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大阪にある島津塚について

 投稿者:不如帰  投稿日:2017年 4月27日(木)16時10分29秒
返信・引用
  調べています、ご存じの方教えて下さい。宜しく。  
 

Re: 鎌倉街道

 投稿者:50storm  投稿日:2017年 4月25日(火)18時35分54秒
返信・引用
  > No.4963[元記事へ]

50stormです。


鎌倉街道下道は、著名なのは、利根町の研究があります。また、真壁にも鎌倉街道の研究があります。


茨城県が出している「歴史の道鎌倉街道」で、中世の道について触れています。


重要なことは、鎌倉街道といわれている場所周辺には、城郭遺跡が多数残っています。



ハルカゼさんへのお返事です。

> 初めての書き込みです。お城ではなく失礼します。鎌倉街道の下道を研究しております。茨城県の県西地区、昔の下総国の街道を調査していますがなかなか資料が見つかりません。どなたかご教示して頂ければ幸いです。よろしくお願いします。
 

Re: 三島根小屋城の破壊危機

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 4月14日(金)04時33分56秒
返信・引用
  > No.4972[元記事へ]

横尾さんへのお返事です。

三島根小屋城がそのようなことになっていたとは知りませんでした。

あの辺り、街道沿いにけっこうな数の城址がありますから、もしかすると、ひっかかっている城跡はほかにもあるかもしれませんね。
 

三島根小屋城

 投稿者:横尾  投稿日:2017年 4月13日(木)19時58分13秒
返信・引用
  昨日、報告いたしましたように、あと数百メートルで上信自動車道の建設工事のため、三島根小屋城の館と思われる曲輪が破壊されてしまいます。遺跡の地下を通すように計画変更できないか、群馬県教育委員会文化財保護課に提案を私はしておりますが、賛同される方は同保護課にメールしてください。

http://blog.goo.ne.jp/tomiokamusasi

 

三島根小屋城の破壊危機

 投稿者:横尾  投稿日:2017年 4月12日(水)20時46分26秒
返信・引用
  先日、群馬県東吾妻町の三島根小屋城に登ってきました。この方面に上信越道建設予定になっているようで、根小屋城の東側曲輪部が道路建設予定地になっています。東吾妻町文化財課に問い合わせたところ以下の回答が来ています。
お世話になります。東吾妻町で文化財を担当している吉田と申します。

 お問い合わせの件ですが、根小屋城はご指摘の通り上信自動車道建設の線形上に位置しており、今後は埋蔵文化財調査
を行った上で記録保存をし、後生にその記録を残していくこととなります。実際には線形が決まった後に町へ話が来まし
たため迂回等の計画については非常に難しい状況となっています。町としては少なくともしっかり発掘調査によって記録
保存をして記録という形にはなりますが後生に伝えていくことが必要と考えています。
 計画内容等については町の事業ではないことからお答えすることは難しいのですが、工事内容であれば上信自動車道建
設事務所に、遺跡の取り扱いについては群馬県教育委員会文化財保護課へ問い合わせをして頂ければと思います。

 ご満足のいく回答にはなっていないかもしれませんがご回答申し上げます。
写真1 道路建設が目前まで来ています。
写真2 諏訪神社の上が曲輪です。
写真3 曲輪を西から見ています。
 

Re: 松山城二の丸

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 4月 9日(日)19時46分36秒
返信・引用
  > No.4970[元記事へ]

松木 充さんへのお返事です。

情報ありがとうございます。

鹿嶋城のことは、後でちょっと調べてみたいと思います。瀬戸内の海賊城については、ほとんど訪れたことがないので、機会があれば行ってみたいと思っていたところです。

松山空港まではLCCで手軽に出かけられる時代なので、機会があれば、ぜひまた訪れてみたいものだと思っています。

それではまた、なにか情報がありましたら、お知らせください。
 

Re: 松山城二の丸

 投稿者:松木 充  投稿日:2017年 4月 8日(土)23時43分27秒
返信・引用
  > No.4969[元記事へ]

余湖さんへのお返事です。

余湖さん、ありがとうございます。
愛媛県のおすすめの城ですが、余湖さんの方が出身者の私の十倍ぐらい愛媛県の城跡を訪ねておられます。本当に思いつきませんが、強いて言えば松山市北条の鹿島にある鹿島城でしょうか。多分余湖さんのコレクションにはなかったと思いますので。

海賊城に分類されると思いますが、島の城だけに規模が小さく、遺構は石積みと二段ばかりの削平地、一郭の旗立岩ぐらいでしょうか。ただ、海の交通を監視する目的があったと思われ、頂上の一郭にある展望台からの眺めは絶景です。惠良城の海版といった感じでしょうか。潮の流れがよく見えます。「城郭放浪記」さんが紹介しておられます。私も、地元だけにつぶさに知っている城跡ですが、とてもよく紹介されていました。

訪れる機会がおありでしたら、野生の鹿に少しご注意下さい。私も、登っていく途中で、ふてぶてしく道端に座っている雄の鹿を見かけました。全然逃げません。春は発情して気が短いようですが、その他の季節は刺激しなければ大丈夫です。ただ、島のあちこちにいて、餌をねだるなど、なかなか図々しい鹿です。囲いの中にいる鹿は、よく人に馴れています。

島を一周する遊歩道もあります。周囲1キロから2キロぐらいで、散歩に良いぐらいな距離です。

あと二、三あると訪ね甲斐があるのですが、これぐらいですかねー。ともあれ、長くなりましたので、このへんで失礼します。
 

Re: 松山城二の丸

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 4月 8日(土)09時38分32秒
返信・引用
  > No.4967[元記事へ]

松木 充さんへのお返事です。

お元気になられたようで幸いです。また、新年度が始まりましたが、お互いにマイペースで取り組んでいきましょう。

松山城の二ノ丸庭園の整備、進んでいるようですね。城というとどうしても天守などの建造物が注目されがちですが、御殿や庭園などを忠実に整備していくというのも、大事なことなのではないかと思っています。

最近では名古屋城の御殿復元が進んでいるようで、天守の再建計画ともども、また訪れてみたいなあなどと思っております。

愛媛にもまだまだ未踏のお城がたくさんあります。お勧めの城などありましたら教えていただけると幸いです。

それではまたです。
 

誤字

 投稿者:松木 充  投稿日:2017年 4月 7日(金)17時56分12秒
返信・引用
  すみません。直前の投稿で変換ミスがありました。
誤:登城予定だった前日は天で…
正:登城予定だった前日は雨で…

「天」では意味不明ですよねー。失礼しました。
 

松山城二の丸

 投稿者:松木 充  投稿日:2017年 4月 7日(金)17時53分27秒
返信・引用
  最近は九州の城巡りをなさったのですね。九州は私も1月末に所用でちょっと行きましたが、地名を見るだけでも興味深いです。

ところで、先日はお気遣いいただき、ありがとうございました。3月28日(火)に松山城を訪れました。登城予定だった前日は天で、予定外でしたが翌日ちょっと時間が取れました。天守には入りませんでしたが、二の丸から本丸までは登りました。

二の丸に入ると、かつての二の丸御殿の間取りをコンクリートの仕切りで再現した、四角い池が連なった流水園があり、別の建物の間取りを同様に再現したところには、ミカンやデコポンの木が植えられていました。こちらは、遠目には分譲墓地のように見えましたが…。木や石や池を配した庭園も再現されており、奥には山肌から地下水が流れ出る滝が三箇所もあり、なかなか風情がありました。二の丸御殿も復元できないかとも思いますが、費用の点で、松山市もそれどころではないのかもしれません。

二の丸を入念に見た後、本丸まで登りました。天気が良く、風も爽やかでしたが、年のせいか、体調のせいかけっこうきつくなり、途中で松山の町を眺めながら一息入れました。かなり汗をかきましたが、気分は爽快、食べ物の味もわからないほどだった体調もこの日を境に回復しました。

以下、最初の写真は庭園です。次は二の丸を登城道から見下ろしたもの、最後は本丸です。写真を撮った場所で時間切れ、ケータイカメラの電池切れでした。
 

Re: 大分県宇佐市 山本切寄 について

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 4月 6日(木)04時23分43秒
返信・引用 編集済
  > No.4964[元記事へ]

源次左衛門尉さんへのお返事です。

情報ありがとうございます。大友氏関連の城郭では出先機関として使用された城郭のことを切寄と呼んでいるのですね。このことは初めて知りました。城郭用語でいうところの「仕寄」と似ていますね。陣城のようなものでしょうか。
大友氏が出先機関に「切寄」名称を使用していたことの根拠となる史料などがありましたら、教えていただけると大変助かります。


『大分県の城郭』という本には、私が紹介したあの城郭が「山本切寄」という名称になっているようで、その北側には城郭はなく、南側に山本砦という城郭があるみたいです。この本が間違っているということですね。
ちなみに『城郭体系』にはこの城郭は掲載されていませんね。発見されたのが新しかったのでしょうか。

該当の城郭が山本切寄ではなく、北側に本当の山本切寄がある、というのは、どのような根拠に基づいているのでしょうか? また、北側にある山本切寄というのは、どのような遺構を備えた城郭なのでしょうか?

というのも、現在、山本切寄として紹介している城郭が、いかにも陣城的な様相のものなので、こちらも出先機関としてはふさわしいものであると感じられるからです。

以上、分かりましたら、よろしくお願いします。

 

Re: 鎌倉街道

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 4月 6日(木)04時15分42秒
返信・引用
  > No.4963[元記事へ]

ハルカゼさんへのお返事です。

街道のことは私も詳しくは把握してはいません。どなたか、詳しいことの分かる資料をご存知の方がいらっしゃったら教えてあげてください。
 

大分県宇佐市 山本切寄 について

 投稿者:源次左衛門尉  投稿日:2017年 4月 5日(水)19時48分29秒
返信・引用 編集済
  初めて投稿いたします

まず、「切寄」という名称ですが、旧大友氏領独特の名称で、常設の「城」そのものを指す用語です。
大友時代末期、大友氏の支配地域の出先機関として地域の城郭が認定されて「切寄」と呼称されるようになったものです。
切寄には大友氏より目付けが派遣されていました。

また、記事となっております遺構は「山本城」と呼称される遺構でして、「山本切寄」は谷を挟んで北に存在します。

山本切寄には大友方の土豪、渡辺氏が拠っており、妙見城の支城機能があったと思われます。渡辺氏は豊前国人一揆の際黒田氏に敗れ、城地は召し上げとなりました。
ご認識の通り山本城は黒田系城郭の特徴がありますが、築城時期は不明で、国人一揆や山本切寄との関係は明確ではありません。
ただ慶長年間の記録に「旧山本城」という記載があります。これが山本切寄を指すとすれば、どこかに「新山本城」がなくてはなりませんが、それがこの山本城なのかも知れません。この山本の地は交通の要衝であったと言いますので、黒田氏が地域支配のため山本切寄に代わって作ったのが山本城なのかも知れません。
 

鎌倉街道

 投稿者:ハルカゼ  投稿日:2017年 4月 5日(水)15時39分42秒
返信・引用
  初めての書き込みです。お城ではなく失礼します。鎌倉街道の下道を研究しております。茨城県の県西地区、昔の下総国の街道を調査していますがなかなか資料が見つかりません。どなたかご教示して頂ければ幸いです。よろしくお願いします。  

小江城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 4月 2日(日)08時03分46秒
返信・引用
  これも諫早市のお城。

小規模な城郭であるが、堀切はしっかりと残っていた。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/nagasaki/isahayasi02.htm#oe
 

古田城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 4月 2日(日)08時03分11秒
返信・引用
  これも諫早市のお城。

ネットでの情報がなく、あまり期待していなかったのだが、けっこうすごい城郭であった。

みなさんもこの鳥瞰図を見たら行きたくなることと思う。ただし、アクセスがけっこう大変である。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/nagasaki/isahayasi02.htm#huruta
 

平古場城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 4月 2日(日)08時01分56秒
返信・引用
  これも諫早市のお城。

主郭の周囲にはしっかりと腰曲輪が巡らされている。また、北側の山麓近くには横堀が掘られており、小技が利いている。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/nagasaki/isahayasi02.htm#hirakoba
 

岡城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 4月 2日(日)08時00分32秒
返信・引用
  こちらは諫早市の岡城。

一見登りにくそうな山だが、南端部分から登っていくことができる。

1郭を区画する大堀切は見事で、側面部には大きな竪堀も並行している。1郭には内枡形もあり、意外に技巧的な城郭であった。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/nagasaki/isahayasi02.htm#oka
 

囲城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 4月 2日(日)07時58分55秒
返信・引用
  これも諫早市のお城。

「囲」という文字そのもののような形状をした城郭であり、主郭周囲の横堀がきれいに残されており、見ていてとても気持ちがいい。

しかし、ここまでくる道路が細くて不安になったのであった。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/nagasaki/isahayasi02.htm
 

小野城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 4月 1日(土)23時08分41秒
返信・引用 編集済
  これも諫早市のお城。

小野小学校の背後の山稜が城址である。城のすぐ脇に墓地があるため、そこまで車で登っていくことができるので楽々訪問できる。

しかし、城内は一面の竹やぶとなっているため、意外に手厳しい。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/nagasaki/isahayasi01.htm#ono
 

金尾城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 4月 1日(土)23時07分14秒
返信・引用
  これも諫早市のお城。

小規模な城郭だが、住宅街の中にしては奇跡的に残っているといっていいだろう。「「

城の案内板はあちこちに出ているのだが、道が細くて車を停めるのに苦労してしまう。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/nagasaki/isahayasi01.htm#kaneo
 

久山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 4月 1日(土)23時03分59秒
返信・引用 編集済
  これも諫早市のお城。

市街地のどこからでも目立つ城山に築かれており、城山公園として整備されているので、すぐに登ることができる。

わりあい古いタイプの山城であり、城主伝承なども残されていない。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/nagasaki/isahayasi01.htm#kuyama
 

真崎城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 4月 1日(土)23時02分27秒
返信・引用
  これも諫早市のお城。

大村市との境界近くにあり、すぐ西側には大村氏の伊賀峰城がある。これと対抗するための、諫早西郷氏の境目の城であったと考えられる。

山上の郭の周囲にはぐるりと横堀が巡らされている。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/nagasaki/isahayasi01.htm#masaki
 

平松城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 4月 1日(土)23時00分42秒
返信・引用
  長崎県諫早市のお城。

南側の延びた2つの山稜上にそれぞれ城郭遺構が残されている。

北側の尾根基部からアクセスできる通路があるので、簡単に訪問できる。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/nagasaki/isahayasi01.htm
 

松岳城

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 4月 1日(土)20時43分5秒
返信・引用
  これも東彼杵町のお城。

妙法寺背後の比高200mもある番神山の背後の山稜に築かれている。

有馬氏や後藤氏との攻防戦に名前が出てくる城郭であるが、予想に反して、山上はほとんど自然地形のままであった。それなのになぜか北端部分にのみ、石垣造りの立派な櫓台があったりする。

ショックだったのは、地形図にも載っていない車道が山頂近くまで付けられていたということ。それを知らずに下から石段をひたすら登っていったのであった。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/nagasaki/higasisonogi01.htm#matutake
 

城の尾城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 4月 1日(土)20時40分49秒
返信・引用
  これも東彼杵町のお城。

比高30mほどの山稜に築かれており、その構造は何となく小峰城と似ている。

この城にも石垣づくりの帯曲輪が何段にも見られるのであるが、このうちのどこまでが城郭遺構と認めるべきものなのだろうか。長崎にはこういう構造物が多すぎるのである。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/nagasaki/higasisonogi01.htm#jounoo
 

小峰城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 4月 1日(土)20時38分38秒
返信・引用
  長崎県東彼杵町のお城。

比高30mほどの山稜に築かれたもので、主郭を中心にして、堀切や腰曲輪、城塁には石垣も構築されている。

下方には石垣造りの帯曲輪が何段も構成されているが、このうちのどこまでが城郭遺構なのであろうか。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/nagasaki/higasisonogi01.htm
 

岩松城

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 4月 1日(土)19時44分50秒
返信・引用
  これも大村市のお城。

長崎自動車道に削られ比高30mほどの台地先端部が城址であるという。

遺構はあまり明確ではないが、中岳合戦で、大村氏から有馬氏に寝返り、大村氏敗北のきっかけをつくった鈴田氏の居城であったという。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/nagasaki/oomurasi02.htm#nakatake
 

中岳城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 4月 1日(土)19時38分25秒
返信・引用
  これも大村市のお城。

中岳合戦の際に陣城となった城郭である。主郭は神社となっており、堀切や石垣などが残されている。

城の案内はないが、古戦場の案内や碑などが建てられている。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/nagasaki/oomurasi02.htm#nakatake
 

岸高城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 4月 1日(土)19時37分8秒
返信・引用
  これも大村市のお城。

規模は大きくないが、切岸や腰曲輪の造成がしっかりとしており、なかなかの要害である。案内板もちゃんと立てられている。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/nagasaki/oomurasi02.htm#kisitaka
 

今富城

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 4月 1日(土)19時36分7秒
返信・引用
  戦国初期に大村氏の本拠地であったと言われる城である。

しかしさほどの要害ではなく、遺構も少ない。戦時中に高射砲陣地となっていたというので、かなり改変されているようだ。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/nagasaki/oomurasi02.htm#imatomi
 

坂口館

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 4月 1日(土)19時34分57秒
返信・引用
  大村市にあり、大村純忠史跡公園となっている。

城郭遺構は湮滅しているが、庭園の跡がよく残されている。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/nagasaki/oomurasi02.htm#sakaguti
 

伊賀峰城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 4月 1日(土)19時33分52秒
返信・引用
  これも大村市のお城。諫早との境界近くにあり、東側1kmには真崎城がある。

大村氏の支配領域を抑える境目の城であったと想定される城である。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/nagasaki/oomurasi02.htm#igamine
 

好武城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 4月 1日(土)19時32分31秒
返信・引用
  これも大村氏のお城。

平城ではあるが、石垣がよく残っている。大村湾が近く、かつては海城のような地形であったものだろうか。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/nagasaki/oomurasi02.htm#yositake
 

城の尾城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 4月 1日(土)19時31分10秒
返信・引用
  長崎県大村市のお城。

かなり山中に分け入ったところにある。伝承はないが、山頂の主郭を中心に、腰曲輪や竪堀、横堀などが良好に残されている。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/nagasaki/oomurasi02.htm
 

片平城

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 4月 1日(土)12時26分33秒
返信・引用
  これも川棚町のお城。

やはり風南城、河原城の近くにある。福浄寺とその背後の山稜が城域である。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/nagasaki/kawadanamati01.htm#katahira
 

河原城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 4月 1日(土)12時25分34秒
返信・引用
  これも川棚町のお城。

風南城のすぐ近くにある。案内板も城址碑もあるのだが、城内は私有地の畑となっていて、立ち入り禁止となっているため、柵越しに遠望するしかない。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/nagasaki/kawadanamati01.htm#kawahara
 

風南城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 4月 1日(土)12時23分24秒
返信・引用
  長崎県川棚町のお城。

永禄9年の後藤氏と大村氏の合戦に際して、大村純忠が築いた陣城である。

林道が通っており、山頂まで車で行くことが可能である。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/nagasaki/kawadanamati01.htm
 

佐志方城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 4月 1日(土)11時21分4秒
返信・引用
  長崎県佐世保市のお城。

当地の豪族佐志方氏の居城である。

佐志方氏は、戦国期、大村氏、後藤氏、松浦氏と、次々と主を替えていった一族である。最後は大村氏と対峙していた。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/nagasaki/sasebosi02.htm#sasikata
 

小峰上館!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 4月 1日(土)10時21分54秒
返信・引用
  これも西海市のお城。

やはり小佐々氏の支城であったと言われる。小佐々城の山麓にあるので、山麓居館であったものかもしれない。

民家を巡る石垣には挟間も付けられている。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/nagasaki/saikaisi01.htm#komine
 

田平下館!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 4月 1日(土)10時19分51秒
返信・引用
  長崎県西海市のお城。

海賊武将小佐々氏の支城の1つであったという。

石垣組の段が多数みられるが、どこまでが遺構であったものか分かりにくい。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/nagasaki/saikaisi01.htm
 

四郎ヶ島台場!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 4月 1日(土)09時47分21秒
返信・引用
  これも長崎市の台場。

島そのものを要塞化した大胆なものである。

島の周囲を石垣で固めている。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/nagasaki/nagasakisi01.htm#sirou
 

魚見岳台場!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 4月 1日(土)09時46分25秒
返信・引用
  長崎市にある台場。

石垣が非常によく残っており、国指定の史跡となっている。

遺構が充実しており一見の価値があるのだが、車を停めるのに苦労してしまう。近くに駐車場があればよいのに・・・・。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/nagasaki/nagasakisi01.htm#uomi
 

神浦城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 4月 1日(土)09時44分45秒
返信・引用
  これも長崎市のお城。

城址公園としてきれいに整備され、駐車場やトイレも設置されており、かなり訪れやすいお城である。

しかし整備され過ぎていて、逆に本来の遺構は分かりにくくなってしまっている。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/nagasaki/nagasakisi01.htm#kamiura
 

平間城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 4月 1日(土)09時43分27秒
返信・引用
  これも長崎市のお城。

比高60mほどの独立山に築かれている。山頂部の主郭を中心にいくつもの腰曲輪を巡らせた構造である。

腰曲輪のヤブの中に埋もれていたアンパンマンの乗り物がなんとも哀愁を感じさせる。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/nagasaki/nagasakisi01.htm#hirama
 

高浜城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 4月 1日(土)09時42分8秒
返信・引用
  これも長崎市のお城。

高浜ダムの北側にそびえる山稜が城址である。

南端部近くの低い尾根の部分から城内に登っていくことができる。小規模ながら堀切や腰曲輪をいくつも配置したお城である。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/nagasaki/nagasakisi01.htm#takahama
 

俵石城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 4月 1日(土)09時40分41秒
返信・引用
  長崎県長崎市のお城。

非常に高い城山の山頂に築かれているが、さいわいなことにけっこう上の方まで車で上がっていくことができる。

山頂部はかなり広く、全周囲に横堀が廻らされている。また、横堀内部には石垣がしっかりと構築されている。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/nagasaki/nagasakisi01.htm
 

岡城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 4月 1日(土)06時59分42秒
返信・引用
  これも雲仙市のお城。

やはり神代城の支城の1つであり、天正12年の神代城の落城と共に、こちらも落城した。

大堀切や土塁など、浅井城と構造が似ている。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/nagasaki/unzensi01.htm#oka
 

浅井城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 4月 1日(土)06時58分7秒
返信・引用
  これも雲仙市のお城。

小規模ながら、大きな堀切や土塁などが残っている。

神代城の支城の1つであった。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/nagasaki/unzensi01.htm#asai
 

結城城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 4月 1日(土)06時56分51秒
返信・引用
  これも雲仙市のお城。

結城城という名称も、金山城という別称にしても、どこかしらなじみのある名称であるが、こちらは肥前の結城城である。

小規模な城郭であるが、結城弥平治の居城ということもあってか、案内板が立てられ、地図にも掲載されている。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/nagasaki/unzensi01.htm#yuuki
 

杉峰城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 4月 1日(土)06時54分50秒
返信・引用
  これも雲仙市のお城。

南北朝時代に築かれた城で、西郷氏の本拠地であったという。

遺構は分かりにくくなってしまっている。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/nagasaki/unzensi01.htm#sugimine
 

守山城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 4月 1日(土)06時53分47秒
返信・引用
  これも雲仙市のお城。

こちらも城址公園となっており、国道沿いに目立つ案内板が出ているので、すぐにそれと分かる。

ただ、思ったよりも小規模であり、注意していないと、行き過ごしてしまう。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/nagasaki/unzensi01.htm#moriyama
 

山田城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 4月 1日(土)06時51分59秒
返信・引用
  これも雲仙市のお城。

山田氏の居城であり、現在は山田城址公園となっている。よく整備されており、車でも上がれるので、とても訪れやすいお城である。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/nagasaki/unzensi01.htm#yamada
 

神代城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 4月 1日(土)06時50分23秒
返信・引用
  長崎県雲仙市のお城。

神代氏の本拠地であり、規模の大きなお城である。海に面しており、港を抑える海城でもあった。

東側の麓には鍋島陣屋があり、こちらは建物も残されており、ぜひ訪れてみたい。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/nagasaki/unzensi01.htm
 

東空閑城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 4月 1日(土)05時51分26秒
返信・引用
  これも島原市のお城。

やはり小規模だが、案内板がきちんと設置されているので分かりやすい。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/nagasaki/simabarasi01.htm#higasikoga
 

寺中城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 4月 1日(土)05時50分32秒
返信・引用
  長崎県島原市のお城。

小規模だが堀切や石垣が残っている。

沖田畷の合戦に関連して登場してくるお城である。

http://otakeya.in.coocan.jp/siro/nagasaki/simabarasi01.htm
 

Re: 南近江の城

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 3月29日(水)05時27分37秒
返信・引用
  > No.4892[元記事へ]

備前守長政  さんへのお返事です。

三雲城のパンフレット、わざわざお送りいただき、ありがとうございます。

それにしても、見事に無断引用されていますなあ。まったくもって悲しくなってしまいます。ここまで大々的に使われるということは、とても役立つ図であることの証なのでしょうが、どうして無断引用をしてしまうのでしょうか。

一見して、いかにも私が描いたものであることが明らかなタッチのものですから、分かる人が見ればすぐに分かるでしょう。

おそらく編集協力の「近江中世城郭団体連絡協議会」というのがガンなのだと思われます。ネット上のものに関して著作権を無視すると堂々と宣言しているクソ団体です。

ただ、不可思議なのは、他にも鳥瞰図が掲載されていて、そには「木戸雅寿氏作図」ときちんと書かれていることです。

私の鳥瞰図だけ、あえて無断引用しようと意図しているようにも見えます。

今回は連絡先もちゃんと掲載されているので、後で連絡してみたいと思います。


 

Re: あ、あと夏は・・・

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 3月25日(土)03時14分31秒
返信・引用
  > No.4918[元記事へ]

しろめぐらーさんへのお返事です。

重ねての情報、ありがとうございます。6月まではなかなか休みが取れなさそうなので、山形に行けるのは秋口がよさそうですね。

先日宮城に訪れた際にも、「川崎ICから蔵王ICにかけては滑り止めが必要」という表示がでていました。

私はスタッドレスタイヤを持っていないので、雪国への訪問はちょっと気を遣います。

それではまた、どうもありがとうございました。
 

あ、あと夏は・・・

 投稿者:しろめぐらー  投稿日:2017年 3月24日(金)21時23分27秒
返信・引用
  どこも藪が厳しいと思います。
ただし、程度の差はありますが、どこも地域のボランティアが草刈りに入っていたはずです。
その草刈りタイミングと合えばいいのですが・・・あくまでボランティアなのでいつやるのかはわかりません。
地域の宝なのだから、予算は無理としても、市町村が旗振りをして情報を出してくれると城好きが訪れると思うんですけどね。

なお、一般論ですが、山形の雪事情は以下のような感じです。
その年の気候次第ですが、雪が解ける2月下旬~GWあたりまでがベストシーズンですが、山形県は地域ごとに気候の違いが大きいです。
2月下旬くらいには、降雪量の少ない海沿いの庄内地方はだいぶ雪解けが進んでいますが、山深いところのお城や日当たりが悪いところは雪が残っています。
3月中旬くらいには内陸部中央の村山地方はだいぶ雪解けがすすんでいますが、山深い(以下同文)。
3月下旬、4月上旬ぐらいになると置賜・最上地方が里に近い日当たりのいい山城は入れるようになります。

秋は11月中旬~12月下旬が目安です。
雪は上に書いたのと逆の順番に降り積もります。

山形、
 

リンクがおかしいことに。。。

 投稿者:しろめぐらー  投稿日:2017年 3月24日(金)21時08分11秒
返信・引用
  リンク先が変になっていました。
ただしくはこちらです。
すいませんm(_ _)m

http://jcrsrchr.blog136.fc2.com/blog-entry-232.html
 

Re: 山形の山城事情

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 3月24日(金)05時16分38秒
返信・引用 編集済
  > No.4915[元記事へ]

しろめぐらーさんへのお返事です。

情報、ありがとうございます! とても助かります。参考にさせていただきたいです。

1つ質問があるのですが、白鳥城というのは、天童城のことなのでしょうか?


いつになるのか分からないのですが、山形も訪れてみたいと思っております。

4月からの年度当初、なかなかまとまった休みがとりづらい状況が続いているので、訪れるとしても6月以降になろうかと思っております。

これらの山形のお城は、夏場でも訪問可能でしょうか?

それではまたです。
 

山形の山城事情

 投稿者:しろめぐらー  投稿日:2017年 3月23日(木)22時48分44秒
返信・引用
  整備されていない城ばっかりで、遺構はあるらしいけれども、直登・藪が多いです。

歩きやすい山城はこんなところです。

庄内地方
小国城
http://jcrsrchr.blog136.fc2.com/blog-entry-70.html

最上地方
小国城
http://jcrsrchr.blog136.fc2.com/blog-category-33.html

村山地方
楯岡城
http://jcrsrchr.blog136.fc2.com/blog-entry-1.html

白鳥城
http://jcrsrchr.blog136.fc2.com/blog-category-32.html

飯田楯
http://jcrsrchr.blog136.fc2.com/blog-entry-3.html

土生田楯
http://jcrsrchr.blog136.fc2.com/blog-entry-14.html

置賜地方
舘山城
http://jcrsrchr.blog136.fc2.com/blog-entry-345.html

鮎貝城
http://jcrsrchr.blog136.fc2.com/blog-entry-42.html

・・・まだ、未訪問の城館が多く、お勧めできそうな城館はありそうですが、とりあえず、余湖さんが未紹介な、歩きやすい山城を書いてみました。

ぜひ、訪問してもらって、余湖さんの視点での感想を見てみたいです(^o^)ゞ

http://jcrsrchr.blog136.fc2.com/

 

原発付近の状況

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 3月23日(木)05時55分0秒
返信・引用 編集済
  丸森町の城を回った後、新地ICから常磐自動車道に乗って、そのまま帰ってきた。

途中、原発の近くを通るのだが、高速道路脇には放射線量を示す案内板が何か所にも建てられている。

最初は0.1μSv/hだったのだが、原発近くでは3.4μSv/hほどあった。

3,4μSv/hがどのくらい人体に影響があるのか分からないが、何もない土地の34倍の放射線量である。今でもこれでは、なかなか帰宅できなさそうである。

高速から民家が多数見えたが、明かりが全くついておらず人の気配がなかった。

原発さえなかったらとっくに復興しているはずなのに、実際には震災時とたいして変わっていないようだ。
 

陣林館!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 3月23日(木)05時50分33秒
返信・引用
  これも丸森町のお城。

名称の通り、陣城であったと思われる。虎口にけっこう工夫が凝らされている。

http://yogokun.my.coocan.jp/miyagi/marumorimati03.htm#jin
 

小屋館!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 3月23日(木)05時48分37秒
返信・引用
  これも丸森町のお城

城までけっこう歩かされるが、遺構はなかなか凝ったものである。

伝承はないらしいが、おそらく伊達政宗関連の陣城であろう。鉄砲使用を意識した塹壕が何段にも構成されている。

http://yogokun.my.coocan.jp/miyagi/marumorimati03.htm#koya
 

遠ノ倉館

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 3月23日(木)05時47分10秒
返信・引用
  前田館のすぐ近くにあって、やはり伊達政宗関係の陣城であったと伝わる。

かなりの高所ではあるが、山頂に神社があるため、車でアクセスできそうなので、ちょっと訪れてみた。

しかし、小型車でないとなかなか厳しい道であった。

http://yogokun.my.coocan.jp/miyagi/marumorimati03.htm#toonokura
 

前田館!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 3月23日(木)05時45分0秒
返信・引用
  これも丸森町のお城。

主郭は大きくないが、周囲には大規模な横堀が廻らされている。こちらも伊達政宗関係の陣城であったと言われている。

http://yogokun.my.coocan.jp/miyagi/marumorimati03.htm#
 

西山館

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 3月23日(木)05時43分35秒
返信・引用
  冥護山館のすぐ西側に位置しており、こちらは伊達成実の陣城であったと伝えられている。

確かにこちらは急造された陣城のような趣である。

http://yogokun.my.coocan.jp/miyagi/marumorimati02.htm#nisiyama
 

冥護山館!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 3月23日(木)05時42分20秒
返信・引用 編集済
  これも丸森町のお城

それほど期待していなかったのだが、遺構のすばらしさに唖然とした。お勧めの城館である。ぜひ一度ごらんあれ。

伊達政宗の陣城であったというが、単なる陣城というよりは、ある程度の期間使用された城であったと思われる。

http://yogokun.my.coocan.jp/miyagi/marumorimati02.htm#myougoyama
 

鳥屋館

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 3月23日(木)05時40分28秒
返信・引用
  宮城県丸森町のお城

近世も使用された城郭だというので、本来は大きかったのだと思われるが、本丸だけが残る。ただし立ち入りはできない。

西側に土橋と堀切が残されている。

http://yogokun.my.coocan.jp/miyagi/marumorimati02.htm#toya
 

中島館!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 3月23日(木)05時38分48秒
返信・引用
  これも山元町のお城。

単郭だが、周囲に横堀を巡らせている。藤原経清の居館であったというから、ずいぶん古い時代の城館である。

http://yogokun.my.coocan.jp/miyagi/yamamotomati.htm#nakajima
 

坂元城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 3月23日(木)05時37分27秒
返信・引用
  宮城県山元町のお城

こちらも近世まで使用された城郭であるが、本丸以外はほぼ隠滅状態である。本丸の神社の配語には両端に堀切を入れた地形が残っている。

http://yogokun.my.coocan.jp/miyagi/yamamotomati.htm
 

小堤城

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 3月23日(木)05時36分9秒
返信・引用
  これも亘理町のお城

千葉一族武石氏の居城であるが、ここで武石氏の名前を聞くとは思わなかった。

遺構はたいして残っていないが、亘理伊達家の墓所となっており、そちらが見所である。

http://yogokun.my.coocan.jp/miyagi/watarimati.htm#kodutumi
 

亘理城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 3月23日(木)05時34分12秒
返信・引用
  宮城県亘理町のお城。

近世も亘理伊達氏の居城として使用されたが、遺構の多くは破壊され、本丸だけがかろうじて亘理神社となって残っている。

http://yogokun.my.coocan.jp/miyagi/watarimati.htm
 

高館城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 3月22日(水)22時29分8秒
返信・引用
  高館城という名称の城は各地にあるが、これは宮城県名取市のお城。

古い時代の城とは思えないほどの規模の山城である。入口に案内板が設置され、遊歩道も整備されつつあるが、城内は全く未整備であった。

http://yogokun.my.coocan.jp/miyagi/natorisi.htm

 

根添館!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 3月22日(水)22時17分13秒
返信・引用
  仙台市太白区のお城。

小規模な単郭城郭だが、国道沿いに案内表示が出ており、城内にも案内板が立てられている。

前九年の役で安部一族が立てこもった城館であるという。

http://yogokun.my.coocan.jp/miyagi/sendaisi02.htm#nezoe
 

茂庭峰館!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 3月22日(水)22時15分42秒
返信・引用 編集済
  こちらも茂庭団地の外れの山稜にあり、茂庭氏の出城の1つであったと思われる。

ごくごく小規模な砦といった趣の城郭であるが、ぴりっとメリハリは利いている。

http://yogokun.my.coocan.jp/miyagi/sendaisi02.htm#moniwamine
 

茂庭西館!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 3月22日(水)22時13分8秒
返信・引用 編集済
  仙台市青葉区のお城。

茂庭団地の南端の尾根にある。茂庭氏の城ということで、期待していったのだが、ここは出城の1つに過ぎないようで、臨時の砦といった程度の規模であった。

それにしても、いかりや長介演じる茂庭佐月は印象的であった。

http://yogokun.my.coocan.jp/miyagi/sendaisi02.htm#moniwanisi
 

郷六城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 3月22日(水)22時11分14秒
返信・引用
  仙台市青葉区のお城

小規模な単郭城郭だが、それなりの遺構は残っている。

ここは国分氏の居城であった。千葉一族の国分氏がここに住んでいたとは、ちょっと感慨深い。

http://yogokun.my.coocan.jp/miyagi/sendaisi02.htm
 

上楯城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 3月22日(水)21時19分12秒
返信・引用
  こちらも川崎町のお城。川崎町支倉にある。

支倉と言って思い出すのは支倉常長であるが、ここは実際に支倉氏の居城であったところであり、常長の墓所もある。

城は横堀を二重に巡らせるという雄大なもので、まるで佐竹氏の拠点城郭を思わせるものである。

http://yogokun.my.coocan.jp/miyagi/kawasakimati.htm#kamitate

 

川崎要害!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 3月22日(水)21時16分13秒
返信・引用
  前川本城の近くにあり、砂金氏が前川本城から移ってきた城郭であるという。

というわけで近世も使用されていたという城郭なのだが、小学校の敷地となっていることもあり、あまり目立った遺構は見られない。

それでも何とか3郭構造であったことだけは分かる。

http://yogokun.my.coocan.jp/miyagi/kawasakimati.htm#kawasaki
 

前川本城!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 3月22日(水)21時03分44秒
返信・引用
  宮城県川崎町のお城。

あまり知られていないが、実に規模雄大な遺構を持つ城郭である。しかも、きれいに整備されていてとても見やすい。

今回、宮城の城を訪れた最大の理由は、このお城を実見してみたかったからである。中身は予想通りのものであった。

城郭マニアなら訪れてみるべきお城である!

http://yogokun.my.coocan.jp/miyagi/kawasakimati.htm
 

村田館!

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 3月22日(水)20時48分46秒
返信・引用
  宮城県村田町のお城。

歴史館のすぐ背後にあり、城山公園となっている。整備されているので歩きやすいことこの上なし!

規模に反して構造はわりあい単純だが、これでも幕末まで使用された城館であったらしい。

http://yogokun.my.coocan.jp/miyagi/muratamati.htm
 

Re: 南近江の城

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 3月22日(水)20時46分26秒
返信・引用
  > No.4892[元記事へ]

備前守長政  さんへのお返事です。

長政殿、ご無沙汰しています。

3連休は近江でしたか。関西の方はこのところ、ずいぶんご無沙汰となっているので、記事を読んで、なんだか懐かしいような気持ちになりました。

小堤城山城は、立ち入り禁止になってしまっていましたか? 残念なことです。あそこはけっこう見事な石垣が残っていたりして、なかなか見どころのある城郭なのですが、どうして立ち入り禁止になってしまったのでしょうか。何か山で悪さをした人でもいたのでしょうか。

三雲城のパンフレット、私のものが使用されていましたか? 出典さえ、明記してあれば使用は自由としているのに、それさえしてくれない人が跡を絶たないのは、とても悲しい限りです。

思うに、これには、以前から「ネット上の記事の無断引用は当然」というスタンスの某ページに管理人が絡んでいるのではないかと想像されます。私のページで「ダメな引用令」として挙げているクソページです。

こんなことが続くので、近江人に対する私の信用はがた落ちです。といっても、問題があるのはその人物だけなのかもしれませんが・・・・・・。

3連休、私は宮城に行ってきました。ネットであまり知られていないいいお城があったりして楽しかったです。

それではまたです。
 

南近江の城

 投稿者:備前守長政    投稿日:2017年 3月21日(火)23時26分46秒
返信・引用 編集済
  先だっての3連休を使って、滋賀県南部の城を巡ってきました。

主なものは、多喜山城、三上陣屋、三雲城、水口岡山城、土山城、音羽野城、黒川氏城、西大路陣屋です。近江は色々見応えのある城が多く、楽しい所です。余湖図がない中では、音羽野城、基本単郭の方形居館なのですが一部二重になっているところがあり、面白い縄張ではないかと思います。

ただ残念なのは、小堤山城がゲートに施錠が施され森林組合の許可なき入山禁止の看板がかかっていたこと。六角氏系の城らしく、石垣の活用と主郭背後の尾根を土塁に見立て縄張興味深かったのですが残念。
又、三上陣屋の近隣民家に移築されているはずの裏門も壊されたようです。

処で、同じ六角氏系の三雲城。大きな石を使った枡形小口が印象的です。
猿飛佐助所縁とかで、去年の大河ドラマにあわせ幟を新調しあちらこちらに設置されていました。パンフレットも文化庁の補助を受けて作成されていて、地元の熱心な取組が垣間見えました。
ただ、中を見るとあの見慣れたタッチの鳥瞰図が・・・・。でも、図には出典記載が無く、協力者欄にもお名前無く・・・・。

残念な事です。
 

Re: お久しぶりです

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 3月10日(金)04時30分53秒
返信・引用
  > No.4890[元記事へ]

松木 充さんへのお返事です。

松木さん、こんにちは。ご無沙汰しております。

いろいろと大変だったようですね。御心境お察し申し上げます。思えば、私も以前、ストレスで病んでしまったことがありました。その時に、心配してくださったのは松木さんでしたね。
人生、いろんなストレスにさいなまれることがありますが、要は、なるべく気にしないことと、気分転換をすることだと思います。私のページが少しでも気分転換に役立っているのならば幸いです。

松山城の二ノ丸は、けっこう整備されてきているのではないかと思います。詳細はよく分からないのですが、山上だけではなく、山下の部分もそれなりに見ごたえがあったかと思います。

少し羽を伸ばしてのんびりしながら、気分転換をしてきてください。

それではまたです。
 

お久しぶりです

 投稿者:松木 充  投稿日:2017年 3月10日(金)00時52分42秒
返信・引用
  新年の御挨拶もせず、失礼いたしました。

ストレスから鬱状態になり、1年半ぐらい過ごしてきました。その間、余湖さんのページをあちこち見ながら、どれほど癒されたことか…。ありがとうございます。

3月末に愛媛に帰省しますが、40年ぶりぐらいで松山城を見てこようと思っています。前に訪れた時は、かろうじて小天守が復元されていた程度だったので、今回は二の丸をよく見てみたいと思います。

ところで、松山城主だった久松松平家の子孫、久松定武氏(多分だいぶ前に他界されたと思いますが)は、愛媛県知事を務めました。久松家は、維新後「萬翠荘」(ばんすいそう)という洋館を建てて住みました。松山城の山麓、愛媛県庁の近くにあります。十数年前は一般公開されていたので、今もそうだと思います。明治維新を機に、城主が普段住んでいた二の丸御殿を取り壊して、洋館に移り住んだのではないかと思います。十分調べたわけではないのですが、多分そんなところかと…。

とりとめもないことですみませんが、今日も楽しませていただきました。ありがとうございます。
 

Re: 鳥瞰図、お借りしています

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 3月 5日(日)08時08分5秒
返信・引用
  > No.4888[元記事へ]

しろめぐらーさんへのお返事です。

初めまして。

私のページはリンクフリーですので、リンクはOKです。

また、鳥瞰図等も、引用元がここであることを明記してあれば使用は自由なので、使っていただいて構いません。というか、お役に立てるようでしたら、どんどんお使いください。

私が禁止しているのは、鳥瞰図等を自分の著作であるかのように掲載しているケースだけですので、そこをちゃんとしてくだされば、ご活用くださってかまわないのです。

でも時々、人の作品を自分の著作であるかのように使用しているのを見ると、「この人はどんな神経をしているのだろう」とかなり不愉快な気持ちになってしまいます。

しろめぐらーさんは、山形を中心に回っておられるのですね。私は山形はまだあまり訪れていないので、そのうち山形のお城も回ってみたいと思っています。

もしお勧めのお城がありましたら、教えてくださるとありがたいです。

それではまたです。
 

鳥瞰図、お借りしています

 投稿者:しろめぐらー  投稿日:2017年 3月 4日(土)21時45分56秒
返信・引用
  以前から勝手にリンクを貼り、あまつさえ最近、余湖さんの鳥瞰図をお借りしないと説明できないことが多くてお借りしています。
事後で申し訳ありませんが、一言ご挨拶と、感謝を申し上げます。

http://jcrsrchr.blog136.fc2.com/

 

Re: 益子 西明寺城

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 3月 4日(土)04時53分7秒
返信・引用
  > No.4886[元記事へ]

上沢光綱さんへのお返事です。

本を出すというのは、本当に大変な作業ですね。

『続 図説茨城の城郭』 『改訂版 茨城の城郭』はともに、8月上旬発売の予定で作業が進んでいます。

続編の方は、マイナーな城郭が多くなっているのですが、150城以上の城郭が図面付きで紹介されており、なかなかのボリュームの本となる予定です。

『改訂版』の方も図面の描き直しや、本文の修正が行われています。

それではまたです。
 

Re: 益子 西明寺城

 投稿者:上沢光綱  投稿日:2017年 3月 3日(金)18時44分37秒
返信・引用
  > No.4885[元記事へ]

余湖さんへのお返事です。



『続 図説茨城の城郭』が出るんですね。続編を出せるなんてすごい!
私は本一冊の出版でもう限界です。
校正が大変で…。


> 桜川市の門毛城も取り上げているのですが、参考資料として、上沢さんのサイトを挙げさせてもらっています。
>
> よろしくお願いします。
>

門毛城が取り上げられているのはとっても良いですね。参考資料に挙げられているのは大変光栄でございます。
本が出るのを楽しみにしております。

http://www.geocities.jp/shimotsuke1000goku/

 

Re: 益子 西明寺城

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 3月 2日(木)04時48分3秒
返信・引用
  > No.4884[元記事へ]

上沢光綱さんへのお返事です。

私も、遊歩道の範囲くらいしか歩いていないような気がします。それほど大きな城郭だったのですね。

話は変わりますが、現在、ヤブレンジャーで、『続 図説茨城の城郭』という本を作成中で、この夏刊行予定です。

桜川市の門毛城も取り上げているのですが、参考資料として、上沢さんのサイトを挙げさせてもらっています。

よろしくお願いします。

 

Re: 益子 西明寺城

 投稿者:上沢光綱  投稿日:2017年 3月 1日(水)22時58分22秒
返信・引用
  > No.4883[元記事へ]

余湖さまへのお返事です。

余湖様、こんにちは。上沢光綱です。

さっそくサイトを訪問していただきありがとうございます。
私も10年くらい前に西明寺城に行った時は遊歩道くらいしか歩きませんでした。そのときは全体像なんて把握できず。
あれから10年くらい経過。今回、縄張り図を描いてみて、西明寺城の大きさに驚きました。

時に土曜日も休みになるので、そのときは城に行っております。
帰りに益子焼を見て帰ってきます。そんな感じでストレス発散しておりました。


尾根の末端は、「これは遺構だ!」と思う所もあり、林道や、デコボコや段々の入口…?、自然地形かという所もあって様々です。ただ、不鮮明な箇所が多いです。おっしゃる通り、判断に難しいです。

なんとか全体図を貼り合わせて、あとで気が向いたときに清書いたします。
冬の間はなるべくほかのお城にも行きたいと思います。
ではまた。

http://www.geocities.jp/shimotsuke1000goku/saimyoujijou.htm

 

Re: 益子 西明寺城

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 3月 1日(水)04時26分20秒
返信・引用
  > No.4882[元記事へ]

上沢光綱さんへのお返事です。

上沢さん、こんにちは。お城に行けるのは日曜日だけですか? なかなか世間のように休めなくて大変ですね。

西明寺城の図面、拝見しました。実に素晴らしいですね! 西明寺城には10年以上前に一度訪れて以来、それっきりなので、懐かしいと同時に、また行ってみてくなりました。

末端の方の堀切状の遺構は解釈が難しいですね。単なる切通の通路の場合もありますし、もともとの堀切が、後世になって通路として改変されている場合もありますから、遺構かどうかの判断は主観的なものになってしまうことが多いようです。

でも、あれだけの規模のお城ですから、未知の遺構もまだまだあるのかもしれませんね。

全体図、楽しみにしています!
 

益子 西明寺城

 投稿者:上沢光綱  投稿日:2017年 2月28日(火)19時56分2秒
返信・引用
  余湖様、お世話になっております。上沢光綱です。

プレミアムフライデーが話題になってますね。私の職場は土曜日まで仕事で、ヒマな時は土曜日も休める。そんな感じなので、城に行くには日曜しかありません。プレミアムサンデーです。土曜日も休みになるとよいですね。


最近、栃木県益子町の西明寺城に行って図面を描いておりました。
11月から始めて、先週にほとんど完了しました。広大な城域で、藪の中に遺構が眠っているので苦労しました。本に掲載されていない遺構もあったので図面にしましたが、違っていないか心配です。

ズレている所もありますが、お知り合いのところにうかがって、答え合わせをするつもりです。
このまま続けて、もっと良く描けるようにしたいと思います。

大体はサイトにアップしていますので、お時間のある時にご覧ください。
清書はまだまだ先になりそうです。

http://www.geocities.jp/shimotsuke1000goku/

 

プレミアムフライデー

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 2月24日(金)21時52分58秒
返信・引用 編集済
  テレビを見ていたら、本日からプレミアムフライデーというのが始まったというニュースをやっていた。なんでも、金曜日に早く帰って遊べるのだという。

う~む、これは夢のまた夢である。私の場合、金曜どころか、土曜すら休めない。私にとっては、土曜が休めないとお城にも行けないのである。

そんなわけで、ここのところ、まったくお城にはいくことができていない。

土曜日に自由に休める日が来ることを夢見ている・・・・。ちなみに明日もお仕事です!
 

Re: 木原城

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 2月23日(木)04時25分27秒
返信・引用
  > No.4879[元記事へ]

市川さんへのお返事です。

情報ありがとうございます。

整備されるのならいいのですが、何かの開発で破壊されてしまうのだとしたら心配です。あそこの二重堀は規模も大きく、貴重な遺構ですから。

それはともかく、ということは、今が見ごろ、ということですね。

 

木原城

 投稿者:市川  投稿日:2017年 2月21日(火)19時20分39秒
返信・引用
  永厳寺まわりの樹木を伐採してますが
何か出来るんでしょうか?
 

Re: 桃井城が公園化されます。

 投稿者:余湖  投稿日:2017年 2月12日(日)09時06分27秒
返信・引用
  > No.4877[元記事へ]

ジャンさんへのお返事です。

情報ありがとうございます。桃井城は、あまり整備されていませんでしたから、公園化されるというのはうれしい限りです。完成した頃に行ってみたいと思いますので、またお知らせしていただけるとありがたいです。

それではまたです。
 

桃井城が公園化されます。

 投稿者:ジャン  投稿日:2017年 2月12日(日)08時19分18秒
返信・引用
  群馬県吉岡町の桃井城が防災公園化されます。南下城山防災公園(仮称)
農地でなくなり、重機が入ってました。
 

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