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Re: 三倉城跡のこと

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 3月 2日(火)02時59分44秒
返信・引用
  > No.7014[元記事へ]

サエモンジャーさんへのお返事です。

サエモンジャーさんが多古で講演をなさることは、多古城郭保存活用会の方から伺っていました。

三倉城は確かに、由来が不明なわりには折れを伴った堀が残ったりしていて不思議な城ですね。誰が築いた城なのか不思議です。

あそこも民家の奥になっていたので、以前は訪問をあきらめていたのですが、今回は多古城郭保存活用会の皆さんのご案内で訪れることができました。もっとも、図を描き始めたとたん、一人になってしまいましたが。

1時間もかけずに描いた図なので、かなりテキトーですが、もしよろしかったらご活用ください。後でメールで原図を送信いたします。

それではまたです。
 
 

Re: 玉造城跡のこと

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 3月 2日(火)02時55分43秒
返信・引用
  > No.7013[元記事へ]

サエモンジャーさんへのお返事です。

ご無沙汰しております。御教授、ありがとうございます。玉造城は以前来た時に、土地の所有者から「入ってほしくない」ようなことを言われていたので、遠慮していた城でした。今回は、反対側から入ってみました。

2の部分の先に堀がありましたか! 頑張って倒竹の海を進んでみるべきでしたね。そうすると、かなり簡素な単郭の城と言った感じでしょうか。

『千葉県所在・・』では城域をかなり広く取っていますが、実際には素朴な城だったんですね。
 

三倉城跡のこと

 投稿者:サエモンジャー  投稿日:2021年 3月 1日(月)13時18分11秒
返信・引用
  昨年、行ってきましたが、なんでこのようなところに技巧的な城があるのだろう、と疑問に思いました。この14日に多古町で話をしますが、この城も取り上げる予定です。余湖さんが縄張り図を描かれていたのですね。ご労作を講演でお借りしたいと思います。倒竹がひどく、写真がまったく意味をなしてません。縄張り図があり、助かります。今度、図を描きに行こうと思いつつ、かないませんでした。  

玉造城跡のこと

 投稿者:サエモンジャー  投稿日:2021年 3月 1日(月)13時11分55秒
返信・引用
  余湖さんの図の「2」の部分のみが城跡としてよいと思います。倒竹がひどく、歩くのに大変苦労しましたが、堀がはっきり確認できました。これ以外は、私も見て回りましたが、遺構は確認できませんでした。当時の道がどのあたりを通っていたかですが、先端部「2」に築かれたものと考えます。縄張り図は書けませんでした。写真はあります。  

稲屋敷!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 2月27日(土)22時51分56秒
返信・引用
  これも香取市のお城。

「屋敷」という名称だが、立派な城館である。

本日訪れた城の中では唯一、標柱や案内板が設置されていた。

本日は他にも何城も訪れたのだが、ここに上げた以外は遺構らしい遺構に出会えなかった(><)

http://yogokun.my.coocan.jp/ine.htm
 

香取坊山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 2月27日(土)22時49分56秒
返信・引用
  これも香取市のお城。

いかにも城山といった形状の山に築かれているが「ヤブの上遺構はほとんどない」と聞いていたので未訪問だった。

改めて訪れてみると、ヤブもたいしたことはなく、それなりに城らしい形は残っていた。

http://yogokun.my.coocan.jp/katoribou.htm
 

六の台城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 2月27日(土)22時47分44秒
返信・引用
  これも香取市のお城。

土塁がよく残っているのだが、本当に城なのかどうか、確信は持てない。

http://mizuki.my.coocan.jp/yogokun/sawarasonota.htm#
 

新市場城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 2月27日(土)22時46分26秒
返信・引用
  これも香取市のお城。

台地の西側が削られているのと、耕地整理とで遺構は消滅していると思っていたのだが、改めて訪れてみると、北側部分は城らしさを残しているということが分かった。

しかし、城の全体形状ははっきり理解できない。

http://yogokun.my.coocan.jp/sinitiba.htm
 

玉造城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 2月27日(土)22時44分38秒
返信・引用
  これも香取市のお城。

城山、城の内、根古屋といった地名が残っているので、城があったことは間違いないと思われるのだが、どうにも明確な遺構は乏しい。

城の北側下の切通しが大きな堀切のように見える。

http://yogokun.my.coocan.jp/tamatukuriji.htm
 

観音茶ノ木館!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 2月27日(土)22時43分10秒
返信・引用
  千葉県香取市のお城。

以前は場所がよく分からなかったのだが、今回はちゃんと位置を確認して訪れた。

しかし、明確な遺構はなく、何をもって城館跡としているのかよく分からない。

http://mizuki.my.coocan.jp/yogokun/sawarasonota.htm#kannon
 

松崎城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 2月15日(月)05時01分36秒
返信・引用
  これも多古町のお城。

図の3郭の辺りはかつては竹ヤブであったが、竹が切り払われ、虎口構造が見やすくなっているとのことで、こちらも多古城郭保存会の皆さんにご案内いただいた。

重厚な土塁と虎口は築城主体の勢力の大きさを感じさせるものである。

http://mizuki.my.coocan.jp/yogokun/takomati2.htm#matuzaki
 

中城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 2月15日(月)04時59分35秒
返信・引用
  これも多古町のお城。

かつては案内板も何もなく城内はヤブであったが、多古城郭保存会の皆さんのご尽力でヤブが切り払われたということで、ご案内いただいた。

実際、城内は見通しがよくなっており、2つの枡形虎口もはっきり分かる。お勧めです!

http://yogokun.my.coocan.jp/naka.htm
 

三倉城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 2月14日(日)21時21分29秒
返信・引用
  こちらも多古町のお城。

民家の庭先の奥にあるため、これまで訪れることができずにいました。

こちらも多古城郭保存会の皆さんのご案内で訪れることができました。ありがとうございます!

折れを伴った堀や巨大な土塁などが残っていますが、ヤブがひどい箇所が多く図は暫定的なものです。

http://yogokun.my.coocan.jp/mikura.htm
 

久保城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 2月14日(日)21時19分3秒
返信・引用
  千葉県多古町のお城。

遺跡地図にも掲載されていない城ですが、日本寺の文書には「千葉胤貞の居館が久保にあったこと」が記されているそうです。

今回、多古城郭保存会の皆さんのご案内で訪れることができました。ありがとうございます!
なお、民家の敷地内にありますので、無断立入にはお気を付けください。

http://yogokun.my.coocan.jp/mikura.htm#kubo
 

Re: 潮来島崎城

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 2月13日(土)20時42分12秒
返信・引用
  > No.7001[元記事へ]

k23さんへのお返事です。

情報ありがとうございます。島崎城がきれいになっているという噂は聞いていましたが、地元の保存会の皆さんが頑張っておられるようですね。鳥瞰図もなかなか素敵です。

思えば、『図説茨城の城郭』用の図面を描いてから行ってないので、かれこれ20年近くも訪問していませんね~。

昔はヤブだらけでしたが、ちょっと落ち着いたら、きれいになった島崎城に行ってみたいですね。
 

潮来島崎城

 投稿者:k23  投稿日:2021年 2月13日(土)19時24分27秒
返信・引用
  潮来市の島崎城が最近、地元保存会の方々により整備されました。余湖さんのリポート通り
素晴らしい遺構が展開してますね。自分の中では千葉県側も含め近隣ではトップクラスです。

余湖さんの鳥瞰図での「き」の空堀もきれいになっており全容を知ることができます。
特に画像の3ヵ所の凸凹は畝にも見えますね。余湖さんはどう思われますか?
その他にも凸凹はあるのですが、自分には崩落によるものに見えました。

このご時世ですが近所の部類ですし、気が向かれたら再訪してみてください。
 

Re: 丹生城

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 2月13日(土)06時17分24秒
返信・引用
  > No.6999[元記事へ]

横尾さんへのお返事です。

ご無沙汰しております。丹生城、なつかしいですねえ!
山城の日で訪れたのは2010年でしたから、10年以上も前だったでしょうか。
未踏破の尾根もあったとは、城域の広さに驚きます。
自粛が明けて一段落したら、また群馬にも行ってみたいものです。
 

丹生城

 投稿者:横尾  投稿日:2021年 2月12日(金)21時40分50秒
返信・引用
  お久しぶりです。群馬県富岡市にある丹生城へしばらくぶりに登ってきました。徹底的に歩き、宮坂武男氏の「図解 山城探訪」で未踏査の尾根と北砦を見つけました。
いずれも本丸から東斜面を下ってゆきますと
写真1 東北尾根(四段の腰曲輪)の先に小山があり、ここに北に三段の腰曲輪、東には帯曲輪
が数段構築されています。東北尾根の北側にも支尾根があり、これを第二東北尾根と呼んで紹介しております。もし関心がおありであれば案内します。写真2は砦の本丸 写真3は第二東北尾根の二段目の腰曲輪

http://yamasiro749.blog.fc2.com/

 

新城台城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 2月 7日(日)05時00分11秒
返信・引用
  千葉県柴山市のお城。

飯櫃城と大台城の中間に「新城台」と呼ばれている小山がある。この名称からして城館があった場所と考えられる。

遺構は微妙なものだが、きちんと削平されていることと、一部切岸が見られることから、簡素な城館であった読みてよいだろう。

http://yogokun.my.coocan.jp/sinjoudai.htm
 

八木城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 2月 7日(日)04時58分13秒
返信・引用
  千葉県佐倉市のお城。

「八木城」という名前の城は全国にいくつもあり、中でも播磨八木城、丹波八木城など、素晴らしい遺構を残している八木城もあるが、こちらはヤブがひどすぎて、詳細はよく分かりません。

土塁や土橋、虎口状のものが見られますが、かなり改変されているようです。

http://yogokun.my.coocan.jp/yagisa.htm
 

弥兵屋敷城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 2月 7日(日)04時55分30秒
返信・引用
  千葉県酒々井町のお城。

屋敷城とはまた変わった名称だが、「屋敷」と呼ばれている場所に城郭遺構が存在していたために、このような名称になったものだろう。

折れを伴った城塁や横堀、虎口などがしっかりと残されており、戦国期の陣城かと思われる遺構である。

http://mizuki.my.coocan.jp/yogokun/sisuimati.htm#yahei
 

Re: (無題)

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 2月 3日(水)03時33分13秒
返信・引用
  > No.6994[元記事へ]

みーとさんへのお返事です。

ご指摘ありがとうございます。確かに間違っていましたね。

早速修正しておきました。
 

(無題)

 投稿者:みーと  投稿日:2021年 2月 2日(火)15時54分32秒
返信・引用
  いつも楽しく参考にさせていただいています。
細かいのですが、福島県のお城紹介のページで西郷町となっていますが西郷村の間違いだと思います!
 

境砦!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月31日(日)05時56分52秒
返信・引用
  千葉県芝山町のお城。

これは今回唯一のクリーンヒットと呼べる城でした。

ここは北側からの通路はゴルフ場の道路に阻まれており、南側山麓は民家が密集しているので、これまで訪問していませんでした。

しかし、実際には北側からも南側からも道が付けられており、簡単に登城できます。

遺構もほぼ完存で、巨大な枡形状の空間と虎口が明瞭に残っており、意外や技巧的な城郭でした。

城内の木が一面に切られていました。これから何かの工事が行われるのかな?

http://yogokun.my.coocan.jp/sakaisiba.htm
 

助沢城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月31日(日)05時53分17秒
返信・引用
  千葉県香取市のお城。

こちらも、かつて訪れ遺構は完全消滅と思っていました。

しかし、残存遺構として「土塁」を挙げている本もあったので、土塁を探しに再訪してきました。

・・・結局、土塁もまったく残っていませんでした・・・・。

http://mizuki.my.coocan.jp/yogokun/kurimotomati.htm#sukezawa
 

次浦八郎常盛館!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月31日(日)05時50分52秒
返信・引用
  これも多古町のお城。

次浦城は土塁や堀切がよく残っていますが、こちらの館は訪れてみても「?」と感じるばかりで、その形状を理解できていませんでした。

これは館がすり鉢状に低い地勢にあったからで、一種の谷戸式城館だと理解すれば、それなりに構造を理解することができました。

http://mizuki.my.coocan.jp/yogokun/takomati2.htm#hatirou
 

新城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月31日(日)05時47分38秒
返信・引用
  同じく多古町のお城。

新城は台地先端部が大きく削られてしまっており、遺構は消滅してしまっているだろうと思っていたことと、削られた部分をよじ登るのはとうてい不可能と思ったので、これまで図面を描きに行っていませんでした。

実際に訪れてみると、それなりに遺構は残存していました。

最初、台地基部の方から行こうと思ったのですが、道路がぬかるんでいたのであきらめ、台地先端下の公園駐車場に車を置いて、登れそうなところから無理やり登りました。

ところがヤブがひどすぎて悪戦苦闘。背丈よりも高い笹薮もひどいのだが、それよりも笹薮の間に蔦が多数あって全身に絡みついてくるのである。

この城を訪れる人は台地基部の側からアクセスする方がよいでしょう・・・・グスン。

http://yogokun.my.coocan.jp/sin.htm
 

間倉城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月31日(日)05時42分26秒
返信・引用
  千葉県多古町のお城。

緊急事態宣言で県外に出かけられないので、これまでいろんな事情で図面を描いていなかった近場の城をいくつか回ってきました。

間倉城は、耕作化によって遺構が完全消滅してしまっていたと思っていたのですが、縁部を歩いてみたら、堀の一部が残存していました。

http://yogokun.my.coocan.jp/makura.htm
 

Re: みどり市座間城跡の住所と位置の相違について。

 投稿者:高橋作太郎  投稿日:2021年 1月26日(火)01時25分29秒
返信・引用
  高橋作太郎さんへのお返事です。

> 妙義のけむしさんへのお返事です。
> 群馬県教育委員会発行の群馬県中世城館跡の、分布図17の配置位置を確認すると、やはり一段高い位置を示しているのですが、ご判断は、どのように思われますか。

> > 高橋作太郎さんへのお返事です。
> >
> > > グーグルマップの案内で現地に訪れたが、ここ座間は、河岸段丘であるので、城跡は、もう一段上の人家のない、現在耕作されていない畑で、段々状態で旧道も城館跡略測図に合致していると思われるが、いかがでしょうか?
> > >高橋さんへ
> > この場をお借りします。初めての投稿です。高橋さんはご存じかと思いますが、小学校が廃校となり、取り壊した後にかなり大量の盛り土をしました。余湖くんの1郭の処です。添付ファイルを参照してください。 私も人伝に聞いたもので確約はできませんけどね!
 

Re: みどり市座間城跡の住所と位置の相違について。

 投稿者:高橋作太郎  投稿日:2021年 1月26日(火)01時05分2秒
返信・引用
  妙義のけむしさんへのお返事です。

> 高橋作太郎さんへのお返事です。
>
> > グーグルマップの案内で現地に訪れたが、ここ座間は、河岸段丘であるので、城跡は、もう一段上の人家のない、現在耕作されていない畑で、段々状態で旧道も城館跡略測図に合致していると思われるが、いかがでしょうか?
> >高橋さんへ
> この場をお借りします。初めての投稿です。高橋さんはご存じかと思いますが、小学校が廃校となり、取り壊した後にかなり大量の盛り土をしました。余湖くんの1郭の処です。添付ファイルを参照してください。 私も人伝に聞いたもので確約はできませんけどね!
 

Re: 尻内城

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月21日(木)03時56分39秒
返信・引用
  > No.6985[元記事へ]

おさんへのお返事です。

情報ありがとうございます。

この城については完全に抜け落ちていましたが、確かに『栃木県の中世城郭』にも掲載されていますね。

整備された他の城も含めて、また訪れてみたいものですが、今の状況が落ち着いてこないと、ちょっと難しいですね。
 

尻内城

 投稿者:  投稿日:2021年 1月20日(水)15時06分55秒
返信・引用
  余湖さんが未訪問の城で栃木市にある尻内城を紹介します。
できたら、今度訪問していただき、鳥観図を作成していただけると嬉しいです。
「栃木の中世城館」には掲載されているみたいですが、未読です。

座標
http://maps.gsi.go.jp/#16/36.424753/139.665649/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f2&d=m

ゴルフ場がすぐ横で破壊されている可能性がありますが、5本の堀切(緑色の線)は確実にありました。
Pの位置から登って、行きが赤ルート、帰りが紫ルートです。
勾配は多少あり、雑木林で若干笹薮になっている箇所はあるものの、ずっと尾根道で迷うことはなく、冬であればスニーカーでも歩けるレベルと思います。

あと同日に行ったのですが、同じ栃木市内の栃木城と吹上城に真新しい説明板が設置されていて、縄張り図が掲載されていました。藤沢城も遊歩道や説明板・案内板が整備されていました。合わせて、秋葉城と鹿沼市の大塚城に行きました。こちらは余湖さんの図面を参考にさせていただきました!
また、西方城や二条城が現在藪が取り払われているようです(こちらは未訪問)。
 

Re: 松鶴城!

 投稿者:  投稿日:2021年 1月20日(水)14時34分58秒
返信・引用
  > No.6963[元記事へ]

余湖さんへのお返事です。

松鶴城までは超絶狭い道で直角クランクもあり、森家の墓が途中にあったのですが車を停めるスペースはないわ、対向車が来るわで大変でしたが、どうでしたか?

ところで、1郭と2郭の間=校舎の北側にも石垣があったように思うのですが、後世のものでしょうか。
添付画像は、かなり前に行ったので場所が確実ではないのですが、確か学校の北側に回って撮ったような気がします。

ファイルを見ると12年前だったので懐かしいです。

> これも阿南市のお城。
>
> 土佐泊城主であった森氏が、蜂須賀領内の配置替えで当地に赴いて築いた城。
>
> 海と山に囲まれた天然要害地形である。
>
> http://mizuki.my.coocan.jp/tokusima/anansi.htm#shoukaku
 

Re: 鉾田城!

 投稿者:  投稿日:2021年 1月20日(水)14時23分48秒
返信・引用
  > No.6982[元記事へ]

余湖さんへのお返事です。

鳥居の基礎が写真にも写っているので、もしかしたら昔は神社だったのかもしれませんね。
しかし、水城は山城に比べて遺構が残りづらいですね。

> おさんへのお返事です。
>
> 情報ありがとうございます。標柱は以前は神社に立っていたと思うのですが、立て替えられたのでしょうね。
>
> かつては港を抑える水城だったと思われるのですが、遺構がまったく見られなくなってしまっているのが残念です。
 

Re: 鉾田城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月19日(火)20時49分20秒
返信・引用
  > No.6980[元記事へ]

おさんへのお返事です。

情報ありがとうございます。標柱は以前は神社に立っていたと思うのですが、立て替えられたのでしょうね。

かつては港を抑える水城だったと思われるのですが、遺構がまったく見られなくなってしまっているのが残念です。
 

Re: みどり市座間城跡の住所と位置の相違について。

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月19日(火)20時47分46秒
返信・引用
  > No.6979[元記事へ]

妙義のけむしさんへのお返事です。

解説ありがとうございます。なるほど、この図ですと、山崎一さんの図と同じような感じになっていますね。

やはり上の台地にあったようですね。
 

Re: 鉾田城!

 投稿者:  投稿日:2021年 1月19日(火)19時01分19秒
返信・引用
  > No.6929[元記事へ]

余湖さんへのお返事です。

先日、鉾田城に行ってきました!
標柱が高須病院の裏手の祠(盛土)のところに立っていましたので報告します。

36°09'11.9"N 140°30'34.3"E
36.153315, 140.509537

> 鉾田市の鉾田城は遺構が完全消滅してしまっており、古図なども残されておらず、その形状は幻の城とも呼ばれていた。
>
> しかし、港を抑えるための水城であったという機能と『城郭体系』の記述を念頭に置きながら、明治の迅速地図を見てみると、その形状を復元することができる。
>
> もっとも、想像の産物ではあるが、けっこう合っているんじゃないかな・・・・。
>
> http://yogoazusa.my.coocan.jp/ibaraki/hokota.htm#hokota
 

Re: みどり市座間城跡の住所と位置の相違について。

 投稿者:妙義のけむし  投稿日:2021年 1月19日(火)13時11分18秒
返信・引用
  > No.6977[元記事へ]

高橋作太郎さんへのお返事です。

> グーグルマップの案内で現地に訪れたが、ここ座間は、河岸段丘であるので、城跡は、もう一段上の人家のない、現在耕作されていない畑で、段々状態で旧道も城館跡略測図に合致していると思われるが、いかがでしょうか?
>高橋さんへ
この場をお借りします。初めての投稿です。高橋さんはご存じかと思いますが、小学校が廃校となり、取り壊した後にかなり大量の盛り土をしました。余湖くんの1郭の処です。添付ファイルを参照してください。 私も人伝に聞いたもので確約はできませんけどね!
 

Re: みどり市座間城跡の住所と位置の相違について。

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月18日(月)19時57分14秒
返信・引用
  > No.6977[元記事へ]

高橋作太郎さんへのお返事です。

位置を確認してみましたが、ご指摘の通りに、確かに実際の城址は南側の一段高い所であったようです。

 

みどり市座間城跡の住所と位置の相違について。

 投稿者:高橋作太郎  投稿日:2021年 1月18日(月)14時28分35秒
返信・引用
  グーグルマップの案内で現地に訪れたが、ここ座間は、河岸段丘であるので、城跡は、もう一段上の人家のない、現在耕作されていない畑で、段々状態で旧道も城館跡略測図に合致していると思われるが、いかがでしょうか?
 

図解「地形」と「戦術」で見る日本の城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月10日(日)21時17分6秒
返信・引用
  標記の本が実際に刊行されたようですので改めて紹介します!
全国の中世城郭57城を余湖図を基に解説した本です。
新書版で持ち運びやすいので、城攻めのお供にどうぞ!
920円+税です。
アマゾン等で購入できます。
 

足代城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)21時22分47秒
返信・引用
  徳島県東みよし町のお城。

杉尾神社の上の台地が城址だが、簡素な形状の城である。

http://mizuki.my.coocan.jp/tokusima/higasimiyosimati.htm#asiro
 

天神山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)21時21分47秒
返信・引用
  これも三好市のお城。

展示車になっていて車でアクセスできるのだが、この辺りの道も神社もナビに掲載されておらず、けっこう迷いやすい。

城の周囲は急峻な崖状地形で、そんなところに石積みを積んでいる。

http://mizuki.my.coocan.jp/tokusima/miyosisi02.htm#tenjinikawa
 

八石城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)21時20分0秒
返信・引用
  これも三好市のお城。

三重横堀があり、車でアクセスもできるのだが、比高600mもある。

高所の集落を延々走った後、さらに林道を2kmも走ってやっと到達できる。

ここに来るだけでも、すごい達成感である。

http://mizuki.my.coocan.jp/tokusima/miyosisi02.htm#yatuisi
 

州津城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)21時18分25秒
返信・引用
  これも三好市のお城。

鳥坂城、畑山城と同様の同心円状の山城である。

山麓の千尋衣神社の近くから、城のある尾根の峠道まで登って行ける。

http://mizuki.my.coocan.jp/tokusima/miyosisi02.htm#shuutu
 

花駒屋敷!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)21時17分7秒
返信・引用
  これも三好市のお城。

屋敷とは言っているが、実際には立派な城郭である。

城内は住吉神社の境内となっているので、車で簡単にアクセスできる。

虎口には幅広の土塁が配置されている。

http://mizuki.my.coocan.jp/tokusima/miyosisi02.htm#hanakoma
 

中西城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)21時15分53秒
返信・引用
  これも三好市のお城。

白地城の支城の1つ。

かつてアナナイ教の施設があったが、現在は廃墟となっている。そのため車で城内までアクセス可能である。

http://mizuki.my.coocan.jp/tokusima/miyosisi02.htm#nakanisi
 

天神城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)21時14分24秒
返信・引用
  これも三好市のお城。

長宗我部氏の侵攻に備えて築かれた城だというが、岩場のため、ほとんど削平地を確保できていない。

城のすぐ背後まで車で来られるので、意外と楽であった。

http://mizuki.my.coocan.jp/tokusima/miyosisi02.htm#tenjinikeda
 

田尾城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)21時12分45秒
返信・引用
  徳島県三好市のお城。

長宗我部勢との激戦の城である。

かなりの高所にあるが、車でだいぶ上まで行けて駐車場もある。

城内にも案内が豊富である。一度は行ってみたい城。

http://mizuki.my.coocan.jp/tokusima/miyosisi02.htm
 

櫛渕城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)21時10分46秒
返信・引用
  徳島県小松島市のお城。

この地域の支配者だった秋元氏の居城であるが、城内は工場の敷地となって、遺構はほとんど分からない。

http://mizuki.my.coocan.jp/tokusima/komatujimasi01.htm
 

今津城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)21時09分40秒
返信・引用
  これも阿南市のお城。

大久寺が城址だが、遺構はほぼ湮滅している。

ただ、天守山と呼ばれている土塁が残されている。

http://mizuki.my.coocan.jp/tokusima/anansi02.htm#imatu
 

今市城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)21時08分25秒
返信・引用
  これも阿南市のお城。

八幡神社が城址ということだが、あまり要害性は高くない。2段構造の簡素な城。

http://mizuki.my.coocan.jp/tokusima/anansi02.htm#imaiti
 

岡山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)21時07分13秒
返信・引用
  これも阿南市のお城。

室姫神社の祭られている台地が城址。

主郭の背後に櫓台状の土塁が残されている。

http://mizuki.my.coocan.jp/tokusima/anansi02.htm#okayama
 

松鶴城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)21時05分7秒
返信・引用
  これも阿南市のお城。

土佐泊城主であった森氏が、蜂須賀領内の配置替えで当地に赴いて築いた城。

海と山に囲まれた天然要害地形である。

http://mizuki.my.coocan.jp/tokusima/anansi.htm#shoukaku
 

上大野城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)21時02分6秒
返信・引用
  これも阿南市のお城。

遠目にもとんがった形状が特徴的な山城である。長宗我部勢によって攻め落とされた城。

山頂の城山神社まで車で行けるが、道が細くてけっこう危険!

http://mizuki.my.coocan.jp/tokusima/anansi02.htm#kamioono
 

畑山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)21時00分42秒
返信・引用
  これも阿南市のお城。

鳥坂城と同様の同心円状の山城である。

比高20mほどなので、すぐに登れる。

http://mizuki.my.coocan.jp/tokusima/anansi02.htm#hatayama
 

高源寺城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)20時59分6秒
返信・引用
  徳島県阿南市のお城。

徳島の山城では珍しく4重の堀切を有している山城である。

比高50mほどであるが、尾根基部まで林道が付けられており、アクセスも簡単!

http://mizuki.my.coocan.jp/tokusima/anansi02.htm
 

茨ヶ岡城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)20時56分11秒
返信・引用
  これも那賀町のお城。

阿波守護であった細川真之が隠棲していたという城。

それにしては規模が小さすぎる。

単郭で二重堀切が残されている。

http://mizuki.my.coocan.jp/tokusima/nakatyou01.htm#ibara
 

和食城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)20時54分42秒
返信・引用
  徳島県那賀町のお城。

蜂須賀氏の9端城の1つと言われているが、遺構の残存状況はよくない。

それでも蛭子神社の端に堀が残されている。

http://mizuki.my.coocan.jp/tokusima/nakatyou01.htm
 

加島城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)20時53分9秒
返信・引用
  これも海陽町のお城。

かつては島であったというが、現在は陸続きとなっている。

山頂まで登ってみたが、遺構らしきものはない。それより尾根下は断崖絶壁になっており、けっこう怖い。

http://mizuki.my.coocan.jp/tokusima/kaiyoumati02.htm#kasima
 

吉野城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)20時50分36秒
返信・引用
  これも海陽町のお城。

山城と居館とがセットになっている。

海部城に移る前の藤原氏の居城である。

http://mizuki.my.coocan.jp/tokusima/kaiyoumati02.htm
 

愛宕城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)20時49分3秒
返信・引用
  再び徳島県に戻って海陽町のお城。

単純な城郭で、神社になっているのですぐに訪れられる。

http://mizuki.my.coocan.jp/tokusima/kaiyoumati02.htm#atago
 

内田城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)20時47分54秒
返信・引用
  高知県東洋町のお城。

ここはとにかくすごい城であった。城マニアにはぜひ訪れてみてほしい城だ。

ただ、東洋町って遠くて、よほど思い切らないと、ここまで足を延ばすのは難しいだろう。

http://yogochan.my.coocan.jp/kouti/touyoumati01.htm
 

木岐城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)20時45分33秒
返信・引用
  これも美波町のお城。

やはり地元豪族の城である。

こちらは比高も少し高く、主郭分は土塁を巡らせている。

山麓近くの石積み群は畑の跡だろうか。

http://mizuki.my.coocan.jp/tokusima/minamimati.htm#kiki
 

由岐城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)20時43分55秒
返信・引用
  徳島県美波町のお城。

地元豪族の居城である、単郭で小規模な城。

それにしても美波町って、いい名前の町だよなあ。

http://mizuki.my.coocan.jp/tokusima/minamimati.htm#yuki
 

渋野城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)20時32分12秒
返信・引用
  これも徳島市のお城。

単郭の簡素な城である。見どころは堀切1本だけだろうか。

山麓の八坂神社からすぐに登って行ける。

http://mizuki.my.coocan.jp/tokusima/tokusimasi01.htm#sibuno
 

夷山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)20時30分49秒
返信・引用
  これも徳島市のお城。

比高差はあまりなく、堅固な城だとは思われないが、何度も三好勢と長宗我部勢との攻防戦が展開された枢要な城である。

http://mizuki.my.coocan.jp/tokusima/tokusimasi01.htm#ebisu
 

津田城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)20時29分22秒
返信・引用
  徳島市のお城。

津田の港を監視するための城である。

現在では山がだいぶ削られてしまい、遺構は分かりにくくなってしまっている。

http://mizuki.my.coocan.jp/tokusima/tokusimasi01.htm#tuda
 

土佐泊城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)20時28分5秒
返信・引用
  徳島県鳴門市のお城。

長宗我部氏の猛攻に耐えた堅固な山城であるが、現在は立入禁止になっている。

多分見ごたえのある遺構があるはずなので、機会があれば何とか登ってみたい。

http://mizuki.my.coocan.jp/tokusima/narutosi02.htm
 

犬伏城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)20時26分37秒
返信・引用
  徳島県板野町のお城。

徳島県立文化財センター「レキシル徳島」の敷地内にあるので場所は分かりやすい。

しかし、そういう施設の脇にありながら未整備で一部は削られてしまっている。

http://mizuki.my.coocan.jp/tokusima/itanomati01.htm
 

鳥坂城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)20時24分51秒
返信・引用
  徳島県石井町のお城。

伝承では鎌倉時代の城ということだが、堂々たる戦国の城郭だと思う。

徳島でよく見られる同心円状の形状を成した山城である。

http://mizuki.my.coocan.jp/tokusima/isiimati01.htm
 

城ヶ丸城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)20時21分45秒
返信・引用
  徳島県吉野川市のお城。

無名の城であるが、堀切などの遺構は残っている。

歴史等は未詳。

http://mizuki.my.coocan.jp/tokusima/yosinogawasi02.htm
 

山野上城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)20時20分30秒
返信・引用
  これも阿波市のお城。

細川頼之が隠居していた城である。

こちらも遺構は乏しいが、それでも城塁の名残は認められる。

http://mizuki.my.coocan.jp/tokusima/awasi02.htm#yamanoue
 

切幡城!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 2日(土)20時18分48秒
返信・引用
  徳島県阿波市のお城。

2つの川に囲まれた三角州に築かれている。

遺構は失われてしまったようだが、城址碑が建てられている。

http://mizuki.my.coocan.jp/tokusima/awasi02.htm
 

謹賀新年!

 投稿者:余湖  投稿日:2021年 1月 1日(金)05時14分45秒
返信・引用
  あけましておめでとうございます。
2021年になりましたね。今年はどんな年になるでしょうか。

色々なことが順調に進んで行くことを祈っています。

このホームページを立ち上げてから早24年。

ずいぶん長くやってきたものだと思いますが、今年も地道にお城巡りは続けていきたいと思っています。

それではまた、今年もよろしくお願いします!
 

「地形」と「戦術」で見る日本の城!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年12月29日(火)11時25分37秒
返信・引用
  標記の本が来月、イースト新書から発売されます。
920円(税抜き)です。
この本に57城の城の鳥瞰図を提供しました。
鳥瞰図を基に城の構造を、攻城という視点から解説していく本です。
これを片手に城攻めをすると、とっても楽しいと思います。
よろしかったらお手に取ってみてください!
 

Re: 市原市 真ヶ谷城

 投稿者:余湖  投稿日:2020年12月29日(火)11時21分53秒
返信・引用
  > No.6939[元記事へ]

うみすきさんへのお返事です。

初めまして! また、ご丁寧に連絡ありがとうございます。

地元のお城がこんな風に紹介されていると、とてもワクワクしてきますね。ページを拝見して、また訪れてみたくなりました。

ただ、真ヶ谷城の鳥瞰図はかなり初期の頃のものなので、今見ると、描き直してみたくなる箇所があります。
再訪する機会があったら、修正してみたいと思います。

それではまたです!
 

市原市 真ヶ谷城

 投稿者:うみすき  投稿日:2020年12月29日(火)09時53分19秒
返信・引用
  余湖さん、こんにちは!はじめまして。
低山を中心に山歩きをしております、うみすきと申します。
去年の大型台風で荒れた千葉の山の復興、整備を今年は主な活動としておりました。
家から近い市原市の里山の「米沢の森」の整備がだいぶ進んできて、少しずつですが、ハイカーが戻ってきております。
続いて、連なる「内田の森」の整備も開始して、ここにある、真ヶ谷城要害を説明する時に余湖さんの絵図を出展元のURLと共に使わせていただきました。
ありがとうございます。m(__)m
この絵図と余湖さんの解説を印刷したものを持って、現地を歩くと、この城のことが良く分かりました。
それから、米沢の森には中野台城址がありますが、こちらの方にも、もし、機会があれば整備が進んでおりますので、再度ご来訪いただけましたら、幸いです。
では御礼迄。

https://yamap.com/activities/9220393

 

Re: 鉾田城!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年12月15日(火)04時33分52秒
返信・引用
  > No.6937[元記事へ]

あんけんさんへのお返事です。

ありがとうございます。早速拝見しました。

現地説明会には行けなかったので、こうして自宅で動画を見られるというのはとてもいいですね!

これから、こういう動画が増えてくれると嬉しいです!
 

Re: 鉾田城!

 投稿者:あんけん  投稿日:2020年12月14日(月)19時20分24秒
返信・引用 編集済
  > No.6936[元記事へ]

余湖さんへのお返事です。

こんばんは、あんけんです。当日雨天の悪条件であったと、オフィシャルで今年度の真壁城現説内容を解説する動画がアップされました(現説の模様ではなく晴れた別の日の撮影です)!

https://www.youtube.com/watch?v=-C47piY5SiI

 

Re: 鉾田城!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年12月 7日(月)03時11分58秒
返信・引用
  > No.6935[元記事へ]

あんけんさんへのお返事です。

ご無沙汰しております。
真壁城の発掘の様子、お知らせいただきありがとうございます。
そういえば、毎年恒例の発掘報告の時期でしたね。すっかり忘れていました。

> 二つの曲輪っぽい地形の北側にも水田が回り込んでますが、もう二重に曲輪が有って大手口は北西側であった様にも見えませんでしょうか?しかも出た先の道を辿ると現在の東関道沿いの県道から県道110号線を経て涸沼の東側に出てます。常磐道や水戸もその先ですが古代から(いつの時代までの話かは不明ですが)大洗より南の海は荒れて東北へ海から向かう移動・物流の経路としても大事なルートだった場所だそうです。

おっしゃる通り、さらに北西側にも堀が回り込んでいたようにも見えますね。ただ、それだと規模が大きすぎるのかなと思って、あの図のようにしてみました。
城があったという伝承の場所が、鉾神社の地と、その南側の耕作地であったということなので、そこに限定してみたのですが、実際にはその北側にも展開していた可能性もあるので、そこは全く想像上の世界です。
発掘でもやってみれば、正確なところが分かるのだと思いますが、現状ではなかなか難しいところですね。

あそこが古来の物流の重要なルートであったことは間違いないと思います。
 

Re: 鉾田城!

 投稿者:あんけん  投稿日:2020年12月 6日(日)17時34分50秒
返信・引用
  > No.6929[元記事へ]

余湖さんへのお返事です。

二つの曲輪っぽい地形の北側にも水田が回り込んでますが、もう二重に曲輪が有って大手口は北西側であった様にも見えませんでしょうか?しかも出た先の道を辿ると現在の東関道沿いの県道から県道110号線を経て涸沼の東側に出てます。常磐道や水戸もその先ですが古代から(いつの時代までの話かは不明ですが)大洗より南の海は荒れて東北へ海から向かう移動・物流の経路としても大事なルートだった場所だそうです。
 

真壁城中城庭園発掘現場

 投稿者:あんけん  投稿日:2020年12月 6日(日)17時03分37秒
返信・引用
  こんにちは、あんけんです。
今年も真壁城の現地説明会に昨日行って来ました。

庭園に入る園路の続きでは二の丸から渡って来た場所に小土塁の基部が見つかり、堀状溝・垣根と併せてクランクさせた園路が枡形みたいな造りになってる遺構が出始めてます。(平面図当該箇所)

また中城南端の池遺構も発掘され半島状に突き出る部分や茶室横の滝的遺構が有り、一度深い池を造ってから浅く造り直した事が判明しました。しかも北側の庭園遺構に集約され早々に廃されて土塁を築かれたそうです。昨年度の南面に続き東面の土塁の復元も進んでますが、遺構地表面と保護の砂の層、その上の土の層とで内面の高さは約半分程になってます。

中城東門土橋も中を刳り貫かれていた南東隅櫓台も復元され、上を歩ける様になってます。整備にあたって櫓跡には東屋を建てるみたいです。

遺物的には中国製青磁がまた出たほか、甕など土器も庭園外で出土した個体よりもより上質なモノが出土してます。また県内の調査が行われた城郭の遺物や案内・現説資料などが並べられ、水戸城・土浦城・笠間城・大宝城などの遺物を拝見したほか常陸太田城現地説明会配布資料などを頂きました。

水戸城の櫓は来年2月竣工だそうです。
 

小貫城!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年12月 6日(日)06時05分55秒
返信・引用 編集済
  これも常陸大宮市のお城。

これまた新規発見城郭である。

雨がまったく止まないので、「登り口だけ教えます」と言われて登り口まで来たのだが、結局上まで登ってしまった。

山そのものが削られているのでかなり改変されてしまっているようだ。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/ibaraki/hitatioomiyasi06.htm#onuki

結局、雨のために2城しか回れなかった。茨城まで来て2城しか回らなかったのは初めてである。
 

大岩古内館!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年12月 6日(日)06時03分49秒
返信・引用
  常陸大宮市のお城。

昨日は久々のヤブレンジャーツアーで、新規発見された城郭を回る予定でした。

ところがあいにくの雨、雨の中でのヤブ城直登はやりたくない。

しかし、この城は遺構が充実しているというので、雨の中登って行ったのであった。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/ibaraki/hitatioomiyasi06.htm
 

山崎古館!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月29日(日)20時32分25秒
返信・引用
  これも石岡市(旧八郷町)のお城。

やはり『遺跡地図』には掲載されておらず、これまた「古館」の地名を頼りにP殿が発見したものではないかと思う。

単郭ながら横堀や堀切が残されている。特に北側の堀切には土橋と土塁を長く接続させる登城ルートが設定されており、珍しい構造となっている。

一部は作業所によって削られている。城内をガサガサ歩いていると、作業所の方に不審に思われるので、一声かけておいた方がよいと思う。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/ibaraki/isiokasi02.htm#yamazaki
 

成井館!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月29日(日)20時29分43秒
返信・引用
  石岡市(旧八郷町)のお城。

これまた『遺跡地図』には掲載されておらず、、「古館」の地名を基にP殿が発見した城であろう。

訪れてみると見るからに城館であり、いかにも古館といった遺構がよく残されている。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/ibaraki/isiokasi02.htm
 

鉾田城!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月29日(日)20時27分59秒
返信・引用
  鉾田市の鉾田城は遺構が完全消滅してしまっており、古図なども残されておらず、その形状は幻の城とも呼ばれていた。

しかし、港を抑えるための水城であったという機能と『城郭体系』の記述を念頭に置きながら、明治の迅速地図を見てみると、その形状を復元することができる。

もっとも、想像の産物ではあるが、けっこう合っているんじゃないかな・・・・。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/ibaraki/hokota.htm#hokota
 

外城!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月29日(日)20時25分42秒
返信・引用
  これも茨城町のお城。

やはり『遺跡地図』には掲載されておらず、アオ殿とP殿のページで紹介されていて知った。

現状では遺構に乏しいが、涸沼に臨む台地先端部は、城館を築くのにいかにもふさわしい場所である。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/ibaraki/ibarakimati02.htm#tojou
 

三條館!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月29日(日)20時24分5秒
返信・引用
  これも茨城町。涸沼の北岸の台地にある城館。

館の前面の土塁がとてもよく残っている。単郭の居館だったものだろうか。

これも『遺跡地図』には掲載されておらず、北緯36度付近の中世城郭にのみ紹介されている。アオ殿が発見した城館なのであろうか。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/ibaraki/ibarakimati02.htm
 

野曽館!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月29日(日)20時22分15秒
返信・引用
  これも茨城町のお城。

これまた『茨城県遺跡地図』に掲載されてない。P殿が発見したのであろうか。

大高城とも言われ、かつてはそれなりの規模があった模様だが、現在では土塁の一部のみ残る。

同じ台地の南端部には宝塚古墳がある。前方後方墳で、周囲に堀を巡らせており、いかにも城館的な雰囲気。城と同じ台地の南端にあり、下の街道や河川を望む位置にあることから、往時は出城として活用されていた可能性がある・・・と思うのは中世城郭シンドローム?

http://yogoazusa.my.coocan.jp/ibaraki/ibarakimati02.htm#noso
 

雨ヶ谷城!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月29日(日)20時18分49秒
返信・引用
  茨城県茨城町のお城。

『茨城県遺跡地図』に掲載されていなかったため、かつての悉皆調査では未訪問の城である。P殿が場所を発見したのであろうか。

訪れてみて、規模の大きさにびっくり! これだけの城がこれまで知られていなかったとはまったく意外なことである。

江戸氏支配領域にあることと、、河和田城との類似性を感じることから、江戸氏が軍事拠点として築いた城だったと思う。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/ibaraki/ibarakimati02.htm#amagai
 

金弓館!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月29日(日)20時16分24秒
返信・引用
  鉾田市(旧旭村)のお城。

存在そのものは知っていたのだが、位置が分からずに未訪問だった。今回は位置情報があったので、簡単に到達できた。

小規模な城館だが、俺を伴った城塁や、枡形虎口など、意外と技巧的な城館なのであった。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/ibaraki/asahimura.htm
 

関戸館!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月29日(日)20時14分51秒
返信・引用
  これも鉾田市のお城。

台地内部にあるのだが、台地上が一面の笹薮となっている。前回は台地下から登って笹薮の中を歩いたのだが、遺構までは到達できなかった。

今回は北側の作業小屋の方に断って、北側の敷地内から入ってみた。
するとすぐに土塁を発見、今回は到達できた。

烟田八館と同様、土塁だけの小規模な館であったようだ。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/ibaraki/hokota.htm#sekido

この後、近くの田山館を描こうと思って笹薮に入り込んだ。かつて3回挫折しており、今回は4度目の挑戦である。しかし、あえなくギブアップしてしまった。この城の図を描ける人はいるのか・・・・。

さらに近くの稲子沢館も訪問。ここも笹薮内部を歩き回ったのだが、今回も遺構は発見できなかった・・・・。

山は登ってないのだが、とても疲れる・・・。
 

龍ヶ谷館!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月29日(日)20時09分58秒
返信・引用
  茨城県鉾田市のお城。

久しぶりに茨城の城を回ってきた。これまでに遺構に到達できなかった城と新発見の城を一気に回ってみようと思ったのである。

龍ヶ谷館は烟田八館の1つであるが、現存する館のうち、ここだけが未達であった。というのもかつてはナビも地図ロイドもない時代、手持ちの地図だけでは分かりにくい場所にあったのと、遺構の北半分が消滅してしまっているため、城内に入っても「遺構がない?」となってしまったからだった。

金色館等他の館群と同様、土塁のみの小規模館だったようだ。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/ibaraki/hokota.htm#ryuugai
 

松丸館!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月21日(土)04時03分28秒
返信・引用
  これも大野市のお城。

小規模な城館ながら、遺構はちゃんと分かる。

かつては民家の敷地であったが、現在では空き地となっているので、自由に探索できる。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/hukui/oonosi02.htm#matumaru
 

小山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月21日(土)04時01分54秒
返信・引用
  福井県大野市のお城。

斯波氏の有力城郭の1つ。低い丘陵の上ながらよく加工された城郭である。

遊歩道が整備されており、前端を散策することができる。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/hukui/oonosi02.htm
 

平泉寺!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月21日(土)03時59分30秒
返信・引用
  これも勝山市のお城。

戦国時代には朝倉氏と同様の兵力を有していたとも言われる平泉寺。いわゆる武装寺院である。

かつては数千の僧房を有し数万の僧兵を擁していたという。その後焼き討ちされて廃墟となったが石垣がよく残っている。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/hukui/katuyamasi01.htm#heisenji
 

三室山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2020年11月21日(土)03時57分39秒
返信・引用
  福井t県勝山市のお城。

一向一揆衆が築いたという臨時の砦である。

小規模な山城だが、公園として整備されているので、とても歩きやすい!

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/hukui/katuyamasi01.htm#mimuro
 

鳥瞰図使用について

 投稿者:snowman  投稿日:2020年11月19日(木)22時21分13秒
返信・引用
  余湖さんありがとうございます。
ありがたく使わせていただきます!
 

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