teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]


新着順:69/6471 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

福地山城

 投稿者:余湖  投稿日:2020年 1月15日(水)05時01分36秒
  通報 返信・引用 編集済
  今年、大河ドラマで、明智光秀を描くということもあって、テレビで福知山城が紹介されているのを見た。

福知山城には、深い思い入れがある。それも30年以上前の話である。

昭和61年、それまで単層の櫓が一基しか残されていなかった福知山城に、天守が復興されるという記事を見た。11月にはオープンするという。

今のように、ネットで情報が簡単に得られる時代ではない。その記事が本当なのかどうかを確かめることもできなかった。それでも、昭和61年の11月、復興された天守を見るために、半信半疑で福地山城までやってきた。

駅から出て、城までちまちま歩いてみると、城の場所はすぐに分かった。入り口には工事している人たちがいた。

「福知山城の入口ってここですよね?」
「そうだよ」
「入ってみたいんですが」
「それはだめだよ」
「どうしてですか?」
「まだオープン前だから、一般の人は入れちゃいけないんだよ」
私は城の方を見上げた。天守の外観を何としてでも見たいのだが、ここからでは、上の方しか見えていない。
「福知山城の天守を見たくて、千葉県からわざわざ来たんですが」
「そうはいってもねえ」工事関係者は気の毒そうに言った。
「まだ工事中だから、何かあったら私たちの責任問題になってしまうんですよ」

この方たちの責任問題になってしまうとあっては、無理強いはできない。私は「分かりました」と言って引き揚げた。

しかし、福知山城の天守を見るためにわざわざ来たというのに、このまま引き上げることはできない。私は城の反対側に回り込んだ。

そして、そこから城塁をよじ登り始めた。近世城郭の城塁である。それこそ危険な登城であったが、天守を見たいという思いを断ち切ることはできなかった。

そうして、とうとう本丸内部に到達した。目の前には天守があった。

想像以上に風格のある天守であった。これを見たかったんだよなあ。

若いころはけっこう無茶をやったもので、今だったら、そこまではしないであろう。でも、あの時はどうしても天守の外観を見たかったのである。でなければ、わざわざ福知山まで来たことがまったくの無駄になってしまう。

天守台には墓石が多く用いられており、明智光秀が信心深い人だというのは嘘ではないかと思ったものである。

http://mizuki.my.coocan.jp/kyoto/hukutiyama.htm
 
 
》記事一覧表示

新着順:69/6471 《前のページ | 次のページ》
/6471