も結んでいた四国の長曾我部が討伐されることになって、立場がなくなってしまったというもの、この2つが主なものである。

しかし、私は営利的理由については、排除してよいものと思う。その理由は、営利的なものであれば、かなり計画的に行うと考えるからである。この謀反に計画性はどれだけあるか。想定できる未来についても計算するはずである。

現在の状況で自分が信長を殺してしまったならどうなるか。自分を倒した者が次の権力者となることは目に見えている。日本中のあらゆる武将が自分をめがけて殺到してくるであろう。そうなったら、光秀には勝ち目はなく、自分は次の天下人のための単なる礎になってしまう。

冷静に検討してみれば、そういう状況になることは想定できるのではないだろうか。

光秀は天下を取るどころか、他の誰かが天下を取ることに貢献するだけの結果になってしまう。こんな簡単な想定ができる状況なのに、「自分が天下を取るために謀反する」と考えられるであろうか。

 光秀は信長の下であそこまで立身した人物であり、先のことが見え計算もできる人物であったと思う。したがって上記のような計算は簡単にできていたであろう。戦国の武将であるのだから、彼も天下を取りたかったのだ、としても、それが単純に謀反に結び付くというのはあまりにも短絡的ではないだろうか。

ただし、今回の「麒麟がくる」では、おそらくこれが本能寺の変の目的として描かれることになると思う。

「麒麟がくる」のテーマは「戦乱の世に平和をもたらす人物を描く」ということであり、戦争を続けあらゆる敵対勢力を殲滅させようとする信長を殺害することによって、光秀が戦国の世に終止符をもたらす、といった結末になるのではないかと想像する。『国盗り物語』も、それに近いところがあった。光秀が戦国の世を平和に導いたというのはかなり苦しいようにも思われるのだが。

長曾我部の件はいかがであろうか。この件は、営利的な要素と怨恨的な要素の2つが絡んでいる。

営利的な部分を重視するならば、謀反の理由は、長曾我部を救い、自分の立場も守るため、ということになる。

しかし、この理由もやはり計算できる人間であるならば、到達しない目標であると思う。謀反の結果、自分が謀反人として討伐されることになってしまうのである。営利的な目標を持ちながら非営利な結果になってしまうであろうことは容易に計算できるはずである。

長曾我部との関連が問題になるとすれば、長曾我部との申し継ぎを反故にされてしまったことに対する怨恨ということで、むしろ怨恨説の要因の1つと考える方が可能性としては高いと思う。

基本的に本能寺の変はそれほど計画的なものではなく、かなり突発的に発生したものであると思う。

それは自分が信頼できる他の武将との連携がまったく取られていないということもあるし、変後に光秀が、細川藤孝に送った書状に「自分が謀反を起こした理由は、あなたの息子に天下を渡してやりたかったからだ」などと藁にも縋るような内容のことを書くこともなかったであろう。

本能寺の変はそれほど計画的なものではなかったと思う。信長が手薄な状態にあり、さらに自分が軍勢を率いてその近くにいるという状況が発生して初めて「可能である」と計算できたものであり、そういう意味で突発的要因が大きかったものと思う。だから事前に細川藤孝や筒井順慶、長曾我部などといった親しい武将との連携が行われていなかったのであろう。

こう考えていくと、結局のところ、従来から言われている怨恨説が最も有力なのではないかと思う。光秀は「もう謀反を起こすしかない」と思い詰めるほど、やむに已まれぬ状況に陥っていたのだと思う。

このように私が思ってしまうのは、やはり『国盗り物語』の影響が非常に大きい。私はこの大河ドラマによってはじめて歴史というものを知ったため、戦国時代に関することのすべては、そこで刷り込まれてしまったからである。

もう1つ、かつてパワハラ上司の下にいた時、自分はいつも「明智光秀はどのような心理状態であったのだろうか」と考えていた。「もし、自分に、手持ちの軍勢がいたら」とも。

それでは光秀が謀反を起こすに至る怨恨とは何だったのだろうか。

それは次に書いてみたい。

 
 
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