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本能寺

 投稿者:余湖  投稿日:2020年 1月18日(土)05時55分28秒
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  本能寺には思い出がある。高校生の時の話である。

高校の修学旅行は奈良・京都であった。京都での最後の夜、自由行動できる時間があって、旅館の外をぶらぶらと一人で歩いたことがあった。

そこは京極通という繁華街であったのだが、特に目的もなく適当に散歩していた。

そして、ある小路をちょっと入ってみたら、そこに寺院があった。なんという寺院なのかと思って、門のところの文字を読んだら、そこに「本能寺」と書いてあった。

「ここが本能寺なのか!」と思い、周囲の喧騒が一瞬消えてしまったのを覚えている。

さて、その本能寺の変についてだが、確実な証拠が残っていないということもあって、その原因については諸説ある。

そのうち、近年に話題になっていたのは朝廷陰謀説であろう。それ以外にも堺の商人陰謀説、足利義昭陰謀説など、さまざまな陰謀説が取りざたされている。

しかし、そうした現状について、私は以前から疑問を感じていた。陰謀説はすべて、直接的な原因ではないと思う。

考えてみればすぐに分かることだが、朝廷にしても堺商人にしても、陰謀を持ちかけられてすぐにそれに乗ってしまうほど、人間は単純なものではない。

実際、足利義昭からは何度も書状を受け取っているようだが、光秀はまったくそれを相手にしていない。

光秀以外の家臣にとってもそうであったろうが、ある程度優位な立場にある人物に対しては、さまざまな働きかけが行われるというのが人の世の常である。

しかし、謀反などと言うのは通常では考えられないような大ごとである。通常の精神状態であれば、そんなものは相手にせず、一蹴するというのが普通であろう。

つまり光秀と信長との関係が普通のものであったとしたら、光秀がそんな陰謀に耳を貸すはずもないのである。

例えば、仮に朝廷の陰謀に乗ったのだとしても、「朝廷の陰謀があったから乗った」のではなく「もともと信長を排除したいという思いがあったからこそ、その名目付けに朝廷の陰謀に乗った」のだと思う。

つまり、この場合、朝廷の陰謀というのは、直接的な要因ではなく、副次的な要因であったということになる。

だから、朝廷の陰謀も、堺の商人の陰謀も、足利義昭の陰謀も、実際にあったのかもしれないが、それはあくまでも本質的な要因ではなく、謀反という大それたことを起こす根本的な原因は、あくまでも光秀の精神状態に求めるべきだと思う。

では、そうなってしまった光秀の精神状態とは何か。それはまた後で書いてみたいと思う。


実は「麒麟が来る」について、1つ不安に思っていることがある。

それは光秀を主人公であるがゆえに、本能寺の変も、主人公が正義の鉄槌を下すべく起こした正当な行為であるといったような描き方をするのではないかということである。

いくら主人公だからと言って、何でもかんでも善人のように描いてしまうのは嘘くさくなってしまう。

かつて大河ドラマの『徳川家康』では、家康をあまりにもいい人として描きすぎた故に大阪の陣を起こすことに矛盾が生じてしまった。そのため大坂の陣は家康の陰謀で起こったのではないことになってしまっていたのである。

 家康が大阪城が落城した後に「どうしてこのようなひどいことになってしまったのか。わしは誰も死なせたくなかったのに」と言って嘆くというありえないシーンが描かれていた。

「だったら、大坂の陣起こすなよ。自分が豊臣家を滅ぼしたかったがゆえに、言いがかりを吹っかけて合戦にしたんだろ」という話であり、それまで積み上げてきたドラマのリアリティが一挙に吹っ飛んでしまった。

だから、光秀を必要以上にヒューマニティ溢れる善人として描いてほしくもないのである。光秀はもっと泥臭い戦国の男であったと思う。
 
 
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