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吾妻ひでお

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月19日(火)04時49分11秒
返信・引用 編集済
  マンガ家で思い出したのだが、吾妻ひでおも亡くなっていたというニュースを先日やっていた。

吾妻ひでおも子供のころから親しんでいたマンガ家だった。幼いころの「二日酔いダンディ」から始まり「二人と五人」など、何かしら、連載を持っていたような気がする。

アニメでは「ななこSOS」が有名かもしれない。ロリコンという言葉をメジャーにしたのはこのアニメであったのではないだろうか。

吾妻ひでおのマンガと言えば「不条理マンガ」として有名である。
ただ、その不条理の理由と言えば、何も先を考えずに思い付きで書いているからであったように思う。それゆえに、予想外の展開をするために、不条理マンガと呼ばれていたのであろう。

彼の原作のアニメの中で、もっとも好きだったのが「コロコロポロン」であった。

このアニメのストーリーも、行き当たりばったりでまったく先が読めないという実にテキトーなものであった。

このアニメを見るのに、まともなストーリー展開を期待していてはいけない。ただ、ばかばかしいほどドタバタしているのを楽しく見ていればいいのだ。

まともな頭の人なら、ここまでハチャメチャな展開のストーリーを考えるのも大変であったろう。それが彼の自然体である。

それにけっこうはまってしまって面白くて、毎週かかさず見ていたものであった。
学生の頃の一時期、土曜日の夕方5時半から「ザブングル」、6時から「コロコロポロン」を見るのが、とても楽しみであった。あの頃が懐かしいなあ。

吾妻先生、ご冥福を祈ります。

https://www.youtube.com/watch?v=piAO9qB9UGw
 
 

松本零士

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月18日(月)04時34分11秒
返信・引用 編集済
  松本零士が倒れて重篤な状況であるという。

松本零士と言えば、自分にとっては何といっても宇宙戦艦ヤマトである。なんだがすごく懐かしくなって、昨日、飛ばし飛ばしであるが、全話見てしまった。

今見ても、面白い。というか、初めて見た時の感動がまだ心の奥底に残っているのだろう。昔見た時の感動がそのままよみがえってくる。

ちなみに自分の人生で初めて買ったレコードは宇宙戦艦ヤマトであった。

1年間かけて29万6千光年を旅するという設定も斬新だったが、ワープとか、波動砲とか、初めて聞くテクノロジーにも驚かされた。

ワープの概念はSFの世界では知られていたのであろうが、アニメでは初めてである。どうしたら光速よりも早く航行できるのか、の答えがこれであった。当時、体育の時間でグランドを走らされている時に、ショートカットして「ワープ!」と叫んでいる奴がたくさんいた。
それにしても、ワープの瞬間、なぜ森雪だけ全裸になるのであろう。おそらく作者の趣味だったんだろうなあ。

波動砲の威力にも驚かされた。惑星を丸ごと破壊してしまうような武器というのも、アニメの世界では初めてだった。
木星の浮遊大陸を破壊してしまった後に、真田大輔が
「我々は間違ったことをしてしまったんじゃないだろうか。浮遊大陸そのものを破壊してしまうなんて」と自己批判していたのも印象的だった。手に扱いかねる武器を人類が持つべきではないという警告のようにも感じられた。

波動砲のような究極的な武器を持ちながら、ヤマトの戦い方は常に作戦の勝利であった。
沖田十三ってすごい!っていつも感じていた。

アステロイドベルトを使ったバリアや、手による宇宙機雷除去、行く手を遮るコロナを波動砲で吹き飛ばしていくなど、どんでん返しの作戦にはその都度驚かされたものだ。
その後に続くヤマトのシリーズを見ていて一番不満だったのはその点で、最初のヤマトほどの冷静でち密な作戦というものがほとんど出てこなかったことであった。

キャラクターもいい。
敵の総統デスラーやロメル将軍、イスカンダルのスターシアなど、心に残るキャラクターがたくさんいた。
第1話の冒頭での、古代守の宇宙駆逐艦「ゆきかぜ」の絶望的な特攻シーンも頭に刻まれた。
その後古代守とイスカンダルで再開することになるとはなあ。びっくりであったが、うれしかった。

ちなみに原作では、ヤマトを影ながら援護する宇宙海賊キャプテンハーロックの正体が古代守ということになっていた。ハーロックはその後、まったく別のアニメとして成立していくが・・・・。

そして、最も衝撃的だったのは、イスカンダルを目指して航行していたはずなのに、到着していたのがガミラス本星であったということだった。イスカンダルとガミラスは二重関連惑星だったのである。もっとも、そのことはエンディングをよく見ていれば、想像できたことであったかもしれないのだが。

ガミラスでの戦いで絶望的な状況に追い込まれていくヤマト。そこでも沖田十三の冷静な作戦によって、ヤマトはついにガミラスを滅ぼしてしまう。

破壊されたガミラスを見て森雪が涙を流し、「私、もう神様が信じられない」と叫ぶシーンなど、心に深く刻み付けられた。

憎むべき敵が全滅してしまったのだから、喜べばいいんじゃないかと思ったのだが、ヤマトではそうではない。たとえ敵であっても、全部を殺戮してしまったのはいかがなものか、と投げかけてくるのである。子供心にも考えさせられたものだ。

ついにイスカンダルへ到着。スターシアも印象的だった。
「明日の幸せは自分の手でつかみ取るものなのです」ヤマトに試練を与えた理由がそれだった。
そして「守、愛しているわ」「スターシア! 進、許してくれ!」のあの場面、あれは絶対忘れられない。二人の幸せを願わずにはいられなかった。

最終回も印象的だった。よくあちこちで物まねされていた、沖田十三の最後のセリフ
「地球か、何もかも皆懐かしい・・・」という言葉が有名だが、その前の
「佐渡先生、人間の魂は死ぬと、いったいどこへ行くのだろう」というやり取りも忘れられない。
「人間の魂は、けっきょく巡り巡って元のところに帰って行くんじゃないだろうか・・・」

その言葉の通り、沖田十三の死と共に森雪がよみがえる。あのシーンは感動した。理屈じゃないんだよなあ。沖田十三は最後まで本当に尊敬すべきキャラであった。立派な大人であった。

ラストの空間磁力メッキ。まだこんな隠し技を持っていたとは・・・・心憎いばかりの演出である。

そんな感じで、松本零士はヤマトで一挙に有名になった。それまでの松本零士と言えば「男おいどん」のようなどう解釈していいのか分からないような、少なくとも子供がワクワクする要素のまるでないマンガの作者としてのイメージしかなかったのだが、これでメジャーになった。

そして同じようなスペースもの路線で「銀河鉄道999」「キャプテンハーロック」と人気作を次々と出していくのであった。

松本零士先生、長生きをしてください。
 

橋場城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月17日(日)05時32分22秒
返信・引用
  これも伊那市のお城。

竹松城と至近距離にあり、竹松城の支城であったと思われる。

竹松城ほど明瞭ではないが、それでもしっかりとした城塁が見られる。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/inasi04.htm#hasiba
 

竹松城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月17日(日)05時31分14秒
返信・引用
  これも伊那市のお城。

平城と言ってもいい城郭だが、堀の規模が大きいのと、遺構がよく残されているのにびっくり!

予想外に素晴らしい城郭だった。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/inasi04.htm#takematu
 

町屋城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月17日(日)05時30分10秒
返信・引用
  これも伊那市のお城。

ほとんど破壊されているが、堀の痕跡が1本だけ残っている。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/inasi04.htm#matiya
 

安岡城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月17日(日)05時29分18秒
返信・引用
  これも伊那市のお城。

やはり台地縁の城郭だが、こちらは普通に内部探索できる。

城址碑や案内板も立てられている。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/inasi04.htm#yasuoka
 

下牧古城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月17日(日)05時28分16秒
返信・引用
  これも伊那市のお城。

台地縁に築かれていて民家となっているが、土塁の脇には城址碑が残されている。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/inasi04.htm
 

北林城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月17日(日)05時27分23秒
返信・引用
  これも伊那市のお城。

2つの古城が配置されているが、こちらも民家となっていてよく分からない。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/inasi05.htm#kitabayasi
 

貝沼城館群!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月17日(日)05時26分20秒
返信・引用
  長野県伊那市のお城。

屋敷群ともいうべき、単郭の城館がいくつも配置されている。

ただし、すべて民家となっていて、内部までは立ち入れない。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/inasi05.htm
 

宮田城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月17日(日)05時25分11秒
返信・引用
  長野県宮田村のお城。

塩田城で意気消沈したので、気を取り直してちゃんとした山城へ。

こちらは登城道も整備されており、訪れやすい城址である。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/miyatamura02.htm#miyata
 

塩田城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月17日(日)05時23分58秒
返信・引用
  長野県駒ケ根市のお城。

地元の方に登城口を聞いて、こんなに疑われてしまったのは初めてである。

別にキノコ山というわけでもないのに。何かあったのだろうか。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/komaganesi04.htm#sioda
 

唐沢城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月17日(日)05時22分21秒
返信・引用
  これも飯島町のお城。

やはり崖端に築かれた城で、台地上は一面の高地になっている。

しかし、堀などの形状はなんとなく理解できる。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/iijimamati02.htm#karasawa
 

岩間城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月17日(日)05時21分15秒
返信・引用
  これも飯島町のお城。

平地の城館で、だいぶ失われているが、案内板はしっかりと立てられている。

近くには狼煙台があり、こちらは小規模ながらも遺構をよく残している。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/iijimamati02.htm#iwama
 

トヤゴ城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月17日(日)05時19分46秒
返信・引用
  長野県飯島市のお城。

断崖上に築かれた崖端城。

幅広の堀が残っているようだが、ヤブがひどくて中心部までは到達できなかった。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/iijimamati02.htm#toyago
 

前沢城!「

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月16日(土)04時39分34秒
返信・引用
  長野県中川村のお城。

2郭の堀がしょぼかったので、遺構規模の小さい城下と思っていたが、1郭の堀は非常に大きかったのでびっくり。

2郭と思っていたのは郭ではなく、単郭の城だったようだ。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/nakagawamura.htm#maesawa
 

名子氏館!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月16日(土)04時38分5秒
返信・引用
  これも松川町のお城。

名子城が築かれる以前の名子氏の居城である。

遺構の残存状況はよくないが、城址標柱と案内板とが立てられているので、それであるとすぐに分かる。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matukawamati02.htm#nagosi
 

南方城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月16日(土)04時36分34秒
返信・引用
  長野県松川町のお城。

原城と向かい合う断崖上に、2つの城郭が築かれている。

いずれも郭そのものは小さいが、堀はけっこう大きい。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/matukawamati02.htm
 

吉田南城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月16日(土)04時35分12秒
返信・引用
  長野県高森町のお城。

高森町には吉田城、吉田古城があるが、吉田南城というのもあるというので行ってみた。

遺構は土塁だけだが、ちゃんと入口に城址標柱が立っているのがありがたい。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/takamorimati03.htm
 

土曜出勤・・・・

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月16日(土)04時33分6秒
返信・引用 編集済
  この2か月で土曜出勤が6回もある。
ライフワークバランスはどうなってるんだ。
土日が普通に休める人がうらやましい。
 

巻ヶ城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月15日(金)04時58分4秒
返信・引用
  これも豊丘村のお城。

北側の谷戸部からだとかなり比高差があるが、南側の林道から直登すれば、すぐに城内に入ることができる。

工夫された虎口を重ねるなど、かなり技巧的な城郭であり、戦国時代の有力勢力による改修を想定してみたくなる城郭である。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/toyookamura02.htm#maki
 

戸中城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月15日(金)04時56分17秒
返信・引用
  これも豊丘村のお城。

かなり高い急峻な山に築かれているが、北側から登山道が整備されており、この方向からなら比高差もそれほどではなく、意外と訪れやすい。

しかし、城の真下は息が上がる急坂となっている。遺構はよく残っている。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/toyookamura02.htm
 

千駄木城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月15日(金)04時54分31秒
返信・引用
  これも豊丘村のお城。

城址標柱があるはずなのだが、既に失われていた。

どういう城だったのか、よく分からない。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/toyookamura02.htm#sendagi
 

浅間山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月15日(金)04時53分10秒
返信・引用
  長野県豊丘村のお城。

単郭の城で、主郭脇まで車で横付けできる。

だいぶ腐食した城址標柱が立てられていた。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/toyookamura02.htm#sengen
 

茶臼山狼煙台!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月15日(金)04時51分28秒
返信・引用
  茶臼山という名前の山も多いが、これは喬木村のお城。

かなりの山奥にあるので、荒れた林道を走らなければならないのではと覚悟していたのだが、意外にも非常に良い山道であった。

しかも茶臼山公園として整備されていた。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/takaginagano01.htm#tyausu
 

富田城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月15日(金)04時49分33秒
返信・引用
  長野県喬木村のお城。

目立った高い山に築かれているが、城山公園となっており、本丸まで車で訪問できるので楽ちんである。

遺構もよく残っている。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/takaginagano01.htm#tomita
 

川手氏砦!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月14日(木)04時43分0秒
返信・引用
  これも飯田市のお城。

不動の湯の背後にそびえる丘陵が城址。

木が切られており、見事な城塁が見えていて、それだけでもワクワクする。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/iidasi05.htm#kawatesi
 

小林城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月14日(木)04時41分23秒
返信・引用
  これも飯田市のお城。

知久一族の城で、居館と城山とがセットになった城であった。

ただ、現状では明確な城郭遺構には欠けている。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/iidasi05.htm#kobayasi
 

龍江城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月14日(木)04時39分41秒
返信・引用
  これも飯田市のお城。

城山という名称のみで、由来が不明の城址である。

どうしてこういうところに城があったのが、立地的にも不思議な場所にある。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/iidasi05.htm#tatue
 

桜山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月13日(水)03時59分14秒
返信・引用
  これも飯田市のお城。

遺構はまずまずなのだが、キノコの止山になっているうえに、漁師が害獣駆除をやっている。

遊歩道が付けられているというのに、遊歩道をそのまま進んで行くと、別の山に登ってしまう・・・・。

なかなか登城難易度の高い山城である。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/iidasi04.htm#sakura
 

茶臼山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月13日(水)03時57分18秒
返信・引用
  これも飯田市のお城。

茶臼山城という名称の山城もあちこちにあるが、これは山の形状そのものを形容した名詞である。

遠目には高そうに見える山だが、西側の工場の側からだと、すぐに登れる。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/iidasi04.htm#tyausu
 

荒城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月13日(水)03時55分21秒
返信・引用
  これも飯田市のお城。

立石水力発電所の上の山が城址となっている。

伊那地域には荒城という名称の山城がいくつもあるが、これは「簡素な砦」を意味する一般名詞であったという。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/iidasi04.htm#ara
 

米山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月13日(水)03時53分46秒
返信・引用
  これも飯田市のお城。

甲賀氏の城郭群の1つであったと言われている。

立石寺の北側の山稜である。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/iidasi04.htm#komeyama
 

甲賀城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月13日(水)03時52分24秒
返信・引用
  長野県飯田市のお城。

近江から来たその名も甲賀氏の居城。しかし、忍者だったという伝承はちょっと眉唾。

近世には陣屋として使用されていた。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/iidasi04.htm
 

原氏館!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月12日(火)03時59分55秒
返信・引用
  これも下条村のお城。

リンゴ畑となっていて、遺構らしい遺構は認められない。

それでも城址碑があるので、ここが原氏館であることが認識できる。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/simojoumura02.htm#harasi
 

小松原城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月12日(火)03時58分41秒
返信・引用
  これも下条村のお城。

小松原神社そのものが城址であるというが、あまり城郭らしい感じはしない。神社そのまんまである。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/simojoumura02.htm#komatubara
 

塚沢城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月12日(火)03時57分31秒
返信・引用
  これも下条村のお城。

山田河内が居城とした城山と、後に下条氏tに取り立てられた出城との2つの部分からなる。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/simojoumura02.htm#tukazawa
 

足畑山狼煙岳!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月12日(火)03時55分43秒
返信・引用
  これも下条村のお城。

狼煙岳と呼ばれている山で、公園化されている。
地図を見るとゴルフ場の敷地内にあるように見えたので、行けないのではないかとも思っていたのだが、ここまではゴルフ場の敷地を通らないようん道路が付けられていた。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/simojoumura02.htm#asihata
 

仁王関城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月12日(火)03時53分34秒
返信・引用
  長野県下条村のお城。

吉岡城と大沢城との中間点に位置し、いわゆるつなぎの城であったと思われる。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/simojoumura02.htm
 

鳴神山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月11日(月)06時40分19秒
返信・引用
  これも泰阜村のお城。

キノコの止山となっているのだが、地元の方の許可を得て登ることができた。
地元以外の人が勝手に入り込んでキノコを採って行くため止山としているとのことであった。そういう人がいると、城を訪れることもできなくなるのでやめてほしい。

堀切などの遺構は一通り見られるが、規模は小さい。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/yasuokamura01.htm#narukami
 

大峯山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月11日(月)06時38分28秒
返信・引用
  長野県泰阜村のお城。

かなり高所の山にあるが、林道でけっこう上の方まで行けて、道や案内表示もしっかりしている。ハイキングによさそうな山だ。

早朝に訪れたので、眼下には雲海が見えていた。

http://yogochan.my.coocan.jp/nagano/yasuokamura01.htm

 

お仕事!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月 9日(土)03時39分7秒
返信・引用 編集済
  今週末は土日ともお仕事である。

ホームページの更新をする時間がなかなか取れないぞ!
 

遠回り

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月 4日(月)07時16分54秒
返信・引用 編集済
  昨夜は、長野から中央道を使って帰ってきたのだが、途中の案内表示を見ると、3時間以上の渋滞が発生しているという。

そりゃそうだ。10月の観光シーズンが台風やらでダメになってしまい、今年最後の3連休なのであるから、行楽はここに集中するはずだ。渋滞するのに決まっている。

3時間も渋滞するのなら、下道を通った方が早い。そう思って、勝沼の手前から迷わず下道に降りた。

ところが、中央道と並行して走っている下道も通行止めになっているのをナビが感知して、オートリルートしてしまった。

新しいルートは、なんと大菩薩峠ラインを通って奥多摩町に抜けるルートであった。ものすごい山道の上に遠回りである。

そのおかげで、まったく渋滞にはまらずに済んだのだが、勝沼から八王子までこのルートで2時間半ほどかかった。

渋滞にはまるより早かったのかどうかがよく分からない。どうだったのだろうか。

少なくとも、ずっと快適に運転できていたので、渋滞による精神的な疲労はなかった。

明るかったら景色がよいルートだったろうになあ。それだけが残念!
 

Re: 福山城、岡山城、鬼ノ城他

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月 4日(月)07時10分12秒
返信・引用 編集済
  > No.6298[元記事へ]

備前守長政さんへのお返事です。

このところ、活発に回っておられますね。

岡山の城もいいですね。まだまだ行ってみたい城がたくさんあります。

福山城、岡山城にもいろいろと思い出があり、また行ってみたいものです。

鬼ノ城の石垣は素晴らしかったですね。それよりも何よりも、その規模の大きさに圧倒されました。確か、一周すると4キロほどあったようで、一回りするだけで1時間以上かかった気がします。

中国地方の城にも行ってみたいです。今、私にとって中国地方が一番行きにくい場所です。中国地方にだけLCCがないんですよね。

定年後に時間ができないと、中国地方までは行けないかなあ。

 

Re: 松本の山城

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月 4日(月)07時06分29秒
返信・引用
  > No.6297[元記事へ]

吉之助(鈴木)さんへのお返事です。

ご無沙汰しております。

松本の小笠原関連の山城はどれもいいですね。記事を読んでいて、また行ってみたくなりました。

私も、この連休は長野に行ってきたのですが、この時期の長野の山は歩いていて気持ちがいいですね。

ただ、キノコの止山が多くて、気になってしまいます。もう少しすれば止山のシーズンも終わってしまうようですが。

それではまたです。

 

福山城、岡山城、鬼ノ城他

 投稿者:備前守長政  投稿日:2019年11月 3日(日)21時23分52秒
返信・引用 編集済
  今、岡山からの帰りです。毎年11月3日は福山城と岡山城の現存櫓や門の中を同じ日に見られるのですが、今年漸く行けました。それに合わせて鬼ノ城、経山城、鴨方陣屋、鴨山城等に行ってきました。

鬼ノ城は石積見事ですね。城門、水門跡も堅固。丁度一周するのに手頃な大きさで、景色も良く、結構人が来ていました。

福山城は伏見櫓と筋鉄門が公開対象。無料です。しかも天守や博物館もタダで、福山市は太っ腹。沢山の人が来ていました。伏見櫓はフリーなのですが、筋鉄門は床が薄いので、15分毎15人づつ入れてくれます。整理券配布開始する9:30には長蛇の列。すぐに午前の部の受付は終了したようです(私は40分前の8:50に着き、配布開始までブラブラしようと思ったら既に30人近く並んでいたので慌てて列に加わり無事見られました)。

岡山城は月見櫓が公開対象。ソコソコ混んでいましたが、3日以外にも公開しているので福山城程では無かったです。
驚いたのは西の手櫓。あの西面を遮っていたビルが駐車場に変わっていて、漸く見ることが出来ました。全く知らなかったので、望外の喜びです。

それではまた。

 

松本の山城

 投稿者:吉之助(鈴木)  投稿日:2019年11月 2日(土)22時26分22秒
返信・引用
  ご無沙汰しております。

先月、松本の山城(平瀬城、林大城、林小城、桐原城、山家城、埴原城)上田の塩田城を巡ってきました。
台風の翌週だったので少々躊躇いもあったのですが思いきって訪問した次第です。
事前に余湖さんのHPで下調べさせていただき攻城に臨んだんですが山家城では台風の影響で先人達が残してくれた「城道」が所々でかき消され道に迷うという大失態を演じてしまい焦りました(恥)
松本城には目もくれず(笑)、山城のみの攻城でしたが「石積み」と遺構の素晴らしさは十分に攻城の疲れを癒やしてくれました。
しかし、獣用のフェンスはさしずめ城の防御用の柵のようでした(笑)

もう一度、機会をつくって他の山城を含めて再度訪れてみたいと思います。

現地の人に台風の影響を尋ねたのですが、幸い松本市辺りは大きな被害もなく大丈夫なようでしたが、城跡には所々小さな土砂崩れの跡がありました。

松本への途中、上田市を通ったのですが状況は報道の通り、所々で大きな被害が出ていました。一刻も早い復興を祈るだけです。

写真1枚目:桐原城石積み
写真2枚目:山家城石積み
 

Re: 首里城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年11月 1日(金)04時53分57秒
返信・引用
  > No.6294[元記事へ]

ねこあたまさん、あんけんさんへのお返事です。

「あんな火の気のないところで」と思ったものですから、最初は放火なのではないかと思ったのです。

しかし、後で報道を見たら、本殿内部から火が出ているようだとのこと。翌日のイベントのため、遅くまで作業がされていたとのことなので、あるいは、その関係で何か火の出るようなことが発生したのかもしれません。

詳しいことは、調査の結果を見ないと分からないようですね。

いずれにしても、とても残念です。
 

Re: 首里城!

 投稿者:あんけん  投稿日:2019年10月31日(木)21時04分50秒
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  > No.6293[元記事へ]

余湖さんへのお返事です。

原因もですが、防犯センサーで温度の異常を感知して警備員が見に行ったら既に火の手が上がっていたので消防に連絡したとか???ですし、その後も設置されてる消防設備が稼働してる様子も無く、消防車が台数入れないから消火が進まないとかちょっと納得いかないお粗末さだと思いました。

風向きのお陰だと思いますが、南側の惨状に対して北側の建物が良くあそこまでほぼ無傷で残ったものだと感じます・・・。
 

Re: 首里城!

 投稿者:ねこあたま  投稿日:2019年10月31日(木)06時16分12秒
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  > No.6293[元記事へ]

余湖さんへのお返事です。

> 今、ニュースで、首里城正殿が燃えている様子がライブ映像で流されている。
> あの感じでは、まともに燃えてしまっているように見える。
> いったいどうしたことだろう。こんな時間に出火するなんて。
> 放火だろうか。
>
>
放火なら何が目的なんでしょうね?
 

首里城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年10月31日(木)04時41分12秒
返信・引用 編集済
  今、ニュースで、首里城正殿が燃えている様子がライブ映像で流されている。
あの感じでは、まともに燃えてしまっているように見える。
いったいどうしたことだろう。こんな時間に出火するなんて。
放火だろうか。

 

Re: 洪水は信濃の長沼城跡付近ですか?

 投稿者:余湖  投稿日:2019年10月30日(水)04時51分36秒
返信・引用
  > No.6291[元記事へ]

備前守長政さんへのお返事です。

> 新聞によると今回の一連の暴風雨の文化財への被害は甚大だそうで、城でも白川城、唐沢山城、鉢形城、小田原城、勝沼氏館、八王子城等で、法面崩落や崖崩れ、倒木等があった由。
>
> 倒木だけならまぁ何処の山城でも見かけますが、法面崩落や崖崩れは遺構破壊であり、法面の石垣が崩れたら更なる被害にも繋がりますので、気になる処です。
>
> 何より被災地の復旧が最優先ですが、そのためにも更なる荒天で、被害拡大にならないよう、祈るばかりです。

あれだけの災害ですから、いろいろな城址で、かなりの被害が出ているでしょうね。

しかし、今はそれよりも、被災された人の復旧の方が重要でしょう。

マイナーな山城など、どうなっているのか、想像もつきません。倒木がひどくて訪れられなくなっているようなものもたくさんありそうな気がします。

 
 

Re: 洪水は信濃の長沼城跡付近ですか?

 投稿者:備前守長政  投稿日:2019年10月29日(火)07時08分6秒
返信・引用
  新聞によると今回の一連の暴風雨の文化財への被害は甚大だそうで、城でも白川城、唐沢山城、鉢形城、小田原城、勝沼氏館、八王子城等で、法面崩落や崖崩れ、倒木等があった由。

倒木だけならまぁ何処の山城でも見かけますが、法面崩落や崖崩れは遺構破壊であり、法面の石垣が崩れたら更なる被害にも繋がりますので、気になる処です。

何より被災地の復旧が最優先ですが、そのためにも更なる荒天で、被害拡大にならないよう、祈るばかりです。 
 

ビートルズ

 投稿者:余湖  投稿日:2019年10月27日(日)05時01分33秒
返信・引用 編集済
  先の記事のような理由で、yesterdayは私にとって忘れられない名曲になっていた。しかし、当時は、それがビートルズの曲であるということすら知らなかった。

ところが、私が折に触れてyesterdayを口ずさんでいたものだから、友人が「ビートルズ、そんなに好きなの?」と聞いてきた。
「いや、別に興味ないけど」
「だって、いつもyesterday唄っているじゃん」
「えっ、これってビートルズの歌だったの?」
「何言っているの? 有名な曲じゃん、ビートルズの曲だって知らないなんて信じられない」
といったやり取りがあって、初めてこれがビートルズの曲であるということを知ったのである。

それからは意識してビートルズの曲を聴くようになっていた。たまたま当時購入していた「中三時代」という雑誌にビートルズ特集があって、そこに「ビートルズ名曲ベスト10」というランキングがあった。

そのランキングは今でも覚えている。

1 YESTERDAY
2 LET IT BE
3 HEY JUDE
4 I WANTO TO HOLD YOUR HAND
5 AND I LOVE HER
6 MICHELLE
7 EREANOR RIGBY
8 SOMETHING
9 IN MY LIFE
10 DAY TRIPPER

これが、私にとってのビートルズの原点である。これらの曲を探し求めて聞くことから、私のビートルズ遍歴が始まった。

ただ、今思うと、けっこう偏ったランキングのように思われる。EREANOR RIGBYのような特殊な歌を、普通、ベスト10に入れるだろうか。映画yeserdayでも、主人公がEREANOR RIGBYの歌詞を思い出そうとして苦労している場面が描かれていた。

まあ、そんなこともあり、映画yesterdayには、ビートルズ好きな人にとってはたまらなくなるような場面が各所にちりばめられている。

有名なテレビ番組に初めて出演した主人公が、司会に(日本でいえばタモリのような人のようだ)「今、即興で、何か(somothing)作って(女優の)彼女に唄ってみてくれないか」
と言われて、そのままsomethingを歌うところなど、なんとも微笑んでしまいたくなる場面である。

こんなことを書きながら、実はこの映画、まだ見ていない。ところがyoutubeであれこれ検索していたら、この映画の名場面のほとんどを断片的にながら、見ることができてしまった。時間があれば、映画そのものも見に行きたいと思ってはいるのだが。

映画の終盤で、主人公が、ある人物に会いに行く場面があるのだが、以下のやり取りを聞いていて、思わずウルウルとしてしまった。

この後書いていることは重大なネタバレになってしまうので、この映画をこれから見るという人は、絶対に見ないでください。










                                         -










「あなたは、他の人生を生きてみたいと思ったことはありませんか?」
「ない。私は幸せな人生を送ってきた」
「あなたはいま、いくつなんですか」
「78歳」
「78歳! なんて素晴らしい! 78歳のあなたに会うことができるなんて!」
ビートルズファンのほとんどが、この場面で目頭を熱くするのではないかと思うのであった。


さあて、今日はこれからお仕事だ。がんばらなくっちゃ!
 

yesterday

 投稿者:余湖  投稿日:2019年10月27日(日)04時38分9秒
返信・引用 編集済
  という名前の映画が話題になっている。この曲は私には思い出があるので、とても懐かしい気分になってしまい、これをきっかけに、最近、またビートルズをよく聞いている。

この曲は世界的な名曲であると思っているので、この曲に思い出のある人は世界中にたくさんいるであろう。しかし、私と同じ理由でこの曲を好きになった人がいたら、話してみたいものだと思っている。

私がまだ少年で、非常に多感であった頃、NHKの銀河テレビ小説で「早春の光」というドラマをやっていた。

当時のNHKは、放送したドラマなどを保存しておらず、大河ドラマですらほとんど残されていない。そんなわけで、このドラマも今となっては見ることはかなわないわけであるが、少年時代に、最も私の魂を揺さぶったドラマであった。

「昭和の青春シリーズ」の一環として放送されたドラマであった。別にそうしたシリーズに興味があったわけではないのだが、たまたま見ていてはまってしまったのである。

主人公の基次は、家族のほとんどが東大出身でエリートという家庭に生まれながら、三流大学にしか入れなかった落ちこぼれ大学生である。自暴自棄な生き方をしていた基次は、ある日、目の見えない少女と出会う。

その少女を愛することで、自分が生きているという実感を初めて手にした基次は、自分がどういう生き方をすべきか、初めて自分の意志で選択する。基次は周囲の反対を押し切って、少女と結婚する。周囲は理解してくれないが、二人は本当に幸せを手にするのである。やがて、子供も誕生する。

こう書いてくると、いかにもありきたりなストーリーに思えてしまうのだが、主人公とヒロインとがとても幸せそうな生活をしており、どうにも感情移入してしまったのである。

主人公たちが一喜一憂しているのを、そのまま自分の感情のように見てしまっていた。

半世紀近くたってしまった今でも、主人公やヒロインのいろいろな場面が脳裏に刻まれていて、思い出すことができる。
赤ちゃんを抱きながら指先を目で追うわが子を見て「この子は目が見えるよ!」と主人公が叫ぶ場面など、とても印象に残っている。


ところが、ある日彼女が・・・・・とんでもない悲劇に巻き込まれてしまうことになる。このドラマの最後を見た後、とても辛い気持ちになってしまい、いつまでも私の魂に刻み付けられてしまった。

このドラマのOPの曲がyesterdayであった。大学紛争を描いたモノクロのニュース映像をバックに流れていて、毎回聞いているうちに、ついつい覚えてしまったのである。もちろん、それまでビートルズは名前を知っているだけで、その曲を意識して聞いていたことはなかった。

このドラマがあまりにも深く心に刻み付けられてしまったがゆえに、yesterdayも私の心の中で永遠の名曲になってしまったというわけである。

だれか「早春の光」のこと、覚えている人、いないかなあ? いたら語り合ってみたいものである。でも、それはほとんど期待できない。だって、リアルタイムで見ていた当時ですら、周囲の友達に「早春の光って泣けたよね」と話を振り向けても「何? そんなのやっていたの?」と言われてしまうばかりで、周囲で見ていた人はほとんどいなかったからである。

できれば、もう一度見てみたいものである。ネット検索していたら、一枚だけ当時の画像を発見することができた。

基次とヒロインである。ヒロインの名前は・・・うーん、思い出せない。
 

Re: 鹿児島に行ってきました。

 投稿者:余湖  投稿日:2019年10月24日(木)04時15分59秒
返信・引用 編集済
  > No.6287[元記事へ]

備前守長政さんへのお返事です。

お久しぶりです。

鹿児島のお城を回ってこられましたか。おっしゃる通り、志布志城、知覧城、伊作城等、規模が大きく、落ちたら即死系の深い堀切があったりして、まさに戦慄の遺構だと感じました。

ジブリの映画に出そう、とは言い得て妙ですね。異世界に続いていそうな感じが確かにしました。

岩剣城は、上まで登っていないのですが、今度機会があれば登ってみたいものだと思っています。

九州は、LCCのおかげで、かなり回りやすくなっているので、私もまた行ってみたいと思っています。
>
> 次回は備前備中を予定しています。
>

いいですねえ。気を付けて行ってきてください。

それではまたです。
 

鹿児島に行ってきました。

 投稿者:備前守長政  投稿日:2019年10月23日(水)07時27分38秒
返信・引用
  暫くです。まだまだ残暑の続きみたいな感じですが、城廻秋のシーズンスタートしました。

今回は鹿児島。志布志城、知覧城、伊作城等、有名所に加え、栗原城、岩剣城、帖佐館、別府加世田城等に行きました。余湖図にもお世話になりました、ありがとうございます。

南九州系の城は切岸、空堀が圧巻ですね。戦慄と言っても良いでしょう。モスラやキングコングが出そうな秘境感が漂っています。光が差し込むとジブリの映画にでそうな景色になります。

そんな中、岩剣城はいつも見慣れた山城で、一見ギニア台地を思わせる峻険さは、長野の丸岩城を彷彿しています。ただ、奇妙なのは主郭から外郭にかけて登り坂なこと。主郭を守るどころか寧ろ攻めるような感じでなんとも不思議な縄張です(こういうときは、大篠塚城の様に外郭側に土塁を盛る等するのにそれも無し)。

それと別府加世田城。50年前子供向けの城の本で読んだままの姿でした。50年以上前に破壊されそれから殆ど姿を変えなかったと言うのもある種驚きです。

次回は備前備中を予定しています。

それではまた。
 

Re: 騎西城の件

 投稿者:余湖  投稿日:2019年10月21日(月)03時55分31秒
返信・引用 編集済
  > No.6285[元記事へ]

如月比叡さんへのお返事です。

ご無沙汰しています。

騎西城の鳥瞰図の件、了解しました。出典が私のページであることを明記してありますので、まったく問題ありません。今後とも、同様にしていただければ、他の城の鳥瞰図等についても、よろしければご使用ください。

栃木の方でもあちこちで被害が出ているようですが、大丈夫のようで何よりです。
今年は台風の当たり年なのか、続けて大きな被害をもたらす台風が関東地方に襲来しています。
今週末にも又来るようですし、今週末がどうなってしまうのか、とても心配です。また大雨が来たら、被災地はたまったものではないでしょう。

今後ともよろしくお願いいたします。

 

騎西城の件

 投稿者:如月比叡  投稿日:2019年10月20日(日)20時17分4秒
返信・引用
  ご無沙汰してております。
台風の方は、大丈夫てしたか? 私の方も何事もなく過ごしております。
さて、今回久しぶりにお訪ねさせていただきましたのは。
今回、騎西城址等を訪れました事ブログにあげました。その際、騎西城の鳥瞰図をお借りさせていただきました。
事後になってしまいましたが、ご了解くださいます様お願いします。

これを、初めにまた城跡巡りをちょこちょこと再会していきますので今後ともよろしくお願いいたします。

http://blog.livedoor.jp/f100hancock/

 

Re: お久しぶりです

 投稿者:余湖  投稿日:2019年10月20日(日)07時48分54秒
返信・引用 編集済
  > No.6283[元記事へ]

みよさんさんへのお返事です。

お久しぶりです。

今回の台風、未曽有の被害でしたね。長野や茨城、福島、宮城など、かつてよく城めぐりをしていた地域が洪水にのみ込まれている様子を見ると、とても痛ましい気持ちになります。これほどの大規模災害になるとは、予想していませんでした。
19号も15号も、こちらには大きな被害はありませんでしたが、たまたま台風の直撃を避けられたゆえのことであり、運が良かっただけだと思っています。

励ましのお言葉、ありがとうございます。こういう活動をしていて、何か意味があるのかなあと時々思ってしまうことがあります。バカみたいなことをやっているんじゃないかと・・・・。たまに励ましてくださる人がいて、何とかテンションを維持しているという状態です。

これから週休日にも仕事が入ることが増えてくる時期なのですが、お城巡りによい時期が近付いているので、少しずつでも活動を続けていけたらと思っています。

それではまたです。
 

お久しぶりです

 投稿者:みよさん  投稿日:2019年10月19日(土)19時52分49秒
返信・引用
  この秋の台風被害、被災された地域の皆さんには、日常生活を取り戻されるようお祈りするばかりです。余湖さんにも、お住まいの千葉県、このところ精力的に回られている長野県と身近な地域に大きな被害、ご心痛も大きかったのではと推察しております。

確か、6000城達成、木舟城のきれいな虹を見せてくださったのは昨年の今頃かと記憶しております。その後も、青鬼集落、二十端城、琵琶島城と印象的な報告が続きました。お仕事と並行して、一年余りで750城余りも鳥瞰図を描かれたこと、頭が下がります。

私もやりくりしつつ、縁が切れないよう細々とでも続けたいと思っております。
以前、このHP運営について少し弱気なことばもありましたが、私はこのHPに助けられています。大変と思いますが、どうぞ自信をもって存続させてください。

残された秋、ヤブから解放され、紅葉の中、思う存分お城めぐりを楽しまれますように。お気をつけて。


 

やはりそうですか

 投稿者:ama  投稿日:2019年10月15日(火)22時58分11秒
返信・引用
  余湖様、早速のお返事ありがとうございます。

やはり長沼城ですか。武田にとって、越後攻略の重要拠点の城だったとは聞いていました。

城跡の宝庫である長野県であのような水害被害が出てしまい、とても残念です。私には募金

するくらいしかできませんが、被災された方々のご安全・ご健康と1日も早い復旧を祈るばか

りです。



 

Re: 洪水は信濃の長沼城跡付近ですか?

 投稿者:余湖  投稿日:2019年10月15日(火)06時50分45秒
返信・引用
  > No.6280[元記事へ]

amaさんへのお返事です。

おっしゃる通り、長沼城の辺りではないかと想像されます。それに加えて、あの地域には平城もいくつかあったと思われます。

しかし、被害に遭われた方のことを思うと、城跡どころではないと思います。少しでも早く復旧されることをお祈りいたします。

 

洪水は信濃の長沼城跡付近ですか?

 投稿者:ama  投稿日:2019年10月14日(月)14時20分44秒
返信・引用
  余湖様、時々HPを参照させていただき、城攻めをしている者です。

ところで、千曲川氾濫箇所は長沼城跡ではありませんか?確かこの城は

武田24将の馬場美濃守が甲州流に改修した城らしいですが、後に洪水

がもとで消滅してしまったとも聞いたことがあります。その洪水のこと

など詳しいことをご存じでしたらご教授下さい。
 

石動山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年10月 6日(日)05時37分17秒
返信・引用
  これも中能登町のお城。

上杉謙信が七尾城を攻める際に陣城としてしようした山城である。

城の遺構もよく残っているのだが、山岳寺院の遺構もとても素晴らしい。いわゆる城郭寺院である。

周辺には多数の出城もあったようで、時間があれば、それらも見てみたいものだ。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/isikawa/nakanotomati01.htm#sekidou
 

荒山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年10月 6日(日)05時35分21秒
返信・引用
  これも中能登町のお城。

駐車場やトイレが設置され、遊歩道もきちんと付けられており、探索しやすい山城となっている。

ところが、ここの遊歩道、かなり広範囲にわたって破壊されているのだ。

これは何かの天然災害によるものなのであろうか。人為的なものにしては範囲が広大すぎるし・・・。

いったいどうしてこのようになってしまったのか、とても気になる。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/isikawa/nakanotomati01.htm#arayama
 

春木齋藤館!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年10月 6日(日)05時33分15秒
返信・引用
  中能登町のお城。

寺院の後ろに土塁と堀の跡が残されている。

国人齋藤氏の居館である。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/isikawa/nakanotomati01.htm
 

向田城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年10月 5日(土)04時16分58秒
返信・引用
  これも七尾市のお城。

岬先端に造られた山城である。

しかし、道はなく、おまけに雨が降り出してきたので、詳細は把握できていない。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/isikawa/nanaosi02.htm#mukaida
 

西ヶ谷城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年10月 5日(土)04時15分38秒
返信・引用
  石川県七尾市のお城。

長い期間この地の国人領主であった国分氏の居城である。

微高地に築かれた城ながら、堀や土塁がしっかりと残されている。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/isikawa/nanaosi02.htm
 

丸山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年10月 5日(土)04時13分46秒
返信・引用
  これも穴水町のお城。

甲山城の近くにあり甲彦吉神社となっている。

山麓近くに横堀や帯曲輪を巡差せているが、急造した雰囲気が強い。

天正5年、甲山城を攻めるために上杉勢が築いた陣城であったと推測する。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/isikawa/anamizumati01.htm#maruyama
 

甲山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年10月 5日(土)04時12分2秒
返信・引用
  これも穴水町のお城。

港を見下ろす高台に築かれている。

折れを伴った城塁と大規模な堀が残されているが、いかんせん、夏場ではヤブがひどすぎる。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/isikawa/anamizumati01.htm#kabuto
 

穴水城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年10月 5日(土)04時10分17秒
返信・引用
  石川県穴水町のお城。

能登の有力国人長氏の拠点であり、大規模な山城である。

城址公園となっており、本丸の真下まで車で行けるので、簡単にアクセスできる。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/isikawa/anamizumati01.htm
 

棚木城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年10月 4日(金)04時13分0秒
返信・引用
  これも能登町のお城。

やはり海に突き出した岬を利用した海城であり、遠島山公園となっている。

城域はかなり広大だが、先端に向かって歩いて行くと、2本の堀切が確認できる。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/isikawa/notomati01.htm#tanaki
 

越坂城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年10月 4日(金)04時11分40秒
返信・引用
  これも能登町のお城。

やはり岬先端部を利用した海城である。

目立った遺構はないが、切り立った断崖上に築かれており、天然の要害である。現在はキャンプ場となっている。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/isikawa/notomati01.htm#ossaka
 

立壁城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年10月 4日(金)04時10分13秒
返信・引用
  これも能登町のお城。

岬先端の部分を堀切によって区画した海城である。

先端部には灯台が建てられている。

風が強く吹きっさらしの場所であるが、ここでキャンプをしている人がいるのに驚いた。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/isikawa/notomati01.htm#tatekabe
 

背継城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年10月 4日(金)04時08分9秒
返信・引用
  これも能登町のお城。

山麓に「戦国の名城 末次城」と書かれた大きな看板があるので、城山の位置はすぐに分かる。

城内各所の案内板も充実しており、地元の人に愛されているお城である。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/isikawa/notomati01.htm#seitugu
 

松波城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年10月 4日(金)04時06分40秒
返信・引用
  石川県能都町のお城。

城址を旧能登鉄道の線路が分断している。

遺構はそれなりに残っているが、あまりまとまりのよくない城郭である。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/isikawa/notomati01.htm
 

正院川尻城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年10月 3日(木)04時28分57秒
返信・引用
  これも珠洲市のお城。

台地上を広範囲に区画した城郭である。

あちこちに案内が立てられているが、遺構はあまりぱっとしない。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/isikawa/suzusi01.htm#shouin
 

寺家物見砦!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年10月 3日(木)04時27分53秒
返信・引用
  石川県珠洲市のお城。

周囲を断崖に囲まれた海城である。

しかし、登り口がよく分からない。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/isikawa/suzusi01.htm
 

Re: 一迫 政岡の墓について

 投稿者:余湖  投稿日:2019年10月 3日(木)04時26分35秒
返信・引用
  > No.6263[元記事へ]

小野寺文夫さんへのお返事です。

> 政岡の墓の場所について 以前は大崎市岩出山真山にありました。昭和の初め 真山の墓の持ち主の家が没落しかけたころに 富岡氏の関係から一迫の有志が買い受け、竜雲寺に移したと聞いています。ですので 政岡がはじめに埋められたのは真山ということになります。

情報ありがとうございます。

少し調べてみます。
 

一迫 政岡の墓について

 投稿者:小野寺文夫  投稿日:2019年10月 2日(水)09時23分27秒
返信・引用
  政岡の墓の場所について 以前は大崎市岩出山真山にありました。昭和の初め 真山の墓の持ち主の家が没落しかけたころに 富岡氏の関係から一迫の有志が買い受け、竜雲寺に移したと聞いています。ですので 政岡がはじめに埋められたのは真山ということになります。  

富来城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年10月 2日(水)04時31分20秒
返信・引用
  これも志賀町のお城。

広い台地上を堀で区画した城である。

ただし、後世の耕作化のため、現在では遺構は明確ではなくなってしまっている。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/isikawa/sikamati01.htm#togi
 

末吉城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年10月 2日(水)04時29分48秒
返信・引用
  これも志賀町のお城。

西来寺から整備された遊歩道が付けられている。

北側の尾根部分を歩いている時、尾根の反対側から獣がガサガサしている音がした。

熊かイノシシか分からないが、ちょっと気を付けた方がよい。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/isikawa/sikamati01.htm#sueyosi
 

館開城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年10月 2日(水)04時27分24秒
返信・引用
  石川県志賀町のお城。

山林化されているが、台地先端部を連郭式に掘り切った遺構がよく残されている。

周辺部には、畝の間がやたらと広い畝状竪堀群が残されている。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/isikawa/sikamati01.htm
 

御舘館!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年10月 2日(水)04時25分48秒
返信・引用
  これも宝達志水町のお城。

平城ではあるが、幅広の堀がよく残されている。これだけの規模の城でありながら、歴史がまったく分からないというのが不思議である。

末森城の合戦の際に佐々勢が築いた陣城であったと想像する。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/isikawa/houdatusimizumati.htm#otati
 

末森城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年10月 2日(水)04時23分56秒
返信・引用
  石川県宝達志水町のお城。

佐々勢と前田勢と合戦が行われた激戦地である。

この城へは10数年ぶりのリベンジであった。前回来たときは「クマ出没により立入禁止」となっていて入れなかった。

今回はちゃんと城内に入ることができた。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/isikawa/houdatusimizumati.htm
 

森城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年10月 1日(火)05時51分55秒
返信・引用
  石川県かほく市のお城。

八幡神社が城址であるということだが、あまり城址らしい雰囲気はない。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/isikawa/kahokuisi01.htm
 

津幡城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年10月 1日(火)05時51分4秒
返信・引用
  石川県津幡町のお城。

かつて小学校の敷地となっていて、遺構の多くは失われてしまっている。

物見台の土壇の上の城址碑が残されている。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/isikawa/tubatamati01.htm
 

朝日山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年10月 1日(火)05時49分44秒
返信・引用
  これも金沢市のお城。

山稜上の街道を取り込むという、この地域に多い形状の山城である。

城の近くまで台地は削られており、しかも城内はヤブで、やはり入って行けない。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/isikawa/kanazawasi02.htm#asahi
 

梨木城・上野館!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年10月 1日(火)05時48分3秒
返信・引用
  石川県金沢市のお城

どちらも独立台地に築かれた平山城である。

梨木城の方はいかにも城郭らしい城塁を見せているが、ヤブがひどくて進入できなかった。

「中に入ってみたい」と地元の人に行ったら、

「無理やて」と否定されてしまった。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/isikawa/kanazawasi02.htm
 

和田山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 9月30日(月)05時35分15秒
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  これも能美市のお城。

国指定史跡の古墳群を利用した平山城である。

城域はそれほど広大ではないながらも、見事な横堀を見ることができる。本丸には古墳を利用した大きな櫓台があるなど、あちこちに見どころのある遺構を残している。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/isikawa/noumisi01.htm#wada
 

虚空蔵山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 9月30日(月)05時33分36秒
返信・引用
  石川県能美市のお城。

山頂まで遊歩道がしっかりと付けられており、夏場でも歩ける山城となっている。

3郭構造の山城であり、二ノ丸周囲には横堀が巡らされている。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/isikawa/noumisi01.htm
 

瀬戸丸山城

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 9月30日(月)04時23分38秒
返信・引用
  これも白山市のお城。

白嶺小学校の裏にある丸山公園が城址である。

ということで城址公園となっているのだが、肝心の遺構はぱっとしない。

それよりも、公園内の各所には「←もののけ」という案内が立てられている。この「もののけ」の意味がよく分からないのであった。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/isikawa/hakusansi02.htm#seto
 

舟岡城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 9月30日(月)04時21分48秒
返信・引用
  これも白山市のお城。

台地上には大きな堀や土塁があり、各所に石垣もある。なかなか見ごたえのある城なのだが、ヤブがひどくて、隅々まで見て回るのが困難である。

一向宗の城であったとされるが、遺構規模や石垣の存在からして、前田氏の改修が想定される城である。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/isikawa/hakusansi02.htm#hunaoka
 

二曲城!

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 9月30日(月)04時19分27秒
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  石川県白山市のお城。

鳥越城の支城で、鳥越城同様に国指定史跡となっている。
それほど規模は大きくないが、発掘した成果が曲輪内部に反映されていて、往時の様子を忍ぶことができる。

話は変わるが、白山市に来るのに岐阜の白川郷から白山ホワイトロードを通ってやってきた。
ところが、このロード、使えるのが午前8時からなのであった。夜通し車を走らせて、6時過ぎには着いたのだが、結局、ここで待つことになってしまった。

値段も高い。ここを通るのはもうやめよう。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/isikawa/hakusansi02.htm
 

Re: 台風

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 9月28日(土)06時24分6秒
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  > No.6246[元記事へ]

安房国さんへのお返事です。

お久しぶりです。

安房の方は本当に大変だったようですね。停電になっている地域が帯状になっていて、台風の北東側の部分が斜めに横断していった状況がよく分かりました。

私自身は、それほど大きな被害を受けてはいないのですが、あのルートがもう少し西寄りであったなら、かなりの被害になっていたと思います。運が良かっただけだなと感じているところです。

本当に、普段当たり前のように使っているインフラも、こうなってみると、実は本当にありがたいものだなと感じてしまいますね。

一軒一軒の引き込み線まで東電は修復してくれているので、本当によくやってくれているとありがたく感じています。

やはり、そういう人たちには感謝の気持ちをもって接するべきなのではないかと感じた次第です。

それではまたです。
 

Re: 茨城県鹿嶋市中村館

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 9月28日(土)06時20分42秒
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  > No.6245[元記事へ]

ransukeさんへのお返事です。

資料、ありがとうございます。

参考にさせていただきたいと思います。
 

台風

 投稿者:安房国  投稿日:2019年 9月27日(金)08時28分26秒
返信・引用
  お久しぶりです。今回の台風被害、本当に甚大でしたね。
私も県南なので、家が一晩中家が揺れ続けていましたが、なんとか家自体は
無事でした。近所には被害を受けた家も多いです。
今回感じたのは、平穏無事の有難みと、いかに電気に頼った生活をしていたかです。
平穏無事の有難みは、平穏無事が続けば続くほど感じなくなっていきます。
災害対策はいくらお金をかけようが、結果が見えにくいので無駄に見えてしまいがちです。
例えば、今回の台風でも仮に、停電被害が出ないほどの対策が東電でとられて
いたとしても、誰も「さすが東電!」と褒める人はいないでしょう。
何か、失敗があったときのみ責められる。私は東電ではないですが
そういうタイプの職業に就いていたのでわかる気がします。
わかるような気がします。
 

茨城県鹿嶋市中村館

 投稿者:ransuke  投稿日:2019年 9月25日(水)23時21分46秒
返信・引用
  はじめまして。

2年前父の遺品整理をしていたら出てきた中村家の先祖についての新聞記事切り抜きを添付します。
新聞によると、中村家の安土桃山時代の先祖は中村忠幹であるようだが、その前の記述におかしい所が有るので、林城保存協力隊代表から資料を頂いて考察しました。
余湖さんの茨城県鹿嶋市中村館が先祖の城址のようなのです。添付ファイルが余湖さんにしか公開されないようなら、考察資料も添付しようと思っています。
余湖さんの城址紹介が充実する事を願っています。

メールもしています。よろしくお願いします。

http://yogoazusa.my.coocan.jp/ibaraki/kasima.htm

 

Re: はじめまして

 投稿者:つばめ  投稿日:2019年 9月23日(月)16時44分34秒
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  > No.6243[元記事へ]

余湖さんへのお返事です。

お返事ありがとうございます。
その地名の周辺は、日立製作所の山手工場もありかなり遺構がある可能性は低いかも……と思っていますがいろいろな資料などをあたって調べてみたいと思います。
当初はこちらで分からない宮田館に何か関係が?と思っていたのですが、どうも違うようなのでして。

きっかけを与えていただき、ありがとうございました。
 

Re: はじめまして

 投稿者:余湖  投稿日:2019年 9月23日(月)06時49分48秒
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  > No.6242[元記事へ]

つばめさんへのお返事です。

つばめさん、初めまして。

茨城はここのところ、だいぶ遠ざかっていまして、記事も10年以上前のものばかりですが、少しでもお役に立てば幸いです。

郷土の小さな城館は、今やすっかり埋もれてしまったり、破壊されてしまったりするのが多いのですが、それでも遺構を残してくれているものもあります。

「城」のつく地名が、必ずしも城郭と関係あるとは限らないのですが、関連し合っている場合も多いです。この地名も、あるいは城郭と関連しているかもしれないので、少し調べてみたらいかがでしょうか。

それではまたです。
 

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