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黒滝城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 8月20日(火)04時56分11秒
返信・引用
  これも弥彦村のお城。

かなり高所にある山城であるが、城内まで林道が付けられており、駐車場も完備されているので訪れやすい。

城内にもきちんと遊歩道が付けられている。

端々の方まで切岸造成と削平がきちんと行われている大規模な山城である。ここは必見の価値がある!

城内には何カ所にも水源があり、実際の籠城にも耐えられる山城でもある。

http://mizuki.my.coocan.jp/niigata/yahikomura01.htm#kurotaki
 
 

桔梗城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 8月20日(火)04時54分8秒
返信・引用
  新潟県弥彦村のお城。

有名な弥彦神社のすぐ近くにある。

城内には遊歩道が巡らされているので、のんびり散策できるようになっている。

ただし1郭と2郭以外はヤブの中で夏場では探索が難しい。

http://mizuki.my.coocan.jp/niigata/yahikomura01.htm
 

渡部城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 8月20日(火)04時35分43秒
返信・引用 編集済
  新潟県燕市のお城。

比高50mの独立山稜に築かれており、主郭は菅原神社の境内となっている。

ただ、ヤブが多く、夏場ではなかなかよく見ることができない。

http://mizuki.my.coocan.jp/niigata/tubamesi01.htm
 

小木の城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 8月20日(火)04時34分26秒
返信・引用
  新潟県出雲崎町のお城。

この城もだいぶ前から気になっていた。

というのも、私の故郷の佐渡にも小木の城という城があり、同じ名前の城が新潟にもあるというのがなんとも不思議な気がして、一度は行ってみたいと思っていた。

かなり高い山に築かれているが、車で本丸に横付けできるので楽ちんである。
天気がよければ、ここから佐渡島を遠望することができる。

http://mizuki.my.coocan.jp/niigata/idumozakimati01.htm
 

赤田城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 8月19日(月)04時57分55秒
返信・引用
  これも刈羽村のお城。

比高150mの山城であるが、こちらも整備されたハイキングコースが主郭まで続いている。

ところが、途中で道を間違えてしまい、ヤブ漕ぎ直登をする羽目になってしまった。真夏のヤブ直登はあまりにもきつい。

ここを訪れる皆さんはくれぐれも道を間違えないようにしましょう。

http://mizuki.my.coocan.jp/niigata/kariwamura01.htm#akada
 

滝谷城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 8月19日(月)04時56分27秒
返信・引用
  新潟県刈羽村のお城。

刈羽村と言えば、柏崎刈羽原子力発電所があることで有名な地名である。

城址まではハイキングコースとして整備されており、駐車場も完備されている。新潟県にはハイキングコースが設定されている山城が多く、夏場でも登城することができるのでありがたい。

そして、この城には模擬天守が建っているのである。こういうのを見ると、なんともうれしくなってしまうのであった。

http://mizuki.my.coocan.jp/niigata/kariwamura01.htm
 

村岡城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 8月19日(月)03時47分45秒
返信・引用
  これも長岡市のお城。

こちらも城域全体がハイキングコースとなってはいるのだが、あまり手入れされておらず、けっこうヤブ化してしまっていた。

山稜のみならず、谷戸部も含めて広大な城域を誇った城であったと思われる。

http://mizuki.my.coocan.jp/niigata/nagaokasi04.htm#muraoka
 

夏戸城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 8月19日(月)03時46分18秒
返信・引用
  これも長岡市のお城。

山稜上に大規模に展開する山城である。

地元の保存会によって案内板があちこちに設置されており、なかなか親切な城址である。

ここの城主の信駄氏は、茨城の信太郡の出身だったので、志駄氏を名乗るようになった。意外なところで茨城つながりがあったものである。

http://mizuki.my.coocan.jp/niigata/nagaokasi04.htm
 

七日市館!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 8月18日(日)20時03分16秒
返信・引用
  これも長岡市のお城。

これも中世城館から近世の豪農屋敷として利用されていたものである。

周囲には土塁と一部の水堀が残されている。

http://mizuki.my.coocan.jp/niigata/nagaokasi03.htm#nanokaiti
 

町田城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 8月18日(日)20時02分0秒
返信・引用
  これも長岡市のお城。

高町団地の端の残る先端部に奇跡的に城址が残されている。

団地からすぐに堀切が見えてくる。

http://mizuki.my.coocan.jp/niigata/nagaokasi03.htm#matida
 

朝日城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 8月18日(日)20時00分47秒
返信・引用
  これも長岡市のお城。

朝日城の森という森林公園となっているが、遺構の残り具合はそれほど良いとは言えない。

でも簡単にアクセスできるのでちょっと寄ってみた。

http://mizuki.my.coocan.jp/niigata/nagaokasi03.htm#asahi
 

中山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 8月18日(日)19時59分35秒
返信・引用
  これも長岡市のお城。

地図にも掲載されている長谷川邸の西方にそびえる尾根に築かれた小規模な山城である。

二重堀切などがあるがけっこうなヤブの中である。

東側にある長谷川邸には、土塁や水堀、建物など、近世の豪農屋敷の建物がよく残されており、これも見どころである。

http://mizuki.my.coocan.jp/niigata/nagaokasi03.htm#nakayama
 

枡形山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 8月18日(日)19時57分37秒
返信・引用
  新潟県長岡市のお城。

枡形城という名称の山城は各地にあるが、これは山頂部の山の形状に由来するものが多い。

けっこう高い山に築かれた城であるが、城址は自然公園となっており、山頂近くまで車で登って行けるのがうれしい。

甘粕氏の居城としうことで、たいしたものかと思っていたのだが、わりと古いタイプの山城であった。

http://mizuki.my.coocan.jp/niigata/nagaokasi03.htm
 

椎谷陣屋!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 8月18日(日)16時09分14秒
返信・引用
  これも柏崎市のお城。

柏崎の海に臨む高台に築かれた陣屋である。といっても堀氏1万石の居城であり、実質的には陣屋というよりも城と言ってもいいものだと思われる。

堀氏と言えばかつては越後50万石を有していたのに、その一族はこのようなところで1万石の大名として細々と生き抜いていたんだなあ。

http://mizuki.my.coocan.jp/niigata/kasiwazakisi01.htm#siiya
 

琵琶島城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 8月18日(日)16時07分43秒
返信・引用
  これも柏崎市のお城。

琵琶島城と言えば、上杉謙信の軍師的な存在であった宇佐美定行の居城、と子供のころから思っていた。だって、当時は大河ドラマや本でも、そのようにしか書いてなかったので、そう思い込むのも当然である。

しかし、現在の常識では、宇佐美氏は謙信の軍師でもなんでもなく、琵琶島城とも関係がないということが分かっている。

これまで琵琶島城に抱いてきた自分の思いはいったいどうしてくれるんだよ・・・・。

http://mizuki.my.coocan.jp/niigata/kasiwazakisi01.htm#biwajima
 

南条毛利館!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 8月18日(日)16時05分20秒
返信・引用
  これも柏崎市のお城。

鎌倉期に地頭として当地に入部した毛利氏は、北条氏を始め、一族を各地に配置するが、ここは南条毛利氏の居館である。

それにしても見るべき遺構は少なく、慶長年間まで存続した城館であるとはちょっと思えない。

http://mizuki.my.coocan.jp/niigata/kasiwazakisi01.htm#nanjou
 

北条城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 8月18日(日)16時03分26秒
返信・引用
  これも柏崎市のお城。

この字面を見たら「ほうじょうじょう」と読みたくなるところであるが、実際には「きたじょうじょう」である。

上杉謙信に仕えては裏切ってまた帰属した北条高広の居城である。

規模が大きく、それぞれの遺構も見どころがある。お勧めの城郭である。

http://mizuki.my.coocan.jp/niigata/kasiwazakisi01.htm#kitajou
 

安田城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 8月18日(日)16時00分57秒
返信・引用
  これも柏崎市のお城。

城址公園として全体にきれいに整備されている。車で進んで行ったら、あれよあれよという間に本丸まで登って行けた。お気軽城郭である。

比高30mほどで規模もそれほど大きくはないが、遺構はよく保存されている。

http://mizuki.my.coocan.jp/niigata/kasiwazakisi01.htm#yasuda
 

上条城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 8月18日(日)15時54分25秒
返信・引用 編集済
  これも柏崎市のお城。

越後守護で、関東管領を輩出した上杉氏の居城、ということで、歴史的にはかなり重要な城館である。

しかし、公園となっている東側以外の部分は、あまり散策できないのであった。

それにしても読み方が「かみじょうじょう」ではなき「じょうじょうじょう」というのがおかしい。「じょう」を重ねすぎである。

そういえば茨城にも「じょうじょうじょう」という城址があったなあ。

http://mizuki.my.coocan.jp/niigata/kasiwazakisi01.htm#joujou
 

細越城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 8月18日(日)15時52分57秒
返信・引用
  新潟県柏崎市のお城。

無名の城郭であるが、鋭い堀切や畝状阻塁群など、見どころはけっこう多い。

しかし夏場はヤブがひどくて、あまり遺構をよく確認できなかったのが残念!

http://mizuki.my.coocan.jp/niigata/kasiwazakisi01.htm
 

清崎城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 8月18日(日)07時56分40秒
返信・引用
  これも糸魚川市のお城。

上杉景勝の転封後に入部した堀秀治の家臣が、根地城を廃して築いた平城である。やはり太平の時代に山城はきつかったのであろう。

遺構は湮滅と言われているが、天津神社北側に堀の一部が残り、城址そのものが一段高い地形にあるので、それなりに雰囲気は感じられる。

http://mizuki.my.coocan.jp/niigata/itoigawasi01.htm#kiyosaki
 

徳合館!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 8月18日(日)07時55分8秒
返信・引用
  これも糸魚川市のお城。

それほど期待してはいなかったが、村上義清の子供の居城ということで、行き掛けの駄賃で訪れてみた。

なお、館の背後に山城があるのだが、そちらは今回はパスした。

http://mizuki.my.coocan.jp/niigata/itoigawasi01.htm#tokuai
 

不動山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 8月18日(日)07時52分6秒
返信・引用 編集済
  これも糸魚川市のお城。

非常に目立つ険しそうな不動山に築かれている。山容を見ただけで「あんな高い山、登りたくない!」と感じることうけあいである。

ところが、けっこう上の方まで車で行けるので、これも意外と簡単にアクセスできるのであった。

今から30年近く前のことであるが、新潟に住んでいる城に詳しくない知人から「この間、子供とドライブしていたら、不動山城という案内が出ていたのだが、これってどんなお城なの?」と質問されたことがあった。

私もこの城を訪れたことがなかったので、『城郭体系』で調べた内容で、もっともらしく教えておいたのだが、それから「いつか行ってみなくちゃな」と思っていた。やっと訪れることができてほっとしている。

今回の新潟の城めぐりの最大の目的は根地城とこの不動山城とを訪れることであった。

http://mizuki.my.coocan.jp/niigata/itoigawasi01.htm#hudou
 

金山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 8月18日(日)07時46分55秒
返信・引用
  これも糸魚川市のお城。

不動山城とは比較的近い位置にあり、不動山城の出城と言われている。

城の入口まで林道が付けられており、車でアクセスできるので、けっこう簡単に訪れることのできる山城であった。

http://mizuki.my.coocan.jp/niigata/itoigawasi01.htm#katuyama
 

栗山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 8月18日(日)07時44分43秒
返信・引用
  これも糸魚川市のお城。

根地城の山麓居館というべきところで、麓には「ウツグラ館 村上義清終焉の地」と大書された大きな標柱が立てられている。

しかし、道はなく全体にヤブに覆われていてよく分からないのであった。

近くには村上義清の墓もあるので訪れてみた。

墓はなぜか、五輪塔の下部の部分が失われてしまっていた。どうしたのであろうか。

http://mizuki.my.coocan.jp/niigata/itoigawasi01.htm#kuriyama
 

根地城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 8月18日(日)07時41分56秒
返信・引用
  新潟県糸魚川市のお城。

ここ、前から来てみたかったんだよなあ。同じ新潟の中でも糸魚川はかなり南方なので、なかなか機会がなかった。

村上義清の居城だけあって、壮大な構えの山城であった。

ただし、夏場にあるくにはけっこうきついのであった・・・・。

http://mizuki.my.coocan.jp/niigata/itoigawasi01.htm
 

Re: Re:元総寧寺館

 投稿者:あんけん  投稿日:2019年 8月12日(月)12時20分6秒
返信・引用 編集済
  > No.6186[元記事へ]

関宿藩民さんへのお返事です。

> この辺りは水害の多い土地で低湿地帯が多数有ったとの伝承が有ります
> 沼地を天然の堀としていたのかもしれません
済みません、横から失礼します。下記リンクの湿地で囲まれたこの場所全体が跡地なのでしょうか・・・?
http://ktgis.net/kjmapw/kjmapw.html?lat=36.085228&lng=139.775137&zoom=16&dataset=tokyo50&age=0&screen=2&scr1tile=k_cj4&scr2tile=habs&scr3tile=k_cj4&scr4tile=k_cj4&mapOpacity=0&overGSItile=no&altitudeOpacity=2
 

最近思うこと

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 8月 3日(土)20時31分19秒
返信・引用 編集済
  最近のニュースを見ていて感じていることが1つある。

一般的な人間関係においてもそうだが、信用できない人達とはできるだけ付き合わないようにした方がよいということ。

自分勝手な主張ばかりを言い続け、ちょっとでも反論しようものなら、ヒステリックに喚き散らす。そんな迷惑人間とは関係を断つのが善である。

場合によっては、いつまでたってもダニのように相手に金銭をたかり続ける卑劣な人達もいる。そういう人とは一刻も早く付き合いをやめるしか身を守るすべはない。

ある程度の人間関係が構築されていた場合、そういう人達と別れることで、こちら側にもそれなりの不利益は生じるかもしれない。

であったとしても、今後何十年も先のことまで考えれば、そんな連中との関係は絶った方がよいに決まっている。ずるずる関係を続けていても、迷惑をかけられるのは、結局は自分である。相手が何を喚き散らそうが、相手にしなければいいのである。

自分の改善すべき点から目をそらし、相手の非難だけを続ける人間は、正常な感覚を持っている「ヒト」ではない。狂人をまともに相手にしていても疲れるだけである。
 

Re:元総寧寺館

 投稿者:関宿藩民  投稿日:2019年 8月 1日(木)16時33分21秒
返信・引用
  この辺りは水害の多い土地で低湿地帯が多数有ったとの伝承が有ります
沼地を天然の堀としていたのかもしれません
 

Re: 元総寧寺館

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月28日(日)18時27分53秒
返信・引用
  > No.6183[元記事へ]

関宿藩民さんへのお返事です。

初めまして。

総寧寺館の情報について、教えていただき、ありがとうございます。この館については、正確な所在地が分からなかったために、いまだに訪問できずにいたところです。場所さえわかれば、そのうち訪れることができます。

さっそくホームページの方にも追加情報を掲載させていただきました。

ところで、googleのストリートビューを見たところ、館跡の周囲には堀跡と思われるような窪みが見られるようです。

これって、実際に水堀の跡なのでしょうか?

それではまたです。
 

Re: 感激です

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月28日(日)18時25分12秒
返信・引用 編集済
  > No.6182[元記事へ]

吉之助(鈴木)さんへのお返事です。

ご無沙汰しております。常陸太田市以来ですね。

由利本荘市のご出身だったのですね。本荘城は近世城郭らしく、なかなかいいお城でした。

実は、この城にはちょっとした思い入れがあります。今から30年以上前、新人物往来社の『日本古城史』というけっこう高い本を買いました。

この本には近世に存在した大名の城の古図(主に正保城絵図ですが)がほぼすべて掲載されていました。後にホームページに鳥瞰図を掲載するようにした際、近世城郭については、この本にある古図を基にして復元鳥瞰図を描いて、ホームページに掲載していました。

ところが、ただ1つだけ、その本に古図が掲載されていながらも、ずっと訪れる機会のなかった近世の城がありました。それが本荘城だったのです。

だから、今回本荘城を訪れることができて、やっと20年来の念願を果たせたような思いでいます。

今回、かなり足早で回ったので、由利本荘市のお城では、予定したものをすべては回り切れませんでした。いずれ機会があればリベンジしたいところですが、行きたい地域の順番からすると、秋田の再訪は当分先になってしまいそうです。

それではまたです。
 

元総寧寺館

 投稿者:関宿藩民  投稿日:2019年 7月28日(日)17時11分57秒
返信・引用
  初カキコです宜しくお願いします
千葉県野田市関宿城
3.総寧寺館(関宿町江戸町)
の現在地は埼玉県幸手市西関宿23 臨川庵になります
江戸川河川改修により一部埼玉県側に存在し堤防下に埋もれています
子育銀杏地蔵が祀られています
 

感激です

 投稿者:吉之助(鈴木)  投稿日:2019年 7月28日(日)08時56分58秒
返信・引用
  ご無沙汰しております。

掲示板に由利本荘市のお城が紹介されておりあまりの懐かしさに感激してメールしました。
本荘城がある由利本荘市は私の実家があるところです。

小学生の頃、城に興味を持ち始め市役所に頼み込んで本荘城の古図をお借りしてトレシングペーパー?で古図をなぞって図面を写し取った記憶があります。(今も大切に保存しています)

以前はお城の麓に我が小学校があり、お堀を埋め立てた跡にグランドがありました。
町並みにも城下町の面影がそこここに残っていたのですが、近年、再開発で城下町の面影も失われてきています。

近世初頭に最上氏家臣の楯岡光茂が築いた城なので最上氏系の城とも共通点があるかもしれませんね。


 

本荘城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月27日(土)11時44分30秒
返信・引用
  これも由利本荘市のお城。

復元された城門と水堀とが、近世城郭らしい雰囲気を見せている。

http://yogokun.my.coocan.jp/ouu/honjousi.htm
 

根城館!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月27日(土)09時43分41秒
返信・引用
  これも由利本荘市のお城。

やはり大井氏の拠点城郭の1つであったと思われる。

遺構のほとんどは夏場はヤブに覆われてしまっているのだが、八幡神社背後の城塁には、二段の横堀の間に畝状竪堀を多数造成している。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/akita/yurihonjousi02.htm#nejou
 

新荘館!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月27日(土)09時42分34秒
返信・引用
  これも由利本荘市のお城。

八森城の東2.5kmほどのところにあり、戦国期に大井氏が八森応~拠点を移した城であったと伝えられる。

しかし、それほど大きな規模のものではなく、本当にこれが大井氏の拠点城郭と言えるのかどうかには疑問が残る。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/akita/yurihonjousi02.htm#sinjou
 

八森城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月27日(土)09時41分15秒
返信・引用
  これも由利本荘市のお城。

中世は由利十二頭大井氏の居城であり、近世には生駒氏1万石の居城として明治維新まで存続した。

本丸て前の水堀と、表門脇の石垣が残されている。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/akita/yurihonjousi02.htm#hatimori
 

滝沢城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月27日(土)09時39分52秒
返信・引用
  これも由利本荘市のお城。

近世初期の滝沢氏1万石の居城であった。

小学校となって遺構のほとんどは失われてしまっているが、二ノ丸の水堀の一部が残されている。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/akita/yurihonjousi02.htm#takizawa
 

浜館!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月27日(土)09時38分30秒
返信・引用
  秋田県由利本荘市のお城。

日本海を望む高台に築かれており、濱舘公園として整備され、車で上がって行くことができる。

城そのものは古いタイプの単純なものだが、日本海の眺望がとても素晴らしい。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/akita/yurihonjousi02.htm
 

栗山館!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月27日(土)07時22分28秒
返信・引用
  これもにかほ市のお城。

延命地蔵尊の所から標柱に従って進んで行くと、城址に到達する。

遺構はそれなりに残っているのだが、夏場ではヤブがひどすぎる。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/akita/nikahosi01.htm#kuriyama
 

山根館!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月27日(土)07時21分18秒
返信・引用
  秋田県にかほ市のお城。

由利十二頭の旗頭ともいうべき仁賀保氏の戦国期の居城である。

山城でありながら車でアクセスでき、本丸には御殿の礎石がそのまま残されている。

ここから望む日本海の景色もよい。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/akita/nikahosi01.htm
 

館山館!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月27日(土)06時04分18秒
返信・引用
  これ羽後町のお城。

こちらも なかなか素晴らしい遺構を見ることができる。しかも城の一部の木が切られていたため、遺構をよく観察できる。

ただ、周囲を石沢川が流れていて、城に取り付くまでにけっこう手間がかかる。

羽後町のお城はみな素晴らしかったのだが、いずれも登城には何らかの困難が伴いのであった。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/akita/ugomati01.htm#tateyama
 

田代城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月27日(土)06時01分8秒
返信・引用
  これも羽後町のお城。

西馬音内城の支城であったかと思われるが、鋭く深い横堀に畝状竪堀など、堀の大きな秋田の城郭の中でも、最も鋭い遺構を見ることができる。

見どころは多いのだが、道もなく、急斜面直登を強いられる。ちょっと残念なお城である。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/akita/ugomati01.htm#tasiro
 

西馬音内城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月27日(土)05時58分50秒
返信・引用
  秋田県羽後町のお城。

小野寺氏の氏族の有力な支城の1つであるが、小野寺氏の城郭のなかでは、最も遺構が充実しているように思われる。今回の秋田訪問の一番のターゲット。

ヤブでなければ本当に素晴らしい城なんだけどなあ。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/akita/ugomati01.htm
 

沓掛城・・・・

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月26日(金)20時50分25秒
返信・引用 編集済
  今日、愛知県豊明市の人がお客さんでやってきた。

話をしているうちに「豊明市には沓掛城がありますよね。」
という話題を振ったのだが、相手はぽかんとしている。

「今川義元が桶狭間の前に泊まったお城ですよ」
とも言ってみたのだが、まったく関心がない様子。

「沓掛城なんて聞いたこともないなあ。沓掛町というところは確かにあるんだけど」という程度の反応であった。

私からしてみれば、豊明の人は沓掛城のことくらいみんな知っているのだろうと思っていたのだが、一般の人の認識っていうのは、そんな程度なものなんだろうなあ。中世城郭なんていうのは結局マイナーなんだよなあ、と思った次第なのであった。

ちょっと印象に残った出来事だったので、ここに書いてみた。
 

しなの館!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月26日(金)04時14分57秒
返信・引用 編集済
  これも湯沢市のお城。

急峻な山城だが、登城道がなく、ヤブ漕ぎ直登を強いられる。

それでも城内に到達すれば、見どころのある遺構を目の当たりにすることになるので、達成感はある。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/akita/yuzawasi02.htm#sinano
 

小野城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月26日(金)04時13分21秒
返信・引用
  これも湯沢市のお城。

館公園として整備されたようだが、現在は一面のヤブで、登城道すらヤブに覆われている。

しかし、主郭背後の畝状竪堀群と三重堀切とは、見どころがある。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/akita/yuzawasi02.htm#ono
 

岩崎城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月26日(金)04時12分7秒
返信・引用
  これも湯沢市のお城。

比高30mほどの丘城で、千年公園となっていて、訪れやすい。

城内まで車で入り、駐車場もある。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/akita/yuzawasi02.htm#iwasaki

 

湯沢城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月26日(金)04時10分49秒
返信・引用
  秋田県湯沢市のお城。

小野寺氏の代表的城郭の1つである。

林道湯沢城線を通って、城のすぐ背後まで行くことができるので訪れやすいのだが、城域がかなり広いので、結局は、そうとう歩かされる山城である。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/akita/yuzawasi02.htm
 

末館!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月26日(金)04時09分17秒
返信・引用
  これも横手市のお城。

城址公園となっているのだが、現在は整備されておらず、城址に続く車道も、車が通れない状態になっている。

横堀や二重堀切など、それなりの遺構が見られる。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/akita/yokotesi02.htm#sue
 

増田城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月26日(金)04時07分25秒
返信・引用
  これも横手市のお城。

平城だが、土塁の一部がよく残されている。

増田町には古い町並みが残り、観光客が何人も訪れていた。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/akita/yokotesi02.htm#masuda
 

沼館城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月26日(金)04時06分15秒
返信・引用
  秋田県横手市のお城。

後三年の役の沼柵の比定地である。

平城では珍しいほどん居大な土塁が残されている。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/akita/yokotesi02.htm#numadate
 

鎧ヶ崎城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月25日(木)04時40分10秒
返信・引用 編集済
  秋田県美郷町のお城。

小規模ながらも、全方位的に畝状竪堀が巡らされている山城である。

山城で登城道もないが、高さもそれほどではないので、すぐに登ることができた。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/akita/rokugoumati01.htm
 

四十二館!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月25日(木)04時38分34秒
返信・引用
  これも大仙市のお城。

沼沢地に築かれた平城であった。かつでは縦横に堀が巡らされていたようだが、現状では分かりにくくなっている。

県道沿いに立派な案内板が設置されていた。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/akita/daisensi02.htm#sijuuni
 

松山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月25日(木)04時37分27秒
返信・引用
  これも大仙市のお城。

山城であるが、姫神公園として整備され、これまた上まで車で上がって行けるので便利である。

主郭周囲には二重堀切や横堀があり、それなりに見どころのある山城である。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/akita/daisensi02.htm#matuyama
 

楢岡城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月25日(木)04時36分15秒
返信・引用
  これも大仙市のお城。

常泉寺の背後にあり、すぐに城内に登って行ける。案内板もあちこちに設置してあり、親切な城址である。

予想外に規模も大きく見どころのある城であった。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/akita/daisensi02.htm#naraoka
 

八乙女城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月25日(木)04時35分8秒
返信・引用
  これも大仙市のお城。

旧役場の背後の城山に築かれており、こちらも城址公園として整備されている。車でほぼ上まで登って行けるので楽ちんである。

模擬天守のような展望台が建てられていた。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/akita/daisensi02.htm#yaotome
 

十六沢城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月25日(木)04時33分51秒
返信・引用
  これも大仙市のお城。

古い時代の山城だが、畝状竪堀も残されている。

途中に案内板があり、中腹まで車で登って行ける。途中の案内板には英語の表示もあり、なにやら国際的である。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/akita/daisensi02.htm#juuroku
 

太田城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月25日(木)04時32分10秒
返信・引用
  秋田県大仙市のお城。

太田城という名前の城は全国にあるが、これは旧太田町にあったお城である。

平城であり、かつては役場や小学校になっていたが、現在は城址公園になって堀の一部が復元されている。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/akita/daisensi02.htm
 

門屋城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月24日(水)04時08分4秒
返信・引用
  これも仙北市のお城。

古堀田城の西1.4kmほどのところにあり、古堀田城と同様、戸沢氏の城郭であったと思われる。

主郭周囲の堀は近世城郭並みの巨大さで圧倒される。非常に見どころの多い城である。

ところが、ヤブがひどくてどうしようもないんだよなあ・・・。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/akita/senbokusi02.htm#kadoya
 

古堀田城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月24日(水)04時06分1秒
返信・引用
  秋田県仙北市のお城。

2郭構造ではあるが、南郭の周囲には多数の畝城竪堀や鋭い横堀が配置されている。

なかなか見どころのある山城である。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/akita/senbokusi02.htm
 

夏井館!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月24日(水)04時04分24秒
返信・引用
  これも鹿角市のお城。

鹿角の城郭の中でも最も南部に位置しており、南部氏が進行してくる際に最前線になったと思われる城郭である。

規模はさほど大きくないが、それでもしっかりとした堀切などが認められる。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/akita/kadunosi04.htm
 

長牛館!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月24日(水)04時03分1秒
返信・引用
  これも鹿角市のお城。

鹿角市に特徴的な群郭式城郭の1つである。合計8つもの堀切に区画された郭によって構成されている。

境目の位置にあり、標柱には「藩境故に常に戦場になった長牛館」と記されている。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/akita/kadunosi03.htm#nagosi
 

長内館!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月24日(水)04時00分50秒
返信・引用
  これも鹿角市のお城。

この付近の城の中でも最も規模が大きく、人工的な造作もしっかりとしたお城である。

特に1郭と2郭との南部下にある郭の側面部に造成された土塁の大きさには驚かされる。

北側の台地続きには馬出と思われる郭の敷設しており、なかなか技巧的でもある。

すぐ近くの長内古館にも、二重堀切が認められる、というように、なかなか見どころが多い。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/akita/kadunosi03.htm#osanai
 

石鳥谷館!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月24日(水)03時57分58秒
返信・引用
  これも鹿角市のお城。

これも群郭式城郭というべきものだが、これまた独特の形状をしたお城である。

鹿角の城は非常に特徴的で、それぞれ個性的な姿を見せてくれるので興味深い。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/akita/kadunosi03.htm#isitoriya
 

松館!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月24日(水)03時56分44秒
返信・引用
  これも鹿角市のお城。

尾去館とは台地続きの南端部にある。2郭構造ではあるが、郭の間の堀の規模の大きさには驚かされる。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/akita/kadunosi03.htm#matudate
 

尾去館!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月24日(水)03時55分2秒
返信・引用
  これも鹿角市のお城。

鹿角にしか見られないような典型的な群郭式城郭である。

常泉寺のある台地の上のさらに台地部分を堀切で区画し、3×2の6つの郭を配置したものである。

堀切は深く、構造的にも面白いのだが、なんともヤブがひどい。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/akita/kadunosi03.htm#osari
 

上山館!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月24日(水)03時53分10秒
返信・引用
  これも鹿角市のお城。

鹿角の城郭にしては比較的規模が小さいもので、群郭式の構造でもない。

すぐ北側には、遺構が失われた茶臼館があり、その前線の砦のようなものだったのではないかと想像される。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/akita/kadunosi03.htm
 

高瀬館!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月23日(火)04時41分10秒
返信・引用
  これも鹿角市のお城。

秋元氏系の高瀬氏の居城。

独立性の高い3つの館によって構成されている。

こちらも広域農道からアクセスするとすぐに城内に入れるのだが、夏場ではヤブがひどすぎる。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/akita/kadunosi02.htm#takaya
 

高屋館!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月23日(火)04時39分38秒
返信・引用
  これも鹿角市のお城。

秋元氏系高屋氏の居城である。

城のすぐ背後に広域農道が付けられているので、簡単にアクセスできるようになっている。

地形なりに堀切で区画した数郭から成る。

鹿角の城らしく、深い堀切を見ることができる。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/akita/kadunosi02.htm#takaya
 

十二所城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月23日(火)04時37分37秒
返信・引用
  秋田県大館市のお城。

鹿角の城と共通する群郭式の城郭である。

鹿角勢力と対立した浅利氏系十二所氏の居城であったと考えられる。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/akita/oodatesi02.htm
 

毛馬内館!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月23日(火)04時36分30秒
返信・引用
  これも鹿角市のお城。

柏崎館のすぐ北側にある。

奈良氏系毛馬内氏の本拠地であったと考えられる。

大規模な堀によって区画された数郭により構成されているのだが、主郭は野球場となっている。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/akita/kadunosi02.htm#kemauti
 

柏崎館!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月23日(火)04時34分57秒
返信・引用
  これも鹿角市のお城。

しかし、中世城郭ではなく、近世に入ってから築かれた城である。

そのため、鹿角の群郭式城郭とは異なった様相を見せている。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/akita/kadunosi02.htm#kasiwazaki
 

大湯館!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月23日(火)04時33分55秒
返信・引用
  これも鹿角市のお城。

奈良氏系大湯氏の本拠地がここであったと考えられる。

鹿角に多い群郭式城郭の1つであり、堀の規模が大きい。

案内板も充実している。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/akita/kadunosi02.htm#ooyu
 

鹿倉館!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月23日(火)04時32分31秒
返信・引用
  これも鹿角市のお城。

九戸の乱で大湯氏が籠城した城である。もちろん、豊臣方の軍勢に攻撃され、落城してしまった。

ということで、だいぶ規模の大きな城を期待していたのだが、思ったほどの城ではなかった。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/akita/kadunosi02.htm
 

Re: 暑中お見舞い申し上げます

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月22日(月)19時46分18秒
返信・引用 編集済
  > No.6138[元記事へ]

秋田城介さんへのお返事です。

こんにちは、今回は秋田城介さんのページにかなり助けられました。「秋田の中世を歩く」がなければ、これほど効率的に秋田の城郭を回れなかったと思います。改めて感謝しております。

鹿角は全国にもまれに見るほどの大規模城郭の密集地帯だと感じました。本来ならば1つ1つじっくり見ていきたかったところなのですが、何しろ、遠隔地で時間も限られてしまっているということもあり、かなりピンポイント的な回り方になってしまいました。そのため、鳥瞰図もかなりテキトーなものばかりです。

夏場だったので、ヤブも半端じゃなかったです。先週の海の日の三連休で訪れたのですが、ところどころ雨にも降られてしまい、なかなか厳しかったです。

畝状竪堀群のある城もたくさん見たのですが、ヤブに覆われてよく分かりませんでした。せっかくの遺構なのにもったいない!

でも田代城と西馬音内城はとても素晴らしかったです。

長嶺館のことは、まったく意識していませんでした。次の機会に訪れてみたいものですが、次に秋田に行けるのはおそらく何年も後のことになろうかと思います。

秋田の城の紹介はこの後も続きます。今後ともよろしくお願いいたします。
 

暑中お見舞い申し上げます

 投稿者:秋田城介  投稿日:2019年 7月22日(月)10時18分49秒
返信・引用
  何やら秋田の城を紹介していただき、まことにありがとうございます。それも、誰も行こうとしない鹿角や由利の城など・・・・・・。この暑い時期、私などは山城には入ろうとも思いませんが、まことに頭が下がる思いです。またコンデイションのいい時期にお出かけ下さい。もっといい遺構が見られると思います。鹿角だと長嶺館がケッコウ面白い城です。では。  

小枝指館!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月22日(月)04時31分14秒
返信・引用
  これも鹿角市のお城。

規模の大きな城郭が密集する鹿角市の中でも、7つの郭を持ち通称七つ館という名称を持つほどの規模を誇っている。

この地域の城主の多くが秋田安東氏に加担し、南部氏と対立したため、九戸の乱で九戸氏とともに滅んでいるが、小枝指氏は、珍しく南部氏に協力して、天正19年以降も存続を許された一族であった。

主郭付近はかなり槌を削り取られている最中であり、今後、どうなってしまうのか心配である。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/akita/kadunosi01.htm#koezasi
 

新斗米館・小平館!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月22日(月)04時27分50秒
返信・引用
  これも鹿角市のお城。

それなりの規模の城郭が乱立する鹿角市の中でも、特に城郭群が密集しているのがこの場所である。100mほどの距離で数城が平行に存在している。

奈良氏系の新斗米氏らの城郭であった。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/akita/kadunosi01.htm#sintome

 

高市館・万谷野館!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月22日(月)04時24分21秒
返信・引用
  これも鹿角市のお城。

高市の八幡神社のあるところが城址である。単郭ながらも、幅の広い堀切を残している。

台地先端部には万谷野館がある。現在ではほとんど削られてしまっているが、台地を断ち切る巨大な堀切があったようだ。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/akita/kadunosi01.htm#takaiti
 

柴内館!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月22日(月)04時22分36秒
返信・引用
  これも鹿角市のお城。

連郭式に4つの郭が配置されている。郭の間を区画する堀切は驚くほど大きなものであったりする。ただ、南館は削られてほぼ消滅している。

安保氏系柴内氏の居城である。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/akita/kadunosi01.htm#sibauti
 

花輪館!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月22日(月)04時20分44秒
返信・引用
  これも鹿角市のお城。

大規模な城郭の多い鹿角市の城郭群の中でも、目立って大きな城郭である。

安保氏系花輪氏の居城で、近世以降も使用されていた城郭である。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/akita/kadunosi01.htm#hanawa
 

玉内館!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月22日(月)04時18分57秒
返信・引用
  これも鹿角市のお城。

台地上に、さらに台地があり、それを群郭式に区画するという、全国的に見ても珍しい形式の城である。といっても鹿角にはありがちな形状である。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/akita/kadunosi01.htm#tamauti
 

大里館!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月22日(月)04時17分28秒
返信・引用
  秋田県鹿角市のお城

鹿角市は全国でも珍しいほどの城郭密集地帯である。それも、結構規模の大きな遺構を残している城がたくさんある。

大里館は、安保氏系大里氏の居城で、この地域に多い群郭式城郭の1つである。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/akita/kadunosi01.htm
 

Re: 愛知県 豊田市 挙母 衣城

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月18日(木)04時08分40秒
返信・引用
  > No.6129[元記事へ]

余語 賢二郎さんへのお返事です。

初めまして、同姓の方の書き込みは久しぶりです。確か、余語氏は、藤原利仁の系列の一族で、近畿から北陸の方にかけて、いらっしゃるのではなかったかと思われます。

一方、余湖は、近江佐々木氏の一族で、出自は余呉湖の辺りとなります。というわけで、同じヨゴなのですが、系統は別であったかと思われます。

織田家に仕えていた余語一族もいたのですね。愛知の城はそれほど詳しくないので、衣の城のことは分かりませんが、機会があれば行ってみたいです。

それではまたです。

 

愛知県 豊田市 挙母 衣城

 投稿者:余語 賢二郎  投稿日:2019年 7月17日(水)08時13分20秒
返信・引用
  こんにちは、私の家のルーツは、織田信長公の配下で衣の城を預かっていた、余語久三郎正勝です。重要文化財で、豊田市の長興寺に正勝が寄進した、あの信長公の肖像画で知られています。今残っている衣の城は桜城とも言われている江戸時代の内藤家時代の城ですが、正勝が預かっていた城は、信長公の施策の楽市楽座の一環の市場で物流拠点を管理して、織田政権を経済面で支えていました。長くなりました。又機会が有りましたらお便りします。ごきげんよう??  

Re: 岩櫃城発掘調査報告会

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月16日(火)04時41分9秒
返信・引用 編集済
  > No.6127[元記事へ]

あんけんさんへのお返事です。

遠征から帰還しました。

岩櫃城、数年前の『真田丸』のオープニングに登場してから、いろいろと注目されていますね。あのお城の竪堀群は、とてもすごいものだと感じました。

発掘するといろいろと分かることがありますね。さすが、真田氏の本城の1つだっただけあって、いろいろな施設があったものと思われます。情報、ありがとうございます。


 

岩櫃城発掘調査報告会

 投稿者:あんけん  投稿日:2019年 7月13日(土)19時09分58秒
返信・引用
  こんばんは、あんけんです。
全国で城館の発掘がされてて今日も伊勢原の丸山城の北西2.5kmの場所で未知の城館の可能性の有る堀が発見され現地説明会が催されたみたいですが、自分は近場で「発掘された関東の遺跡2019」に行って群馬県最大規模の山城である岩櫃城他の発表を聞いて来ました。

余湖様が調べられた範囲はほぼそのままで、県内でも類を見ない細かい竪堀が廻らされてる事、本丸北側など遺構が広がってて、柳沢城の南にも遺構が有るなど広範囲の城郭だったことが判明していたそうです。(画像1枚目)

まず空堀は尽く薬研堀で、城の北側の志摩小屋と呼ばれる曲輪群では幅2.5m~5m、深さ1.1m~2.8mの規模で、城下町エリアでは幅5.5m~20m、深さ6~10m以上の規模だそうで、時期不明ながら城を築き直してて横堀を埋めて二段の連なる曲輪にされてたり、破城と思われる堀を破壊して埋めた跡が発見されてます。(画像2枚目)

本丸南側虎口や志摩小屋、出裏渕などでは石積みも確認されてます。(画像3枚目)掘立柱建物も複数確認され、本丸では他に金属加工場と思われる建物跡が見つかり、炉や鍛造剥片の固まり、鉄砲玉、鉄鏃、小札、鉄滓などがが検出されてます。

この地方では突出する量のかわらけや土器製品が出土するも県内で類例は少なく、長野・山梨県に良く見られる種のもので、威信材と呼ばれる高級な焼き物は見つからないそうです。

これらの成果を踏まえて整備されると良いのですが・・・。
 

Re: 伊那谷の城

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月12日(金)04時18分49秒
返信・引用 編集済
  > No.6125[元記事へ]

らんまるさんへのお返事です。

ご無沙汰しております。

あの地域のお城はネットで検索してみても、らんまるさん以外には紹介している人はなく、参考にさせていただきました。ありがとうございます。

関氏の歴史はなかなか興味深いですね。短編小説があったとは知りませんでした。確かに小説ネタになりそうな一族です。ただ、「上田城を築く際に石垣のための石を大量に運ばせたために民心が離反した」など、どうも真実とは思われない伝承もあるようです。居城の変遷についても混乱があると思います。関氏の城館群の中で、居城にふさわしいのは矢草城だと思いました。

権現城については、訪れる人は必ず熊谷さんに挨拶して許可を取ってからにしてほしいです。ネットの情報を見て、無許可で進入してしまう人が増えてくると、所有者が困ってしまい「立入禁止」にしてしまうというケースがこれまでにありました。

自分が紹介してしまったからかなあと、複雑な思いになってしまいます。権現城の場合は、どうやっても熊谷家の敷地を通らないと行けないので、必ず許可を得てほしいと思います。

機会があれば、またらんまるさんとご一緒したいと思っています。その際はよろしくお願いします。

それではまたです。

 

伊那谷の城

 投稿者:らんまる  投稿日:2019年 7月11日(木)20時57分1秒
返信・引用
  ご無沙汰しております。
伊那谷の城シリーズ、懐かしく拝見させていただきました。

関氏関連の山城は小生としてもとても思い入れの強い城館で、特に権現城はシリーズの最終目的でありながら土砂災害の為に通行止めで断念し二年後にリベンジした曰く付きの城でしたが、熊谷家のご夫妻には暖かく歓迎してもらったのを最近のように思い出しました。
「犬坊狂乱」という短編小説を読まなければ関一族とその城に興味など持たなかったと思えば、キッカケなどどこにでもあるものだと改めて知らされました。

大鹿村周辺もご紹介いただきありがとうございますw

午前中は豊丘村、午後は大鹿村とかなりハードな日帰りの城巡りは後にも先にもこの時が最後で、信濃先方衆もタフだったなあーと思い出し笑いをしておりました。

こちらへお越しの際は、お声がけいただけると嬉しいのですが・・(笑)
 

Re: 今年も夏が巡ってきました

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月 9日(火)04時15分48秒
返信・引用 編集済
  > No.6122[元記事へ]

ひづめさんへのお返事です。

1年たつのは本当に早いものですね。

おっしゃるように今年は涼しくてびっくりしています。

ただし雨が多くてなかなか出かけられません。海の日の三連休は、かつては恒例のヤブレンジャー夏合宿の予定日だったので、今年も出かけようと思っているのですが、天気がどうなるのかちょっと心配です。
 

Re: 水戸城二の丸隅櫓

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月 9日(火)04時13分16秒
返信・引用
  > No.6121[元記事へ]

あんけんさんへのお返事です。

大手門、本当に大きなものなのですね。水戸城というと、近世城郭としては地味な印象がありますが、さすがに御三家の居城だけあって、壮大な構えを持っていたのだと感じます。

御三階櫓はパネルだけですか。本当はこちらを復元してほしいものですが、残念です。あの御三階櫓も、見た目は小さく見えますが、実際はかなり大きなものだったようですね。

 

今年も夏が巡ってきました

 投稿者:ひづめ  投稿日:2019年 7月 8日(月)22時19分11秒
返信・引用
  暑い夏がまた巡ってきましたねと、毎年ご挨拶するる時期ですが、今年は梅雨らしい日が続き涼しいです。  

Re: 水戸城二の丸隅櫓

 投稿者:あんけん  投稿日:2019年 7月 8日(月)12時37分8秒
返信・引用 編集済
  > No.6120[元記事へ]

余湖さんへのお返事です。
こんにちは、あんけんです。

小学校敷地内通行中、御三階付近に児童しか見られない屋根付き解説壁が見えたので聞いてみましたが、既存施設(恐らく隣の方)の了承はほぼ無理みたいで、金沢大学の様に移転しない限りは跡地見学すら難しいみたいです。

一方大手門は着々と工事が進んでいて規模は櫓よりも大きいですから防護ネット越しでも迫力が感じられます。門横の土塁を越える仮設通路より、ネットの隙間からもパチリ。大扉も見えますし、練塀もすぐ目の前で見られます。
 

Re: 水戸城二の丸隅櫓

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月 8日(月)04時04分26秒
返信・引用
  > No.6119[元記事へ]

あんけんさんへのお返事です。

隅櫓の工事、進んでいるのですね、これは完成が楽しみです。

できれば御三階櫓も、復元してほしいものです。


 

水戸城二の丸隅櫓

 投稿者:あんけん  投稿日:2019年 7月 8日(月)00時30分44秒
返信・引用
  こんばんは、あんけんです。
水戸城の二の丸隅櫓の復元工事現場説明会へ行って来ました。個人的にとても気になっていた二重部分の向きですが、本丸隅櫓の古写真からそれと向きを揃えた完成予想図と違って東西の向きになってます。

主に紀州の檜と筑波の石を使ってるそうですが、基礎と柱の間に欅の土台を組んでます。続く長塀は鉄筋コンクリート製で、大手門裏や二の丸南面は工事が進んでますが大手門との間はまだまだでした。

https://www.youtube.com/watch?v=3028oDEKZo4

 

K国への素材輸出規制について思うこと

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 7月 6日(土)19時22分51秒
返信・引用 編集済
  このところ、K国への輸出規制に関するニュースが話題になっているが、ふと思うことがある。

日本政府は「経済報復ではなく、安全保障に関する疑念があるから」というように一貫して主張している。自由貿易に反する行為ととられないための予防線かと思われるが、私はこうも思っている。

おそらくK国は瀬取りによって、国連の制裁で輸入規制を受けている北の国に、密輸出を行っていると思う。少し前にK国籍と思われる船が、北の国の船に横付けして、ホースで何かを送り込んでいる映像がネットでも流出していた。

フッ化水素などの化学物質は、北の国が核兵器を製造する際に、実際利用されているのではないだろうか。テロ国家に武器などの輸出を制限する措置は昔から取られていることであり、当然の措置である。安全保障上の理由から、輸出制限が行われるのは必然というべきことである。

瀬取りの件もそうだが、日本政府はおとなしい対応をしており、表立ってそのことを究明してはいない。というか、日本は根本的に大人しい国なので、よほどの理由がなければ、このような措置を表明しないと思う。

おそらくK国の多くの国民は、K国が北の国に密輸出をしていることを知らされていない。不都合な真実は隠さなければならない。それゆえK国の政府も、「日本の制裁だ」と過剰反応をすることで、国民の目をそらせようとしているように思える。

瀬取の事実は、日本以外にも監視を行っている多くの国が知っているのではないだろうか。それなのに、なぜかK国を泳がせているように見えてしまう。

K国への告発はいつどのように行われるのであろうか。それが今、一番気になっていることである。

マスコミも「日本政府の措置は無謀な行為である」と素人でもできる単純な主張を繰り返すよりも、その根底にある現実が何であるのかを掘り下げて、調べてみるべきなのではないかと思う。膝蓋腱反射のような批判意見しか繰り返せないようでは、マスコミはいずれネット情報に負け、存在意義を問われてしまうのではないだろうか。
 

Re: 祝6500城

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 6月29日(土)04時49分52秒
返信・引用 編集済
  > No.6116[元記事へ]

軍曹さんへのお返事です。

お久しぶりです。気が付いたら6500城になっていたわけですが、よくもまあ、こんなに描いたものだと思います。まだまだ行きたい城があるので、おそらく7000城は突破するのではないかと思っています。

女部田城は、もともとは登ってみる気持ちはなかったのですが、『さいたまの城』に「沢伝いに行けばアクセスできる」というように書いてあったので、試しに行ってみたら、本当に道らしきものがあり、到達することができました。

おっしゃる通り、郭の削平だけがきちんとされていたのが印象的でした。


ただ、途中で、2匹の蛇(マムシ?)と、1匹のイノシシとに遭遇したので、あまり安心して行ける城ではなさそうです。

鷹谷砦は、妙な城だと思いました。堀切が数本あるのは確認できるのですが、郭の削平はしっかりとしておらず、居住性はほとんど想定できないような城でした。伝承の通り、物見のために造られた簡素な砦といった性質だったのでしょう。

あのプレートは軍曹さんたちが作ったものでしたか。今では地面に落ちていました。こんな感じでした。

それではまたです。
 

祝6500城

 投稿者:軍曹  投稿日:2019年 6月28日(金)12時25分5秒
返信・引用
  6500城となるともう人間業ではないですね。おめでとうございます。
秩父の城を訪れたようで懐かしく拝見しました。
女部田城は郭の削平がとても綺麗で驚きましたが、
あそこまでの道のりは心細い限りで一度は途中で引き返しています。
鷹谷砦のマジック書きのプレートは僕とたかしさんが付けたものです。
そうですか、落っこちてましたか(笑)
 

『廃城をゆく ベスト100城』発売!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 6月26日(水)20時40分47秒
返信・引用 編集済
  イカロス出版から廃城をゆくシリーズ「ベスト100城」が発売されました!

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