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Re: 十村の城について

 投稿者:安房国  投稿日:2018年12月27日(木)21時45分42秒
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  > No.5799[元記事へ]

右兵衛佐さん、余湖へのお返事です。

「十村」=「曾呂村」の件についてです。
残念ながら、今のところ「十村」=「曾呂村」の証拠は見つかっていません。
平凡社の日本歴史地名体系12巻「千葉県の地名」1181ページに「曾呂村」があり、
里見義康知行宛行状(岡崎家文書)に「曾呂之郷」と書かれてあるのが天正19年(1591)
で、慶長2年(1597)にも安房国検地高目録に「曾呂村」とあります。

鴨川市の古文書サークルのメンバー5名(私以外すべて鴨川市生まれの60代後半から
70代)に聞いてみたろ、聞いたことがないとのこと。指導の先生(郷土資料館で地域の
古文書解読をされている)も、見たことがないとのことでした。証言者の磯貝氏は
既に亡くなられているそうで確かめようもないのですが、恐らく「十露盤」(そろばん)
の「十露」が当て字で使われたものを見たのではないかと推測されてました。

個人的には「十村の城」=「山之城」であって欲しいので、これかららも引き続き注目
していきたいと思います。
では!


> 余湖さん、お久しぶりです。
> 急に話に割って入ってしまってすいませんが、「十村の城」とは鴨川市の山之城のことだそうです。府馬清の「久留里城物語」によれば、
> 「十村」は「ソロムラ」と読み、むかしの「曽呂村」のことで、明治の頃までは十村と書かれていたそうです。つまり、旧曽呂村内にあった山之城が「十村の城」だということです。府馬清氏は鴨川市金束の食品販売業者磯貝幹一氏から聞いたといいます。その後正木氏に与えられたという訳なのでしょう。
> 古本なので今は新説が出されているかもしれませんが、紹介してみました。
> 長文申し訳ありません。
> 少しでも参考になれば幸いです。
 
 
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